表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-外伝 凶星の申し子と妖精殺しの蜜月-
270/353

情緒不安定

 アーサーが子爵家の実権を握ってから、俺の周囲は静かになった。アーサーの母方の実家が、俺の子や孫を黙らせたという話だ。

 正直、俺は、俺の過去の女たちは、諦めないと思っていた。昔は、アーサーの目を盗んで、俺に話しかけたりしていた。きっと、また、俺がアーサーから離れた時を狙って、話しかけてくるものと思っていた。どんなに口約束したって、守らないよ、こいつら。俺のことは裏切ったくせに、今更欲しいといって、すっかり気狂いとなったアーサーを虐めたんだ。あいつらのせいで、アーサーは俺の子を産みたがっているといっていい。

 貴族の学校に通っていないから、アーサーは以前と同じ、領地の見回りを続けた。そうすると、俺の子や孫を目に入れてしまう。あいつら、俺を期待したように見てきた。ほら、諦めていない。

 そして、アーサーは俺の繋いだ手に爪をたてる。見れば、アーサーは嫉妬の顔で、俺を見上げていた。

「どこを見ているのですか」

「また、おかしなことをやらないか、警戒してるだけだ。俺はアーサーだけだ。他はどうだっていい」

「そういって、家族になる、友達になる、と言われたら、ふらふらとついて行ってしまうでしょう」

「しないから!! 家族も友達も、もういらないって!!!」

「キロン、裏切ったら、絶対に許さない。私は、私が持っているもの、キロンに捧げたんだ。本当は、全て、捧げたいのに、キロンがダメだというから」

 アーサーはお腹を撫でて、悔しそうに顔を歪めた。

「絶対に負けるものか」

 領地民といえども、俺を奪おうとする者は、アーサーにとっては敵なのだ。アーサーもまた、いつかまたやってくるかもしれない、あの子や孫だと言っている奴らを警戒していた。

「なあ、あいつら、領地から出したらどうだ? 出来るって聞いたぞ」

 もう、アーサーの記憶にはいない、アーサーの母マイアの兄は言っていた。頼めば、あの目障りな俺の子や孫を見えない所に移住させると。

「そんなことして、目の届かないところで、キロンの子だ、孫だ、と言いふらしたらどうするのですか!! ここでは、黙らせられます。だけど、領地外では、それが出来ません。ここで、大人しくしているかどうか、監視を続けるしかありません」

「………」

 殺してしまえばいいのに。そう思うが、口にしない。アーサーには、そういう考えがないのだ。

 あえて、悪い解決方法をアーサーに教えなくていい。そういうことが思いつきもしないのが、アーサーなのだ。それが、俺のアーサーだ。

 俺はアーサーを無理矢理、肩車してやった。

「ちょっ」

「ほら、高いだろう!!」

「う、うん、そうだね」

「これくらい、俺がやってやる。アーサーが望むことは全部、俺が叶えてやるからな!!」

「じゃあ、はやくキロンの子を妊娠させて」

「そこは、神の領域だ。妖精憑きでも無理だ」

「………」

 不貞腐れるアーサー。どうしても、俺を縛る手段として、俺の子を妊娠したいんだ。

 そんなことしなくても、もう、俺はアーサーに縛られてるってのにな。アーサーには、どんなに言葉を重ねても、信じてくれない。

 好きだ、とか、愛してる、とか、そんな安っぽい言葉ではない。アーサーの存在は、俺の全てだ。

 アーサーは子どもなんだ。大人顔負けなことをいっぱいしているが、やっぱり、子どもなんだ。誰だって、父親に一度はされただろう肩車を目を輝かせて喜んだ。

「アーサー、俺が全部、やってやる!!」

 俺の記憶の中には、父親に当然のようにされたことがあった。まだ、妖精憑きだと知られる前だ。俺は、物心がついたばかりのガキだった頃、親兄弟に囲まれて、当然のように家族の愛を受けていた。

