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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-外伝 辺境のど田舎の日常-
274/353

辺境のど田舎の洗礼

 次の日から、ヘラは領地の手伝いをする、という。その日は、領地の視察と、禁則地周辺の整備となっていた。

「どこまで歩くの!!」

「だから、馬で行ったほうがいい、と言ったのに」

 屋敷を出て随分経つのに、まだ禁則地に到着しないほどの遠出に、ヘラは早速、挫けそうになった。

「義兄上、置いていきますよー」

 さらに遠くで、アーサーの義兄リブロが膝をついて、動けなくなっていた。普段から、こういう肉体労働をしないから、リブロ、筋肉も体力もない。だから、その体もだらしない。

 ヘラだけでなく、足手まといのリブロもいるから、いつもより作業は遅れている。アーサーはそれでも、笑顔である。こうなることはわかっていたから、すでに、先に指示を送っているのだ。

「ご、ごめんなさい、こんなことになるなんて」

「手伝ってくれる、という、その言葉は嬉しいです。キロン、馬、呼んでください」

「わかった」

 笑顔で慰めるアーサー。それに、ヘラは安堵して、表情を綻ばせる。

 騙されてるな、ヘラ。昨夜は、アーサー、無茶苦茶、不機嫌で、もう、ヘラのことを悪く言ってたんだ。予定より作業が遅れるから、今日も荒れるな。

 しばらくすると、馬二頭がやってきた。途中、動けないリブロを拾い上げ、アーサーの元にやってきた。

「乗ってください」

「アーサーも一緒に」

「馬に乗る時は、いつもキロンと一緒でしたから、乗り方、知らないんです」

「だったら、わたくしと一緒に」

「キロン、あっちの馬に乗りましょう。農耕馬だから、三人でも大丈夫でしょう」

 笑顔で拒否するアーサー。一緒に乗ればいいのだが、アーサーは、まだ、俺以外のぬくもりを気持ち悪く感じるんだ。

 ヘラ、差し出した手を引っ込め、どうにか笑顔をたもった。アーサーの笑顔の裏の拒絶に気づいたのだろう。

 俺はアーサーを前に、だらしなく動けないリブロを後ろに置いて、馬を走らせた。

「お、落ちるぅー」

「落ちたくなかったら、しがみついていろ」

 落ちないけど。リブロが情けない声を出すから、俺はあえて、妖精が支えていることを黙っていた。もっと怖がれ。そうすれば、アーサーの気も少しは晴れるだろう。

 アーサーはヘラが馬で後ろに着いてきているから、俺の胸に背中を預けて甘えた。

「長期休暇中は、これで移動しよう」

「アーサー、無理しすぎだ。また、痩せてきた」

 しっかり食べてはいるんだ。しかし、時々、こっそりと吐いているのを俺は知っている。

「倒れたら、キロンに食べさせてもらう」

「仕方ないな」

 口移しだ。それを想像したのか、アーサーは女の顔を見せた。それを垣間見て、俺は衝動を動かした。







 ヘラとリブロのせいで、禁則地周辺に到着する頃には、もう、昼食時となっていた。

「遅くなってしまって、すみません」

「いいんですよ、アーサー様。せっかく婚約者がいるのですから、作業、休まれてもいいですよ」

 領主代行は、笑顔でアーサーの遅れを許した。

 そして、領主代行は孫でもあるリブロを馬から引きずり落とした。

「何するんだよ!!」

「さっさと動け!! ただ馬に乗って移動した程度で、だらしない」

「途中までは歩いたんだよ!!」

「アーサー様も同じだ!! アーサー様と同じ体術と剣術の教師に鍛えられているはずなんだが、この差はなんだ」

「う、うるさい!! 俺は、頭を使うんだ!!!」

「だったら、夜の会議にも参加してもらおう。今週、アーサー様と領地の会議を行うんだ。お前も参加しろ」

「いいだろう。その日は、こんな作業しないからな」

「するに決まっているだろう!! アーサー様はしてるんだ。二歳年上のお前がするのは当然だろう!!!」

「そ、そんなぁ」

 情けない姿を見せるリブロ。領主代行はいくら平民といえども、リブロの祖父である。平民の中で、リサ親子は、唯一、領主代行には逆らえないのだ。

 領主代行は鞭の音をわざとたてると、リブロはびしっと立ち上がった。もう、反射だな。リブロ、仕方なく、祖父である領主代行に従った。

「獣使いみたいね」

「ああ、そうですね」

「確かに」

 さすが、王都で生活しているヘラは、いい表現をしてくれる。

