皇族教育
三年目で、とうとう、筆頭魔法使い候補がラインハルトを含めて、七人にまで狭められた。だいたい、ラインハルトと歳が近い見習い魔法使いばかりだ。その中には、皇族の先祖を持つレッティルがいた。
レッティルは、どうしてもラインハルトを認められなかった。ラインハルトは貧民だ。妖精憑きではないが、試験的に妖精の目を与えられ、魔法使いの力を使えるようになっただけである。そんなラインハルトが同列なのは、選ばれた人である妖精憑きとしては、自尊心を傷つけられることだった。
実際、同列ではない。ラインハルトは、妖精憑きではないが、それを覗く才能が化け物だ。たまたま、それを見ていた皇族スイーズは、ラインハルトに感嘆する。
「素晴らしいな、君。名は?」
「ラインと申します」
「あそこまで剣技が出来るとは、どうだ、手合わせしてもらえないか?」
「手加減してください」
「上手だな」
そうして、ラインハルトと皇族スイーズの打ち合いが始まる。
スイーズは子も孫もいるっていうのに、いまだに賢者ハガルのことを想っている。ハガルは、今は年老いた姿をしているが、実際は、若くして美しい、男も女も魅了する、とんでもない美貌と体躯を持っている。その姿に、皇族狂いを起こさせて、皇族間で殺し合いを起こしたことだってある。スイーズは、現在進行形で、ハガルに狂っている。
ハガルを手に入れたくて、皇位簒奪を狙っている。時々、私はスイーズに勝負を仕掛けられて、どうにか生き残っている。あの男、私の父と同じ年代のくせして、今でも鍛えているのだ。
その腕前だが、スイーズはラインハルトには勝てない。何故って、私でさえ、ラインハルトには勝てないのだから。
しばらく見ていれば、上手にラインハルトはスイーズをあしらった。子どもが大人をあしらうのだ。スイーズは嬉しそうに笑う。
そうして、スイーズはつい本気を出してしまい、ラインハルトはあしらうことが出来ず、少し、スイーズを傷つけてしまう。
途端、ラインハルトの剣を持つ方の腕に炎を宿る。
スイーズは慌てて、自らの服を脱ぎ、ラインハルトの腕の炎を消そうとしたが、消えない。
「ハガル!!」
私が呼べば、やっと気づいたハガルがラインハルトの腕についてしまった炎を消した。腕はもう、真っ黒となっていた。人が燃える臭いに、気分を悪くする見習い魔法使いたちは遠巻きに見ている。
当のラインハルトは、燃えた腕をただ、見ている。物凄く痛いだろうに、悲鳴すらあげない。
「はやく冷やさないと」
「ハガル様、妖精を貸してください」
「許す」
スイーズが手を伸ばしている先で、ラインハルトの腕は瞬間、元通りとなる。あまりのことに、スイーズは驚いた。そして、恐る恐ると、ラインハルトの元通りとなった腕に触れる。
「い、痛くは、ないのか?」
「我慢しました。貧民なんで、痛みは普通です」
笑顔で答えるラインハルト。その答えに、スイーズは、ラインハルトの人生を見たのだろう。口を手でおさえて、何かを堪えた。
私もスイーズも、ハガルの教育を受けている。外に連れ出され、実際の帝国の表も裏も底も底辺も見せられた。だから、ラインハルトの人生を想像してしまったのだ。
実際は、ラインハルトは底辺ではない。底辺である貧民を支配する支配者だ。だが、私が見ていない所で、ラインハルトは後ろ暗い教育を受け、後ろ暗い仕事をこなしていたのだろう。
スイーズが言葉に詰まっているのをラインハルトは不思議そうに見返す。その間に、ハガルがやってきて、スイーズとラインハルトを離した。
「スイーズ様、大事な筆頭魔法使い候補との手合わせはご遠慮ください。今回は、私がいたからいいですが、そうでなかったら、この子は消し炭となっていた」
「すまなかった、本当に、すまなかった」
「皇族は、謝ってはいけません」
スイーズの謝罪を秒でラインハルトは笑顔で拒絶する。それには、スイーズだけでなく、ハガルも驚く。
「皇族は、貧民相手に絶対、謝ってはいけません。そう、皇族教育で教わりました。だから、謝罪はいりません。二度と、同じ過ちを繰り返さなければいいのです」
「これは、また、凄い子だ。ハガル、この子が筆頭魔法使いになれなければ、ぜひ、私の魔法使いにしたい」
スイーズはすっかり、ラインハルトのことを気に入って、手をとる。それをハガルは秒で叩き落とす。