 その当然が、アーサーにはなかった。アーサーは、はやく大人になれ、と急かされていた。アーサーの望みは、本当は、こんなちっちゃいことなんだ。

「キロン、禁則地が見える!!」

 妖精の安息地と呼ばれる、妖精たちのための領地の近くにきたのだ。アーサーは、高い所から見える景色に喜んだ。

 俺は、妖精が大嫌いだ。だって、妖精と話したりしていたから、妖精憑きだとバレた。それで、俺は親兄弟から捨てられたんだ。

 だけど、俺は妖精とは縁が切れない。死ぬまで、妖精と関わった生き方となる。それが、妖精憑きだ。それがイヤで仕方なかった。どうにかしたかった。

 それも、今は、妖精憑きで良かったと思う。妖精憑きのお陰で、アーサーの寿命を伸ばせる。アーサーは、妖精憑きの寿命を奪って生きながらえるのだ。だから、どうしても、妖精憑きが必要なんだ。

 そういえば、とふと、俺は過去の、アーサーにとって忌まわしい一年を思い出す。あの頃から、アーサーは、俺を寿命を伸ばすために必要としなくなった。

 アーサーと出会ったばかりの頃は、アーサーは、むしろ、俺を遠ざけたがっていた。俺の寿命がアーサーの体質のせいで短くなるからだ。俺は、アーサーの外だけでなく、内側、魂まで、俺のものに染まってくれて嬉しいというのに、アーサーはそれを理解してくれなかった。

 今は、アーサーは歪んだが、俺の全てを欲しがった。離すなんて、考えてもいない。誰よりも側に置いて、しがみ付いてくる。

「はやく、月の物がくるといいな」

「そうだね」

 アーサーは上から俺に笑顔を向けてくれた。







 月の物の時は、色々と不安定になると聞いていたが、ここまでとは、思ってもいなかった。

 アーサーは俺に手あたり次第に、物をなげつけた。

「月の物がきたってのに、胸、膨らまなかったじゃないか!!」

 アーサー、どうしても胸が平なのが悔しかったのだ。

「俺は別に、胸なんて」

「あんなにキロンに揉ませておいて、ただ、気持ち良かっただけじゃないか!!」

「気持ち良かったなら、いいだろう。アーサーが気持ちいいというのなら、俺も嬉しい」

「バカ!!」

 本当に、俺はバカだな。アーサーのこととなると、頭が悪くなる。いや、地頭はいいんだよ。ガキの頃に監禁されてたから、そこから成長してないだけだ。

 投げるものさえなくなれば、俺がアーサーの側に行けるようになる。いつもの通り、アーサーを俺の膝に乗せる。ただし、胸を刺激してはいけない。ここ、重要。

 アーサーは俺の膝に横座りとなって、俺の胸に顔を埋める。

「くやしぃーーーーー!!! フローラの胸、柔らかかった!!」

「触ったのかよ」

「抱きしめられただけです!! 事故みたいなものですよ!!! 年下のシリアだって、こう、見るからに膨らみがある」

「アーサーはもっと、食べるべきだ!!」

 誤魔化した。アーサーの胸は、たぶん、膨らまない。アーサーの胸辺りの骨は、平なんだ。ここが平なのって、男だけなんだよ。つまり、アーサーの胸は胸板だ。

「いえ、諦めてはいけません。月の物が今更、きたんです。こういうのがきてから、胸が成長するのかもしれません。つまり、今まで、キロンがやっていたことは、無駄だったんです。ちくしょー、変態め!!!」

