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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-運命の出会い-
298/353

運命

 あっという間に、わたくしは、ナインそっくりな男エンジと一緒に地下牢に放り込まれた。

「申し訳ございません。わたくしのせいで、エンジまで、こんな場所に」

「せっかく出会った運命だ。一緒に、辺境まで逃げよう。そして、小さな家で、子ども二人を作って、老人になるまで、一緒に暮らそう」

「いいですね、それは」

 大衆小説の中に、そんな話がある。母だと信じていたネフティに嫌われていた頃、大衆小説に夢を見た。

「だが、まずは、俺様に似た男の存在だ。男の影は排除しないとな」

「ナインは、そんな存在ではありませんよ。ナインは、その、兄? ですね」

「君がそう思っているだけで、相手はそうではないよ」

「確かに、そうでしょうね」

 エンジがいうことは、正しい。ナインは、わたくしのことを嫌っている。ナインは、父親のように慕っていた皇帝シオンを実の娘であるわたくしが奪うと思っていた。

 そして、思い出してしまう、皇帝シオンの死。思い出すと、泣いてしまう。

「うう、そんなぁ」

「な、泣かないで!! 君が泣くと、どうすればいいか、困る。どうしよう」

「いい加減に離れろ!!」

 泣いているわたくしに困るエンジの姿に、牢屋の外にいる支配者が怒鳴った。

「こんな場所で、いつまでもおままごとしやがって」

「俺様は本気だ。彼女こそ、俺の運命の人だ」

「そうなんですね、知りませんでした」

「変な話に持っていくな!! 調子が狂う!!!」

「え、エンジはわたくしの運命の人ではないのですか?」

「もちろん、運命の人だよ」

「ですが、わたくしの側にいると、不幸となってしまいます」

「俺様に任せろ。どんな不幸も、吹き飛ばしてやる。辺境に行けば、誰も、俺様たちの邪魔が出来ない」

「相手は強大です。こんな短時間で、まさか、王都の貧民の支配者に依頼が届くなんて」

「大丈夫、俺様は、金では動かない。俺様を動かすのは、君の愛だ」

「俺は金で動くぞ!!」

 支配者は、鉄格子をガンガンと蹴った。その音と勢いに、わたくしは怖くなって、エンジにしがみついた。

「お前なあ、そんなことするから、女にもてないんだぞ」

「俺には、妻も子もいるぞ!!!」

「いいなー」

「家族のこと、大事にしてくださいね」

「調子狂う!!」

 わたくしも、エンジも、思ったことをそのまま口にしているだけなのだけど、支配者の神経を逆なでしてばかりだ。

「すみません、わたくし、ちょっと抜けているので、いつも、人を苛立たせてばかりで」

「その抜けたところがいい」

「父も、そう言ってくれました。うう」

 また、亡くなった皇帝シオンのことを思い出し、泣いてしまう。まだ、一日も経っていないのだ。どうしても、泣けてしまう。

「おい、エンジをここから出せ。こいつがいると、話が進まない」

「し、しかし、エンジさん、強いし」

「それに、なあ」

 不思議なことに、誰も、エンジのことを力づくでたくしから離そうとしない。それどころか、エンジがわたくしから離れないから、仕方なく、エンジごと、牢屋に入れるしかなかったのだ。

