王国からの求婚
ただ、歳が近かったから、という理由だけで、わたくしは王国のパーティに出席することとなった。パーティの主役は女性である。なんでも、王族の血筋であるポー殿下の婚約者のお披露目だという。わたくしは、そのパーティに出席し、王位継承権からはまだ外れていないが、貴族となったポー殿下と親しくなり、あわよくば、ポー殿下を誘惑して、隙を作れ、なんてとんでもないことを言われたのだ。
ポー殿下とは、本当に歳が近いので、話はあうかも、と淡い期待を胸に参加してみれば、とんでもなかった。だって、ポー殿下はいきなり、政治やら、経済やら、はては、魔法についての話をどんどんとするのだ。
わたくしと一緒に参加した外務大臣は、笑顔だけど、ただ、相槌をうつだけだ。絶対にわかっていないでしょう、あなた!!
ポー殿下は、かなり凄い妖精憑きだ。あまりに凄い妖精憑きなので、帝国はどうしても欲しがった。帝国には、まだ、筆頭魔法使いとなるほどの妖精憑きが育っていないからだ。だから、ポー殿下を筆頭魔法使いにしてやろう、なんて目論んでいたのだ。
しかし、ポー殿下は大人顔負けになるほどの知性の持ち主だ。人並の知性しか持っていないわたくしなど、相手にはならない。
「どうか、ラキス様とダンスを踊ってあげてください」
ダンス、大っ嫌いなんだけど。外務大臣は、どうしても、わたくしとポー殿下の間をくっつけようとする。無駄無駄。ポー殿下、年上の婚約者のことしか見てない。
ポー殿下の婚約者は、異国の妖精憑きだという。異国の衣裳を身にまとい、大人の魅力をこれでもか、と見せつけられて、わたくしはさっさと諦めた。こういうのは、諦めが肝心なのよ、わかっていないわね。
「もう、やめましょう。わたくしでは、ポー殿下にはあいません。ポー殿下には、あのような方がお似合いですよ」
さっさと懐柔にいくのが得策だ。男女の関係よりも、お友達でいったほうが、遥かに仲良くなる可能性が高い。
外務大臣は、わたくしのことを、使えない小娘め、なんて見てくるけど、無視だ、無視。
ポー殿下は、わたくしの意図を理解したようだ。笑顔で照れている。やだ、年頃の顔をすると、可愛いわ。
「さすがに、大臣とダンスをするわけにはいきません。誰か、紹介してください」
「そうですね、丁度いい人がいます。妖精男爵の養子に入った男なのですが、とても優秀なんですよ」
「ぜひ、お願いします」
養子、というところが引っかかる。でも、ポー殿下の紹介だから、無下にしてはいけない。
そうして、ポー殿下に呼ばれて来たのは、私とそう歳の変わらない男だ。確かに、丁度いい感じだ。
体格がすごい。鍛えているのか、とても引き締まっている。しかも、太陽の光りをいっぱい浴びているようで、素肌が真っ黒だ。
「殿下、何用ですか。私は食事の真っ最中ですよ」
「妖精男爵の代理なんですから、仕事をしなさい」
「妖精男爵の仕事なんて、ただ、壁際に立って、食べていればいい、と義父上が言っていましたよ。ほら、仕事をしています」
「客人の持て成しも仕事ですよ。こちら、帝国の皇族ラキス嬢です」
ポー殿下に紹介されたので、わたくしは軽くお辞儀する。カーテシーする立場ではないのよね、わたくし。
「こちら、妖精男爵の養子に入った、えーと、そのー」
物凄く、言いにくそうなポー殿下。名前、呼び辛いほど、難しいのかしら。
「アランです」
妖精男爵の養子が名乗った。その名前には、わたくしだけでなく、外務大臣も色々と感じるものがあった。
「そう、アラン、といいます。帝国では、この名前は、色々と、曰くがありすぎますよね。僕も、曰くありすぎて、なかなか、呼べません」
「私の実の祖父から貰ったといいます。馴れてください。ほら、将来は、同じ学校に通うのですから」
「歳も同じだから、同級生になるんだよ。ラキス嬢も同い年なんだ」
「そうですか。丁度良かった。ダンスのお相手を探していました。どうか、私の妖精姫になってください」
そう言って、アランは私に手を差し出した。その手は、傷やら何やら、あまり綺麗ではない、労働者のようだ。
アランの手を見て、外務大臣は蔑むような目を向ける。
