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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-アーサー、アーシャ、アーサー-
245/353

女帝レオナへ

 貴族に発現した皇族アーサーが消息を断って、一年が経過した。アーサーのことを皇帝にするんだ、と言っていた筆頭魔法使いティーレットは、アーサーに置いてかれて、落ち込んだ。そのせいか、随分と真面目な筆頭魔法使いになってしまった。子どもっぽいところもなくなり、皆、筆頭魔法使いらしくなった、とティーレットを誉めた。

「詰まらない男になったな」

「レオナ様」

「アーサーがいなくなってから、平和すぎて、暇だ」

 アーサーと出会ってからは、本当に色々とあった。アーサーは、復讐のために、身を削りながら、一つ一つこなしていった。時には、秘密にしていた皇族の身分を利用したりしたのだ。

 そうして、アーサーを迫害していた領地民に復讐し、貴族だと言った嘘を暴き、実の父を見捨て、最後は、領地が抱える借金を返済し、どこかに行ってしまった。

 最初は、王都に移動する、とわざわざ宣言してくれたから、アーサーのことを探したのだ。ところが、アーサーの妖精憑きキロンが巧妙にアーサーを隠したようだ。筆頭魔法使いティーレットでさえ、探し出せなかった。

 そうして、アーサーは王都からどこかに移動したのだろう。もう、誰もアーサーを見つけられなかった。

「あれほどの人です。アーサーのことは、噂にでも流れるでしょう」

「そうだな。でないと、ティーレットが詰まらないままだ」

「いいんですよ、あれで」

「えー」

 俺様には、今のティーレットは詰まらないし、足りない。アーサーと出会った頃のティーレットは、面白い男だった。

 そうして、今日も、面白味のない作業の繰り返しである。皇帝なんて、やることは決まっている。飽きてきた。俺様じゃなくったっていいんだよ。だけど、皇帝をやめられない。それを賢者ラシフは絶対に許さないのだ。

 皇帝なんて、なるつもりはなかった。だが、筆頭魔法使いであったラシフが熱烈に訴えてきたのだ。面倒臭かったが、無能な先帝が俺様を殺そうとしたので、仕方なく、返り討ちにしてやった。そうして、ラシフが都合のいいように、話が進められていって、今、女に戻って、女帝をしている。

「女帝陛下、今日のお仕事です」

 すっかり、しおらしくなった筆頭魔法使いティーレットは側仕えに持たせた書類を賢者テラスに渡した。物静かな姿は、女も男も見惚れるほどの美しさだ。

 貴族に発現した皇族アーサーを目の前にすると、ティーレットは子どもになったな。その片鱗すら、見られない。

 賢者ラシフは、ティーレットの仕事ぶりに、満足そうに頷く。

「さすが、千年の才ですね。完璧です」

「全て、賢者ラシフの指導のお陰です」

「………」

 優等生な受け答えに、賢者ラシフも、気持ち悪くなったようだ。ほら見ろ!! 詰まらんだろう。

 ところが、突然、ティーレットの表情が、眠りから目覚めたように明るくなった。

「アーサーが戻ってきた!!」

「まさかっ!!」

「レオナ様!!」

 ティーレットが叫んで駆けだすから、私は仕事なんか放り投げて、ついていった。その後を、賢者ラシフが溜息をつきながらついてくる。

 ティーレットは城の中をすいすいと走っていく。昔のティーレットに戻ったようだ。大人になったね、と見られていたティーレットが走っている姿に、城で働いている者たちは、目を白黒させていた。そして、女帝である私が走っていくと、膝をついてひれ伏したのである。

