女帝レオナへ
貴族に発現した皇族アーサーが消息を断って、一年が経過した。アーサーのことを皇帝にするんだ、と言っていた筆頭魔法使いティーレットは、アーサーに置いてかれて、落ち込んだ。そのせいか、随分と真面目な筆頭魔法使いになってしまった。子どもっぽいところもなくなり、皆、筆頭魔法使いらしくなった、とティーレットを誉めた。
「詰まらない男になったな」
「レオナ様」
「アーサーがいなくなってから、平和すぎて、暇だ」
アーサーと出会ってからは、本当に色々とあった。アーサーは、復讐のために、身を削りながら、一つ一つこなしていった。時には、秘密にしていた皇族の身分を利用したりしたのだ。
そうして、アーサーを迫害していた領地民に復讐し、貴族だと言った嘘を暴き、実の父を見捨て、最後は、領地が抱える借金を返済し、どこかに行ってしまった。
最初は、王都に移動する、とわざわざ宣言してくれたから、アーサーのことを探したのだ。ところが、アーサーの妖精憑きキロンが巧妙にアーサーを隠したようだ。筆頭魔法使いティーレットでさえ、探し出せなかった。
そうして、アーサーは王都からどこかに移動したのだろう。もう、誰もアーサーを見つけられなかった。
「あれほどの人です。アーサーのことは、噂にでも流れるでしょう」
「そうだな。でないと、ティーレットが詰まらないままだ」
「いいんですよ、あれで」
「えー」
俺様には、今のティーレットは詰まらないし、足りない。アーサーと出会った頃のティーレットは、面白い男だった。
そうして、今日も、面白味のない作業の繰り返しである。皇帝なんて、やることは決まっている。飽きてきた。俺様じゃなくったっていいんだよ。だけど、皇帝をやめられない。それを賢者ラシフは絶対に許さないのだ。
皇帝なんて、なるつもりはなかった。だが、筆頭魔法使いであったラシフが熱烈に訴えてきたのだ。面倒臭かったが、無能な先帝が俺様を殺そうとしたので、仕方なく、返り討ちにしてやった。そうして、ラシフが都合のいいように、話が進められていって、今、女に戻って、女帝をしている。
「女帝陛下、今日のお仕事です」
すっかり、しおらしくなった筆頭魔法使いティーレットは側仕えに持たせた書類を賢者テラスに渡した。物静かな姿は、女も男も見惚れるほどの美しさだ。
貴族に発現した皇族アーサーを目の前にすると、ティーレットは子どもになったな。その片鱗すら、見られない。
賢者ラシフは、ティーレットの仕事ぶりに、満足そうに頷く。
「さすが、千年の才ですね。完璧です」
「全て、賢者ラシフの指導のお陰です」
「………」
優等生な受け答えに、賢者ラシフも、気持ち悪くなったようだ。ほら見ろ!! 詰まらんだろう。
ところが、突然、ティーレットの表情が、眠りから目覚めたように明るくなった。
「アーサーが戻ってきた!!」
「まさかっ!!」
「レオナ様!!」
ティーレットが叫んで駆けだすから、私は仕事なんか放り投げて、ついていった。その後を、賢者ラシフが溜息をつきながらついてくる。
ティーレットは城の中をすいすいと走っていく。昔のティーレットに戻ったようだ。大人になったね、と見られていたティーレットが走っている姿に、城で働いている者たちは、目を白黒させていた。そして、女帝である私が走っていくと、膝をついてひれ伏したのである。
ティーレットは、城の門へと直進していった。
城の門では、一年前に見たままの姿と恰好をした妖精憑きキロンが、腕に赤ん坊を抱きかかえて、門番につめ寄っていた。
「だからー、ティーレットを呼んでくれればいいんだよ!!」
「お前みたいな奴が、筆頭魔法使い様を気安く名前で呼ぶんじゃない!!」
「俺はいいんだよ!! 妖精憑きなんだから!!!」
「その恰好でか?」
妖精憑きは魔法使いである。キロンは、普通の服を着ている。魔法使いの衣装ではないから、門番はキロンを嘲笑った。
「面倒臭いな!! 城の魔法を吹っ飛ばしたっていいんだぞ!!! 俺が勝手に入ると、妙な警報が発動するから、我慢してやってるってのに」
「やってみろ!! 魔法使いになれない妖精憑きに、そんなこと、出来るわけがないだろう」
「よし、やろう」
「やめろぉーーーーーーー!!!」
