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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-不完全な復讐-
238/353

農地の視察

 侯爵令嬢シリアのたっての希望により、禁則地周辺の農地に行くこととなった。もう、領地の端だよ、そこ。

「馬に乗ったほうがいいですよ」

「歩くわよ!!」

「馬車は無理ですよ」

「歩くわよ!!」

「ほら、騎士が乗ってきた馬に乗せてもらえ」

「出来るわよ!!」

 伯爵令嬢フローラも一緒に説得したのだけど、シリアは歩くと言い張った。遠いのにー。

 最初は意気揚々と歩いていたシリア。だけど、すぐに遅れていく。

「誰か、シリアを運んで」

「あ、歩く、から」

「やめたほうがいい。辺境を支えられるほどの領地なんだよ。領地の端といったら、かなりの距離だから。普段は、視察を兼ねて、歩いて行ってるだけなんだ」

 この徒歩の移動、農業体験した伯爵令嬢フローラも相当な苦行だった。地図できちんと説明しても、体験したことがないことなので、フローラも失敗したのだ。

「ここで力尽きるなんて、シリア、もっと運動したほうがいいぞ」

「あんたたちがおかしいのよ!!」

「否定できないな」

 普通の貴族令嬢は、シリアが標準なんだ。私とフローラは異常だ。

 結局、シリア、動けなくなったので、馬で移動していた騎士の一人に運んでもらった。

「思ったよりも遠いな」

 想像よりも遠いから、ヘリオスの兄ハリスは、ちょっと疲れていた。しっかり休まなかったな、こいつ。

「ゆっくり移動しましょう。今回は、人手も多いから、楽ですよ。妖精の悪戯が起こらなければいいですけどねー」

「その、妖精の悪戯って、何が起こるの?」

「単純に、一番、多いのは落とし穴」

「わたくしも、最初にされた」

 皆、一度は落とし穴に落とされるのだ。気をつけて歩いていても、巧妙に偽装されているから、踏んだら穴だった、ということは、普通にある。

 伯爵令嬢フローラは、毎日、ひっかかっていたなー。フローラは思い出したのか、お尻を撫でていた。

「そんな、汚れちゃうじゃない」

「そうだね」

「だから、汚れてもいい服なんだよ」

「………」

 無言になるシリア。ちなみに、シリア、そういう服がなかったので、私のお古を着ている。

 私のお古なんだが、シリアが着ると、胸が出るな。あれ、私が着ると、胸がスカスカだったんだけどなー。

 私はつい、馬上にいるシリアを見上げてしまう。シリアもいい感じの胸だよな。羨ましい。

 私は今もスカスカの胸元に触れる。よし、これなら、半裸で作業しても、全然、大丈夫!!

「アーサー、きちんと服を着て作業するように」

「どうして!?」

「まさか、昔みたいに半裸でやるつもりだったのか!!」

「だって、昨年まで、普通にやってたから!!」

「今は女なんだから、やっちゃダメだろう!!!」

「えー」

 無茶苦茶、伯爵令嬢フローラに叱られた。男と偽っていた時は、普通にやってても、誰も気づかなかったのに!!

「アーサー、あんなにやるなって、言ったのに、やってたのか!!」

 そして、元婚約者ヘリオスまで叱ってくる。

「いくら男と偽っていたって、お前は女なんだぞ!! あんなに注意したってのに、俺が見てないとこでやってたなんて」

「誰も気づかなかったんだから、いいじゃないか!!」

「いけません」

 気づいたら、禁則地周辺の農地に到着していた。私とヘリオスが口論していたから、領主代行がやってきて、ヘリオスに味方した。

「絶対にやってはいけませんからね。もう、女性なんですから」

「気づかなかったじゃないか!!」

「知らなかったんですよ!!」

「男がこんなにいっぱいいて、誰も気づかなかったのに!!!」

「よし、全員で止めよう」

 伯爵令嬢フローラが力づくを言い出す。だいたい、話しても解決しない時は、力づくである。くっそー、まさか、ここまで反対されるとは。

「もっと、貴族の女だと自覚しなさいよ。物心つく頃には、例え、親しい男の前でも、大事な部分の肌を晒したりしないものよ。だいたい、そういう子どもが好きな変態だっているんだから、危ないでしょう」

「アーサー、もうやるんじゃないぞ」

 侯爵令嬢シリアのもっともな話に、とうとう、妖精憑きキロンまで、敵となった。お前、昨年までは、笑って見てたくせにー。だいたい、私が女だと知っていながら、止めなったお前はどうなんだ!!

