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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-運命の出会い-
296/353

皇帝の私室での軟禁

 婚約者メフノフと、皇族の友達ティッシーとの文通は続いた。手紙を通して、外の状況を教えてくれた。

 わたくしは知らないけど、皇帝の私室に入ろうと、ネフティはドアを壊そうとして、色々としているという。筆頭魔法使いナインに命じて、ドアを開けさせたのだけど、皇帝シオンの許可がないため、見えない壁によって、ネフティは弾かれたという。

 そんな執念深く、醜い姿を見せるネフティに、それでも、叔父は優しく迎えに来て、暴れるネフティを連れて帰っているとか。

 そんな騒ぎになっているなんて知らなかった。まず、この部屋の中では、外の騒音が全く聞こえないし、見えない。それは、逆もだろう。

 さすがに、何もしないで過ごす期間が長すぎたので、わたくしは、皇帝シオンに訴えた。

「その、婚約者と友達を招き入れたいのですが」

「ダメだ」

 ご機嫌とりで、手料理とかを振舞っても、皇帝シオンは懐柔されてくれない。

「外では、おか………ネフティが暴れていると聞いています。ですが、ネフティの味方はいません」

「まだ、ネフティのことを母親と思っているのか」

 皇帝シオンは、わたくしの訴えを無視して、言い間違いを咎めた。

「仕方がありません。生まれてからずっと、母親だったのですから。それよりも、わたくしのお願いを聞き入れてください」

「私が生きている限り、ここは安全だ。私の許可がない者は、絶対に入れない。それが、皇帝だ」

「はい、わかっています」

 皇帝シオンの私室に閉じ込められてから、皇族では教えられない事を色々と教えてもらった。

 皇帝は、皇帝の教育を秘密裡に受けるという。だけど、皇帝となってから教えられることもある。その一つが、城の支配だ。

 城は、巨大な魔法具だ。皇帝となった者だけが支配者となれる。皇帝の意思一つで、城から人を排除することも出来るという。

 だから、城では、筆頭魔法使いですら、皇帝には勝てない。まだ、筆頭魔法使いの儀式を施されていなかった千年の才能の持ち主であるナインが、皇帝シオンに従ったのは、城内では、逆らえなかったからだという。それほど、城は特別な、古の魔法が施されている。それは、神がかったものだ。

 その中で、強力なのが、皇帝の私室だ。ここは、皇帝が安眠出来るように、皇帝にのみ開かれる。例外は皇妃だが、皇帝シオンは独身であるため、例外が使えない。

 完璧な防壁だ。そこに、わたくしが人を招き入れれば、その防壁も無駄になる。

「メフノフも、ティッシーも、いい人です。こんなわたくしのことを心配してくれます」

「メフノフは、虫よけのために婚約者に据えているだけだ。今すぐ、婚約解消したっていい。シーアは結婚せず、ずっと、ここにいればいい」

「では、メフノフとは婚約解消しましょう。そのためにも、ここにメフノフを招き入れないといけません」

「皇帝が婚約解消と言えば、婚約解消だ」

「そうしてください」

「………もっと、こう、ねばると思ったんだが」

「ち、父上が、決めたから、従っただけです」

 わたくしは、どうにか頑張って、皇帝シオンを父上と呼ぶ。それに、シオンはぱっと笑顔を見せた。

「いいね、娘に呼ばれるのは。息子は生意気だったけど、あれはあれで良かったなー。ナイン、たまには、昔みたいに呼んでほしいな」

「呼ばない」

 食事の席に無理矢理、同席させられた筆頭魔法使いナインは見るからに不機嫌だ。ほら、今日の食事は、わたくしの手作りだから。

 まずくはないのだけど、ナインは気に入らないようで、色々と言いたそうに口を開いては、飲み込んだ。それに対して、皇帝シオンは嬉しそうに笑って、いまいちな料理を食べている。

「こうやって、作ってみると、やっぱり、ナインはすごいですね。同じ材料を使っているのに、わたくしは大味で」

「これは焼きすぎ。こっちは生煮えだ」

「私は美味しい。また、作ってほしい」

「………」

「どうした?」

 わたくしがじっと皇帝シオンの食べる姿を見ているから、シオンが照れたように笑って、わたくしを見た。

「こういう手作りを食べるのは、初めてじゃないみたいですね」

 嬉しそうに食べる姿が、そう思わせる。初めてなら、もっと違う反応だ。

 まず、舌が肥えているので、わたくしが作った料理は一口二口しか食べないだろう。実際、そうだった。

 練習がてら、焼き菓子を作って、婚約者メフノフと友達ティッシーに振舞った。だけど、二人は二つくらい食べて、あとはお茶しか飲まなかった。わたくしは普段から手作り料理を食べていたから平気だったが、上品な味付けに馴れた皇族には、食べられたものではなかったのだ。

