父上へ
我が子だと思っていたリサの子は偽物で、我が子であるアーサーに捨てられて、散々だった。リサに誑かされるままに、マイアが死んですぐ、アーサーを屋敷から追い出した一年間が、俺を犯罪者にした。
誰も、アーサーが貴族に発現した皇族だなんて、思ってもいなかった。妖精憑きのお気に入りという、汚らわしい存在だと、皆、見ていたのだ。
ところが、アーサーは、筆頭魔法使いを引き連れて、堂々と皇族を名乗った。そして、俺は、帝国の反逆者となり、捕縛され、犯罪奴隷にされた。
「アーサー、悪かった!!」
俺のただ一人の子はアーサーだけだ。喉が痛くなるほど、アーサーに助けを求めた。しかし、もう、アーサーはどこにもいなかった。俺は、辺境の三大貴族である侯爵と伯爵に裁かれるために、領地を出ることとなったのだ。アーサーは、領地から、俺が運ばれるのを見送ることなく、背中を向けて、領地のどこかに消えていった。
俺の両親は、犯罪奴隷とはならなかったが、辺境の三大貴族の命を危険に晒したということで、私刑を受けることとなった。そのために、俺と一緒に運ばれた。
俺、俺の両親、リサ親子が一つの箱に入れられて運ばれるのだ。悲惨だった。食べたものを吐き戻したり、ととても同じ箱にいられない腐臭を受けることとなった。だが、逃げられず、箱にいれられたまま、裁きを受けた。
「どうして、平民の子をいれたんだ、お前は」
貴族の学校で顔を合わせた程度の仲である伯爵が、箱の外から呆れたように俺を見下ろしていた。こいつはいつも、取り澄ました顔をしていて、嫌いだった。
「所詮、辺境の三大貴族といっても、子爵家はお飾りだ。こういう時に見せしめに使われるのが子爵家だ」
侯爵が俺を見て、嘲笑った。
「こんな男から、あんな優秀な子が生まれるとはな。アーサーには、世話になったよ」
そして、俺の子アーサーを誉めた。そうだ、アーサーは、俺の子だ!!
「アーサーに会わせてくれ!! もう一度、アーサーと話せば」
「もう、アーサーは辺境にはいませんよ」
領地で裁きを見定めていた伯爵の娘フローラが、冷たく見下ろしていう。
「何度も、アーサーはあなたを許したというのに、酷い裏切りをしたのです。見捨てられて当然です」
「間違ってたんだ!! こいつらに、騙されてたんだ!!!」
「浮気したことは事実でしょう。アーサーは、それを許しませんよ。あの妖精憑きキロンの過去の所業でさえ、怒りを覚えているのですから」
「あの妖精憑きに比べれば、俺なんか、小さい小さい」
妖精憑きキロンは酷いものだ。キロン、子だけでなく、孫までいるという話だ。あの小さい小屋に閉じ込められていたというのに、たくさんの女と楽しんでいたんだ。あの妖精憑きのほうが酷い!!
「大きい小さいではありません。それに、キロンは、誰が見ても、アーサーに夢中です。アーサーと出会ってからずっと、アーサー一筋です。アーサーと出会う前の過去のことは取返しがつきませんが、キロンは全てをかけて、アーサーの信頼を得たのです。それに比べて、あなたは、堂々と浮気して、アーサーの前で浮気相手の子を可愛がってと、最低です!!」
「こいつらが、俺の子じゃないと知らなかったんだ!! 知ってたら、アーサーをいっぱい、可愛がった!!!」
「浮気相手がいるのに? 血のつながりは関係ありません。あなたはアーサーを愛せません。だから、アーサーに見捨てられたのですよ」
「謝るから!!」
「もう、遅いのですよ。あんなに、機会を与えられて、あなた方は反省しなかった。さあ、さっさと裁きを下しましょう。彼らの言い訳を聞くのは、時間の無駄です」
もう、何を叫んでも、誰も、見向きもしない。俺はアーサーを呼ぶが、誰も答えてくれなかった。
どんどんと、体調が崩れてきた。何を食べても腐った味しかしない。体だって、動かない。きっと病気だ。こんな汚い場所にずっといるから、病気になったんだ。
体調が悪いと訴えても、誰も聞いていない。それどころか、引きずられ、そのまま、晒しものにされ、嘲笑われとしていた。
やっと、部屋に戻れば、リサ親子に殴る蹴るの暴力を受けた。
「あんたが悪いんだよ!! ほら、やっちまえ!!!」
リサがそういうと、リサの息子リブロと、リサの娘エリザが一緒になって、俺に暴力をふるった。
なんで、俺がこんな目にあわないといけないんだ。お前たちのために、俺は出来ることをやったんだ。リサが望むから、子爵夫人にした。俺の子だというから、リブロとエリザを可愛がったんだ。マイアの子アーサーを蔑んだんだ!!!
