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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-不完全な復讐-
241/353

最後の審判

 あんなに威厳を持って、裁きを言い渡していた筆頭魔法使いティーレットは、その場を解散させると、すーぐに私に甘えたように抱きついてきた。

「アーサー、やっと、城で一緒に過ごせるね!!」

「え?」

「ほら、家がなくなったから」

 わざとだ。筆頭魔法使いティーレット、どさくさに紛れて、屋敷を消し炭にして、私が過ごせる場所をなくしたのだ。

 屋敷が燃えて、すっきりしたなー、なんて私は見ていたけど、そんなのんびりな話ではなかった。ティーレットは、どうやってでも、私を城に閉じ込めたいのだ。

「まだ、別邸があるからな!! それに、アーサーの計画はまだ、終わってない!!」

 私の妖精憑きキロンが、私とティーレットの間に入った。

「もう、キロンも城に住めばいいんだよ!! 一緒に、僕の皇帝アーサーを助けよう」

「………」

 ティーレットの誘いにキロンは黙り込む。

「どうしたの?」

「あのなー、俺は、その、野良の妖精憑きだぞ。魔法使いでさえない」

「試験を受ければいいよ!! キロンなら、すーぐ、魔法使いの試験に合格するよ。あとは、僕付きの魔法使いになればいいよ。ほら、大丈夫だ」

「………」

 ティーレットがいい話をするのに、キロンは黙り込んだ。

「ティーレット、まだ、後始末が残っている。こんな事になってしまったけど、説明しないといけないから」

 私は、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアの元に行く。

「フローラ、シリア、そのままでいいから」

「でも」

「ですが」

「まだ、正式発表前だからね。今は、子爵家のアーサーだよ」

「………もしかして、ヘリオスは知っていたのか?」

 私から距離をとって控えている元婚約者ヘリオスと、その兄ハリスを見ていう伯爵令嬢フローラ。

「婚約解消の場で、暴露した。仕方がなかったんだ。ヘリオスが納得しなかったから」

 本当は、ヘリオスの家族への嫌がらせなんだけど。嘘だけど、フローラが真実を知る手段はないので、バレないだろう。

「私のせいで、怖い目にあわせてしまったね。シリア、ごめんね」

「そ、そんなこと、ない!! アーサーのせいじゃないのに」

「皆がいう通り、父たちはさっさと処分したほうが良かったんだ。だけど、私の我儘で、生かしておいた。そんなことしたから、フローラとシリアが危険な目にあった。悪いのは私だよ」

「お、親子なんだから、仕方ない。わたくしだって、やれとは言ったけど、わたくしはできないことだから」

「そりゃ、シリアの家族は、仲良しだからだろう。我が家とは違うよ」

 まず、状況が違う。

 私は、領地民からも、家族かも嫌われていた。本来、切り捨てて、見せしめにするべきことなんだ。

「これから、この領地も大変だろう。食糧売買の件でも、辺境全体で話し合おう。その罪をこの領地だけに押し付けてはいけない。全てを任せていた、辺境全体の問題だ」

「そこは、侯爵家と伯爵家に任せます。私はもう、関われませんから。それに、そうしてもらっても、これから、ここの領地は苦しくなるでしょう」

「遠縁が跡を継ぐから、心配ない」

「それも出来ないでしょうね。この領地が、それを認めません。よりによって、領主代行一族を殺してしまうなんて、リサもバカなことをしました。さらに、私はもう、ここには居られない。妖精の洗礼を受けた者を二つも失いました。これから、妖精たちからの試練ですよ」

「領主代行と言ったって、平民の代表みたいなものだろう」

「元は、彼らは子爵家なんです。弟か妹が平民となって出来たのが領主代行一族です。ただ長男というだけで子爵を受け継いだ、だらしない兄が出来のいい弟に領地のことを押し付けて、王都の屋敷でふんぞり返っていただけですよ」

 元はそうなのだ。領主代行一族もまた、貴族なのだ。しかし、どんどんと平民と混じって、血が薄められた。それに、子爵家はずっと王都で暮らしていたので、完全に血が変わってしまったのだ。

 こうして、名前だけの子爵と、領地内で実権を握る領主代行一族が出来上がったわけである。

「この領地は、領主代行一族がほとんど仕切っています。領地民たちは、言われるままにやっているだけです。逆に言えば、領主代行一族がいないと、何も出来ないのですよ。これから、右も左もわからない所から始めることとなります」

