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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-アーサー、アーシャ、アーサー-
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落ち目

 昔の幸福だった頃の夢を見ていた。このまま、ずっと眠っていたいというのに、冷たい水をぶっかけられて、目を覚ました。

 俺は起きて、何か言ってやりたいが、声が出ない。俺は、喉を潰され、声が出なくされたのだ。そんな俺を昔は俺の手下だった平民が見下ろしていた。その手には、俺にぶっかけた水が入っていただろうバケツを持っている。

「いつまで寝てるんだ!! さっさと起きて、作業しろ!!! この、ぐずが」

 俺に向かって叫んで、蹴ってきた。痛いから、反抗しようとすると、とんでもない苦痛が全身を駆け巡る。それで、俺は悶絶した。

「全然、反省とかしないんだな、お前。反抗すれば、お前は、天罰を受ける犯罪奴隷の契約が施されてるってのにな。バカだな」

「もっと痛い目にあえばいいのよ。アタシ、こいつに女の初めてを無理矢理、奪われたんだから。下手な上に、痛いばっかりで!!」

 こちらも、もとは妹エリザの手下だった女が、憎悪をこめて俺を見下ろした。俺が痛くて悶絶しているってのに、これっぽっちも心配しない。昔は、ちょっと痛いと言えば、皆、心配して、女は優しくしてくれたってのに!!

「さっさとしろ。メシは作業の後だ」

 腹が減っているってのに、食べ物が出ないのは、いつものことだ。

 いや、食べ物が貰えるだけましだ。貰えない時だってある。暴れると、天罰でとんでもない痛みを食らって、結局、それを見た奴らは、メシ抜きにするんだ。そうやって、俺の力を削いでいくんだ。

 のろのろと動いて、外に出れば、いつもと違った。祭りみたいに、賑やかだ。

「聞いたか、皇族様が視察に来てるって」

「今日は、作業、休みにするって」

「禁則地周辺に行くんだと」

「皇族様が行くから、全員で、禁則地周辺を整えて、出迎えるんだと」

「おい、お前も行くぞ」

 俺の首ついた鎖が引っ張られた。

「おい、いいのか? こいつ、犯罪奴隷だぞ」

「全員って、言ってるからな。こいつも一応、この領地民だからな」

「確かに」

 昔は手下だった奴らが、俺につながる鎖を乱暴に引っ張った。俺は転ばないように、急いでついていく。

 ぞろぞろと領地民が歩いていく中にいると、俺だと気づいたやつが、俺の足をひっかけて、転ばせたりした。

「この、のろま!!」

「さっさと立て!!」

 何も言い返せない。言い訳だって出来ない。声が出ないから、俺は一方的に言われるだけだ。俺は悪くないのに!!

 周囲は、酷い目にあっている俺を嘲笑う。誰も、俺のこと、助けてくれない。

「このデブ!! さっさと歩け!!」

「大した仕事も出来ないってのに、ぶくぶくと太って」

 少し離れた所で、俺と同じように首に繋がった鎖で引っ張られている女がいる。もう、面影もなくなったが、俺の妹エリザだ。エリザは、どんどんと太って、しかも、どんどんと老いていった。

