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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-外伝 王都の休日-
281/353

王都の神殿での初めての夜

 男爵家の屋敷で着替えて、王都の神殿に戻れば、外は暗くなっているというのに、王都は魔法の灯りでどこもかしこも明るい。

「王都は、眠らないって、本当なんですね」

 食事の席で、アーサーはそんなことを呟いた。神殿も、常に人が訪れている。神官たち、シスターたちは交代で動いていた。

「皇帝のお膝元ですからね。それに、何をおいても、魔法使いが一番、身近に存在します。不自由がありません」

「そうですね」

 辺境の教皇フーリードの答えに、辺境のど田舎のことを思い返したのか、アーサーは苦笑した。

「初めての王都はどうでしたか?」

「初めて………そうですね、初めて、なんですよね」

 フーリードの言い方に、アーサーは何かひっかかりを覚えた。

 過去に、王都にある男爵家の屋敷で半月ほど、アーサーは保護されていた。王都は初めて、というわけではないのだ。しかし、屋敷の一室から出ないで過ごしていたアーサーは、王都のことを何も知らない。何より、神の祝福によって、その頃の記憶がごっそりと消されていた。

 王都で半月、保護されていた時に出会った人たちは、認識すら出来ないようにされている。

 アーサーは、奇妙なひっかかりは無視して、今日のことをフーリードに話した。フーリードは、アーサーが年頃の子どものようにはしゃいでいるのを見て、嬉しそうに笑う。

「楽しかったですか?」

「ついつい、散財してしまいました。席一つ得るためには、それなりにお金がかかりますね」

「今は、お祭りですからね。普段は、そうではありませんよ」

「そうでない時に、また、来れるといいですけど」

「少し、子爵代理を休んだらどうですか。どうせ、移動は一瞬です。家族は馬車で帰して、アーサーは三日余分に、王都で過ごして、マイアの親族に、王都を案内してもらうといいですよ。キロンでは、ありきたりでしょう」

「えー、お祖父様に案内を頼んだら、また、商売人が寄ってきちゃいますよー」

「他にもいるでしょう」

「他?」

 首を傾げるアーサー。そこで、俺はフーリードを席から立たせて、アーサーから離した。

 俺とフーリードが席を離れても、アーサーは気にしない。俺はいつも、妖精憑きにつっかかっているから、それだと思っているんだ。

「キロン、会話の邪魔をしないでください」

「言っておくことがある。アーサーは、マイアの親族を認識出来ない」

「? 何を」

「アーサーは気狂いになったのを無理矢理、神の祝福で戻されたんだ。そのせいで、気狂い時に出会った、マイアの親族たちを認識出来ないようにされてるんだ」

「ですが、アーサーの祖父は認識していますよ」

「あのじいさんは、そうなる前から知ってるからだ。その代わり、今のじいさんの声が届いていない。じいさんがいい事言っても、アーサーには、過去に受けた命令に聞こえてるんだ」

「あれほどの神の祝福を受けているのですよ」

 妖精憑きであれば、アーサーの存在自体は尊いと感じる。それほど、はっきりとわかるように、アーサー自身からは、神の祝福が溢れ出ている。

「あんなの、誰も幸せにしない」

「神の祝福に対して、言っていいことではないですよ!! そのお陰で、アーサーは気狂いを克服したという話です。奇跡ですよ」

「あんたは、気狂いとなったアーサーのことを知らないからな。気狂いは決して、不幸なわけじゃない。アーサーにとっては、あのままが幸福だったんだ」

「神の祝福を受けたアーサーは、奇跡です。ただ単に、キロンがアーサーを独占したかっただけでしょう」

「あんたなぁ」

「キロン、喧嘩はやめなさい」

「あ、アーサー」

 油断していた。食事を終えたアーサーが、俺とフーリードの間に割って入った。

「フーリード様、すみません」

「いいですよ。キロン、今度、じっくりと話し合いましょう」

「今度じゃない。この後だ。アーサー、俺はフーリードと話すことがある」

「キロン、眠い」

 王都に来て、いつもよりも疲れたのだろう。アーサーは目をこすって、俺の腰にしがみついた。フーリードの前で、珍しいことだ。

 フーリードは、アーサーの頭を優しく撫でた。

「人に酔ったのでしょうね。私も、久しぶりに王都に来て、疲れました。ゆっくり休んでください」

「ありがとうござい、ます」

 うとうととするアーサーを俺は抱き上げた。フーリードの前でこれをやると、いつものアーサーなら怒るのだが、疲れているアーサーは、むしろ、俺の胸に顔を寄せて、目を閉じた。きっと、俺の胸の鼓動を聞いてるんだな。それを聞くと、落ち着くとアーサーは言っていた。

