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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-戦争準備-
304/353

お目出度い結婚式

 しばらく、女帝のお披露目の無期延期の喧伝で、帝国中は大騒ぎとなった。ともかく、縁起の悪い女帝だから、他の皇帝を選び直せ、と平民だって言ってしまうほど、悪評が立った。しかも、戦争が始まる、ということまで新聞を通して発表するから、さらに、わたくしの悪評は酷くなってきた。

 貴族議会でも、散々、わたくしを責める貴族議員がいましたが、そこは、わたくしは体調不良という仮病で不在となり、宰相と大臣たちに丸投げした。面倒臭い。

 そうして、仮病で時間を作って、わたくしはお忍びで、街中を歩いていた。

「お前、今、どれだけ危ない立場かわかっているのか!?」

 もちろん、わたくしの一人歩きを許さない筆頭魔法使いナインも一緒である。

「どうせ、名前だけが一人歩きしているだけですから、大丈夫ですよ。わたくしの素顔なんて、平民と下っ端貴族は知りません」

「貴族の学校に通ってただろう。若い下っ端貴族も知ってるぞ」

「ささっと顔を隠して行きましょう」

 うーん、思ったよりも、顔、知られてるわ。わたくしはフードを深くかぶって、街中を歩いていく。

「それで、どこに向かってるんだ?」

「食べ歩きですよ、食べ歩き。これ、美味しいですよ」

「詳しいな!!」

「そりゃ、貴族の学校に通っている時に、寄り道しましたから」

 貴族の学校に通っている間は、それなりに自由だったなー。寄り道なんてしてはいけない、とは言われてたけど、そんなの、守らない。せっかく城から出られるのだから、遊び歩きましたよ。

 だから、今も、案内なしで、迷うことなく歩いています。呆れたように後ろでわたくしの背中を見る筆頭魔法使いナイン。

「帝国民の税金で、飲み食いしてたのか」

「まっさかー、そんなことしません。お金持っている人にご馳走してもらいました」

「それは、権威を笠に、脅したというんだよ!!」

「将来、わたくしが皇族として残った時は、それなりに口添えします、と約束しました。きちんと、文書で残していますよ」

「お前、また、とんでもない事したな!!」

「ただし、わたくしが皇族失格した場合は、踏み倒しですけど」

「詐欺だ!!」

「相手も笑って許してくれたので、問題ありません」

 貴族の学校で仲良くなった人たちは心が広く、金払いも良かったなー。

「て、どうして金持ってるんだ!?」

 そして、今更、ナインは、わたくしが平然と買い食いしていることに驚く。女帝といえども、現金を持ち歩かない。だいたい、城への後払いである。

 しかし、今、わたくしが食べ歩きしている料理は、後払い不可の店で購入したものだ。

「わたくし、貴族の学校に通っていた間、社会勉強として、外で働いていたことがあったんですよ。きちんと、お給料も貰いましたよ」

「聞いてない!!」

「シオンにこっそりと許可を貰いました。その時、皇帝の私室にある隠し通路をいくつか教えてもらったんです。長期休暇は、シオンの所に遊びに行く、と言って、こっそりと城を抜け出して、お友達のところで働いていました」

「………」

 声もなく驚くナイン。まさか、わたくしがここまで、皇族らしくない行動を貴族の学校に在学中にしていたとは、思ってもいなかったのだ。しかも、先帝シオンが協力していたのに、ナインはそれに気づきもしなかったという。

 そして、シオンに内緒にされていた、ということに、絶望するナイン。

「シオン、俺様に内緒で、そんなことしてるなんて」

「お互い様でしょう。あなただって、わたくしがシオンの子だと、内緒にしていたくせに。わたくしのことが表沙汰になってから、シオンだって、怒ってましたよ」

「………」

 もう、先帝シオンを責められない筆頭魔法使いナイン。お互い様なんだから、仕方がない。

 そうして、筆頭魔法使いを引き連れて散策した先では、大賑わいとなっていた。

「シーア様!!」

「シーア嬢!!」

「きゃー!! シーア様だわ!!!」

「お久しぶりです、シーア様!!!」

 そこには、わたくしが貴族の学校で通っている時にお友達となった皆さんが集まっていました。

 わたくしが来た、と一人が声をあげれば、わいわいがやがやと、皆さん、わたくしをぐるりと囲むようにやってきました。わたくしにぴったりくっついていた筆頭魔法使いナインは、人の波で外側にぽーんと押し出されたほどの勢いです。