「戦争では、酷いものだったよ。皇族だからと、特別な食事を用意するわけにはいかない。平の兵士と同じものを食べたよ」

「だから、食べられるのですね」

「君の産みの母親にも、ご馳走になった。懐かしいな。彼女も、こんな感じだった」

「………あの、わたくしの母と父上の馴れ初めは、どんなものですか?」

 家庭を持たない条件で皇帝となった父が、わたくしの産みの母に恋するのは、想像がつかない。この皇帝は、完璧なんだ。

 常に穏やかな笑顔を顔に貼り付け、物事を平等に見極め、大嫌いだという皇族ネフティの悪行を感情にまかせて罰したりしない。普通の人では、出来ないことだ。

 だから、皇帝に選ばれたのだろう。皇帝シオンは、誰よりも皇帝に相応しい人だ。

 そんな完璧な皇帝が、感情に振り回されるのは、想像がつかない。いくら、異性を好きになっても、この人はきちんと感情を制御出来そうだ。

 子作りなんてしない。そんなことして、万が一、皇帝シオンの子が誕生してしまったら、皇族ネフティが黙っていない。実際、そうなのだ。それがわからない人ではない。

 産みの母のことが気になるのは、皇帝シオンだって理解している。シオンは、少し、考えこんで、苦笑した。

「初めての出会いは、酷いものだったよ。私が悪かったんだ。私は文官で女を入れないように、と命じていたのに、その日は、人手が足りなくて、彼女が急遽、手伝いとして来たんだ」