「今日はお客様もいますから、アーサー様は案内です。作業してはいけませんよ」

 しかも、私の気晴らしが奪われた。私、汚れてもいい恰好なのに!!

「そんなぁ!!」

「子爵代理なんですから、おもてなししてください」

「我々は田舎の平民です。出来ません」

 こうして、私はしばらく、農作業から隔離されることとなった。どっちが領主かわからないよ。今回の領主代行、強気だな。

 領主代行、強気なだけではない。容赦もないのだ。なんと、義母リサを強制的に農作業に参加させたのだ。

「ちょっと、あの人」

「鎖なんかつけて」

「人用かな」

「!?」

 私の何気ない呟きに、驚く侯爵令嬢シリアと伯爵令嬢フローラ。

 我が領地は、妖精憑きを忌避する風習がある。昔、妖精憑きキロンが強力な妖精除けの小屋に閉じ込められていた時、キロンの両手両足には、妖精封じの枷がつけられた上、逃げられないように鎖で小屋に拘束されていたのだ。

 ありし日のキロンを思い出した。見たのはわずかではあるが、あれはあれで、強い印象を持った。枷と鎖を見ると、そんな連想までしてしまうほどだ。

 リサは抵抗するも、無理矢理、引きずられて、農作物の上で倒れて、と酷いものだ。

「アタシを誰だと思ってるんだい!! アタシはね、子爵夫人なんだよ!!!」

「うるさい。お前は犯罪奴隷だ。子爵からも籍を外されたから、ただの平民だ」

「それでも、アタシは子爵様の子を二人も産んだんだよ!! この、離せぇ!!!」

 もう、呪文だな。誰に大しても、そう偉ぶる義母リサ。子爵家から籍を外しても、子は子爵の子だと、その権威を振りかざす。

「あれが、リブロとエリザの母親? 似てないわね」

 そう、リブロとエリザ、義母リサに全く似ていないのだ。

「本当だな。誰に似たんだ? リブロの、あのだらしない体格は、父親に似てるけどな。エリザはどちらにも似てないな」

 伯爵令嬢フローラは、私をじっと見る。

「私は父方の祖母に似たそうです」

「そうなのか!?」

「えー、母親似じゃなくって!!」

「そう言ってもらってます。本当かどうか、わかりませんけど。ほら、父方の祖母はもう、おばあちゃんですからね。王都でも、かなりの美人で有名だったと聞いています。美人になるかなー?」

「男装していた時は、美少年だったぞ」

「勿体ないわよね。しっかりと肌の手入れをして、日焼けに気をつければ、かなりの美少女なのに」

「えへへへへ」

 誉められた!! そうかー、私は綺麗なのかー。

 しかし、気をつけなければいけない。身近には、綺麗な人はいっぱいだ。一番、身近な人だと、妖精憑きキロンである。他には、辺境の教皇フーリード様とか、女帝レオナ様、賢者ラシフ様、筆頭魔法使いティーレット………て、連想するのが、ほとんど男だよ!! しかも、妖精憑きばっかり。

 仕方がない。妖精憑きって、力が強ければ強くなるほど、その見た目も綺麗になるのだ。あんなのの隣りにずっと立っているから、私が見た目を低く見てしまうのは仕方ない。

 そういう雑談をしながら、侯爵令嬢シリアの案内である。シリア、ここに来て、さすがに馬から下りて歩いた。

「ねえ、神の恵みはどこ?」

「あれは、簡単には見られませんよ。妖精の気まぐれですから」

「そうなの!? 今日、見られると思ったのに」

 もともと、それがリシアの目的だもんね。

 実は、領地民たち、期待しているのだ。あんなに物々しい騎士団に、侯爵令嬢シリアが来たのだ。きっと、妖精の試練である神の恵みが、今いる場所のどこかに実るだろう、なんて思っている。悪戯好きな妖精は、お客様がくると、その人たちの心根を試すのだ。

 だから、今日は実らないだろうなー。ああいうことは、忘れた頃に実るものだ。伯爵令嬢フローラの時もそうだった。今回はないなー、と諦めて、粛々と農作業するようになってから、神の恵みが実ったのである。