「キロン、事情を知らないのに、偉そうなことを言って、すみません。後で、話しましょう」

「そうだな」

 まだ、意識がはっきりしているのだろう。アーサーは、離れたくない、とばかりに、俺の服をつかんだ。







 与えられた部屋に行けば、アーサーはすぐ、俺にせまってきた。だが、やっぱり疲れていたようで、抱擁をしてやれば、アーサーはすとんと眠ってしまった。その隙に、俺はフーリードの所へと行った。

「フーリード、待たせたな」

「早いですね。もう、アーサーは寝たのですか」

「辺境のど田舎の夜は早いんだよ」

 フーリードの元に行けば、王都の教皇ヘクセンと酒なんか飲んでいた。俺が席につけば、当然のように、酒が注がれる。

「酒、好きじゃないし、酔わないし、いらないんだけど」

「嗜みですよ」

「そうだ。酒に酔わなくても、飲んで、場を和ませるものだ」

 フーリードは一口飲んで、ヘクセンは一気に飲み干した。ヘクセン、酒好きだろう。そうにちがいない。ヘクセン、グラスでは足りない、と瓶から直接、飲んだ。

「ヘクセン、行儀が悪い。アーサーが見て、真似したら、どうするのですか」

「まだガキじゃないか。さすがに、ガキの前では、飲んだりしない」

「普段から、そういうことをしていると、実際に、出てしまいますよ」

「お前は、本当に細かいな。それで、妖精憑きのお気に入りの監視を一年もしていなかったというのだから、驚きだ」

「………」

 フーリードの失敗である。それを指摘されて、フーリードは黙り込んだ。

 アーサーも気づいている、フーリードの失敗だ。なぜ、こんなことが起こったのか? その事については、調査されなかった。

 そもそも、アーサーが一年間、虐待を受けていた事実ももみ消されたのだ。そんな事実が表沙汰になったら、辺境は火の海だ。辺境の食糧庫だけの命では済まないだろう。それほど、大変な事だった。

 俺もアーサーも、家族と領地民に裏切られた一年間、そこまで重く見ていなかった。しかし、妖精憑きのお気に入りであるアーサーが受けた虐待は、帝国の根底を揺るがす大事件だった。

 妖精憑きは、帝国を支える存在だ。その妖精憑きのお気に入りは、貴族よりも大事に扱わないといけない、と決められている。そうしないと、妖精憑きがとんでもない事を仕出かすのだ。

 過去にあったのだ。アーサーと同じように、妖精憑きのお気に入りがお家騒動により、手酷い虐待を受けたのだ。結果、妖精憑きのお気に入りは死んでしまった。お気に入りを失った妖精憑きは、家門を呪い、領地を呪い、はては帝国を呪うまでの存在となったのだ。あまりのことに、魔法使いを投入したのだが、命まで燃やした呪いは、妖精の強い弱いを越えていた。最後は、筆頭魔法使いの寿命を使って、帝国にかけられた呪いだけは防いだ。

 しかし、家門にかけられた呪いはそのまま残り、その家門は、爵位を失い、呪われた存在として蔑まれ、神殿からも拒否され、最後は、野垂れ死にしたのだ。

 妖精憑きのお気に入りを蔑ろにするということは、帝国を窮地に陥らせることだ、という手痛い教訓を受けて、それからは、妖精憑きのお気に入りは、貴族よりも上の扱いとなった。

 そういう話を俺は聞いている。しかし、アーサーは知らない。これは、公に出来ない、特定の為政者と妖精憑きにしか知らされていない話である。

 ただ、俺は、この話は、いまいち、実感が湧かないのだ。

「なあ、お気に入りを死なせた妖精憑きって、帝国まで呪える力を持ってたってのに、お気に入りを守れなかったのか?」

 そんな力があるのなら、守ればいいのに、と俺は簡単に考えたのだ。

「この話の落とし穴だな」

「その妖精憑きは、ものすごく弱かったんですよ。妖精憑きとして、最低限のことしか出来なかったんです。だから、お気に入りを守り切れなかった。つまり、魔法使いにも、神殿に所属する神官やシスターにすらなれない、貧弱な妖精憑きです。当時は、帝国も、たかが妖精憑きのお気に入り、と軽く見ていました。そして、妖精憑きのお気に入りをお家騒動で死なせ、帝国は呪われたんです」

