裁き
全てはあっという間に逆転した。いっぱい、逆転しちゃったなー。
父ネロ、義母リサ、義兄リブロ、義妹エリザは、罪人として捕縛された。両手両足に枷をつけられ、鎖で引きずられている。義母リサは、あれをされていたのに、どうやって拘束を外したのやら。
伯爵令嬢フローラ、侯爵令嬢シリア、それに従う騎士団の皆さんは膝をついていた。それは、領地民の皆さんもだ。
男爵家の騎士団もそうだ。私の母方の祖父ウラーノも膝をついて、頭を下げていた。
外部からきた勢力もそうだ。ほとんどは、膝をついて頭を下げている。
ここで、普通に立っているのは、私と、私の妖精憑きキロン、そして、わざわざ王都からやってきた筆頭魔法使いティーレットである。
ティーレットは周囲なんか見ていない。私にぎゅーと抱きついてきた。
「アーサー、怪我がなくて良かったー。報せが来るの、ずっと待ってたんだよ!! 内乱勃発と聞いて、帝国の騎士団連れてきたんだ!! これで、こいつら、帝国の敵だね」
「う、うん、そうだね」
思ってたのとは違う。私、ティーレットだけが来ると思っていた。
私は隠された皇族である。しかも、ティーレットは私のことを次の皇帝を呼んでいる。だから、最重要人物として、色々と警戒していたのだ。特に、領地内では、父たちだけが悪あがきしていた。だから、女帝レオナ様は、色々と講じていたわけである。
ティーレットは、私に抱きついたまま、膝を折る辺境の教皇フーリード様を見下ろす。
「報告、ご苦労。お陰で、私の皇帝は無傷だ」
「はっ」
「ほら、アーサー、座って座って。立ったままなんて、ダメだよ。僕の皇帝は座ってないといけない」
「そうだよ。ほら、アーサー、椅子だよ」
ティーレットと妖精憑きキロンが、どこから出したのか不明な、豪勢な椅子に私を座らせた。こんな椅子、我が家にあったんだー、知らなかった。
私の背後には、消し炭となった屋敷が広がる。もう、影も形もない。すっきりしたなー。でも、明日からは、どうしよう。別邸は、杜撰な管理だから、あちこち、ガタがきてるんだよな。
そんな、どうでもいいことを考える私。だけど、目の前に広がる光景は、とても、呑気には出来ないのだ。
これまでは、侯爵令嬢シリアが頂点であった。シリア、私のことは名ばかり子爵家、と下に見ていた部分があったのだ。それも、私が筆頭魔法使いティーレットまで引き連れる皇族であることが表沙汰となったのである。もう、膝をついて、震えちゃってるよ。可哀想。
私が皇族であることを知った父ネロは呆然となるも、すぐに、気持ち悪い顔で笑う。
「お前たち、俺は皇族の父親だぞ!!」
罪人となったくせに、偉そうにふんぞり返るのだ。
「俺は、皇族の兄だぞ!!」
「わたくしは、皇族の妹よ!!!」
さらに乗ってくる義兄リブロと義妹エリザ。
だけど、帝国の騎士たちは、容赦なく、父、義兄、義妹を蹴った。
「許可なく皇族に口をきくとは、不敬だ」
「俺はアーサーの父だぞ!!」
「そうだそうだ」
「そうよ!!」
「皇族に、親兄弟、子はない」
「なんだと!?」
「そうじゃないよな、アーサー」
「お義姉様は言いましたよね。身内は大事にしろと」
身内を切り捨てた義兄、義妹が気持ち悪い顔でいう。えー、お前たち、身内である領主代行の一族を皆殺しにしたじゃん。
無事、父たちも捕縛出来たということで、いつまでも来ない領主代行一族の消息を確認させた。義母リサがいう通り、皆殺しにされていたのだ。寝込みを襲ったんだろう。抵抗する暇すら与えなかった。
「さて、どうやって、あなたがたは、別邸から抜け出したのか、教えてください」
どうせ、教えてくれるはずがないので、皇族の権力と、魔法使いを使って、私は別の場所で幽閉されていた父方の祖父母を連れて来てもらった。私の前に引きずり出され、震える父方の祖父母。うーん、私は父方の祖母に似ているらしいが、将来は、こんなふうになるのか。老いって、怖いね。
「そ、それは、その」
「跡継ぎにのみ、伝えることにしていたのよ!! 隠し通路があったの」
口ごもる祖父とは違って、祖母は素直だ。すぐに白状してくれた。
