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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-外伝 アーサーの円卓-
259/353

辺境の終わらない後始末

 騎士なんだけど、騎士の仕事じゃないことをさせられている。子爵家の領地運営に振り回されていた。

 だいたい、祖父ウラーノだって、畑違いだろう、これ!! あの人は、商人なんだから、領地運営は素人だっての!!!

 祖父ウラーノがやるのは、ようは、帳簿の管理とか、跡継ぎ教育とか、そういう、商人でも出来ることである。肝心の領地運営は、俺に丸投げしやがった。

 帝国の金で、再建された屋敷には、一応、子爵家が過去、提出した報告書の写しが収蔵された。あれがなかったら、俺は泣くしかなかった。

 あと、別邸が残っていたのが良かった。管理は杜撰だったが、そこに、亡くなった領主代行が作ったと思われる計画書があった。毎年のことだから、計画書を作って、そこから、何か起こった時は、という経過報告も作られていた。領主代行、平民だけど、文官並にすごい人だったな。あんなにすごい人だったのに、娘であるリサは、最低最悪な上、領主代行一族を虐殺しちゃうなんて、とんでもない所業を起こすとは。一体、あのリサという女には、何がついてたのやら。

 やっぱり、色々と疑問に思ってしまう。犯罪奴隷リサは、元は領主代行の娘である。俺の記憶では、リサの兄弟姉妹はまともだ。領主代行の跡継ぎである長男だって、仕事を手伝って、領主代行の仕事をこなすまでになっていた。その証拠に、近年の計画書は、領主代行の長男が作っていた。

 とても優秀な領主代行一族。その中に、ぽんと誕生したリサ。見た目もそれはそれは美しかったという。最後に見たリサは、欲望とかで歪んで、醜くなっていたけど。

 そういう疑問を抱えながらも、どうにか領地運営をこなしていた俺は、頭を整理するために、亡くなった領主代行一族の墓参りをしていた。墓の前に座って、今はこうしている、なんて報告して、間違えてない、と意味もなく言い聞かせているだけだ。

 何かの拍子に、俺は人の気配を感じた。普段は気にしない。こんなど田舎にいる人なんて、たかが知れている。危険な者は全て、排除されているので、危険はない。

 だけど、その日は、俺は、気配のほうへと顔を向けた。

「あ、アーシャ」

 現在、血眼になって捜索されているアーシャと、妖精憑きキロンがいた。アーシャの手には、俺でも一度しか口にしたことがない神の恵みという果物があった。

「アーレイ?」

 アーシャの口から、俺の名が紡がれた。驚いた。俺のこと、アーシャが認識した。

 気狂いとなったアーシャは、妖精の魔法によって、アーサーに戻された。その際、気狂い時に接した俺たち家族のことを認識できなくされた。キロンがいうには、俺たち家族の存在は、妖精の魔法を崩し、再び、気狂いアーシャに戻すかもしれないから、記憶だけでなく、存在自体をアーサーとして認識できなくされたという。