「いけません。ラインは、妖精憑きではない。筆頭魔法使いになれなければ、魔法使いにもなれません」
「だったら、近くに置ける何かにしたい。何がいいかな? まずは、貴族にしよう。そうしよう、ライオネル」
話が私のところまで飛んできた。
私としては、ラインハルトを貴族にするのは、大賛成である。このまま、貧民として一生を送らせるよりも、貴族にして、近くで守ってやりたい。
「有難いお話ですが、お断りします」
だが、どうしても、ラインハルトは拒絶する。
まさか、断られるとは思ってもいなかったスイーズはハガルを間に、ラインハルトに詰め寄る。
「どうしてだ!? 貧民でいたって、お前の才能は光りを浴びないぞ」
「僕は、貧民であることに、誇りを持っています。貧民であるからこそ、ここにいるのです。貧民でなければ、まず、ここにはいないでしょう。筆頭魔法使いの試験に参加するための、妖精の目の装着すらありませんでした。僕は、貧民がいいのです」
「やりたいことがあるなら、言いなさい。私が手を貸そう。だから、貴族になりなさい」
「やりたいことは全て、僕の力で叶えてみせます。僕は、それが出来ます。平民でなくても、貴族でなくても、皇族でなくても、出来ます」
「一体、どんなことをやりたいんだ。言ってみなさい。私が力になろう」
「僕だけで出来ることです」
「私が助ければ、もっと大きなことが出来るぞ。思いつかないのなら、一緒に考えよう」
「貧民だから、出来ることですよ」
「………そうか」
言葉裏に、スイーズはやっと気づいた。ラインハルトが考えていることは、平民でも、貴族でも、皇族ですら、絶対に手を出してはいけない、後ろ暗いことなのだと。
貧民には、法なんてない。帝国の法なんて守らない。だから、身分の保障がないのだ。蔑まれる存在だが、その法を守らないことで、普通、絶対にやらないことをやってしまえるのだ。
話し方がしっかりして、スイーズに対して、とても礼儀正しくしているから、勘違いさせてしまうが、ラインハルトはすでに、犯罪に手を染めている。その事実をスイーズは気づいた。
「僕のような貧民に、過分な言葉、ありがとうございます。どうか、その気持ちを帝国の安寧に向けてください」
笑顔で拒絶するラインハルトは、立派な為政者の顔を見せた。
このやり取りで、スイーズが引き下がるわけではない。ハガルに頼んで、ラインハルトを皇族たちの前に連れてこさせたのだ。
「この子は、人工的にだが、筆頭魔法使いを作る試験を受けている。非常に優秀だ。まだ、皇族ではない子らと、仲良くしてもらいたい。もしかしたら、将来、お前たちの魔法使いになるかもしれないんだ」
ハガルは物凄くイヤそうな顔を見せる。隠さないよな、本当に。仕方がない。表向きは筆頭魔法使いは皇族の犬なのだが、裏では、皇族はハガルの下僕なのだ。
スイーズは孫娘がいる所に、ラインハルトを連れていく。
「さあ、自己紹介しなさい」
「僕は、ラインです。貧民です。よろしくお願いします」
頭を抱えるスイーズ。それはそうだ、ここに来るまで、ラインハルトには、貧民であることを隠すように、言い聞かせていたのだ。
仕方がない。ラインハルトは、了承していない。ただ、笑っていただけだ。
ラインハルトが貧民とわかると、皇族たちは一気に、蔑むように見下ろす。それをラインハルトは笑顔で受け止める。
「ラインは、すでに皇族教育を終わらせている。子どもとは仲良く出来ないだろう」
そこにハガルが割り込んだ。
大人も子どもも、貧民のラインハルトが教育を終わらせている事実に、疑いの目を向ける。貧民なんて、教育すら受けていないだろう、と。それが、常識だ。
「さすがライン! 筆頭魔法使い候補となると、そこまで済んでしまっているのか!? ハガルと同じだな」
「そんなわけないでしょう!! 嘘に決まっています!!!」
スイーズは信じるも、他の皇族は信じない。それを聞いたスイーズは殺気だつ。
「ハガルが嘘をつくというのか? 才能の化け物であるハガルが、嘘をつく必要があるのか? そこの、まだ、皇族とは認められない若造が」
成人を迎えているが、まだ、皇族とは認められていない皇族が、失敗した。
皇族と見られているが、この中には、皇族の儀式を受けていない者が多数いる。それはそうだ。筆頭魔法使いがいないからだ。筆頭魔法使いは、儀式によって、皇族に逆らえないように、背中に契約紋の焼き鏝を押される。そうして、ある程度の血の濃さを持つ皇族には逆らえなくなるのだ。それを儀式と称して、皇族たちの血の濃さを確かめるのだ。
