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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-皇族姫の一番星-
24/353

流星の欠片

 ドアを開けても、出迎えがない。皇帝ライオネルの時は、わざわざ、ハイムントがドアの前まで来ていたというのに。

 少し、怒りを覚えて、中に入る。物凄く広い部屋だ。人一人が過ごすには、広すぎる。だけど、ここから出られないのなら、この広さは必要なのだろう。

 テーブルや執務机と色々とある所にはいなかった。さらに奥に行けば、ベッドで横になっているハイムントがいた。

「寝ていたのですか」

「私は、逃げ出しているから、逃げる力を奪われているのですよ。体力を奪えば、動けなくなる。ライオネル様と話しているうちに、どんどんと体力を奪われていきました。逃げる隙を狙っているのに気づかれてしまいました」

「ここにいれば、妖精に寿命を盗られる心配はない、と聞きました」

「もう、盗れるだけの寿命がないので、どこに行っても同じです」

 胸が詰まる。ハイムントの時間は、本当にないのだ。なのに、ハイムントは平然としている。それどころか、外に出たそうに窓の外を見ている。

「ライオネル様に頼んだのですが、もう、聞き入れてくれなくて」

「何を頼んだのですか?」

「外に出たいと。父上を説得してほしい、と頼んだのですが、断られました。もう、どこに居ても同じなのに」

「ここにいれば、魔法使いのお友達が会いに来ますよ。わたくしも、毎日、会いに来ます」

「私が会いに行きたい。ほら、私はもう、暇だから。誰も、私に仕事を与えない。もう死ぬから、と。だったら、私が会いに行きたい」

「領地に戻るのですか?」

「戻らない。戻ったら、跡取り作れ、と言われるだろう。うんざりだ。妖精に命を盗られる一族、私の代で滅ぼしてやる」

「ガントが言ってましたよ。あなたの血族が滅びたら、ガントの一族も滅びると」

「勝手に滅びろ。死んだ後のことなど、知らん」

 ただ、死を待つだけの男は冷たい。

 わたくしはハイムントの手に触れる。ところが、ハイムントはその手を払った。

「いけませんよ。間違いが起きて、万が一にも、また、関係を持ってしまったら、あなたは妊娠してしまう。そうなったら、不幸な一族が残ってしまう」

「ならば、どうして、わたくしと閨事をしたのですか!?」

「たった一度です。たった一度で、そうなることなど、本当に奇跡のようなものですよ。だから、一度だけです。念入りに妖精除けをして閨事をしましたから、妖精の悪戯は起きない、絶対に」

 ハイムントは入念に準備した上で、わたくしと閨事をしたのだ。絶対に、妊娠させない自信があったのだろう。

 わたくしはそれでも、ハイムントの手を力一杯握る。それには、ハイムントは払ったりしなかった。

「いつまで生きていられるのですか?」

「そこは、内緒です。教えたら、面白くないでしょう」

「人の死に面白いも楽しいもありません!!」

「人は皆、死にます。貧民では、普通です。私は長生きしたほうですよ、貧民としては。だって、赤ん坊の内に死ぬ者は多い。何せ、赤ん坊を殺したくて、わざわざ、貴族が買いに来るのですよ。人の命は、安いです。そういうのを見て育ちました。私は、随分と守られて生き残ったにすぎません」

「あなたのお陰で、生き延びた人たちだっているでしょう!!」

「生かさず殺さずが私の主義です。ラスティ様、私はね、父上と同じです。人は玩具です。歴代の支配者の中で、上手に統治をしている、と賞賛されていますが、それだって、計算ずくですよ。楽しい遊びです。

 遊びでないのは、あなただけだ」

 突然、手を引っ張られ、わたくしはハイムントの胸に引き寄せられる。

「ライオネル様のことは、嫉妬しましたか?」

「わたくしのことは遊びだったのですね」

「ライオネル様のほうが遊びですよ。それ以前に、あなたを見つける前に、関係は綺麗に終わっていましたよ」

「あんな顔で見つめあってて」

「父上がいましたから、やっただけです。あの人は、すぐ、おかしくなる。油断も隙もあったものじゃない。私が寿命を盗られたから、心が弱っているだろうから、思い知らせてやっただけです」