 そうなったはずなのに、アーシャは、俺を見て、驚いていた。

「アーレイ、その、初めまして」

 記憶の中にはあるけど、アーシャにとって、俺は初めて接する人だった。

「初めまして、アーシャ」

 そして、精神が巻き戻ったアーシャとこうやって対面したのは、俺も初めてだ。子爵家で庭師をしていたけど、見事に、俺はアーサーに認識されなかった。

 今、認識したアーシャは、色々と思い出したのだろう。顔を真っ赤にして、恥ずかしがった。

「その節は、ものすごく恥ずかしい姿を見せてしまって」

「キロンのこと、好きか?」

「っ!?」

 もう、立っていられなくなるアーシャ。俺のことを認識して、思い出したということは、俺に対して、散々言ったことも思い出したのだ。顔だけでなく、全身が真っ赤だ。

「わ、忘れてくださいぃ」

「皆、心配してた。どこにも見つからないって。まさか、ここにいるなんてな」

「その、内緒にしてください。私、しばらく、ここから離れられなくて」

「いいよ」

「………いいの?」

 恐る恐ると見上げるアーシャ。そこに、恐怖とか、そういうものが見られない。

 ずっと、上から見られることを恐れたアーシャ。アーサーとなっても、時々、恐怖で震える姿を俺は垣間見た。

 今は、アーシャ、恐怖を抱いていない。そこに、過去、無邪気に笑っていたアーシャの姿が見えた。

「アーレイは、どうして、ここにいるのですか? 家は王都ですよね」

 安心したアーシャは、俺に世間話をしつつ、領主代行一族の墓に持っていた神の恵みを置いた。

「俺、武道大会で優勝して、騎士になったんだ」

「え、そんなこと出来るの!?」

「これでも、いっぱい、揉まれたんだぜ。貴族の学校では首席だし」

「すごいすごい!! アーレイって、すごい人なんですね!!!」

「俺は騎士と学生をやり続けていたかったけど、女帝の命令で、貴族の学校を卒業させられたんだ。そして、ここで領主代行の仕事を押し付けられた」

「………す、すみません」

 最初は笑顔だったのに、最後のほうは、申し訳ない、と俯くアーシャ。自らが滅茶苦茶にして、投げ捨てた子爵家とその領地の後始末を俺がしている、とアーシャは気づいた。

 これは、俺が庭師として、ここで監視していたことは、覚えてもいないんだな。それはそれで悲しいが、安心もした。知っていたら、色々と言われそうだ。

「別にいいよ。それに、もしかしたら、俺がアーシャと取り換えられて、ここにいたかもしれないしな」

「? どういうことですか?」

「母上、どうしても女の子が欲しかったから、俺とアーシャを赤ん坊の頃に取り換えようとしたんだ。結局、お祖父様に悟られて、未遂で終わったんだけどな」

「え? そんな酷いことをされそうだったのですか!?」

 笑い話でしたのだけど、アーシャには申し訳ない話になっていた。

「私が男として生まれていたら、そんな話も出なかったでしょうに」

「どうだろうな。母上は、結局、何かしただろう」

「?」

「女の子が欲しい、と言ってたけど、また、子作りすればいい話だ。四人目も男だからといって、母上は諦めるわけではない。そういう人だ」

 母は、ともかく諦めない。父との結婚だって、恋愛結婚である。本来であれば、ありえない結婚を、母は妊娠することでごり押ししたのだ。

 何もかも、母は諦めず、貫き通す人だ。だけど、自らの手で叶えるのだ。他力本願なわけではない。

「女の子が欲しい、と言っていれば、辺境の子爵家に口出しする口実が出来るからだろう。だから、子作りを諦めたんだ。アーシャが男として誕生しても、子作りはやめただろう。その理由が、父親の血筋も男腹だった、として。アーシャが男でも女でも、どっちでも良かったんだ。どっちにしても、俺は、取り換えられてだろうなー」

「どうして!?」

「そういうことをすれば、責任をとることとなる。子爵家としては、それを口実に、縁切りを言い出すだろう。そうしたら、離縁だ。借金とか、そんなこと、関係ない。跡継ぎを取り替えて、家を乗っ取ろうとした、その事実が残ればいいんだ」

「そんなうまくは」

「いくら、アーシャのことを嫌っているといっても、父親だって、一目見れば、子が取り換えられていると気づくだろう。赤ん坊の頃から、俺とアーシャは似ていない」

「………」

「と、俺は母上の蔵書を読み漁って、考えた」

 恥ずかしい話を勢いで吐き出した。俺は、バカみたいに女心を知りたくて、母が持っている大衆小説をかたっぱしから読んだのだ。荒唐無稽な話もあれば、頷ける話もあった。

 アーシャは少女のように笑った。

「ふふふふ、そんなことしたんですね。私の知ってるアーレイとは違いますね」

「たった半年だ。俺もアーシャも、そこまで分かり合ってなかった」

 おままごとのようなことをしていた半月だ。あれで、互いの全てを理解出来るはずがないのだ。

「俺は、アーシャのこと、好きだよ」

「っ!?」

「知ってる。アーシャはキロンが好きだって。ずっと、言ってた」

 アーシャが子爵家から救い出されてから半月、俺は日参した。そして、毎日のように、アーシャがいう好きを聞いていた。

 アーシャは色々なものを指さして、好き、と言っていた。だけど、それは全て、キロンだ。絵本の中、壁の模様、そういうものの中にキロンを見つけて、好きと言っていたのだ。

「私は」

「幸せか?」

「………はい」

「良かった。アーシャが幸せなら、それでいい」

「でも」

「俺は、アーシャに会ったこともないのに、アーシャのことが嫌いだった」

「それは、仕方のないことですね。私の存在は」

「我儘なガキだったからだよ。アーシャに会って、俺はアーシャを怖がらせないようにしたんだ。そして、我儘なガキだったと気づいた。それからは、アーシャに笑われないような人になろう、と努力した。それが、今の俺だ」

