王国に発現した皇族
あまりの態度に、王国の男爵の養子といえども、どこの誰なのかわからないアランに、真っ先に怒りを見せたのは、まだ、一応、外務大臣のゴランだ。
「貴様! 王国の、ただの貴族の分際で、我々になんて態度だ!!」
「大事にしているなら仕方がない、と私だって諦めた。しかし、大事にされていない。見ろ、随分とやせ細っている。私と初めてダンスをした時も、羽のように軽すぎて、心配になったほどだ。あれを見て、引き下がるほど、私は弱者ではない。大事にしていないのなら、くれてもいいだろう」
「それは、そういうわけには、いかない。目に余ることだとは、わかっていることだが」
皇族ライアンは、わたくしの現状を知って、苦く思っている。どうにかしようと、努力はしているが、わたくしを蔑む皇族のほうが多すぎるのだ。
女帝エリシーズだって、わたくしのために手を出したいが、そうすると、贔屓されている、として、さらにわたくしの立場が悪くなるのは、目に見えていた。
わたくしは俯くしかない。後ろ盾のないわたくしには、発言することすら出来ない。
アランは重苦しい空気など、全く、気にしない。皇族の席を横切り、わたくしの前に跪く。
「迎えに来ました、私の妖精姫。どうか、私の妻になってください」
「で、できません!」
周りの視線に負けた。わたくしは断りの声をあげてしまう。
これで、わたくしとアランの文通は終わりだ。わたくしは泣きたくなった。
ところが、アランはわたくしの手を取り、軽く口づけして、笑う。
「一度断られた程度で引き下がるほど、私の決意は軽くない。待っていなさい。私にかかれば、女帝エリシーズの許可は簡単に降ろさせる」
そう言って、アランは皇族より上の、筆頭魔法使いに席に座る二人の男の前に立つ。
「無礼者!! 誰か、あの男を」
「おい、あの男を吹き飛ばせ」
アランが筆頭魔法使いに命じる。途端、怒鳴り散らしていた外務大臣ゴランが見えない何かに吹き飛ばされ、階段を転げ落ちていった。
「丸いから、よく転がるな! あははははは!!」
大笑いするアラン。一体、何が起こったのか、その場にいる皇族も、女帝も、大臣たちもわからない。
「何てことだ、皇族だ!!」
そして、筆頭魔法使いサイゼルが叫んだ。
「エリシーズ様、この男、皇族です!! しかも、相当、血が強い!!!」
エリシーズは席を立ち、まじまじとアランを見る。
見ていて思う。そうか、アランはどこか、皇族の誰かに似かよっているところがあるのだ。だから、見たことがある、なんて思ってしまったのだ。
皇族の血が濃いのならば、そういうこともある。頭の隅で、そんなことをわたくしは考え、納得してしまった。
「アラン、あなたのお父様とお母様の名前を教えてください」
エリシーズの問いに、アランはちらっと王族ザクトを見る。ザクトは頷く。
「私の実の父はロベルト、母はエリカです」
「なんて、こと」
エリシーズは頭をおさえて、椅子に座り込む。アランの両親のことをエリシーズは知っている様子だ。
「わかりました。婚約を認めましょう。あなたが皇族であることは、筆頭魔法使いによって認められました。ただし、皇族は帝国から出られません。あなたは今日から帝国で暮らしてください」
「それは出来ない」
「ご両親が心配ならば、こちらに呼び寄せましょう」
「私は、男爵領から絶対に出てはいけない存在なんです。だから、妖精姫を迎えに来ました」
「一体、どうしてですか」
「私は、妖精憑きリリィの願いで作り出された人間だからです。私を男爵領から出すことを妖精は許しません。妖精は恐ろしい。私を取り戻すために、帝国を攻撃します。大昔、そういうこと、帝国にもあったでしょう。確か、海の聖域近くを領地とする貴族が領地戦を仕掛けられた時、妖精の視認化が起きたとか。教会も破壊しましたよね。城、壊されますよ」
「なんで、あの女にばかり、こんな妖精の加護が降りるというの」
エリシーズは憎々しいとばかりに、アランを睨む。アランはただ、申し訳ない、と頭を下げるだけだ。
「そうでしたら、この話はなかったことにしましょう!」
そこに、転げ落ちていったはずのゴランが這い上がってきた。あの体形だから、いい感じのクッションになって、大した怪我にはならなかったのだろう。
