復讐計画
「キロンに裏切られた!!」
アーサーは、また、あの大木に向かって蹴りをいれて叫んだ。
アーサーは貴族の学校の入学試験の願書をキロンに渡したのだ。ところが、それをアーサーの父親に奪われ、アーサーは、入学試験を受けられなかったのである。
「キロンって、落ち着いた大人みたいに見えたのに、違うんだな」
アーサーが落ち着いてくると、何故か、妖精憑きキロンは子どもみたいに戻っていった。
いや、キロンは優秀だ。力の強い妖精憑きだけあって、何事も完璧にこなす。しかし、アーサーが関与すると、キロンはダメになる。妖精憑きの本能が強く出てしまい、アーサーの足を引っ張ることとなったのだ。
珍しく、俺とアーサーの所に、落ち込んでいるキロンが土下座していた。
「だって、学校に行ってる間は、俺、アーサーの側にいられない、と言われたから」
「それくらい、我慢してください!!」
「俺だって、メリーとは、距離とっているってのに」
その言い分に呆れた。学校に行く間くらい、我慢しろ。
「これでは、私の計画は、一年遅れちゃうじゃないか」
「そんな、アーサー、貴族の学校に通うのか? だったら、あいつら皆、俺が殺してやるから!!」
「死んで終わりなんて、許さないから」
妖精憑きキロンは、ぞっとするようなことを平然という。普段から、アーサー大好きで、それさえ気をつければ、面白い男なんだが、その内面は、人の命を弄べる恐ろしい部分を持っている。
ぞっとするが、俺は耐えた。
アーサーを見てみれば、キロンに蟠りみたいなものは感じていない。それよりも、足を引っ張り続けようとするキロンに怒っている。
「私の計画では、リブロを孤立させ、退学させ、貴族の資格を失わせます。それは、エリザもです」
「だったら、そうなるように、フローラに頼めばいいだろう!!」
「私が学校に通っていないと、出来ません。リブロとエリザは、帝国民としてやってはいけないことをやりました。その事を貴族の学校で表沙汰にして、罪人にしたてあげるんです」
アーサーは、自らがされた虐待を表沙汰にして、リブロとエリザを貶める計画をたてていた。
アーサーの虐待は、帝国としては犯罪なんだ。まだ、成人前の跡継ぎは、大事に守らなければならない。それは、法律で決まっている。それなのに、アーサーは、庇護者である母親が亡くなって一年間、家族から、領地民から、虐待されていたのだ。
だが、これだけでは、少し弱いところがある。
ここで出すのが、アーサーが、妖精憑きのお気に入りという立場だ。
帝国では、妖精憑きのお気に入りは、大事にしなければならない。妖精憑きの力の強弱、関係ない。お気に入りを死なせることは、とんでもない重罪なのだ。
その理由を俺は知らない。アーサーも知らない。だけど、これは、法律にもなっている、最重要項目なのだ。虐待までした、なんて表沙汰にされたら、首謀者や実行者たちは、犯罪者として、帝国に捕縛されるのだ。
そこに、皇族、貴族、平民、関係ない。なんと、皇族であっても、許されない、重罪なのだ。
リブロは、アーサーを小屋に閉じ込め、一年間、虐待した。証拠は、と言われても、そんなもの、必要ない。妖精憑きのお気に入りが言えば、それが全てなのだ。
公衆の面前で行われる断罪だ。
そこに、伯爵令嬢フローラの権力を使って、リブロとエリザに取り巻いていた者たちを裏切らせる。学校では、リブロとエリザに味方はいない。それどころか、アーサーの味方だったと知って、リブロとエリザは絶望するだろう。
だが、それだけで終わらないのが、辺境である。辺境は、帝国の中では異質だ。ある意味、辺境だけ治外法権な部分がある。それが、辺境の三大貴族である。
辺境の法治を握るのは、侯爵家と伯爵家、子爵家である。だが、子爵家は、ただの飾り。侯爵家と伯爵家が辺境の王である。
貴族の学校では、時々、思いあがった、片親が平民の子が出てくる。そういう子は、思い知らせるように、つるし上げにあうのだ。
今回は、リブロとエリザが、そうなる。
伯爵令嬢フローラは、エリザとアーサーの入学を心待ちにしていた。フローラは、アーサーの目の前で、リブロとエリザをつるし上げてやろう、と計画をたてていたのだ。
