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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-不完全な復讐-
244/353

自由

 私の中で、すとんと何かが落ち着いた。

「もう、いい」

「アーシャ?」

「キロン、疲れた」

「そうか!!」

 色々と疲れた。人を憎むのは、とても力を使う。私なりに、奮い立たせたのだけど、ちょっと、忘れていた過去を思い出して、祖父への憎悪が、しゅんと消えてなくなった。

「伯父様、巻き込んでしまって、すみませんでした」

「巻き込まれたのはアーシャだ。お前は、生まれた時から、巻き込まれていた。アーシャは何も悪くない」

「そう言ってもらえて、嬉しいです」

「アーシャ、もう、休みなさい。この物々しい感じだと、色々と大変だったのだろう。まだ、学校に通い始めたばかりの子ども一人が背負うようなことじゃない。ここからは、大人に任せなさい」

「もう、終わりました」

「ならば、後始末は大人がやろう。父上、どういうことか、教えてください。キロンは、アーシャのことをよろしく頼む」

「その妖精憑きはダメだ!!」

「あんたにそんなこという資格はない!! キロンにあんなに世話になっておいて。もう、離れなさい。いつまでもここにいたら、話が進まなくなる」

 母の兄は、あの手がつけられない祖父ウラーノを軽くあしらった。

 私は言われた通り、キロンと一緒に、その場を離れた。

 行先なんてない。屋敷は筆頭魔法使いティーレットに消し炭にされてしまった。別邸は今、片づけの真っ最中である。

「アーサー様!!」

 その別邸から、使用人が出てきて、私を呼んだ。私は首を傾げて、使用人に案内されるままに、別邸に入った。

 予想通りというか、床があちこち、穴だらけになっていた。どれも、新しい。騎士たちが、踏み外したんだな。老朽化の激しい別邸だから、仕方がない。

 危なそうな所は上手に避けて、使用人に案内されたのは、父、リブロ、エリザが幽閉されていた部屋である。

 幽閉といっても、鍵がかかっているわけではない。監視がついているだけだ。子爵家が元は王都に屋敷を構えていた。幽閉というと、この領地の別邸に放り込まれることをいうのだ。だけど、今は、本邸は隣りである。別邸に放り込んでも、幽閉とは言わないな。

 幽閉というのは、昔の名残である。そんな子爵家特有の言い回しの由来を思い出して、ちょっと吹き出しそうになりながら、父たちが過ごしていた部屋を覗いた。

 ぞっとした。

 三人の部屋には、変色した神の恵みが落ちていたのだ。元は実っていた形跡がある。不自然な場所に蔓のような枝が広がり、そこにぽんぽんと実るのだ。その名残が枯れて残っていた。

 そして、変色して腐った神の恵みが、床に落ちていた。変形している物もあれば、一部だけかじられたようなものも見られた。

 これもまた、悪質な妖精の悪戯だ。父たちに嫌がらせで神の恵みを授けたのだろう。

 きっと、神の恵みが部屋に実った時は、選ばれたように錯覚しただろう。だけど、収穫してみれば、あっという間に変色し、腐っていった。その事に、怒り狂って、投げたりしたのだ。そんな光景が、散乱した腐った神の恵みを見て、想像出来た。

