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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-外伝02 流れ星
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親子喧嘩

 私は現在、賢者ハガルの尋問を受けさせられている。

 私の寝所にハガルは来て、部屋に待機させている妖精全てを呼び込み、部屋であった出来事全てを報告させたのだ。ラインハルト、部屋での蜜事は、ハガルには伝わらないって言ったのに、後から報告出来てるじゃないか!?

 私は椅子に座らされる。ハガルが最初にやったことは、私とラインハルトの閨事をしていたベッドを消し炭にすることだ。一瞬だよ、一瞬。

「汚らわしい。何が我が子のように、だ。ラインハルトとあのようなことをしていおいて、よくもまあ、我が子と言えましたね!!」

「お前らのその顔と声と体が悪いんだろう!! 狂うなってのが無理なんだ!!!」

「ステラは狂いませんでしたよ!! 彼女は、私の手練手管に狂ってくれた、可愛い人です」

「そういうのをラインハルトもしっかり身に着けてたぞ!!」

「あなたが教えたんでしょう!! とんでもないことしてくれましたね。しかも、五年もかけて教え込んで。もう、ラインハルトは皇帝の娼夫ではないですか!!!」

「否定できない」

 本当にそうだ。表に出ないのは、ラインハルトの魔法使いとしての力のお陰だ。それも、ハガルという化け物の前には、呆気なく暴露されてしまうのだがな。

 ハガルは適当な椅子に座ると、私を睨んだ。その姿も綺麗ときている。タチが悪い。

「もう、会わせません。出しません。絶対に」

「可哀想だろう」

「会えなくなるからですか」

「そこから離れろ!! ラインハルトは、見習い魔法使いとは随分と仲良くしていただろう。せめて、あいつらくらいは会わせていいだろう。いつも、楽しそうにしていた」

「………そうですね。そうしましょう」

 少し、頭が冷えたのだろう。ハガルは私の提案に従った。

 少しでも、ラインハルトの気分が良いほうに向かっていけばいい、私はそう思ったのだ。



 三日後、筆頭魔法使いの屋敷に、誰も入れなくなった。



 前代未聞な話に、私は見に行くこととなった。筆頭魔法使いの屋敷は、一見すると、何も変わっていない。ところが、一度、出てしまうと、もう二度と、入れなくなったという。

 ハガルが遅れてきて、屋敷を見る。

「使用者が書き換えられている!! ラインハルト、なんてことをしてるんですか!?」

 なんと、ラインハルトは、筆頭魔法使いの屋敷の権限をハガルから、ラインハルトに書き換えたのだ。

「そんなこと、簡単に出来るのか? だって、ラインハルトは部屋から出られないんだろう」

「ええ、あの部屋からは絶対に出られません。ですが、かなり強い妖精を使えば、出来ます。誰か、先日、ラインハルトと面会を許した見習い魔法使いどもを連れてきなさい!!」

 恐ろしい形相でハガルは使用人たちに命じる。

 しばらくして連れて来られたのは、筆頭魔法使い候補として残った五人の見習い魔法使いである。

 恐ろしい形相のハガルを前に、即、五人は正座して、頭を下げる。

「あなた方は、ラインハルトと会って、何をしたのですか」

「ラインが、不便だから、妖精を貸してほしいと言ってて」

「その、姿を偽装していないから、間違いが起きると大変だからと」

「確かにな、あの綺麗さは、危ないよな」

「男でもいっか、なんて思ったよな」

「私の息子に、間違いなんて起こすな!!」

「はいぃいいいい!!!」

 ハガルの怒りの声に、五人の見習い魔法使いは震えあがる。可哀想にな。相手が悪すぎる。

 そして、ハガルは私を睨んでくる。

「ライオネル様、こうなるとわかっていて、見習い魔法使いどもの面談を提案したのですか?」

「知らない知らない!!」

「閨事までした仲です。何か合図でもしあったのでしょう!!」

「そんなものない!! お前、本当に、考えすぎだ」

「結果は、こうではないですか!!」

「どうせ、部屋からは出られないんだろう。出たとしたって、戦闘妖精二体が見張りについてるから、すぐ、部屋に連れ戻される。ラインハルトが動けないうちに、さっさと、使用者権限を取り戻せ」