 一応、端から端まで歩いた。もう、侯爵令嬢シリア、疲れて、また、立ち止まりそうになっていた。結局、シリアはまた、馬に乗ることになる。

「気をつけてくださいね。妖精は馬に悪戯しますから。キロン、注意するように」

「はーい」

「そんなぁ」

 シリア、馬上で顔を引きつらせた。

「悪戯といったって、ちょっと痛いだけですよ。実は、妖精の悪戯で、怪我をした人って、いないんです。痛いだけです」

 本当にそうなのだ。伯爵令嬢フローラなんか、お尻が痛い、と毎日言っていたなー。

「あれは痛かったな。ここに来ただけで、痛くなる」

 たった一か月、一か月も、農業体験していた伯爵令嬢フローラは、まだ、トラウマのように、お尻をさすった。

「離せぇ!!」

 和やかに過ごしているというのに、義母リサが台無しにする。リサ、周囲が止めるのもかまわず、私たちのもとにやってきたのだ。もちろん、騎士がリサを地面におさえこんで止める。屈強な騎士二人相手では、さすがのリサも勝てない。

「あ、あんた、リブロを婿にするんだってねぇ。アタシは、リブロの母親だよ。助けておくれよ」

 媚びるように見上げていうリサ。誰に向かって言っているのか、私、伯爵令嬢フローラ、侯爵令嬢シリアはよくわかっている。フローラは気持ち悪い、みたいにリサを無言で見下ろした。

「離せ!! 未来の伯爵の夫の母親だよ!!!」

「こいつ、犯罪者の焼き鏝が押されているぞ!!!」

「お嬢様に話しかけるなんて、なんて無礼だ!!!」

「アタシは悪くない!!! 全て、アーサーが悪いんだ!!!! アーサー、お前が何も悪いことやってないアタシを犯罪者にしたんだ」

 血走った目で私を見上げる義母リサ。そんなリサの頭を踏みつける領主代行。

「我が家の恥部が失礼を。お前はさっさと草取りをするんだ」

「アタシを誰だと思ってんだい!! そこら辺の女とは違うんだよ。父ちゃんといえども、アタシにこんなことして、許されないんだから。今に見てろ。リブロが伯爵の夫となった時、お前たち皆、おしまいだからね!!!」

 無様な姿で叫ぶリサに、騎士たちが嘲笑う。

「ちょっと、どうして、昨日のこと、あの女が知ってるのよ」

「昨日のことは知らないでしょう。ただ、定期的に、親子で監視つきで面談はさせているので、そこで、そういう話となったのでしょう。次からは、報告書を作らせよう」

 私は父、義母、義兄、義妹を定期的に面談させていた。内容までは聞いていない。どうせ、決まり切った内容だと思っていたのだ。

 ここまで、妄想が酷い方向へ広がっているなんて。義兄リブロの妄想の広がりは、リブロだけが原因とは思えない。

 義母リサが入れ知恵したのかもしれない。発想が、リサに似通っている。それは、親子ばかりではないのだ。

 リサは鎖を引っ張られ、引きずるように離される。無様に全身を泥まみれになるリサ。なにか悲鳴をあげていた。

「虫がいたんだな。あれはあれで、美味しいのに」

「え?」

「………」

 侯爵令嬢シリアは驚いたように見返し、伯爵令嬢フローラは無言になった。







 人数ってすごいね。馬もいるから、色々と、作業がはかどって、午前中で、その日の作業は終了である。

「もっとやればいいじゃない!!」

「一日の仕事量は決まっています。そうしないと、終わってしまって、妖精たちがつまらないと、領地内に悪戯に出てきてしまいます」

「そうなの!?」

「そうなんです」

 本当に、この禁則地周辺の農地は、扱いが難しいのだ。

 他の農地は、やれるだけやればいいのだ。そうやって、休む時間を確保する。だけど、禁則地周辺の農地だけは、毎日、やらなければならない。さすがに、雨の日はお休みだけど、これも大事なのだ。雨の日に作業をしないと、慌てて、妖精が天気にするのだ。だから、長雨にならない。

「もう、あの見苦しい女、外に出さなければいいのに」

 最初から最後まで無様だった義母リサのことを言っているのだ。何事かあると、叫んで、暴れて、と酷かった。抜いた草を誰彼かまわず、投げつけたり、見ていて、癇癪をおこした子どもみたいだった。