 ぐーで殴ってきた!! 俺は耐えた。アーサーは今、月の物で情緒不安定なんだ。下手に口答えしたら、大変なことになる。

「はい、俺が悪いです。間違ったこと言って、すみません」

「どうせ、胸触りたいから、そう言ったんでしょう!!」

「えー、俺は、アーサーの全身、触りたい。胸だけだなんて、我慢出来ないよー」

「絶対にそうだ。そして、胸がない私はいつか、キロンに捨てられちゃうんだ」

「そんなことないって!! アーサー、ずっと一緒だぞ。アーサーがイヤだって言ったって、離れないからなー」

「そう言って、どれだけの女と子作りしたんですか」

「………」

 数えちゃダメだ。よくよく思い出せば、アーサーが誕生した頃にも、いた。つまり、アーサーと歳が近い子がいるかもしれないのだ。

 俺は笑ったまま、どう誤魔化そうか、なんて考えた。なんで、思い出しちゃうかなー。俺が悪いんだけど。

 俺が黙り込んだからか、アーサーは不安そうに俺を見上げてきた。

「お、怒った?」

「怒ってない怒ってない。アーサーは、俺に何やったっていいんだ。俺はアーサーがしてくれること全て、嬉しいから!!」

「その、いっぱい、物を投げつけて、痛かったよね」

「全然、痛くないよ!!」

「け、怪我、してない?」

「ないない!!」

 瞬間で、小さい傷を俺は治した。魔法、便利だね。

 アーサーは疑うように俺を見上げた。俺の体に触れて、服をめくって、と確認する。

「キロン、ごめん。私のこと、嫌いにならないでね」

「嫌いになんてならないよ!! アーサーは俺の全てだ。アーサーだけがいればいい。アーサーさえ望めば、ここを出て行ってもいいんだよ。それくらい、簡単なんだから。俺が、アーサーを連れてってやるよ!!」

 昔と今は違う。昔は、この狭い領地が全てだった。ここを出る事なんて、俺は考えてもいなかった。ちょっと広くなっても、俺は、ここで終わると思っていた。

 だけど、今は違う。転移の魔道具を手に入れた。これがあれば、簡単に帝国のあちこちを移動できる。ただ、一度は行かないといけないという。今、行ける場所といったら、王都だ。そこから、どんどんと転移出来る場所を増やしていけばいい。

「うん、もう少しで終わるから、そうしよう。あ、その前に、やらないといけないことがある」

 アーサーはそういうと、俺に口づけをしてきた。しかも、舌まで挿入する、深いのだ。

「ちょ、ちょっと、それすると、俺、我慢できなくなる」

 俺の下半身がむくむくと盛り上がってくる。すっかり、アーサーは口づけがうまくなっていた。口づけだけで、俺をその気にさせられる。

「ほら、月の物がきたよ。やっと、キロンと最後まで出来るね」

 アーサーは俺の手をつかむと、アーサーのお腹に触れさせる。

「キロンが最初で最後だよ。ヘラ………ヘリオスとは、婚約解消した。私は女帝レオナ様のお陰で、女に戻れた。私がキロンの子を産んでも、文句を言わせない。文句をいう奴らは、その頃にはいなくなってるから」

 衝動が起こる。アーサーの全てに匂い付けしたかった。

 アーサーは、下半身になにか当たるのを感じて、嬉しそうに笑った。

「今日は、口でしよう」

「い、いや、それは」

 アーサーを穢すようで、俺はどうしてもイヤだった。

「アーサー、ダメだって。月の物で、貧血が酷いんだから。今日は、大人しく寝よう。倒れてばっかりで、皆、心配してる」

「そんなの、どうだっていい。私は、キロンだけでいい」

「………俺も、そうだ」

 アーサーに言われて、気づく。俺は、結局、アーサー以外、どうだっていい。アーサーの周囲には、アーサーを想う人は多い。そのついでで、俺もアーサーの一部のように扱われている。

 だけど、俺は、今は、家族はいらないし、友達もいらない。辺境の教皇フーリードは、相変わらず、妖精憑きの友達を作れ、なんて言ってるけど、どうだっていい。むしろ、それを聞いて、笑いそうになる。友達を作れというフーリードは、俺の友達になる、ということを考えてもいなかった。

 アーサーは俺を押し倒して、俺の上に跨った。

「私がどうしてもしたいから、します」

「悪い子だ」









 月の物が終わってもしばらくは、アーサーの体調は崩れたままだった。なのに、面倒事は終わらない。もう、さっさと殺してしまえばいいのにー、とはいつも思う。

「なあ、リサ親子は、さっさと処刑したほうが、皆、喜ぶぞ」

 落ちるところまで落ちたリサ親子。リサはもう、子爵家から籍を抜かれて、平民リサになった。犯罪奴隷にまでなったのに、今だに、子爵の子を産んだ女と威張っている。リサの実家である領主代行一族は、リサの面倒をみることになって、大変そうだ。