 俺は太らないが、エリザと同じように、老いていった。俺の周りにいる奴らは、俺とそう歳が変わらない。だけど、俺はもう、じいさんみたいにしわしわになっていた。

 エリザは、虚ろな目をして、歩いていた。何もかも、諦め、反抗もしない。みすぼらしい服は、太った体にはあっておらず、肌を晒しているが、それが、とても見苦しい。

 俺も、みすぼらしい服だ。こんな服を着たら、肌が傷む、というのに、与えられるのは、誰かの着古した、素材の悪い服だ。だから、肌がボロボロだ。

「また、物を盗ったね!!」

「い、痛いぃ!!」

 どこかで鞭が打たれる音がする。悲鳴があがるが、誰も何も言わない。

 ぞろぞろと、領地民全員が禁則地周辺の農地に向かった。それは、果てしなく遠い距離だ。こんな距離、酷い扱いをされていても、歩くことはなかった。

 まだ、人扱いされていた時だって、歩いたのは、数度だ。

 俺が息も絶え絶えになって、禁則地の周辺の農地で膝をつくも、領地民たちは、元気に歩いて、作業を始めていた。

「お前はこっちだ!!」

「ぎゃぁっ」

 容赦なく、鎖を引っ張られ、俺は引きずられた。首が一瞬だが、締まった。

 それぞれの持ち場が決められているのだろう。俺は、言われるままに作業していた。

 しばらくして、遠くから馬が歩く足音が近づいてきた。その音がすると、皆、作業の手を止めて、膝をついて、深く頭を下げた。

 馬が止まると、複数の人が降り立つ。

「ここが、母上のお気に入りの場所ですか!!」

「お気に入りかどうかは、知らないが、ここを大事にしていた」

「皆さん、作業を続けてください。私のことは、気にしなくていいですよ」

「顔をあげろ」

 許可が下りたので、皆、顔をあげた。そして、息が止まるほど驚いた。

 たくさんの騎士を引き連れて、皇族と筆頭魔法使いが立っていた。筆頭魔法使いは、見た目は若いが、その姿はずっと変わっていない。俺は一度だけ、筆頭魔法使いを見たことがある。それは、夢にまで見るほどだ。

 筆頭魔法使いティーレットの姿は、全然、変わっていなかった。

 筆頭魔法使いティーレットの隣りに立つ皇族は、とても若い。まだ、成人前だろう。話し方も、その立ち振る舞いも、未熟だ。威厳もない。

 だけど、ここにいる領地民は、この皇族の姿をよく知っている。

「アーサー様だ」

「まさか、昔と同じだぞ」

「だが、アーサー様だ」

「アーサー様は、皇族だ。きっと、アーサー様のお子様だろう」

「そうに違いない」

 皇族は、昔、この領地の領主の子アーサーに瓜二つだった。

 あまりに似ている。よく思い出せば、声だって同じだ。笑い方だって、同じだ。

 だが、アーサーは俺とそう歳が変わらいおじさんおばさんだ。あんな子どもなわけがない。

 だから、皆、皇族のことをアーサーの子だと思ったのだ。アーサーは、貴族に発現した皇族だ。皇族と発覚した時点で、領地を離れ、王都にある城で暮らさなければならない。皇族とは、そういうものなのだ。

 実際、アーサーはいなくなり。この領地の貴族は、別の者となった。アーサーの遠縁だという。

 領地民は平民だ。皇族に対して、声をあげることは、無礼なことだ。だけど、皇族は笑顔だ。

「よくご存知ですね。私はアーサーといいます。昔、ここを治めていた貴族の娘アーシャが、私の母です。私の母は、私が赤ん坊の頃に亡くなりました。どうしても、母のことが知りたくて、我儘を言って、この領地に来ました。どうぞ、母のことを教えてください。悪口でもいいですよ。城では、母のことは、悪く言われていますから」

 皇族アーサーは、過去にいたアーサーと同じ笑い方、同じ話し方をする。それを見て、聞いていると、俺は、過去に戻ったような気になった。

 俺は、アーサーの兄だ。片親が違うけど、兄なんだ。アーサーのことなら、俺はよく知っている。アーサーのことを話してやる。そうだ、俺を側に置いてくれれば、いつだって、アーサーのことを教えてやれる!!!

 領地民はわらわらと皇族アーサーに寄っていく。順番に、と並ばされている。そんな列を俺は無視した。俺は、アーサーの兄なんだ!! お前らとは違う!!!!

 突然、俺の首を乱暴につかまれた。どんどんと引っ張られ、皇族アーサーから離され、見えなくなった。

 乱暴に、俺は投げ飛ばされた。文句を言いたくても、何も言えない。声が出ないからだ。

「何するんだよ!!」

 俺の隣りに、太った、皺皺の年寄が投げ出された。昔は絶世の美女であった母だ。今では、その面影はなく、くそババアになっている。

 さらに、妹エリザも投げ出された。エリザは俺と同じように声が出せない。だから、痛いとも言えない。怯えて、びくびくと、周囲を見ている。

「お前らは、本当に変わらないな」

「警戒なんて必要ない、とティーレット様は言ったが、やはり、必要だったな」

「お前らなんかをアーサー様が見たら、イヤな記憶を植えつけることになるだろうに」

「こんなのは、閉じ込めておけばいいのにな」

 母が抵抗しようと動くも、二人の男は容赦なく蹴って、俺にぶつけた。

 騎士二人には、面影があった。一人は、アーサーの元婚約者ヘリオス、もう一人は、ヘリオスの兄ハリスだ。二人は、呆れたように俺たちを見下ろした。

「こいつらの処分を辺境に任せたが、まさか、この領地民の奴隷にするとはな」

「生易しいのか、それとも、そうでないのか、わからんな」

 俺たちの扱いはとんでもなく酷いというのに、ヘリオスとハリスは、まだ、生ぬるい、と見ていた。

 俺は、つい、ヘリオスの服をつかんだ。縋って、助けてほしいと言いたかった。俺は悪くない。悪いのは、全部、アーサーだ!!