「後で、覚えていろ」

 恐ろしい形相で私を見つつ、妖精操作をするハガル。もう、なんで私ばっかり、酷い目にあうんだ。この親子と関わって、本当に、何度、命がけな目にあったことやら。

 今も、命がけだ。ハガルの気分一つで、私は殺されるな。もう次の皇帝はスイーズでいっか、なんて思っていそうだ。

 そうしていると、屋敷のドアが開き、あの壊れない戦闘妖精二体が、手足バラバラにされて、放り出されたのだ。その後から、義体だとわかる姿の人型が一体、出てきた。

「ラインハルト、何をしているのですか!?」

『煩い! 私はもう、我慢をしない。父上、私を閉じ込めようとするのなら、屋敷ごと、壊してやる!!』

 人型から、ラインハルトの声がする。

「どうなってるんだ、あれは」

「たぶん、妖精をつけて、ラインの声を届けているんです」

 見習い魔法使いに聞いてみれば、そんな説明をされた。よくわからんが、すごいな、あいつ。

「サラムとガラムをこんなにしたって、すぐに直しますよ!」

『わかっていませんね。サラムとガラムは二体ですが、こちらには、地下に放置された義体の玩具が山積みです。いくら頑丈だからって、物量には勝てませんよ。ついでに、こちらの義体だって、すぐに私が直してやる。妖精操作でも、父上には負けません!!』

「あなた一人で操れば、精度が崩れますよ。サラムとガラムが本気になれば、全てゴミにしてあげます」

『いいのですか? 大昔の骨董品は、技術も作り方も残っていないから、貴重な帝国の財産ですよね。壊しまくって、いいものではないですよね、ライオネル様!!』

「二人ともやめてぇええええーーーーー!!!」

 とんでもないことしてくれるな!! 言われて気づく。サラムとガラムはハガルのお手製だから、壊れても問題ない。

 しかし、ラインハルトが操っている義体は、帝国の財産だ。あれ全てが壊されたら、ある意味、大損害である。歴史に汚名が残る。

「もういいではないですか、誰も再現出来ないゴミなんだから」

「お前みたいな化け物が、また生まれた時のために残しておくんだよ!!」

「過去の遺産なんか、さっさと消し炭にしましょう。してあげます」

「やめろおおおおおーーーーーー!!」

 私は筆頭魔法使いの契約紋に向けて、強制的に命令してやる。

「お前ら、いい加減にしろよ!! 私は皇帝だぞ!!! 本気になれば、痛い目にあわせられるんだからな!!!!」

「ライオネル様、わかっていませんね。大魔法使いの妖精使えば、私は痛くもありません」

 そう言って、ハガルは妖精操作で、ラインハルトが操る義体をぶっ壊しやがった。

「ほら、痛くない」

「私の胃が痛いわ!! ラインハルト、聞こえるか!!! もう、こんなことはやめなさい!!!!」

『次は、動物型ですよ、父上』

 やめてくれない!!

 次に出てきたのは、大型猛獣だ。それは、とんでもない運動能力で、ハガルに向かっていく。

 ハガルは上手にあしらって、大型猛獣を地面に転がし、すかさず、炎をお見舞いする。しかし、それでは止まらないのが義体だ。だって、痛みとか何もない。そのままハガルに体当たりしたのだ。

 魔法操作が途切れたことで、大型猛獣を覆う炎は消え、ハガルをその太い足で踏みつける。抵抗するも、ハガルは逃げられない。妖精操作を何かに邪魔されている様子だ。忌々しい、とばかりに、屋敷のほうを睨む。ラインハルトが何かやっているのだ。

「ラインハルト、やめなさい!!」

『レッティルを連れて来い』

「あの男を許さない! お前の寿命を奪うようなことをしたんだ。今すぐ殺してやる!!」

『私に会わせてから、殺せばいい。さっさと連れて来い』

「結局、殺していいのなら、会う必要などないだろう!!」

『それは、こういうことか。どうせ、いつ寿命が尽きるかわからない私は、人に会うのは無駄なことだ、ということか?』

「そ、それは、違う、そうじゃなくって」

『そう言ってるんだ、父上』

「………」

『さっさと、連れてこい。ライオネル様が連れてきてくれ。父上には会いたくない』

 そう言って、動物型の義体は屋敷に戻っていく。

 そして、これでもか、と憎悪の目でハガルに睨まれる私は、物凄く胃が痛くなった。




 その日のうちに、皇族の先祖を持つレッティルは筆頭魔法使いの屋敷の前に連れてこられた。見習い魔法使いたちは、レッティルの肩を叩いたりする。

「お前もな、ほどほどにしておけばよかったのにな」

「ラインに勝てるわけがないだろう」

「頭もいいからな。よく、試験の予想問題、当ててたよな」

「人の考えを読むのが上手なんだよ。だから、レッティル、いつも遊ばれたんだよな」

「ほら、また、ラインに遊ばれろ」

 どういう扱いされてるんだ、レッティル。

 レッティルは、ものすごく憔悴していた。あれほど妖精憑きとして満ち溢れていたものは、ハガルに妖精と盗られたことで、ただの人以下となってしまい、頼りとなるものがなくなってしまったのだろう。