 俺とアーサーは、リブロと領主代行の、このやり取りを見て、どう表現しようか、とバカみたいに話し合っていた。ヘラのお陰で、解決だ。

「ヘラは、私と一緒に作業です。えっと、ヘラは、虫、蛇、大丈夫ですか?」

「………虫? えっと、蚊とか」

「………」

 都会っ子あるあるだ。アーサーは笑顔のまま、ヘラを作業場へと連れていく。

「ヘラ、無理するなよ。ここは、危なくはないが、えげつないんだ」

「虫を怖がっていたら、婚約者なんてやってられないよ」

「………」

 一応、忠告はした。こういうのは、何を言ったって、経験したことがないから、無駄なんだ。だから、俺は見守ることにした。

「ひぃいいーーーー!!!」

 早速、リブロが洗礼を受けていた。とんでもない悲鳴に、作業していた者たちがばばっと動き出した。

「あ、アーサー、そんな、慌てなくても」

 アーサーまで動き出した。ヘラは、まさか、アーサーが動くなんて思いもしていなかったから、驚いた。

 俺はヘラと一緒に行動した。ほら、ヘラ、今、無防備だ。絶対に危ないよ。

 リブロが悲鳴をあげた所には、すでに、領地民が囲んでいた。

「義兄上は、どうですか?」

「典型的な落とし穴です」

「ただの落とし穴ですか?」

「そうです」

「はい、全員、作業に戻しましょう。キロン、義兄上を落とし穴から出して、穴、塞いでおいて」

「わかった」

「それだけ!?」

 こんなに慌ただしく、全員がリブロの元に集まったというのに、落とし穴に嵌ったというだけで、誰も心配しないことに、ヘラは驚いた。

「ここでは、よくあることだ。お、今回は深いなー。リブロ、アーサーを怒らせたから、妖精も怒ってるんだなー」

「そうなの!?」

「領地の妖精は、アーサーの味方だからな」

 アーサーは妖精憑きではない。だけど、アーサーは領地や禁則地にいる妖精たちに愛されている。だから、アーサーがいる限りは、領地は大豊作なのだ。そこのところ、わかっていないのが、アーサーの父親たち、領地民たちである。

 その事実を知っているのは、今は領主代行のみである。昔、アーサーの亡くなった母マイアと領主代行で、収穫量の変化を調べたのだ。そこで、気づいたのが、アーサーが誕生してから、減収がなくなったのだ。それどころか、少しずつだが、収穫量が上がっていったのだ。

 今ならわかる。アーサーの生まれ持った、妖精の魔法を壊す力が、小屋に閉じ込められていた俺の力を阻害していたのだ。俺は、アーサーに出会う前までは、小屋に閉じ込められ、散々なことをされていた。それを恨み、禁則地を呪ったのだ。それをアーサーは生まれ持った能力で阻害していたのだろう。

 そんなこと、アーサーは知らない。領主代行は、アーサーに何かあるのだろう、と知っているが、あえて、黙っていた。時には、知らないほうがいいこともある。

 そして、そんなこと知らないアーサーの家族たちは、アーサーに嫌がらせをして、妖精の可愛らしい悪戯を受けるのだ。

 アーサーに命令されたから、仕方なく、リブロを助け出した。リブロ、したたか、尻をうって、そのまま動けないでいる。

「こんなに痛いんじゃ、無理だよ!!」

「また、アーサー様に悪さしたな」

「してないよ!! むしろ、アーサーのせいで、俺の長期休暇は滅茶苦茶だよ!!! 友達と遊ぶ約束したのに、全部、アーサーに却下されたんだからな!!!!」

「当然だろう!! アーサー様が働いているのに、お前が遊ぶなんて、許されるわけがないだろう!!!」

「俺は貴族なんだぞ!!」

「アーサー様だって貴族だ!!!」

「俺は長男だ。俺が子爵になるんだ!!! だから、アーサーが働くのは当然なんだよ!!!」

「跡継ぎは、アーサー様だ!!」

 口で言ってもわからないから、とうとう、領主代行は鞭をふるった。

「ちくしょー!! お祖父様、覚えていろよ!!! 俺が爵位を引き継いだら、あんたは追放だ!!!」

 リブロ、また、口答えして、鞭で痛い目にあった。

 そんな光景を離れた所で見ていたヘラは呆れた。

「片親が平民の分際で、生意気な」

「ヘラも、やっぱり貴族ですよね」

 ヘラがリブロを見下すのを見て、聞いて、アーサーは驚いた。

「貴族の学校に通えばわかる。片親が平民の子どもは、扱いは平民だ。いくら、片親が貴族と言ったって、成人すれば、貴族とは縁が切られる。それまでに、どうにか、貴族との繋がりを得ようと必死になるが、だいたいは、孤立する。リブロのように、両親ともに貴族の子が友達になるのは、珍しい話だ」