「あははははははは!!! アーサー、死んだんだってさ!! ざまあみろ!!! アタシをこんなふうにしたんだ、死んで当然さ!!!」

 唯一、声が出せる母は、先ほどの話に出てきた、皇族の母の死を笑った。

 そうだ、死んだと言っていた。俺たちにこんなことしたから、罰があたったんだ。俺は声が出ないが、顔は笑ってしまう。ざまあみろ。

 そんな俺たちの姿を冷ややかに、ヘリオスとハリスは見下ろした。

「お前らは、見た目はあんなに変わったのに、中身はこれっぽっちも変わらないな。安心した」

「この女の声を奪わなかったお陰で、口実が出来るな。さすが、ティーレット様だ。俺たちには考えが及ばないところまで、よく考えている」

 笑っている二人。その笑顔に、俺は恐怖する。それは、人をいたぶって、楽しい時の笑顔だ。

 そういう笑顔をいっぱい見た。今も、そういうことをされる。抵抗も出来ない。集団で、痛めつけられて、それをする奴らは、皆、こんなふうに笑っている。

「ハリス、ヘリオス、ここにいましたか」

 こんな端だというのに、皇族アーサーが、筆頭魔法使い、騎士たち、領地民たちを引き連れて、無邪気な笑顔でやってきた。皇族アーサーだけ、悪意一つない。

 皇族アーサーを見て、側に来て、母は止める隙もなく、駆けていく。だけど、すぐに、何か見えない力で、地面におさえつけられて、動けなくなった。

「ティーレット、ご老人に何をするのですか」

「僕のアーサーに汚らわしい人が近づきました」

「近づいたって、こんなご老人に、何が出来ますか」

「汚れます。近づかないでください」

「きっと、私の母の話をしたかったのでしょう。私が教えてほしい、と言いましたから。いっぱい、聞きました。あなたは、何を教えてくれますか?」

 無邪気な笑顔で、皇族アーサーは優しく母に語りかけた。だけど、皇族アーサーの周囲の者たちは、殺気をこめて、母を見ていた。

 母はにやりと笑った。

「お前の母親は、実の父親を去勢する、恐ろしい女だよ!!」

 皆、母を黙らせたくて、仕方がない。しかし、皇族アーサーが手でそれを止めていた。

「城でも聞きました。浮気した実の父親を去勢したと。そこまで、父親のことを独り占めにしたかったのですね。子どもなら、誰もがそう思います。私だけの父だと。それは、同じ両親を持つ兄弟姉妹もでしょう。親を独り占めにしたいものです。母は普通の人より、嫉妬深かったのですね」

 よく言われるのだろう。皇族アーサーは、慣れていた。だから、その受け答えも、完璧に出来上がっていた。

「あなたも、母の父親に想いを寄せていたのですね。見たことがありませんが、余程、素晴らしい男だったのでしょう。私も、そんなふうに、女性に想われるような男になりたいです。なれるでしょうか」

「なれます」

「もちろんです」

「今も、あなたに想いを寄せる女性はたくさんいます」

「ですが、ただ一人の女性には、まだまだ届きませんね」

 周囲は、皇族アーサーを持ち上げる。それに照れるも、想う女性には見向きもされていないのか、寂しそうに笑う。なんだ、お前は女一人、思い通りにも出来ない、情けない男なんだな。俺は笑った。

 大して気にしていない皇族アーサーに、母は悔しくて、また、口を開く。

「あいつは、金使いが荒くて、借金だってしてたんだ!!」

 そう、俺たちが引き取られる前まで、アーサーは贅沢ばっかりしてたんだ。だから、俺たちが、贅沢出来ないように、あいつから取り上げてやったんだ!!

 皇族アーサーはそれを聞いて、苦笑した。

「母の名前のついた証文を見せられたことがあります。ですが、母の借金ではなかったそうです。母の継母が、勝手に母の名前で借金したそうです。後でそれが発覚して、その借金をわかっていて承諾した商人は、処刑されました。母のものではありませんでしたが、母は借金を全て、清算したのですが、証文全て、回収出来なかったのでしょうね。それを見せられましたよ。もちろん、もう、その商人はいませんし、証文は無効なんですが、それで金を払え、と私を脅迫してきた皇族がいました。それを聞いた女帝が激怒して、その皇族も処刑されてしまいました」