「弱かったからだろう。呪って、復讐するしかなかったんだ。妖精憑きは、命さえかければ、呪いは成功する」

「………そっか」

 そういうものだ、と理解するしかない。俺は、絶対にアーサーを死なせない。そんな弱い妖精憑きとは違う。

「話が逸れたな。アーサーのことだ」

 余計な話をしたのは王都の教皇ヘクセンだという自覚があるようで、当初の目的を口にした。

「我々が気をつけなければならないことはあるのか?」

「男爵家のことだ」

 俺は、気が触れたアーサーのことから話した。

 帝国に提出されている、アーサーの報告書は偽造されている。アーサーは円満に新しい家族と過ごしていることとなっていた。

 実際は違う。アーサーが実際に受けた事全てを話すと、ヘクセンの表情が剣呑となる。

「もう、その偽物の家族も、領地民どもも、粛清すればいいんじゃないか。帝国を窮地に陥らせるようなことをしたんだ。そんな血筋、残してはいけない」

 教皇は元は魔法使いがなるという。ヘクセンも元は魔法使いだ。考え方が物騒だ。

「アーサーはそんなこと、望んでない。アーサーは、生きて償わせようとしているんだ」

「さすが、神の祝福を受ける子ですね」

「尊いな」

 フーリードだけでなく、ヘクセンまで感動して、祈りの動作をする。ヘクセン、口調は乱暴だけど、やっぱり、教皇なんだな。

 そんな生易しいこと、アーサーは考えていない。言葉の上では、償い、と言っているが、復讐だ。生きたまま、苦しめようとしているのだ。粛清なんかで、さっさと死なせてしまっても、アーサーの気が晴れないのだ。

 そして、男爵家で保護され、半月後に、神の祝福を受けて、アーサーの精神が巻き戻ったこと、それにより、気狂いの間に知り合った男爵家の親族たちを認識できなくなったことを説明した。

「この話は、なんともいえないな。神の祝福というものは、本来、試練だ」

「なんで、アーサーにそんなもの与えるんだよ!!」

「それは、神側の都合だ。人側のことなんて、神にはどうだっていい」

「ありがとうって、言ってた」

 俺は確かに聞いた。アーサーに与えられた祝福は、神からの礼だ。試練ではない。

 禁則地で行われた、アーサーへの祝福。感謝を告げて消えた綺麗な女。あの女が、神なんだろう。

 ヘクセンが乱暴に俺の頭を撫でた。

「お前を救ったからだろう。それの礼だな」

「………」

 違う。俺は、禁則地を呪ったんだ。禁則地を滅ぼそうとした俺を救うことは、神にとって、礼をいうことではない。

 だけど、アーサーが俺を小屋から連れ出してくれたことで、俺は禁則地を呪うことをやめた。禁則地は、あと少しで、消滅するところまで、俺の呪いでおかしくなっていた。それを俺は、アーサーのために止めたんだ。

 確かに、アーサーは禁則地を救った。

 俺は美味しいとは感じたこともない酒を口にした。

「まっず」

 少し飲んだだけで、俺はグラスを机に置いた。

「お子様め」

「アーサーが大人になるまでには、飲めるようになりなさい。大人になったアーサーだって、晩酌に付き合ってほしい、というでしょう」

「それとも、他の誰かに任せるのか?」

「俺が付き合う!! アーサーは俺のだ!!!」

 フーリードは将来のために言ってくれるのだが、ヘクセンは、俺をからかった。ちくしょー、俺より弱いくせに!!