「それも、アーサーが取り仕切れば」

「皇族と公表されたら、それは許されません。皇族って、帝国全土のことを考えないといけません。一領地のことだけを特別視するわけにはいかないのですよ」

 平民リサは、本当に、とんでもないことをしでかしてくれた。よりによって、知見を持っている領主代行一族を皆殺しにしてくれたのだ。

 平民リサ、リブロ、エリザは確かに領主代行一族だ。しかし、あの三人は偉そうにふんぞり返っているだけで、何もしていない。知らないのだ。例え、許されたとしても、あの三人に任せたら、また、領地は借金まみれだ。

「我が家も助力しよう。辺境全体の問題だ。まずは、子爵を受け継げるだけの者を見つけないといけないな」

「そのためにも、私は、絶対にやらないといけないことがあります。このままでは、新しい領主を領地が受け入れません」

「あれか、神の恵みが選ぶ、という話か。今は、そんなことしてないと言ってたじゃないか」

 神頼みは止めた、確かに、私はそう言った。実際、これまでの子爵は、試練を乗り越えているわけではない。ただ、受け継いでいるだけだ。

「私は、領地に呼び戻されたんです。本来、私は、祖父に保護されたまま、狂人となっているはずでした。この領地だって、父によって滅茶苦茶にされていたでしょう」

「言っている意味が」

「私は母が亡くなってから、たった一年、一年も、家族が領地民に酷い事をされました。精神がまともであるはずがないでしょう。私はただの人です。絶望して、妖精憑きキロンだけに縋り、体の傷だけは治されました。ですが、心の傷は、そのまま残り、保護されたばかりの私は、狂っていました。そういうの、垣間見たでしょう」

 私が月の物によって、情緒不安定になった時、学校で、過去にされたこと全てを吐き出して、大泣きしたのだ。あれこそ、本来あるべき姿だ。

「しかし、今は、普通だ」

「無理矢理、普通にされているんです。たった半月で、私は強制的に、この領地に呼び戻されたんです。そして、気狂いを起こしている私を妖精たちは無理矢理、元に戻しました。私は常に、妖精の魔法によって、まともになっているだけです」

「そ、そんな」

 信じられない、と私を見る伯爵令嬢フローラ。彼女は、過去の私を知っている。記憶の中のアーサーと、目の前にいるアーサーに何か違いがあるのだろうか、探している。

「私は、知らず知らずのうちに、領地の試練に合格してしまいました。だから、領地が私を呼び戻したんです。城に行っても、また、私は呼び戻されるでしょう。そういうものなんです」

 いくら、皇族といえども、相手は神の使いである妖精だ。

 禁則地周辺の領地は、人の世といえども、妖精の加護を受けている。本来であれば、不毛地帯であるのに、禁則地周辺の領地だけは、緑豊かで、とんでもない実りを人に施してくれる。

 本来、ただの人が支配出来るような場所ではないのだ。それを妖精たちが試練を与えて、選んでいるのだ。

 大昔、行われていた試練。神の恵みを使って行われた、領主選び。あれは、決して間違っていない。正しい者を領主とすることで、妖精たちに、ここで実りを得ることを許してもらっているのだ。

「私と領地の縁切りをしないといけません。私は知らず知らずのうちに、試練に合格してしまいました。ただの人の、昔のように、侯爵と伯爵の言いなりとなる、子爵をここに据えることこそ、重要なんです。私はもう、弊害でしかない」

「どうやって」

「そこは、もう解決出来ます。私自身は、私だけのものではないのですよ。残念ながら、私の身柄は、この領地のものだけではありません」

「アーサー、何をするつもりなんだ?」

「後始末です。じゃあ、二人とも、お元気で」

 私は軽い感じで、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアに別れを告げた。私は皇族と表沙汰となってしまったのだ。もう、城に閉じ込められるのは決定だ。何より、貴族の学校に通うのなら、王都の学校だ。辺境の学校には通えない。