 身に覚えのある話だ。ただ、おかしな事に、その話に、俺と妹エリザが存在しない。

 俺たちの母だけが、過去の借金話に残っていた。アーサーの兄である俺と、妹であるエリザは、影も形もいなくなっていた。

 話の裏を読み取った領地民たちは、俺たちを嘲笑うように見下ろした。存在すら、なかったことにされたのだ。

 母はまだ、過去のアーサーの汚点を言ってやろうと、考える。

「アーサーはね、義母から宝石をとりあげ、独り占めにしてたんだよ!!」

 そうだ、母は、子爵夫人となったというのに、アーサーの死んだ母親の持ち物だったから、と子爵家にある宝石全てを取り上げたんだ!! あの宝石は、子爵家のものだ。それは、子爵夫人となった母の物なのに!!!

 皇族アーサーは、首を傾げた。

「宝石って、あるのですか? 私が持っている母の形見は、これだけです」

 皇族アーサーが取り出したのは、綺麗な装飾がされた短剣だ。

「懐かしいですね。それは、俺が、彼女の入学祝いであげた贈り物です」

 それを見て、アーサーの元婚約者ヘリオスが懐かしんだ。

「宝石はありません。もし、あったら、私の元にあるでしょう。もしかしたら、今の子爵の持ち物になっているかもしれませんね。私の手元にないということは、そういうことです」

「どういうことだよ」

「子爵家の家宝なんでしょう。そういうものは、簡単に外に出すものではありません。継母のことは聞いています。平民の女だったと。身の程知らずな女ですね。貴族の妻となっても、平民は平民です。家宝を身に着けるには、身分が足りません」

 そして、皇族アーサーは、冷たく、母を見下ろす。笑顔だけど、その目は冷ややかだ。

「随分と、私の母に恨みを持っていますね。あなたは、どこの誰ですか?」

「アタシは、あんたの母親に全部奪われたんだよ!! 子爵夫人という立場も、宝石も、全部、あんたの母親に、奪われたんだ!!!!」

「これは、どういうことですか。どうして、母の故郷に、こに女がいるのですか」

 それまで、優しく、慈悲深く、世間知らずのような感じだったものが、すっと消えてなくなる。

「アーサー、出てる出てる」

「ティーレットの真似は、難しいですね。母は、ティーレットのようになるように、と願っていたというのに。もういいでしょう。気分を害されました。この者たちは、どこの誰ですか?」

 どこからか持ち出された椅子に、皇族アーサーはどっかりと座って、ただ見ているだけの俺と妹、そして、見えない何かでおさえこまれている母を冷たく見下ろした。

「アーサー様の目に入らないようにと、排除している所でした。申し訳ございません」

「ヘリオスの知り合いですか?」

「罪人です」

「そうですね」

 俺たちの姿を見れば、それはわかるものだ。当然の答えだが、皇族アーサーは納得しない。

「母の悪評はいっぱい聞きます。なんでも、腹違いの兄と妹がいたとか。片親が同じだというのに、皇族となったからと見捨てた、なんて城で言われましたよ」

 本当のことだ!! 俺たちをアーサーは捨てたんだ。俺も妹も、アーサーのことは許してやろうと思ったのに!!!

「あんまりにも煩くいうから、ティーレットに聞きました。なのに、ティーレットは口を開かない。仕方ないから、母が生まれた頃から知っているという、教皇長フーリードに聞きました」

 フーリードの名前は良く知っている。辺境の教皇フーリードだ。だが、皇族アーサーは、フーリードを教皇長と呼んだ。

 教皇長は、帝国中にある神殿での最高権力者である。俺がこんなに苦しい目にあっている間、あのフーリードは、とんでもなく偉くなっていた。

「フーリードも、最初は黙っていましたが、皇族たちが悪く言うんだ、と泣き落とししたら、教えてくれました。記録の上では、母には腹違いの兄と妹はいません。ですが、昔はいたんです。継母の連れ子がそうだったと。だけど、親子鑑定をしたら、父親が違っていました。フーリードだけでなく、ティーレットも親子鑑定をしたんですね。記録を見せてもらいました。皇族を騙す行為ですので、記録上から腹違いの兄と妹はいなかったことにされました。そして、継母にいるはずの連れ子も、ついでに削除されたそうです。記録上では、その腹違いだったと言われる兄と妹は、存在自体、消されました」

 それを聞いて、俺は頭を抱えた。叫びたかったが、声がでない。

「継母の連れ子は存在自体、なくなったので、貧民扱いですね」

 俺は恐る恐ると皇族アーサーを見上げた。見れば見るほど、アーサーだ。笑い方から、話し方、仕草もアーサーそっくりだ。

「そういえば、父の悪評も聞きましたよ。丁度いいので、皆さん、答えてください。父はこの領地で誕生した妖精憑きなんです。そのことで、私は皇族ではない、と言われ続けています」

