かみ合わない話
おかしい、こんなはずじゃなかったんだ。私は、この大金を叩きつけて言ってやるんだった。そうだ、今、言ってやろう。
「煩い!! これで、私は全て捨ててやるんです。私が捨てられるんじゃない。私が、全て、捨ててやるんです!!!」
そういう計画だった。だって、私は捨てられることばかり恐れていた。
それの最たる者が、妖精憑きキロンだ。私の最後の縋り、妖精憑きキロンに捨てられることを恐れ、私は全てをキロンに差し出したのだ。
私は口をおさえた。気持ち悪い。何か、せりあがってきた。
「アーシャ、もうやめろ!! このじいさんは、ずっと、反省してる。アーシャのためなら、命だって捨てると言ってるんだ!!!」
「キロンは知っていたのか!!!」
「そりゃ、知ってるさ。じいさんが今みたいになるのを俺は見てたからな。裏切ったんじゃない。俺はただ、アーシャの側にいただけだ。アーシャが保護された、あの半月の間、変わったのは、アーシャだけじゃない。じいさんだって、変わったんだ」
私が祖父ウラーノに保護された半月は、あまり記憶になり。というか、思い出しても、何か漂っている感じなのだ。何があったのか、正直、よくわからない。
いや、もっと前から、おかしくなっていた。父たちに屋敷の外にある小さな小屋に閉じ込められ、それから、たくさんの絶望を与えられた。その一つ一つを受けて、最後、トドメをさしたのは、元婚約者ヘリオスからの手紙だ。
最後の最後の希望だった元婚約者ヘリオスが、長期休暇に、辺境に遊びに来ない、という断りの手紙を寄越した。それをリブロに朗読された。そこから、記憶が曖昧になっていた。
もっと前から、私はおかしくなっていた。
私は頭をかきむしった。あの時の事を思い出すと、全身に虫が這いずるような気持ち悪さを感じる。不安になって、全身が痙攣する。
「き、キロン」
「側にいる。ほら、落ち着いて」
キロンの胸に抱きしめられる。キロンの胸の鼓動を聞くと、落ち着いた。
「キロンの嘘つき。私の味方だって」
「そうだ。だから、アーシャがやりたいように、手伝った。止めなかっただろう」
「裏で、お祖父様と繋がっていた!!」
「繋がってない!! あのじいさんとは、アーサーが保護されて半月だけの付き合いだ。それ以降は、連絡だってとりあってない」
「妖精憑きの力を使えば、簡単に出来ただろう!! それに、屋敷には、お祖父様の息がかかった者たちがいた!!!」
「俺は何もしてないが、そいつらは、アーサーのこと、色々と報告してたぞ」
「知ってるじゃないか!!」
「そりゃ、俺は、そういう仕事もこなしてたからな」
「裏切者!!!」
「あーもう、それでいいから、俺を捨てるなよ」
「裏切ったくせに!!!」
「俺のアーシャ、俺はずっと、アーシャを待ってたんだ。あのせまっ苦しい小屋で、ずっと、アーシャが来るのを待ってたんだ」
「家族になる、と言われれば、簡単に信じたくせに!!!」
「そ、それは、まあ、あの時は、欲しかったからな」
どんどんと過去のキロンの悪行を責めた。
「お前には、子も孫もいる。だけど、私は結局、一人だ!!」
家族と呼べる者たちは皆、私を見捨てた。
「もう、十分、遊んだだろう」
そこに、王都にいるはずの女帝レオナ様が、賢者ラシフ様を引き連れてやってきた。少し離れたところで、気まずそうに筆頭魔法使いティーレットが立っていた。
お忍びとはいえ、女帝が来たのだ。その場にいる者たちは慌てて膝を折る。
「久しぶりだな、ウラーノ。お前は座るな。もう、年寄なんだから、辛いだろう」
「出来れば、椅子がいいな。立ちっぱなしも辛いんだ」
「立ってろ。お前は、子にも孫にも、酷いことをしたんだ。もっと痛い目にあえ」
「そうだな」
女帝レオナ様と祖父ウラーノが親し気に話している。
「二人とも、知り合いなんですか?」
「そうだ。お前がウラーノの孫だと知った時は、驚いたぞー。こんな偶然、あるんだな」
「世の中、本当におかしい。お前が皇帝、いや、女帝なんてな。今のお前がいるのは、ワシのお陰なんだから、孫のことは、守ってくれ」
「わかってる」
「どういうことだ!?」
最初から、女帝レオナ様と祖父ウラーノは繋がっていたのだ!! 私は無礼とはかなぐり捨てて、女帝レオナ様を睨んだ。
「なーんだ、やっと、本性を見せたな。いい顔になった。いつも取り澄ましていたから、可愛げなかったんだ」
