流星の欠片
ドアを開けても、出迎えがない。皇帝ライオネルの時は、わざわざ、ハイムントがドアの前まで来ていたというのに。
少し、怒りを覚えて、中に入る。物凄く広い部屋だ。人一人が過ごすには、広すぎる。だけど、ここから出られないのなら、この広さは必要なのだろう。
テーブルや執務机と色々とある所にはいなかった。さらに奥に行けば、ベッドで横になっているハイムントがいた。
「寝ていたのですか」
「私は、逃げ出しているから、逃げる力を奪われているのですよ。体力を奪えば、動けなくなる。ライオネル様と話しているうちに、どんどんと体力を奪われていきました。逃げる隙を狙っているのに気づかれてしまいました」
「ここにいれば、妖精に寿命を盗られる心配はない、と聞きました」
「もう、盗れるだけの寿命がないので、どこに行っても同じです」
胸が詰まる。ハイムントの時間は、本当にないのだ。なのに、ハイムントは平然としている。それどころか、外に出たそうに窓の外を見ている。
「ライオネル様に頼んだのですが、もう、聞き入れてくれなくて」
「何を頼んだのですか?」
「外に出たいと。父上を説得してほしい、と頼んだのですが、断られました。もう、どこに居ても同じなのに」
「ここにいれば、魔法使いのお友達が会いに来ますよ。わたくしも、毎日、会いに来ます」
「私が会いに行きたい。ほら、私はもう、暇だから。誰も、私に仕事を与えない。もう死ぬから、と。だったら、私が会いに行きたい」
「領地に戻るのですか?」
「戻らない。戻ったら、跡取り作れ、と言われるだろう。うんざりだ。妖精に命を盗られる一族、私の代で滅ぼしてやる」
「ガントが言ってましたよ。あなたの血族が滅びたら、ガントの一族も滅びると」
「勝手に滅びろ。死んだ後のことなど、知らん」
ただ、死を待つだけの男は冷たい。
わたくしはハイムントの手に触れる。ところが、ハイムントはその手を払った。
「いけませんよ。間違いが起きて、万が一にも、また、関係を持ってしまったら、あなたは妊娠してしまう。そうなったら、不幸な一族が残ってしまう」
「ならば、どうして、わたくしと閨事をしたのですか!?」
「たった一度です。たった一度で、そうなることなど、本当に奇跡のようなものですよ。だから、一度だけです。念入りに妖精除けをして閨事をしましたから、妖精の悪戯は起きない、絶対に」
ハイムントは入念に準備した上で、わたくしと閨事をしたのだ。絶対に、妊娠させない自信があったのだろう。
わたくしはそれでも、ハイムントの手を力一杯握る。それには、ハイムントは払ったりしなかった。
「いつまで生きていられるのですか?」
「そこは、内緒です。教えたら、面白くないでしょう」
「人の死に面白いも楽しいもありません!!」
「人は皆、死にます。貧民では、普通です。私は長生きしたほうですよ、貧民としては。だって、赤ん坊の内に死ぬ者は多い。何せ、赤ん坊を殺したくて、わざわざ、貴族が買いに来るのですよ。人の命は、安いです。そういうのを見て育ちました。私は、随分と守られて生き残ったにすぎません」
「あなたのお陰で、生き延びた人たちだっているでしょう!!」
「生かさず殺さずが私の主義です。ラスティ様、私はね、父上と同じです。人は玩具です。歴代の支配者の中で、上手に統治をしている、と賞賛されていますが、それだって、計算ずくですよ。楽しい遊びです。
遊びでないのは、あなただけだ」
突然、手を引っ張られ、わたくしはハイムントの胸に引き寄せられる。
「ライオネル様のことは、嫉妬しましたか?」
「わたくしのことは遊びだったのですね」