「アーサーは皇族だ。僕が証明する」

「そんなの、皇族の儀式でわかることです。言わせておけばいい。それよりも、父のことですよ!!」

 皇族アーサーは、領地民たちを見回した。

「父は、百年近く生きた妖精憑きです。そこまで生きているのですから、母に出会う前に、子や孫がいてもおかしくない、実際にいる、と言われました。本当ですか?」

 笑顔で、皇族アーサーは、領地民を見回した。笑顔だが、目が笑っていない。

 領地に誕生した妖精憑きというと、妖精憑きキロンだ。あの男は、簡単に男にも女にも体を差し出していた。そして、実際に、妖精憑きキロンの子を妊娠出産し、さらには、孫までいる、という話を言いふらしている領地民はたくさんいた。我こそは、と名乗って、貴族の子息令嬢だったアーサーに、妖精憑きキロンは父親だ祖父だ、と言って、家族を返せと訴えていた領地民がそれなりにいたのだ。

 そう、今、この領地民の中に、皇族アーサーの腹違いの兄弟姉妹、さらには、甥姪、遠縁まで存在するのだ。

 嘘をついている奴だっていた。実際に誰がそうなのか、見分けられない。だけど、いることは確かだ。

「さあ、名乗り上げてください。私とは腹違いの兄弟姉妹で、さらには甥姪なんですよ。亡くなった母は、とても優しい人だと聞いています。偽物でしたが、腹違いの兄と妹と仲良くなろうと、色々と準備していたと聞いています。私も、母のように、仲良くなれるように、色々と準備しないといけませんね」

「名乗り出なさい!!」

「アーサー様が望んでいる!!」

 皇族アーサーの両隣で、剣の柄に手をかけるアーサーの元婚約者ヘリオスと、その兄ハリスが大声で叫んだ。

 誰も、名乗り出ない。いや、出ようとする、何もわかっていない子どもがいる。それを大人たちが子どもの口を塞いで止めていた。

 しばらく、皇族アーサーは笑顔で待った。領地民から、誰も、名乗り上げる者は出てこなかった。

「どうやら、噂は嘘だったようですね。でも、親子鑑定の写しを貰いました」

「平の魔法使いが作ったものです」

「皇族との血縁となるのですよ。筆頭魔法使いティーレット様が作ったものでなければ、信用度がありませんよ」

「ティーレット、親子鑑定、してくれますか? この紙に書かれた者たちは、この中にいるはずです」

「これは、キロンが生きている時にされたものだ。キロンは死んだんだ。もう、縁が切れてしまっている」

「ですが、私と兄弟姉妹というのはわかります」

「ここは、閉鎖された領地だ。どうしても血筋が似通ってくる。僕でも、難しい」

「わかりました。ですが、噂が流れるということは、誰かが悪意を持って広めているということです。こんなものを作る手伝いをした者がいるということは、そこにも悪意があるのでしょう。場合によっては、帝国の敵となります。気をつけるように」

 皇族アーサーが親子鑑定の写しを筆頭魔法使いティーレットに渡した途端、紙は一瞬にして燃えて、灰すら残らなかった。

 それから、皇族アーサーは優しい笑顔を見せる。手を出せば、筆頭魔法使いティーレットが果物が入った籠を差し出した。

「見てください、神の恵みを収穫しました。先ほど、切り分けて、美味しくいただきました。まだ、あなた方には切り分けていませんね。、食べてください」

 母の形見だという短剣で、皇族アーサーは昔よく見た神の恵みという果実を綺麗に切り分けて、ヘリオスを通して、俺たちに渡した。

「さあ、食べて」

 神の恵みは、甘美なものだと言われる。ここの領地民は、それをよく知っている。

 腹が減っていた。朝から何も食べていないのだ。だけど、切り分けられた神の恵みは、腐った臭いがする。

「食べろ」

 恐ろしい声で、ヘリオスが命じる。見てみれば、皇族アーサーの後ろで、俺たちを冷たく見下ろし領地民たちがいた。俺たちがどうなるのか、それを確認しようと、俺たちが食べるのを待っている。

 腹がどうしても空いたのだろう。母は神の恵みを口にした。

「こんなの、食べられるもんか!!」

 そして、母は皇族アーサーに向かって、切り分けられた神の恵みを投げ捨てた。

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