そんなこと知らないアーサー。アーサーはお飾りの子爵家だから、知らされていないのだ。
そして、伯爵令嬢フローラとアーサーの計画は、残念な妖精憑きキロンによって、延期となった。アーサーが貴族の学校に通っていることが重要なのだ。
立派な、綺麗な大人なのに、アーサーに叱られて泣くキロン。こういう所が、妖精憑きなんだな、と俺は思い知らされた。
ところが、一年後、アーサーの計画が変わることとなった。
「思ったよりも、はやく、決着がつくかもしれません」
貴族の義務である、帝国の舞踏会に参加後のことだ。
リブロの信用は、どんどんと下げられていった。リブロのせいで、一人の学生が退学となった。まあ、自業自得なんだが、神殿の馬車を使って、金儲けをしようとしたのが、アーサーを通して、神殿にバレたのだ。
それからは、アーサーの父、義母、義兄、義妹は、色々と苦しい目にあうこととなった。少しずつ、予算を減らしていったので、贅沢が出来なくなったのだ。
一度、頂点を味わったのだ。我慢なんか出来ない。リブロは、好き勝手、金を使えないことをアーサーの贅沢のせいだ、と愚痴った。
こんなアホと付き合うのは大変だ。だが、俺はアーサーと一緒に、リブロに復讐するために、我慢した。
それをアーサーはしなくていい、と言い出した。
「もう、上位クラスに上がっていいですよ。私が今度こそ入学するから、リブロも、エリザも、それどころではないでしょう」
「それだと、リブロのこと、見てやれないぞ」
「見なくていいです。一年も経たないうちに、父たちは、落ちぶれます。リブロを痛めつけられますよ」
嫣然と笑うアーサー。
そして、ふと、俺は、アーサーに違和感を感じた。
「アーサー、また、痩せたか?」
何かリブロたちにされているのでは、と俺は心配になった。
アーサーは、胸を撫でて、微妙な顔をする。
「つい先日、皇帝が実は女帝だ、と暴露しましたよね」
「したな。その場に俺もいた」
俺はまだ貴族未満だが、十歳以上だから、帝国の舞踏会に参加した。そこで、皇帝レオンが実は女だと暴露した。
そして、世の男どもが使えないと下げ落として、女でも皇帝になれる、爵位を受け継げる、跡継ぎになれる、と法律を変えたのだ。
その後、実は女です、男です、という報告がいっぱい出てきて、大変なこととなった。
「実は、私、女なんです」
「………いや、嘘だろう。アーサーは、この大木のてっぺんまで登ったんだぞ」
「爵位を受け継げるのは男だからと、男として育てられたんです。胸、ないですけど」
平べったい胸を撫でて、アーサーは唸った。確かに、いい年頃だというのに、アーサー、胸ないな。男なら当然なのだが、女だというなら、由々しき問題だろう。
なんとなく、アーサーは、胸がないことを気にしているようだ。だから、あえて、俺は胸のあるなしについては、指摘しないようにした。
「じゃあ、アーサー、女として、爵位は受け継げるわけだ。良かったな」
「そうです。もう、私には弱味はありません。ですが、私は爵位を受け継げません」
「リブロがいるからか? 男爵の借金が返せていないんだったら、無理だろう」
「内緒ですよ。ケインだから教えます。他の人たちには、フローラにだって、絶対に言わないでください」
「まさか、俺のこと好きだなんていうなよ。俺はアーサーのこと、友達としか思ってないからな」
軽くからかった。そんなわけがない。アーサーと俺は友達だ。それは、アーサーもわかっていて、軽く笑った。
「私、貴族に発現した皇族なんです」
「………は?」
「内緒ですよ。この事実は、ここぞという時に使います。ついでに、女帝陛下が、私のことを手伝ってくれます。もう、父上たちは、帝国の敵です」
「………ははは、なんだ、それ」
とんでもない話だ。
リブロ、ざまあみろ。あいつは、もう、落ちるしかない。俺は、笑うしかなかった。
そして、アーサーは、皇族という立場を使って、領地民に最悪な復讐をするのだ。皇族を虐待して、ただで済むはずがない。
「だから、ケインは、リブロから離れていいですよ」
「わかった。それで、俺はどうすればいい?」