「帝国で暮らせないというのなら、貴様一人で出ていけ!」
「せっかく皇族と認められたことだし、一泊くらいはさせてもらおう。いいだろう、それくらい」
「急に言われても」
「魔法使いアランとは、両親には内緒で会ってたんだ。どうしても、男爵領にあるものが欲しい、と随分と私に頼んできたんだが」
「よし、私と一緒の部屋で、語りあかそう」
筆頭魔法使いアラン大好き皇族ライアンは、さっさと懐柔された。それどころか、肩まで組んで、離さない。
「いいですね。ぜひ、妖精姫のことを相談に乗ってください。必ず、男爵領に連れて帰ります」
これでもか、と熱い視線をわたくしに送るアラン。こういうこと、生まれて初めてなので、わたくしは顔を真っ赤にして、俯くしかなかった。
舞踏会は、色々とあったが、無事、終わった。わたくしはさっさと部屋に引き下がろうとすると、後ろから思いっきり肩を押されて、転ばされる。
「もう、歩くのが遅いわね」
「本当だ。しかも、目ざわりだ」
わたくしと歳が近い皇族のエンラとオシリスが嘲笑うようにして、わたくしを見下ろしている。歳が近いので、いつも、わたくしはこの二人に嫌味をいわれ、いじめられていた。
酷く腰を打ってしまって、痛くて、立てない。
「邪魔だよ」
オシリスがわざと蹴ってきた。
「淑女を足蹴にするとは、紳士の風上にもおけないな」
そこに、アランがやってきて、オシリスの足を軽くひっかけて転ばせる。
「何するんだ!」
起き上がろうとするオシリスのお腹を、アランが踏みつける。
「私はこの足で、熊を蹴り倒した。殺すのは、さすがに武器が必要だが、足止めには使える足だ。さて、貴様の腹は、私の本気の足踏みに、どこまで耐えられるかな?」
「こんなこと、私にして、ただですむと思っているのか!?」
「同じ皇族だ。筆頭魔法使いの妖精は動かない。かといって、そこら辺の使用人どもが私を捕らえれば、ただでは済まないだろう。皇族同士の争いは、大歓迎なんだろう、帝国では」
「ひっ」
オシリスは相手が同じ皇族であることを思い出し、怯えた。
「あ、あの、アラン、そんなことしたら、責任問題が」
「こいつの首を捧げれば、私の妖精姫になってくれますか?」
わたくしは立って止めようとすると、アランはナイフを取り出して、オシリスの首に突き付ける。
見れば、アランは穏やかに笑っている。行為はこれほど凶悪だというのに、アランの表情はそうではない。
「私は熊だって殺して綺麗に裁ける。上手ですよ」
「い、いりません! そんなの、貰っても嬉しくない!!」
「わかりました」
アランはさっさとオシリスを解放し、傍観している皇族ライアンの元に行く。ライアンは、苦々しいとばかりに、オシリスを見下ろす。
「これほど腑抜け揃いとはな。恥ずかしい限りだ」
「帝国は弱肉強食でしょう。弱い者をいじめて、強いと見せつけることもまた、一つの手段だ。それも、本当の強者の前では、ただの張りぼてだがな。ラキス嬢、部屋まで送りましょう。盗られては困る」
「だ、大丈夫です。一人で戻れますから」
「私が送りたい。お願いです、送らせてください」
「………でも」
生意気な、みたいにエンラがわたくしを睨んでいる。怖い。
「私は男爵領に戻らねばなりません。あなたを持ち帰られるならば、ここで下がりますが、まだ、エリシーズを説得出来ていません。どうか、少しでも、私にあなたの側に居られる時間をください」
「………はい」
あまりに熱く見つめて語るので、わたくしは頷いてしまった。無理だ。こういう経験が欠片ほどもないのだから、拒絶も出来ない。
「待て!! 貴様、王国の代表として来て、このまま、無事ですむと思っているのか!?」
まだまだ諦めないオシリスは、ライアンの隣りに立って、アランに指をつきつける。
「ライアン、このままでは、帝国の威信に傷がつく。こいつを牢にいれるように、命じてくれ!!」
「さて、どうしようか。アラン、どうすればいい?」
アランはちらっとわたくしを見る。わたくしは、どうすればいいか、なんてわからない。いつも、暴力を受けて、それが過ぎ去るのを待つだけだ。
「せっかく、妖精姫が助けてくれたというのに、死に急ぐ必要はないでしょう」
