可哀想な妖精憑き
領地では、妖精憑きは嫌われていた。両親は言ったのだ。大昔、妖精憑きがただの人である領地民たちを奴隷として迫害していた、と。だから、妖精憑きは悪者だ、と教えられた。
そんな場所で、アタシが生まれるよりもはるか昔に、妖精憑きが誕生した。最初は、ただの人と思われていたのだ。ところが、その子どもは人の目に見えない何かと会話していた。子どもは言った。妖精と話している、と。
そして、妖精憑きを誕生させてしまった家族は、領地で迫害を受けて、領地を出て行ってしまった。
残ったのは、家族にも捨てられた妖精憑きだ。
領主代行は言った。
「妖精憑きを罰する小屋に閉じ込めよう」
大昔からあるという、妖精憑きが苦しむという小屋に、領地に取り残された妖精憑きは閉じ込められた。
そうしてずっと、妖精憑きは小屋の中で反省しているという。
大人は、その小屋に近づくな、という。妖精憑きは悪さをするから、危ない、というのだ。
なのに、大人は足しげく、妖精憑きが閉じ込められた小屋に行くのだ。子どもはダメで大人はいいって、どういうことだろう? その疑問を同じ子どもに訊いた。
「妖精憑きといえども、人だ。飲み食いしないと、生きていけないだろう」
「妖精憑きは悪い奴なんだから、死ねばいいのに。そうすれば、また、平和になる」
妖精憑きが誕生したからか、領地がどんどんと貧しくなっていったと、大人たちはぼやいていた。きっと、妖精憑きが悪いのだ、とアタシも思った。
だったら、殺してやればいいのに。害獣だって、大人と子どもで殺すのだ。そうして、農作物を守っている。同じことだ。
そう言ってやれば、幼馴染みがアタシを引っ張って、あの小屋にこっそりと近づいた。
「ここに近づいちゃいけないんだよ!!」
「見てみろ」
小屋の隙間を覗くように言われた。
悪いことをしている。だけど、興味があった。悪い事って、やっていて楽しいのだ。だから、言われるままに覗いた。
中には、ボロボロな服を着た、とても綺麗な男の子がいた。男の子は目からボロボロと涙を流して泣いていた。
「ううう、家族がほしい、友達がほしいぃ、寂しい」
見ているだけで、気の毒になった。側に行って、慰めてやりたい衝動にかられた。
「こら、ガキが近づくんじゃない!! 妖精憑きに惑わされるぞ!!!」
見張りがいたのだろう。大人が怒鳴ってきた。アタシと幼馴染みはすぐに逃げた。
小屋が見えなくなった所で一息ついた。大人は、追いかけてこなかった。小屋から離れれば、何もしなかった。
「こ、子どもがいた」
「そうだ、子どもだ」
「可哀想」
「………もう、近づくなよ。妖精憑きに関わったと知られたら、大人に殴られるぞ」
「そんなぁ」
一目見て、また、妖精憑きに会いたくなった。側に行って、慰めてやりたい。そうだ、友達になってあげよう。
「お前、あの妖精憑きを見たままの子どもだと思っているだろう」
「そうだよ。昔からいるって妖精憑きは死んで、子どもの妖精憑きがまた生まれたんだ」
そうだと思った。アタシとそう変わらない子どもだ。
「バカ。あれは、ずっと昔から、あの姿なんだよ」
「嘘だ!」
「本当だ。俺も、あの子どもの妖精憑きと遊んで、大人にバレて、殴られて、言われたんだ。見た目は子どもだけど、実際は、ここで一番長生きのジジイと同じくらい生きてるんだって。あの妖精憑きは、ずっと、あの姿で生き続けてるんだ」
「………」
大人が言っていることは間違っていなかった。あの見た目は子どもの妖精憑きは、化け物だ。
少し、寒気を感じた。一度は、あの見た目に惹かれたけど、その正体を知って、怖くなった。