「ふーん」

「友達かどうかは、わからないけど。友達の顔をして、搾取する奴だっている」

 そういうものをヘラは学校に通って、見ているのだろう。だから、リブロがいう友達は、友達ではない、とヘラは思っているようだ。

 まだ、そういう世間を知らないアーサーにとって、ヘラのこの話は、ためになった。

「ヘラ、学校の話、もっと教えてください。もっと知りたいです」

「じゃあ、夜は同じ部屋で過ごしましょう」

「ヘラも貴族の学校に通うようになったんです。そこは、しっかりと距離をとりましょう」

「あ、そ、そう。で、でも、あそこ、出るんだよね」

 ヘラは子爵家の事情から、別館で泊まることになったのだが、別館の噂を知っているから、怖がった。

「ああ、幽霊ですか。あんなの、いませんよ。いたって、妖精の悪戯です」

「でも、夜になんか、物音が」

「古いですからね。大丈夫ですよ」

「きょ、今日は、一緒に」

「じゃあ、今日は、別館で休もう。キロン、準備するように、指示をお願いします」

「わかった」

 笑顔で婚約者のお願いを聞き入れるアーサー。だけど、ヘラと同じ部屋で就寝する気はこれっぽっちもない。

 物腰柔らかく、常に笑顔のアーサーだけど、ヘラ、それなりに違和感を感じていた。

 俺がアーサーと出会う前から、アーサーとヘラは同じ部屋で寝泊りは普通にしていたんだ。それは、俺がアーサーの側から離れなくなってからも続いていた。二人が、三人になっただけだ。

 ヘラは、それが続くと普通に思っていた。しかし、アーサーはもう、ヘラと同じ部屋で就寝はしない。

 アーサーが側に置くのは、俺だけだ。

 その事実を知るのは、今日の就寝時だ。俺は当然のように、その夜も、アーサーと一緒に就寝することとなっている。







 その日の作業は、日がまだ高い所で終わった。

「う、ううう、蛇がー」

 ヘラ、泣きながら、アーサーに縋りついた。ヘラは全身、泥だらけで、枯草がついて、と悲惨なこととなっていた。

「可哀想に。アーサー、こんな所に婚約者を連れて来るなんて、酷い奴だな!!」

「ヘラが行くというからですよ。止めたのに」

 リブロがここぞと責めるが、アーサーは悪くないので、平然としている。

 リブロが落とし穴に落ちた後、次はヘラの番だ、とばかりに、連続して、落とし穴に落ちたのだ。ヘラ、運動神経は立派らしく、穴も浅かったから、見事、着地したんだが、そこは、蛇がうようよといたのだ。ヘラ、可愛い悲鳴をあげて、大変なこととなったのだ。

「今回は大量ですよ、アーサー様」

「蛇、美味しいですよね。皮は何かに使えるから、綺麗に剥いでください」

「わかりました。今日はご馳走です。婚約者様、ありがとうございます!!」

 その場にいた領地民たちが、酷い目にあった。ヘラにお礼をいった。それを聞いたヘラは、信じられない、と表情を強張らせた。

「義兄上にもいくかと思ったのですが、落とし穴だけだなんて、期待外れでした」

「本当に、とことん、役立たずな孫ですみません」

「どういう意味だよ!!」

 そして、あれから落とし穴に落ちまくったリブロは役立たず扱いされた。酷い目にあったというのに、誰も心配していない。それどころか、リブロのこと、使えないな、と見ていた。

「アーサー様、禁則地の入口に、イノシシがありましたよ!!」

「それは、皆さんで分けてください。私は、蛇の肉がいいです。今日の晩は、蛇の蒸し焼きかなー」

「食べるの!?」

 よりによって蛇が食卓にあがると聞いて、ヘラは真っ青になった。イノシシが良かったんだな。その気持ちはわかる。誰だって、イノシシがいい。

「アーサー、貴族なんだから、もっといい物を我が家で食べるものだぞ!!」

「これだから、何も知らない奴らは、イノシシを選ぶ。イノシシは、食べるまで、手間がかかるんですよ。その点、蛇は皮さえ綺麗に剥げば、焼くだけで食べられます。鶏肉みたいに美味しいですよ」

「でも、蛇だし」

「すぐ食べなくても」

「虫よりはいいでしょう。虫だって食べられますよ」

「ひぃ!!」

 都会っ子のヘラは、想像すら出来ないが、虫と聞いて、悲鳴をあげた。

 そう、虫だって、普通に食卓にあがるのだ。辺境では貴重な栄養源である。

「ふ、普通に畜産だってやってるじゃない!!」

「あれは、外用です。お陰で、我が領地は、色々と優遇してもらっていますよ。あんな借金を抱えていても、爵位返上までいかなかったのは、その優遇措置のお陰です。辺境の食糧庫は、簡単に破産してもらっては、辺境が困るのですから」

「………」

 普通に畜産で増やされている牛やブタを遠目に見て、沈黙するヘラ。誰だって、あっちのほうがいいんだ。別に、領地民だって、普通に食べる。

「やっぱり、野生の肉は美味しいですよ。ヘラ、これを機に、蜂の子も食べてみましょう。確か、ハチミツ漬けにしたのが残っているはずです」

 だけど、アーサーは自然で勝ち抜いた肉のほうが好きだから、畜産で得た肉は、食卓には上げさせなかった。

 ヘラ、早々に、後悔し始めた。のどかな田舎を想像してたんだな。都会っ子あるあるだ。

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