 別邸を使う、と言ったが、実際は、そんなこと不可能である。夜遅い出来事だったので、皆、野営用のテントとかで休んでいた。

 私の父方の祖父ウラーノもそうだ。私は、そこにお邪魔した。

「どこに行っても、皇族様だから、居辛くなりました。ここで休ませてください」

「神殿に行けばいいだろう」

「おや、私はやっぱり、邪魔ですか」

「違う。女なんだから、もっと安全な所に行きなさい。こんな危ない所にいなくていい」

「ここには、お祖父様の騎士団が守っているから、大丈夫でしょう。それに、キロンが常に、側にいます。それよりも、お祖父様の体は大丈夫ですか?」

 私は祖父ウラーノの体を心配した。年寄に対して、平民リブロは、殴ったり蹴ったりしてたな。

「鍛え方が違う。あんな程度では、怪我も大したことがない」

「でも、人質になっていましたよね」

「わざとだ。ああすれば、勝手に、あやつらを罰しやすくなるからな。次からは、ワシのことは見捨てるんじゃぞ」

「もう、次はないですよ。終わりました」

 本当に終わった。

 父ネロは、犯罪奴隷となったことで、爵位を取り上げられ、ただの平民となった。今、リサたち親子と一緒に、簡易牢に入れられている。その牢には、今回の不祥事の責任として、父方の祖父母もいれられていた。父方の祖父母も無罪というわけにはいかなかった。別邸の隠し通路を隠していただけではない。なんと、本邸の隠し通路も隠していたことが、今回、発覚したのだ。本邸が焼けてしまったので、父方の祖父母はすらっとぼけていたが、道連れにしようと父ネロが白状したのである。祖父ネロが人質となった経緯は、本邸にもあった隠し通路のせいであった。この事実から、辺境の三大貴族が激怒して、私刑を行うことにしたのだ。ほら、一歩間違えれば、本邸にいた伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアも危なかったのだ。

 しぶとく子爵夫人、子爵の子を産んだ女にしがみついていた平民リサ親子は、晒しものである。牢の外から害することを許されてしまったので、領地民たちが石を投げたり、棒で叩いたり、としていた。リサは口うるさく、何か叫んでいる。平民リブロと平民エリザは牢に入れられる前に、喉を潰された。何も言えないから、泣きながら、復讐を受けている。

 諸悪の根源はこれで始末された。もう、私を害そうとする者たちはいない。やっと平穏である。

「お前は皇族となって、次の女帝になるのだろう」

「そんな、皇位簒奪を宣言するようなこと、言わないでください。レオナ様に処刑されちゃいます」

 私はぶるっと身震いした。女帝レオナ様は、まだまだ生きる人だ。

「だいたい、二代続けて、外に発現した皇帝なんて、さすがに皇族側が許さないでしょう。レオナ様はあの腕っぷしと、賢者ラシフ様がいましたからね。それに、そういう面倒臭いのは、もううんざりです。領地でいっぱいしましたから、もうやりたくない」

「そういうわけにはいかない。お前は、筆頭魔法使いに選ばれている。皇帝は、筆頭魔法使いが選んだ者がなるんだ。筆頭魔法使いは、皇族に絶対服従、と言われているが、気に入らない皇族が立てば、殺すのだ。それが出来るのが、筆頭魔法使いだ」

