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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-外伝02 流れ星
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見習い魔法使い

 我が子にはこれっぽっちも愛情が持てなかった。皇妃になりたい女を娶り、側室も迎え、それなりの数の子を作ったにもかかわらず、出産の立ち合いもせず、子育ては全て使用人任せ、皇帝と皇族の仕事にばかりかまけていた。

 そんな私だが、賢者ハガルの隠された息子ラインハルトは特別だ。何せ、出産に立ち合い、子育てまで見ていた。時には、手伝ったりもしたのだ。我が子にはこれっぽっちも手をかけていない、というのに、血の繋がらない子であるラインハルトには、随分と手をかけた。

 そのせいか、ラインハルトのことは我が子のように感じていた。見た目はあれだ、男女狂わす美貌であるが、それも、ハガルの魔法によって隠されているので、私が狂うことはない。ハガルの教育から、ラインハルトも魔法が使えるようになると、自らの偽装が出来るようにはなったが、ハガル程ではなかった。違和感のない偽装だが、見えているようで見えていないのだ。

「そういう偽装ですよ。私は見た目をしっかりと作りましたが、あれはなかなか大変なんです。だから、ラインハルトには、人の目を錯覚させているだけです。見えている、と感じさせているのですが、大したことがないな、みたいに勘違いさせています」

 ハガルの説明で、なんとなくわかった。結局、見た目と触感はそのままなのだ。触ればバレる。実際、触ってみれば、途端、あの美しい相貌が目の前にあった。

「近いですよ、ライオネル様」

 あどけない顔でいうラインハルト。私は慌てて離れた。これはあれだ、皇族狂いを起こすな、絶対に。

「ラインハルト、まだまだですね。触られて破れてしまうとは。これからは、接触を気を付けないといけませんよ」

「はい、ち、ではなく、ハガル様」

 ラインハルトは、慌てて言い直した。

 ラインハルトは実の子であることを隠し、ハガルの側で、見習い魔法使いとなることとなった。

 といっても、特例中の特例だ。何せ、ラインハルトは妖精憑きではない。片目を抉って、ハガル特製の妖精の目を装着して、妖精を操る力を得たのだ。その力を利用して、筆頭魔法使いを人工的に作り出せないか、とハガルは考えた。そのため、試験的にラインハルトを表の世界に招き入れたのである。

 だが、この試みは、なかなか、難しいことがあった。

「ラインハルト、やはり、平民としたほうがいいんじゃないか?」

 そう、ラインハルトは、貧民として、この試験に参加するのだ。

 言い出したのは、ラインハルト自身だ。私もハガルも、ラインハルトを平民か貴族の子にしようとしたのだ。しかし。

「妖精の目を装着すること自体、平民や貴族にはやれないでしょう。なにせ、一歩間違えれば、廃人になってしまうのですから。ここは、真実味のある貧民にしましょう。ほら、貧民だったら、こういう危ない試みをしても、問題にはなりません」

 十の子どもに諭された。ぐうの音も出ない。

 あんなことを言っているが、ただ単に、ラインハルトは貧民という立場を捨てたくないだけだ。ラインハルトは、自らが貧民であることを誇りとしている。何故か、聞いてみた。

「父上も母上も貧民です。当然ではないですか」

 ハガルは実は捨て子だ。貧民街で拾われて、平民となっただけだ。しかし、元を辿れば、貧民の子である。そのことをラインハルトは誇りと見ていた。

 ハガルは何か言いたそうだが、言えない。息子の言葉に、喜ぶに喜べないのだ。何故か。ハガルは捨て子だったことを心の傷にしていた。どこの誰なのかわからない自らが、貧民だということは、隠さなければならない事実だった。心のどこかで、恥と思っていたのだろう。それをラインハルトが否定したのだ。

 とんでもない子どもだ。私はこの時、心の底からそう思った。だから、我が子のような愛情をラインハルトに持てたのだ。


 見習い魔法使いとなるには、随分と遅れての参加となる。十歳を越えると、それなりに魔法が使えるようになるものだ。その中にラインハルトが紹介される。

「以前から、試験的に行われてる、妖精の目を装着された、筆頭魔法使い候補だ。妖精憑きではないが、魔法使いの才能が筆頭魔法使い並にある。この子に妖精を貸すための妖精憑きを何人かつけることとなる。その妖精憑きもまた、筆頭魔法使い候補となる。励むように」