「きゃー、女帝が来たわー!!」

「本当に、来たー!!!」

「来ちゃった。お忍びなんだから、しー、ですよ」

『はーい!!』

 皆さん、ノリがいいですね。勢いよく返事をして、それでも、わたくしの周りをぐるりと囲む人の壁は厚い。

「ちょ、どけっ!!」

 筆頭魔法使いナインでさえ無力で、わたくしに近づくことすら出来ない。それどころか、人の壁に押しつぶされそうである。

「お前たち、どけ!!」

 貴族の学校ではよく聞いた怒鳴り声は、人の壁が波となって、二つに分かれさせた。

 二つに分かれた人の壁の向こうには、貴族の学校の大先輩であり、現在は城の文官となったナックルと、純白の花嫁衣裳に身を包んだナックルの花嫁が立っていた。ナックルは、顔を難しそうにしかめているが、隣りに立つナックルの花嫁は笑顔である。

 ナックルと、ナックルの花嫁は、わたくしの前まで歩いて来ると、わざわざ、膝をついた。

「この度は、女帝陛下のお陰で、結婚式を無事、行うことが出来ました」

「もう、仰々しいことはやめてください。立って立って!!」

 わたくしはナックルの手をつかんで立たせようとしたが、逆に、その手をナックルにつかまれた。

「僕は、以後、女帝陛下の手下となることをここに誓います」

「………」

 その場は、しーんと静かになった。目出度い場で、一体、何を言ってるんだろう、この男は。

 わたくしは、ナックルの隣りで、同じように膝をつくナックルの花嫁を見た。花嫁は、笑顔である。

「あの、今日は、ナックル先輩の結婚式ですよね」

「そうです。女帝陛下のお陰で、私とナックルは、素晴らしい結婚式を挙げられることが出来ました」

 そうですよね、花婿さんと花嫁さんがいるのだから、ここは結婚のお祝いの場なのは確かである。

 なのに、花嫁さんまで、わたくしの手をナックルと一緒につかむのだ。

「私は、以後、女帝陛下の手下となることをここに誓います」

「夫婦の誓いって、そういうのじゃない!!」

「ふふふふふ」

「ははははは」

 ナックルと花嫁は堪えられないように噴き出して、笑いだした。それは、わたくしの周囲に集まる、貴族の学校で仲良くなった人たちもだ。

「とうとう、あの、シーア様を驚かせたな!!」

「やりましたね、ナックル!!」

「もう、皆さんで、わたくしをからかったのですね」

 冗談ならば、わたくしは笑うしかない。貴族の学校では、色々とやったので、これは、ナックルなりの意趣返しでしょう。

「もう、冗談を言って」

「冗談じゃない」

「本気です」

「今日は、夫婦の誓いを立てる、大事な日ですよ。そんな、臣下の誓いなんかしてはいけません」

「夫婦で、女帝陛下に仕えます」

「そう、話し合って、決めました」

「俺の皇帝から離れろ!!」

 わたくしが固まっている所に、やっと人の波から抜け出した筆頭魔法使いナインが、わたくしをナックルと花嫁から引き離した。

「これは、どういうことだ!!」

「えっと、わたくしは、ただ、ナックル先輩の結婚式に招待されたので、来ただけです」

「聞いてない!! いつ、そんな物を受け取ったんだ!!!」

「そりゃ、会議の時にこっそりと」

 わたくしは、ナインの目を盗んで、文官ナックルから、結婚式の招待状を受け取ったのだ。

「お前まで、俺様に隠し事するのか!!」

「だって、話したら、反対するでしょう」

「………」

 やっぱり、反対するんだ。だから、筆頭魔法使いナインに内緒で、城下にお忍びに出たのである。きちんとした目的を言ったら、まず、城から出してくれない。

 ナインは半分、泣きそうな顔である。わたくしは、仕方なく、ナインを抱きしめた。

「はいはい、次からは、話すようにします。だから、わたくしの行き先に立ちはだからないように」

