深夜の騒動
就寝の準備は終わり、よく眠れるお茶を私、侯爵令嬢シリア、伯爵令嬢フローラが飲んでくつろいでいた。こうしていると、一日の疲れがどっと押し寄せてくるなー。
さすがに、気味が悪いからと、翌日には帰るという侯爵令嬢シリア。義母リサを初めて見たから、衝撃的だったんだな。
「わたくしも初めて見たが、あれは酷いな」
伯爵令嬢フローラは、少し身震いした。フローラは、もう少し、様子見のため、居座るという。あれだな、元婚約者ヘリオスがいるからだな。フローラはヘリオスを警戒していた。
「他の領地民とも話してみたが、まともだったぞ」
「少し、反省しましたからね。少し前までは、妖精憑きのことを毛嫌いして、領地内が全てでしたが、今回は、辺境の三大貴族が保有する騎士団の一部を見せられ、たかが男爵と嘲笑っていた祖父の施設騎士団を見せられ、考えを改めたのでしょう。男爵は貴族の中でも底辺で、平民に近い、という見方をしていましたが、祖父が持つ騎士団は、立派ですからね」
全ての貴族がそういうわけではない。祖父は、男爵という立場をそのままにしているだけだ。本当であれば、伯爵になっていてもおかしくない、財産を祖父は持っている。
爵位を上げると、色々と面倒が増える。また、上からは生意気だ、と叩かれることもあるのだ。だったら、男爵め、と侮られていたほうが楽なんだろう。
そういう裏事情は私は黙っておく。侯爵令嬢シリアはわからないが、伯爵令嬢フローラは跡継ぎ教育を受けているから、なんとなく、知っていそうである。
「お嬢様方、今日はお休みください」
珍しく、妖精憑きキロンが執事の顔と口調で、就寝を促した。
「明日、帰るのにー」
「我が領地は、明日も朝が早いんだよ」
「そうなの!?」
「シリアは、ゆっくり寝ていていいよ。お見送りまでは、ここにいるから」
「う、うん」
仲間外れが寂しいらしい。だけど、このまま領地に留まる気概はない。初日で、義兄リブロ義妹エリザを見て、今日は義母リサを見て、怖くなったんだよね。わかる。あんなのと毎日、付き合っている領地民と使用人の皆さんは偉いね!! 私はただ、金出して、命じているだけだから。
領地を見回ったりしたから、さすがに疲れたんだろう。まだ早いというのに、侯爵令嬢シリアだけでなく、伯爵令嬢フローラまで、うとうととしだした。
外は相変わらず、物々しい。常に灯りを灯され、騎士たちが巡回して、動き回っているのだ。そういうのを窓から見下ろして、私たちは寝室に移動した。
「明日も、面白いものが見れそうだな」
「え、あの、リブロとエリザの母親?」
「違う違う。王都から来た騎士だ。確か、ハリスだったか」
「えー、可哀想じゃない」
「妖精の悪戯が、ハリスに集中しましたね」
私の元婚約者の兄ハリスは都会っこである。だから、農作業は初めて。騎士団でそれなりに訓練して、辛い目にもあっているというが、田舎は未経験であったのだ。
ど田舎は、虫が多い。屋敷周辺は魔道具や魔法具で、虫や獣除けを施しているが、禁則地周辺の農地は、それが出来ないのだ。妖精に失礼になるからね。
だから、ハリスは、ど田舎の洗礼を一通り受けたのだ。
まず、虫やらカエル、トカゲと一通り見て、悲鳴をあげた。土を掘れば、ミミズに悲鳴をあげた。そこに、妖精が作った落とし穴に落ちて、何かの幼虫に悲鳴をあげた。
あれは、妖精が喜ぶ反応だなー、なんて私は他人事のように見ていたら、どんどんとハリスに妖精の悪戯が集中したのだ。最後は、ハリス、獣のように、警戒して、人が寄り付けなくなっていた。
「フローラ、笑ってはいけませんよ。初めてここに来た頃のフローラだって、あんな感じだったんですから」
「そうだったかなー」
「そうですよ」
ありし日の伯爵令嬢フローラは、悪戯好きの妖精の恰好の的になっていた。さすがにひど過ぎて、私が妖精憑きキロンに命じて、止めさせたけど。
ハリスも、あまり酷いようなら、止めないといけないなー。ハリス、女帝レオナ様の密命だから、逃げられないのだ。あれは、気の毒だ。
そういう会話をしても、やっぱり眠い。疲れたんだね。フローラもシリアも、目を閉じて、眠りに入ろうとしていた。
外で、けたたましい警鐘音が鳴り響いた。魔道具を使ったんだな。