そして、筆頭魔法使いティーレットが門番を押しのけて、妖精憑きキロンに抱きついて止めた。
「あー、ティーレット、元気だったか?」
「城の魔法を吹っ飛ばすな!! 大変なことになるぞ。お前も、簡単に、そんなこと言うんじゃない。魔法が吹っ飛ばされたら、責任をとれるのか!?」
「す、すみませんでしたーーーーーーー!!!」
門番は筆頭魔法使いティーレットに叱られ、その場でひれ伏して、大声で謝罪した。
改めて、妖精憑きキロンを俺様の執務室に迎えた。赤ん坊を抱いて歩くキロンは目立った。あれだな、俺様の関係者、と皆、噂してるだろうな。キロンは、力の強い妖精憑きだから、とても綺麗な見た目だ。キロンが抱いている赤ん坊のことも、俺様の子どもか孫みたい言われているかもしれない。
キロンは、腕に抱いていた赤ん坊を筆頭魔法使いティーレットに渡した。
「アーシャの子どもだ」
「やはり、そうか」
ティーレットが赤ん坊相手に大喜びしている様子から、そうじゃないか、と思った。
ティーレットは、赤ん坊を「アーサー」と呼ぶ。何か、妖精憑きなりに、赤ん坊に感じているようだ。
「アーサー、ではなく、アーシャは元気か?」
「アーシャは死んだ」
「………死んだ?」
キロンがあまりに平然というので、俺様は呆然となった。あんなに、妖精憑きキロンは、アーシャに執着していた。失ったなら、相当、辛いことのはずだ。
なのに、キロンは笑顔だ。
「あの赤ん坊は、お前の子でもあるのか?」
「そうだ。あんたたちと別れた時には、アーシャの腹の中にいた」
だから、アーシャは月の物の時のように、不安定だったのだ。
月の物の症状は、妊娠初期に似ていることがある。最後に見て、話したアーシャは、もうすぐ月の物でもくるのだろう、と思われるほど、不安定な感じだった。怒って、泣いて、当たり散らして、といつもの冷静さと落ち着きがなかった。
妊娠していた、というのなら、納得出来た。あんな大変な時に、キロンの子を宿すなんてなー。
アーシャは、お家騒動で、大変な時に妊娠だ。気づいていなかったとはいえ、そんなことしている場合じゃなかったはずだ。そこが、アーシャらしい、と笑ってしまう。
キロンは、ティーレットが赤ん坊をあやすのを笑って見ていた。手放しても、これっぽっちも心配しない。
「アーシャが死んだから、わざわざ、報告のために来たのか」
「そんなことのために、ここに来ない。人が生きようが死のうが、あんたたちはどうだっていいだろう」
「アーシャはそうじゃない。どうしているか、ずっと気になっていた」
「そうなのか」
妖精憑きキロンは首を傾げる。わかっていないな。この男は、幼い頃からずっと、辺境で、小さな小屋に閉じ込められて生きていた。百年近く生きている、と言われているが、そのほとんどを狭い小屋の中で過ごしたのだ。だから、人の感性が理解出来ない。
ただ、欲望のままに生きている。アーシャが欲しいから、アーシャの側にいて、アーシャが持つ物全てを手に入れた。もっとも、妖精に近い男だ。
なのに、血のつながりのある赤ん坊に、妖精憑きキロンは執着を見せない。愛するアーシャとキロンの血の繋がりのある赤ん坊だというのにだ。
「アーシャがいろんな人に、手紙を書いた。俺は、今、それを配ってる」
「遺書か」
「どうだろうな。あと、赤ん坊はティーレットに任せる。俺はもう、行かないと」
「待て!! お前の子なんだから、ここで、一緒に子育てしていけ!!!」
「お前なー、それはやっちゃいけないことだろう」
「アーサーだぞ!! やっと、男に生まれた」
「そうだ、お前のアーサーだ。俺のアーシャじゃない」
「………そういうことか」
ティーレットは、何か、すとんと納得いったようで、腕にいる赤ん坊を見た。
「ラシフ、門まで連れてってくれよ。俺一人だと、また、喧嘩になる」
「いきなり赤ん坊を押し付けて出ていくなんて、無責任なことをするんじゃない。ここにいなさい」
「ラシフ、行かせてやれ」
「しかし」
「いいんだ。キロン、元気でな」
ティーレットは千年の才能ある妖精憑きである。キロンに、何か見たのだろう。
