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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-外伝 辺境の伝統-
286/353

奉仕作業

 ガキ大将は常に入れ替わる。とうとう、俺の代がガキ大将となった。その頃には、俺とアーサーは仲良く、他愛無い話をするようになった。

「いいなー、ケインは兄弟姉妹がいてー」

「もう、家に帰れば、煩いのなんのって。手伝え、とか、勉強しろ、とか、遊べ、とか、煩いの」

「ケイン、すごいんだね。頼りにされてるね」

「そうだな」

 おだてられたんだが、アーサーは心底、気持ちをこめていうから、俺は照れた。

「アーサーは一人かー。子爵家だから、勉強も大変だろう」

 男爵と子爵は差がないように思える。実際、ちょっとした差だ。だけど、アーサーの家は、ただの子爵家ではない。

 この頃には、辺境の三大貴族の一つが、アーサーの家だと教えられた。だから、アーサーの扱いには気をつけるように、親から注意された。

「勉強も、体術剣術も、それなりかな」

 アーサーは俺には縁のない体術剣術を簡単に口にする。それ、俺が習うのは、貴族の学校だよ。

 名ばかりの子爵ではない、と気づかされる。アーサーとこうして、大木に一緒に登っているが、受けている教育は違う。

「そうだ、母上から、神殿で大人しくできないなら、奉仕作業しなさい、と言われたんだよね」

「へー、何やらされるんだ?」

「木登りはダメだと言われたから、読み書きを教える」

「教えられるのか!?」

 教える、ということが驚いた。俺が出来ることって、そこら辺の草むしりとかだろう。草、そんなにないけど。

「先生の真似すればいいだけだから、簡単だよ。そうだ、ケインも勉強、する? 貴族の学校の試験勉強、しなきゃいけないよね」

「いやいや、年下に教えてもらうなんて」

「私、今、貴族の学校の最終学年の勉強してるところ」

「そうなの!?」

 二歳年下に負けている俺。いやいや、俺はこれでも、出来るほうなんだ。兄姉からは、出来過ぎだ、とこずかれた。

 上には上がいるんだな、とアーサーと付き合うと、思い知らされる。

「じゃあ、教えてもらおうかな。俺、上位クラスになりたいんだ」

「えー、どうして? 上位クラスなんて、大変だよ。中位クラスが楽だって」

「上位クラスになったら、メリーとの婚約を認めてくれるって」

「メリーと? え、二人、もう、そんなこと考えてるの!!」

「声、大きい!!」

 俺はアーサーの口を塞いだ。ちっくしょー、ここは、ほかにもいるんだよな。アーサーのせいで、普通に大木の真ん中まで登れる奴らがいっぱいだよ。俺は、顔を真っ赤にした。

「えー、ケイン、メリーのことが好きなんだー」

「メリーは大変だよ。片親が平民といっても、あの家は、家族全員がメリーのことを大事にしているからね」

「だからだよ」

 俺の幼馴染みメリーは、我が家と同じ男爵家だが、まず、家格が違う。あっちは、商売をやっていて金持ちだ。しかも、メリーの母親は平民だけど、父親は、あの男爵の死んだ弟だ。メリーは、男爵の死んだ弟の忘れ形見ということで、男爵家では大事にされている。

 だけど、メリーはきちんと身分を理解している。だから、我儘も言わず、家の手伝いをして、いつかは平民となる、と決めていた。

 だけど、メリーを抱える男爵家は、メリーを平民にはするが、店で働かせ、大事にするつもりだ。実際、メリーの母親は、男爵家の一員ではないが、男爵家に雇われ、守られている。