 ハガルがそう紹介し、ラインハルトの肩を叩く。

「僕はライン。貧民です。よろしくお願いします」

 貧民とわざわざ口にした途端、見習い魔法使いたちはざわめく。そうだろう。見習い魔法使いたちは生家と縁を切ったとはいえ、上は貴族、末端は平民だ。さらに下の貧民はいない。

 明らかに蔑まされるように見られても、ラインハルトは気にしない。穏やかに笑っているだけだ。

「ラインは三日に一度の参加となる。ラインには、特別な教育をせねばならない」

 表向きはそうだが、実際は、ラインハルトは貧民街の統治者としての立場があるためだ。ラインハルトの一族は、海の貧民街の統治者一族だ。先代であり、ラインハルトの母ステラが亡くなったため、ラインハルトは子どもながらも、跡を継いだ。そのため、普通に修行させるわけにはいかなくなった。

 まあ、特別な教育は、すでに終わっているがな。

 本来ならば、体術や剣術も身に着けるために、毎日、手合わせをしなければならない。しかし、ラインハルトには戦闘妖精から英才教育を受けて、全て、身に着けてしまったのだ。さすが、才能の化け物の息子だ。ハガルでも、私ですら勝てない。

 こういう特別扱いは、反感を買うものだ。

「ハガル様、その貧民に受ける教育を私にも受けさせてください」

 言い出したのは、先祖に皇族がいるという貴族出身のレッティルという小僧だ。すでに、その血筋で、見習い魔法使いたちを顎でこき使っていた。

 胸を張って、自信満々に言い切るレッティルに、ハガルは笑う。

「耳がおかしくなったのかな。妙な話が聞こえた。ライン、誰か私に口答えする者でもいるのかな?」

「いますよ。こういう時は、実力を見せつけるのが良いといいます。ハガル様が許可してくださるなら、実力を見せますが」

「手加減してやりなさい。ほら、お前たち、魔法を使ってみろ」

 途端、見習い魔法使いたちが、ラインハルトに向かって、お得意の攻撃系の魔法を放とうとする。

 ところが、それ以前に何も起きない。それどころか、周りを見回して、混乱していた。

「妖精がいなければ、魔法が使えないのか。私はそこら辺の妖精でも魔法が使えるのだがな。こんな風に」

 ラインハルトは、どこの妖精を使ったのか、見習い魔法使いとかいない場所に、とんでもない火柱をあげたのだ。

「ライン、やり過ぎだ。妖精を返してあげなさい」

「はい、ハガル様」

 あのわずかな時間で、ラインハルトは、見習いとはいえ、魔法使いが生まれた時から持っている妖精を全て、盗ったのだ。その上、自然に生まれた妖精を使って、火柱まであげた。この高い能力に、平民出身の見習い魔法使いは震えあがった。

「それで、ラインと同じ特別な教育を受けたい者はいるかな? ラインはすでに、見習い魔法使いとしての教育は終わり、皇族教育も終わり、筆頭魔法使いの教育も終わろうとしているが、お前たちは、どこまで進んだのかな?」

 もうすぐ見習いを卒業する魔法使いたちはラインハルトを直視出来ない。それはそうだ。まだ、齢十の子どもが身に着けたものを、見習い魔法使いたちは約十年かけて身に着けるのだ。しかも、見習い魔法使いの教育のみである。それをすでに習得済みな上、妖精を盗れてしまう魔法使いとしての高い能力は、化け物である。

 筆頭魔法使い候補と呼ばれることが許されるラインハルトは、とんでもない化け物であることに気づいた見習い魔法使いたちは、ラインハルトに逆らうことはしなかった。

 しかし、一部のプライドが高い貴族出身の見習い魔法使いたちはそうではない。特に、年齢が近いレッティルは、ラインハルトに対抗意識を持った。

 その後、剣術と体術の授業で、レッティルはラインハルトに勝負を挑む。しかし、そこでもラインハルトは化け物であった。レッティルをこてんぱんにやっつけてしまい、年上の見習い魔法使いをも倒してしまう。もうすぐ一人前となる見習い魔法使いたちは、プライドを守りたいので、ラインハルトを避けた。