「私を殺すというのか?」
「私は魔法使いアランの教育を受けている。十の頃までには、皇族教育、筆頭魔法使い教育を終わらせている。その私に、そういうことを言っていいのか? 私は、皇族として認められている。昔は、皇帝となるために、皇族同士が殺し合いをしていた。それは、今だって行っていいこととなっているんだ。帝国は弱肉強食だ。皇族は強者こそ正義だ。実にわかりやすい」
そう言って、アランは剣を抜き放つ。
「口煩いお前を殺せば、私が正義となる。王国と帝国間の問題は、簡単に解決だ」
「そんなっ! ライアン!!」
「ライアンは、残念ながら、頭はいいが、腕っぷしはない、と魔法使いアランが言っていた」
「そこまで話したのか!?」
ライアンは頭を抱えた。帝国側の情報が、アランには筒抜けだ。
オシリスはライアンが役立たずだとわかると、どうにかしよう、と周りを見回す。使用人たちがいるが、誰もオシリスを助けようとはしない。皇族同士の戦いに手を出すことは、妖精の復讐を受けることとなってしまうからだ。そこは、しっかりと教育されている。
「エ、エンラっ」
「知らないわよ!!」
エンラはさっさとオシリスを見捨てて、走って逃げていく。
残るは、アランの剣の切っ先を突き付けられているオシリスである。オシリスは逃げることが出来なくなった。
「ラキス嬢の願いを叶えてやりたいが、こいつを逃がすと、王国と帝国の問題に発展させてやるぞ、と脅しているし、どうしましょうか、ライアン」
「わかった。オシリスを私のほうで罰しよう。お前はやり過ぎた。国家間問題に発展させたんだ。鞭打ちで」
「腕を斬り落としてください」
アランは容赦のない罰を要求する。
「皇位簒奪を失敗した者で、利き腕を斬り落として生き長られた記録があります。貴様も、そうなるべきだ。いや、足にするか。その足で、よくも私の妖精姫を蹴ってくれたな。二度と蹴られないようにしてやる」
アランは剣を握り直した。目はしっかりとオシリスの足を見ている。
オシリスは縋るようにライアンを見る。頼るのはライアンしかいないのだ。
「アランの好きにすればいい。足でも腕でも斬り落とせ」
「そんなっ!?」
「お前は皇族だ。皇族としての責任をとれ。皇族としての立場を悪用して、ふんぞり返っていたんだ。天罰だとして受け入れろ」
「さすがライアン、話がわかる人だと、魔法使いアランが誉めていたぞ」
魔法使いアラン、を口にされると、ライアンはとても嬉しそうに表情を綻ばせる。けど、そこは空気を読まないと。これから、オシリスは腕か足を斬り落とされるかもしれないというのに。
「さて、誰に斬られたい? 私が斬るか、それとも、魔法使いアランの弟子の一人テリウスが斬るか。もう、この世にはいない魔法使いアランの合格はどれか、テリウスもわかっているだろう」
「容赦がないな、君は。テリウスにやらせよう」
ライアンの決定に、アランは剣を引いた。その途端、オシリスは逃げ出した。
オシリスは逃げるも、ライアンから説明をうけた皇族テリウスによって捕縛された。オシリスの家族は泣いて縋ったが、テリウスは容赦なく、オシリスの利き腕と両足を斬り落とした。
オシリスは、二度と、わたくしに手をあげたり、蹴ったり出来なくなった。
わたくしは部屋までアランとライアンのお陰で、嫌がらせ一つされずに、無事、到着した。だけど、その先がまた、受難である。
ドアを開けて中を見て、ライアンは頭をおさえた。アランは、面白そうに、部屋を眺める。
わたくしが朝から晩まで過ごす部屋は、滅茶苦茶にされていた。その真ん中に、酷い暴力を受けて拘束されているわたくしのただ一人の使用人タバサが転がされていた。
「タバサ!?」
わたくしはタバサに駆け寄って、拘束されている紐をほどこうとするが、なかなか、ほどけない。後から来たアランは、紐を持っていた短剣で切ってくれた。
「ラキス様、申し訳ございません。また、部屋をこんなことにされて」
「もう、部屋なんかどうだっていいのに。タバサも、逃げなさい、と命じたではないですか。もう、逆らってはいけません」
「同じ皇族なのに、こんなこと」
タバサは悔しい、と泣いた。