ハガルは元は筆頭魔法使いだった。しかし、引退して、賢者となった。儀式は可能であるが、賢者であるハガルは、皇族の儀式を行わない。それは、通例である。
そのため、皇族と名乗っているが、正しい皇族とは認められない若者は大勢いた。大きな口を叩いても、皇族の儀式をしていない者は、皇族もどきなのだ。
ここでは、皇族の儀式を通過した者と、皇族の儀式を受けていない者の身分差は大きい。皇族の儀式を通過した者たちは、口答えした若者を捕まえ、スイーズの前にひれ伏させる。
「お前はわかっていないな。皇族の儀式を通過出来なかった者は、貴族となるか、平民となるか、貧民となるか、それを決めるのは、筆頭魔法使いと皇帝だ。お前たちはまだ、そのどれかもわかっていない。立場をわきまえろ」
そう言って、スイーズは若者の頭を踏みつける。抵抗なんて許されない。それが、身分差というものだ。
それをただ、黙って見ているラインハルト。この中で、一番、身分が低いので、口を出さない。ラインハルトは、しっかりと、わきまえている。その姿に、スイーズはさらにのめり込んだ。
「ライン、見苦しいものを見せてしまったね」
「いいのですよ。僕は貧民です。このような光りの当たる場所では、わきまえなければなりません。ここで、同じようにひれ伏せばいいですか?」
「そのようなこと、しなくていい。こいつらは、まだ、身分すらないのだ」
「身分ですか、大変ですね。貧民は、強いか弱いか、殺すか殺されるか、騙すか騙されるか、だけです。身分なんか、貧民にとっては石ころですよ。でも、その石ころを大事にしないといけない。今、そこにいられるのは、貧民にとっては石ころでしかない、身分のお陰です」
「一緒に食事をしよう。何、私と二人だけにしよう。ラインが気に入らない奴らは、来なくていい」
「スイーズ様、勝手に連れて行かないでください!!」
どうしてもラインハルトとスイーズを二人っきりにさせたくないハガルは慌てて止めに入る。しかし、スイーズはラインハルトの肩を抱いて離さない。
「将来の筆頭魔法使いと仲良くしたい。皇族と筆頭魔法使いが仲良くなることは、いい事だろう」
「まだ候補です。しかも、試験的に行っているだけで、絶対に筆頭魔法使いになるわけではありません」
「もうやめなさい、スイーズ。ラインは貧民だ。マナーだって出来るわけではない。気に入るのはいいが、そういうものを身に着けていない者との食事は、なかなか、気分が悪くなるものだぞ」
嘘だけど。私はラインハルトがテーブルマナーでさえ完璧に身に着けているのを知っている。しかし、あまりにのめり込み過ぎて、スイーズがラインハルトに狂ってしまう危険を感じて、止めた。
ラインハルトはというと、ただ、笑っているだけだ。それはそうだ。身分上の者たちに逆らうことは許されない。どうなるのか、ただ、見ているだけである。
「ラインはどうなんだ。そうだ、マナーも教えてあげよう」
「有難いお言葉ですが、お断りします。僕は、舌が貧しいです。きっと、美味しいとは感じないでしょう。食事はきっと、美味しいでしょう。ですが、僕は美味しいと感じない。僕は、美味しいと感じる食事を食べたい。スイーズ様、今度、僕が作ったパンを食べてみてください。それが、僕が美味しいと感じる味です」
申し訳ない、と俯いていうラインハルト。仕方がない。ラインハルトは、食べられればいい、という普通の味の世界で生きている。実は、味なんて二の次だ。
だが、そのように言われても、スイーズは止まらない。
「ぜひ、そなたが作ったパンを食べてみたい!! ほら、材料を揃えよう。作ってくれ」
「………ハガル様、妖精を貸してください」
「許さぬ。スイーズ様、ラインは玩具ではない」
珍しく、ハガルが怒りを見せる。
てっきり、普通にラインハルトに妖精を貸して、パンでも作らせると、私は思っていた。ラインハルトは、パン作り、それほど好きではなさそうだし、面倒臭そうにしている姿をよく見る。むしろ、修行とやらせると予想していた。
ハガルが怒ると、さすがにスイーズも下がるしかない。
「わかった。ハガルがいうのなら、諦めよう」
「皇族が、諦めるのですか? 諦めるようなことは口にしてはいけません」