 それに、ハガルは許していない。射殺さんとばかりに、レッティルを睨んでいる。それには、レッティルも生きた心地はしないだろう。

「大丈夫だ、私も同じ立場だ」

「皇帝陛下?」

 私が言っている意味をレッティルは理解していない。ほら、私は五年も秘密裡にラインハルトと閨事したことがバレたから、きっと、この後、ハガルに殺されるな。

 私とレッティルは、普通に屋敷に入れてしまった。それをハガルは恐ろしい形相で見ている。もう、振り返りたくない。

 いつものように歩く屋敷なのに、人がいないと恐ろしく静かだ。そうして、私はラインハルトが閉じ込められている秘密の部屋の前に立つ。

「ラインハルト、レッティルを連れてきた。入っていいか?」

『どうぞ』

 許可なんて必要がないが、一応、礼儀だから許可をとった。

 この秘密の部屋のドアは、閉じ込められている者は開けることが出来ない。だから、私が開けるしかないのだ。私は気を付けて開けると、ラインハルトが私の腕を引っ張って、抱き寄せる。

「会いたかったです、ライオネル様!」

 そう言って、私に口付けする。

「やめなさい!」

「しまった、部屋に毒された」

 私に力いっぱい離されて、ラインハルトは正気に戻った。ついでに、物凄く不機嫌な顔になる。さっきまで、愛らしかったというのに、幻の光景だ。

 レッティルは、目の前で、皇帝とラインハルトが口付けなんかするものだから、凍り付いていた。

「レッティル、元気そうだな」

 いつものラインハルトに戻ると、いつものように、声をかける。すると、レッティルは一瞬、表情を歪めるも、すぐに、落ち込む。油断すると、ラインハルトを蔑んだ気持ちが出てくるのだろう。

「ライオネル様も同席してください」

「いや、私は外で」

「二人っきりにすると、父上が変に勘ぐる」

「そういうことか」

 ハガルは今、ラインハルトを男でも女でも、二人っきりにしたくないのだ。だからって、私を立会人に選ぶのはやめろ。

 部屋の中にあるテーブルに私とレッティルをつかせ、ラインハルトは適当にお茶を淹れて給仕する。あれだ、飲めればいい味のお茶だな。

「うまいな」

 そう思って飲んでみれば、ハガル並にうまい茶だった。

「淹れられないわけではありません。面倒なので、やらないだけです」

 レッティルも驚いている。特級といっていい味のお茶だ。

 そうして一息ついてから、ラインハルトはレッティルの向かいに座った。

「それで、私が落ちぶれて、嬉しいか?」

「落ちぶれてもいない。こんな豪華な部屋で、ハガル様の息子で、皇帝陛下と親しくして、貧民じゃないだろう!!」

「貧民だ。私の母は、貧民街の支配者一族だ。母は五年前に亡くなって、それからずっと私は、貧民街の支配者となっている。一生、貧民だ」

「だって、ハガル様の息子じゃ」

「私の父は確かに賢者ハガルだ。ただ、それだけだ。私の一族は、ずっと、支配者だ。私しか跡継ぎがいないのだから、私がやるしかない。父上は、ただの種馬だ」

「………」

「ここまで聞いて、どう思った? 寿命が半分とられた私をざまあみろ、なんて思ったか」

「後悔、してる」

 レッティルは、妖精と契約したことで、何もかも失った。後悔するだろう。

「そうか、貴重な経験が出来て良かったな」

「良かっただと? 良くない!! 私は、妖精を失ったんだぞ!!!」

「それも、貴重な経験だ。生きていれば、色々な経験が出来る。良かったじゃないか」

「お前みたいに、借り物の魔法使いにはわからないだろう。妖精がいなくなると、ぽっかりと穴があいたみたいになるんだ。それが気持ち悪くて、寂しいんだ」

「そういうものなんだな。大変だな。それで、これからどうする」

「処刑だろう。ハガル様を怒らせたんだ。生きていられるはずがない」

「お前は処刑されない。私が話をつける。これから、お前は、魔法使いでも経験出来ないことを経験するんだ。そうして、人生を楽しめ」

「お優しいな。そういうのは、私を貶める行為だと、わかっているか? ずっと、そうだ。お前は誰にでも優しい。こんなにお前を蔑む私にもだ。そのことに、自分自身の矮小さを気づかされ、どれだけ傷ついたことか」