 大きく目を見開いて驚くアーシャ。改めて、俺を見た。きっと、アーシャが俺をしっかりと見たのは、これが初めてだろう。

「アーシャ、後始末は、俺に任せろよ。キロン、油断するなよ。俺は、いい男になるからな」

「お前、まだアーシャのことを!!」

 キロンは慌ててアーシャを後ろから抱きしめて、俺から離した。

「アーシャ、自信を持て。俺は、いい男なんだぞ。こんな男に惚れられるほど、お前はいい女だ。キロンに飽きたら、俺の所に来い。俺は、そいつと違って、浮気しない」

「ふふふふ、あはははははは!!! わかった、そうする!!!」

「アーシャ!!!」

 半泣きする妖精憑きキロン。それをアーシャは慰めるように、笑いながら、キロンの頭を撫でた。

「でも、やっぱり、私はキロン一筋だ。私、キロンの子を妊娠してる」

「っ!?」

 さすがに驚いて、声も出なかった。この二人、怪しいとは思っていたんだが、やることやってたんだなー。

「俺は、アーシャの父親みたいに、心は狭くない。キロンの子だって、可愛がってやれる」

「でも、私とキロンで、愛してあげたい。私は、子どもに捨てられるようなことはしない」

 根が深いな。アーシャは父親のことを見捨てたが、過去の執着を捨てたわけではない。

「頭の片隅にでも、覚えていてくれればいい。体、大事にしろよ。元気な子どもを産めよ。俺は心が広いから、元気な子どもが生まれるように、神と妖精、聖域に祈るよ」

「ありがとう。さようなら」

 最後に別れの言葉を残して、アーシャとキロンは消えていなくなった。妖精憑きだから、キロンが魔法で何かしたのだろう。

「いい女、いないかなー」

 急に、人肌が欲しくなった。








 俺の任務って、いつまでなんだろう? そんなことを時々、考えてしまう。

「領主代行、ここからどうすればいいんだ?」

「こっちの畑は?」

「領主代行、子どもが生まれたんだが、名前をつけてくれないか?」

 俺、一応、帝国の騎士だってのに、いつの間にか、領主代行なんて呼ばれちゃってるよ。

 俺は、辺境の子爵家と領地をどうにかしろ、という女帝レオナの密命により、騎士なのに、辺境にずっといた。最初は、祖父ウラーノが、子爵家の跡継ぎをどこからか連れて来て、色々と指導してたんだ。それでも足りない部分を俺が補って、少しずつ、子爵家の跡継ぎに役割を移行していったわけである。

 しかし、長すぎたんだなー。ほら、子爵家の跡継ぎって、まだ子どもだったんだよ。貴族の学校にすら通う前だった。立派な大人にしよう、と探したんだけど、皆さん、平民の水が合う、ということで、断られてしまったのだ。仕方なく、平民未満の子どもを引っ張ってきた。

 それなりに優秀な子を選んだ。だけど、子どもは子どもなんだ。一年二年で全てを学べるわけではない。その間に、色々と問題も生じるから、跡継ぎは半泣きで俺を頼った。その頃には、祖父ウラーノも、年寄だから、とかいって、王都に戻って行っちゃったんだよ。あのクソジジイ、引退したし、と好き勝手してるよ。

 だから、俺は、女帝レオナからの密命だし、ということで、はいはいと辺境に居続けていたわけだ。

 そして、気づいたら、領主代行、なんて呼ばれるほど、領地民たちに慕われていた。もう、子爵は名ばかりになりつつあるよ。いや、これはダメだな。領主代行はいるけど、きちんと平民を立てないといけないよ。

 そんな日々を十数年過ごしている間に、王都は色々と変化した。その話題の中に、皇族アーシャの子アーサーがあった。皇族アーシャは、貴族の中に発現した皇族として発表された。しかし、死後である。皇族アーシャの願いにより、皇族であることを隠し、貴族として生きていたのだ。しかし、アーシャは男児を遺して死んでしまった。

 皇族アーシャのことを娘、妹のように可愛がっていたという女帝レオナは、アーシャの忘れ形見であるアーサーを引き取り、皇族として育てると言い出した。

 皇族から誕生したのだから、皇族になるかもしれない。しかし、父親が野良の妖精憑きと聞いて、皇族だけでなく、貴族も大反対となった。皇族同士の子であっても、皇族失格者となることがある。片親が皇族であるアーサーは、皇族でない可能性が高いのだ。

 結局、女帝レオナの暴君ぶりにより、アーサーは皇族として育てられたという。

 そこまでは、辺境にいる俺でもわかることだ。しかし、城の奥底の出来事は、辺境は遠すぎるため、聞こえないんだな。ついでに、俺は帝国の騎士だってのに、誰も連絡一つくれないよ!! 俺、絶対に忘れ去られてるよね!!