 それほど、大事にされているメリーのことを俺はずっと好きで、いつかは結婚しようと考えていた。そのために、俺は、メリーを抱える男爵家に相談したのだ。

 その条件として出されたのが、貴族の学校で、上位クラスに卒業まで居続けることだ。

 さすがに首席になれ、とか、無理難題は言われなかった。だけど、上位クラスと聞いて、俺は不安になった。

 アーサーは、俺の事情を聞いて、いつもの通り、ニコニコと笑っていた。

「いいよ、上位クラスにしてあげる。一通り、教えてあげるよ」

「出来るのか?」

「母上がいうには、この奉仕作業は、私のためだって。ただ学ぶだけでなく、人に教えることは、復習になるって。だから、いいよ」

「た、助かる」

 二歳年下のアーサーのことを信じた。バカバカしい、と言われそうだが、自信がなかったのだ。

 それに、アーサーは何でも可能に出来そうな、そんな気がした。

「まだまだ時間もあるしね。まずは、どんな字が書けるか、見ていよう」

 そう言って、アーサーはまた、ぴょんぴょんと飛び降りていった。

 この頃には、俺も、アーサーみたいに、身軽に飛び降りれるようになった。それは、アーサーに教えられたガキども全てだ。








 アーサーが神殿に来るのは週に一度と決まっていた。アーサーと遊びたいガキは皆、アーサーが来るのを遠くで見たりしていた。だから、アーサーの母親は、きちんと、次の予定をいうようになったので、皆、アーサーが来るのを神殿で待つようになった。

 その日は、珍しく、アーサーははしゃいでいた。馬車から飛び降りた。続いて降りたのは、男、最後に、アーサーの母親だ。

「父上、こっちです!!」

 アーサーの父親だ。アーサーは、いつもよりはしゃいで、父親の手をとった。

 ところが、アーサーの父親はアーサーの手を払った。

「触るな!! 年に一度だけ、という約束で来ただけだ」

「い、痛かったですか? ご、ごめんなさい」

「お前の手は汚いな」

「………」

 今にも泣きそうな顔になるアーサー。だけど、すぐに笑顔になって、父親と母親の間に立って歩いた。

 ここに来て、俺は違和感を覚えた。いつも、アーサーは手がつけられないほど動き回っているから、気にはならなかった。

 だけど、こうやって、お行儀よくなって、気づく。

 アーサーの手を、父親も、母親も、握らない。

 父親は、見るからに、アーサーのことを嫌っている。政略結婚で夫婦となる貴族では、こういうことはよくある。

 だけど、母親は、アーサーのことを心配しているというのに、アーサーの手を握ったところを見たことがない。

 そういえば、アーサーを抱き上げるのは、いつも、教皇フーリードや、神官たち、シスターたちである。アーサーの母親は、口では何か言ってるが、手を差し出したりしない。

 高位貴族ならば、そういうこともある。子どもの養育は使用人の仕事だ。親は社交とかそっちのほうで忙しいから、子どもに手をかけない。

 だけど、アーサーは子爵家である。アーサーをお腹を痛めて産んだだろう母親は、アーサーと距離が遠いと、この時、初めて感じた。

 この日は、アーサーの奉仕作業は中止となった。アーサーの父親が、年に一度の慰問をするということで、教皇フーリードと家族そろって話すこととなったのだ。

 この頃、俺は、アーサーがいる領地がとんでもない借金を抱えていることを親から聞いていた。その原因となったのが、不作だ。どうして、こんなことが起こったのか、神殿からも調査する話が出たのだが、肝心の領主であるアーサーの父親が拒否したのだ。