タバサの一族は、曾祖母の代から使用人として仕えている。曾祖母に恩があるということで、子から孫、ひ孫のタバサまで、ずっと、使用人として仕えてくれているのだ。本来ならば、こういうことがない。皇族の使用人は、皇帝によって雇われるのだから、タバサがわたくし専属を許されることはないのだ。
タバサの一族は、曾祖母が産んだ皇族になれなかった男子が子爵となって、代々、雇い入れ、妹の血族の使用人として派遣しているのだ。本来ならば許されないことだが、子爵は様々な偉業を行った上、領地は魔法使いまでが認める妖精に愛されているため、皇帝も女帝も黙認するしかなかった。
だけど、それがタバサをも孤立させてしまっている。タバサは皇族の使用人たちからも酷くいじめられているのだろう。そして、この部屋の惨状は、皇族の使用人たちの所業である。
わたくしは、慌てて宝物を探す。わざわざ箱にいれて隠してあるものだ。それを出して、安堵する。
「おや、私が贈ったものですね。大事にしてくださって、ありがとうございます」
贈った張本人であるアランに見られて、わたくしは箱を閉じて、真っ赤になった。別に、悪いことをしているわけではないが、恥ずかしい。
「皇族の恥部を見せてしまったな」
「そう思うならば、さっさと妖精姫を城から子爵に渡せばよかっただろう。子爵からも、随分と、身柄をよこすように、要求されているのだろう」
「詳しいな」
「妖精姫を庇護する貴族だ。調べ、交流もしている。本当は、子爵の元に下ったところを私が迎え入れるように、話を進めることとなっていた。ところが、女帝がそれを頑なに拒否した。だから、私がわざわざ男爵領から出てきた」
苦々しく笑うライアン。わたくしは、子爵がそのようなことをしているとは、知らなかった。
アランはタバサを助け起こすと、何故か、ライアンも、わたくしまで部屋の外に出してしまう。
「私が良いというまで、誰も入らないように」
そう言って、アランは一人、部屋に残る。
「ラキス、本当にすまない。私では、何も力になれなくて」
「仕方ありません。わたくしには、家族すらいませんから」
「エリシーズは説得しよう。このまま、ここにいるよりも、子爵の元に行ったほうがいい」
「………」
出ることが幸せだ、とわたくしに優しい人たちはいう。だけど、どうだろうか。皇族教育を受けると、外は恐ろしいと感じてしまう。皇族でなくなった者たちで無事だった者はわずかだ。貴族となったって、ぬくぬくと城で生きていた者たちはすぐ、食い物にされてしまう。
そんな中、生まれた頃に貴族となった子爵は、数少ない成功者である。しかも、ただ、祖母の代からの縁だけで、わたくしを庇護してくれる。その価値をわたくしは示す自信がない。
そうして、しばらく静かにしていると、アランがドアを開ける。
「どうぞ、入っていいですよ」
そうして、入れば、中は元通りとなっていた。
「君は、実は妖精憑きなのか?」
「私は特殊だ。妖精憑きリリィによって作られたが、妖精憑きではない」
「そこだ。妖精憑きリリィに作られたって、どういうことなんだ!? このようなことが出来る人が、ただの人ではないだろう。しかも、皇族の血筋までひいている。一体、君は、何者なんだ!?」
「説明が難しい。どこまで話していいかどうかもわからない。女帝と筆頭魔法使いに相談だな。ただ、今の女帝は使えなくなっているから、明日、どうにかしないとな。私の時間がない。明日中に帝国を出ないと、妖精が私を取り返しにくる」
「どうしてそんなことになってるんだ!?」
「帝国の外務大臣がしっかり仕事をしなかったからだ。王国では、再三、妖精姫の身柄を要求している。その書状を握りつぶしたのはあの、丸くてよく転がる男だ」
「明日にでも、大臣の任から降ろしてやる!?」
ライアンは怒りに震える。外務大臣ゴランは、結果だけを見ると、大変なことをやらかしていた。
アランはライアンとそんな話をしながら、わたくしの手をとって、椅子に座らせると、勝手に茶と菓子を給仕する。
「あり合わせで作った菓子だ。なんと、賢帝ラインハルトが好んだ菓子だとか」
「いつのまに!?」
「どうやって!?」
ライアンだけではない。タバサも驚く。材料はあるけど、タバサはまだ何も作っていなかったのだろう。
食べてみれば、甘味が足りない菓子だ。