ポー殿下は、どうして、アランをわたくしに紹介したのかしら。どう見たって、わたくしとアランでは、身分差がありすぎる。これは、帝国に対して失礼なことだ。
だけど、アランを見ていると、誰かに似ているような気がした。だから、わたくしはついつい、その手をとってしまった。
「ラキス様!?」
外務大臣がとんでもない声をあげるけど、アランは無視して、わたくしの手を引いて、ダンスの輪に入った。
「帝国の皇族も、大変だ。ポーはやめておいたほうがいい。あれは、筆頭魔法使いに向いていない」
わたくしとダンスを踊りながら、アランはそういう。ステップとか気にしていたわたくしは、ついつい、アランの足を踏んでしまった。
「ご、ごめんなさい」
「羽のように軽いな。大丈夫か、しっかり食べているようには見えないが」
「しょ、小食なの」
わたくし自身の立ち位置を見破られたような気がした。やせ細っていることは事実だ。それは、どうしようもない。だって、わたくしは皇族だけど、皇族の中での立ち位置は、あまり良くない。
わたくしが俯いていると、アランが腕を引っ張って、リードしてきた。
「あからさますぎますよね」
「帝国は帝国で、大変なんだろう。だからといって、お前みたいな小さい女に頼ろうなんて、最低だ」
「仕方がありません。わたくし、皇族ですが、後ろ盾がないので」
「その割には、色々と、身に着けているな。これとか」
わたくしのドレスについている装飾を指さすアラン。
「それは、わたくしの曾祖母の生家である子爵からいただいたものです。王国に行くと聞いて、わざわざ、くださいました。このドレスも、皆、子爵からのプレゼントです」
「その子爵と恋仲なんだ」
「違います!! 子爵の血筋は、わたくしの血筋と元は同じなのです。曾祖母が産んだ子で、皇族でなかった男子が、子爵に下ったのです。その縁で、いつも、気にかけてくれています」
「なるほど、それで、妖精除けか。よく出来てる」
「そうなのですか? 知りませんでした」
「なるほど、そういうことか」
アランは何かあらぬ方向を見て、不敵に笑う。
そうして、ダンスが終わると、アランはわたくしをポー殿下の元に連れて行く。
「殿下、気に入りました。ぜひ、彼女と婚約したい」
「な、何を言っているんだ!? たかが、男爵、しかも、養子だというではないか!!」
「殿下、いいでしょう。私の願いは叶えたほうがいい。そういうものです」
「ポー殿下、この無礼者を」
「アランの願いは叶えなければならない。それは絶対だ」
外務大臣が顔を真っ赤にして怒っているが、ポー殿下はアランの味方だ。でも、とても苦々しい、という顔を見せる。
「身分差がありすぎます!! ポー殿下ならばまだしも、男爵の養子など」
「妖精男爵を敵に回してはいけない、それは、王国の鉄則です。あなたはもっと、王国のことを勉強したほうがいい。妖精男爵は、妖精に溺愛される一族です。その妖精男爵にわざわざ養子として入ったアランは、さらに特別なのです」
「妖精憑きならば、こちらは喜んで受け入れますがね」
「アランは難しい存在です。そうだ。確か、帝国では十年に一度、貴族を集める舞踏会がありますよね。その時に、アランを王国の代表として送ります。そこで、女帝エリシーズ様の判断を仰ぎましょう。まあ、エリシーズ様は、この婚約を受け入れますよ、絶対に」
「そんな、勝手に」
「帝国と王国の友好のためには、アランがいいでしょう。たぶん、きっと、大丈夫なはず」
だけど、ポー殿下は最後のほうは、ちょっと自信がない、みたいに声を小さくして、アランを見る。
アランはというと、どこかに目を向け、嬉しそうに笑っている。その方向には、何もないのに、一体、何を見たのやら。
「では、殿下、妖精狩りをしてくる。妖精姫は私のものだ。ダンスは断るように」
そう言って、アランはわたくしの手に軽く口付けすると、どこかへと消えていってしまった。
わたくしは呆然となった。何故って、わたくしは勝手に、アランのものにされてしまったのだ。