「触るな!!」
女帝レオナ様が私の頭を乱暴になでる。それを私は手で払って拒絶した。
「ティーレットも知ってたんだな!! 私がやることを全部、お祖父様に報告してたんだな!!!」
「違う!! 僕は、アーサーが無茶しないように、遠くから見守っていた。妖精は、その、キロンのせいで付けられなかったから、見ているしかなかった。だから、すぐに、駆けつけられたんだ」
私はキロンの後ろで、疑うようにティーレットを見た。どうしても、私は妖精憑きキロンから離れられない。だから、キロンの背中を叩いた。
「悔しい、皆、皆、私のことを笑ってたんだ。どうせ、子どもの癇癪だと思ってたんだろう!!!」
「そんなこと、思ってもいない。アーシャ、その男はやめなさい。その男には、子も孫もいるんだ」
「キロンの裏切者!! 私にはキロンだけだというのに、お前には子も孫もいるなんて」
また、怒りがこみあげてくる。祖父ウラーノ、余計なことを言ってくれて。
「別に、子も孫も、家族なんて思ってない。あいつらの親は、皆、俺を裏切ったんだ。俺を家族に迎えてくれる、て約束するから、出来ること全てやったんだ。家族にしてやる、子どもにしてやるって、言ったのに、あいつら裏切りやがって。俺と約束守ってくれたのは、アーシャだけだ!!」
「そんなの知らないよ!!」
「アーシャに出会うよりも、うんと昔の話のこと言われたって」
「私は、キロンに全て捧げたんだよ!!」
何もかも、キロンに捧げたのだ。なのに、キロンはすでに、他人のものだった。それに怒りを覚えた。
「妖精憑きあるあるだな。妖精憑きは長生きだから、過去のことを嫉妬されるんだ」
「………」
「俺様は過去に男いたけどな!!」
女帝レオナ様が、他人事のように見て、笑っている。そんなレオナ様を賢者ラシフ様が剣呑の表情で見ていた。
「キロン、ちょっと、ワシと話そう」
「今、聞き捨てならない部分が出てきたな」
「キロン、わたくしも気になります」
祖父ウラーノだけでなく、元婚約者ヘリオス、伯爵令嬢フローラが、妖精憑きキロンを囲んだ。キロン、私に手を伸ばすが、三人がそれを許さなかった。
「お前ら、邪魔するなよ!! アーシャ、ごめん、謝る!! 言い訳なんてもうしない。俺が悪いんだ。俺が決めて、俺がしたんだ。俺が悪い。騙されたとか、そんなの、関係ない」
「………」
私は女帝レオナ様の後ろに逃げ込んで、無言でキロンを見返した。わかっている。キロンが悪くない。私が出会うよりも遥か昔の話だ。
それ以前に、キロンは本当に悪くないのだ。キロンは、ただ、乞われるままに、男も女も受け入れただけである。キロンは子どもの姿といったって、綺麗だ。誰だって、キロンを見て、接していれば、気が狂う。それほどの美しさをキロンは持っている。
勝手に相手がキロンに夢中になり、狂ったのだ。そして、それが、キロンの子や孫を作ることとなってしまった。
キロンはただ、家族が欲しくて、友達が欲しくて、受け入れていただけだ。
だけど、私が生まれるよりも過去のことがどうしても許せない。悔しい。キロンは私のことをずっと待っていた、と言いながら、過去にいっぱい、そう言ったんだ。
「私はどうせ、その中の一人なんだ。あの小屋から連れ出してくれたら、他の誰かだったんだ!!」
たまたま、私が母マイアに報告して、あの小屋から連れ出しただけなのだ。
どんどんと、私は見捨てられていった。最初は、父。次に、母。そして、祖父と、どんどんと家族に捨てられた。家族には期待出来ないから、他人に期待したのだ。なのに、元婚約者ヘリオスは、リブロが書いた偽物の手紙を信じて、貴族の学校の友達を選んで、長期休暇に遊びに来る、という約束を手紙一枚で破ったのだ。
残されたのは、私のことが大好きだというくっついて離れない妖精憑きキロン。領地内は敵ばかりの中、キロンだけは、私を身を挺して守ってくれた。
「私は、女の初めても全て、キロンにあげたんだ!! なのに、裏切者!!!!」
キロンの裏切りは、どうしても許せなかった。
泣いて叫んで、手が付けられない私を保護したのは、女帝レオナ様である。レオナ様は、暴れる私を軽々と抱き上げて、即席で作られた天幕に入っていった。
私は無礼だってのに、レオナ様の体を叩いて蹴って、と酷いことをした。だけど、レオナ様は平然として、受け止めた。