なのに、実の子であるアーサーは俺を見捨て、他人の子であるリブロとエリザは俺に暴力をふるっていた。
「お前がしっかり、アタシに種付け出来なかったからだよ!! 全部、お前のせいだ!!!」
当たり所が悪いところ蹴られた。さすがに、命の危機を感じた。
「お前ら、仲良くしてないんだな」
そこに、妖精憑きキロンが、やってきた。キロンだけ、時が止まったように、最後に見た時そのままの姿だった。
「お前、何しに来た!!」
リサがつかめるものをキロンに投げつけた。だが、見えない何かが、キロンを守っていた。
「何って、手紙の配達だよ。アーシャがお前たちに手紙を書いたんだ。アーシャ、優しいよな」
「アーシャ? 知らない奴だね」
「アーサーのことだよ!!」
「あの女、どこにいるんだ!!」
「禁則地にいる。アーサーは、禁則地に好かれているから、もう出られない」
「あそこにいるんだって!! あはははは、バカだね。あそこは、妖精憑きだって死ぬ場所だよ」
「アーサーにとっては、帝国で一番、安全な場所だ。禁則地は、アーサーを守っている。だから、もう、ここには来ない。手紙も、これで最初で最後だ」
そう言って、妖精憑きキロンは、それぞれに、アーサーからの手紙を渡す。
俺は四つん這いになりながらも、手紙を受け取った。綺麗な字で、俺の名が書かれていた。俺は、アーサーの字を知らない。
「こんなもの、読むわけないだろう!!」
リサは、アーサーからの手紙を破り捨てた。ついでに、リブロとエリザが受け取った手紙も取り上げて、破り捨てる。
俺は慌てて、手紙を胸に抱いた。これは、大事なアーサーの繋がりだ。奪われるわけにはいかなかった。
俺たちの様を見て、妖精憑きキロンは嘲笑った。
「あはははは、そうだよな。だって、リサ、読み書き出来ないもんな。アーサーから手紙貰ったって、読めないもんな!!! アーサー、知ってて、書いたんだよ!!!!」
「なんて、性格が悪い女だ!! 親子揃って、そっくりだよ!!!」
「リサとリブロ、エリザも親子だけあって、そっくりだな。血のつながりがないってのに、ネロ、お前にも似てるな。お似合いだよ、お前たち」
「煩い!!」
「これで、お別れだ。せいぜい、無駄なあがきをしていろ」
妖精憑きキロンは、俺たちを嘲笑って、去っていった。
父上、反省していますか? 何度も、反省するように、と言いましたが、結局、あなたが反省する所が見られませんでした。きっと、この手紙を読んでいる時も、反省していないでしょう。
私の出生のこと、母上から聞きました。母上、全て知っていましたよ。あなたがリサに唆されて、たった一度、閨事を強要したこと。本当に、リサは、酷い女だ。リサが身重で、父上の浮気を心配したのでしょう。実際、リブロの時に、父上は平民と浮気して、なんと、妊娠させましたよね。その過去があるから、リサは、ならば名ばかりの妻を相手にしてもらったほうがはるかにマシ、と考え、父上に囁いたんです。まさか、その一回で、妊娠するとは、母上も、リサも、思ってもいなかったでしょう。その事を聞いた時は、呆れるやら、悲しいやら。私の誕生をここまで喜ばれていないなんて、私は泣くしかありませんでした。
母は、あなたとの閨事すらしたくなかったというのに、たった一回で妊娠出産で、絶望したでしょう。
祖父は、私がよりによって女で誕生して、母がもう、子が為せないと知って、失敗したと思ったでしょう。
父は、私が無事、誕生したことを舌打ちしたと聞いています。
驚くほど、私の誕生は、誰からも祝福されませんでした。私が誕生したことで、不幸になった人もいました。
生まれてこなければ良かった。
何回も、何十回も、何百回も、何千回も、そう考えました。私、いらないじゃないか。だから、捨てられないように必死でした。