「ラキス嬢、アランは決して、悪い男ではありません。僕も詳しくはありませんが、妖精男爵の血筋には、稀に、アランのような人が生まれるそうです。妖精憑きではありませんが、それを越える力を持っています。正直にいいます。僕では、アランには勝てません。お祖父様でも、勝てないでしょう。アランは、そういう存在なんです。ここは、諦めてください。あなたは、アランの妖精姫に選ばれた」
「我々の目的は、あなただ!! あんな、男爵の養子じゃない!!」
「ただいま戻りました、殿下。おや、まだ、いたのか、この男は」
アランは上機嫌な顔で戻ってくる。離れていたのはほんの少しの間だ。一体、どんな用事だったのやら。
外務大臣は、話を邪魔されて怒り狂う。
「無礼だぞ!! たかが男爵の養子が」
「殿下、これが帝国の代表の顔ですか。妖精姫、もう、こんな酷い代表を出す帝国に戻らないほうがいい。私が守ってあげます」
子どもに言われて、外務大臣は、自らの態度が帝国を悪くすることに、今更ながら気づいた。周りを見れば、蔑むような視線を向けられている。
しかし、帝国という立場を背中にしょって、外務大臣はふんぞり返った。
「王国は昔、帝国の皇女を二人も死に追いやった罪がある」
「そして、帝国では、妖精憑きの皇女を貴族が誘拐し、王国に捨てられたところを聖女として保護されたんだったな。その皇女は、帝国の聖域全ての穢れを受けて、死んだという。そこまで穢れるようなことをやるなんて、帝国もどうなんだろうな」
「………」
「私の領地では、そういうものは全て、入ることすらさせないがな。そういう欺瞞は、聖域を穢すこととなる。もっと、一歩下がった物の見方をすることが大事だろうに、ちっとも変わらないな、帝国は」
「ふん! 貴様とラキス様との婚約は、こちらからお断りです!!」
「私は、欲しいと思ったものは、絶対に手に入れる。次、会う時は、貴様の首を妖精の玩具にしてやる」
「アラン、もうやめて!!」
ポー殿下が間に入って止める。これ以上、アランに口を開かせると、大変なことになる。それは、わたくしでもわかることだ。
だけど、アランはまっすぐわたくしだけを見てくるので、それが嬉しい。こんな、何の後ろ盾もない、皇族という肩書きだけのわたくしをアランは見つめてくる。
「では、改めて、国の代表となるべく、私も頑張りましょう。それまで、他の男を選ばないでくださいね、私の妖精姫」
「誰も、わたくしなんて、見ていません」
「子爵が見ている。一度、話してみるか」
アランは、名残惜しい、というようにわたくしの手をしばらく握って、でも、軽く口づけして、離してくれた。
わたくしとアランが離れると、さっさと外務大臣はわたくしの腕を痛いというほど引っ張った。
「本当に外れ皇族だ」
蔑むように、外務大臣はわたくしを見て、そう呟いた。
わたくしの曾祖母は、元は貧乏貴族だった。十年に一度、帝国で行われる舞踏会で、貴族の中に発現した皇族だとわかり、曾祖母は、皇族入りしたのだ。突然、城に入るわけにもいかず、しばらくは、生家である領地で、教育係りとしていた男爵に、皇族教育を受けていたのだが、途中、皇帝ライオネルの子を身ごもり、城に閉じ込められることとなった。曾祖母は無事、男子と女子を産み落としたが、男子は皇族の血が足りないため、教育係りの男爵に養子として出した。残る女子は、それは美しく、賢く、才能に溢れていたという。ただ、その見た目の美しさが、不貞ではないか、と噂された。その美しさが、当時、賢者だった魔法使いハガルの若い頃にそっくりだったという。だから、男子は皇族の血が足りなかったのか、と陰口を叩かれた。
実際は、どうだったのか、もう、曾祖母も、皇帝ライオネルも土の下だから、確かめようがない。元は貴族であったため、後ろ盾のない女子は、貴族となった男子に支えられながら、皇族として生き、子を産むも、血筋を疑われ続けた。その末裔がわたくしだ。
大事な血筋のはずなのだ。貴族の中に発現した皇族は、皇族の血筋を健全にするために、神が遣わしたという。だけど、わたくしの血筋は皇族の中に受け入れられず、情けのように、子を一人だけ作らされるだけとなった。
わたくしの母はその末裔だ。父は誰なのか、母は知らない。夜這いにより、酷い扱いをされて、わたくしを身ごもったという。わたくしが幼い頃に、母は心を病んで、他界してしまった。
