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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-アーサー、アーシャ、アーサー-
254/353

我慢は三度まで

 俺の妻は、娘が欲しかった。娘と同じ服を着ることが、妻の夢だったという。そういう大衆小説を読んで、結婚に憧れたという。だから、貴族では珍しく、恋愛結婚であった。お互い、貴族の学校で知り合って、恋人となって、婚約して、結婚して、と憧れそのままの人生を歩いていた。

 しかし、妻は男腹であった。

 最初は健康な男児である。跡継ぎが出来た、と祝福された。そこはまあ、女の役目として、妻は安心した。

 二人目は、これまた健康な男児である。万が一の予備が出来た、と喜ばれた。女としての役目はこれで終わった、と妻は安堵した。跡継ぎとか、そういうことをちくちくと言われる心配がなくなったのだ。

 三人目は、また、健康な男児である。働き手が出来たな、と喜ばれたが、妻は憂鬱になった。

 四人目は、元気過ぎる男児である。ここまで来て、妻は悟ったのだ。

「わたくしの腹は、女が宿らないのよ!!!」

 ここで、妻の理想から外れた。

 同じころ、妹マイアが出産した。妻と一緒に見に行ったが、見目麗しい女の子であった。

「あんなに金がかかったというのに、女だと!!」

 そう叫ぶ父を俺は殴ってやった。こんな綺麗な赤ん坊に向かって、なんてこというんだよ、クソジジイ!!

 妹マイアは、疲れたこともあるが、誕生した赤ん坊を見ても、喜んでいなかった。憂鬱な顔で、赤ん坊を見ていた。

 それに反して、俺の妻は、マイアの娘を抱き上げて、羨ましがった。

「なんて綺麗で可愛いの!! 見て、わたくしを見て笑ったわ!!! マイア、ほら、笑った」

 妻がマイアに赤ん坊の顔を見せた。赤ん坊は、大人を映す鏡だと言われているが、本当だな。妻が笑うと、赤ん坊が笑うのだ。その笑顔に、私も釣られて笑った。それは、マイアもだ。