 ティーレットは、城の門へと直進していった。

 城の門では、一年前に見たままの姿と恰好をした妖精憑きキロンが、腕に赤ん坊を抱きかかえて、門番につめ寄っていた。

「だからー、ティーレットを呼んでくれればいいんだよ!!」

「お前みたいな奴が、筆頭魔法使い様を気安く名前で呼ぶんじゃない!!」

「俺はいいんだよ!! 妖精憑きなんだから!!!」

「その恰好でか?」

 妖精憑きは魔法使いである。キロンは、普通の服を着ている。魔法使いの衣装ではないから、門番はキロンを嘲笑った。

「面倒臭いな!! 城の魔法を吹っ飛ばしたっていいんだぞ!!! 俺が勝手に入ると、妙な警報が発動するから、我慢してやってるってのに」

「やってみろ!! 魔法使いになれない妖精憑きに、そんなこと、出来るわけがないだろう」

「よし、やろう」

「やめろぉーーーーーーー!!!」

 そして、筆頭魔法使いティーレットが門番を押しのけて、妖精憑きキロンに抱きついて止めた。

「あー、ティーレット、元気だったか?」

「城の魔法を吹っ飛ばすな!! 大変なことになるぞ。お前も、簡単に、そんなこと言うんじゃない。魔法が吹っ飛ばされたら、責任をとれるのか!?」

「す、すみませんでしたーーーーーーー!!!」

 門番は筆頭魔法使いティーレットに叱られ、その場でひれ伏して、大声で謝罪した。







 改めて、妖精憑きキロンを俺様の執務室に迎えた。赤ん坊を抱いて歩くキロンは目立った。あれだな、俺様の関係者、と皆、噂してるだろうな。キロンは、力の強い妖精憑きだから、とても綺麗な見た目だ。キロンが抱いている赤ん坊のことも、俺様の子どもか孫みたい言われているかもしれない。

 キロンは、腕に抱いていた赤ん坊を筆頭魔法使いティーレットに渡した。

「アーシャの子どもだ」

「やはり、そうか」

 ティーレットが赤ん坊相手に大喜びしている様子から、そうじゃないか、と思った。

 ティーレットは、赤ん坊を「アーサー」と呼ぶ。何か、妖精憑きなりに、赤ん坊に感じているようだ。

「アーサー、ではなく、アーシャは元気か?」

「アーシャは死んだ」

「………死んだ?」

 キロンがあまりに平然というので、俺様は呆然となった。あんなに、妖精憑きキロンは、アーシャに執着していた。失ったなら、相当、辛いことのはずだ。

 なのに、キロンは笑顔だ。

「あの赤ん坊は、お前の子でもあるのか?」

「そうだ。あんたたちと別れた時には、アーシャの腹の中にいた」

 だから、アーシャは月の物の時のように、不安定だったのだ。

 月の物の症状は、妊娠初期に似ていることがある。最後に見て、話したアーシャは、もうすぐ月の物でもくるのだろう、と思われるほど、不安定な感じだった。怒って、泣いて、当たり散らして、といつもの冷静さと落ち着きがなかった。

 妊娠していた、というのなら、納得出来た。あんな大変な時に、キロンの子を宿すなんてなー。

 アーシャは、お家騒動で、大変な時に妊娠だ。気づいていなかったとはいえ、そんなことしている場合じゃなかったはずだ。そこが、アーシャらしい、と笑ってしまう。

 キロンは、ティーレットが赤ん坊をあやすのを笑って見ていた。手放しても、これっぽっちも心配しない。

「アーシャが死んだから、わざわざ、報告のために来たのか」

「そんなことのために、ここに来ない。人が生きようが死のうが、あんたたちはどうだっていいだろう」

「アーシャはそうじゃない。どうしているか、ずっと気になっていた」

「そうなのか」

 妖精憑きキロンは首を傾げる。わかっていないな。この男は、幼い頃からずっと、辺境で、小さな小屋に閉じ込められて生きていた。百年近く生きている、と言われているが、そのほとんどを狭い小屋の中で過ごしたのだ。だから、人の感性が理解出来ない。