「お前たち、何もないと言っていたではないか!!」
そんな話を知らない父方の祖父ウラーノは激怒する。
万が一のことがあるといけないので、祖父ウラーノは、子爵家と取引する際、屋敷に何か仕掛けがないか、父方の祖父母に確認したのだ。
「い、いや、本邸はないんだ。嘘はついていない」
「別邸にはされていたなんて、お前たち、大事なことを黙っていたな!!」
ウラーノの怒りが爆発した。後が大変だなー。もう、この二人は無事ではないな。最後の最後で、やってしまったのだから。
お家乗っ取りではあるが、助けてくれた男爵であるウラーノを騙したのだ。父方の祖父母にはもう、安息はないだろう。
「そうじゃないかなー、とは思っていましたけどね。だから、あえて、父たちを別邸に幽閉したんです。見事、動いてくれました」
幽霊が出るという噂のある別邸。何か仕掛けがされていると読んでいたのだ。それを悪用して、まさか、領主代行一族を根絶やしにするとはねー。
「リサも、親心が本当にわかっていませんね」
「アーサー!!!」
「この女」
ちょっと言ってやれば、義母リサは声をだす。すーぐ、帝国の騎士たちが、リサを痛めつけた。
ギリギリと歯を噛みしめて、それでも、リサは私を睨み上げた。
「いいですが、犯罪奴隷に悪行の禁止を施さなかったのは、領主代行の良心からです。内容を精査する時に、領主代行は、あなたがたを信じました。悪行なんで行わないだろう。だけど、リサ、よりによって、領主代行の娘であるあなたが裏切りました。これでもう、ここにいる犯罪奴隷たちは、領地で平穏に暮らせなくなりました」
犯罪奴隷たちだけ、固まって、震える。もう、身内だって、彼らには手を差し伸べないだろう。いつ、復讐されるかわからないのだ。
そんな状況で、義母リサを恨まないはずがない。犯罪奴隷たちは、捕縛されているリサに憎悪の目を向ける。
「なあ、アーサー、仲良くしよう。俺は、いい兄になる!!」
「お義姉様、どうか、わたくしを妹として可愛がってください!!」
気持ち悪い顔で悪あがきをする義兄リブロと義妹エリザ。そして、同じくひれ伏したままの伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアに気持ち悪い目を向ける。
「フローラ、残念だったな。皇族の身内を婿に迎えられる栄誉はもうない。それどころか、俺を傷つけたんだ。お前はもう、終わりだ」
「せっかく、お姉様と呼ばせてあげたのに、悪い女ね」
「皇族に親兄弟、姉妹なんてないですよ。皇族でなくなった者は、容赦なく切り捨てです。お前たちは、他人ですよ」
「そんなこというなよ!!」
「片親は同じじゃない!!」
「同じねー」
私は側で立っている筆頭魔法使いティーレットを見上げる。ティーレットは私の考えを読んで、懐から、二枚の紙を取り出した。
「ここに、子爵ネロ、子リブロとエリザの親子鑑定の結果を読み上げる!! 筆頭魔法使いティーレットは、ネロとリブロ、また、ネロとエリザが他人であると証明する!!! 片親が同じって言ってるけど、明らかに、お前たち二人は、血のつながりなんて、これっぽっちもないじゃないか。あはははははは!!!」
筆頭魔法使いティーレットの無邪気な笑い声が響き渡る。
父ネロは、呆然となり、信じられないように、義母リサを見る。リサは、憎悪をこめて、ティーレットが持つ二枚の用紙を睨み上げた。
「嘘だよ!! アタシは旦那様の子を産んだんだ!!!」
醜い顔で強く否定する。
しかし、父ネロは、義母リサを疑った。いくら、妖精憑きとはいえ、筆頭魔法使いの証明を否定できない。
「あんな、妖精憑きが言ったことなんて、全て嘘っぱちだよ!! そうだろう!!!」
妖精憑きを嫌悪する領地である。リサは領地民に同意を求めた。だけど、皆、しーんと静かである。
「では、ここで、確認しよう。将来は子爵の妻だというリサと、男女の関係を持った者たちは、立つがいい。黙っていても、ティーレットが調べれば、父親は見つけられるぞ」
