運命の出会い
家族が欲しかった。友達が欲しかった。そういう、当然のものが欲しかったのだ。だけど、いつもいつも、騙された。
家族になってくれる、というから、俺は出来ること全てをしたんだ。なのに、後で怖い大人がやってきて、俺を殴る蹴るをするんだ。
友達になってくれる、というから、俺は出来ること全てをしたんだ。なのに、後で怖い大人がやってきて、俺を殴る蹴るをするんだ。
ずっと、それの繰り返しだ。
『だから言ったんだ。ここの領地民たちは、皆、お前のことを騙す悪い奴だ』
『妖精憑きを騙したから、奴隷のように扱われたんだ』
『元は、ただの人が悪かったんだ』
俺の妖精は、俺が騙されると、いつも、そう言って慰める。
「俺は、ただ、家族になりたいだけなのにぃ」
『我々がお前の家族だ!!』
「お前たちはイヤだ!!!」
妖精たちがそう言ってくれるが、俺が欲しいのは、ただの人の家族や友達だ!!!
俺にも、いたんだ、家族が。だけど、俺がこいつら妖精と話していたら、家を追い出された。それから、あっちの家、こっちの家と戸を叩いて、お願いして、どうにか家族の元に連れて行ってもらったんだ。そしたら、妖精憑きだ、と言われて、皆に殴る蹴るをされたんだ。
気づいたら、この、よくわからない小屋に閉じ込められていた。
俺は、騙される度に、妖精がいっぱいいる場所を呪った。妖精のせいで、俺は家族に捨てられたんだ。だったら、妖精がいなくなればいい!! そう考えて、俺は妖精が集まる場所を呪ったのだ。
どんどんと呪っていくのだけど、すぐ、俺を家族にしてくれる、友達になってくれる、と人がやってくる。そう言われると、俺は呪うのをやめて、夢中になる。
俺はずっと、それの繰り返しで、妖精が集まる場所は、酷いこととなっていた。俺がやっていると気づいて、妖精たちが何か言ってくるが、無視した。俺は悪くない。お前たち妖精が悪いんだ!!!
あと少しで、あの場所がなくなるという頃、俺は領地の偉い奴に、色々とさせられていた。こいつは、俺の家族になってくれるわけじゃない。ただ、ここで偉い人だから、と当然のように、俺に命じたのだ。俺は馴れているし、大人しく従った。もうそろそろ、妖精が集まる場所もなくなって、ここの妖精もいなくなる。俺の妖精が言ってた。あの場所がなくなれば、俺はこの小屋から出られるようになる、と。そうしたら、こいつを殺そう。
この小屋では、それが出来ない。何か、強い何かで、俺の力が抑え込まれていた。それも、外に行けば、出来るようになるんだ。
その日も、惰性で男の相手をした。男が去って行くと、俺自身を魔法で綺麗にした。小屋もそれで綺麗にしていた。
「誰かいますか?」
外から、子どもが声をかけてきた。いつもそうだ。
「いるぞ!」
返事する。
「うわ、いるんだ。父上、子ども相手に、何をしてるんだろう」
どうやら、あの男の子どものようだ。小屋の外で、俺と男の関係に、子どもは悩んでいた。俺は、見た目は子どもだけど、うんと長く生きている。だから、俺があの男にされていることは、子どもが知ってはいけないことだとわかっていた。
さすがに、俺は、外にいる子どもには教えなかった。
「ここに来ると、親に叱られるぞ」
「その叱られる場所に、父上が来ています。母上は、そんなこと、私には話していません」
難しいことをいうな、このガキ。
母親は、この子どもには、この小屋の話をしていないのか。珍しいな。ここの子どもはみんな、そう教えられて、だけど、興味本位で来るんだ。その中で、俺のことを見て、友達になろう、と言い出すんだ。
その子どももそうなるだろうな。無駄に、俺は、その子どもに期待した。もしかしたら、今度こそ、友達か家族になれるかもしれない。