そこに、ラインハルトが教育の上での指摘をする。お前な、そんなこと言ったら、また、大変なことになるぞ。
だが、ラインハルトは、同じ年頃の皇族たちの元に行く。
「皆さんは将来、立派な皇族となる予定です。皇族教育を受けて、それなりのことを理解していると思います。ですが、スイーズ様のように、諦める、ということは身分下の者に言ってはなりません。皇族は頂点です。頂点である者が諦めるようなことを口にすることは、あってはならないことです。では、スイーズ様が諦める必要のない方法を考えてみてください。皇族教育を受けている皆さんなら、答えが見つかるはずです」
口答えを許さない、上手な話し方だ。貧民のくせに、なんて、誰も言えない。
手をあげたのは、スイーズの孫メフィルだ。
「あなたに作らせればいいんです。簡単です」
「賢者ハガルがそれを止めています。賢者ハガルは、筆頭魔法使いではありませんが、皇帝の次の位にいます。皇族は、賢者ハガルの下になります。だから、スイーズ様は諦めるということが許されます。これが答えです」
「ハガルは、皇族の犬だと」
「その皇族を決めるのは、筆頭魔法使いです。忘れないでください。ここにいる儀式を越えた皇族たちは、ハガル様に選ばれたのです。ハガル様に選ばれなかった者たちは、先ほど、スイーズ様が言った通り、貴族、平民、貧民になるのです。それを決めるのも、皇帝と筆頭魔法使いです」
「諦めなければならないではないですか!!」
「そうです、これは、ひっかけ問題です。あえて、諦めなくていい方法、と出題しておいて、結果は諦めなければならない、という答えに至れるかどうかを見るためのものです」
「卑怯です!!」
「貧民は、ずる賢いのですよ。そうでないと、生きていけません。ですが、そのずる賢さすら持っているのが、皇帝です。今のままでは、貴族どもに貪られてしまいますよ」
「………」
メフィルはまっすぐだ。ラインハルトに、簡単に言い負かされてしまう。経験値というよりも、能力に差がありすぎるのだ。
悔しい、とメフィルは目に一杯の涙をためた。誰よりも努力している、と自負しているからこそ、悔しいのだ。
「少し、意地悪がすぎましたね。時々、こうして、下々の者と話すといいですよ。見方に広がりが出来ます。僕は、あまり、向いていませんけどね」
「いやいや、素晴らしい!!」
もう、スイーズはラインハルトを抱き上げてしまう。
「貧民とか、そんなもの、どうでもいいくらい、そなたは素晴らしい!! ほら、私が後見人になってやろう。ここに暮らしなさい」
「僕を待っている家族がいます」
「家族も一緒に暮らせばいい!! そなたのような子を持つ家族だ。きっと、素晴らしい家族だろう!!!」
もの言いたげに、ラインハルトはハガルを見た。無表情だ。家族を誉められているのだが、ラインハルトの中では、微妙なんだな。
「スイーズ様、ラインを返してください!! 大事に育てているのです!!!」
「離してやれ」
私が口添えしてやれば、やっとスイーズはラインハルトを手放した。
やっと解放されたラインハルトをハガルは人前だというのに、大事そうに抱きしめる。
「私が手塩にかけて育てているのです。横からとらないでください!!」
「ハガル様、苦しい」
「我慢しなさい」
「………」
ラインハルトは離れたそうだけど、ハガルは放したくない、とぎゅっと力をこめる。
「そこまで大事にするとは、珍しいな」
「大事な玩具なんだろう。試験的とはいえ、妖精の目をつけて、様子見をしてるんだ。情だって湧く」
「なるほどな」
スイーズが納得しそうなこと言ってやれば、大人しく引き下がった。
珍しく、ラインハルトは、ハガルに反抗的な目を向けていた。
その日の夜は、相変わらず、ラインハルトは私の寝所に忍んでくる。
「もう、やめなさい」
「あまり間を置くと、痛いそうですよ」
「もういいだろう。十分、ハガルの真似事は出来ている。これ以上は、必要ない。ほら、大人しく寝ていなさい」
服を脱ごうとするラインハルトの手を止め、抱きしめて、ベッドに横になる。
「私が気づいていないと思ったか。閨事をしたって、寝ていないだろう」
「さすがライオネル様、気づいていましたか」
ちょっと驚いた、みたいな顔をするラインハルト。