「内容によるよ!!」

「心配性なんですから。わたくしには、ナインの妖精が守護についているのだから、大丈夫ですよ」

「お前じゃない、お前の周囲だ!!」

「そんなぁ」

 わたくしの心配をしてなかった。そりゃそうだ。皇族は、帝国最強の魔法使いナインの妖精が守っているのだ。大変なことになるのは、わたくしの周囲である。

「もう、結婚式の主役は立ってください。ほら、せっかく、わたくしのお願いで、皆さんを集めたのですから、今日は、ナックル先輩をお祝いしましょう!!」

『おおおおおーーーーーーー!!!!』

 貴族の学校のお友達は、ノリがいいな。すーぐに、ナックルと花嫁を立たせて、お祝いの言葉を述べたり、お祝いの品を渡したり、と大騒ぎとなった。やっぱり、結婚式は、こうでないと。

「おい、あれ、まさか」

「どうせ、倉庫で死蔵みたいに山積みになっているのだから、ちょっとなくなっても、文句出ないですよ」

 花嫁の衣装を見ただけで、筆頭魔法使いナインは、その布地が、辺境の食糧庫で育った綿花で作られたものだと見破った。わたくしたち、ただの人の目には、いい布地だな、とわかるが、ナインの目には、違ったものに見えるのだろう。

「ナックル先輩の結婚に使うから、とナックル先輩のお兄様が保証人となったのですから、その通りにするべきでしょう」

「だったら、あの呪われた布地を使えばいいだろう!!」

「そんな、縁起の悪い布地は、葬式に使いましょう」

「絶対に呪い、解いて、お前の女帝お披露目に使ってやるからな!!」

「がんばれー」

 千年の化け物であるナイン、無理と言ったよね。永遠に、女帝のお披露目は出来ないと見ているわたくしは、他人事である。

「おいおい、探したぞ、俺の運命!!」

「え、エンジ?」

 まさかの場所に、妖精憑きであり辺境の貧民街の支配者エンジが、わたくしを後ろから抱きしめてきた。

「離れろ!!」

 それを筆頭魔法使いナインが間に割り込もうとするが、これがぴったりとくっついて、間に入れない。

「なーんだ、お前も寂しいのか。じゃあ、仲間にいれてやろう、弟よ!!」

 それどころか、エンジはナインまで一緒になって抱きしめてきた。エンジの愛って、深いなー。

「は、離せ!!」

「ははははは!! まだまだ、お前には負けないぞ!!!」

「ちっくしょー!!!」

 驚いた。ナインでも、エンジに勝てないなんて。

「えい!!」

 わたくしは、エンジに倣って、ナインを間に、抱きしめ返してやります。やっぱり、エンジとナインは二人一緒が一番ですね。

「恥ずかしいことするな!! 兄貴は、何しに来たんだ!!」

 ナインは、力の弱いわたくしを剥がして、エンジに叫んだ。

 エンジは、ぱっとナインから離れて、改めて、わたくしの前に立った。

「俺の運命に、贈り物を持ってきた」

 そう言って、何もない所から、真っ白な布地を出して、それをわたくしの頭に被せた。

「?」

「シーア、俺様と結婚しよう」

 熱く見つめていうエンジ。

 まさか、こんな目出度い場で、エンジに結婚を申し込まれるなんて思ってもいなかったわたくしは、言葉に詰まった。いつもの通り、軽く返事が出来ない。

 エンジは、本気だ。わたくしの頭に被せた布地は、ナックルの花嫁の衣装に使った物と同じ布地だ。エンジは、辺境の支配者の力で、手に入れたのだろう。

 さすがに、筆頭魔法使いナインも、邪魔しない。苦い表情で、わたくしがどう行動するか、見守ってくれた。

 それは、ナックルの結婚式に集まった皆さんもだ。わたくしが、エンジに結婚を申し込まれているのを盗み見ていた人たちから、どんどんと話は伝わって、しーんとその場が静かになる。