「リブロのその後、ケインに任せます」
「アーサーは?」
「私が皇族として公表してしまったら、もう、私に自由はありませんよ。だから、ケイン、好きにやってください。私が許します」
アーサーの憎悪は、俺なんかとはくらべものにならないだろう。だけど、俺だって、リブロのことは憎い。
俺のメリーに汚い手で触れてくれた。それだけは、絶対に許さない。
だが、俺は、絶対にやらなければならないことがあった。
アーサーは、決まって、神殿で教皇フーリードと話す。だいたいは、キロンも付き添うのだが、その日、俺は、キロンをアーサーから引き離して、あの大木に連れて行った。
俺はキロンの胸倉をつかむなり、大木に押し付けた。
「お前、アーサーの邪魔をもうするな」
一年前のこと、俺は許していない。妖精憑きキロンは、アーサーから離れたくないばかりに、アーサーを裏切った。アーサーは許したが、俺は許していない。
キロンは俺のことを睨むも、大人しく大木に押し付けられた。
「なあ、ケインは、アーサーのこと、どう思ってる?」
「アーサーのこと、大恩人だし、親友だ」
「アーサーは女だ」
キロンは、俺のことを男女の仲として疑った。
「バカバカしい。俺はアーサーのこと、一度も、そんなふうに見たことがない。今も、正直、男と見てる」
アーサーは、綺麗な感じはする。ただ、それは、やっぱり育ちがいいんだな、という綺麗さだ。そこに、男女はない。
「俺は、アーサーのこと、誇りに思い、尊敬している」
男女とか、そんなちっぽけな関係じゃない。
そういうちっぽけな疑いをするキロンを俺は嘲笑って、離した。
「アーサーとの付き合いの長さは、俺が最長だ。物心つく前から、俺もアーサーも、この神殿に通っている。アーサーは、そこら辺のチビの頃から、ガキ大将並に、この大木を登ってた。ここでは、アーサーは特別だ。皆、アーサーのことを尊敬している。そこに、身分も男女もない」
それを聞いて、キロンは悔しそうに唇を噛みしめた。欲望のためにアーサーを側に置こうとするキロン。妖精憑きの本能だとアーサーは俺に話したことがあった。妖精憑きのお気に入りとは、そういうものだと。
「俺たちは、アーサーの味方だ。貴族の学校にも、実は、たくさんいるんだ。リブロを見張っているのは、俺だけじゃない。クラスが違っても、あいつは、常に、監視されている。それは、エリザもだ。お前のせいで、アーサーの計画は遅れた。怒っているのは、アーサーや俺だけじゃない。アーサーに味方してる奴ら全てだ」
「ご、ごめん」
一年経って、キロンは、やっと、自らの失態に気づいた。
アーサーは、首席の成績を取り続けて、リブロとエリザに大差をつけて、飛び級し、リブロよりも先に卒業して、さっさと爵位を受け継ぐ計画だった。これは、実は、かなり面倒なことなんだ。きちんと順序を踏んでやるから、時間もかかるし、手続きだって大変だ。現子爵であるアーサーの父親が異議申し立てをするのは目に見えていた。
だが、アーサーの父親は、たった一年で領地運営を失敗し、とんでもない借金を抱えた。その上、妖精憑きであるアーサーを領地民ごと虐待したのだ。この事実が表沙汰となれば、アーサーの父親、義母、義兄、義妹だけでなく、領地民まで、帝国に処罰される。
そうならないように、間に入るのが辺境の神殿は。アーサーは、辺境の神殿が、アーサーの虐待を隠して、嘘の報告をしていると勘付いていた。それを使って、アーサーは神殿を脅迫し、間を取り持たせ、穏便に当主交代をするつもりだった。
そして、領地民のことは、密に味方する領主代行に任せることとなっていた。領主代行は、アーサーが当主となった時、表立つこととなっていたのだ。
そして、リサ親子の秘密を暴露することとなっていた。
どんな秘密か、俺すら知らない。ただ、その秘密の暴露で、リサ親子は、領地内でも、領地外でも、生き地獄となると言っていた。
最後に、アーサーは男爵への子爵家の借金を返済し、爵位を捨てる。これは、アーサーを爵位を受け継ぐ道具として見ていた男爵への復讐だ。