「ライオネル様のほうが遊びですよ。それ以前に、あなたを見つける前に、関係は綺麗に終わっていましたよ」
「あんな顔で見つめあってて」
「父上がいましたから、やっただけです。あの人は、すぐ、おかしくなる。油断も隙もあったものじゃない。私が寿命を盗られたから、心が弱っているだろうから、思い知らせてやっただけです」
確かに、ハガルとライオネルが言った通りだ。ハイムントは、ハガルのために、身を削っている。寿命がもうないというのにだ。
「何か、やりたいことがありますか? 一緒にやれることなら、やります」
「添い寝してください。寝たい」
「もう、他のことはないのですか!? その、閨事は、もう、しないのですか。たった一度で、わたくしの教育は終わりなのですか?」
「大胆なことを言いますね」
こっちが恥ずかしいことを言ってやっているというのに、ハイムントはわたくしの体を呆気なく手放すのだ。こいつ、意地でも子どもを作らないつもりだ。
「ハガルは、孫を抱きたいと言っています!」
「あの人には、他にも玄孫とか、子孫がいますよ。そっちを抱きしめればいい。ちなみに、ライオネル様は父上の玄孫か子孫みたいなものです」
「………は?」
「サラムとガラムから聞きました。何を今更、甘えたことを言ってるんだか。父上には、まあ、百年以上前ですが、双子の娘がいたんです。その子孫の一人がライオネル様ですよ。好きなだけ、ライオネル様を抱きしめればいい」
ハイムントは吐き捨てるようにいう。とんでもないことを教えるな、あの戦闘妖精。こんなこと教えられたら、わたくしだって、親とは話したくなくなる。
でも、百年以上前に存在したハガルの娘、という所は、微妙だ。人の一生以上前の話を今更、持ち出されても、浮気者、とか言えない。だって、ハガルの伴侶は亡くなっていて、ハガルは今、第二の人生的なんだ。百年以上経っての第二の人生というのも、変だけど。
それに、夫や妻を亡くして、新しい伴侶を迎えるのは、普通である。それをハイムントが責めるのは、子どもっぽい。
「ハガルにとっては、あなたはあなたですよ。あなたの子を抱きたいんです」
「私だって、弟や妹が欲しかった。なのに、父上は母上の意思を尊重して、二人目を作ってくれなかった。それなのに、私の子が欲しいなんて、おかしい。だったら、私に弟か妹を作ってくれれば良かったんだ」
「女は大変なんですよ。出産だって、命がけだと言います」
「母上のは違う。ただ、支配者として、妊娠と出産は弱味となるからしない、という理由だ。そこを説得出来ないのが父上だ。また、別れると言われて、父上は泣く泣く引き下がったんだ。あんなに私がお願いしたのに、唯一、叶えてもらえなかった願いだ。妖精憑きの力を与えるよりも、はるかに簡単な願いだったというのに。だったら、父上の願いは叶えない。だから、離れてください」
こいつ、物凄く面倒くさい男だ。しかも、子どもがそのまま大人になった感じだ。なのに、頭が物凄くいいから、理路整然としている。
「そんな、大人の事情は、仕方がありません。もう、大人なのですから」
「今、私のことを子どもが大人になったみたい、と思ったでしょう」
「思いました。子どもみたいなこと言ってて、面倒臭い」
「イヤになったでしょう。だったら、閨事は諦めなさい。こんな子どもで面倒臭い男はイヤでしょう」
「その見た目はいいから、そういう面倒くさいことは許してあげます。閨事も、良かったですよ。最初は物凄く痛かったですけど」
「どちらにしても、無理ですけどね。ほら、逃げる力全て、この部屋が吸い取っていますから」
あんなに恥ずかしいことしたのに、結果がこれか!!