 ラインハルトは、見習い魔法使いの前では、普通の人としていた。本来は、そういう性格なんだろう。それを表に出しただけだが、貧民という身分と、作られた魔法使いという肩書きが、妖精憑きたちの自尊心を傷つけていたのだ。

「私は生まれもって、妖精憑きを除く才能が化け物だ。だが、身に着けるまで、どこまで才能があるのか、私だってわからない。だから、片手間に身に着けた。苦労を知らない。魔法使いの才能だって、父上から妖精の目を与えられれば、妖精だって奪えるし、それを使役だって出来る。だけど、妖精は、私には憑かない。それが現実だ。だから、妖精憑きが妖精を失う絶望は、わからない。いつも、妖精は、私から離れていく。そして、私の命をうばう存在だ」

 ラインハルトは自嘲する。得られなくて泣いていた妖精憑きの才能だというのに、妖精に命を狙われるなんて、皮肉でしかない。

「これから話すことは、父上も知らないことだ。二人だけの胸の内に隠し持ってくれ。一生、父上には話すな。

 私の一族は、実は、物凄く神に愛される一族なんだ。愛されすぎていて、戦いに出ると、功績を必ずあげるほどだ。だが、あまりに愛されすぎているから、妖精たちが気を利かせて、寿命を盗って、一日も早く神の身元に送ろうとするのだよ」

「………は?」

「………え?」

 とんでもない話だった。


 ラインハルトの一族は神に溺愛され、加護もバカみたいについているという。あまりに溺愛されすぎているため、妖精ははやく神の元に送ってやろう、と寿命を盗っている。

 しかし、一族を滅ぼすわけにはいかない。一族がいなくなってしまうと、神は悲しんでしまう。そこで、次の跡取りが出来る頃まで、妖精は寿命を盗らないのだ。そして、跡取りが無事、誕生すると、寿命を盗り、苦しまないように、眠るように息を引き取らせ、夢を見ているまま、神の元に魂を送るのだ。


 そんな話を聞いて、私もレッティルも唖然とする。

「なんだそれは!? じゃあ、あれか、神のための玩具なのか、お前たち一族!!」

「そのことを知った大昔の魔法使いが、何かしたのだろう。一時期は、一族も増えたが、没落すると、一人を残して、全て、眠るような死を迎えたと記録されている。大昔の魔法使いが何をしたのか、それをこれから調べることとなっている。

 どうせ、私が跡継ぎを作らなければ、これ以上、妖精は私に手を出せない。何せ、一族が滅亡してしまうからな。だから、私の寿命を半分だけ盗ったのだろう。残り半分あれば、まあ、どうにかなるというのが、妖精目線だ。さて、その半分がどれほどか、おおざっぱな妖精だから、予想も出来ない」

「どうして知っている? ハガルは知らない様子だったぞ」

「妖精はおしゃべりだ。私が子どもの頃に、随分と教えてくれたぞ。子どもの顔と声、話し方をすれば、わからないと思って、騙されてくれた。父上には内緒だ、とか言ってな。妖精どもは、父上には絶対に話さない。話せば、私を盗られるからな。父上にかかれば、私を生き長らえさせる方法なんて、いくらだってある。魂だけで良ければ、地下に山積みとなっている義体に閉じ込めればいいんだ。簡単だ」

 さすがラインハルトは、解決策を斜め上で語ってくれる。そこは、親子だな。

「だが、父上はもう、そんなことしない。母上に出会う前ならば、そうしただろう。しかし、母上に出会って、私が父上の真似事をした結果を見て、目を覚ましただろう。本当に、手がかかる人だ。だが、これで、母上との約束も果たせる」

「どういう約束だ?」

「父上は、また、過去に戻るだろう、と母上は死んだ後のことを随分と心配されていた。死ぬに死ねない、と。だから、約束したんだ。私がどうにかする、と。それだけだ」

 残されるハガルのために、親子は、人生の全てをかけた。


 ステラは、ハガルに人であるように導いた。

 ラインハルトは、親子が失われた後も、過去の執着に戻れなくした。


「ラインハルト、お前は幸せか?」

 だが、そこに、ステラとラインハルトの幸福は見られない。

「母上は、父上に出会えたことが幸福だ。捨てた女の幸せを父上は一生分与えてくれた。私は、父上から随分と願いを叶えてもらえた。普通ならば、絶対に叶わない願いだって、父上は叶えたくれたんだ。幸せだ」