 今回は、神殿の助力をするため、アーサーの父親を説得するのだろう。

 神殿の中で、子どもたちは自習しつつ、聞き耳をたてていた。静かにしていれば、もしかしたら、談話室にいる、アーサーたちの話が聞けるかもしれない。

 アーサーと、アーサーの両親、そして、教皇フーリードは、わき目もふらず、神殿の奥にある談話室に入った。

 初めて見るアーサーの父親は、神殿の中にいる者たちを蔑むように見て、神官たちシスターたちには嫌悪を視線を向けた。辺境の食糧庫の領地民たちと同じだ。

 しばらくして、誰かの怒鳴り声が、神殿の広間に響き渡った。聞き覚えがない、大人の男の声だ。誰もが、その声は、アーサーの父親だと予想した。

 それからすぐ、アーサーの父親は、乱暴にドアを開け放って、談話室から出てきた。そして、真っすぐ、神殿から出て行った。それをアーサーが後から追いかけた。

 アーサーのことが気になって、俺は神殿の外に出た。アーサーは、怒った父親の手をつかんで、大木の前に引っ張っていった。

「父上、私は、この木を真ん中まで登れます」

「なんだ、てっぺんまで登れないのか」

「真ん中より上は危ないと………」

「俺の息子なのに、出来ないのか?」

「出来ます!!」

「だったら、見せてみろ」

「はい!!」

 アーサーは笑顔で、木を登り始めた。

 母親からも、教皇フーリードからも、大木の半分まで、と言い聞かせられているというのに、アーサーは父親に言われた通り、あっという間に、大木のてっぺんまで登った。

 そして、そこから見下ろして、笑顔を消した。

 アーサーの父親は、アーサーが木登りを始めるとすぐ、馬車に戻っていったのだ。

 アーサーが気の毒になった俺は、遅れて、アーサーの後を追って、木を登った。そして、俺は生まれて初めて、この大木のてっぺんに登り切った。

「アーサー、すごいな!!」

「………うん」

「今日のことは、俺とお前の秘密だ。バレたら、俺までフーリードに説教される」

「………ありがとう」

 アーサーは泣きそうな顔で笑った。








 しばらくして、アーサーは、また、大人の男を連れて、神殿にやってきた。今度は、随分と綺麗で、アーサーに友好的な男だ。馬車の御者台に乗っていた男は、馬車から降りようとするアーサーを抱き上げた。

「そんなことしないでよ!! そこまで子どもじゃないよ!!!」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるアーサー。俺たちに見られて、男の腕の中で暴れた。

「離したら、他の妖精憑きに盗られちゃうだろう。ほら、手、握って」

 綺麗な男はアーサーを下ろしたが、アーサーの手を握った。そして、遅れて馬車から降りるアーサーの母の手をとった。

 口はともかく、行動は洗練された大人の男だった。

 アーサーは不貞腐れたように、綺麗な男と手をつないで、神殿に入ってきた。

「もう、恥ずかしいから、やめてください!!」

「アーサーは、ここで何やるんだ?」

「奉仕作業で、子どもたちに勉強を教えています」

「俺もやるー!!」

「喧嘩しないでくださいね」

「………」

 返事をしない!! 綺麗だけど、得体の知れない男に、子どもたちは、警戒した。だけど、この男、アーサーの側をぴったりとくっついて離れない。

「ちょっと、キロン、あなたは、フーリード様と話すのよ。アーサーから離れて」

 綺麗な男キロンにアーサーの母親が離れるようにいう。だが、キロンはアーサーにさらにべったりとくっついた。

「キロン、フーリード様を待たせないで」

「アーサーと一緒がいい!!」

「私は、約束があります。大人なんですから、一人で行ってください」

「で、でも、アーサーを盗られたら」

「私のことなんか、誰もいらないから」

 自嘲ぎみに笑うアーサー。そう言ってしまう何かがあったのだろう。

 俺は、アーサーと両親との距離感を思い出す。いつも笑顔で、誰にでも好かれるアーサー。だけど、それは、強がりだと、今、気づいてしまった。

「俺はアーサーがいるんだー!!!」

「わ、わかったから、キロン、さっさとフーリード様の用事を済ませてきてよ」

「わかった!!」

 アーサーの説得で、綺麗な男キロンは、やっと、アーサーの母について行った。

 アーサーは、顔を真っ赤にしながら、だけど、俺との約束のために、教科書を開いた。

「なあ、あの男、誰?」

「勉強をしよう」

「気になって、手がつかない。なあ!!」

 そう声を張り上げれば、集まったガキどもはアーサーの周りを囲んだ。

「詳しくは話せないけど」

 アーサーは、口止めされていて、話せないことがあるのだろう。こういう所は、アーサー、きちんと教育を受けてるな、と思う。そこら辺のガキは、普通に話しちゃうよ。俺は話す。

「話せる事だけでいいからさー」

「うーん、話せることかー」

 アーサーは少しだけ、考え込んだ。アーサーのことだから、本当に、話せることだけだろうな。

「あの男は、野良の妖精憑きキロン。何故か、私のことを気に入って、私のことを妖精憑きのお気に入りにしたんだ。今、私を正式な妖精憑きのお気に入りにするために、フーリード様と母上が話し合ってる」

「え、妖精憑き?」

「アーサーが」

「妖精憑きの」

『お気に入り!!!!』

 俺たちガキだけでなく、聞き耳をたてていた大人たちも叫んだ。それは、とんでもない話だ。

 神の使いである妖精を生まれ持つ人のことを妖精憑きと呼ぶ。妖精憑きは、見た目は綺麗で、才能はただの人よりもあるという。力の強い妖精憑きは、妖精の魔法が使えるという。