 確かに、ハガルとライオネルが言った通りだ。ハイムントは、ハガルのために、身を削っている。寿命がもうないというのにだ。

「何か、やりたいことがありますか? 一緒にやれることなら、やります」

「添い寝してください。寝たい」

「もう、他のことはないのですか!? その、閨事は、もう、しないのですか。たった一度で、わたくしの教育は終わりなのですか?」

「大胆なことを言いますね」

 こっちが恥ずかしいことを言ってやっているというのに、ハイムントはわたくしの体を呆気なく手放すのだ。こいつ、意地でも子どもを作らないつもりだ。

「ハガルは、孫を抱きたいと言っています!」

「あの人には、他にも玄孫とか、子孫がいますよ。そっちを抱きしめればいい。ちなみに、ライオネル様は父上の玄孫か子孫みたいなものです」

「………は?」

「サラムとガラムから聞きました。何を今更、甘えたことを言ってるんだか。父上には、まあ、百年以上前ですが、双子の娘がいたんです。その子孫の一人がライオネル様ですよ。好きなだけ、ライオネル様を抱きしめればいい」

 ハイムントは吐き捨てるようにいう。とんでもないことを教えるな、あの戦闘妖精。こんなこと教えられたら、わたくしだって、親とは話したくなくなる。

 でも、百年以上前に存在したハガルの娘、という所は、微妙だ。人の一生以上前の話を今更、持ち出されても、浮気者、とか言えない。だって、ハガルの伴侶は亡くなっていて、ハガルは今、第二の人生的なんだ。百年以上経っての第二の人生というのも、変だけど。

 それに、夫や妻を亡くして、新しい伴侶を迎えるのは、普通である。それをハイムントが責めるのは、子どもっぽい。

「ハガルにとっては、あなたはあなたですよ。あなたの子を抱きたいんです」

「私だって、弟や妹が欲しかった。なのに、父上は母上の意思を尊重して、二人目を作ってくれなかった。それなのに、私の子が欲しいなんて、おかしい。だったら、私に弟か妹を作ってくれれば良かったんだ」

「女は大変なんですよ。出産だって、命がけだと言います」

「母上のは違う。ただ、支配者として、妊娠と出産は弱味となるからしない、という理由だ。そこを説得出来ないのが父上だ。また、別れると言われて、父上は泣く泣く引き下がったんだ。あんなに私がお願いしたのに、唯一、叶えてもらえなかった願いだ。妖精憑きの力を与えるよりも、はるかに簡単な願いだったというのに。だったら、父上の願いは叶えない。だから、離れてください」

 こいつ、物凄く面倒くさい男だ。しかも、子どもがそのまま大人になった感じだ。なのに、頭が物凄くいいから、理路整然としている。

「そんな、大人の事情は、仕方がありません。もう、大人なのですから」

「今、私のことを子どもが大人になったみたい、と思ったでしょう」

「思いました。子どもみたいなこと言ってて、面倒臭い」

「イヤになったでしょう。だったら、閨事は諦めなさい。こんな子どもで面倒臭い男はイヤでしょう」

「その見た目はいいから、そういう面倒くさいことは許してあげます。閨事も、良かったですよ。最初は物凄く痛かったですけど」

「どちらにしても、無理ですけどね。ほら、逃げる力全て、この部屋が吸い取っていますから」

 あんなに恥ずかしいことしたのに、結果がこれか!!