 ただ、欲望のままに生きている。アーシャが欲しいから、アーシャの側にいて、アーシャが持つ物全てを手に入れた。もっとも、妖精に近い男だ。

 なのに、血のつながりのある赤ん坊に、妖精憑きキロンは執着を見せない。愛するアーシャとキロンの血の繋がりのある赤ん坊だというのにだ。

「アーシャがいろんな人に、手紙を書いた。俺は、今、それを配ってる」

「遺書か」

「どうだろうな。あと、赤ん坊はティーレットに任せる。俺はもう、行かないと」

「待て!! お前の子なんだから、ここで、一緒に子育てしていけ!!!」

「お前なー、それはやっちゃいけないことだろう」

「アーサーだぞ!! やっと、男に生まれた」

「そうだ、お前のアーサーだ。俺のアーシャじゃない」

「………そういうことか」

 ティーレットは、何か、すとんと納得いったようで、腕にいる赤ん坊を見た。

「ラシフ、門まで連れてってくれよ。俺一人だと、また、喧嘩になる」

「いきなり赤ん坊を押し付けて出ていくなんて、無責任なことをするんじゃない。ここにいなさい」

「ラシフ、行かせてやれ」

「しかし」

「いいんだ。キロン、元気でな」

 ティーレットは千年の才能ある妖精憑きである。キロンに、何か見たのだろう。

 キロンは、ただの妖精憑きではない。百年の才能ある賢者ラシフですら敵わない、力の強い妖精憑きだ。ラシフには、キロンが隠していることが見破れないのだろう。

「お前は、話がわかる奴だな。アーサー、元気でいろよ。アーシャは、死ぬまで、お前が元気に成長することを神と妖精、聖域に祈っていた。じゃあな」

 キロンは、まるで犬猫を捨てるみたいに、赤ん坊を、本当に置いていってしまった。

「マジか!!」

 城にいたのは、ほんのわずかである。何の説明もなく、妖精憑きキロンは、笑顔で去って行ったのだ。それはそれで、妖精憑きらしい。

 筆頭魔法使いティーレットは、早速、腕の中にいある赤ん坊をあやした。城の者に、育児関係の道具の準備を命じて、私のそばにいた。

「さっさと、筆頭魔法使いの屋敷に連れて行け」

 本当に、そうなんだ。ここは、俺様の執務室だ。育児する場所じゃない。

「アーシャの手紙が見たい」

「これか」

 それなりの太さの手紙である。色々と、アーシャは俺様宛に書いたのだろう。よりによって、俺様なんだ。筆頭魔法使いティーレットに書いていないのは、どうなんだろうか。それを口にすると、ティーレットが落ち込んでしまうので、俺様は飲み込んだ。








 女帝レオナ様、お元気でしょうか。この手紙が読まれているということは、もう、私はこの世にいないということです。すみません、城に行くと言ったのに、嘘をついてしまって。

 私は、最初から、皇族となって、城に行く気はありませんでした。城には絶対に行ってはいけないのです。私は、妖精憑きの寿命を食らう、いわば、妖精殺しだからです。私が城に行けば、帝国が抱えている魔法使いは早死にすることとなります。だから、私は決して、皇族になって、城で暮らすことが許されませんでした。


 私の一族の女は、妖精殺しの御業を継承するための予備として存在しました。妖精殺しの御業の正式な継承者は、別にいます。我が家は、その正式な継承者が万が一、継承失敗した時のための予備なんです。だから、女のみが、妖精殺しの御業の全てを受け継いでいました。

 妖精殺しの御業を受け継いだ女から生まれた者は、生まれた時から、妖精憑きに好かれる体質になるだけでなく、妖精殺しの御業を生まれた時から持っているため、とても、体が弱くなります。寿命も短いため、その子どもは、体質を使って、妖精憑きから寿命を捧げさせるのです。妖精憑きは、無意識にそれを行うそうです。

 妖精殺しの御業を受け継いだ女は、本来、子を作りません。未婚のまま一生を終わらせます。妖精殺しの御業は、女自身の寿命を削るため、短命となります。だから、母は私がまだ、親の保護が必要な頃に、亡くなりました。

 母は、私を生かすため、週に一度、神殿に行って、神官やシスターに無意識に寿命を捧げさせ、私を生きながらえさせました。そのことも、母は罪悪感を持っていました。それが、母の心を病むこととなりました。


 だから、私は、城で暮らすことが出来ませんでした。嘘をついてしまってすみません。本当のことが、言えませんでした。せっかく、親になってくれる、とレオナ様が言ってくれたのに。私は、そう言ってもらえて、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。


 私がこんな体質です。ずっと私の側にいる妖精憑きキロンは、もう、寿命がありません。キロンには、私の秘密全てを話しました。このまま、私の側にいたら、キロンは、どんどんと私に寿命を捧げてしまいます。キロンは、百年近く生きているから、かなり力の強い妖精憑きでしょう。それでも、私の側にいれば、あっという間に寿命が尽きてしまいます。だから、神殿に行くように説得しました。だけど、キロンは、偽物かもしれない想いを信じ、私の側にいることを選びました。

 私は、この体質から、キロンの心を信じられませんでした。だから、私が捧げられるもの全て、キロンに捧げ、妊娠してしまいました。私が捧げられるものは、私自身だけですから、結果、こうなってしまいます。なのに、私は妖精憑きから寿命を捧げられないと死んでしまいます。育児なんて、不可能なんです。とても、無責任なことをしてしまいました。

 きっと、キロンもすぐ、死んでしまうでしょう。キロンは、私と私が産む子のために、たくさんの寿命を使いました。私から生まれる子に、妖精殺しの体質が引き継がれないように、健康に誕生するように、キロンは寿命を使ったのです。だから、キロンも、そんなに生きられません。