 そうして、見習い魔法使いの中に紛れ込んでいる平和な時間を甘受しているのだろう、なんて私が平和に思っている夜、とんでもない目にあった。

 私の周りには、それなりに妖精が監視している。侵入者があれば、即、魔法使いたちに知らせるはずなのだ。

 ところが、その侵入者には、妖精たちはこれっぽっちも反応しなかった。

 私はただの人だ。妖精たちのことなど知らない。子作りもひと段落して、もう、女と寝る必要もなくなり、一人、酒を飲んでいるところに、音もなくやってきたのだ。

「ラインハルト、何しにきた」

 まるで気配もなくやってきたラインハルトは、いつもの偽装が解かれていた。久しぶりに見る美しい相貌に、私は目を奪われる。

「夜這いに来ました」

「………は? 何を冗談を言っているのだ。ほら、ハガルに見つかる前に、帰りなさい」

「えいっ」

 ラインハルトの軽い体当たりで、私はベッドに倒された。倒れた私の上に、ラインハルトは乗る。まだまだ十歳だから、軽い。

「こういうことはやめなさい」

「ライオネル様は、男好きですよね」

「そうだが、お前はそういう対象にはしない」

「随分と、男を抱いていないとか。その腕前は、錆びたかもしれませんね」

「そうだ。だから、しない。さっさとどきなさい」

「私は、父上と同じことをしたい。父上は、皇帝ラインハルトと閨事をしました。だから、私もライオネル様と閨事をします」

 抵抗は出来た。軽いから、力づくで押し剥がせただろう。だが、ラインハルトの素顔は、それをさせてくれない。

 呆気なく、ラインハルトは私に口付けする。軽い、触れるようなものだ。

「どうか、教えてください」

 そう言って、ラインハルトは、手を下に伸ばす。さすがに私はそれを止めた。

「いや、それはまずい!! やめなさい!!! 相手がほしいなら、女を用意しよう。どのような女がいい?」

 おかしなことを言っている自覚はある。しかし、私にとって、ラインハルトは我が子も同然だ。不思議と、甘やかしたくなってしまうのだ。その姿を隠していても、甘やかしてやりたくなる。そういう衝動が強い。実際、ラインハルトとは遊んでやったりもしていた。

「ライオネル様がいい。私の皇帝となってください」

「わかった。だから、こういうことはやめなさい。いくら、ハガルの真似事としても、これは過ぎた行為だ。ハガルだって、もう、こんなことはしていない」

「父上と、一度はしたでしょう」

「………誰から聞いた。まさか、でまかせか!?」

「サラムとガラムから聞きました。妖精だった頃に、色々と見てたんですよ」

 とんでもない伏兵がいた。まさか、戦闘妖精のサラムとガラムからラインハルトに告げられるとは、思ってもいなかった。

 いや、否定しておけばよかったんだ。だが、否定したって、サラムとガラム、というとんでもない目撃妖精が相手では、どうしようもない。

「いきなり、最後までは、さすがの私も怖いです。少しずつ、教えてください。ほら、口付けから。閨の本を読みましたが、こうするそうですね」

 実演とばかりに、口付けし、舌までいれてきた。それには、上体だけ起こして、ラインハルトを押し離した。

「いい加減にしなさい!! 子どもの悪戯にしては、やり過ぎだ!!! ハガルに知られたら、激怒するぞ!!!!」

「父上は激怒しない。それどころではないからな。母上を失って、次を探している最中だ。我が子を実験台にして、筆頭魔法使いを作るのに夢中になっている」

「そうだが、それは、お前を側に置く口実にするためだ」

「縁切りしておいて?」

「それでも、お前の妖精の目の調子を見るために、城に招き入れているではないか」

「父上はね、もう、生きるのに飽きてきたんですよ。だから、無理矢理、筆頭魔法使いを作ろうとしている。筆頭魔法使いさえいれば、父上は生きている必要がない。死のうとしているのですよ」

 バカな話だ、そう言いたい。しかし、否定できない。そうかもしれない、と思ってしまう。

 ハガルは百年以上生きている。ハガルと同じ時を過ごす者はいない。ハガルはいつも残され、見送る立場だ。愛する者を失って、どんどんと狂気に飲み込まれ、正気でなくなってきている。そこに、ステラと出会って、正気に戻ったが、それも、一時的だ。ステラを失った今、また、ハガルは狂気に飲まれようとしている。