私は、結局、レオナ様の大きな胸に顔を埋めていた。羨ましいな、この胸。ちょっと分けてほしい。
頃合いを見てから、賢者ラシフ様が入ってきた。
「どうなった?」
「キロンが責められていましたよ。妖精憑きだから、何でも欲しいのは、仕方がないのに」
「ただの人と妖精憑きでは、感性が違うからなー。女の初めてを捧げたんだ。どうしても、許せないんだろう」
「キロンは最低なんです」
私は少し、落ち着いたので、レオナ様の胸から離れる。あの感触は癖になるな。気をつけよう。
「そんな、生まれる前の話なんだから、許してやればいいだろう」
「本気だった人だっていたんです。キロンを初恋として、本気であの小屋から連れ出して、夫婦になろうと、全てを捧げた人だっていました。ですが、家族から猛反対されたあげく、無理矢理、他の男と結婚させられたんです。なのに、キロンはさっさと別の女を相手にしていました。キロンにとっては、男も女も、皆、同じなんです。家族になろうと言えば喜ぶから、と言い訳するのも卑怯です。だけど、家族になりたい、というキロンだって卑怯です。どちらかが言ったんです。一方だけが言ったわけじゃない。キロンから言ったことだってあります。それなのに、キロンは言い訳して」
「男らしくないな」
「私だって卑怯だ。そういうことを知っていながら、私には、それしかなかった」
また、涙が出てきた。悔しい。あの時は、それが最善だと思って、キロンを縛ったのだ。
「キロンを保護して、キロンを私の妖精憑きにしてから、隠れて私に会いに来る人がたくさんいました。母が生きている頃、キロンが神殿で勉強に行っている時です」
キロンは世間知らずだから、神殿で勉強することとなった。そのため、私からキロンが離れることがあったのだ。
「私が一人のところに、子どもを連れて大人がやってくることがありました。時には、孫までいるようなおばあちゃんです。皆、いうんです。キロンは私のものだ。私の父だ、この子の祖父だ、と私にいうのです。だから、お前だけのものじゃない、と言われました」
「子ども相手に酷いことをいうな」
「そういうことが、リサたちに伝わったのでしょう。私が監禁されていた時、私のこと、母親と同じ泥棒め、とリサたちに罵られました。私の母は父と子爵夫人の肩書を盗んだんだ、と。私は、子爵の子という立場を独り占めして、子が孫がいる妖精憑きを独り占めして、卑怯だ、と。そんなの、私のせいじゃないというのに、領地民にまで言われて!! それなのに、キロンは否定できないから、私を抱きしめて、黙り込むだけ。あの男、肝心な所で、ダメな男なんだ!!」
ここぞという時、キロンは役立たずだった。それが、さらに、怒りを募らせたのだ。
「そこで、何か言えるのは、男でも女でもいないだろうな」
「どっちの味方ですか!!」
「一般論だ。俺様だって、言えないなー。だが、一つだけ言えることがある。アーサー、お前は悪くない」
「………そう、そうですぅ」
私はボロボロと涙を零して泣いた。そうだ、私は何も悪くない。皆、私を悪者扱いするけど、私に悪いところなんてないんだ。
女帝レオナ様は、私を胸に抱きしめてくれた。
「悪くったって、悪くないって、思えばいい」
「それ、悪いってことですよ!!」
「俺様はそう、あのジジイに教わったぞ。あのジジイはな、本当に悪い奴なんだ。後ろ暗い仕事を俺様みたいな貧民にやらせてたんだ。だけど、いつも言ってた。お前らはやらされてるだけだ。やらせた奴が悪いって。あのジジイ、妙な所で、いい奴なんだ」
「そんなの、知らない。私が知ってるお祖父様は、私の価値をお金で表現して、女で生まれた私を無駄な出費が増えたと言って、母が死んだ時なんか、私の味方である男爵家の使用人を全部連れて行ってしまって、本当に酷い人なんです!!」
「実際、そういう男だった。だが、お前のことを知るために、ウラーノを呼び出したら、すっかり変わっていた。事情を聞いたら、お前のことを愚痴られた。バカな婚約者を婚約者から外したい、妖精憑きは危険だ、孫娘の父親は浮気までして最低だ、腹違いの兄弟なんかは孫娘をいじめる悪い奴だ、と俺様に話すんだぞ。もう、孫バカなじじいになってた。ウラーノもとうとう、孫を可愛がるじじいになったか、なんて驚いたものだ」
「なんですか、それ」