「いたたた、父親を殴るなんて、なんて息子だ!!」

「生まれたばかりの孫に向かって、女だからと悪くいうあんたは殴られて当然だ」

「こんな、綺麗で可愛い子、羨ましいわ、マイア」

 悪態をつく父ウラーノを押しのけて、妻はマイアの腕に赤ん坊を渡した。

「困ったことがあったら、何でも言ってね」

「ありがとうございます、お義姉様」

「………まだ、無理そうね」

「? 何か?」

「わたくしのほうの都合よ。気にしないでちょうだい」

 妻は、赤ん坊を見て、何か企んでいたようだ。

 結局、父ウラーノが無理矢理、マイアの子を男児として届け出して、名をアーサーとしたのだ。

 それから、父ウラーノは、俺たち兄弟姉妹をマイアとアーサーから遠ざけた。何か、勘付いたのかもしれない。

 そういう指示を聞いて、妻は深く溜息をついた。

「お義父様ったら、勘がいいわね」

「なにが?」

「わたくしの子とマイアの子を取り換えようと計画していました」

 妻は、赤ん坊アーサーに一目惚れして、どうにか手に入れようとしたのだ。まさか、腹を痛めて産んだ子と取り換えようなんて、ぞっとした。

「跡継ぎの親子鑑定はどうするんだ。継承の時にバレるぞ」

「そこは、それなりの金を払えばいいのですよ。その伝手があります」

 妻の実家は、それなりに後ろ暗い力を持っていた。それで、子爵家の跡継ぎを誤魔化そうとしたのだ。

「それに、妻をマイアの子にすれば、血筋的には問題ありません。お義父様ったら、妙な所で勘がいいから」

 俺たち兄弟姉妹ではなく、俺の妻をアーサーから遠ざけたのだ。妻は、手段を選ばない女である。欲しいものは、どのような方法でも手に入れる、そういう手段と頭脳があった。

 しかし、父ウラーノだって、負けていない。監視をつけて、マイアに接触出来ないようにしたのだ。

 この時は、妻も大人しくしていたのだ。妻は、どんなことでも、三回は耐えると決めていた。これが、一回目である。







 マイアの気が触れたという報告を受けた。

「もう、離婚させて、我が家で面倒をみましょう」

 俺よりも先に、妻がそれを知っていた。あれ、俺は跡継ぎなんだが。

「当然だ。このまま、あの家に面倒を任せるなんて、出来ない」

 俺はこれまでの報告書を読み返して、離婚をさせようと、父ウラーノの元に向かった。

「お前が甘やかすから、こんなことになるんだ!!」

 父ウラーノを殴った。話にならないな、このクソジジイ。

「一族では、定期的に、気狂いが出ることが多いでしょう。それが、マイアに出たんです」

「結婚した女には出たことはないぞ!!」

「たまたまでしょう。ともかく、あの家にマイアとアーサーを置いては、大変なことになります」

「そうですよ、お義父様!! さっさと離婚させて、アーサーを女の子として迎えましょう!!!」

 妻の頭の中では、もう、アーサーをどうするか、なんて計画をたてているな。ちなみに、我が家には、女の子用の部屋がある。そこにある服は、何故か、アーサーの年頃にあわせて、常に入れ替えられている。

「アーサーのために、金も、口封じだってしたんだぞ!! 離婚なんて、簡単に出来ることか!!!」

 父ウラーノは、アーサーを取り上げた医者や、アーサーを育てた乳母を家族ごと、口封じに殺したのだ。しかも、それを跡継ぎだから、とアーサーの前でやったのだ。それを聞いた俺は、もちろん、クソジジイを殴った。

「アーサーには、それ以上の価値があります!! あーんな、領地運営も出来ないくせに、浮気して、血のつながらない子を我が子だと騙されるような父親にアーサーは勿体ないわ!!!」

 俺だけではない、父ウラーノだってドン引きだ。妻は、アーサーに関わること全てを調べ上げていた。きっと、実家の力を使ったんだ。

「ねえ、あなた、マイアとアーサーの面倒は、わたくしが全て行います。子爵家のことだって、わたくしにまかせてください。アーサーの子が跡をとればいいのですよ。今は離婚して、引き離して、あの父親を好き勝手させればいいのです。継承の時に、親子鑑定を失敗するのはわかっているのですから!!」

 そして、えげつない事を綺麗な顔でいう妻。実家が後ろ暗いことで力を持っているから、人を陥れること、平気なんだ。アーサーの父ネロが悪いんだが、妻が笑顔で話すから、気の毒になってくる。

「ともかく、隠せ!! 気狂いの家系だと言われたら、言いがかりがつけられる!!!」

「………クソジジイが」

 妻はぼそっと呟いて、その場を去っていった。これが、二度目の我慢である。






 マイアが気狂いの果てに亡くなった。葬儀の場に行ったのだが、酷いものだった。マイアが亡くなったというのに、夫であるネロは大笑いしている。それを一番近くで見ていたアーサーはボロボロと泣いていた。父親が笑っているからなのか、それとも母を亡くしたからなのか、泣いている理由はわからない。きっと、両方だろう。

 そして、葬儀の場だというのに、派手な恰好をして弔問にやってきたネロの愛人リサ。ど田舎の平民なんだが、その見た目は美しい。あれは、確かに、ネロも夢中になるな。

 だが、ネロの愛人リサ、俺の妻を見てギリギリと歯がみをした。俺の妻は貴族の学校では、三大美少女、と呼ばれたほどの美貌である。それは、四人の子を産んでも衰えることはない。まず、土台が違うのだ。俺の妻は、わざとリサの横を通り、嘲笑ったのだ。

「田舎臭い女がいるわ。葬儀だというのに、マナーも知らないなんて」

「な、なんだって」

「貴族であれば、葬儀の場では、そのような恰好はしないわ。平民は、そういうもの、というわけではないのね」

 他の平民の弔問客は、地味な、場にあった恰好をしていた。

 見るからに、身分から、見た目から、ネロの愛人リサは妻に負けていた。普段から、その見た目と子爵の愛人という立場で偉ぶっていたが、妻の前ではそこら辺の田舎者と同列とされた。

 妻は、リサを嘲笑ってから、泣いているアーサーの元に行った。アーサーの目線よりも低くなるように、座った。

「アーサー、こんなに泣いて、目が腫れていますね」

「あの、あなたは」

「わたくしは、あなたのお母様マイアの兄嫁ですよ。あなたが赤ん坊の頃に、一度だけ、会っています。大きくなりましたね」

「そうですか」

 妻がアーサーの頭を優しくなでると、アーサーは泣いたままだが、笑顔を見せた。

「マイアがこんなにはやく亡くなってしまうとは。これから、大丈夫なのか?」

 俺はアーサーの父ネロに声をかけた。これまでの子爵家の実権は亡くなったマイアが握っていた。マイアが気狂いとなっても、アーサーが、領地で保護した妖精憑きキロンと一緒に領地を支えていたのだ。

