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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-貴族の中の皇族姫-
3/353

愚かな子爵家

「お見事です」

 わたくしと叔父のやり取りに、ハイムントは手を叩いて誉める。この男、わたくしの力量を試していたな。

 ずっと、そうなのだろう。ハイムントは、わたくしがどこまで出来るか、生暖かく見ていたのだ。そのまま腐るか、腐らないか。

 味方のような顔をして、実は、とんでもない伏兵がハイムントだ。皇帝はハイムントを使って、わたくしが皇族にふさわしいかどうか、試しているのだろう。

「さて、子爵は次、何をしますかね。税率は以前よりも下げました。使ってしまった余剰金は取り戻せませんが、帝国から出る資金で、災害対策は行えます。ですが、これまでのような生活は出来ないでしょうね」

「もう、爵位返上させたい!!」

「皇権を使えば、出来ますよ。やりますか?」

「やらない。それをやったら、暴君の仲間入りよ。それに、皇族の立場は使わないようにしないと」

 そうは言っても、叔父とのやり取りは、どうしても、皇族の立場を使わざるを得ない。

 そうして、悩んでいると、次はサラスティーナがわたくしの私室にやってくる。

「やだ、男と二人っきりなんて、随分と淫らなことをしているわね」

 わたくしがハイムントと二人っきりなのを悪くいう。

 言われて、確かに、なんて気づく。不思議と、ハイムントを安全圏に見てしまっていた。

「僕にも、選ぶ権利はありますよ」

 ところが、この教育係りは、本性を出してくる。わたくしに対しても、無礼だ。

「そうよね。こんな、どこに胸があるかわからない、みすぼらしい女、グレン様だって女に見れない、と言っていたわ」

 グレン、覚えているから。正式な皇族となった時、絶対にグレンを含む侯爵家には、絶対に復讐してやる。

 わたくしは笑顔で聞き流すような体をとりながらも、頭の中では、皇権を上手に使う方法なんて考えていた。

 サラスティーナは、勝手にわたくしの私室を見回して、ソファに座る。

「皇族っていったって、大したことないのね。こんな安っぽい調度品ばっかり揃えちゃって」

「あなたの派手で、品性のない調度品よりはましです。後、勝手に触らないでください。全て、魔法がかかっていますよ。わたくしが身に着ける貴金属一つにも、それなりの魔法がかかっています。勝手に使わないように」

「皇族のくせに、けち臭いわね。そんなんだから、婚約者一人いないのよ」

「皇族の結婚は、血筋重視ですよ。そこら辺の一貴族なんか相手にはしませんよ。サラスティーナは皇族を発現した血筋といいながら、適当な一貴族を選ぶのですね。グレンの血筋には、元皇族は入っているのかしら。もちろん、調べましたよね」

「たまたま、皇族が発現した程度で、いい気にならないでちょうだい! 見ていなさい。わたくしの子は、皇族を発現してみせるわ!!」

 そう言って、適当な調度品をわざと落として、部屋を出ていった。

 落ちて壊れた調度品は、ハイムントが素手で片づけようとする。

「そんな、怪我をするわよ!」

「そう言って、ラスティ様は近づいてはいけません。あなたはまだ、貧乏貴族の癖が抜けませんね」

「………」

 ハイムントが先に動いたのは、わたくしを動かさないためだ。確かに、わたくしが壊れた調度品を片づけなきゃ、なんて頭の片隅で考えていた。

 ハイムントは、真っ白なハンカチに破片を集め、壊れた丁度品を通りかかった使用人に手渡す。

「子爵令嬢が壊した物の弁償を子爵にさせましょう。値段を見て、驚くでしょうね」

 言われるままに請求書を書いたのだけど、その金額に、わたくしは驚かされた。とんでもない金額だ。何気なく帝国から支給された調度品を使っているが、その金額は、平の一貴族で支払えるものではない。