 エンジは、わたくしの頭に被せた布地に触れて、笑った。

「新聞を読んだ。父親が、シーアのために買った布地が、酷い物だったんだってな。だから、俺様が、綺麗にしてやった」

「………え?」

「俺様に頼めば、貴族どもに責められる事もなかっただろうに」

「なんてことしたのですか!?」

 わたくしは、頭にかかった布を脱ぎ捨てた。

「あれが綺麗になったら、わたくし、女帝になる、と約束しちゃったんですよ!!!」

「しかし、父親の大事な形見のようなものだろう」

「………」

 嘘です、とは言えない。エンジ、あの新聞の内容を信じているのだ。

 わたくしは、女帝のお披露目を無期延期にするために、ありもしない契約を捏造し、先帝シオンの名を使って、同情を誘ったのだ。

 この場に集まっている皆さんは、新聞の内容が、わたくしの嘘だと、なんとかく悟っている。だけど、エンジは貧民の支配者だというのに、純粋に、あの新聞の内容を信じているのだ。

 エンジには嫌われたくない。だって、敵ばかりの中、エンジだけは、わたくしの味方として、側に居続けてくれたのだ。

 とても、いい場面だというのに、あの布地の呪いが解けたら女帝になる、なんて約束しちゃったから、喜べない。筆頭魔法使いナインが出来ない、と言ったから、油断した。まさか、エンジという伏兵がいたなんて!!