ライアンは、菓子を一口かじって、ちょっと物足りなさを感じているようだ。
「本来は、もっと甘いものなんだが、賢帝ラインハルトはこの味を好んだため、当時の筆頭魔法使いがわざわざ作って出していたそうだ。子爵が作り方を教えてくれた。味わって食べるように」
しばらく美味しいお茶をちょっと物足りない菓子を食べていると、ライアンは立ち上がる。
「いやいや、もう部屋に戻らないと! このまま、ラキスの部屋にいるのはよくない」
「私はかまわない。既成事実を作って、無理矢理、連れて帰るという方法をとるだけだ」
「そのために、この部屋まで来たのか!?」
「さて、ライアンはどうするかな? 魔法使いアランの話は聞きたい。だが、私は妖精姫と既成事実を作ってしまいたいから、この部屋から出たくない。どうする?」
「くぅううううううううーーーーー!!! わかった!! 今日はこの部屋で過ごそう。ラキス、悪いが、適当なソファで休ませてくれ」
「私は妖精姫とベッドだな」
「お前もソファだよ!!」
ライアンはアランの首根っこを引っ張って椅子に座らせた。
ライアンとアランの会話をわたくしが聞いていいかどうか迷う。就寝の準備を終わらせて部屋に戻れば、ライアンとアランは来た時の恰好のまま、酒を飲んでいる。なんと、赤ワインだ。
「土産だというから、飲んでみたら、赤ワインって、どうなの!?」
「魔法使いアランも赤ワイン大嫌いだって言ってたな。あの人が赤ワイン嫌いな理由は別にあるけどな。何でも、皇帝ライオネルとの閨事の合図なんだと。酔えないのに、わざと酔って、閨事してたんだって」
「聞きたくなかった!!! ていうか、詳しいな」
「話させたんだよ。あの人、酷いんだよ。私がまだ五歳だってのに、あのクソ生意気に育ったポー殿下の相手をさせたんだぞ。最強最悪な妖精憑きとして恐れられ、もう、手に負えないガキに育ってしまったから、私に押し付けたんだ。その見返りに、話させてやった」
「とても礼儀正しく、こう、話し方だって大人顔負けだったぞ」
「初対面は酷かった。あのひねくれた根性をまっすぐにしてやったんだ。今では、ポー殿下は私の下僕だ。私には絶対に逆らわない」
一体、どういうことをしたのかわからないが、とても大変だったようで、アランは思い出して、憂鬱な顔をしていた。
「それで、妖精憑きじゃないと否定されてもな。ポー殿下は、あの王族キリトをも越える妖精憑きだというじゃないか」
「ポー殿下も子どもだったということだ。お陰で、今がある。私もああいうふうに捻じ曲げられるような育ち方をしたかったが、それを許さないのが父上だ。領地では、私は絶対に父上には逆らえない。ちょっと悪戯しようものなら、すぐに父上にバレて、折檻だ。父上は最強だぞ」
「それほど恐ろしい人なのか」
「恐ろしい人にならないといけない存在だからな」
そんな話をしつつ、アランはわたくしが就寝の恰好をして立ったままでいるのに気づいた。
「妖精姫、大丈夫。父上は、私にだけ恐ろしい人なだけだ。あなたには、物凄く優しいから、安心して来てください」
「………わたくし、右も左もわからなくて、きっと、役立たずです」
外に出ることが怖い。わたくしは泣きそうになる。そんなわたくしをアランは椅子に座らせて、お茶を出してくれる。
「初めてのことは、誰だって怖い。大丈夫、妖精姫は私がしっかりとリードしてあげよう」
「失敗します!」
「よく、失敗すると怒る奴らがいるけど、それは間違いだ。失敗しないとわからない。どんなことでも、一度は失敗して、学ぶことだ。失敗は、成長するために必要なことだ。
というが、妖精憑きリリィには、絶対に家事全般はさせてはいけない、と言われていた。家事全般の才能が、破壊的になかったそうなんだ。迂闊なことをさせると大変だから、先回りして、終わらせてたんだと。
というわけで、何も出来なくていい。その身一つで来なさい」
「………はい」
穏やかに微笑まれて、そんな優しい言葉をかけられてしまうと、わたくしはついつい頷いてしまった。
これでは、婚約を了承したことになってしまう!? 後々、どうにかしよう、なんて考えを巡らせるが、とても嬉しそうに笑うアランを見てしまうと、そんな考えもどこかに吹っ飛んでしまった。