 わたくしはもう、がっくりとベッドに倒れるしかない。

「ほら、添い寝してください。もう、悪い事一つも出来ない男です。安全ですよ」

 そう言って、わたくしをベッドの中に引きずり込んだ。そういう力はあるのね。

 そうして、ハイムントはさっさと眠ってしまう。ちょっとつついても起きない。

 わたくしも寝ていないので、そのまま、眠ってしまった。





 賑やかな声にわたくしは目を覚ます。ハイムントはいない。

 寝具から顔を出すと、ハイムントはテーブルがある方で、魔法使いたち五人と神官長となったレッティルと談笑していた。

「レッティル、教皇長就任おめでとう!!」

「いやー、使いやすいやつが神官長になってくれて良かったよ」

「ハガル様にモード様が妙に対抗心持っててさ、面倒臭いったらなかったよ。ハガル様は遊んでたけどな」

「お前ら、私を利用するような真似はやめろよ!! そこは私心を殺して、頑と言うからな」

「わかっていないな、お前。お前がこれから相手にするのは、ハガル様だぞ」

「神の試練だ」

「父上には、私からしっかりと言い聞かせておく。今回のことは、私が悪かったがな。反省している。が、またやる」

「反省してないよな!! まだ、妖精の視認化の問題は解決してないんだぞ!!!」

「一生に一度あるかないかの奇跡だぞ。喜べ」

「それが二度三度あったら、天変地異の前触れだって、感じるだろうが」

「諦めろ、レッティル。ラインはそういう奴なんだ。神様がせっかく、ラインから妖精憑きの才能を抜いたってのに、ハガル様が与えちゃったんだからな。もう、仕方がない」

 そうして、大笑いだ。仲良いな、この人たち。

 わたくしが起きたことに気づいたハイムントは、席を立って、わたくしの元に来た。

「ラスティ様、随分と顔色が良くなりましたね」

 添い寝を要求したのは、わたくしのためだった。ハイムント、実は寝る必要なんてない男だ。わたくしを眠らせるためだった。

 それなりの年齢の男性がいるので、わたくしは手で軽く髪を整えたりするが、服はやはり、酷い状態だ。

「いけませんよ、他の男にそのような姿を見せては。そこで、大人しくしていてください」

 そう言って、わたくしをまた、ベッドに倒した。

「ライン、お邪魔だったか?」

「寝ていたところを起きてしまったんだ。レッティルの声が大きすぎだ」

「私だけのせいか!? 他の奴らだって大きい声じゃないか!!!」

「悪いことは全て、レッティルのせいだ。そう決まってる」

「酷いな、お前ら!?」

「それで、いつ、レッティルは魔法使いに復帰するんだ? 父上から妖精返してもらったんだろう」

 友達の元に戻ったハイムントは、教皇長になったばかりのレッティルに、おかしなことを聞く。

 事情はわからないが、レッティルは、ハガルによって妖精を盗られたという。もう二度と、魔法使いにはなれないので、教会に行くこととなったのだ。

 ところが、状況が変わって、レッティルはハガルから妖精を返されたという。妖精が戻れば、レッティルは魔法使いに戻れる。

 レッティルが黙り込むと、他の友達も黙り込む。答えを待っているのだ。

「まあ、今すぐ決めることでもないだろう。教皇長の後任探しは面倒臭いしな。しばらくは、神官長で修行してろ。まだ長い人生だ。色々と経験を積めば、いい魔法使いになれる」

 質問したハイムントはレッティルに答えさせない。それどころか、良い指針を与えた。でも、最後は魔法使いになれ、と言っている。

「俺は、魔法使いには、ならない」

「どうして? 妖精憑きに戻ったんだから、魔法使いになるのは当然だろう。お前の意思じゃない。帝国では、そう決まっている」

「お前の寿命を半分、盗られることをしたのにか?」

 レッティルが原因で、ハイムントの寿命の半分がなくなったのは知らなかった。ハイムントはというと、涼しい顔をしている。

「いつかは盗られていたんだ。それが早いか遅いかだろう。別に、レッティルが悪いわけではない。頭は悪いけどな」

「そうだ、頭が悪いから、妖精に騙されたんだ」

「頭が悪いと自覚できて良かったじゃないか。世の中には、頭が悪いとわかっていない腐った奴らは山ほどいるぞ。そういうのを駆逐するのは楽しかったがな。皇族もどきを堕としてやったのは、かなり興奮した。腐った貴族もたくさん、父上に献上したな。教会はもうちょっと壊したかった」

「やめてぇえええーーーー!!」

「あと一つ二つはいけたんだがな。父上の仕事は、ここぞという時は早いから困る。サラムとガラムを味方につけておけばよかったな。まだまだ、父上には勝てないな」

「どこが勝てない、だよ。ハガル様を精神的に追い詰められるのは、お前だけだぞ」

 そこで、ハイムントは黙り込む。何か考え込んでいるようだ。

「もうそろそろ、戻るよ。明日な」

「私は明日は来れないぞ」

「レッティルって、友達がいがないよなー。教皇長の仕事なんて、片手間だろう」

「増えたんだよ!! お前たちは五人で筆頭魔法使いの仕事一人分だろう。私は一人だぞ!!!」

「そういうのは、慣れだ慣れ。まだ教皇長になったばかりなんだから、仕方がない。それに期限は教皇長であるお前が決めればいいだろう。こういう時こそ、最高権力者の権力を悪用しろ」