 そういう日常を送っていたある日、皇族アーサーが、母アーシャの故郷を視察に来る、という文章が子爵家に届いた。大変なことになった。

「女帝に育てられた人だから、きっと、恐ろしい人だ!!」

 女帝レオナの悪評は辺境まで響いてくる。ていうか、あの人、悪評しかないよね。王都でも、悪評しか聞いてないよ。

 皇族殺しの皇帝、なんて呼ばれるほど、逆らう皇族を殺しまくった女帝レオナ。生まれも育ちも貧民だから、貧民の常識に染まっているという。

 俺はちょっと会っただけだから、本当はどういう人なのか、わからない。どれも、俺に密命言い渡しただけだしな。

「大丈夫だって。万が一の時は、俺がどうにかします」

「アーレイは、確か、アーシャ様の従兄妹なんですよね」

「そこは、あてにしないように。俺、実家でも、存在忘れられてるだろうから」

 俺が十数年も不在だってのに、誰も俺を心配していないよ。だって、心配なら、俺、探されてるだろうし。

 祖父ウラーノが辺境から王都に帰っていったというのに、うんともすんともないのだ。絶対に俺のこと、忘れられてるよ。四男あるあるだな。

 いざとなったら、一応、騎士だし、そこのところを護衛に来た騎士とかに訴えていけば、どうにかなるだろう。そう、軽くは考えていた。

 そして、当日は、皇族様が来るということで、子爵様も、子爵家で働く皆さんも、戦々恐々としていた。どんな暴君みたいな皇族が来るのだろう、なんて想像したんだな。

 相手は皇族である。長旅なんてしない。魔法で一瞬だよ。俺たちが見ている前に、軍隊がぽんと現れた。それには、田舎者の皆さんは腰を抜かした。子爵様もだよ。

 俺は、王都で育っているし、それなりに耐性も出来ていたから、平然としていた。

 先頭に立っているのは皇族だ。その傍らに、筆頭魔法使いティーレットが立っていた。ティーレット、全然、変わらないなー。

 皇族を見て、俺は息を飲んだ。アーシャに生き写しだ。こんなのを見たら、誰だって、アーシャが戻ってきた、と思ってしまう。

 皇族アーサーは私の前に真っすぐ歩いてきた。

「子爵、お出迎え、ご苦労様です」

「………えーと、すみません、子爵はこちらです」

 俺はまだ腰を抜かしている子爵様を立たせた。

 皇族アーサーは、俺と子爵様を交互に見て、首を傾げた。

「あなたのほうが、貴族らしいですね」

「俺も一応、貴族の学校を卒業してますから。今日は日帰りだと聞いています」

 もう、子爵様は役立たずなので、さっさと屋敷に下がらせ、俺が代理として前に出た。

 笑顔を見せる皇族アーサー。いい子な感じだなー。

「宿泊の許可がとれませんでした。ですから、視察のついでに、母上と父上の話を聞きたいのですが」

「領地民たちは、皆、禁則地周辺で作業してます。色々と聞けるでしょう」

「そうですか。では、今から行きましょう」

 仰々しい集団が動くこととなった。それを先導するのは俺だ。子爵様、役立たずになっちゃったから、仕方がない。

 ふと、俺は後ろから刺すような視線を感じて、振り向いた。

「あっ」

「………」

 アーシャの元婚約者ヘリオスが、騎士の恰好をして、皇族アーサーの後ろを守るように歩いていた。俺を見て、気まずそうに顔を背けた。

「へえ、ヘリオス、騎士になったんだ」

「ヘリオスのこと、ご存知なんですか!?」

「そりゃ、辺境の子爵家に関係のある人ですから」

 色々と聞きたい、と目を輝かせる皇族アーサー。それを俺はやんわりと誤魔化した。俺がどこの誰なのか、辺境でも、きっと、この騎士団でも、知っている者はほとんどいない。知っていたとしても、忘れてしまっているだろう。

 だから、俺は黙っていることにした。

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