そうして、残されたわたくしは、皇族だけど、扱いは酷いものだった。たった一人の使用人だけが、わたくしの味方だった。その使用人だけが、わたくしの面倒をみてくれている。それを除く皇族の使用人たちは、わたくしを蔑み、食事だって、満足に貰えない状態だ。同じ皇族たちは、きちんと身の回りを使用人たちがして、食事だって、しっかりと与えられているというのに。
そんなわたくしを支えてくれるのは、同じ血筋の子爵だ。子爵は、足りない物はないか、といつも気にかけ、たくさんの贈り物をくれる。でも、それも、他の皇族たちが、生意気だ、と盗っていったりするのだ。
こういう扱いをされてばかりのわたくしだ。きっと、アランも真実を知れば、婚約なんて断ってくれるだろう。
帝国に戻れば、いつもの何もない部屋で、わたくしが落ち込んでいると、ただ一人のわたくしの使用人タバサが、手紙を持ってやってきた。
「王国からのお手紙ですよ。なんと、ポー殿下からです」
「気を利かせてくれたのですね」
ポー殿下は、とても優しそうな人だ。わたくしの立場を見て、気づいてくれたのだろう。
そして、中を開けると、また、封筒だ。そこには、アランの名が書かれていた。
「これはまた、帝国では、禁忌となっている名前ですね」
アランという名は、帝国では色々と意味合いがある。
筆頭魔法使い。
皇帝の娼夫。
最強の妖精憑き。
貧民だった魔法使い。
皇帝殺し。
様々な呼び名だ。今は昔、皇帝ライオネルの時代に、筆頭魔法使いとなる才能の持ち主アランが誕生した。貧民だったところを賢者ハガルが保護し、教育し、筆頭魔法使いとしたのだ。
才能あるアランは、帝国を良い方向へと導こうとした。しかし、皇位簒奪により皇帝ライオネルが失われ、新しい皇帝アランリールは帝国を傾けた。筆頭魔法使いは皇族に逆らえないため、妖精憑きの力の悪用を恐れ、アランは、王国に渡り、次の皇帝が育つのを息を潜めて待ったという。そうして、皇女エリシーズが成人すると、アランは帝国に戻り、皇帝アランリールを暗殺し、エリシーズを女帝とし、そのまま消息を絶った。
魔法使いアランは、表向きは皇帝殺しの犯罪者だが、裏では、帝国の英雄だ。今も、アランの帰還を待つ帝国民は多い。
そんな曰くある人と同じ名を持つアランからの手紙だ。中には、男爵領のことが書かれていた。とても、田舎なんだ、みたいな書き方だけど、それが、わたくしにはわからない。だって、城から外に出たことがないのだから。
そうして、わたくしは、ポー殿下を隠れ蓑に、アランとの文通を続けた。
ポー殿下との文通なので、誰も文句は言わない。生意気な、とか、運がよいだけよ、とか言われるけど、無視だ、無視。
手紙だけではない。事あるごとに、それほど高価ではない贈り物まで届いた。
そうして、十年に一度の舞踏会には、本当に、アランが王国の代表として参加することを手紙で知ることとなる。物凄いことだ。代表となるのは、そう簡単なことではないというのに。
そして、アランから、舞踏会で着るドレス一式が贈られる。何故か、わたくしの体形にぴったりなんだけど、どこで調べたのやら。
表向きはポー殿下からのお友達としてのお祝い、ということで、誰も手を出してこない。ポー殿下様様だ。
当日は、わたくしは皇族の席でも末席の末席に座らされる。
大臣の席には、あの曰くありの外務大臣が、まだ覚えているようで、アランを待っている。
多くの貴族が訪れる中、王国の代表として現れたのは、随分と大きくなったアランだ。相変わらず、精悍な顔立ちで、体形もがっしりしている。手は手袋で見えないが、きっと傷だらけだ。アランと一緒にいるのは、王国の王族にあたる人だろう。どこかで見たことがあるなー、なんて思い出そうとして、思い出した! ポー殿下の婚約者のお披露目パーティで、ポー殿下の義父として紹介された王族ザクト様だ。物凄く温厚な見た目の通り、温厚な方なのだが、彼の妻が恐ろしく美しく、ザクト様に女が近づくことを許さない悋気の強い方だ。それをザクト様は穏やかに宥めているのだ。相思相愛っぷりが、羨ましかった。