だけど、一度見てしまったのだ。どうしても、あの妖精憑きの友達になりたかった。だから、大人の目を盗んで、こっそりと小屋に入った。小屋は、何故か鍵がかけられいた。これでは、いつだって出られるというのに。
「ねえ、ここから出よう」
「無理だ。俺はここから出られない」
引っ張っても、妖精憑きは恐怖に顔を引きつらせて抵抗した。だけど、アタシは無理矢理、引っ張っていった。
そして、妖精憑きだけ、小屋に戻されたのだ。
妖精憑きは、ものすごい音をたてて、壁にぶつかった。その音を聞いて、大人がやってきた。
「お前、また、逃げようとしたな!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「このっ!!」
ばしんばしんと、物凄い音をたてて殴られる妖精憑き。アタシが悪いのに、妖精憑きは告げ口しなかった。
次の日、アタシは懲りず、妖精憑きの元に行った。妖精憑きは、あんなに殴られたというのに、次の日には、綺麗になっていた。
「ご、ごめんなさぃー。外に出て遊べると思ったのぉー」
痛い目にあったのは妖精憑きだというのに、アタシが大泣きした。
妖精憑きは、アタシを慰めるように頭を撫でてくれた。
「知らなかったんだから、仕方がない。ここは、どういうわけか、妖精憑きだけは入ったら、出られないんだ。俺も昔は、何度も出ようとしたんだけど、無理だった。ほら、泣くな。俺、頑丈だから、骨が折れたって、すぐに治るんだ。これくらい、どうってことない。殴られるのは馴れてる」
アタシのせいだってのに、妖精憑きは優しく慰めてくれた。
それからアタシは、妖精憑きの友達として、大人の目を盗んで、その小屋に忍び込んだ。
数年経つと、妖精憑きが成長していないことがわかる。気づいたら、アタシのほうが大きくなっていた。
「どうして、成長しないの?」
「エサがかかるから、小さいままでいろ、と言われた。それからずっとだ」
酷い目にも、酷い事も言われているというのに、妖精憑きは笑顔だ。ニコニコ笑っていた。
「お前も、もうそろそろ、結婚だな。そうなったら、もう、ここには来るなよ」
妖精憑きのほうから、別れを切り出した。
アタシは、幼馴染みと結婚することが、親によって決められていた。もう、こんなおままごとみたいなことは許されない。
だけど、呆気なく妖精憑きから言われたので、アタシは寂しかった。
「友達、どうするの? アタシがいなくなったら、友達、なくなっちゃうよ」
「また、どっかのガキが来るよ」
妖精憑きは悟っていた。そういうことを繰り返したのだろう。
だけど、それを訊いたアタシは、怒りを覚えた。妖精憑きが欲しいと言ったから友達になったというのに、大きくなったらいらないと言われているみたいだ。
「また、ここに来るよ!」
「やめておけ。これまでも、そう言って来てた奴は、だいたい、親が怒鳴り込んできたんだ。それから、もう来ない」
「アタシは違う!! そうだ、家族になろう!!!」
もう、友達という感じではなかった。アタシは妖精憑きを男として見ていた。
見た目は子どもだ。だけど、アタシの周囲の男たちにはない、賢さと、優しさがあった。なにより、この、人離れした美しい見た目に、アタシは夢中になった。
家族と言われて、ぱっと嬉しそうに笑う妖精憑き。だけど、すぐに笑顔を曇らせた。
「だ、ダメだ。きっと、また、同じことの繰り返しだ」
「そんなことないよ!! 待っててね!!!」
アタシは両親を説得しようと戻った。
そして、その日の内に、無理矢理、幼馴染みの元に嫁がされ、無理矢理、夫婦にされた。
子が出来れば、単調な日常が続いた。子どもの頃のほうが、光り輝いていたような気がする。
子どもがそれなりに成長すると、ふと、小屋に閉じ込められた妖精憑きを思い出した。丁度、これくらいの年頃で、妖精憑きは成長を止めたんだな、と思った。