「ラインハルトがいるというのに、死ぬはずがないだろう」

「私が父上よりも長生きする保障なんてない。だって、そうでしょう!! 母上の一族は、何故か短命だ。父上が生きている間に、何代も代替わりしている。私だって、あと十年、生きるかどうか、わからない」

 ラインハルトは、物心ついたころから、一族が残した資料などを読み漁っていた。それで、知ったのだろう。短命の一族だということを。

 ラインハルトは私の胸に顔を埋めて、小刻みに震える。声を殺して、泣いているのだ。思わず、私は抱きしめてしまう。

「母上は、私と父上の横で、眠っている間に息を引き取りました。それからずっと、眠るのが怖い。眠ったら、そのまま、死ぬんじゃないか」

「大丈夫だ。ほら、もう眠りなさい」

「眠れないんです、ライオネル様。どうか、眠れるように、情けをください」

 泣きはらした顔でも、美しい。縋るように見上げるラインハルトに、私は衝動が起こる。

 相手は、まだ、十歳の子どもだ。こんな小さい子どもに手を出すほど、私は愚かではない。いや、絶対に、ラインハルトだけは、手を出してはいけないのだ。

 理性を総動員させて、私はラインハルトから離れようとした。しかし、ラインハルトのほうから、私の胸にすり寄ってくる。

「ハガルの妖精が」

「父上は、閨事が起こるようなここに妖精を使って覗き見させません。ただ、敵が来たら消し炭にしろ、そう妖精に命じているだけです。私は、敵ではありませんから、簡単に侵入できます」

「しかし、いけない」

「きっと、ライオネル様の情けをいただければ、私も眠れるようになります」

「………眠れないのか」

「はい、眠れなくて、辛いです。どうか、ライオネル様、情けをください」

 そう言って、ラインハルトは私に深く口づけした。

 そこから、私のタガが外れた。



 三日に一回の見習い魔法使いの修行の日には、ラインハルトは、私の寝所に忍ぶようになった。



 見習い魔法使いの修行は、一年も経つと、平民出身の見習い魔法使いたちは、ラインハルトと随分と打ち解けていた。

「二属性から先が難しい」

「ハガル様によく、お茶を淹れさせられたり、とか、パン作らされたり、とか、させられた。時魔法がかなり面倒なんだよ」

「うわ、時魔法、使えちゃうんだ」

「いい妖精だと出来る。ハガル様の妖精は最高級だから、何でも出来るよ。すごいな」

「まずは、妖精かー」

 そんな別次元な話を普通にするラインハルト。すっかり、平民に馴染んでいるな。そのまま、貧民やめて、平民になればいいのにな。

 そういう様子を私はハガルと一緒に見ていた。普段は、見習い魔法使いの修行なんて見ない。だが、試験的に作られる筆頭魔法使いの現状は、皇帝自ら見ないといけない。この試験は、将来がかかっているのだ。

 そうして見ていると、派閥がある。やはり、貴族出身の見習い魔法使いたちは、どうしても、ラインハルトとは距離をとる。それどころか、蔑むように見ている。

「妖精もいない偽物が、偉そうに」

「私たちは生まれた時から妖精憑きだぞ」

「他人の妖精を使っている程度で、いい気になりやがって」

 口々に、ラインハルトのことを悪くいう。

 魔法使いには身分なんて表向きはない。しかし、貴族と平民、貧民と、どうしても身分で相手を見てしまう。そこは、教育の悪さだ。

 最底辺であるラインハルトは、嫌味を聞いても、特に気にしない。当番ではないのだが、掃除や洗濯を毎回、押し付けられているようで、それをこなしている。

「ライン、何をしている」

 ハガルはついつい、声をかけてしまう。さすがに三回目だから、目に余ったのだろう。

「当番を押し付けられています」

 ラインハルトは、正直に答える。悪いことをしているわけではないのだ。だが、正直に答えるので、貴族出身の見習い魔法使いたちが睨んでいる。そうか、あいつらが本当の当番か。

「それは、当番がやることだ。やめなさい」

「ですが、下手すぎて、下手すぎて、あまりに下手すぎて、いまだに課題が終わっていないので、仕方がないと思います。僕は秒で終わりました」

 うわ、笑顔で相手を子蹴落とす。ラインハルト、容赦がないな。

 当番を押し付けた貴族出身の見習い魔法使いたちは、悔しそうに顔を真っ赤にしている。相手が悪い。ラインハルトには、腕っぷしでは負け、口でも負け、頭でも負け、魔法操作でも負け、と勝てる要素が実は身分しかない。