 わたくしが震える手で金額を書くと、さっさとハイムントが持って行ってしまう。

 しばらくして、ハイムントが戻ってきたが、それからすぐ、叔父とその執事がノックもなく、わたくしの私室に入ってきた。

「なんだ、この請求書は!?」

「サラスティーナが壊した調度品です! ここにある調度品は帝国からの支給品です。わたくしが間違って壊したならともかく、一貴族が壊したら、弁償ですよ」

「こ、この、金額は、おかしいだろう!! こんな、何の変哲もない調度品ばかりではないか!!!」

「全て、魔法がかかっています」

 ハイムントが間に入ってきた。

「貴様に聞いていない!!」

「皇帝陛下がわざわざ、ラスティ様のために揃えた最高級品です。万が一、盗まれたり、質流れをした場合は、すぐ、皇帝陛下の元に伝わるようになっています。もちろん、破損してもです。あなたの娘は、僕の目の前で、手を使って、落としてくれましたよ。その情景は、全て、賢者ハガル様に伝わります」

「………い、従妹のやったことだ。一度くらい、見逃してくれないか」

 証拠以前に、魔法で全て伝わってしまう事実に、叔父はとんでもない汗を流す。言い逃れが出来ないのだ。

 わたくしも驚いた。ここまで厳重にされているとは、知らなかった。この部屋にいるのは、ちょっとイヤになる。監視されているようだ。

 ハイムントは無言である。この後の判断をわたくしに丸投げだ。また、わたくしが腐ったリンゴかどうか、見極めるつもりだ。

「ここにある物全ては、帝国の物です。それを壊しておいて、許せというのですか。わたくしの一存ですむはずがないでしょう」

「可愛い従妹がやったことだぞ!」

「皇族は、身内であろうと、そういうものは切り捨てるそうです。皇族は帝国第一だ、と学びました。私心を持っては、帝国を混乱させます」

「随分と冷たい女だな!!」

「領地経営でもそうです。私心を捨て、領民のために考える必要があります。そのために、領主自らが身を切ることも必要です。そんなこともわからないのですか」

「血の繋がりのない者が、助けてくれるというのか? 助けないだろう」

「でしょうね。わたくしは、皇族といっても、城に行けば孤軍奮闘です。ですが、その恩恵をここで受けてしまっている以上、私心を捨てるしかありません。あなただって、随分と恩恵を受けたでしょう。その結果が、それです。サラスティーナは帝国の物を壊しました。同じことをこれからもするでしょう。もっとも血の繋がりが濃い娘がやったことです。助けてあげてください」

「払えるか!?」

 昨年の収入の半分だ。わたくしでも、これは無理だな、とわかる。

 わたくしに嫌味を言われて、税率を下げたのだ。もう、ほとんど、この調度品の弁償に消える。ついでに、わたくしの屋敷の使用料は領地の災害対策に全額、使われる。もう、余剰金も使い切ってしまっているので、子爵家は元の貧乏子爵に逆戻りだ。

 わたくしはいい。皇族として、帝国から支援を受けている。何も困ることはない。

 だけど、叔父家族は違う。領地の税でやりたい放題するつもりだった。それが出来なくなるのだ。

 叔父アブサムの我慢の限界だった。アブサムは、わたくしにつかみかかった。

「痛いっ!」

 物凄い力でわたくしは床に叩きつけられた。

「それ以上は、許されません」

 それを止めるのはハイムントだ。切れ味が良さそうな短剣をアブサムの首に突き付ける。

「しつけのなっていない男だな。よりにもよって、僕の目の前で皇族に手をあげるとは。死にたいのか?」

「ひ、ひぃいいいーーーーー!!!」

 腰を抜かすアブサム。逃げようにも、逃げられないのだろう。ハイムントは容赦なく、アブサムの首にうっすらと傷をつける。

「や、やめてください!」

「ラスティ様の御心のままに」

 わたくしが叫ぶように言えば、ハイムントは笑顔で短剣をアブサムから離した。

 わたくしは酷く打ち付けた腰で立つに立てない。ハイムントはそれに気づいて、わたくしをわざわざ抱き上げ、ベッドに座らせてくれた。

「アブサム、まず、人としてやるべきことがあるでしょう。サラスティーナはわざと物を壊しておいて、謝罪もありません。それすらしない女の所業を誰が許すというのですか」

「たまたま壊れただけだろう!!」

「そこのところは、賢者ハガルが判断します。ハガルにわたくしから聞いてみましょうか? 妖精憑きに嘘は通じませんよ。サラスティーナがどれほど言い訳しても、妖精憑きは嘘を見破ります」