もう一度、あの小屋にいる妖精憑きに会おうと思った。
夫婦になったばかりの頃は、アタシの側には常に夫がくっついていた。監視されていたのだ。そうして、アタシは小屋にいる妖精憑きに会えなくされた。
だけど、子がそれなりに出来て、成長していくと、夫は安心して、監視をやめた。アタシも、従順に、良い妻になったのだ。夫は油断した。
また、アタシはこっそりと小屋にいる妖精憑きに会いに行った。
アタシは大人になって、それなりに近所付き合いをしていれば、色々と話を聞く。小屋にいる妖精憑きは、領地の大人に良いように扱われていた。
時には暴力を受けた。
時には性のはけ口にされた。
そんなことを大人がしているのだ。子どもは近づくな、という。だって、子どもに見られては困ることを妖精憑きに向かってやっているのだ。
それを聞いて、アタシは気持ち悪いものを感じた。アタシは子どもの頃から、あの小屋に忍び込んでは、遊んだり、話したりしていた。あの場で、悍ましいことを妖精憑きはされていたのだ。
そんな場所で、アタシは無邪気に笑っていたのだ。妖精憑きは、見た目通りの子どもで、アタシと話したり、小屋で出来る遊びをしたりしていた。
知らなかった。そんな目にあっていたというのに、妖精憑きはアタシが行くと、とても嬉しそうに笑っていた。
だから、アタシはまだ、妖精憑きを諦められなかった。だって、あの妖精憑きは、アタシの初恋だ。
そして、家族の目を盗んで、あの小屋に行った。
小屋の中だけは、時間が止まっているようだった。妖精憑きは記憶の中と同じように笑っていた。
「もう、来るなと言っただろう。親に叱られただろう」
随分と来ていない。何より、アタシはもう老けてしまって、おばさんになった。なのに、妖精憑きは一目でアタシだと気づいた。
「ね、ねえ、アタシとアンタの子をここに作ろう」
いきなり、アタシはとんでもないことを口にした。だけど、あの美しい子どもを見ると、その衝動が強く動いた。
「お、おい、やめろ。お前、もう、結婚して、子がいるんだろう。訊いたぞ。お前はあの後、親が決めた男と結婚したって」
「ご、ごめんなさいぃ。説得しようと話したら、無理矢理ぃ」
「知ってる。気にしてない。仕方ないんだ」
「でも、家族にはなれる!! ここで、子作りしよう!!!」
アタシは知っていた。この妖精憑きは、男に抱かれ、女に抱かれ、としていた。そして、妖精憑きとの間に子が出来た女がそれなりにいたのだ。
この小屋に閉じ込められてから、ずっと、繰り返してきたのだろう。アタシみたいに、妖精憑きを愛し、そして、家族になろう、と言ったのだ。
「い、いや、俺は、そういうことは、嫌いなんだ」
妖精憑きは、アタシから離れようと身をよじった。だけど、アタシは強引に妖精憑きの上に圧し掛かった。
「子が出来てしまえば、誰も、何も言えない。アタシだけは、アンタの家族になるよ!!」
「そう、かな」
「そうだよ!!」
家族と聞いて、妖精憑きの心が揺れた。
そのまま、なし崩しで、アタシは妖精憑きと関係を持った。それは、妊娠するまで続いた。
嬉しかった。お腹に妖精憑きとの子がいる。夫の子は惰性で育てていた。だけど、このお腹の子は特別だ。
だけど、この事を知った夫が、アタシと妖精憑きを引き離したのだ。
「これから、あの小屋の妖精憑きは、子爵様が躾することとなった。そのために、ここには見張りを置く」
寝耳に水の話だった。もう、アタシは妖精憑きのいる小屋に近づくことすら出来ない。
「その腹の子は、俺の子として育てる。いいな」
「違う!! この子は、特別な子!!!」