「言ってますね」

 今、ここにいない筆頭魔法使いティーレットは、常に、私のことを”僕の皇帝”と呼ぶ。親愛をこめて呼んでいると思っていたけど、本気なんだ。

 私が大きな口を開いて欠伸をしたから、祖父ウラーノは寝床をあけてくれた。私は喜んで、そこに潜り込んだ。

「こういうことも、出来なくなるな」

「やったこと、ないですよね」

「あるぞ。お前を保護した時に、数度だけ」

「覚えていませんね」

 私は、母が亡くなって一年後、虐待する父たちから保護された。だけど、保護されて半月で、私は領地に戻ったのだ。

 祖父に保護されていた半月のこと、私はよく覚えていない。

 だから、祖父の隣りで眠っても、違和感しかない。抱きしめられても、気持ち悪いだけだ。そういう経験、母が生きている間、一度もなかったからだ。

「まだまだ、アーサーは小さいな」

「お祖父様も小さくなったんじゃないですか? 私が知っているお祖父様は、もっと大きかったですよ」

「そこは、お前が大きくなったんだ。私は変わらない」

「そうかなー」

 私は笑う。母が生きている頃の祖父ウラーノは恐ろしい人だった。笑いもせず、私のことを冷たく見ていただけだ。

 今の祖父ウラーノは、愛情をこめて、私を見つめている。一体、保護されていた半月の間、何があったんだろうか。

 妖精憑きキロンは、そこから出ていかない。心配そうに、私と祖父ウラーノのやり取りを見ている。

「キロン、手」

「やっぱり、俺がいないと、ダメなんだな」

「フローラとシリアと一緒の時は、大丈夫だったんだけどね」

「まだ、お前たち、一緒に寝てるのか!?」

 祖父ウラーノは、私の手から妖精憑きキロンの手を払った。

「お前はもっと、女としての自覚を持て。こいつは………」

 祖父ウラーノは、そこまで言って、黙り込んだ。ウラーノにとって、妖精憑きキロンはもっとも危険な男なんだろう。実際そうなんだ。

「知っています。この領地には、キロンの子や孫がいます」

「知っていたのか!?」

「わざわざ、それを言ってくる領地民がいましたからね」

 キロンの血族だと、私に言い寄ってきた領地民たちはいたのだ。色々とあったのだろう。恨み事まで口にして、責任とれ、なんて訴えたのだ。

「お前に、そんなことを教えるとは。なんて、心無い者たちだ。お前は貴族の子以前に、子どもだというのに」

 それを聞いて怒る祖父ウラーノ。そんな反応を見て、私は変な感じだった。母が亡くなる前の祖父はもっと冷徹だった。私のことなんて、子爵家を乗っ取る道具だ。実際、そういうことを平然と私に言ったのだ。

 なのに、今の祖父は、いい祖父である。

 祖父ウラーノの孫は私一人だけではない。他にもいるだろう。他の孫に対して、ウラーノがどんな風に接しているのか、私は知らない。

 だけど、こんな優しい祖父は、今更だな。

 私はやっぱり、気持ち悪くて、祖父ウラーノの側にいられなかった。寝床から離れ、痒くなった肌をがりがりと爪をたててかいた。

「あ、アーサー?」

「やっぱり、あなたのことは許せない」

 どんなに優しく、私に自由に生きろ、と祖父ウラーノは言ってくれても、過去はそうではないのだ。

 祖父ウラーノは戸惑っていた。そんな祖父がいるテントから、妖精憑きキロンを連れて出た。

 外では、それぞれの家門の騎士たちが固まっている。その中心に、眠れないだろう伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアが雑談していた。

「アーサー?」

「どうかしたの?」

「どうか、見届け人になってください」

 私はもう、我慢出来なかった。さっさと、決着をつけるために、辺境の三大貴族を立会人に選んだ。

 後から追いかけてきた祖父ウラーノ。私は、別邸から持ち出された大きなテーブルの前に立った。

「キロン、全部、出して」

「あのじいさん、いらないっていうぞ」

「いいから、けじめをつけよう」

「わかった」

 詳しく言わなくても、妖精憑きキロンはわかってくれる。ずっと、私は、子爵の権利を全て奪ってから、計画していたことだ。

 キロンは魔法で作った別空間に色々な物を隠し持っているという。原理はわからない。そういうものだ。そこから、キロンは、どんどんと金貨の入った袋を出して、机に山積みしていった。

 実際に目にすることはない大金だ。ここまでの大金を出すことはない。本来は、こういうのは、信用書類でやり取りされるのだ。こんな大金を実際に持って行って、取引することはないのだ。

 あんなに大きな机の隅から隅まで、金貨の入った袋が並べられた。こんなにいっぱいの金貨をキロンはずっと、持ち歩いていた。本当に、妖精憑きって、案でもありだな。

「お祖父様、これで、子爵家が抱えていた借金は、全て、返済されました」

「アーサー、何を」

「これで、私は自由です」

「っ!?」

「あなたは言いました。子爵家が抱えた借金は、私の価値だと。だから、私自身の自由のために、この金をお祖父様に渡します」

「アーサー、もう、いいんだ」

「私は、爵位なんか受け継がない」

「ワシが悪かった」

「私は、こんな領地、どうだっていい」

「もう、好きにしなさい」

「私はこれで、アーサーをやめられる。私の本当の名前はアーサーじゃない!!!」

 男と偽るために、私はアーサーと名づけられた。しかも、名付けたのは祖父ウラーノである。

「母上が私につけた名前も訊かず、あなたは破り捨てましたね。知らないでしょう、母上がつけた、私の本当の名前を!!」

「アーシャ」

「………え?」

「アーシャ、もういいんだ。こんなこと、お前の手でやらせてはいけなかった。やはり、ワシが全て、やるべきだった」

 祖父ウラーノはボロボロと泣いて、膝をついて、頭を下げた。

「悪かった、アーシャ。もう、こんなことはしなくていい。お前は、この金を使って、好きに生きなさい。足りなかったら、言えばいい。また、稼げばいい。こんなはした金、いくらだって作れる」

「そ、そんな」

 私の計画にない事が起こった。

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