アーサーがどこかへいなくなったら、俺たちが、帝国に、アーサーがされたことを訴え、領地民たちの罪を表沙汰にしてやる。元々は、妖精憑きを長い年月、虐待していたんだ。その上、妖精憑きのお気に入りをたった一年、一年も虐待したのだ。帝国がそれを許すはずがない。領地民どもは、厳しい裁きを受けるだろう。
これが、アーサーの復讐だ。
とても時間のかかることだ。なのに、キロンのせいで、この計画が一年、ずれた。
アーサーは怒りながらも、キロンを許した。だから、俺たちは我慢した。
だが、二度目は許さない。だから、先に俺からキロンに言ってやった。
「お前は、アーサーの一番とか思いあがってるな。そうだけど、そうじゃない。お前なんかよりも、俺たちのほうがアーサーとは長い付き合いだ。アーサーは、俺たちのことを味方とは思っていない。味方にするには、俺たち一人一人は頼りないし、それぞれ、柵がある。何より、アーサーは自力でどうにかする、悪い癖がある。だけど、俺たち全員が力をあわせれば、大きな力になるんだ。貴族の学校に行ってる間、俺たちの目がある。お前の妖精がどんなに優秀でも、俺たちを全て見つけられない」
「………」
「二度と、アーサーの足を引っ張るな」
もうそろそろ、アーサーが神殿から出てくる頃合いだと、神殿横にある学校の中から合図が送られた。それで、俺はキロンを解放した。
神殿に行けば、アーサーは教皇フーリードに見送られて、神殿から出てくるところだった。
「ケイン、キロンとの話は終わった?」
アーサーは丁寧にフーリードに礼をしてから、俺のところに駆け寄ってきた。
「ああ、終わった。ちょっと、落ち込んでるかもな」
「ケインが説教なんて、珍しいね。キロン、怒らせることした?」
「アーサーは、もっとキロンを怒れ」
「怒ってるよ!! キロンは、すーぐ裏切るから。本当に、どうしようもない、浮気者なんだよ。いくら、私が生まれる前の話だからって、その、あの、うん」
表情を暗くするアーサー。口に出すのも憚れる内容だからな。
妖精憑きキロンは、見た目は綺麗な若い男だが、百年近く生きている妖精憑きだ。百年近くを小屋に閉じ込められ、虐待を受けていたが、その中には、男女の秘め事もあったという。
妖精憑きキロンは、かなりの美形だ。あんな綺麗な男、ど田舎の女はすぐに夢中になる。実際、そうだった。だから、キロンの子や孫は、たくさんいるのだ。
本当は、妖精憑きキロンは、一番、信用出来ない男だ。だが、この男だけが、母親を亡くし、男爵家の監視をなくしたアーサーに味方し、守り通したのだ。
アーサーは、キロンのこととなると、女の顔になる。
実は、女と知らなかった時は、キロンのことを独占したい玩具みたいに見てるんだなー、なんて思っていた。玩具をとられたくない、子どもじみた嫉妬だ。
だが、今は、アーサーがキロンに対して、並々ならない感情を抱いているとわかる。性別によって、俺の見方が変わった。
アーサーはその事、俺には話さない。俺からも、アーサーをその事でからかったりしない。アーサーも俺も、そんな甘い感情で和んでいる場合ではないからだ。
妖精憑きキロンは、本当に落ち込んで、俺とアーサーから離れた所を歩いて、待たせている馬車の御者台にちょこんと座って、項垂れていた。
「次、裏切ったら、俺が殴ってやるからな」
「キロンにとっては、裏切っていないんだ。本能なんだよ」
「そういう問題じゃないだろう」
「仕方ない。相手が私だ。私の前では、キロンは妖精憑きの本能が強く出てしまう。キロン、本当は悪くないんだ」
「………」
アーサーはまだ、何か、俺に隠していた。俺のことを信用していない、というより、知られたくないのだろう。
アーサーが皇族である秘密すら、俺に教えてくれた。実は、この秘密、俺は仲間にも話していない。知っているのは俺のみだ。アーサーが秘密、と言ったんだ。だから、俺はアーサーが皇族だということが表沙汰になるまで、黙っている。
俺たちは、勝手にアーサーの味方になっているだけだ。だから、アーサーの足を引っ張るようなことはしない。ただ、黙って、様子を伺う。
アーサーは、結局、馬車に行くと、笑顔で妖精憑きキロンを慰めた。キロンは、当然のようにアーサーを抱きしめ、笑顔を見せた。