「当番を押し付けるから、下手なんだ。昔から、そういうことをする見習いは、必ず、魔法使いになれない。そういう者をたくさん、見てきた」

「そうですか。才能がないのなら、仕方がありませんね。では、これで終了です」

 そして、秒で、ラインハルトは当番の仕事を終わらせてしまう。

 それを目の前でこなされて、唖然とする見習い魔法使いたち。

「いいな、こんな優秀な妖精がいて。僕は魔法使いの才能のお陰で、五属性以上使えるけど、妖精を持っていないから、借りるしかない。これだって、ハガル様から優秀な妖精を借りているから、出来るだけだ。僕も妖精憑きとして生まれたかった」

 少し、寂しげに笑うラインハルト。妖精憑きとして生まれなかったことが、とても残念そうだ。

 だけど、その呟きで傷つく者もいる。自尊心がこれでもかと強い、皇族の祖先を持つレッティルだ。レッティルは、忌々しい、といわんばかりに、ラインハルトを睨んでいる。

「もう、ラインは当番から外す。そうすれば、お前が当番をすることはなくなるだろう」

「えー、そんなー。暇なのにー」

「パンでも作ってもらおうか」

「げ、それはやめてよ。あれ、物凄く面倒臭いのに」

「やりなさい。ライオネル様が試食してくださるそうだ。一杯、失敗していいぞ」

「ハガル様、勘弁してください!!」

 ラインハルトはハガルに泣きつくが、結局、苦手だというパン作りを毎回、させられることとなった。


 そんな中で、妖精の力が強いが、魔法使いの才能が残念な者が集められた。

「まずは、お前たちもまた、筆頭魔法使い候補だ」

 十人ほどいた。妖精の力が強くても、どうしても、魔法使いの才能が芽生えないため、二属性から先に進めなくなっているという。

 二属性でも、よく出来たほうなのだ。普通は、一属性で止まる。人の頭は同時に命令を出すには、せいぜい、一つから二つである。普段の生活で、一つの命令がとられているので、魔法の命令は一つがせいぜいなのだ。

 つまり、ラインハルトの五属性以上、というのは、化け物の領域だ。それを平然とこなしているのだ。他人を下手、というが、そういう問題ではない。それが普通で、ラインハルトが非常識なのだ。

 魔法使いとしての常識を知らないラインハルトは、一年間、観察して、わかっているはずだった。それなのに、あえて、それを口にするのは、何か目的があるように見えた。

 ラインハルトは、ハガルの話を聞きながら、私に微笑みかける。あの偽装したままなのに、甘い視線を私に向けてきた。今夜も、私の寝所に来るつもりだ。

 三日に一回の夜這いは続いている。最初は拒んでいたが、結局、ラインハルトの泣き落としに絆される。どんどんと、泥沼になっていく行為に、どうすれば後戻り出来るのか、なんてバカなことを考えてしまう。

 せめて、ハガルが気づいてくれればいいのに、本当に、気づいていないのだ。妙なところで、ポンコツだな、お前。

 まさか、後ろにいる皇帝が、一人息子と関係を持っているなど、ハガルはこれっぽっちも思っていない。

「ライオネル様、筆頭魔法使いには、手を出さないでくださいね」

「………」

 ハガルはただ、軽い冗談で言っているだけだ。ほら、昔、そういう儀式があったけど、やるな、みたいな。

 私が黙り込んでいるので、ハガルは首を傾げる。そして、剣呑な目となる。

「まさか、皇帝と筆頭魔法使いを試す、閨の儀式を復活させる気ではありませんよね」

「しない! 絶対にしない!!」

 が、もう遅い。儀式は復活させることはないが、筆頭魔法使い候補とは、すでに、儀式っぽいことをしている。

 疑うように見てくるハガル。

「ハガル様、もうそろそろ、パン作りは飽きました。酒作りをしたいです」

 そこに、助け船なのか、泥船なのか、ラインハルトが間に入ってくる。

「酒ですか。では、赤ワインにしましょう」

 帝国では、罪の象徴と呼ばれ、好まれない赤ワインを作らせるハガルは、赤ワインが大好物である。

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