大物がいるので、外務大臣は迂闊に口を挟めない。相手は、王国の先王の弟だ。今は、国王の叔父となる。
「エリシーズ、お久しぶりです」
さっそく、ザクト様からご挨拶だ。お互い、立場は同じようなものだ。エリシーズが上のようだが、ザクトは、裏の国王、と呼ばれる後ろ暗い暗部の統括である。あの見た目を侮ってはいけない。
「ザクトも相変わらずですね。そちらの若者は、どこかで見たことがあるような」
「ご紹介します。妖精男爵の養子アランです」
「っ!?」
アランの名に、皇族の一部の顔がこわばる。エリシーズより上の代で、筆頭魔法使いアランを知らない者はいない。それどころか、アランの教育を受けた者だっている。
その代表が、皇族ライアン。普段は怠け者の顔をしているが、実は、一番恐ろしい暗部の統括だ。筆頭魔法使いアランのことを慕っているからか、分け隔てなく人と接する優しい面もある。立場が弱いわたくしをよく助けてくれる。
ライアンは、席を立ち、まじまじとアランを見つめる。筆頭魔法使いアランの面影でも見つけようとしているようだ。
アランは笑顔のままだ。立ち位置的に、アランは最下位である。上位の者から許可がないので、話すことも出来ない。
ザクト様は、困ったように笑う。
「たぶん、外務大臣から報告はされていないでしょうが、アランは、皇族ラキス嬢に婚約を申し込んでいます。今日は、その返事を貰いに来ました」
「どういうことですか、ゴラン!!」
聞いていない事実に怒りを見せるエリシーズ。十年に一度のパーティで、その事実が暴露され、女帝としては、恥をかかされたようなものである。
外務大臣ゴランは、こうなることはわかっていたので、すでに、返答も考えているのだろう。余裕な顔を見せる。
「王国の、男爵の養子の世迷い事です。帝国が受ける話ではありません」
「妖精男爵を相手にか? ゴラン、貴様、王国の事情をこれっぽっちも勉強していないな」
珍しく、皇族ライアンが口を挟んだ。
まさか、ライアンが発言するとは、誰も思ってもいなかったのだろう。ゴランは返答に困る。ライアンは、怠け者ではあるが、かなり頭がいい。筆頭魔法使いアランが、次の皇帝に、と決めていた男である。
「て、帝国が、従う必要のない話だと、思いまして」
「妖精男爵は、最強最悪の妖精憑きリリィの生家だ。妖精憑きリリィは亡くなって随分たつが、彼女が支配した妖精たちは、今も妖精男爵を守っている。それほどの妖精の加護を得ているから、妖精男爵、と呼ばれるんだ。もういい、こいつは外務大臣から降ろす。しばらくは、私がやろう」
「お、お待ちください!! 私は、その、ほら、ラキス様とポー殿下の橋渡しには、成功したではないですか!!」
「俺の甥っ子は、ただ、アランとラキス嬢の文通や贈り物のやりとりを手助けしただけだ。アランの名だと、そこの外務大臣が邪魔しただろう。パーティでの態度も酷いもので、甥っ子が激怒していたぞ」
ゴランが手柄としてあげたことをザクト様はばっさりと斬り落とす。それどころか、悪行を全て暴露されたのだ。
ゴランは怒りで顔を真っ赤にする。ザクトは王族といえども、王国側だ。帝国が常に上だと信じて疑わない貴族は多い。ゴランは、その典型だ。
あまりの態度に、皇族ライアンは深くため息をつき、ザクトに頭を下げた。
「申し訳ない。帝国の教育がまだ、行き届いていない証拠だ」
「いや、こうなることは、甥っ子も、アランも予想していた。無理な話だと俺のほうからも説得したんだが、アランが随分と、ラキス嬢のことを気に入っている。どうしても婚約して、連れて帰りたいそうだ」
「それは無理だ。皇族である以上、ラキスが帝国を出ることはない。もし、結婚したいのなら、アランが帝国に来るしかない」
「だそうだ、アラン」
アランの要求は無茶だ。皇族を二人も立て続けに、王国のせいで命を落としたのだ。皇族となった者は、王国に嫁ぐことはない。
それは、王族ザクト様もわかっていることだ。困ったようにアランを見る。
アランは笑顔のまま、わたくしを見つめる。
「そういうが、大事にされていないじゃないか」
そして、皇族と宰相、大臣たちに向かって、アランは嘲笑った。