 リサの子であるリブロとエリザは、一応、まだ、子爵ネロの子として、別邸で幽閉だ。幽閉されていても、一応、貴族の学校には通えたのだ。それも、貴族の学校でやらかして、退学となった。リブロとエリザは、帝国中の貴族の学校が入学すら拒否する処分をされたのだ。貴族の学校を卒業しなければ、貴族になれない。あの二人は、永遠に、貴族になれない。平民だ。

 もう、生かしておく価値もないリサ親子。辺境はいわば、治外法権みたいな場所だ。勝手に処刑しても、帝国は何も言わない。

 なかなか貧血が治らなくて、俺と閨事出来なくて不機嫌なアーサーは、さらに不機嫌になった。

「そういう話、今、ここでは、聞きたくない。今は、キロンに可愛がってもらいたい」

「これでいい?」

 アーサーを胸に抱きしめて、横になる。それだけで、アーサーは笑顔を見せる。

「今、ティーレットに、父上と、リブロとエリザの親子鑑定をしてもらっています。フーリード様が行った親子鑑定は認めない、と言われてしまいますが、さすがに筆頭魔法使いがした親子鑑定は、認めるでしょうね。ついでに、レオナ様のサインもつけてもらおう」

「リブロもエリザも、ネロの子じゃないことなんて、どうだっていいだろう」

「父上は、リブロとエリザを我が子と、随分と可愛がっていました。ただ処刑したら、私を恨むだけです」

「言わせておけばいいだろう」

「私、悪くない」

「………」

 アーサーは、そこのところが引っかかっていて、どうしても、最後の手段に出られなかった。

 ネロの愛人リサは、本当に酷い女なんだ。リサは、ネロの子だとリブロとエリザを産んだ。ところが、辺境の教皇フーリードに親子鑑定をさせてみれば、リブロとエリザは、ネロとの血のつながりがなかったのだ。

 辺境にある領地は閉鎖された空間となっている。領地民たちは、血が似通っているから、親子鑑定をするのはとても難しい、とフーリードは言っていた。しかし、アーサーの父ネロは、外の血筋だ。元々、領主でもある子爵は、王都で暮らしていた。領地が呪われ、実りが緩やかに減っていき、借金を抱えるようになってから、子爵は王都の屋敷を処分して、領地で暮らすこととなったのだ。それが、ネロの父親の代である。だから、領地民とネロは、血が遠いので、親子鑑定の結果に間違いはない。

 つまり、リサの子リブロとエリザは、領地民たちに似通っていたのだ。

 ネロの子であれば、領地民たちの血筋が薄まるはずだ。外から来た者が父親であっても、そうなる。だけど、リブロとエリザは、領地民たちと血が似通っていたという。

 ネロの愛人リサは、領地民の男と浮気をしていたということである。しかも、一人ではない。リブロとエリザの父親は別だという。似通ってはいるが、同じ父親かどうかはわかるとフーリードは言っていた。

 それを聞いた時、俺は呆れた。リサは愚かだ。ネロ一人を相手にしていれば、生まれてくる子は必ず、ネロの子だったのだ。それなのに、リサはネロ相手では満足出来なくて、浮気した。

 以前、アーサーが俺に話してくれた。田舎は、多産なのは、閨事しかやることがないからだ、と。

 リサは、ネロ一人では足りなかった。田舎は暇だから、やることはない。ネロでは満足できなかったリサは、領地民の男たちと浮気したのだ。

 こんな田舎とはいえ、貴族の愛人と浮気した、なんて領地民は言えない。万が一、バレたら、貴族の持ち物に手を出した、と処刑されることだってある。だから、領地民たちは黙っていたのだ。

 そうして、リサのやらかしは、バレなかった。リサは、ネロの子だと言い張った。ネロは、リサを愛していたから、それを信じた。そして、リサの言いなりだ。

 アーサーは何も悪くない。むしろ、リサ親子と仲良くしようとしていた。なのに、リサはアーサーを悪者にしたのだ。そして、アーサーの母マイアが亡くなって、リサは動き出した。

 散々、リサはアーサーを悪く言った。素直で優しく、他人に甘いアーサーは、それを素直に受け入れて、悪いと思い込んだ。気狂いにまでなったのだ。

 そして、精神だけ巻き戻って、アーサーはやっと気づいた。悪いのはアーサーではない。

「絶対に、許さない。私を悪くいったんだ。滅茶苦茶にしてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