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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-運命の出会い-
299/353

皇帝

 城を出る時は隠し通路を通ってでしたが、戻る時は正面から堂々でした。

 城内は騒然となっていた。皇帝が死んだのですから、これからが大変だ。

 さすがに叔父は徒歩で貧民街には行かない。きちんと皇族用の馬車で来たのだ。だから、城に戻る時は楽だった。

 叔父は、わたくしの斜め前、つまり、わたくしの隣りに座るエンジの前に座った。エンジを目の前にして、不愉快そうに顔を顰めた。

「この薄汚れた男を見染めるとは、そういう所も兄上にそっくりだな」

「見染めてもらえるなんて、光栄だな」

「わたくしも、男性にこんな熱く口説かれるなんて、初めてで、嬉しいです」

「………」

 わたくしも、エンジも、思ったことをそのまま言っただけなのに、叔父はそれから、黙り込んでしまった。

 それからは、会話もなく、馬車で城に入り、騒ぎになっている城内を横目に、皇族の居住区に直行していった。

「城の中でも馬車で移動か。すごいな」

「皇族は、迂闊に人と接すると、問題が起きますから。ほら、皇族には、妖精の守護がある。間違っても怪我なんかさせた時は、妖精が復讐します」

「そのためか。だが、皇族は、城の奥深くで過ごしているものだろう」

「皇帝の代理で視察に出ることがあります。貴族の学校に通うこともありますよ。わたくし、この馬車に乗って、毎日、通いましたよ」

「へえ、すごいな。だったら、俺様と結婚して、辺境に行っても、大丈夫だな。世間をそれなりに知っているから、困ることはないだろう」

「皇族は、城の外には出られません。血の流出は、悪用されてしまいます」

「俺様にまかせろ。そんなことは絶対にさせない」

「まずは、目の前の問題です」

 そういう他愛無い話をしている間に、皇族の居住区に到着した。叔父が先に降りて、続いて、エンジが降りた。

 最後に、わたくしが馬車から出れば、エンジが手を差し出してくれた。こういうことも、実は初めての経験だ。

「ありがとうございます」

「俺様の運命のことは、全て、俺様がする。もう、誰にもさせない」

「さっさと降りろ!!」

 こんなちょっとしたやり取りで、ついつい、エンジと話し込んでしまうから、叔父が割り込んで急かした。

 わたくしはエンジと並んで、叔父の後についていく。

 そして、何かと皇族の儀式など使われる広間に連れて来られた。そこには、皇族が集められていた。

「来たぞ」

「実の親を殺すなんてな」

「恐ろしい女だ」

 口々に、わたくしのことを悪く言う皇族たち。仕方がない。城の支配権はわたくしとなっているのだから。

 そのまま、わたくしは、皇帝が座る席の横に連れて来られた。

「よくもシオンを!!」

 そこに立つと、母だと思っていた皇族ネフティが襲い掛かってきた。

「こらこら、俺様の運命に汚い手を出すな」

 それをエンジが止めてくれた。

「この、汚い男だね!!」

「ネフティを離せ!!」

「わかったわかった」

 エンジはネフティを叔父へと押しやった。叔父は、ネフティを受け止めると、エンジとわたくしを睨んだ。

「ここまで育ててやったというのに、恩を仇で返して」

「親殺しをするなんて」

「恐ろしいわね」

「父上、我々が、シーアを処刑します」

 家族だと思っていた人たちは、言いたい放題だ。誰も、わたくしに愛情の片鱗も持っていない。これを見て、わたくしも覚悟を決めた。