気づいた、というより、おかしいと感じていた。ラインハルトはそれなりに疲れさせているというのに、明け方にはいなくなっているのだ。寝たように見せて、私が安心して寝てから、ラインハルトは帰っていた。
「今日は随分と、スイーズを魅了させてたな。わざとか」
「わざとです。父上め、こんな時ばかり、親の顔をして。腹が立つ」
「親なんだから、そうなるだろう」
「縁切りしたくせに、何が親だ。母上が亡くなって即、縁切りだ。どれほど絶望したことか。それなのに、妖精の目の状態を見たいから、と城に呼びつけて、腹が立つ」
反抗期だな。私の前だからだろう、年頃の本音がボロボロと吐き出された。
それでも、もぞもぞと動いて、閨事をしようとするのだから、私は体の大きさで、ラインハルトをおさえこむ。まだまだ、ラインハルトの体は、成長途中だ。力とか技術とかあっても、こうやって、抱きしめてしまえば、抵抗できなくなる。
「私はそういう気分なんです。しましょう」
「私は毎回、そういう気分ではないぞ。それなのに、お前は偽装を解いて、皇族狂いを起こさせる。私はな、お前のことは、我が子のように思っているんだ。もう、こんなことはやめなさい」
「そうですよね。あなたは私の皇帝にはなりませんよね。だって、私は妖精憑きではありませんから」
不貞腐れた顔を見せるが、それも恐ろしく美しい。どんな顔をしても、ラインハルトは人を魅了する。
「スイーズは、なりたいと言っているぞ」
「私は、ライオネル様がいいんです。スイーズ様は、父上に夢中すぎます。私を父上の身代わりにするでしょう」
「わかっているなら、スイーズには近づくな。あいつは危険だ」
ハガルはラインハルトをスイーズに近づけたくないだろう。あの後も、随分と怒っていた。それはそうだ。ハガルはなんだかんだいって、ラインハルトのことを可愛い息子と思っているのだ。
だけど、ラインハルトには、それが伝わっていない。仕方がない、ハガルの日頃の行いが悪いのだ。
ラインハルトはきっと、戦闘妖精のサラムとガラムから、ハガルの過去を聞いているだろう。あの妖精ども、ハガルがいうには、かなり、性格が歪んでいるという。だから、良いことも悪いことも、全て、ラインハルトに話しているはずだ。
結果、ステラが亡くなってから、ラインハルトはハガルの真似事をしつつ、反抗期となったのだ。ラインハルトも、ハガルに負けず劣らず歪んでいる。
「どうせ、ライオネル様は、父上の味方です。私なんて、どうでもいいのでしょう」
「そんなことないぞ。大事だ大事」
「だったら、今日も慰めてください。スイーズ様が怖かったです」
「上手に転がしていたではないか、この人誑しが」
「おかしいんですよね。同じようなことをレッティルにもやったんだけど、嫌われてしまって。レッティルとは、どうすれば、仲良く出来るのでしょうか」
何故か、ラインハルトは皇族の祖先を持つレッティルのことを気にかけていた。
残った筆頭魔法使い候補たちはラインハルトを含めて七人。この中で、絶対に残るのはラインハルトだ。ラインハルトは魔法使いとしての才能が化け物なため、司令塔の役割を持っている。この司令塔がなくなると、誰も、筆頭魔法使い並の魔法を使えないのだ。
その司令塔に力を貸し与えるのが残った六人の見習い魔法使いである。最初は十人ほどいたが、今は六人なのは何故か? ラインハルトに妖精を貸し与えることが出来なかったからだ。
表向きでは、ラインハルトとは良好な関係をとっているように見えても、実際に試験をすれば、内心ではそうでないことは、妖精を貸し与えられない結果でわかってしまうのだ。
別に、ラインハルトは許可なんか必要がない。相手の妖精をむりやり、盗ってしまって、それを使役してしまえばいいのだ。それが、出来るのが、ラインハルトだ。しかし、反動が大きいという。反動が大きすぎて、ラインハルトは倒れたことがあった。そのため、人数を減らすしかなかったのだ。
その中に、ラインハルトを一番蔑んでいるレッティルが残っている。この事実は、何か、不吉なことが起こるのではないか、と思わされた。しかし、試験の結果は良好なため、内心は違うのだろう、と考えるしかない。
それに、ラインハルトはレッティルのことを嫌っていない。
「だいたい、友達にはなれるんだけどな。もう少し、いじってやろう」
「やめてやれ」
ラインハルトが悪だくみをしそうなので、私は口付けで意識を逸らした。