「最高の父親か?」

「最高で、最低の父親だ。過去を知らなければ、最高の父親だった。しかし、過去を知れば、最低な父親だ。だけど、どちらも大好きな父上だ。

 親子喧嘩なんて、生まれて初めてだ。悪くない。またしよう」

「するな!!」

 こんな親子喧嘩は、もう二度と、起こさせない。そう心に誓った。





 その後、レッティルは教会に送られることとなった。ハガルはどうしても処刑をしたがったが、ラインハルトが説得した。レッティルもすっかり反省し、ラインハルトとは普通に接するようになったのを見たこともある。

 そうして、ラインハルトは、ハガルの許可が降りて、目出度く秘密の部屋から解放され、再び、見習い魔法使いとなった。

 しかし、最後の試験である、聖域の穢れを受け止めることを失敗し、再び、秘密の部屋に閉じ込められたのだ。

 秘密の部屋に閉じ込められたラインハルトは、特に抵抗はしなかった。もう、ステラの遺骨は骨壺の中だ。あの狂った光景はない。ラインハルトは、ハガルのいつもの気狂いだな、みたいに生暖かく見ていた。

「もう、ほどほどにしなさい」

「煩い! もう、筆頭魔法使いなど、他の方法でどうにかすればいい」

 何か、とんでもない方法をハガルは思いついたようだ。暗く笑っている。

 そうして、ラインハルトはしばらくは、大人しく部屋に捕らえられていたというのに、やっぱり、すぐに出てきちゃうのだ。

 部屋に入る許可はないが、ドアごしでも会話が出来るので、私はあの秘密の部屋に行ってみると、地下にあった義体数体で、戦闘妖精をバラバラにして、逃げ出そうとするラインハルトに直面してしまう。妖精を取り上げられたというのに、どうやってやったのやら。才能の化け物は、用意周到だ。ハガルの裏をかく方法で、義体を使えるようにしたのだろう。

 ラインハルトは、私が来ていることに気づいて、嫣然と微笑み、戦闘妖精を足蹴にする。

「ライオネル様も、邪魔しに来ましたか」

「いや、ただ、話し相手になりに来ただけだ。それで、これからどうするんだ? 逃げた先の将来は決めたのか?」

 ラインハルトは、ハガルのことばかり気にしていて、自分自身の未来など、見ていない様子だった。どうせ、逃げたって、やりたいことは考えていないのだろう。そう思った。


「ぜひ、父上と同じ生き方をしたい」


 まだ、ラインハルトは、身を削る生き方をしようとしている。あの穏やかな笑顔で、ハガルと同じ所業を続けるのだ。

「私はもう、お前とは閨事をしない」

「そこはもう、必要ありません。父上も懲りたでしょう。だから、次の段階です」

 あれほどの関係だったというのに、ラインハルトはさっさと私を切り捨てた。本当に酷い男だ。私は怒りを覚えた。

「随分だな。私はどうでもいいのか! 私は、お前のことを我が子よりも可愛がり、愛していると自負している!!」

「ライオネル様、その気持ちを忘れず、次にいってください。あなたは、父上よりも長く生きる人だ。私のことはただの思い出にすればいい。私も、あなたの思い出の中に様々な形で刻まれて、嬉しい」

「なんだ、それ」

「誰もわかっていない。私は友からも、ライオネル様からも、生きている内に切り捨てられる。ここに閉じ込められれば、毎日会いに来る、と皆はいう。最初はそうでしょう。ですが、どんどんと、会いに来るのが辛くなってくる。だって、いつ死ぬかわからないからだ。そうして、逃げていくものです。それに、私に関わるよりも、楽しいことは世の中にはいっぱいあります。恋人が出来て、仕事が楽しくて、大人の遊びが楽しくて、家族ができて、新しい友達ができて、新しいことも楽しいことも一杯だ。だったら、私のことは、もう、切り捨てたほうがいい。そして、いつの間にか、死の報せを聞いて、思い出して、泣いて、終わりだ。また、楽しい日常だ」

「………」

「だったら、私は死ぬかもしれない自由がいい。やりたいことをやる。無理だと言われる、父上と同じ所業をして、皆の思い出に残る。やはりハガルの子だ、と言われ、思い出に残ればいい」

 私は黙って見ているしかなかった。私の半分くらいしか生きていないラインハルトは、ハガルの才能を受け継いだために、随分と世の中をわかっていた。

 私の横をラインハルトは普通に通り過ぎ、やってきたハガルと対峙する。

 もう、私はラインハルトを止めるのをやめた。

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