 本当に、無責任な親ですみません。レオナ様は私の親になってくれると言ってくださいました。でしたら、私の息子の親になってください。

 どうか、私の息子を、ティーレットのように育ててください。よろしくお願いします。







 横から盗み見る筆頭魔法使いティーレットは、笑顔のままである。なのに、俺様は泣いていた。

「アーサー、女帝陛下がいっぱい、相手してくれるって」

「バカが!! 俺様は、子育て失敗したんだぞ!!! お前を筆頭魔法使いらしくない筆頭魔法使いにしてしまったんだ!!!!」

「この子はただの人だ。筆頭魔法使いにはならないから、それでいいんだよ」

「こ、皇族でなかったら、城に置けないんだぞ!!!」

「アーシャは、貴族に発現した皇族だ。この子はもしかしたら、皇族かもしれない」

 たくさん、言い訳した。そのどれも、筆頭魔法使いティーレットに論破された。筆頭魔法使いの儀式がやりたくないからと、長いこと成長を止めていた、情けない奴だってのに、やっぱり、ティーレットは千年の才能持ちだ。

 ティーレット、無理矢理、俺様に赤ん坊を抱かせる。

「覚えてないけど、僕も、こうやって、女帝陛下に抱っこしてもらったんだろうなー」

「ラシフと二人で、お前を育てたんだ」

「じゃあ、三人だ。女帝陛下と、ラシフと、僕、三人だ」

「まだ、ラシフを働かせるのか!?」

「ラシフは、女帝陛下が女帝陛下である限り、ずっと、その隣りを誰かに譲らないよ。あなたは、ラシフの皇族だ。僕の皇族は、アーサーだ!!」

 赤ん坊アーサーを優しく見下ろすティーレット。詰まらない男から、頼もしい男になっていた。

「それにしても、キロンは、アーシャに話さなかったのかな? それとも、アーシャには、内緒にしてたのかな?」

「何がだ?」

「キロンのことだよ。キロンは、ラシフよりも強い妖精憑きだ。その実力は、僕と変わらない」

「………は? まさか、キロンは、千年の才なのか!?」

「違う、キロンは、一万年に一人、誕生するかどうかの、災いを呼ぶと言われる凶星の申し子だ」

 それは、さらに驚く事実であった。私は立ち上がった。

「このまま、キロンを逃がすな!!」

「もうすぐ死ぬ」

「………」

「今覚えば、辺境の禁則地周辺が呪われたのは、妖精憑きを虐待したばかりじゃなかったんだ。キロンがやっていたんだよ。アーシャが一年間、閉じ込められ、虐待された時、あの領地は、大凶作になった。アーシャがされたからって、そんなことが起こるはずがないんだ。妖精だって、アーシャのために、そんなことはしない。かといって、そこら辺の妖精憑きでは、禁則地周辺を呪うなんて不可能だ。それも、キロンが凶星の申し子であれば、可能だ。凶星の申し子が持つ妖精は、僕たちでは視認出来ないんだ。だから、キロンを見ただけでは、僕だって、百年の才の妖精憑き程度だと、見てたんだ。実際、ラシフよりも強いけど、僕ほどではない妖精をキロンは憑けていた。だけど、僕の力では、キロンがアーシャにした匂い付けを消すことが出来なかった」

 筆頭魔法使いティーレットは、一つ一つの矛盾や疑問から、キロンが、帝国を滅ぼすほどの災いである凶星の申し子だと見破ったのだ。

 そして、さっき、キロンに会って、確信したのだろう。

 凶星の申し子は、存在自体、災いを呼び寄せる。ただ、側にいるだけで、運命まで捻じ曲げられるという。そこに善悪はないと言われている。

 だけど、凶星の申し子は、必ず邪悪となる。そして、千年の才の筆頭魔法使いの敵となるのだ。筆頭魔法使いは、凶星の申し子を倒すための皇帝の武器なのだ。

「アーシャは、知っていた、のか?」

「もし、知っていたのなら、すごいことだ。だって、アーシャは、凶星の申し子の寿命を盗ったんだ!! 誰にでも出来ることじゃない。アーシャは、帝国を救ったんだ!!!」

 手紙には、キロンが凶星の申し子であることは書かれていない。本当は、どうなのか、わからない。

 誰にも知られず、帝国を滅ぼす凶星の申し子は、ひっそりと消滅した。



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