ちょっと脅してやれば、リサと歳が近い、子がいる男たちが立ち上がった。その中には、孫までいるような老人も混ざっていた。
「すごいなー。純潔はもちろん、父上に捧げただろうけど、その後は、やりたい放題なんだろうね。汚らわしい」
私はリサを汚物のように見下ろした。
「ち、違う!! アーサーに言われて、嘘ついてるんだよ。アタシは、旦那様だけだから」
一生懸命、リサは父ネロに言い訳する。
「いい加減にしろよ!!」
「人の男に手を出しておいて」
「昔からそうなんだよ!!!」
だけど、妻たちが黙っていない。勝手に動き出して、暴漢対策に持っていた棒で、リサを叩いたのだ。
「や、やめろ、ブス!!」
「お前もすっかりブスになったね」
「散々、アタシたちのことをブスと言ってたけど、今のアンタは醜いったらないよ」
「気に入らないからって、アタシの顔に傷をつけてくれたよね」
「お前もそうなれ!!」
リサを誰も助けない。あれほどリサのことを愛していた父ネロは呆然となっていた。リサの子であるリブロとエリザは、リサから少しでも離れようとした。巻き込まれたら大変だ。
だけど、リブロやエリザに歳の近い領地民たちが、棒を持って立っていた。
「将来は子爵だと、顎で使ってくれたな」
「偉そうにして、お前は平民だったな」
「何が貴族だ」
「将来は貴族に嫁ぐんだって、言ってたわね」
「平民でも、あんたみたいな女、嫁にいらないわよ」
「口ばっかりで、なーんにも出来ないものね」
「ざまあみろ!!」
リブロとエリザは集団で殴る蹴るの暴力を受けた。これまで、大事な息子娘と言っていた父ネロは、リブロとエリザを助けない。
悪夢のような光景だろう。父ネロは、恐る恐ると私を見た。
「お、お前も、父親が違うのか?」
「そこは残念ながら、私の父はあなたです。ですが、もう、あなたには、子爵としての価値がありません。何故って、もう、子がなせませんからね。あははははははは!!!!」
「っ!?」
もう、父ネロは子爵として名乗れない。だって、去勢されて、子がなせないのだから。
残ったのは、実の子である私だ。私には、神殿での親子鑑定がある。あれを見て、何度、泣いたことか。
「こ、これまで、俺のこと、兄と呼んでただろう!!」
「わたくしのことを妹って」
「お前たちが平民だって、知ってた!!」
「っ!?」
絶句する平民リブロとエリザ。
「私の母を甘く見過ぎだ。万が一のことを考え、母はお前たちの親子鑑定を辺境の神殿に依頼したんだ。そして、お前たちがリサの不貞で出来た子だと母は知っていた!!! 私は、その鑑定結果の写しを、子爵家の実権を握ってすぐ、フーリード様に見せてもらったんだよ」
私は母が亡くなってから一年後、父方の祖父ウラーノが持つ父ネロが作った借金の証文を使って、子爵家の実権全てを奪った。その時、辺境の教皇フーリード様が、こっそりと、リブロとエリザの親子鑑定の結果を見せて言ったのだ。
「あの親子をこの屋敷から追い出すんだ」
聖人であるフーリード様がそう言ったのだ。それほど、目に余ったのだろう。だけど、それは出来なかった。
まだ、領地民たちは私の敵である。あの親子鑑定は本物だけど、領地民は信じない。親子鑑定をしたのが、妖精憑きだからだ。
「やっと、お前たちに言える。お前たちは平民だ!! なーにが子爵の子を産んだ女だ!!! お前が産んだのは、どこの誰が父親かわからない、平民だ!!!! あははははははは」
「も、もしかしたら、貴族の落としだねかもしれない。だって、アタシは領地に視察に来た貴族の手もついてたんだからね!!!」
まだ悪あがきする、ただの平民リサ。
「股が緩い女だな。でも、親子鑑定は筆頭魔法使いであれば、簡単だ。ティーレット、リブロとエリザの父親は、あの領地民の中にいるか?」
「いるね。言っていい?」
「そこまではしなくていい。家庭内不和が起こる」
すでに、起こっているだろう。浮気した夫とこれからも一緒に苦楽をともにするのだ。そこで、さらに、特定の人物だけを苦しめるのは可哀想だ。苦しむなら、大勢で苦しめ、浮気者の男ども!!