「な、何よ!!」
「まさか、脱走か!?」
「二人とも、ここから出ないように。護衛、中に入って、二人を守れ」
「アーサーもここに」
「私には、キロンがいますから」
すでに部屋の前で待機していたキロンは、私に上着を着せてくれる。
屋敷の外に出て、それなりに偉い立場の騎士たちが集まっている所に行った。
「どうかしましたか?」
「幽閉中の三人が、部屋からいなくなりました」
「父上も?」
「そうですが」
おかしな話だった。父ネロは、別邸に幽閉されてから一度も、外に出ていないのだ。脱走するのも、義兄リブロと義妹エリザだ。
三人同時というのが、気持ち悪い。私は危険を感じた。
すぐに別邸に入って、中を検分する。
三人はそれぞれ、離れた部屋で幽閉していた。下手に隣り同士にすると、密談なんかされて、妙なことを考えてしまうからだ。
「アーサー、勝手に動くな!!」
慌てたように、元婚約者ヘリオスと、その兄ハリスが武装してやってきた。
「キロンがいるから、大丈夫ですよ」
「それでも、魔法で人を傷つける許可は下りてないと聞いてる」
「だから、キロンの腕っぷしです」
過去、魔法に頼り過ぎていたキロンは、私がたった一年、一年も閉じ込められた時、手も足も出せなかった。だから、体術と剣術を身に着けたのだ。
今では、本気になれば、そこら辺の平騎士なら、軽く叩きのめせる実力だという話である。実際、王都に行った時、辺境の教皇フーリード様の監視の元、実力を見たという。ほら、野良の妖精憑きだから、どんな実力を持っているかわからないのだ。魔法から、体術剣術、記述まで、全て試して、キロンは魔法使いでも、かなり上、騎士としても、上位に食い込むほどの実力と確認されたと、後で女帝レオナ様から聞かされた。
たぶん、現役騎士であるハリスよりも、キロンは強い。
「アーサー、あいつら、本邸にいるぞ。なんで、リサがいるんだ?」
「フローラとシリアの護衛についている騎士に報せて。すぐに、屋敷から外に出るように。野営に避難したほうが安全だ」
いざ、逃げるとなると、屋敷の中は限られている。外ならば、逃げられるし、何より、騎士が大勢いる。
妖精を使っての指示だったが、私が外にある野営の場所に行けば、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアが厳重に守られて、粗末な椅子に座っていた。
「すみません、こんなことになって」
「やっぱり、殺すべきよ!!」
「そこは、ここの領地民に決めさせます。人数に余裕がありますね。領地民たちの招集をしましょう。使用人に案内をさせます。ここに、領地民全てを集めてください」
「そんな、悠長なことを」
「ただ、殺してしまっては、蟠りが残ります。リサ、リブロ、エリザは、領地民たちに裁かれるべきなんです」
そう簡単な話ではないのだ。あの三人は、領地内でやりたい放題なのだ。
侯爵令嬢シリアや、伯爵令嬢フローラがいう通り、あの三人は処刑してしまったほうがいい。見せしめとして、晒したほうがいいのだ。王都からかけ離れた辺境では、私刑は簡単に出来るのだ。
そうして、領地民たちが、どんどんと集められていく。皆、魔道具を使った警鐘音で、警戒していたのだ。あれ、音がすごかったからなー。
屋敷の周囲が物々しくなっていく。その中、屋敷のドアが開いて、着飾った父リブロ、義母リサ、義兄リブロ。義妹エリザが出てきた。
「お祖父様!!」
私は義兄リブロが引きずる、拘束された母方の祖父ウラーノの姿に声をあげた。
ばっと祖父ウラーノが連れてきた騎士団たちを見る。騎士団、大切な主人を保護出来ていない事実に、真っ青である。
命令系統が乱れたからだ。三つの騎士団で、それぞれ、動いていた。その中での優先順位を見失っていたのだ。
また、祖父ウラーノは、連れてきた騎士団に、私を優先するように命じていたのだろう。私が外を移動する時も、男爵家の騎士団の半数が、私の側にいた。
思い返せば、祖父ウラーノは一人で行動していた。屋敷周辺は、入れ替わり立ち代わり、騎士たちが警戒していたから、大丈夫と私も思っていた。
「お嬢様、すみません。突然、部屋にあの男がいて、旦那様を人質にとられてしまいました」