「うーん、母上に相談します。また、明日来ます」
「わかった、明日な」
期待してなかった。親に言ったら、行くなと言われるだろう。育ちのいい感じの子どもだ。母親に言われたら、素直に聞き入れるだろう。
翌日も、男がやってきた。いつものように、俺を殴って、としてから、素っ裸で、俺の上に乗ってきた。俺は無抵抗で下にいた。
突然、小屋の戸が開いた。
「わたくしの目を盗んで、こんな放蕩をしているとは、どういうつもりですか、旦那様」
男の妻だ。その妻の後ろに、子どもがいる。男を軽蔑して見ていた。そして、俺を男の下から引きずり出したのだ。その途端、俺の妖精がとんでもない声で叫んで、見えなくなった。
男が叫んでいるが、子どもは気にせず、俺をそのまま引っ張って、小屋の外に出る。俺は出られないと思った。
ところが、子どもは何か打ち破るように、小屋に施されたものが一瞬で消されたのだ。
呆気なく、俺は小屋から出られた。
俺はそれから、子どもアーサーから離れられなくなった。アーサーの側にいるのは心地よい。色々と吸われていく感じだけど、それ以上に、アーサーの存在が、俺の幸福だ。
アーサーは、俺が頼んでもいないのに、外に出してくれた。広い世界を見せてくれた。俺のこと、悪者みたいに見る奴らが遠くから見ているけど、俺に一番近くにいるアーサーは、俺を見て笑ってくれる。
家族が欲しかった。
友達が欲しかった。
だけど、もうどうだっていい。俺は、アーサーさえいれば、他はどうだっていい。
アーサーと暮らしたかった。だけど、アーサーは、俺を神殿に預けたいと言った。
「俺はアーサーが女だってこと、黙っててやるよ」
側にいたいから、そう脅してやる。そう言えば、アーサーは俺を側に置くしかない。しかし、アーサーには、それが通じない。
「私は、妖精憑きにとって、天敵なんです。私の側にいると、キロンはきっと、早死にするでしょう」
アーサーは自らの秘密を俺に話してくれた。それは、アーサーが女だという秘密よりも、大きな秘密だという。
「私が女だと知られたって、どうにかなります。父の遠縁に、子爵家を継がせればいいだけです。ですが、私の体質は、場合によっては、帝国の敵になります。知られてはいけません」
アーサーの性別は些事だった。アーサーの体質こそ、危険な秘密だった。
「キロンは、私から離れて、魔法使いになったほうがいい。フーリード様よりも強い力を持っています。きっと、立派な魔法使いになります」
アーサーは、俺のために言っているのだろう。聞いていればわかる。だけど、俺はアーサーにくっついた。ずずずっと俺の何かが吸われるのがわかった。
「もう、他の奴らから貰うな。俺だけにしろ」
アーサーの中は、他の妖精憑きが混ざっていた。それがイヤだった。俺は、アーサーの外側だけでなく、臓腑まで、俺で染め上げたかった。
そして、アーサーが神殿に行く度、俺は神殿にいる妖精憑きたちを邪魔した。
俺はアーサーの側にいるために、大人になった。子どもの姿でいたのは、そうしろ、と誰かに言われたからだ。服がどうのこの、と言ってたな。後、大きくなると、メシがたくさん必要になる、とか。
だけど、アーサーは、大人であることを望んだ。子どものふりして、子どもにくっつくのは、変態なんだって。そんな変態は側に置いておけない、とアーサーに言われたから、俺は大人になった。
大人になれば、今度は、アーサーの側にいるためのものを身につけないといけない。まず、妖精憑きだから、その力の使い方を学び、やってはいけないことを教えられた。
「いくら、アーサーに頼まれても、キロンの魔法で、人を傷つけてはいけません。キロンは、魔法使いではありません。その資格がない」