わたくしはもう、がっくりとベッドに倒れるしかない。
「ほら、添い寝してください。もう、悪い事一つも出来ない男です。安全ですよ」
そう言って、わたくしをベッドの中に引きずり込んだ。そういう力はあるのね。
そうして、ハイムントはさっさと眠ってしまう。ちょっとつついても起きない。
わたくしも寝ていないので、そのまま、眠ってしまった。
賑やかな声にわたくしは目を覚ます。ハイムントはいない。
寝具から顔を出すと、ハイムントはテーブルがある方で、魔法使いたち五人と神官長となったレッティルと談笑していた。
「レッティル、教皇長就任おめでとう!!」
「いやー、使いやすいやつが神官長になってくれて良かったよ」
「ハガル様にモード様が妙に対抗心持っててさ、面倒臭いったらなかったよ。ハガル様は遊んでたけどな」
「お前ら、私を利用するような真似はやめろよ!! そこは私心を殺して、頑と言うからな」
「わかっていないな、お前。お前がこれから相手にするのは、ハガル様だぞ」
「神の試練だ」
「父上には、私からしっかりと言い聞かせておく。今回のことは、私が悪かったがな。反省している。が、またやる」
「反省してないよな!! まだ、妖精の視認化の問題は解決してないんだぞ!!!」
「一生に一度あるかないかの奇跡だぞ。喜べ」
「それが二度三度あったら、天変地異の前触れだって、感じるだろうが」
「諦めろ、レッティル。ラインはそういう奴なんだ。神様がせっかく、ラインから妖精憑きの才能を抜いたってのに、ハガル様が与えちゃったんだからな。もう、仕方がない」
そうして、大笑いだ。仲良いな、この人たち。
わたくしが起きたことに気づいたハイムントは、席を立って、わたくしの元に来た。
「ラスティ様、随分と顔色が良くなりましたね」
添い寝を要求したのは、わたくしのためだった。ハイムント、実は寝る必要なんてない男だ。わたくしを眠らせるためだった。
それなりの年齢の男性がいるので、わたくしは手で軽く髪を整えたりするが、服はやはり、酷い状態だ。
「いけませんよ、他の男にそのような姿を見せては。そこで、大人しくしていてください」
そう言って、わたくしをまた、ベッドに倒した。
「ライン、お邪魔だったか?」
「寝ていたところを起きてしまったんだ。レッティルの声が大きすぎだ」
「私だけのせいか!? 他の奴らだって大きい声じゃないか!!!」
「悪いことは全て、レッティルのせいだ。そう決まってる」
「酷いな、お前ら!?」
「それで、いつ、レッティルは魔法使いに復帰するんだ? 父上から妖精返してもらったんだろう」
友達の元に戻ったハイムントは、教皇長になったばかりのレッティルに、おかしなことを聞く。
事情はわからないが、レッティルは、ハガルによって妖精を盗られたという。もう二度と、魔法使いにはなれないので、教会に行くこととなったのだ。
ところが、状況が変わって、レッティルはハガルから妖精を返されたという。妖精が戻れば、レッティルは魔法使いに戻れる。
レッティルが黙り込むと、他の友達も黙り込む。答えを待っているのだ。
「まあ、今すぐ決めることでもないだろう。教皇長の後任探しは面倒臭いしな。しばらくは、神官長で修行してろ。まだ長い人生だ。色々と経験を積めば、いい魔法使いになれる」
質問したハイムントはレッティルに答えさせない。それどころか、良い指針を与えた。でも、最後は魔法使いになれ、と言っている。
「俺は、魔法使いには、ならない」
「どうして? 妖精憑きに戻ったんだから、魔法使いになるのは当然だろう。お前の意思じゃない。帝国では、そう決まっている」
「お前の寿命を半分、盗られることをしたのにか?」
レッティルが原因で、ハイムントの寿命の半分がなくなったのは知らなかった。ハイムントはというと、涼しい顔をしている。
「いつかは盗られていたんだ。それが早いか遅いかだろう。別に、レッティルが悪いわけではない。頭は悪いけどな」
「そうだ、頭が悪いから、妖精に騙されたんだ」
「頭が悪いと自覚できて良かったじゃないか。世の中には、頭が悪いとわかっていない腐った奴らは山ほどいるぞ。そういうのを駆逐するのは楽しかったがな。皇族もどきを堕としてやったのは、かなり興奮した。腐った貴族もたくさん、父上に献上したな。教会はもうちょっと壊したかった」
「やめてぇえええーーーー!!」