 それは、わたくしの知らない皇帝シオンだった。






 文官の中に女が混ざったことで、皇帝シオンは激怒した。

「女は入れるなと言ったではないか!!」

 これは、皇族ネフティが、おかしなことをしないための対策だった。だから、女の文官がいることに、シオンは激怒した。

 そんな裏事情を知らないから、女の文官は相手が皇帝といえども、激怒した。

「仕方なく来たんです!! だったら、アタシは下がります!!!」

「待って待って!! 陛下、彼女、本当に有能なんです。そうだ、男装させよう」

 女の文官の上司は、とんでもないことを言い出したのだ。

 結局、女の文官は男装して、帝国の中枢のお仕事を手伝うことになったのだ。

 実際に、女の文官は有能だった。女であるため、男では気づかない心遣いもあり、作業は円滑に進んでいたという。

 そうして、しばらくは、穏便に過ごしていたというのに、女の文官が突然、仕事を辞めると言い出したのだ。

「結婚か。これだから女は」

「過去にいましたね。我が家が騙されて、借金を抱え込んだ時に、婚約解消されました。その借金も、お陰でなくなりました。田舎に帰って、兄夫婦を支えます」

「………」

 浮いた話一つない娘だったが、本当に、何もなかった。

 辞めるというので、送別会らしきものをしたという。皇帝であるシオンは、お忍びでこっそり、城を出て参加したのだ。

 そして、シオンは、私服で笑う女の文官に一目惚れした。






「彼女は、他人の幸福を祈れる、優しい子だよ」

「そのまま、別れたのですか?」

「それが、また、城勤めに戻ったんだよ。次は、使用人だ」






 仕事をしていれば、すぐに、借金がなくなったから、と辞めた女の文官が使用人の姿でいるのは気づいた。

「どうして、ここに」

「や、やだ、恥ずかしい」

 女の文官は耳まで真っ赤になって俯いた。

「兄が、また、騙されて、借金を抱えてしまったんです。それで、元上司に相談したら、ここの仕事を紹介してくれました。また、お世話になります」

「君の兄は、騙され過ぎだな」

「前の借金は、父ですよ」

「親子ともども、騙され過ぎだ!!」

「あははははは」

 笑う彼女。騙されて、借金を抱え、また、城勤めとなったというのに、これっぽっちも不幸が見えない。

「だったら、また、文官になりなさい。また、男装すればいい」

「あの、女ではダメですか?」

「これには、事情があるんだ」

 皇帝シオンは、皇族間の裏事情を女の文官に教えた。それを聞いて、女の文官は呆れた。

「近づく女全てを殺すなんて、おかしな皇族ですね」

「皇族だから、迂闊に処刑も出来ない」

「………皇帝陛下も、やっぱり、皇族ですね」

 女の文官は引きつった笑顔を浮かべたという。皇帝シオンが簡単に人の死を口にするから、皇族は皆そうなんだ、と感じたのだ。

 彼女に言われて、初めて、皇帝シオンは、自らもおかしいと自覚して、反省したという。

 それからは、女の使用人となりながら、時々、元上司に呼び出され、相談を受けて、臨時収入を得る、という日々を過ごしていたという。

 そして、皇帝シオンは、彼女への想いを捨てきれず、城を歩き回っては、女の使用人を見つけては、声をかけ、とバカなことしていた。

 だけど、女の使用人は、また、仕事を辞めることとなった。前回と同じく、借金がなくなったという。

「もう、文官に戻ろうよー」

「どうして、使用人なんてことやってるんだ」

「もっと稼げる仕事を回してやるぞー」

「結婚相手を見つけたかったので」

「おいおいおいおい!!!」

「聞いてないぞ!!!」

「言ってくれれば、紹介したのに!!!」

 送別会で、彼女の本音を聞いて、全員が驚かされた。

 色恋にこれっぽっちも興味なさそうな感じの彼女が使用人にこだわったのは、借金返済のついでに、出会いを求めたからだ。

 確かに、城の使用人は、それなりにいい男と出会う機会が多い。

 まさか、そんな下世話なことを考えているなんて知らなかった皇帝シオンは、ちょっと飲み過ぎた。

 そして、気づいたら、女の使用人が借りている部屋だった。

「皇族って、毒も薬も効かないと聞いたんだけど、酒には酔うんだ」

「す、すまない!!」

「アタシ以外、全員、酔っ払いだから、大変だった。あんたは送り届けたくても、どうすればいいか、わからないし」

「迷惑をかけてしまったな」

「まあ、いい思い出を貰ったことにする」

「?」

「責任とれ、とは言わないから、大丈夫。そこまで、アタシ、バカじゃないし」

「!!」

 まさかと思って、ベッドを見れば、一夜の過ちがありありと残っていた。

「皆、女に見えないんだって。だから、結婚も諦めていたし、だけど、このまま、男を知らないで終わるのはね。だから、気にしないで。ほら、もう、帰って」

「待って!! これから、話し合おう!!! きっと、いい方法がある」

「こんな一回で、子が出来るわけないだろう。帰る帰る。もう、会うことはないから」

「また、来るから!!」

 無理矢理、部屋を追い出された皇帝シオンは、城に戻り、仕事を終わらせ、すぐに彼女の部屋に行ったが、もぬけの空となっていた。









「探す手段がなかった。彼女が危険になってしまうからね。だから、せめてもの、と私は立派な皇帝となるように、全てを注いだ。帝国が平和であることが、彼女の平和だ」

「ナインは知っていましたか?」

「話さなくても知っているものだよ。私には、ナインの妖精が守護についているからね」

「そうですか」

 誰から、わたくしの産みの母の情報が漏れたのだろうか、と考えてしまう。筆頭魔法使いナインから漏れるとは思えないが、疑った。

「その、母が男装して、側にいることを知っていた人は、他にいますか?」

「文官たちと仕事する場には、皇族が立ち会うことはない。私だって、週に一度くらいだな。彼女が男装して側にいることは、文官たちの間でも、口止めはされていた。いらぬ諍いが起きて、彼女が犠牲になってしまうからね。彼らも、彼女のことは優秀な部下として可愛がっていたから、他言はしなかっただろう」

「どうして、母の妊娠が知られたのかしら」

「一夜の過ちだったが、それよりも、あの時、彼女を置いて、城に戻ったことを今も後悔している。離れるべきではなかった」

 善政を行うことで、皇帝シオンは自らの正当性を示していた。自己満足だが、皇帝の手がついた女が、どこかで幸せに暮らしているなら、なんて幸福な想像をしていたのだろう。

 実際は、たった一度の過ちで妊娠し、出産後に、皇族ネフティの放った者たちによって殺されてたなんて、予想外だ。

 皇帝シオンはわかっていない。無意味に城を歩き回っていれば、イヤでも気づく者はいる。城で働いている一使用人に話しかけていれば、勘付かれる。皇帝シオンは、気づかないうちに、監視されていたのだろう。だから、シオンがたった一度だけ手をつけた女の存在が皇族ネフティに知られた。

 恋は盲目という。皇帝シオンもまた、恋を知って、狂ったのだ。

 恋を知らない、色々と諦めたわたくしは、冷静に、物事が見れるようになった。だから、皇帝シオンの失態に気づきながらも、沈黙した。こんなことをわたくしが言ったら、皇帝シオン、泣いてしまうかもしれない。

 自らの失態に、絶望してしまうかも。

 だから、黙っていることにした。帝国のために心血を注いだ生き方をしている人なんだ。色恋のちょっとした失態、許される。

 過去の、皇帝シオンとわたくしの産みの母の話をしたからか、シオンは少し、考え込んだ。

「そうだね、シーアも、婚約者には会いたいよね。シーアの気持ちを優先しよう」

「あの、わたくし、メフノフのこと、これっぽっちも好意を抱いていませんから」

 勘違いされていそうだから、わたくしは、そこだけ、きちんと訂正した。まず、メフノフもわたくしには好意なんか抱いていない。

「シーアは、もっと希望を持ったほうがいい。いつも、諦めた顔をしているから、心配だった。もう、大丈夫だ。私がいる」

 笑顔でわたくしの手を握る皇帝シオン。

「友達も同席させよう。悪いが、婚約者と二人っきりにはさせられない」

「父上は?」

「一応、別室で休んでいるよ。食事も一緒にしよう。ナインも兄として、気になるだろう」

「そうですね」

「シーア、私が教えられることは全て教えた。だから、忘れないように」

「はい」

「その優秀さは、母親似だな」

 皇帝シオンは笑って、わたくしの頭を撫でた。

「父上ほど、賢くはありませんね」

「私に似なくていい」

 どうして、皇帝シオンがそんなことを言ったのか、気になったが、後で聞けばいい、と思った。いくらだって時間がある、そう思った。

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