 ここで、我が家がアーサーを引き取れば、この領地は終わりだな。

 目の前の男の実力は、貴族の学校の成績から推し量れた。どんなに恵まれた土壌でも、育てる者がクソなら、失敗する。

「ふん、あの女でも出来たことだ。俺だって出来る。さっさと男爵の借金を返して、契約を解除してやる。見ていろ!!」

「契約って、アーサーはどうするつもりだ?」

 元々、子爵家の借金を男爵家が引き受けることを引き換えに、マイアの子であるアーサーに爵位を継承させる契約だ。

 アーサーの父ネロは、借金を返済して、この契約を解除しようとしている。一応、借金さえ返済されれば、契約は解除できることとなっている。

 だが、契約解除した場合の、アーサーの扱いは決まっていない。

「契約を解除したら、アーサーを跡継ぎにする契約も守らなくてよくなるな」

 意地の悪い顔でいうネロ。アーサーは、そんな父親を真っ青な顔で見上げていた。

「ち、父上、わ、私のこと」

「すーぐに、返してやるからな。ははははははは!!!」

 葬儀の真っ最中だというのに、大笑いするネロ。それを見て、アーサーは大粒の涙を流した。

「アーサー、泣いて、可哀想に」

 妻はどさくさで、アーサーを抱き上げたのだ。

「我が子が泣いているというのに、何もしないなんて、父親としての甲斐性がないわね」

「な、なんだと」

 色々と言いたいが、妻の美貌にうろたえるネロ。妻に強く出れるのは、父ウラーノくらいだ。俺だって、妻には勝てない。

「こんな可愛い我が子を泣いたままにさせるなんて、情けないわ」

「い、いや、その、あの」

「これだから、田舎の男は、なんて言われてしまうわ。アーサー、気をつけなさい」

「は、はい」

 アーサーは妻の胸に顔を埋めて、何か、感動したような表情となっていた。






 父ウラーノは商売で帝国中を駆けずり回っていたので、マイアの葬儀が終わって数日してから、子爵家の領地にやってきた。それまでは、俺と妻は、子爵家に居座ったのである。

「アーサーのことはいらないようですから、我が家で引き取りましょう!!」

「ネロが借金を返して、アーサーの居場所がなくなったら、そうしよう」

「今すぐです」

「………」

「こーんな、アーサーを泣かせて大笑いするような父親の元に置いておくなんて、子どもの教育に悪いわ。幸い、アーサーは賢く素直な子です。まだ、間に合います」

 まだ、諦めていなかったのか。もう、妄執だな。

 確かに、マイアの庇護を失ったアーサーを置いておくことは、悪い方向へと進んでいくだろう。アーサーの父ネロは、見るからに、アーサーのことを毛嫌いしている。

 だけど、アーサーはまだ、父ネロに期待している。

 アーサーは、まだ、希望を持とうとしていた。家のことを手伝い、ネロに積極的に話しかけて、と健気な姿を見せた。あんなに可愛いアーサーをネロは、マイアの子、というだけで毛嫌いしているのだ。