「筆頭魔法使いはどこにいますか?」

「お前は黙っていろ!!」

「煩いですね。今のわたくしは、女帝ですよ。頭が高い」

「親殺しをしてか!!」

「わたくしはシオンを殺していません。それは、メフノフとティッシーがよくわかっているでしょう」

 わたくしは、皇族たちの中にこそこそと隠れているメフノフとティッシーを見つけた。

 名前を出されたのだ。皇族たちは、メフノフとティッシーを押し出してくれた。

「メフノフ、ティッシー、綺麗になりましたね。ですが、あの血で汚れた衣服は簡単に隠せないでしょう。出しなさい」

「そんなものない!!」

「城の支配権は、シーアにあるのよ!!」

「だから、命じています。すぐに出しなさい。わたくしに逆らえば、もう、城で働くことすら出来なくなりますよ」

 わたくしが命じたのは、皇族の居住区で働く使用人たちだ。使用人たちは、慌てて、血で汚れた衣服を出してきた。

「お前たち、こんなことして」

「ただで済むと思うなよ!!」

「わたくしが許します。下がりなさい」

 使用人たちは逃げるように、広間から出て行った。

 わたくしは、赤黒く汚れた衣服を広げた。それは、男女の寝巻だ。

「わたくしの物とは、大きさが違いますね。メフノフとティッシーにぴったりだわ。あら、短剣も二本ある。これで、わたくしも殺そうとしてくれたわね」

「し、仕方なかったのよ!!」

「そうだ、僕たちの仲をネフティに知られてしまったんだ」

「わたくしも、知っていました」

「はぁ!?」

「なんだと!!」

 驚くティッシーとメフノフ。

「嘘をつくな!!」

「そうよ。知っていて、あんな平然と付き合うなんて、不可能よ」

「メフノフも、ティッシーも、親切なお友達がいっぱいですね。わたくしにわざわざ、言ってきました。二人のために、婚約解消をしてくれ、と」

「そんなつもりはなかったんだ!! 僕は、真剣に、シーアと婚約して、結婚するつもりだったんだ。だけど、シーアのことがわからないから、ティッシーに相談しているうちに」

「そ、そうよ。シーアのことを相談されて、話している内に、好きになって」

「いつ、正直に言ってくれるか、待っていました。お二人の口から聞きたかったです。だから、わざわざ、皇帝の私室に招き入れました」

 わたくしは、他人の口からではなく、本人の口から言ってもらいたかった。だから、知らないふりをしただけだ。

「なんて、俺様の運命は優しい女なんだ。お前たち、それなのに、人殺しの罪をシーアに押し付けるなんて、最低な奴だな!!」

「そこは、筆頭魔法使いが来てから、わかることです。まだ、来ないのですか」

「皇帝がお前のせいで死んだんだ!! 筆頭魔法使いは忙しいんだ!!!」

「今はわたくしが暫定的ではありますが、女帝です。女帝が呼んでいるのですよ。はやく連れて来てください」

 わたくしは、広間に残る使用人たちに目を向ける。使用人たちは慌てて走り出した。

 だけど、黙って待っていられるほど、皇族たちは気が長くない。腕に覚えのある者たちは、剣を抜き放った。

「だったら、お前を殺して、皇帝になってやる」

「殺してやる!!」

「お前こそ、死ぬべきだ!!!」

 わたくしに対して、様々な恨みを持つ皇族たちが、わたくしの周りを囲んだ。

「こらこら、俺様の運命に手を出すんじゃない!!」

 エンジがそういうと、今まさに襲ってこようとした皇族たちは、見えない何かによって吹き飛ばされた。気の毒に、持っていた自らの武器で傷ついた者も出てきて、阿鼻叫喚となった。