「合議制なの!! 出来るか!?」

 そんな賑やかな話をしながら、ハイムントの友達たちは、部屋を出ていった。

 残ったハイムントは涼しい顔で、茶器を片づける。落ち込んだりとか、そういうことはない。

「明日も来るのですね」

「毎日来るんだと。そういう約束だからな。菓子類は、父上に頼んでおかないとな」

「明日も生きているのですか?」

「そこは、神様が決めることだ。明日になればわかる」

 上手に誤魔化された。どちらともとれる答えだ。

 わたくしは泣き出した。いつ死ぬかわからない男の側にいるのは辛い。

 泣いているわたくしを見ても、ハイムントは穏やかに笑うだけだ。

「ラスティ様は、ご両親と死に分かれたではないですか。初めてではないでしょう」

「両親の死は、突然でした。本当に突然で、わたくしが落ち込む暇を与えないほど、あの偽物の叔父家族が乗り込んできて、滅茶苦茶にしてくれたので、悲しむとか、そういうものはありませんでした」

「では、私の死を悼んでください。人の死を悼めるのは、心の余裕がある証拠です。味わってください」

「もう、会いに来ません!!」

「いいですよ。ラスティ様の好きにしてください」

「会いたいと言わないのですか?」

「私はもう、死ぬまでここから出られません。そんな私の我儘、いうわけにはいかないでしょう。あなたには、あなたの人生がある。そこに私はもういません。支えてあげられないのに、我儘は言えません」

「そんな、ことっ」

「好きな女一人守れない男なんて、情けないでしょう。だから、捨ててください」

「いやです!! 捨てるなら、あなたが捨ててください!!!」

「捨てるもなにも、私はもう死にます。それ以前です。私のことを切り捨てなければならないのは、ラスティ様です。私が死ぬ前に切り捨てるか、それとも、私が死んだ後に切り捨てるか、その違いです。その選択が辛いなら、会いに来ないほうがいい」