「俺様もそう思う。だけど、真実だ。俺様がウラーノに最後に会ったのは、皇族だと発覚する前の、貧民であった頃だ。皇族となってから、俺様はウラーノに会うこともなかった。本当に、会ったのは、最近、きっかけは、お前だ、アーサー」
「………当たり散らして、すみませんでした。レオナ様は悪くない」
落ち着いて聞いてみれば、女帝レオナ様の悪いところなんて、一つもなかった。本当に、ただ単に、偶然が重なっただけだった。
私が知っている祖父と、女帝が再会した祖父ウラーノは、別人だ。どっちも祖父ウラーノだ。ただ、時差がある。
私は急に優しくなった祖父ウラーノのことを無視していた。いつまでも、過去、私を見捨てた祖父と思い込んでいた。
女帝レオナ様の胸から離れて、見上げた。とても優しい目で私をみるレオナ様。
「レオナ様って、子育てしたことがないと言ってましたが、とてもそんなふうには思えません」
「俺様の子を育てたのは、使用人だ。皇帝はな、子育てなんかしない。それは、使用人の仕事だ」
「レオナ様の子?」
ふと、違和感を感じた。
レオナ様は少し前まで皇帝として、男装していた。もちろん、皇妃がいて、目出度く懐妊した、生まれた、という話は皇帝の子だけは発表されるのだ。
「えっと、もしかして、皇妃様は男だったとか」
「立派な女だ。浮気だな、浮気」
「じゃあ、レオナ様の子って」
「いるぞ。昔は、母親不明の子として紹介していたが、今は、私が産んだ子だ」
「どうやって!?」
そうだよ、この人、男装して、普通に皇帝やってたよね。妊娠したら、それは難しいと思うんだよ。
私はつい、じっと、これまた立派なレオナ様のお胸を見た。これを隠すのも、大変だったろう。
「魔法だ魔法。俺様の姿は、ラシフの魔法で男に見せてただけだ。触った感触まで、偽装してたんだぞ」
「そうなんだ」
そういえば、レオナ様は、十年に一度の舞踏会の場では、一瞬で男から女になったな。魔法で偽装してたんだ。そう言われると、そうなんだ、と納得する。
この立派な胸も、妊娠して膨らんでいたかもしれない腹も、全部、魔法で隠してたんだ。
「時々、お前は、私の胸をじっと見るな。気持ち悪いんだが」
「ないものなんで、羨ましい、妬ましいと、見てしまうんです」
「まだまだ、お前はガキなんだから、もっと成長するぞ。遅れてるだけだ」
「レオナ様はどうでしたか? 元は貧民だというから、栄養状態はあまり良くなかったでしょうね。その胸は、どうでしたか?」
「………」
ちくしょー、元からか!! 成長とか、栄養状態とか、関係ないんだよ。誤魔化してるだけだ。私の胸は、きっと、一生、このままだ。
私は、成長の見込みがない胸を撫でて溜息をついた。
「お前なぁ、キロンに揉んでもらえ。すぐ大きくなるぞ」
「大きくなりませんでしたから」
「………」
腹が立つ。キロンには私が持っているもの、全てをあげたんだ。私が持っているものなんて、たかが知れてる。
あんなに捧げて、縋って、としたのに、キロン、裏切って、言い訳して、肝心なところで役立たずで、胸は成長しないじゃないか!! 無駄にキロンに刺激されただけだ。あの変態め!!
妙に、最近は腹が立つ。また、月の物が近いのかもしれない。あれから、月の物がきていない。不安になって、経験のある人たちに相談したら、最初はそういうものだ、と言われた。
女帝レオナ様は、優しく私の頭を撫でてくれた。こういうこと、あまりされたことがないので、嬉しい。
「今のお前を大事だという奴はいっぱいいる。それは、あの妖精憑きもだ。あの妖精憑きは、子も孫もいるというのに、まるで見向きもしていない。昔の女だって、領地を回ってみれば、見かけるだろう。だが、あいつが見ているのは、お前だけだ。俺様から見ても、あの妖精憑きは、お前だけを見ている。ティーレットとは違うなー」
「でしょうね。ティーレットは、たぶん、私がいいわけではない」
「一目惚れだ、一目惚れ。バカバカしい話だが、そういうものなんだと。理屈なんかじゃない。お前はなぁ、もっとバカになったほうがいいぞ。難しく考えすぎだ」
「………レオナ様が親か兄弟だったらいいのに」
「いいぞ、親になってやるぞ。今から、お前は俺様の娘にしてやる」
「まずは、お祖父様と話し合ってからですね」
嬉しいことを言ってくれる女帝レオナ様。だけど、まだ、私は、この領地から離れられない。ここから離れるためには、きちんと、祖父ウラーノと話をつけないといけないのだ。