帝国では、魔法で人を傷つけていいのは、魔法使いだけだ。魔法使いは特別だ。実は、貴族よりも上の立場になることもある。帝国は、魔法使いのお陰で、便利な生活を過ごせるのだ。
だけど、魔法使いは妖精憑き全てがなれるわけではない。妖精憑きに色々といる。妖精を感じるための五感全てを妖精憑き全てが持っているわけではない。力の強い妖精を全ての妖精憑きが持っているわけではない。そういう能力を試験して、乗り越えられた妖精憑きだけが、魔法使いになれるという。
そういうことを教えてくれる辺境の教皇フーリードは、魔法使いだ。かなり力が強いというけど、俺より弱いよな。
「キロンは、魔法使いになれますよ。私から帝国に話をつけましょう」
だから、フーリードもまた、俺のために、魔法使いになれという。
「魔法使いって、どれくらいでなれるんだ?」
「私は五年かかりましたね。色々と覚えて、身に着けないといけませんから」
「なっが!!」
「あなたは百年近く生きているほどの寿命持ちです。五年なんて、あっという間でしょう」
「その間に、アーサー盗られたら、どうすんだよ。アーサーは俺のだ。魔法使いになんかならない」
俺は、アーサーに強く執着した。どんどんと、アーサーの中も俺に染まっていってる。外だけでなく、内も、臓腑も、魂まで、俺に染めているんだ。それを俺が離れている間に、他の妖精憑きが混ざるなんて、考えただけでもイヤだ。
「魔法使いになれば、魔法を使って、アーサーを守れますよ」
「アーサーが危なかったら、俺の体で守ればいいんだよ。俺はすぐ、怪我なんか治る。骨が折れたって、一瞬だ」
「もっと、体を使うことを覚えるべきです。素手の攻撃は、許されます」
「そっか。じゃあ、それも教えてくれ」
時々、フーリードは悪い顔をして、俺に悪いことも教えてくれた。
アーサーが一番、大事だ。アーサーのためだったら、何だってやってやる。
だから、妖精がいっぱいいる禁則地を呪うのをやめた。あそこが潰れると、次は、子爵家の領地が荒廃してしまう。そうすると、アーサーの家がまた、借金を抱えることとなるのだ。
俺がやめれば、すぐだ。禁則地はすぐ、元通りになった。あそこは、元々、力が溢れている場所だ。俺が呪うのをやめてしまえば、すぐに戻ってしまうのだ。
百年近く、時間をかけて呪ったというのに、禁則地は一年も経たない内に元通りとなり、それどころか、禁則地周辺の実りは大豊作となった。
俺はアーサーの側で、安穏と暮らしているが、領地民たちはそうではない。俺の存在が気に食わない奴らもいれば、その中に、違う視線で見てる奴らもいた。
俺がいない時に、アーサーに近づく奴らがいた。俺が神殿で勉強している時だ。その時だけ、アーサーは俺から距離をとるようになった。
「何かあったのか?」
「別に、何も」
何か隠しているのは、見ればわかる。俺はそこら辺にいる妖精を捕まえて、無理矢理、聞き出した。野良の妖精は皆、俺のことを怖がった。嘘をついたら、野良の妖精を殺せばいい。実際、そうしてやったら、野良の妖精は、素直に話した。
領地民の中に、俺の子や孫がいるという。そいつらが、大人の姿の俺を見て、アーサーに家族を返せと訴えていたのだ。
俺は、今更な話に、そいつらのとこに怒鳴り込みに行った。
「お前らは、俺を捨てたくせに、今更、アーサーに変なことを吹き込むな!!」
俺に子や孫がいることを辺境の教皇フーリードとアーサーの母マイアは、アーサーには秘密にしていた。俺自身、その事実を小屋に出てから聞かされるまで、知らなかった。領地内でも、これまでは、隠し通していたことだ。アーサーは子どもだから、こんなことは知らないほうがいい、と大人のほうが判断したのだ。
なのに、よりによって、アーサーに、俺の子だ孫だと言ったのだ!!