「あんなののどこが良かったんだ? 子爵も物好きだな」

「若い頃は、目を瞠るほどの美人だったと聞いています。視察に来る貴族が一目惚れするほどだったとか」

「見えない!!」

 過去のリサの話をすると、驚く伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリア。

「父と再婚した頃の義母上には、その片鱗がありました。エリザは、残念ながら、義母上には似ませんでしたね。似ていたら、今頃、貴族の学校では求婚の嵐だったでしょう」

「信じられない」

「あんなのに」

「見た目はすごかったんだそうです。領地にいる男たちも、若い頃の義母上の我儘に、笑顔で振り回されたとか。本当に、誰に似たのやら」

 私は領主代行と、その家族を見た。ここで作業している人たちの半分は、義母リサの親族である。もともと、ここは、領主代行一族の持ち場なのだ。

 誰もかれも、平凡な顔立ちである。その子どもたちだって、平凡だ。なのに、義母リサだけ、飛びぬけて美人だったという。

 今では、狂人で、おかしくなっちゃったけど。

「こんな田舎で、飛びぬけた美人だった義母上のこと、良くも悪くも、将来は貴族の妻か愛人になるだろう、なんて皆、言ったそうです。いい方向に伸ばしていけば、女帝のようになったというのに、悪い方向に伸ばしてしまって、あんなんです」

 ただの我儘な女になってしまった。その見た目を利用して、もっと男を手玉にとれるようになれば、義母リサは、領地から出て、どこかの貴族の妻か愛人になっていただろう。

 義母リサが、領地内に留まってしまったのは、世間知らずだった、ということもある。領地から出たことがないので、領地内が全てだった。領地内で一番の権力者は子爵である。だから、子爵の妻になることこそ一番だとリサは考えたのだ。

 領地内の平民の中では、領主代行の娘ともてはやされた。平民の間でも、立場は高かったのだ。そういうものをずっと受けていたから、リサはすっかり、驕りの塊となったのである。

 そういう醜聞は程々に、無駄にしてはならない、準備されたお昼ご飯を広げた。

 いつもは地べたに、適当に固めた何かを食べるのだけど、さすがに伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアがいるので、机と椅子を並べて、その上には、私がよく学校で食べているお弁当が並ぶ。護衛でついてきた騎士たちは、領地民たちと同じものを食べて、表情を歪めていた。それがいつもの私のお昼ご飯だなー。

「良かった、まともので」

 覚悟していた伯爵令嬢フローラは、とても喜んだ。あの一か月の昼食は、フローラにとっては苦行だったんだな。

 私たちの場所だけ、異質な空間となっているが、誰も何も言わない。ほら、貴族様だから。そうか、私も貴族なんだよなー。

 だけど、ただ一人、義母リサだけは黙っていない。無様に這いずって、目を盗んで、私たちの元にやってきた。妖精憑きキロンは気づいていたが、呆れて、見逃していたのだ。

「おい、アタシにも寄越せ!! アタシは、貴族の子を産んだんだぞ!!!」

 その叫び、慌てて動き出す護衛の騎士たち。栄養補給中心のまずい昼食に、意識がどこかに飛んでしまったんだな。

「ワシの孫に近づくな!!」

 そこに、たまたま、様子見にやってきた私の母方の祖父ウラーノが、持っていた杖を振り回して、義母リサの体を殴った。

「ぎゃっ!!」

 とんでもない声をあげて悶絶する。これまでは、拘束のみで、暴力を受けていなかったリサは、ウラーノの容赦のない一撃に、動けなくなる。

「領地を呪わせた血族のくせに、平民の分際で、マイアの持ち物を盗みおって」

「煩い!! たかが男爵の分際で!!! アタシは、子爵の子を産んだんだよ!!!!」

「マイアも子爵の子を産んだ。身分は男爵とはいえ貴族だ。お前は平民だ」

「あの女は、子ども一人だけ産んで、死んだ。アタシは、子ども二人も産んで、今だって、まだ、産めるんだよ!!!」

「父は去勢しましたから、これから出来る子は、誰の子だか」

「っ!?」

 私は座ったまま、義母リサを嘲笑った。こうやって、リサの言い分を一つ一つ、私は奪っているのだ。

「リサ、大人しくしていれば、黙っていてあげます」

「何をっ!!」

「色々とです。私が何も知らないと思っているようですね。私は、知っていて、黙ってあげているのですよ!!」

「ふん、言ってみろ!!!」

「いいのですか? それを言ったら、あなたの立場は、最低最悪です」

「これ以上の最低最悪はないよ!!」

 何もわかっていない義母リサ。わかっているのだろうか。

 まだ、悪あがきするリサに、祖父ウラーノがまた、杖で叩いた。

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