 あまりに気味が悪いので、使用人たちも、どうしようか困ったのだ。

「キロン、後片付け、お願いします」

「いいぞ」

 妖精憑きキロンに命じれば、一瞬で、あの気味の悪い、腐った神の恵みは跡形もなくなった。

 それでも、父たちを思い出すと、気持ちが悪いのだろう。使用人たちは、入るのを躊躇った。あの強烈な父たちを見てしまったのだ。そうなるよね。

 私はそれぞれの部屋の中を確認した。

 暇になるだろうから、と最低限の物は置いてあった。やはり、こういう場所で絶対に必要なのは、筆記用具と日記帳である。部屋を探れば、日記帳は見つかった。

「暇なりに、書くことがあるんだ」

 部屋にずっといるだけだというのに、日記は、びっしりだ。毎日、というわけではない。それにしても、三人とも、日記を書く甲斐性があるんだ。そこが驚きだ。

 ペラペラとめくって、流し見してみる。だいたい、似たり寄ったりだなー。

 アーサーが悪い。

 アーサーのせいだ。

 アーサーがいなければ。

 アーサーは生意気だ。

 アーサーが、アーサーの、アーサーは、アーサーで、といっぱいである。私、ここまで悪く書かれるようなこと、あの三人にしただろうか。どうにか穏便に済ませようと、私なりに気を使ったんだけどなー。

 私は日記を閉じて、机の上に置いた。きっと、これを読んだ人は、気持ち悪くなるだろうな。焼却してもらおう。

 部屋の中で、使用人たちが怖がるようなものは、それ以上、見つからなかった。だいたい、幽閉なんだから、物は最低限である。

 幽閉され、外にも出られなくなった父ネロは、それなりに娯楽の物が置かれていた。幽閉扱いながらも、貴族の学校に通っていたリブロとエリザの部屋には、勉強をきちんとさせようと、逆に、娯楽になるものは持ち込ませなかった。

 中に、学校の友達から借りただろう物がいくつか見られた。これは、私が回収して、持ち主に返してもらうように、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアに頼もう。

 一通り確認してから、使用人には、問題ないことを伝えた。

 別邸から出て、母の兄がいる場所に戻ってみた。祖父ウラーノはいなかった。

「ちょうどいいところにいた。アーシャ、この金は全て、アーシャが持っていなさい」

 母の兄が、机の上に並ぶ大金を叩いていう。

「しかし、これは、子爵の借金の返済ですから」

「一度、我が家は受け取った文書を今、書いた。これで、子爵の借金は終わりだ。男爵家と子爵家の契約も破棄した。アーシャは名実ともに、自由だ」

「そうですね」

「せっかく自由になったんだから、この金で、やりたいことをしなさい。どうせ、我が家には戻らない、捨て銭だ」

 同じことを祖父ウラーノも言っているのだが、いう人によって、響きが違うな。母の兄に言われてしまうと、つい、頷いてしまう。

「わかりました。文書もありますし、子爵の借金は終わりとしましょう。これで、母も自由です。生きている内に、自由になれれらば良かったですが、そこは、運命ですね」

 母の兄から文書を受け取って、私は笑った。

「アーシャは頑張ったな。マイアが死んでから、こんな大金を」

「母がここに嫁いでからの稼ぎです」

「っ!?」

「母は、この地に骨を埋めるつもりはありませんでした。持参金という名の借金さえ返済出来れば、母は自由になれます。だから、母は頑張りました。私の努力なんど、これのほんのわずかです」

「………あの子は、帝国中、旅をしながら、商売をするんだ、結婚なんかしない、といつも言っていた」

 亡くなった母のことを思い出して、母の兄が泣き出した。

「知ってます。母は、借金を返済したら、私を連れて、出ていくつもりでした。そう、私に話してくれました」

 母は、いつかは出ていく、もうすぐ出て行ける、と笑顔で私に語ったのだ。

「父も、リサたちも愚かです。母は全て返すつもりでした。なのに、彼らは泥棒と罵った。あげく、リサの子どもは、父の子どもではなかった」

「性根の腐った、酷い女だ」

「こっそりと親子鑑定に出して、その結果を見た母は、私を連れて行けない、と言いました」

「っ!?」

「私は泣いて母を責めました。嘘つきと。それから、母はおかしくなったんです」

「アーシャ、たまたまだ。たまたま、そういう時に重なったんだ」

「知っています。祖父の姉がそうだったんですよね」

 母の一族には、定期的に、気狂いを起こすことがある。決まって女だ。だいたいは、未婚で、気狂いを起こして、そのまま死んでしまうのだ。

 母の兄は、そのことを言いたいのだろう。だけど、私が責めた時に、母マイアはおかしくなった。偶然とはいえども、私は自分自身を責めたのだ。

「本当に、うまくいかないな」

「これからは、アーシャ自身のことを考えればいい。領地のことも、家のことも、我々一族のことも、考えなくていい。やりたいことをやるんだ。もし、そういうことがないのなら、休めばいい」