「随分と、知った口をきくな。だがな、妖精だって、嘘をつくことがあるんだぞ!!」

「それを賢者ハガルの目の前で言えますか? いいですか、妖精憑きは神の使いである妖精を持って生まれる尊い存在です。まず、人としての価値が違います。神の前では、アブサムはただの人ですが、ハガルは妖精を持つ貴人です。神様だって、ハガルを支持するでしょう」

 また、わたくしに暴力をふるおうと拳を握るアブサム。しかし、ハイムントがまた短剣を抜き放つので、ハイムントから後ずさる。

「まずは、サラスティーナのしつけをしてください。話は、それからですよ」

 わたくしなりに、機会を与えた。


 わたくしの従妹は本当に愚かだ。


 次の日には、サラスティーナが侯爵家次男のグレンを連れて、わたくしの私室にやってきた。

「貴様は、可愛いサラスティーナに酷いことばかりして、とんだ悪女だな!!」

「グレン様、ラスティはわたくしのことをいじめるのです」

「可哀想に。サラスティーナのこの美しさに嫉妬したのだな」

 グレン、絶対に皇権で復讐してやる。グレンはわたくしの体を見て嘲笑った。

 嘘泣きするサラスティーナはさめざめと涙を流す。すごいわ、泣けるなんて。ある意味、自慢できる特技よ。

 わたくしはというと、皇族教育の最中だった。もうほとんど終わってしまっているのだが、ハイムントから問題を出され、討論している所だった。この男、本にないことばかり課題にするのだ。わたくしは、ただの一皇族で終わりたい。

「こんな私室で男と二人とは、はしたない女だな」

 昨日、サラスティーナに言われたことを改めて、グレンも言ってくれる。

「僕も、選ぶ権利がありますから」

 そして、同じ返答をハイムントもする。お前はどっちの味方なのよ!?

「それで、何か御用ですか? 一貴族には教えられない、大切な皇族教育の最中なのですが」

「サラスティーナが間違って壊した調度品に、随分と法外な請求書を書いたそうだな!! いつかは壊れる物に、皇族が意地汚いことを!!」

「帝国民の血税で揃えられた調度品です。同じこと、王都にいる帝国民に大声で訴えてみたらどうですか。暴動が起きますよ」

「たかが平民風情にいう必要なことか。我々は貴族なんだぞ」

「わたくしは皇族です。考え方が違います。皇族は帝国民全てのために働くのです。一貴族も所詮は一帝国民ですよ。一帝国民の訴えごときをきいていたら、政は滞ります。もっと、多くの人を連れてきてください。そうすれば、考えますよ」

「なんて、血も涙もない女なの!? これが、皇族になるなんて、帝国も、もうおしまいだわ!!」

「一貴族ごときのサラスティーナが心配することではありません。ほら、帝国民の血税で揃えられた調度品の弁償をしてください。サラスティーナが可哀想、というなら、侯爵家が弁償してくれてもいいのですよ。慈悲の心をぜひ、見せてください」

「そ、それは、まずは、皇族から」

「サラスティーナに血も涙もないと言われてしまいました。どうすれば、血も涙もあるのか、ぜひ、手本を見せてください。きっと、侯爵家だったら、簡単に弁償出来るでしょう。何せ、血も涙もあるのですから」

「………」

 何も言えなくなったグレン。その程度の頭でわたくしに勝とうだなんて、片腹痛いわ。あの最悪な領地経営を身を切って乗り切っていたわたくしの敵ではない。

「わたくし、昨日、アブサムに暴力を受けて、腰を痛めました。そのことも謝ってもらっていませんね。アブサムはか弱い女性に手をあげる、恐ろしい暴漢ですよ。ハイムント、このことは、皇帝陛下に報告しましょう。わたくしの一時的な保護先としては、不向きなのかもしれません。一年分の使用料も月割りで返還してもらいましょう」