一応、屋敷内にはいたのだ。祖父が連れてきた騎士が私に膝をついて報告する。
「とりあえず、話をしましょう。お祖父様を助けないと」
「いけないわ!!」
「こういうのは、馴れた者にやらせるんだ!!」
「アーサー、出てこい!!!」
「ご指名です」
侯爵令嬢シリアと伯爵令嬢フローラが止めるも、父ネロが呼ぶのだから、行くしかない。
私は傍らに妖精憑きキロンを従えて、父たちはそれなりの距離をとって前に出た。
「アーサー、さっさとやれ!!」
「黙ってろ!!」
「ワシなんか見捨てろ!!!」
祖父ウラーノが、自らの命を差し出すようなことをいうので、義兄リブロが暴力で黙らせようとした。
「リブロ、大事な人質でしょう。老い先短い老人なんですから、大事に扱いなさい。妖精憑きが側にいる私とは違うのですよ」
「妖精憑きさえいなければ、あの時、お前は死んでたのにな!! 運のいいやつめ!!!」
「私から妖精憑きを引き離したから、妖精に呪われましたものね」
母が亡くなってたった一年、一年も、あの粗末な小屋に閉じ込められていた時、どうしても私から妖精憑きキロンを離せなかったのは、妖精の復讐を受けて、義兄リブロは体の一部を変異してしまったのだ。
治せと言ったところで、妖精憑きキロンは従わない。それどころか、義母リサの自慢の顔まで歪められて、大変なこととなったのだ。結局、虫の息となっていた私の元に、キロンを戻すしかなった。お陰で、私は九死に一生を得られたというものだ。
あの時、キロンは逃げて、神殿に駆けこめば、違う道もあったかもしれない。だけど、私が生きるか死ぬかという状態だったため、キロンは、私の元に戻ることを選んだのだ。
あの時とは状況が違う。あの時は、領地民全てが父たちの味方だった。しかし、今は、領地民たちすら、父たちの敵である。
騎士たちだけでなく、領地民たちまで、どんどんと集まってくる。それを見て、父ネロは笑う。
「お前たち、愚息アーサーを捕縛しろ!!」
当然のように、父ネロは命じた。
「おい、領主代行はどうした?」
「領主代行に従おう」
だけど、領地民たちは領主代行の判断を待っていた。
子爵家が領地に都落ちするよりも遥か昔から、領地民たちは領主代行に従っていた。領主代行は平民であるが、ある意味、貴族の権利を持っていたのだ。
その弊害が今、ここに出た。明らかに、父たちは騎士たちに取り囲まれて、辺境の三大貴族である侯爵家と伯爵家に逆らっているのだが、領地民たちはわからないのだ。肝心の判断を全て、領主代行が行っていたからだ。
それを聞いて、義母リザが大笑いした。
「領主代行はもういないよ!! アタシと、アタシの子どもたちで、殺してやったからね!!! 皆殺しだよ!!!!」
「そ、そんなっ」
「それじゃあ、どうすればいいんだ!!」
「そうだ、領主代行には息子が」
「言っただろう。皆殺しだよ!! 父ちゃんも、兄弟姉妹も、その子どもたちも皆、殺してやった!!!!」
「俺に逆らうからだ!!!」
「わたくしのこと、ブスなんて言って、失礼なガキども」
領地民たちは、領主代行の血族を探した。どれだけ見回しても、集まって来る領地民たちの中にも、領主代行の血族は見当たらなかった。
「あはははは、これで、アタシが領主代行だよ!! アタシだけだからね。さあ、アーサーを捕まえな!!!」
唯一残った領主代行の血族は義母リサである。リサは大笑いして、領地民たちに命じたのだ。
だけど、誰も動かない。
「誰が、お前なんかに従うものか」
「お前みたいに、何もしないヤツ」
「口だけで、なーんにも出来ないくせに」
「本当だよ!!」
もう、石まで投げたよ。
「お前たち、こいつがどうなったっていいのか!!」
「旦那様!!」
「おい、やめろ!!!」
慌てて、男爵家の騎士たちが、領地民たちを止めた。領地民たちには、人質となっている祖父ウラーノが見えていなかった。慌てて、石を投げるのをやめた。
どちらにしても、祖父ウラーノが人質にされているから、動くに動けないのだ。平民だったら動いているが、まがりなりにも貴族である。
しかも、祖父ウラーノは、引退したとはいえ、帝国中の商売を牛耳る男である。傷一つつけただけで、恐ろしい報復が待っている。