「あと一つ二つはいけたんだがな。父上の仕事は、ここぞという時は早いから困る。サラムとガラムを味方につけておけばよかったな。まだまだ、父上には勝てないな」
「どこが勝てない、だよ。ハガル様を精神的に追い詰められるのは、お前だけだぞ」
そこで、ハイムントは黙り込む。何か考え込んでいるようだ。
「もうそろそろ、戻るよ。明日な」
「私は明日は来れないぞ」
「レッティルって、友達がいがないよなー。教皇長の仕事なんて、片手間だろう」
「増えたんだよ!! お前たちは五人で筆頭魔法使いの仕事一人分だろう。私は一人だぞ!!!」
「そういうのは、慣れだ慣れ。まだ教皇長になったばかりなんだから、仕方がない。それに期限は教皇長であるお前が決めればいいだろう。こういう時こそ、最高権力者の権力を悪用しろ」
「合議制なの!! 出来るか!?」
そんな賑やかな話をしながら、ハイムントの友達たちは、部屋を出ていった。
残ったハイムントは涼しい顔で、茶器を片づける。落ち込んだりとか、そういうことはない。
「明日も来るのですね」
「毎日来るんだと。そういう約束だからな。菓子類は、父上に頼んでおかないとな」
「明日も生きているのですか?」
「そこは、神様が決めることだ。明日になればわかる」
上手に誤魔化された。どちらともとれる答えだ。
わたくしは泣き出した。いつ死ぬかわからない男の側にいるのは辛い。
泣いているわたくしを見ても、ハイムントは穏やかに笑うだけだ。
「ラスティ様は、ご両親と死に分かれたではないですか。初めてではないでしょう」
「両親の死は、突然でした。本当に突然で、わたくしが落ち込む暇を与えないほど、あの偽物の叔父家族が乗り込んできて、滅茶苦茶にしてくれたので、悲しむとか、そういうものはありませんでした」
「では、私の死を悼んでください。人の死を悼めるのは、心の余裕がある証拠です。味わってください」
「もう、会いに来ません!!」
「いいですよ。ラスティ様の好きにしてください」
「会いたいと言わないのですか?」
「私はもう、死ぬまでここから出られません。そんな私の我儘、いうわけにはいかないでしょう。あなたには、あなたの人生がある。そこに私はもういません。支えてあげられないのに、我儘は言えません」
「そんな、ことっ」
「好きな女一人守れない男なんて、情けないでしょう。だから、捨ててください」
「いやです!! 捨てるなら、あなたが捨ててください!!!」
「捨てるもなにも、私はもう死にます。それ以前です。私のことを切り捨てなければならないのは、ラスティ様です。私が死ぬ前に切り捨てるか、それとも、私が死んだ後に切り捨てるか、その違いです。その選択が辛いなら、会いに来ないほうがいい」
「………」
ハイムントは、優しく、わたくしを切り捨てている。口ではそうではない、と言っても、態度は、しっかりと距離をとっている。
わたくしは黙って、部屋を出た。そして、通路で泣いている、ハイムントの友達たちを見てしまう。さっきまで笑っていたのに、部屋を出ると、泣いているのだ。
そうだ、皆、平気じゃない。私だけが、悲しいんじゃないんだ。ハイムントが大好きな人たちは皆、隠れて泣いている。
「あの、ハガルに、会いたいのですが、どうすればいいですか?」
どうしても、ハイムントの父親としてのハガルに会いたかった。
わたくしが食事時に、ハガルと皇帝ライオネルが来た。ライオネルまで来るとは思ってもいなかった。
「すみません、なかなか時間がとれなくて、こんな時となってしまいました」
「かまいません。忙しいですよね」
「ハイムントが起こした妖精の視認化をどう誤魔化すか、その問題が解決していません」
憂鬱な顔をするハガル。そうか、ハイムントって、こうやって、ハガルを散々な目にあわせてきたのか。確かに、ハイムントはハガルでも手に負えない人だ。
「ハイムントの男爵位は、今後、どうするのですか? ハイムントはもう、死ぬのですよね」
「表向きは生きていることにして、頃合いを見ることとなっています。今、死んだことにすると、妖精視認化のことで、色々と言われてしまいますから」
「でも、死ぬのですね。それでは、跡継ぎのいない男爵位は、返上となるのですね」
「そこが、難しい話ですね。あの子は、妖精にばかり気を取られていて、大事なことを見逃しましたね」
ハガルは何故かわたくしのお腹をじっと見る。
「まさか、妖精の悪戯で」