 また、支配者は牢屋の鉄格子を蹴った。

「こらこら、シーアが怖がるじゃないか」

「てめぇ、俺の街で、勝手に動くな!!」

「元は俺様のだろう」

「っ!?」

「それよりも、俺様の弟は見つかったのか? 俺様の生き別れの弟を捜索する条件で、お前をここの支配者にしてやったんだ」

「見つかってねぇよ!!」

「もしかして、ナインは、あなたの弟?」

 エンジの顔は、筆頭魔法使いナインにそっくりだ。話してみて、こうやって、接してみると別人だが、一目見ただけだと、ナインと勘違いしてしまう。

「シーア、そのナインとかいう男が俺様とそっくりだと言っても、若いだろう。俺様は、見た目は若いが、実際は、子がいるくらい年老いてるんだ」

「まさか、妖精憑きなのですか!?」

「そう。だけど、俺様の弟は、そうじゃない。だから、俺のこの顔にそっくりなら、弟の子だ」

「ナインは、妖精憑きです。見た目は若いですが、とても年上だとは聞いています」

「うーん、でも、俺様の弟、妖精憑きじゃないんだよなー」

「そうなんですか。こんなにそっくりなのに」

「まあ、会ってみればわかることだ。俺様にそっくりな男は、どこにいる?」

「筆頭魔法使いです」

「………え?」

「だから、筆頭魔法使いなんです。ナインは、筆頭魔法使いなんです」

「俺様が知ってる筆頭魔法使いの素顔は違うんだが」

「それはそうです。偽装していますから。こう、近くで見ると、あなたそっくりですよ」

 わたくしは、エンジの顔にわたくしの顔を近づけた。ここまで近いと、ナインの偽装が剥がれ、エンジそっくりな綺麗な素顔があらわとなるのだ。

「エンジ、良かったな。その女の身柄を欲しがってるのは皇族様だ。うまくすれば、筆頭魔法使いに会えるぞ」

 貧民街の支配者まで、皇族の手が回っているとは。わたくしはぎりぎりと奥歯を噛みしめて悔しくなった。皇帝シオンの思惑が読まれている。

 皇帝シオンが殺されることは、予定として組み込まれていたのだろう。そして、わたくしが逃亡する可能性も読まれていた。だから、前もって、貧民街の支配者と交渉したのだ。

 でなければ、こんな短時間で、わたくしの身柄を皇族に渡す話になるわけがない。

 わたくしが、婚約者メフノフと皇族の友達ティッシーを皇帝の私室に迎え入れることが決まった時から、この計画はたてられたのだろう。

「一体、あんた、何者だ? 皇族に身柄を要求されるって、ただ事じゃねぇぞ」

「まだ、詳しくは話せません」

 皇帝シオンが死んだなんて、言えない。それをここで話したら、大変なことになるだろう。

 まだ、皇帝は、情報の上では生きているのだ。

「シーア、あんたは俺様の運命だ。だから、絶対に助けてやる」

「そうですね。きっと、あなたをナインに出会わせるために、わたくしは今、ここにいるのでしょう」

 残酷な神の導きだ。

「そんな、諦めた顔するな。俺様が絶対に、シーアを幸せにしてやる」

「いえ、エンジは、生き別れの弟のことを大事にしてください。家族は、大事にしてほしい」

 わたくしは、家族じゃなかったから、大事にされなかった。本当の家族だったら、大事にしてもらえただろう。

 皇帝シオンと過ごしたのはほんのわずかだ。大事にしてもらったとは思う。だけど、わたくしは、皇帝シオンを大事にしなかった。どうしても、シオンのこと、父親とは思えなかった。