「本当のことよ!! あんたの子を産んだんだから」
「俺を捨てたくせに!!」
「仕方ないじゃない。アンタ、妖精憑きの上、子どもの姿のまま、成長しなかったんだから」
「そうしろって、あそこに来る奴らみんな、言ったから、子どものままでいただけだ!!! もう、関係ないだろう」
「あんたが、こんな綺麗な大人の男になったんだ。あんたは、アタシのものだよ!!」
俺の姿を見て、欲しくなっただけだ。そこにあるのは、自分勝手な欲望だ。
「見て、あんたの孫だよ。あんたの子どもの頃にそっくりだ!!」
「そんなの知らない」
「似てるよ!! 子どもだって、あんたに似てた。血のつながりがあるんだ。一緒に暮らそう!!!」
「俺を捨てたんだ。それで、終わりだ。もう、アーサーにも近づくな」
「諦めないだから!!」
そういうやり取りをたくさんした。俺にとっては、過ぎ去った過去だ。だって、皆、同じこと言って、その内、怖い大人がきて、俺を殴る。それから、皆、俺の前には姿を見せなくなった。
だから、誰にことも覚えていない。みんな、忘れた。
なのに、俺の子や孫を持つ奴らは、とうとう、こっそりと神殿に行って、親子鑑定まで作ってきて、それを俺に突きつけた。アーサーにも、それを見せて、泥棒、と罵ったんだ。
だけど、全て、俺は拒否した。今更だ。俺が欲しいと言った時は、怖い大人を使って拒絶したというのに、アーサーという唯一の存在に出会ってから、やっぱり欲しいと戻ってくる。
過ぎ去った過去をどうにか取り戻そうと、悪あがきしていた。
その事を俺は辺境の教皇フーリードに訴えた。
「あんたたちは、肝心な時に裏切るな!!」
「今、親子鑑定をした者たちを厳しく罰している。私の許可なくやるとはな」
「どうして、こうなったんだ!!」
「………」
無言でじっと俺を見る辺境の教皇フーリード。何か、俺が悪いことしたみたいだ。
「お前がアーサーを独り占めするからだと。ちょっとした、可愛い嫉妬」
「なんだよ、それ!!」
アーサーの体質によって、篭絡された妖精憑きたちが、嫌がらせで協力したというのだ。
フーリードは呆れて俺を見返した。
「アーサーは、神殿では、素直でとてもいい子だ。神官たち、シスターたちの話を笑顔で聞いてくれる。そして、いつも、アーサーは尊敬の言葉をかけてくれる。子どもなりの、純粋なそれに、誰だって嬉しい。なのに、突然、出てきた、私よりも強い妖精憑きであるキロンが、アーサーを四六時中、独り占めだ。アーサーが神殿にお祈りに来て、神官たち、シスターたちと話し出すと、お前が邪魔をするから、不満が爆発したんだ。妖精憑きは、ああいう子が好きなんだ」
「………」
アーサー自身は、体質から妖精憑きに好かれていると思い込んでいた。
そうじゃない。アーサーは、好かれやすいものをいっぱい持っているんだ。きっかけは、確かに体質からだ。だけど、アーサーは大きくなっていくにつれ、人の良い部分を見つけ、それを誉めるようにしていた。それは、無意識なんだ。人の悪い部分よりも、人の良い部分を見よう、というのは、神殿での教えである。それをアーサーは素直に受け入れ、実行し、それが普通になっただけである。
「俺のアーサーだ。アーサーが、俺を見つけてくれたんだ!!」
だけど、アーサーだけが、俺を見つけ、連れ出してくれた。他の妖精憑きは、仲間がいる。だけど、俺には、アーサー一人なんだ。
「アーサーが心配していた。キロンはずっと、妖精憑きの友達を作らないと」
「そんなの、いらないよ!!」
「そうだな。お前のような妖精憑きの気持ち、我々ではわからない。ただ、アーサーが心配している。今はいい。いつか、友達を作りなさい」
「………」
それには、返事をしなかった。妖精憑きの友達ということは、アーサーを奪う奴だ。そんなのと友達になんかなれない。
ただの人だってそうだ。俺にとってただの人は、領地民だ。あいつらは、俺のことを騙して、好き勝手して、捨てて、痛めつけて、と自分勝手だ。今更、家族になろう、なんて言ってくる奴らもいる。
アーサーだけだ。俺のために、と動いて、言ってくれるのは。
俺に家族がいる、という問題は、俺が思っている以上に根深かった。俺がいない時に、俺の血が繋がっているだけの奴らは、アーサーを責めた。
アーサーは、母マイアからも隠されている事実だから、誰にも相談出来なかった。そういう日は、いつも、アーサーは物言いたげに俺を見ていた。
俺は、知らないふりをした。何も知らない顔をして、神殿でのことを笑って話した。
「ねえ、キロン、やっぱり、魔法使いになろうよ。フーリード様が言ってた。キロンは、すごい魔法使いになれるって」
そして、俺の家族を名乗る奴らに会った日、必ずアーサーは、この話をする。フーリードの奴、余計なことを言いやがって。
「魔法使いになんかならない。俺はずっと、アーサーの側にいるんだ。そのために、色々と勉強してるんだぞ。アーサーが大きくなって、ここの子爵になったら、俺が、アーサーの家令になってやるからな」
「………」
無言となるアーサー。まだ、言えないことがあるのだ。知ってるけど、俺は気づかないふりをして、アーサーを俺の膝に座らせて、後ろから抱きしめ、念入りに匂い付けした。