「いえ、そこは完璧です。ですが、人と人との縁を見誤りましたね。おめでとうございます。妖精の悪戯でもないのに、たった一度で妊娠とは、運命ですね」
「本当か!?」
ライオネルが席を立って、ハガルにつかみかかる。
「私が見誤ることはありませんよ」
「だが、これでもかと妖精除けをされた部屋だったぞ」
「丁度良い機会だったのです。ラインハルトも、そこまでは読めなかったのですよ。神が作っためぐり合わせは、人の力ではどうしようも出来ません」
わたくしは、何も変わらないお腹を撫でる。このお腹にハイムントとの子が宿っている。どうしよう。嬉しいけど、不安だ。
「そうなると、ラスティは城に入ったほうがいい。外は危険だ。何が起こるかわからないからな」
「まずは、仮の父親を見つけないと」
「………ハイムントの、子では、いけないのですか?」
「あなたは、皇族との間に子を作りたいですか? でしたら、そう発表すればいい」
「………」
思ってもいないことだった。でも、そうだ。わたくしは、皇族の血を健全にするための存在だ。誰かと子作りしなければいけない。
「私の子にしよう。私は随分と、ラスティと接している」
「いいのですか? でも、皇族が生まれなったら、嘘だとバレてしまいます」
ライオネルが名乗り出てくれるが、わたくしは不安を口にする。ハイムントは皇族とは縁もゆかりもない。元は貴族の子孫といえども、皇族の血が混ざっているとは限らない。
「生まれてから、考えればいい。それに、私が手をつけたんだ。もう、誰も手をつけれなくなる。そうだろう、ハガル」
「ラスティ様の血の濃さにかかっていますね。ラスティ様は、かなり血が濃いのですよ。何せ、私をかなり苦しめてくれましたから」
ハガルがそう付け加える。わたくしの皇族としての血の濃さは、ハガルしかわからない話だ。
「わたくし、明日、ハイムントに言ってやります」
「そうしてあげてください。ほら、一人の体ではないのですから、しっかり食べて、休んでください」
いい事が一つあったので、わたくしは一気に気分が良くなった。
そして、どうして、ハガルをわざわざ呼んだのか、その目的をすっかり忘れてしまっていた。
身じろぎすれば、何かいる。わたくしは寝返りをうてば、なんと、ハイムントがいる。
「ハイムント!?」
「もう、やっと眠れたというのに」
「どうして、ここにいるのですか!?」
見回せば、わたくしが就寝する用に与えられた部屋である。ハイムントが閉じ込められている部屋ではない。
「あんな部屋、いつだって抜け出せました。父上も甘いですよ。私の妖精の目、取り上げないのですから」
眠そうに大きなあくびをしながらいう。
「でも、物凄く面倒臭いって」
「死期が近いから、と泣き落とししたら、呆気なく解放してくれました。ちょろいな、妖精」
とんでもない男だ。あの人を狂わせてまで閉じ込める部屋でさえ、ハイムントの手にかかれば、篭絡してしまえるのだ。
「でしたら、逃げればいいではないですか!」
「私はただ、寝たかっただけです。ほら、こっちに来て。一緒に寝ましょう」
「わたくしはいらないでしょう。ハガルに添い寝してもらいなさい!!」
「もう大人なんです。いつまでも父上に添い寝なんて恥ずかしい。大人になったんだから、血のつながりのない女に添い寝させるものです。大人しくしなさい。一人の体ではないのだから」
「………」
いう前に、気づかれてしまった。それはそうだ。妖精の目があるのだから、ハイムントはわかるのだろう。
きっと、あの部屋にいる時から、わたくしの妊娠にハイムントは気づいていた。
「だから、わたくしと閨事をしてくれなかったのですか」
「思い出は十分、いただいた。後は、死に場所だ」
「………」
「母上の最後の死に場所は、私と父上だ。朝、普通に起きたら、母上は息をしていなかった。その日、父上は来ない予定だったのに、いたんだ」
「まだ、大丈夫ですよね?」
「それから、眠るのが怖くなった。眠ると、起きれなくなるんじゃないか、と思うと、一人で眠れなくて、でも、眠らなくても普通に生活出来る体質だから、気にならなかった。起きていれば、眠っている間に死ぬということはないからな。だから、眠りたい時は、父上にお願いしていた。父上は最強の魔法使いだ。父上の側なら、安心だ」
ぎゅっと抱きしめてくるハイムント。
「もう、起こさなくていい」
そう言って、ハイムントは眠った。