 また、泣きそうな顔をしているのだろう。エンジはわたくしを抱きしめてくれた。先ほど、会ったばかりの異性だ。だけど、こう、抱きしめられて、わたくしは安堵した。

「二人だけの世界やめてー!!」

「じゃあ、俺様とシーアは辺境に行こう」

「絶対に逃がさないからな!!」

「そんな、無理ですよ。いくらエンジが妖精憑きでも、包囲されている王都を出るのは不可能です」

「俺様なら、出来るんだな」

「やめてぇーーーーー!!!」

 その手段をエンジは持っているのだろう。それを知っている支配者は悲鳴をあげた。

「ボス、来ましたよ」

「おい、お迎えが来たぞ。もう、一緒に城に行けよ」

 支配者はもう、投げやりなことを言った。

 地下牢まで続く階段を歩く音が、響いた。わたくしは、息をのんで、迎えだという人が誰かと息をのんで待った。

 地下牢の前に降り立った人は、知っている人だ。

「お父様!!」

 よりによって、父だと思っていた人、皇帝シオンの弟で、わたくしの叔父だ。

 どうしても、叔父を見ると、父と呼んでしまう。仕方がない。父として呼んだ期間は長い。

 叔父は、わたくしを守るように抱き寄せるエンジを見て笑う。

「男を惑わすのが上手いのは、母親似か」

「わたくしの運命の人だそうです」

「そうだ、シーアは、俺様の運命だ」

「………」

 信じたことをそのまま言ったのだけど、間違ったらしい。叔父は、不愉快そうに顔を歪めた。

「お前は本当に、苛立たせるな。そういうとこ、兄上にそっくりだ!!」

「お父様は、シオンのこと、嫌いなのですか?」

 仲が良いように見えた。しかし、今、目の前にいる叔父は、皇帝シオンのことを嫌悪している。

「大嫌いだよ!! 俺が愛しているネフティに、あんなに好かれているというのに、兄上は、よりによって、貧乏男爵の娘を好きになった。しかも、その容姿はぱっとしない。あんなのがいいなんて、趣味が悪すぎる。そういう、何もかも、苛立たせるのが、兄上だ」

「わたくしの母の情報をお母様に教えたのは、お父様ですね」

「そういう約束だからな。ネフティと結婚する時、いくつかの条件を出された。その中には、兄上が手をつけた女の情報を教えることとなっていた。近づく女も全てだ」

「そうでないことを祈っていたのに」

 ネフティへ、皇帝シオンの情報を流していたのは、叔父だった。その事実に、頭が痛くなった。

「さすがの兄上も、俺を疑いはしなかったな」

「疑っていましたよ。そうでなければいい、と言っていました」

「そういうところが、兄上だな。身内でも疑う」

「それで、これから、わたくしをどうするつもりですか。お母様に差し出すのですか」

「お前は、皇帝シオンを殺したんだ。皇位簒奪者として、突き出すこととなっている」

「?」

 おかしなことを言っている。わたくしが皇帝シオンを殺したと言っているが、あの現場を見れば、そうではないとわかるはずだ。

 わたくしに親殺しの罪を着せようとしているのかと、疑った。

「シオンを殺したのは、メフノフとティッシーです。見ればわかるでしょう」

「メフノフとティッシーは殺していない」

「あんなに血だらけな姿をしていて、殺してないなんて」

「城の支配権が、シーア、お前になっている」

「まさか………」

 イヤな予感がした。これは、まずいことになっている。

 皇帝となるには、二つの方法がある。一つは、きちんと皇帝として選ばれることだ。これは、筆頭魔法使いに認められればいい。

 もう一つは、皇帝を殺すことだ。帝国は弱肉強食である。皇帝を殺した皇族は自動的に皇帝になれるのだ。これには、筆頭魔法使いに認める認められないは関係ない。勝者こそ、皇帝なのだ。

 こうして、皇帝となると、城の支配権は、皇帝のものとなる。

 城の支配権の書き換えの方法は知られていない。それは、皇帝と筆頭魔法使いのみが知ることである。ただ、皇帝を殺した場合は、自動的に、支配権の名前は書き換えられるという話だ。