「そうか、休む、か」

 言われて、その言葉がすとんと私の胸の奥に落ちた。

 やりたいことをやれ、と言われても、そのやりたい事が思いつかなかった。だから、否定的に言ってしまうのだ。

 休む、という選択肢を示されて、やっと、私の中で答えが決まった。

「そうですね。ずっと考えて、動いて、農作業して、と忙しくしていました。もう、私は、そういうこと、しなくてもいいのですね」

「聞いたぞ、皇族なんだって。だったら、もう、貴族の役割なんてやってられないじゃないか」

「本当だ」

「我々に任せなさい。悪いようにはしない。ほら、頭数はいるからね。皆、商売はうまいんだ」

 いい笑顔でいう母の兄。この人は、いい伯父だ。

 祖父ウラーノだって、私のいい祖父になれるように、今更ながら、努力したのだ。だけど、過去がひど過ぎる。だから、母の兄と同じことを祖父ウラーノが言っても、私には響かない。祖父ウラーノ、可哀想だが、自業自得だ。

「では、このお金は、いただいておきます。これだけあれば、何もしなくても、普通に暮らしていけますね」

「遊んで、じゃないんだ」

「遊んだら、あっという間になくなってしまいます。下手なことせず、普通に生活していけばいけばいいんです。寝て、部屋を掃除して、料理して、食べて、としていれば、十分のお金です。ちょっと贅沢して、食事にデザートが増やせますね」

「外食だって出来るぞ」

「外食かー、したことないなー」

「してみなさい。たまには、他人が作ったものを食べるのも、いいものだよ」

「はい」

 母の兄に言われてしまうと、全て、素直に頷いてしまう。私は自然と笑っていた。







 再び、女帝レオナ様の元を訪れた。そこには、祖父ウラーノがいた。

「アーシャ、また、屋敷の者に呼ばれたと聞いた。叱っておいた」

「お祖父様、彼らの主はまだ、私です。私が呼ばれるのは仕方がありません」

「じゃが」

「もう、終わりました。あ、これを伯爵令嬢フローラか侯爵令嬢シリアに渡してください。リブロとエリザが、学校の友達から借りた物です。もう、あの二人は退学していますし、私は、皇族となりますから、辺境の貴族の学校には行けません。あの二人に頼んでください。持ち主はわかりませんが、あの二人が見つけてくれるでしょう」

「お前がそこまですることないじゃろう。こんな安物、相手も忘れているだろう」

「あなたにとってははした物でも、持ち主はそうではありません。思いやってください」

「わかったわかった」

 このひねくれた老人は、どうして、はい、と二つ返事で、頼みごとをきいてくれないんだ。面倒臭いなー。

 母の兄は、気持ち良い人だ。なのに、祖父ウラーノは、こう、面倒臭い。頼み事一つ、いちゃもんをつけてくる。だから、私は祖父ウラーノことが苦手なんだろう。

 面倒くさいのだろう。祖父ウラーノは顔にもそれが出ている。でも、私の手から受け取ってくれた。

「話はついたようだな」

「お陰様で、ありがとうございます」

 私は女帝レオナ様に頭を下げた。

「聞いたぞ、また、男を泣かせたと」

「………」

 否定できない。母の兄を泣かせたな。でも、母のことを話してなんだから、仕方がない。私は悪くない。私はからかう女帝レオナ様の前で不貞腐れる。

 そんな私を見て、女帝レオナ様は笑う。

「あははははは、そういう所はウラーノに似たな!!」

「そんなぁ!!!」

 かなりイヤなことだ。私、祖父ウラーノに似たところがあるなんて!!