「お前、妖精憑きの子だと知られたら、大変なこととなるぞ!!! ここは、妖精憑きを嫌う土地なんだ。お前は、酷いことになりたいのか?」
「酷い事って」
「実際に、過去、お前みたいに訴えた女はいたんだ。それを言った途端、領主代行が処刑を言い渡したんだ」
「っ!?」
「だから、近づくなと言ったのに、近づいたから、領主代行に、あれの身柄を子爵様にお願いするように言ったんだ。あれの存在は、この領地を狂わせる」
「だったら、あの人と一緒に、この領地を出ていく!!」
「ずっと、ここで生きてたのにか? お前はただ、子を産んで育てて、農地を耕して、それだけだ。それ以外、何が出来る? あいつはずっと子どものままだ。お前一人で、その腹の子と、あの妖精憑きを養うというのか!?」
想像も出来ないことだった。外に出た時のことを考えたことがなかったのだ。口に出して、責められて、初めて、おかしなことを言っていると気づいた。
それだけで、夢は覚めた。あの妖精憑きへの想いはしゅんと消えてなくなった。
「ど、どうしよう」
アタシはお腹を抱えた。この腹にいるのは、夫の子ではない。不貞をしたんだ、と今更、気づいた。
「わかったならいい。もう、妖精憑きのことは忘れろ。その子は俺の子だ。いいな」
「は、はいぃ」
不貞をして、血のつながりのない子を腹に抱えているというのに、夫は優しかった。
「落ち着いたら、また、次の子を作ろう」
「うん、うん」
頷くしかない。そうしないと、アタシも危ない。万が一、妖精憑きの子を産んだと知られたら、処刑されてしまう。死ぬのは、怖い。
こうして、アタシは妖精憑きの存在を忘れることにした。
妖精憑きの扱いが子爵様に移ってからは、もう、領地民が手を出すことはなくなった。だけど、子どもがどうしても、興味を持って、こっそりと覗きに行くのだ。
「あの小屋には、恐ろしい妖精憑きがいるんだから、行ってはいけない!!」
「綺麗だったよ」
「泣いてた」
「寂しいって言ってた」
子どもたちは、綺麗で、憐れな妖精憑きにすぐ、魅了された。
それを聞いて思う。妖精憑きはずっと同じ時を繰り返している、と。アタシも最初、同じような光景を見て、聞いて、妖精憑きのことが忘れられなくなったのだ。
「怖くないよ!! 側に行きたい!!!」
そして、妖精憑きの血をひく娘が、やはり何かを感じるのか、とても会いたがった。
「ダメ!! そんなこというと、父さんに言いつけるんだから。父さんは、領主代行の口ききが出来るほどなんだよ。そうしたら、子爵様に知られちゃうんだから」
「そ、それは」
「り、リブロにまた、変なことされる」
「エリザがまた、悪く言ってくる」
子爵様の隠し子リブロとエリザを恐れる子どもたち。母親は平民だが、父親は子爵様だ。しかし、表に出せない子だ。
子爵様には、しっかりとした跡継ぎアーサー様がいる。両親ともに貴族である。貴族であるのに、領地民との距離も近く、優しいアーサー様。
リブロとエリザの母リサは、子爵様の正妻マイア様のせいで愛人にされた、といつも言っていた。最初は、なんて悪い女なんだ、と皆、同意していた。
しかし、子爵様の正妻マイア様は、領地民相手でも優しい。しかも、貴族だったらやらないだろう農作業を率先して行った。しかも、禁則地周辺と、一番、大変な場所だ。
それは、正妻の子アーサー様もだ。平民の子どもたちとも仲良くして、領地民たちと同じように農作業する。その上、貴族の教育もしっかりと受けているという。遊んでいる姿も見たことがあるが、誰かの着古した服で、子どもたちと駆けまわっているのは、どこにでもいる子どもだ。
今では、影で言っているのだ。アーサー様に子爵になってほしい、と。
父親が貴族だからと威張り散らしているリサ親子のことは、皆、嫌っていた。