「皇族になったからって、いい気にならないで!! あんたなんか、ちょっと前までは、ただの奴隷だったじゃない!!!」

 アブサムよりも短気なサラスティーナは醜い顔を晒した。

 あまりの代わりように、グレンは驚く。それはそうだろう。これまで美しい容貌でグレンにいい顔をしていたのだ。それが、実はとんでもない短気でわたくしのことを奴隷扱いする女だとわかったのだ。

「さすが、アブサムの教育ね。皇族に対しても、こんな態度なんだから。これは、皇族間で情報共有するべきね。もちろん、皇帝陛下にもお話しなきゃ。そうだ、侯爵様はご存知で、婚約を結んだんですものね。その事も報告しなきゃ」

「そんなこと知らない!!」

 とうとう、侯爵家に飛び火する事態となり、グレンはサラスティーナの体を押し離した。力いっぱいされたので、サラスティーナは無様に倒れる。サラスティーナはすぐに、グレンに縋りつく。

「グレン様!」

「婚約は無効にしてもらう。こんな話、聞いていない!!」

「あら、そんな簡単に婚約破棄が出来るとお思いですか? 貴族間の婚約は家と家との大事な繋がりです。グレン一人で決められることではないでしょう」

「たかだが子爵家程度の繋がりなど、侯爵家には必要ない。これで失礼する!」

「皇族の発現をした子爵家に対して、随分と酷い言い方ですね。正式に、侯爵家に抗議しましょう。わたくしも元は子爵令嬢ですよね、ハイムント」

「もちろん、皇帝陛下を通して、しっかりと抗議しましょう」

 ハイムント、とっても嬉しそうだ。この男、本当にどっちの味方かわからない。

 逃げられなくなったグレン。侯爵家に逃げれば、皇帝陛下を通して、抗議文が投下されるのだ。この場でどうにかおさめないといけない。

「皇族はむやみやたらと頭を下げてはいけないそうよ。では、一貴族はどうかしら」

 わたくしは椅子に座ったまま、グレンとサラスティーナを見つめる。グレンはガタガタと震え、サラスティーナは憎しみをこめてわたくしを睨んでくる。

「す、すまなかった!」

 先に動いたのはグレンだ。わたくしの前で土下座した。慣れているのかな、土下座。

 サラスティーナはグレンが土下座したことに驚いている。まさか、グレンが謝るなど、想像すらしていないのだろう。何せ、サラスティーナはわたくしが皇族となる前は、わたくしを足蹴にしていたのだから。

「お前も謝れ!!」

 グレンはサラスティーナの頭を無理矢理おさえ、土下座させる。サラスティーナはしたくないけど、男の力には勝てない。

「きっと、この後、皇族となった従姉にいじめられている、なんてサラスティーナは茶会で吹聴するのでしょうね。そんな話が皇帝陛下の耳に入ったら、わたくし、調度品のことも、アブサムの暴力も、報告しないといけないわ。血も涙もない、と一貴族に言われたから、仕方なく黙っていた、と報告すればいいわね」

「そ、それだけは、どうか」

「………」

「サラスティーナには言い聞かせる」

「………」

「弁償も、侯爵家でしよう」

「さすが、グレン。血も涙もある男ですね。なんと、愛するサラスティーナのために、身を削るなんて、素晴らしい。きっと、社交界では、引く手あまたでしょうね。サラスティーナ、上位貴族からグレンの婚約を持ちかけられた場合は、愛するグレンのために身を引くぐらいはしますよね」

「ラスティの分際でっ」

「黙れ!!」

 グレンは無理矢理、サラスティーナの頭をおさえつける。もう、これ以上、口出しされては、どこまで侯爵家の立場が悪くなるか、わかったものではない。

「もう、話は終わりましたか? 大事な大事な皇族教育の途中です」

 ハイムントは笑顔でわたくしに聞いてくる。決して、サラスティーナとグレンには聞かない。

「弁償してもらえるなら、いいでしょう。アブサムのことは、侯爵家できちんとしてください。皇族に向かって、暴力を振るったのです。本来ならば、不敬罪の上、処刑ですよ。そうでしたよね、ハイムント?」