 どうしよう、と悩むわたくしの前に、膝をつくエンジ。わたくしの両手を握って、エンジはわたくしの返事を黙って待ってくれる。

 そんなわたくしとエンジを見守る、ナックルの結婚式に集まった皆さん。うーん、困った。

「てめぇ、俺様の屋敷にまた、忍び込んだのか!!」

 そんな緊迫した場を見事、打ち破ってくれた救世主は、筆頭魔法使いナインである。ナインは、エンジの胸倉をつかみ、無理矢理、立たせた。

「こらこら、空気を読め」

「煩い!! あんたは、城にも、ましてや、俺様の屋敷にも入っちゃいけないって、言っただろう!!!」

「俺様の侵入に気づかないなんて、お前も、まだまだだなー」

「っ!?」

 帝国最強の妖精憑きをエンジは子どもみたいに扱う。それにナインは、屈辱で顔を真っ赤にして震えた。

「城に近づくんじゃない!!」

「俺様はまだ、お前を連れ戻すこと、諦めてないぞ」

「まさか、わたくしは、ナインを連れ戻すためのエサですか?」

「ち、違う!!」

「これまで、交際を申し込んで、全てお断りされたわたくしに結婚を申し込むのも、やっぱり、ナインが目当てだったのですね!!」

「シーア、誤解だ!!」

「酷いっ!!」

 わたくしは、ナインの胸に泣きついた。ナインは、わたくしを抱きしめて、慰めるように、背中を撫でてくれる。

「いくら兄貴でも、シーアを弄ぶのは許さん」

「俺様は本気だ!! シーアは俺様の運命だ!!!」

「あんたは、シーアの何を知ってるんだ。運命と言ってるけど、現実のシーアは、最悪だぞ」

「酷い、ナインはどっちの味方なんですか!!」

 わたくしのことを貶すナインの胸を叩いてやる。全然、痛そうじゃないな。ナインは暴れるわたくしをそれでも抱きしめたまま離さない。

「今でも、逃げようと、企んでるくせに」

「………」

 否定出来ない。わたくしは、黙り込んで、ナインから顔を背けた。

「俺様に内緒で、こんな祝いの場に来たのは、このまま、逃げるつもりだったんだろう。ここには、貴族の学校時代の悪友がいっぱいだからな」

「そ、そんなこと、しませんよ」

「じゃあ、この場にいる奴らに、じっくりと話してみよう」

「………わたくしの夢は可愛いお嫁さんなんです!! 女帝なんて、絶対にいやなの!!!」

 言ってやる。わたくしは、こんな権力、望んでない。わたくしが欲しいのは細やかな幸せだ。

「それなら、俺様と結婚して、逃げよう」

「逃がさん」

 ナインはわたくしを強く抱きしめ、両手を広げるエンジを睨んだ。

「シーアは俺様の皇帝だ。他の皇帝は、シーアが生きている限り、認めない。諦めろ」

「そんなぁ」

 皇帝は、筆頭魔法使いの願いで決まるのがほとんどだ。筆頭魔法使いが気に入らない皇帝となった場合、皇帝は他の皇族の手によって殺される。それほど、筆頭魔法使いの感情にまかせた意見は、重要視される。

 皇帝は帝国の支配者だが、本当の支配者は、影の皇帝と呼ばれる筆頭魔法使いだ。

「ナイン、離してください」

「っ!?」

 この程度の命令なら、わたくしの皇族の血の濃さでも、ナインを従えさせる。ナインは苦痛に顔を歪めながらも、わたくしを離してくれた。

 今度こそ、とばかりに、エンジは笑顔で両手を広げて、わたくしを待ち構えた。でも、わたくしは、エンジではなく、ナックルの結婚式に集められた、貴族の学校の知り合いの真ん中に立った。

「エンジ、嘘です」

「嘘って、まさか、俺様に運命を感じたことか? そんなこと、気にしない。俺様は、シーアに運命を感じている。それだけで十分だ」

「いえ、わたくしも、エンジに運命を感じています。嘘なのは、新聞で喧伝した、布地の話です」

 この場には、わたくしのことをよく知っている、とても口の固い人たちだけが集まっている。新聞で喧伝した、騙された契約のことが嘘だということは、誰も口外しない。

 それに、今更、真実を言ったところで、こんな広い帝国中に喧伝したのだから、誰も信じない。

 打算とか、そういう後ろ暗いことばかりを考えて、わたくしは、エンジに真実を伝えた。

「あれは、ナックル先輩の不幸を利用して、女帝のお披露目を無期延期にするために、偽物の契約書を作りました。シオン………父上は、わたくしに、何も残していない」

 つい、涙が零れた。頑張って笑ったのだけど、この嘘は、なかなか、心が痛くなる。

 嘘だというのに、信じてくれたエンジ。エンジは、父親が娘の花嫁衣裳のために買ったという布地は酷いものだと聞いて、こっそりと城に侵入して、布地の呪いを解いたのだ。そして、わたくしを驚かせようと、この場で、その布地をお披露目してくれた。きっと、喜んでくれる、とエンジは想像したでしょう。

 今日の主役である新郎ナックルは、わたくしが投げ捨てた布地を拾って、わたくしに手渡してくれた。

「エンジ、ありがとうございます。わたくしのためにしてくれたことです。とても嬉しい。わたくし、こんな卑怯で、打算的で、平気で嘘をつく女なんです。どうか、嫌いにならないでください」

 わたくしは一生、あの、エンジとの運命的な出会いを覚えているだろう。わたくしは、エンジこそ、運命の人だと信じている。

 わたくしは涙をぬぐって、笑顔を作った。今日は、とてもお目出度い日だ。泣いてはいけない。

 エンジは、笑って、わたくしの前に立つと、わたくしの頭を優しく撫でてくれた。

「それくらいの嘘、笑って許す。俺様は、そんな器の小さい男じゃない。みくびるな」

「………はい」

 今度こそ、わたくしから、エンジの胸に飛び込んだ。

 エンジは待ち構えていなかったので、わたくしが飛び込むと、驚いて、少し、よろけた。

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