「お祖父様を解放しなさい。このままでは、罪を積み重ねていくこととなります。もう、領地でも、あなたたちは罪人扱いです」
「俺は、辺境の三大貴族の子爵の息子だぞ!! 俺がやることは、罪にならない。ただ、平民を殺しただけだろう!!!」
「ただの平民ではありません。リブロにとっては、身内でしょう。血のつながりのある祖父に、叔父伯母、従兄弟たち。ただの平民とは違います」
「俺は片親が貴族だってのに、あのクソジジイ、俺を鞭で打ったんだ!! たかが平民だってのに。そんな奴、殺していんだよ!!!」
「リサ、親殺しなんて、大罪を侵して」
「あんたもバカだね。アタシに、殺人の制約をかけないなんて。殺せるから、笑ったよ」
義母リサは、私が抜けている、と大笑いである。
そんな話を聞いて、領地民たちは、まだ、労役中の犯罪奴隷たちから距離をとる。
義母リサは、殺人禁止の契約を施されていなかったのだ。殺人などの悪行の命令は従わなくていいこととなっている。しかし、自らの意思で行う悪行は禁止されていない。
「そんなことしません。何故って、当然のことではないですか。だから、身内に世話をまかせたのです」
悪行をしないことは当然のことだ。だから、しなかった。表向きのことを口にする。
「バカだねー。平民なんだよ!! アタシたちは違う。アタシは、子爵である旦那様の子を産んだ女。特別なんだよ!!!」
「悪行は平民貴族、関係ありません。やってはいけないことです。そういうこと、ただの子でも教わることです。それがわからないお前は、平民ではありませんね。お前は、貧民です!!」
「なんだと!?」
「教育を受けていない、そういう教えをされないのは、貧民ぐらいです。リサ、リブロ、エリザ、お前たちは、貧民です!!!」
最低最悪なことをした彼らを私は貶める。
貧民と言われて、怒りに震えるリサ、リブロ、エリザ。だけど、すぐに、手元にいる祖父ウラーノを踏みつけて、私を嘲笑う。
「あんたの祖父が人質だって、忘れるんじゃないよ」
「大事にしなさい。もし、祖父が死んだ場合、お前たちは、ここにいる者たち全てが襲い掛かるのですよ」
いや、襲い掛かりたいんだよね、皆さん。伯爵家と侯爵家の騎士団の皆さんは、祖父ウラーノはどうだっていいのだ。後が怖いが、だけど、辺境では三大貴族が最強である。万が一の時は、三大貴族の権力でごり押しすればいい。
それを止めているのが、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアである。私の祖父だから、騎士団を止めてくれているのだ。
「さっさと、ここから出て行きな!! ここは、子爵である旦那様のものだよ!!!」
「そうだ、お前たち、出て行け!!!」
「アーサーも、出ていけ!!! ここは全部、俺のもんだ!!!!」
「そうよ、お兄様のものよ!!! 女のお前は、大人しくしていればいいのよ!!!!」
祖父ウラーノを痛めつけていう父たち。祖父ウラーノにも、それなりに恨みを持っているんだな。
「アーサー、来た」
妖精憑きキロンが、私にだけ聞こえる声で言った。どうやら、私のために、他にも動きだしたものがいた。
とんでもない馬の嘶きと走る音がどんどんと近づいてきた。それは、男爵家の騎士団、伯爵家の騎士団、侯爵家の騎士団を押しのけ、その数は数倍だった。
「消し炭にしてやる!!」
そして、先頭に立った男が叫んだ。途端、屋敷が一瞬にして業火に包まれた。
あまりのことに、全てが呆然となる。背後で燃え盛る、子爵家の象徴といっていい屋敷に、義母リサが悲鳴をあげた。中に入ろうとして、義兄リブロと義妹エリザが止めた。
「あそこには、まだ、アタシの宝石が!!」
「お前のものなんて、なにもない!!」
これまで、拘束されて、されるがままだった祖父ウラーノは、拘束を自力でといて、義兄リブロを殴り、父ネロを蹴った。その動きは、とても、老人とは思えない。
祖父ウラーノは悠然とした足取りで、呆然となる私の元にやってきた。
「もう、次からはワシなんか見捨てろ。お前のほうが大事だ」
そう言って、祖父ウラーノは私を抱きしめた。