「もう、皇族教育の基本は完璧ですね。次は、皇帝教育しましょう。どうですか、女帝になってみませんか?」

「皇帝陛下はまだまだお若いですよ。わたくしが女帝になることなんて、絶対にありませんから!!」

 皇位簒奪しましょうよ、みたいに言われちゃう。ここでしっかり否定しておかないと、大変なことになる。

 ハイムントは笑顔のままだ。この男の内面はどうなっているのやら。





 ハイムントは常につかず離れずが続いたのだが、突然、離れるという旨を言い出した。

「別にかまいませんが。ハイムントも、休んだほうがいいですよね」

「いえいえ、ラスティ様の側は、とても楽しいですから、もっといたいのですが、父に呼ばれました」

「何か、あったのですか? もしかして、お母様がご病気とか」

「母は随分と昔に他界しました」

「あ、ごめんなさい」

 皇族は謝ってはいけない、とハイムントに教えられたが、わたくしはどうしても謝ってしまう。これは、仕方がない。

 ハイムントは苦笑するも、それを責めない。

「僕は、少々、事情があり、定期的に父に会わなければなりません。もっと前に会わないといけませんでしたが、ラスティ様の皇族教育を優先しました。少しの暇です。皇族教育も随分と早く終わりそうですから、僕ももうそろそろ、お役御免ですね」

「もう少し、ゆっくりやりましょう。ほら、成人までに皇族教育が終わればいいのでしょう。そうしたら、ハイムントにもいい額の給金が毎月、支払われますよ」

「………僕は、無給です」

「………どうして?」

 まさか、無償で働いているなんて、知らなかった。だから、ついつい、聞いてしまう。

「僕は、皇族に絶対服従の契約をしていますから」

「もしかして、あなた、筆頭魔法使いなの!?」

「だといいのですが、妖精憑きではありません」

「………」

 ハイムントは妖精憑きとして生まれたかったのだろう。ちょっと、本音がぼろりと漏れた。

「しばらくは、お傍を離れますから、気を付けてください。あなたには、護衛がついていません」

「そういえば、そうよね」

 おかしい話だ。わたくしは皇族だけど、護衛がいない。

 城にいれば、その必要がない。城自体に古代の魔法が施されている上、騎士や兵士が常に配置されている。ついでに、魔法使いが防御しているという。完璧だ。

 城の外で過ごすわたくしには、何もされていない。一応、わたくしには賢者ハガルの妖精が付いているというが、叔父アブサムの暴力からは守られていない。もっと、大事にならないと、妖精は動かないのかもしれない。

 ハイムントと出会った頃に言われたことを思い出す。本当に、屋敷が大火事で消失までの災害になって、初めて、わたくしの身を妖精が守るのかもしれない。縁起でもないな、それ。

「ラスティ様、いつでも、妖精が守ってくださいますから」

「それ以前に、危険な目にあわないように、屋敷にいるわ。もう、領地を見回ることもしない」

 領地に馬を走らせれば、きっと、領民はまた、わたくしに何か言ってくる。皇族って、意外と何も出来ないものだ、と気づかされた。

「あなたは、立派な方ですよ。自信を持っていい。優秀な皇族を選べ、と言われたら、僕はラスティ様を迷わず選ぶ」

「それは、ハイムントのお陰よ。こんなに短時間で、随分と教えられたわ。最初は、ハイムントばかりに問題解決させていたけど、見ていて、勉強になったわ」

「普通は、もっと萎縮していいのに、ラスティ様はそうではない。あなたが、この家でどういう扱いをされていたかは、見ていればわかります。なのに、あなたは堂々としている」

「負けず嫌いなのよ。だから、いつも、殴られていたの。領民のためじゃないの。悪いことは許せないだけなの。全部、わたくし自身のため」

「素晴らしい」

 ハイムントはわたくしの前で跪くと、迷わず、わたくしの足に口付けする。

「な、なんてことを!?」

 わたくしは慌てて足をひっこめる。とんでもない行為だ。

「僕なりの最上の敬意ですよ。よく、父もこうしていました」

「もう、そんなことしないでください。汚いですよ」

「おや、お気に召しませんでしたか。こうすると、淑女たちは喜ぶそうですよ」

「もう、皇族の儀式ではないのですから、そんなことしなくていいですよ」

「やりたいからします。ラスティ様にはしたい。それだけですよ」

 そう言って、また、ハイムントはわたくしの足に口付けした。

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