 マイアだって、ネロのこと毛嫌いしていたけどな。

 この夫婦、お互いのことを嫌いあっていた。

「あんなんでも、マイアにはそれなりに気持ちがあったんだ。でなければ、アーサーが生まれることはなかっただろう」

「まあ、旦那様は、貴族の結婚に夢を抱きすぎですよ」

「………」

 えー、それを君がいうのかー。自らの結婚を理想通りに進めた妻が、斜め上のことを言った。ここで余計なことをいうと、妻が怒るので、私は黙って聞いていた。

「マイアとネロの閨事はたったの一回ですよ。しかも、ネロが無理矢理です。可哀想に、マイアったら、手紙で愚痴っていました」

 生々しいことをマイアとの文通で知っていた妻。女同士の文通て、そんなことまでさらけ出しちゃうものなんだな。

「愛どころか、ネロの欲求不満をぶつけられただけです。それも、下手くそなたった一回ですよ」

「それ、男の俺に言わないでぇー!!」

 妻の口から言われたくない事だ!! もしかしたら、俺も下手だと思われているかもしれない。

「わたくしは、旦那様しか知りませんから、上手下手はわかりませんわ。マイアは経験はネロ一人で、たった一回、酷い、下手だった、小説は嘘だ、と散々、書いていました」

 俺の評価はあえて、妻は誤魔化した。妻も、経験は俺一人だと言い切った。もっと、妻を大事にしよう。

「愛のない夫婦なんです。アーサーには、愛情を溢れるほど与えてあげないといけません」

 妻の愛情は、こう、溢れすぎて、過多になりそうだけどな。もう、妻の頭の中では、父ウラーノの許可を得て、アーサーと一緒に王都の屋敷に帰る計画がたっていた。

 そんな妻の計画を聞いた父ウラーノは叫んだ。

「借金も返されていないのに、アーサーを引き上げるだと!! そんなことしたら、ネロに、権利全てを渡して、我が家が大損になるだけじゃないか!!!」

「アーサーの価値は、それ以上です!! 大きくなったアーサーったら、礼儀正しく、素直で、笑顔も可愛らしくて、男と偽るのは勿体ないわ。だいたい、アーサーの婚約者は、わたくしの子から出せばいいのに、どうして、騎士の家系に嫁いだ義妹から出したのですか!!」

 不満をあげればきりがない。妻は、アーサーと我が子を結婚させよう、なんて未来図を描いていたのだ。本気なんだ、もう、アーサーを妻に娶るんだ、と我が子に言い聞かせているのだ。子どもたちは、半分、聞き流しているけど。

「い、いや、あの子たちは、こう、父親に似て、逞しいから、無理だろう、女装」

 父ウラーノが、俺の子を婚約者に仕立てなかったのは、見るからに男だからだ。あくまでも、アーサーを男として、婚約者は女でなければならない。だが、アーサーは実際、女だから、婚約者は男で女装させて、結婚後も誤魔化そうとしたのだ。あくまで、アーサーと婚約者の子が誕生すればいいのだ。その時、婚約者が産んだ、と誤魔化すつもりだった。

 そのためには、見た目が大事なんだ。俺の子は、無理だ!!

「アーサーは女の子ですよ!! 女に戻せばいいんです。わたくしが立派な淑女にします」

「女は爵位を継げないんだぞ!!」

「アーサーの子に継がせればいいでしょう。どうせ、ネロの子はアーサーしかいませんから。あの愛人、他の平民の女がネロの子を妊娠すると、せっせと堕胎させてますよ。自分は、ネロが父親でない子を産んで、ネロを騙しているくせに」

 こわっ!! 俺だけではなく、父ウラーノも、妻の吐き出した情報にドン引きだ。また、実家に調べさせたんだな。もう、どこまで知ってるのやら。恐ろしい!!

「無駄なことをしていればいいのですよ。ネロは騙されて、真実を知った時は、何も残っていない。あの愛人はせっせとネロの子を妊娠した女を消して、最後は真実を知られて、捨てられます。今は綺麗でも、真実を知られた時は、ただのババアですものね」

「お前が、アーサーが欲しいだけだろう!! ダメだダメだダメだ!! ネロはどうせ、また、借金まみれにする。そうなってから、爵位を受け継いだって、また、大損じゃないか。その前に、実権を取り上げる!!! いいか、何もするんじゃない。アーサーにも、この領地の監視も全て、するな!!!!」

「アーサーをこんなど田舎に置いておくなんて、勿体ない。数日、アーサーと話しましたが、とても賢い子ですよ。もう、爵位なんて、捨ててしまえばいいでしょう」

「そして、また、伯爵様に、尻ぬぐいをさせられるのは、我が家だ」

「すればいいでしょう。アーサーには、それ以上の価値があります」

「あんたは、アーサーがほしいだけだろう!!」

「そうですよ!!! あんなに素直で綺麗で可愛い子、欲しいです」

「我慢しろ!!!」

「っ!?」

 妻は、綺麗な顔を真っ赤にして黙り込んだ。妻は、三回は我慢すると決めているのだ。

 今回で、アーサーを引き取ることを我慢するのに、三回目になる。

「お義父様、もし、アーサーが不幸になるようでしたら、殴りますならね」

「妖精憑きがついておるから、そんなことは起こらん。だいたい、血のつながった子だぞ。ワシだって、大事にした」

「ふーん、そうですか」

 冷ややかに父ウラーノを見る妻。三回は我慢する、と決めているから、妻はそれ以上、父ウラーノに逆らわなかった。

 妻と俺が帰る時、アーサーは泣きそうな顔で見送ったので、妻はなかなか、アーサーから離れなかった。

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