キロンは、ただの妖精憑きではない。百年の才能ある賢者ラシフですら敵わない、力の強い妖精憑きだ。ラシフには、キロンが隠していることが見破れないのだろう。
「お前は、話がわかる奴だな。アーサー、元気でいろよ。アーシャは、死ぬまで、お前が元気に成長することを神と妖精、聖域に祈っていた。じゃあな」
キロンは、まるで犬猫を捨てるみたいに、赤ん坊を、本当に置いていってしまった。
「マジか!!」
城にいたのは、ほんのわずかである。何の説明もなく、妖精憑きキロンは、笑顔で去って行ったのだ。それはそれで、妖精憑きらしい。
筆頭魔法使いティーレットは、早速、腕の中にいある赤ん坊をあやした。城の者に、育児関係の道具の準備を命じて、私のそばにいた。
「さっさと、筆頭魔法使いの屋敷に連れて行け」
本当に、そうなんだ。ここは、俺様の執務室だ。育児する場所じゃない。
「アーシャの手紙が見たい」
「これか」
それなりの太さの手紙である。色々と、アーシャは俺様宛に書いたのだろう。よりによって、俺様なんだ。筆頭魔法使いティーレットに書いていないのは、どうなんだろうか。それを口にすると、ティーレットが落ち込んでしまうので、俺様は飲み込んだ。
女帝レオナ様、お元気でしょうか。この手紙が読まれているということは、もう、私はこの世にいないということです。すみません、城に行くと言ったのに、嘘をついてしまって。
私は、最初から、皇族となって、城に行く気はありませんでした。城には絶対に行ってはいけないのです。私は、妖精憑きの寿命を食らう、いわば、妖精殺しだからです。私が城に行けば、帝国が抱えている魔法使いは早死にすることとなります。だから、私は決して、皇族になって、城で暮らすことが許されませんでした。
私の一族の女は、妖精殺しの御業を継承するための予備として存在しました。妖精殺しの御業の正式な継承者は、別にいます。我が家は、その正式な継承者が万が一、継承失敗した時のための予備なんです。だから、女のみが、妖精殺しの御業の全てを受け継いでいました。
妖精殺しの御業を受け継いだ女から生まれた者は、生まれた時から、妖精憑きに好かれる体質になるだけでなく、妖精殺しの御業を生まれた時から持っているため、とても、体が弱くなります。寿命も短いため、その子どもは、体質を使って、妖精憑きから寿命を捧げさせるのです。妖精憑きは、無意識にそれを行うそうです。
妖精殺しの御業を受け継いだ女は、本来、子を作りません。未婚のまま一生を終わらせます。妖精殺しの御業は、女自身の寿命を削るため、短命となります。だから、母は私がまだ、親の保護が必要な頃に、亡くなりました。
母は、私を生かすため、週に一度、神殿に行って、神官やシスターに無意識に寿命を捧げさせ、私を生きながらえさせました。そのことも、母は罪悪感を持っていました。それが、母の心を病むこととなりました。
だから、私は、城で暮らすことが出来ませんでした。嘘をついてしまってすみません。本当のことが、言えませんでした。せっかく、親になってくれる、とレオナ様が言ってくれたのに。私は、そう言ってもらえて、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
私がこんな体質です。ずっと私の側にいる妖精憑きキロンは、もう、寿命がありません。キロンには、私の秘密全てを話しました。このまま、私の側にいたら、キロンは、どんどんと私に寿命を捧げてしまいます。キロンは、百年近く生きているから、かなり力の強い妖精憑きでしょう。それでも、私の側にいれば、あっという間に寿命が尽きてしまいます。だから、神殿に行くように説得しました。だけど、キロンは、偽物かもしれない想いを信じ、私の側にいることを選びました。
私は、この体質から、キロンの心を信じられませんでした。だから、私が捧げられるもの全て、キロンに捧げ、妊娠してしまいました。私が捧げられるものは、私自身だけですから、結果、こうなってしまいます。なのに、私は妖精憑きから寿命を捧げられないと死んでしまいます。育児なんて、不可能なんです。とても、無責任なことをしてしまいました。