 ちなみに、ヘクセンは俺より年上だ。若い姿だが、それなりの実力のある妖精憑きであるため、若い頃の姿に、妖精が固定化しているのだ。

 俺は年上であるヘクセンがいう事なので、悔しいけど、酒を飲む練習のために、少しずつ、飲み込んだ。

「そういう事情だったとは、私は余計なことをしてしまったな」

 アーサーと男爵家の事情を聞いて、フーリードは、王都に来てから、アーサーのためにとしていたことが、間違っていたと知って、後悔した。

「元々、アーサーのために、私も馬車で一緒に移動するつもりでした。途中、アーサーが辛い思いをしてはいけない、と心配になったんです。それをヘクセンに相談したら、転移の話を持ち出してきました」

「アーサーとその家族の関係は聞いていたからな。どうせ、あの家族は、アーサーに嫌がらせするとはわかっていた。だったら、アーサーだけ転移で移動すれば、三日間はゆっくり出来るだろう、と私が言ったんだ」

「王都には、マイアの家族がいます。定期的に、手紙のやり取りをしていますが、とてもアーサーのことを心配していましたから、アーサーの元気な姿を見たら、喜ぶと思ったのですが」

 事情の知らないフーリードがやったことは、好意だ。仕方がない。責めることではない。

「知らないほうがいいと思って、話さなかった俺も悪い」

 アーサーの気狂いについて、男爵家と相談した。フーリードは、アーサーのことを随分と可愛がっていた。辺境の領地に戻って、フーリードは泣いて喜んでいた。だから、俺は単純に話そうとしたのだ。

 だが、男爵家は、フーリードを警戒した。まず、妖精憑きのお気に入りの報告書の改ざんがフーリードによって行われた。この時点で、男爵家は、フーリードを信じなかった。

 そういう事情を俺は飲み込んだ。俺が話さなかった、ということにすれば、丸く収まる。それに、フーリードと男爵家は、そこまで親密ではないだろう。もし、そうなら、俺とアーサーが男爵家を訪問した時、誰かがフーリードのことを聞くはずだ。

 男爵家は、俺とアーサーが知らないフーリードのことを知っている。

 俺もそれなりに成長した。表面では笑って、内心では、フーリードを警戒した。








 部屋に入るなり、アーサーが抱きついてきた。

「お、起きてたのかよ!!」

「………酒臭い」

 嫉妬で顔を歪めたアーサーが、俺を見上げた。

「王都で案内した女と酒盛りしていたのですか」

「違う!! フーリードと酒飲んでたんだよ!!!」

「フーリード様が、酒を飲むわけないでしょう!!!」

 飲むよ!! 叫びたいが、俺はぐっと飲み込んだ。アーサー、妙なところでフーリードのことを神聖視している。きっと、アーサーは、フーリードに理想の父親像を見ているのだろう。アーサーの理想の父親は、酒を飲まないんだな。

「アーサー、服はどうした?」

 触れてみれば、アーサーの素肌を感じる。改めて見れば、アーサーは素っ裸だ。

「ここは、いくら俺の人払いの魔法をしたって、フーリードみたいに、器用な奴は、簡単に突破してくるんだぞ!!!」

 俺は誰にも見せたくないから、アーサーを抱き上げ、適当な布で、アーサーの体を覆った。

「どうせ、私なんか、面倒くさい女だから、イヤになったんでしょう!! 王都の女性は皆さん、綺麗ですからね!!!」

 アーサーは王都で見た女たちのことを思い出して、嫉妬と怒りで俺の体を叩いた。いくら鍛えても、やっぱり女だから、アーサーに叩かれても、そこまで痛くないな。可愛いとすら思ってしまい、俺は抱きしめる。

「俺が見てるのは、アーサーだけだ。他の奴らなんか、見てない」

「………本当?」

「俺はアーサーだけ見てる。他の男も女も、見てない。だって、アーサーが最高なんだ。他なんか、どうだっていい。ほら、アーサー、可愛いアーサー、明日も可愛い女の子になろう。そのため、ゆっくり休もう。熱が出ちゃうかもしれない」

「でも、今日、キロンに胸、刺激してもらってない」

 アーサーは俺の手をアーサーの胸に持っていく。アーサー、胸が膨らまないことを物凄く気にしていた。

「神殿でそんなことしたら、バレちゃうだろう。そんなにしたいなら、男爵のトコに行くか? あそこなら、人払いも防音も完璧だ」

「い、イヤだ」

 祖父ウラーノと同じ屋根の下、と想像して、アーサーの淫らな衝動は一気にしぼんだ。そこまでウラーノのこと嫌わなくてもいいのにな。

 俺は酒臭さを魔法で消した。それで、やっとアーサーも安心したのか、俺に体をぴったりとくっつけて、すとんと眠った。

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