 今回、皇帝シオンは、メフノフとティッシーによって殺されたはずだ。だったら、メフノフかティッシーが城の支配権を持つこととなる。

「どうして、わたくしが城の支配権を持っていると知っているのですか」

「ナインが言った」

 ナインの企みがわからない。ナインにとって、皇帝シオンは父親のような存在だ。そんなシオンが殺されたのだ。ただ、笑って従うはずがない。

 どうすればいいのか、わからなくなった。このまま、城に行けば、わたくしは殺されるだろう。目の前にいる叔父は、もう、わたくしのことも憎悪の対象として見ている。

 貧民たちは、思ったよりも話が大きいので、困っていた。ただ、わたくしの身柄を皇族に差し出せばいい、と軽く考えていたのだ。

 どうにか、この場を切り抜けようと悩んでいるわたくしの手を握るエンジ。その手は暖かい。

 いや、わたくしの手が冷たいのだ。握りしめすぎて、わたくしの両手は冷たくなっていた。

「シーア、俺様に任せろ」

「わたくしの正体、わかったでしょう。わたくしは」

「黙って」

 皇族だと話の流れでわかったはずだ。なのに、エンジは悪戯っ子みたいに笑って、わたくしの口を指で塞いだ。

「あんたに、話がある」

 エンジは真面目な顔になって、わたくしの叔父に話しかけた。

「なんだ、金の要求か? いくらだ」

「お嬢さんを俺にください!!」

「………は?」

「金だったら、いくらだって払います!! どうか、お嬢さんと俺様の結婚を認めてください!!!」

「………はああああああーーーーーーーーーーー!!!!!」

「幸せにしてみせます!!!」

『アホかーーーーーーーーー!!!』

 最後は、わたくしの叔父だけでなく、貧民たちまで一緒になって叫んだ。

「なんだ、このアホは。兄上以上の空気の読めない奴、初めてだ」

「お父様、メフノフはティッシーと愛し合っているそうです。わたくしはメフノフのこと、そういうふうには見ていませんし、この方はわたくしの運命だと言っています」

「明らかに、騙されてるぞ!!!」

「そうなのですか?」

「いや、シーアと俺様は運命だ」

「だそうです」

 わたくしは、エンジを信じた。信じるしかない。だって、エンジだけが、わたくしの味方だ。それに。

「わたくし、異性にこうやって抱きしめられるのは初めてです。意外と、気持ち良いですね」

「もっと抱き合おう」

「やめろ!!!」

 鉄格子の向こうで、わたくしの叔父が鉄格子を蹴った。その勢いと音に、また、わたくしは怖いものを感じた。

「お義父さん、俺様は諦めません!! 何度だって、頼みます!!!」

「俺を父と呼ぶな!!」

「シーアとの結婚を認めてもらえるまで、頑張ります、お義父さん!!」

「そういう意味じゃない!!」

 わたくしは、目の前の男を、お父様、と呼んでいるが、実際は叔父である。確かに、エンジとわたくしが晴れて結婚しても、目の前の男は叔父であって、義父ではない。

 うまくかみ合っていない会話に、嫌気をさした支配者は、牢屋の鍵をあけて、わたくしとエンジを出した。

「もう、面倒くさいから、城で話し合ってこい。金はいらない」

「わかった、シーアとの結婚、認めてもらってくる」

「いいか、俺たちを巻き込むなよ!!」

「逃げるのなんて、簡単簡単。お前たちの手なんか必要ない。いざとなっら、あの城、ぶっ壊せばいいからな」

「壊すな!!」

「注文が多いな」

 支配者は怒ってばかりだ。エンジはというと、ずっとニコニコと笑っている。きっと、仲良しなんでしょうね。

 だけど、わたくしはすぐに我に返って、エンジを止めた。

「いけません!! わたくしと一緒に城に行けば、きっと、殺されてしまいます」

「こう見えても、強いよ。もし、筆頭魔法使いが俺様の弟なら、筆頭魔法使いよりも強いよ」

「ナインは心配いりません。わたくしは皇族ですから、ナインはわたくしを傷つけることは出来ません。ですが、同じ皇族は、わたくしを傷つけられます。多勢に無勢です」

「その程度の妖精、俺様だったらすり潰せる」

 わたくしに守護としてついている筆頭魔法使いの妖精を見ているのだろう。わたくしはただの人だから見えない。エンジの視線の先には、何もないから、ぞっとする。エンジ、少し怖い顔をしている。

「ああ、ごめんごめん、本性が出てしまった。シーアの前では、優しい夫でいるように心がけるよ」

「そう言ってもらえて、嬉しいです。ですが、ここからは、皇族の戦いです。わたくし一人で、どうにか、戦ってみせます」

「一緒に戦おう。暴力で来るなら、俺様が対応しよう。妖精の復讐なんかさせない。俺様のほうが強いからな」

「もう、仕方がありませんね。危なかったら、わたくしを見捨てて、逃げてくださいね」

「辺境に戻る時は、シーアと一緒だ。あんたは、俺様の運命だ」

「では、落ち着いたら、改めて、話し合いましょう」

「俺様は諦めない。落ち付いたら、あんたを口説く」

「まあ、それはまた、初めてのことですね。楽しみです」

 これから、危険な場所となってしまった城に戻るというのに、わたくしの心は軽い。

 それもこれも、エンジのお陰だ。エンジと話していると、心が軽くなる。

「お父様、では、城に戻りましょう」

「やっと諦めたか。これ以上、手間をかけさせるな」

「はい」

 もう、叔父は、わたくしに優しい顔を見せてくれない。それが寂しい。

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