「な、貴様、何者だ!?」

「俺様は、シーアの運命だ」

「そうじゃなくて、ただの人ではないな!!」

「そうだな。俺様は、辺境の貧民街の支配者だ!!!」

「そうなのですか!?」

 妖精憑きだということだけでも驚いたというのに、まさか、エンジがそんな大物だとは、さらに驚かされました。

「何故、辺境の支配者が、王都に?」

「定期的に、生き別れの弟を探しに、帝国を見回ってるんだ。今回は、たまたま、王都を見回ってた所に、俺の運命に出会えた」

「本当に、運命ですね」

 この偶然は、奇跡でしかない。そう思った。

 だけど、皇族たちは、エンジの正体に納得しない。

「支配者だからといって、我々、皇族を攻撃出来るわけがないだろう!! 我々には、筆頭魔法使いの妖精が守護についてるんだぞ!!!」

「その弱っちい妖精のことか。そんなのでは、俺様の妖精には勝てないぞ。ん、どうした?」

 エンジは、虚空で、誰かと会話し始めた。きっと、わたくしたちには見えない、妖精と話しているのだろう。

「そういうことか。わかったわかった。おい、筆頭魔法使いが来るぞ」

 エンジがそういうと、本当に、筆頭魔法使いナインが広間に入ってきた。

 城を走ってきたのだろう。ナインは服を乱しながら、わたくしの元へとやってきた。

「なんで戻ってきた!!」

「貧民街にまで捜索の手を伸ばしていたお父様に見つかりました」

「まあ、無事で良かった」

 そう言って、ナインはわたくしを抱きしめた。

「こらこら、俺様の運命だ。離れろ」

 それをエンジが間に割り込んで、無理矢理、離した。

「な、あんたは!!」

「名前を変えて、その姿も偽装してるとはな。知らなかったぞ、弟よ」

「兄貴!!」

 本当に、ナインは、エンジが探していた生き別れの弟だった。ナインはエンジがこの場にいることに驚いた。

「あんた、どうして、ここにいるんだ!?」

「俺様の運命に出会ったからだ。ほら、彼女こそ、俺様の生涯の伴侶だ」

 そう言って、エンジはわたくしの手をとって、ナインの前で並んで立った。

「よりによって、シーアを選ぶなんて。それよりも、どうして、王都にいるんだ。あんたは、辺境に行ったと聞いてる」

「そりゃ、お前を帝国中を探してたんだ。また、一緒に暮らそう。これからは、俺様の運命も一緒だ」

「無理だから!! 俺様は、今、筆頭魔法使いなんだよ。だいたい、俺様とあんたは一緒にいちゃダメだろう。その、あの、あんたは、あれ、だから」

 この場で、エンジの正体が言えないようだ。だから、わたくしが代わりに言ってあげた。

「エンジが妖精憑きで、辺境の貧民街の支配者だとは、知っていますよ」

「そういうことじゃない!! ともかく、兄貴は、どっかで大人しくさせなきゃいけないんだよ。城はまずい、城は」

「シーアをとられると思ったんだな。心配ない。俺様は、シーアと結婚するんだ。お前の兄という立場は奪わない」

「もう、黙ってて」

「わかったわかった。弟の立派な姿を見せてもらおう」

「ナイン、すごい立派なんですよ」

「ちょっと、お前ら二人、離れろ。調子が狂う」

 結局、わたくしはエンジから離された。エンジは側にいたそうだけど、ナインがそれを許さなかった。

 そして、わたくしは、ナインの手によって、皇帝が座る席に座らされた。

「これより、女帝シーアの戴冠式を行う」

「待て待て!!」

「いくら、シオンの娘だといっても、親殺しなんかする女を女帝になんてしたら、国が乱れる」

「シーアは、シオンを殺していない」

「そうです、わたくしは、シオンを殺していません。そして、メフノフも、ティッシーも、シオンを殺していません」

「まさか、こんなバカなこととなるとはな」

 ナインは呆れたように溜息をついた。その姿には、皇帝シオンの死で悲しんでいる様子はない。それを見て、わたくしは確信した。

「シオンは、寿命で亡くなったのですね」

「そうだ」

 筆頭魔法使いナインは、わたくしの答えに頷いた。

「どういうことよ!! シオンは、めった刺しになっていたわよ!!」

 現場にいち早くやってきた皇族ネフティは叫んだ。同じように見た皇族はネフティに同意した。

「もし、生きて、めった刺しにされていたら、もっと、部屋が汚れていましたよ。生きている人をあんなふうに刺したら、血は飛び散るものだと、書物で読んだことがあります」

「そうだ。メフノフとティッシーは、寿命で死んだシオンをめった刺ししただけだ。そのせいで、俺様が遺体の修復に時間をかけることとなった。つまり、皇位簒奪はされていない」