きっと、キロンもすぐ、死んでしまうでしょう。キロンは、私と私が産む子のために、たくさんの寿命を使いました。私から生まれる子に、妖精殺しの体質が引き継がれないように、健康に誕生するように、キロンは寿命を使ったのです。だから、キロンも、そんなに生きられません。
本当に、無責任な親ですみません。レオナ様は私の親になってくれると言ってくださいました。でしたら、私の息子の親になってください。
どうか、私の息子を、ティーレットのように育ててください。よろしくお願いします。
横から盗み見る筆頭魔法使いティーレットは、笑顔のままである。なのに、俺様は泣いていた。
「アーサー、女帝陛下がいっぱい、相手してくれるって」
「バカが!! 俺様は、子育て失敗したんだぞ!!! お前を筆頭魔法使いらしくない筆頭魔法使いにしてしまったんだ!!!!」
「この子はただの人だ。筆頭魔法使いにはならないから、それでいいんだよ」
「こ、皇族でなかったら、城に置けないんだぞ!!!」
「アーシャは、貴族に発現した皇族だ。この子はもしかしたら、皇族かもしれない」
たくさん、言い訳した。そのどれも、筆頭魔法使いティーレットに論破された。筆頭魔法使いの儀式がやりたくないからと、長いこと成長を止めていた、情けない奴だってのに、やっぱり、ティーレットは千年の才能持ちだ。
ティーレット、無理矢理、俺様に赤ん坊を抱かせる。
「覚えてないけど、僕も、こうやって、女帝陛下に抱っこしてもらったんだろうなー」
「ラシフと二人で、お前を育てたんだ」
「じゃあ、三人だ。女帝陛下と、ラシフと、僕、三人だ」
「まだ、ラシフを働かせるのか!?」
「ラシフは、女帝陛下が女帝陛下である限り、ずっと、その隣りを誰かに譲らないよ。あなたは、ラシフの皇族だ。僕の皇族は、アーサーだ!!」
赤ん坊アーサーを優しく見下ろすティーレット。詰まらない男から、頼もしい男になっていた。
「それにしても、キロンは、アーシャに話さなかったのかな? それとも、アーシャには、内緒にしてたのかな?」
「何がだ?」
「キロンのことだよ。キロンは、ラシフよりも強い妖精憑きだ。その実力は、僕と変わらない」
「………は? まさか、キロンは、千年の才なのか!?」
「違う、キロンは、一万年に一人、誕生するかどうかの、災いを呼ぶと言われる凶星の申し子だ」
それは、さらに驚く事実であった。私は立ち上がった。
「このまま、キロンを逃がすな!!」
「もうすぐ死ぬ」
「………」
「今覚えば、辺境の禁則地周辺が呪われたのは、妖精憑きを虐待したばかりじゃなかったんだ。キロンがやっていたんだよ。アーシャが一年間、閉じ込められ、虐待された時、あの領地は、大凶作になった。アーシャがされたからって、そんなことが起こるはずがないんだ。妖精だって、アーシャのために、そんなことはしない。かといって、そこら辺の妖精憑きでは、禁則地周辺を呪うなんて不可能だ。それも、キロンが凶星の申し子であれば、可能だ。凶星の申し子が持つ妖精は、僕たちでは視認出来ないんだ。だから、キロンを見ただけでは、僕だって、百年の才の妖精憑き程度だと、見てたんだ。実際、ラシフよりも強いけど、僕ほどではない妖精をキロンは憑けていた。だけど、僕の力では、キロンがアーシャにした匂い付けを消すことが出来なかった」
筆頭魔法使いティーレットは、一つ一つの矛盾や疑問から、キロンが、帝国を滅ぼすほどの災いである凶星の申し子だと見破ったのだ。
そして、さっき、キロンに会って、確信したのだろう。
凶星の申し子は、存在自体、災いを呼び寄せる。ただ、側にいるだけで、運命まで捻じ曲げられるという。そこに善悪はないと言われている。
だけど、凶星の申し子は、必ず邪悪となる。そして、千年の才の筆頭魔法使いの敵となるのだ。筆頭魔法使いは、凶星の申し子を倒すための皇帝の武器なのだ。
「アーシャは、知っていた、のか?」
「もし、知っていたのなら、すごいことだ。だって、アーシャは、凶星の申し子の寿命を盗ったんだ!! 誰にでも出来ることじゃない。アーシャは、帝国を救ったんだ!!!」
手紙には、キロンが凶星の申し子であることは書かれていない。本当は、どうなのか、わからない。
誰にも知られず、帝国を滅ぼす凶星の申し子は、ひっそりと消滅した。