でも、母が亡くなって、それからたった一年、一年も、屋敷の外にある小さな小屋に閉じ込められ、私は考えを変えました。
私が捨ててやる、と。
父上、私は全て、捨ててやったんです。
母の思い出を捨てました。領地を見捨てました。爵位も捨てました。父上、あなたも捨てました。もういりません。私が捨てられるんじゃない。私が捨てたんです。
父上、この手紙を読んでいる頃は、犯罪奴隷になって一年になります。その頃に届けるように、キロンに頼みました。きっと、この手紙を読むまで、一年経ったなんて、知らなかったでしょう。私もそうでした。
私は、あの小さい小屋に一年、閉じ込められ、酷い目にあいました。この一年、どう感じましたか?
たった一年、と感じましたか?
一年も、と感じましたか?
私が受けた仕打ちは一年です。それは、長いのか、短いのか、話を聞くだけではわかりません。人によっては、たった一年じゃないか、一年も! と受け止めます。
でも、これは、経験した人しかわからない、感覚です。
父上、これが、私が受けた一年です。
私は、一年で保護されました。だから、これから先の父上が受ける苦行はどう感じるのか、私にはわかりません。
ですが、あの一年は、気が狂うほどの絶望でした。実際、気が狂ったんです。気が狂ったから、母上の思い出を捨て、父上を見捨て、全て、捨てたんです。
この手紙を読む頃には、私は元気な子どもの育児中の予定です。元気な男の子がいいな。きっと、男の子なら、皆に祝福されるだろう。私がそうだ。男に生まれていれば、何か、変わっていたかもしれない。
生まれた子を私は可愛がります。キロンには、父親らしく、抱っこして、肩車してもらいます。私とキロン二人で、子どもの手を繋いで歩きます。
私が父上にしてもらいたかったこと全て、子どもにしてあげます。私は間違わない。私は子どもに捨てられるようなことはしない。
父上、覚えていますか? あなたは、本物だと思って可愛がっていたリブロとエリザの手を繋いで、歩いていました。肩車だってしていた。私はそれを遠くから見ていた。あなたは、父親になれないわけではない。私の父親にならなかった人だ。
だから、さようなら。
私は父上を捨てる。
アーサーには、散々、酷い事をした。記憶の中にいるアーサーは、いつも笑顔だった。手を伸ばしてきても、俺は、払いのけていた。
アーサーから、手を伸ばしてきた。それを拒否し、偽物の子の手をとったのは、俺だ。
もう、遅いと気づかされた。マイアが亡くなって一年経った頃、アーサーは俺を捨てたのだ。
終わったということを手紙を読んで、思い知らされた。アーサーはもう、俺を許さない、助けない、捨てたんだ。
俺は手紙を胸に抱きしめ、泣いた。リサ親子に手酷くやられ過ぎて、世界がグラグラと揺れた。
アーサーが俺たちに閉じ込められ、虐待を受けた一年間のこと、俺はたかが一年、と思っていた。たかが一年、大した問題ではない、と。
実際に、一年、俺は犯罪奴隷として労役を課された。やったことがない農作業に、貴族であった時には食べたことがない粗末な食事、気まぐれに暴力をふるわれ、時にはリサ親子の今日みたいに殴る蹴るをされる。
気づいたら、一年経っていたという。
まだ、一年なのか。もっと、もっと、経っていると思っていた。十年経った、と言われても信じただろう。それほど、長く辛い日々だ。
アーサーは、一年で、この苦しみから解放された。だが、俺は、この苦しみが続くという。たった一年が、こんなに長く辛いと感じたのだ。この先も、一日が、一週間が、一か月か、長く辛いと感じるだろう。
手紙を読んで、俺は絶望した。いつまでも終わらないのだ。
アーサー、お前はたった一年で終わって良かったじゃないか!! 俺は、お前に捨てられて、これが、ずっと続くんだ!!!