 そんな人にとっては、尊い存在である妖精憑きにアーサーが気に入られているという。先ほど、見せた妖精憑きキロンのアーサーへのくっつきっぷりは、普通ではない。

 神殿でも教えられる。妖精憑きのお気に入りは、大切にしなければならない存在だ。妖精憑きのお気に入りを不幸にすることは、帝国が滅ぶほどの神罰を受けることがある、と言われている。

 そんなふうに、神殿で説法として話されるような存在が目の前にいる。皆、アーサーをじっと見た。

「もう、皆さん、戻ってください!! これ以上は話せません!!!」

 顔を真っ赤にして照れるアーサー。こんなに注目されて、恥ずかしがるなんて、アーサーらしくない。いつも堂々としているというのに。

 照れているから、皆、元の作業に戻った。俺も、アーサーにわからない所を聞こうと、教科書を開いた。

「アーサー、どうしたんだよ!?」

 そこに、若い神官がアーサーに声をかけてきた。

 若い神官は、アーサーの体を執拗に軽くはたいた。アーサーは首を傾げて、服の汚れとかを探した。

「どうかしましたか?」

「すごい匂い付けされてるぞ!!」

「匂い付け? ………ああ、キロンですね。キロン、一人で寝られないというから、毎日、一緒に寝てるから、匂いが移ったのかなー」

 アーサーは、むき出しの手に鼻をつけて、妖精憑きキロンから移ったかもしれない匂いを確認する。

「うーん、わからないなー」

「そりゃ、妖精憑き同士でしかわからない匂いだからな。ちくしょー、こんなんだったら、俺が匂い付けしておけば良かった」

「そういう話、ありましたね。フーリード様が却下したけど」

「ちくしょー」

 ただの人である俺やアーサーにはわからない、妖精憑きの話だ。アーサーは困ったように笑うだけだ。

 教皇フーリードとアーサーの母との話が終わったようで、妖精憑きキロンは神殿の広間に走ってやってきた。

 そして、アーサーの側にいる若い神官を掴み上げるなり、殴った。

「俺のアーサーに近づくな!!」

「てめぇだな、アーサーに匂い付けした妖精憑きは!!」

 そして、その場は大変なことになった。見るからに細身の妖精憑きキロンは、力がないように見えた。若い神官のほうが、強そうだ。

 ところが、妖精憑きキロンは、魔法で若い神官を床に叩き付け、踏みつけたのだ。

「その程度の力で、俺のアーサーを盗ろうとはな」

「こ、このぉ」

「キロン、ダメだ!!」

 アーサーはキロンの腕にしがみついて止めた。

 若い神官を踏みつけている妖精憑きキロンは恐ろしい男だ。見ている俺は、恐怖を抱いた。ところが、アーサーがしがみついただけで、キロンは笑顔になる。

「すぐに、こいつ、殺してやるからな」

 だが、その口から出る言葉は、恐ろしい。笑顔でいうから、アーサーは真っ青になった。キロンは、アーサーが怯えるから、間違ったと瞬時に気づいた。

「ご、ごめん、殺すのはダメだって言われてたのに、俺」

「キロン、魔法で人を傷つけちゃだめだって、フーリード様が言ったよね。それなのに、神殿で、魔法を使うなんて」

「だって、こいつ、アーサーの匂い付けを消そうとしたんだ!! アーサーは俺のなのに!!!」

「そういう事は、落ち着いてから、話し合おう。ほら、謝って。キロンが酷い事して、ごめんなさい」

「………」

「キロン!!」

 若い神官を踏みつけるのをやめない妖精憑きキロン。アーサーがキロンの腕を引っ張っても、動かない。

「やめなさい」

 とうとう、教皇フーリードがやってきた。フーリードは容赦なく、キロンの頭を叩いた。

「いてぇじゃねぇか!!」

「いくら強くても、私には経験があります。力押しで勝てるほど、私は弱くないですよ」

「キロン、ダメだよ!! フーリード様には逆らわないで!!!」

「な、泣くなよ!! わかったから」

 とうとう泣き出したアーサーに、妖精憑きキロンはやっと、倒れて動けない若い神官から足をどけた。

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