「だったら、どうして、城の支配権がシーアとなっているのよ!!」

「シオンと俺様で、そう決めたからだ。あまり城の支配権の空白が続くのは悪いから、シオンの死が広まってすぐ、支配権をシーアにしたんだ」

「そ、そんな」

「すでに、シーアを女帝にするため、短期間だが、シオンは、色々と教え込んでいた。もう、シオンから教えることはないほど、シーアは女帝となるための知識を持っている」

 わたくしの傍らに当然のように立つ筆頭魔法使いナイン。ナインの決定は絶対だ。

「そんなこと、許されない!! シーアは、皇族の順位では、最下位だ!!!」

 だが、血の濃さが足りない。わたくしは、かろうじて、皇族であるだけだ。筆頭魔法使いナインの支配を他の皇族にとられてしまう。

「逆らう奴らは、殺せばいい」

 筆頭魔法使いナインがそう言えば、それまで傍観者をしていた皇族たちが動き出し、口うるさく叫ぶ皇族たちを拘束した。

「な、なにを!!」

「何故、俺まで!!」

 わたくしの家族だと思っていた人たちまで、拘束された。

 わたくしは、椅子から立ち上がって、拘束されて、無様に床に転がされるネフティを見下ろした。

「お母様、わたくしを立派に育てていただき、ありがとうございます。感謝しています」

「こ、殺して、殺してやる!! 絶対に、殺してやる!!!」

「わたくしは、お母様のことが好きでした。でも、嫌われてしまいましたから、時間をかけて、諦めました。家族でない、と知って、やっと、気持ちの切り替えが出来ました。お兄様もお姉様も、さようなら。わたくし、シオンとの賭けに負けてしまいましたから、女帝になります」

「は? 賭け?」

「そうです。シオンと賭けをしました。皇族の儀式で、皇族と証明された時、わたくしは女帝となる、と。もし、皇族失格であった場合は、わたくしを王都から離れた場所に秘密裡に逃がしてもらうこととなっていました。だって、皇族失格となった途端、皇族の皆さんで、わたくしに暗殺者でも差し向けるでしょう。わたくし、死にたくないですから」

「こんなに嫌われていて、それでも生きたいというのかい!!」

「はい、生きたいです。死ぬのは苦しかったですから」

 わたくしは、数度、母と思っていたネフティに殺されかけた。まだ物心つく前から、物心ついてから、数度。首を絞められたり、口を塞がれたり、水に顔をおしつけられたり、と様々なことをされたのだ。

 だから、本能的に、死を恐れた。死は、苦しいものだと、精神に刻まれてしまった。

「皇族の処刑は、痛いものから、苦しくないものまであります。お父様、お母様、お兄様、お姉様には、わたくしを立派に育ててくださった恩があります。だから、苦しくない処刑にします。お兄様、お姉様、寂しくないように、夫、妻、子も一緒です」

「な、嘘」

「妻と子は無関係だ!!」

 兄姉と思っていた人たちは、妻夫子の命乞いを始めた。振り返れば、拘束されていない、兄姉の身内たちは、真っ青だ。

「わたくし、恨まれるのは飽きました。ずっと、ずっと、恨まれて、でも、わたくし、何も悪いことをしていません。なのに、お兄様もお姉様も、わたくしが悪い、と言います。理由を聞いたら、生まれたから悪い、と。ただ存在するだけで悪い、と。そんなこと言われて、わたくしが傷つくと思わなかったのですか? わたくし、隠れて泣きました」

「悪かったわ!」

「悪いのは、俺たちだ!!」

「いいえ、お兄様もお姉様も悪くありませんよ。言っただけですものね。許しました。だけど、わたくしを処刑しようと前に出たことは許しません。わたくし、死が怖い」

 どれだけ悪く言われても、気にしない。だって、わたくしは悪くない。生まれたから、とか、存在自体が、と言われたって、気にしない。

 だけど、わたくしを殺そうとした事だけは許さない。

「シオンは身内だからと見逃しました。ですが、わたくしは見逃しません。だって、あなたたちは、わたくしのこと、身内とは見ませんでしたもの。帝国の処刑は、一族郎党が鉄則です。それは、皇族も同じです」

 わたくしが手をあげれば、兄姉の妻夫子は捕縛された。

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