「リサは、親子鑑定を随分と拒絶しましたね。それはそうです。父上の子でないとわかっていたのですよね。やはり、母親は、それがわかるのですね。さすがです!!」
「ううう、ああああああああああーーーーーーーーーー!!!」
醜い顔で大泣きして叫ぶ平民リサ。もう、誰も、リサを助けない。
「母上、どうしてくれるんだ!!」
「お母様のせいで、私たち、平民になったじゃない!!!」
それどころか、元気に産んだ子どもにリサは責められる。
「煩い!! それもこれも、子爵の種が悪いんだよ!! 下手くそで、全然、我慢して抱かれてやったってのに、妊娠出来ないなんて」
そして、父ネロに当たった。
それを聞いた父ネロは、怒りの形相となる。拘束されているといっても手枷と足枷である。ネロはリサを殴った。
「俺を裏切ったくせに!! さんざん、好き勝手して、借金が増えたのも、お前たちのせいだ!!! 無駄遣いばかりして、遊んでばかり。俺が一人苦労している時、お前たちはただ、楽しく遊んでただけだろう!!!!」
「当然だろう。それが、あんた子爵の仕事なんだからね」
「俺は、跡継ぎとして、学校で勉強していましたよ」
「大した成績でもなかったくせに」
「アーサーだって」
親子でないとわかった途端、醜い争いをしてくれる。
「アーサー、満足か?」
「やっと、見れた。ざまあみろだ!!」
ここまで、長い道のりだった。計画はしょせん机上の空論だ。思い通りにいくわけではない。だから、何度も計画を修正した。
皇族だと発覚した時は、困った。だけど、女帝レオナ様はとても話のわかる人だったので、私は領地にい続けることが出来た。
最初は、父たち、領地民たちは手を取り合って、私の敵だった。それも、内乱を起こした時に、領地民たちの借金を帳消しにすることで、私の味方にした。そうして、どんどんと父たちの味方をなくして、孤立させたのだ。
「でも、まさか、領主代行を殺してしまうとは。そこは、予定外だ」
ずっと、私の味方だった領主代行。悪行の禁止をしていれば、生きていただろう。
いや、もしかしたら、こうなることを領主代行はわかっていて、あえて、悪行の禁止を削除するように、進言したのかもしれない。
領主代行は、領地を呪わせたことを随分と気に病んでいた。亡くなった母も、私も、領主代行のせいではないから、と慰めた。
だけど、とんでもない借金を作るほど、領地が呪われたことに、領主代行は責任を感じていたのだろう。きっと、リサに殺されることは、覚悟していたのかもしれない。
仲良く、なんてもう、誰もしてない。皆、隠されていた事全てを表沙汰にされ、領地民たちどうしで、いがみ合う。
その元凶が、平民リサである。
筆頭魔法使いティーレットが魔法で大爆音を起こした。それだけで、騒ぎは収まり、再び、皆、ひれ伏した。
「これより、皇族殺害未遂を起こした、子爵ネロ、平民リサ、平民リブロ、平民エリザの裁きを行う」
「な、何を」
「殺害未遂って」
「何の話?」
わけがわからないネロたち。そんな大罪、侵した記憶がない。
筆頭魔法使いティーレットは、ネロたちを魔法によって、宙に浮かせた。
「お前たちは、僕の皇族アーサーに、過去、散々な暴力を行い、寝食を奪った。それは、ここにいる領地民たちも含めてと調査報告書があがっている」
母が亡くなって、たった一年、一年も行われた、私への虐待の報告は、作り直され、帝国に提出されたのだ。
過去、私は一貴族であった。だけど、今は皇族だ。過去、知らなかったといえども、皇族と発覚した以上、遡って、罰さなければ、帝国の威信が傷つく。
「今回の行いは、悪質と判断した。よって、子爵ネロ、平民リサ、平民リブロ、平民エリザには、罪人の焼き鏝をし、犯罪奴隷として、絶対服従と悪行禁止の契約を施し、労役を課す。労役の内容は、辺境の三大貴族の判断に委ねる」
「はっ!!」
「承知いたしました!!」
筆頭魔法使いティーレットに、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアが代表として返事をする。
「僕の皇族アーサーが虐待を受けている事実を領地民たちも知っていたことは、調べがついている。しかし、首謀者たちに逆らえない立場であったことを考慮し、十年間、税を三倍支払うに留まる」
三倍は重い。領地民はそこまで贅沢をしているわけではない。それなのに、領地民たちがそれを担うのだ。皆、恨みをこめて、ネロたちを睨んだ。
筆頭魔法使いティーレットの裁きは続く。
「平民でありながら、貴族と偽証した罪により、平民リブロと平民エリザには、沈黙の刑を課す。このまま見逃すことは、貴族の権威を貶めることとなる。その声、二度と発せられないように、喉を潰せ」
魔法ではなく、苦痛の罰である。リブロとエリザは、無駄に叫んだ。
「今回、禁則地周辺を妖精に呪わせた過去が発覚した。その元凶の血族は、平民リサ、平民リブロ、平民エリザのみと確認した。このような血族は残してはならない。平民リサ、平民リブロ、平民エリザは血族が残せないように、手術を行うこととする」
リサの一族は、ここで滅亡することが決定した。