「………」

 ハイムントは、優しく、わたくしを切り捨てている。口ではそうではない、と言っても、態度は、しっかりと距離をとっている。

 わたくしは黙って、部屋を出た。そして、通路で泣いている、ハイムントの友達たちを見てしまう。さっきまで笑っていたのに、部屋を出ると、泣いているのだ。

 そうだ、皆、平気じゃない。私だけが、悲しいんじゃないんだ。ハイムントが大好きな人たちは皆、隠れて泣いている。

「あの、ハガルに、会いたいのですが、どうすればいいですか?」

 どうしても、ハイムントの父親としてのハガルに会いたかった。





 わたくしが食事時に、ハガルと皇帝ライオネルが来た。ライオネルまで来るとは思ってもいなかった。

「すみません、なかなか時間がとれなくて、こんな時となってしまいました」

「かまいません。忙しいですよね」

「ハイムントが起こした妖精の視認化をどう誤魔化すか、その問題が解決していません」

 憂鬱な顔をするハガル。そうか、ハイムントって、こうやって、ハガルを散々な目にあわせてきたのか。確かに、ハイムントはハガルでも手に負えない人だ。

「ハイムントの男爵位は、今後、どうするのですか? ハイムントはもう、死ぬのですよね」

「表向きは生きていることにして、頃合いを見ることとなっています。今、死んだことにすると、妖精視認化のことで、色々と言われてしまいますから」

「でも、死ぬのですね。それでは、跡継ぎのいない男爵位は、返上となるのですね」

「そこが、難しい話ですね。あの子は、妖精にばかり気を取られていて、大事なことを見逃しましたね」

 ハガルは何故かわたくしのお腹をじっと見る。

「まさか、妖精の悪戯で」

「いえ、そこは完璧です。ですが、人と人との縁を見誤りましたね。おめでとうございます。妖精の悪戯でもないのに、たった一度で妊娠とは、運命ですね」

「本当か!?」

 ライオネルが席を立って、ハガルにつかみかかる。

「私が見誤ることはありませんよ」

「だが、これでもかと妖精除けをされた部屋だったぞ」

「丁度良い機会だったのです。ラインハルトも、そこまでは読めなかったのですよ。神が作っためぐり合わせは、人の力ではどうしようも出来ません」

 わたくしは、何も変わらないお腹を撫でる。このお腹にハイムントとの子が宿っている。どうしよう。嬉しいけど、不安だ。

「そうなると、ラスティは城に入ったほうがいい。外は危険だ。何が起こるかわからないからな」

「まずは、仮の父親を見つけないと」

「………ハイムントの、子では、いけないのですか?」

「あなたは、皇族との間に子を作りたいですか? でしたら、そう発表すればいい」

「………」

 思ってもいないことだった。でも、そうだ。わたくしは、皇族の血を健全にするための存在だ。誰かと子作りしなければいけない。

「私の子にしよう。私は随分と、ラスティと接している」

「いいのですか? でも、皇族が生まれなったら、嘘だとバレてしまいます」

 ライオネルが名乗り出てくれるが、わたくしは不安を口にする。ハイムントは皇族とは縁もゆかりもない。元は貴族の子孫といえども、皇族の血が混ざっているとは限らない。

「生まれてから、考えればいい。それに、私が手をつけたんだ。もう、誰も手をつけれなくなる。そうだろう、ハガル」

「ラスティ様の血の濃さにかかっていますね。ラスティ様は、かなり血が濃いのですよ。何せ、私をかなり苦しめてくれましたから」

 ハガルがそう付け加える。わたくしの皇族としての血の濃さは、ハガルしかわからない話だ。

「わたくし、明日、ハイムントに言ってやります」

「そうしてあげてください。ほら、一人の体ではないのですから、しっかり食べて、休んでください」

 いい事が一つあったので、わたくしは一気に気分が良くなった。

 そして、どうして、ハガルをわざわざ呼んだのか、その目的をすっかり忘れてしまっていた。





 身じろぎすれば、何かいる。わたくしは寝返りをうてば、なんと、ハイムントがいる。

「ハイムント!?」

「もう、やっと眠れたというのに」

「どうして、ここにいるのですか!?」

 見回せば、わたくしが就寝する用に与えられた部屋である。ハイムントが閉じ込められている部屋ではない。

「あんな部屋、いつだって抜け出せました。父上も甘いですよ。私の妖精の目、取り上げないのですから」

 眠そうに大きなあくびをしながらいう。

「でも、物凄く面倒臭いって」

「死期が近いから、と泣き落とししたら、呆気なく解放してくれました。ちょろいな、妖精」

 とんでもない男だ。あの人を狂わせてまで閉じ込める部屋でさえ、ハイムントの手にかかれば、篭絡してしまえるのだ。

「でしたら、逃げればいいではないですか!」

「私はただ、寝たかっただけです。ほら、こっちに来て。一緒に寝ましょう」

「わたくしはいらないでしょう。ハガルに添い寝してもらいなさい!!」

「もう大人なんです。いつまでも父上に添い寝なんて恥ずかしい。大人になったんだから、血のつながりのない女に添い寝させるものです。大人しくしなさい。一人の体ではないのだから」

「………」

 いう前に、気づかれてしまった。それはそうだ。妖精の目があるのだから、ハイムントはわかるのだろう。

 きっと、あの部屋にいる時から、わたくしの妊娠にハイムントは気づいていた。

「だから、わたくしと閨事をしてくれなかったのですか」

「思い出は十分、いただいた。後は、死に場所だ」

「………」

「母上の最後の死に場所は、私と父上だ。朝、普通に起きたら、母上は息をしていなかった。その日、父上は来ない予定だったのに、いたんだ」

「まだ、大丈夫ですよね?」

「それから、眠るのが怖くなった。眠ると、起きれなくなるんじゃないか、と思うと、一人で眠れなくて、でも、眠らなくても普通に生活出来る体質だから、気にならなかった。起きていれば、眠っている間に死ぬということはないからな。だから、眠りたい時は、父上にお願いしていた。父上は最強の魔法使いだ。父上の側なら、安心だ」

 ぎゅっと抱きしめてくるハイムント。

「もう、起こさなくていい」

 そう言って、ハイムントは眠った。

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