怒りがふつふつと湧きあがってきた。俺を捨てるような子なんだ。俺がアーサーに酷いことしたって、仕方がないじゃないか!!!
「アーサーに捨てられたくせに、手紙なんか読んで、バカじゃないか!!」
だが、選んだリサ親子は、俺を嘲笑って、殴る蹴るをする。見てみれば、あんなに可愛がっていたリブロとエリザは、俺を楽しそうに殴って、蹴ってとしている。
また、まずい所に衝撃を受けた。どんどんと、酷くなっていく。
最初は、ここに、俺の両親がいたんだ。もともと、両親が作った借金のせいで、俺はしたくもない結婚をさせられたのだ。もし、リサと円満に結婚していたら、リブロとエリザは俺の子だった。
まず、アーサーは存在しなかった!!
その怒りを俺は、リサ親子と一緒になって、俺の両親にぶつけたのだ。その両親は、すぐに動かなくなって、気づいたら、いなくなっていた。
そして、俺の両親がいなくなったら、次は、俺がリサ親子から暴力を受けることとなった。
暴力を受けていて、ふと、気づいた。俺は、アーサーに酷いことはたくさんした。しかし、アーサーは俺に対して、口で注意はするが、こんな暴力を振るわれたことは、一度としてなかった。
結婚して妻となったマイアもそうだ。俺のこと注意はするんだ。だが、散々な姿を見せても、マイアは、呆れるだけだった。
今更、気づいた。本物の家族は、俺にこんなことしない!!
気づいたら、俺はリサ親子から隔離されていた。久しぶりに、清潔な場所で横にされていた。
横を見れば、幼いアーサーが俺を覗き見ていた。
『父上、起きたのですね』
満面の笑顔でいう幼いアーサー。そこに、悪意一つ見られない。俺が父親、それだけで、幼いアーサーは満面の笑顔を見せていた。
『アーサー、旦那様を起こすなんて、悪い子ね』
マイアに叱られ、幼いアーサーは不機嫌そうに唇を尖らせた。
『せっかく、父上が家にいるから、ちょっとお話したかっただけです。いいじゃないですか、珍しく、ここで、寝てるのですから』
『………』
マイアは、何か言おうとして、結局、口を閉ざした。幼いアーサーが、俺が屋敷にいるだけで喜んでいるから、水を差したくなかったのだろう。
『父上、その、あの、外に、一緒に行きませんか?』
『まだ、頭が痛いから、無理だ』
『そうですか』
がんがんと痛む頭では、とても起きられない。俺は溜息しか出ない。
『また、今度な』
一度も守っていない約束を口にして、俺は幼いアーサーの頭を乱暴に撫でた。幼いアーサーの整った髪がぐちゃぐちゃになった。
幼いアーサーは、呆然となった。髪がぐちゃぐちゃに乱れて、マイアが慌てて、整えた。
しばらくして、幼いアーサーは嬉しそうに笑って、自らの頭を撫でた。
『はい、楽しみにしています!!』
ただ、撫でただけで、幼いアーサーは喜んだ。