 私が心底、イヤがっているから、祖父ウラーノは落ち込んだ。

「それで、これからどうするんだ?」

「まずは、領地を出ます。もう、この領地との縁は切れました」

 私は母の兄がくれた、契約破棄の書類を見せた。もう、子爵家と男爵家で結ばれた契約は破棄された。私が領地に縛られることはなくなった。

「城に来るのか?」

「少し、領地の外を見て回ります。ずっと、私は領地内で、貴族の令嬢なのに、そういう楽しみすら、享受していませんでしたから。普通を体験してみたいです」

 普通がわからないけど。まずは、人を見て、観察して、普通というものを知ることだ。

「お前には似合わんな!! 普通から縁遠いというのにな」

「言わないでください」

「けど、色々と見てこい。城に入ったら、そう簡単には出られないぞ」

「そういうレオナ様は、ぽんぽんと辺境に来ていますね」

「俺様を止められるやつはいないからな!!」

 そうだね。この女帝を足止めしようとしたって、ばっさり斬られちゃうもんね。納得した。私には出来ないな。

「いつ行くんだ?」

「今からです」

「今だと!!」

 祖父ウラーノが大きな声をあげて驚いた。

「そうです。後で、なんて言っていたら、止められちゃいます。だったら、さっさと出て行ってしまいます。キロン、ほら、軍資金がいっぱいです。さっさと転移の魔道具使って、王都に飛んでしまいましょう。そこから、旅に出ればいいんです」

「わかった!!」

「こら、待て!!」

 待ってられない。キロンはさっさと転移の魔道具を発動させて、私と一緒に辺境から移動した。







 気分がものすごく悪かった。月の物が近い感じがする。

「アーシャ、食べられるか?」

「気持ち悪いー」

 妖精憑きキロンが色々と食べ物を持ってきてくれるが、胃が受け付けない。こんな時だというのに、私は、神の恵みが食べたくなった。

「私、そんなに欲張りじゃないんだけどなー」

 普段から、最低限でいいと考えている。皆で食べるほうが美味しいのだ。

 過去に、お腹いっぱい食べて、そう感じた。だから、いつも、一切れ二切れで満足している。私が切り分けたものを周りの人たちが食べている姿を見て、お腹いっぱいになっていた。

 過去を思い出したから、領主代行のことを思い出してしまう。

「気の毒なことをしてしまった」

 心底、そう思っている。領主代行はとてもいい人だ。なのに、娘であるリサは、自らの欲望のために、領主代行を一族ごと殺した。

 表向きでは領主代行とは距離をとっていた。それも、神の恵みを見つけると、領主代行は笑ってやってきた。あの人、神の恵みが大好物だった。だから、私が切り分けると、心底、喜んでいた。

 父とリサ親子の裁きが終わったあと、領主代行の屋敷を私は見せてもらえなかった。近づくことも許されなかった。後始末は、祖父と、祖父が連れてきた騎士たちが行ったのだ。

 後始末といっても、もう、人の手で、どうしようもない惨状だったのだろう。遺体を埋葬して、殺害の現場となった屋敷は女帝に命じられた筆頭魔法使いティーレットが消し炭にした。

 そして、やっと、私は領主代行の屋敷があっただろう場所に行ったのだ。何もなくなっていた。

「キロン、神の恵みを収穫して、領主代行のお墓にお供えしよう」

「せっかく、辺境から遠く離れた場所に来たってのに、また戻るのか!!」

「そうすれば、私の気分が晴れる」

「それじゃあ、仕方ないな」

「まずは、こっそりと、禁則地に行こう」

「わかった」

 妖精憑きキロンは、私のためだったら、出来ること全てやってくれる。

 どうせ、誰も、私が辺境の禁則地に舞い戻るなんて、考えてもいないだろう。だから、逆に、気づかれない。

 辺境を離れて、一か月もしない内に、私は、辺境の禁則地に戻った。

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