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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-不完全な復讐-
237/353

怖い話

 ど田舎の夜は早いのだ。私はさっさと就寝したい。だけど、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアは、なかなか眠れないんだよね。

「こんなに早く寝なくても」

「夜は早く、朝も早いんです。起きてていいですよ。私は寝ますから」

「えー、一緒に何か話そうよ。そうだ、怖い話、ない?」

「私の家族が怖い、以上、おしまい」

「………」

「………」

 えー、怖い話したよ!! 伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアは呆れた。

「まあ、確かに、それは真理だな」

「確かに、怖いわね」

 だけど、今日のことを思い返して、ぶるっと震えあがった。義兄リブロ、フローラとシリアに怖がられたな。義兄は、もう、視界に入ったら、即座に捕縛されて、牢屋行だな。辺境では、罪を侵してなくても、辺境の三大貴族を怒らせたら、それが出来てしまうのだ。私も気をつけよう。私は名ばかりの辺境の三大貴族だから。

「あはははは、アーサーでも怖いか」

「アーサーでも怖いと思うのね」

 そして、笑いが起こる。

「まあ、怖いですね。人間こそ、恐ろしい。同じ人だというのに、ここまで差が出たのは、一体、何故なんでしょうね」

「片親が平民だから」

「両親ともに、最低だからだろう」

 侯爵令嬢シリアは貴族なりの意見だ。伯爵令嬢フローラは、実際に、義兄と義妹の両親を見ているから、そう言えるのだろう。

 眠ろうかと頑張っていたというのに、眠れなくなってしまった。仕方なく、会話することとなった。

「この屋敷、新しいですよね。どうしてだと思いますか?」

 別邸はとても年代を感じられるような古いが、今、私が暮らしている屋敷は、作りが新しいのだ。先々代から、ゆるかやかに辺境の領地の収入が落ちてきていたというのに、この屋敷は先代の頃に建てられたのである。とても無駄なことをしたのだ。

「無駄遣いしたんじゃない? 古いからイヤだ、と言って」

 侯爵令嬢シリアは、別邸を思い出して、そう感じたようだ。

「幽霊が出たという話だろう」

「あー、言っちゃったよー!」

 伯爵令嬢フローラは知っているのだ。黙っててくれなかったなー。

「えー、フローラは知ってたの!?」

「ここに一か月お世話になったんだ。一度は聞くよ」

「黙ってくれればいいのにー」

「わたくしだけ知らないなんて」

 膨れるシリア。仕方がない。シリアはこの領地に来たのは初めてなんだから、知らなくて当然である。

「もう、王都の屋敷を維持するのも困難となったため、領地に戻ることとなったんです。元々、あの別邸は、別荘扱いでした。一応、子爵は領主ですからね。年に一度か二度は視察に来ていたんです。その程度の扱いでしたから、酷い状態だったと聞いています。王都にいた使用人は暇を出して、その勢いで、領地にいる管理人も解雇したんです。管理人は意地悪して、綺麗に掃除もせず、出て行ってしまいました。先代子爵が家族をつれて屋敷に行ったら、もう、埃もひどく、ボロボロで、とても住めた屋敷ではなかったといいます」

 別邸のあの雰囲気は、実は、昔からだ。今にも幽霊か何か出そう、なんて話じゃない。杜撰な管理をされた結果である。

「先代は、領主代行に文句を言って、領地民たちに屋敷を掃除させて、としたそうです。領主代行は、どんどんと収入を減らしてしまった負い目もありますから、はいはいと従いました。領主代行が従うと、見たこともない先代の命令に、領地民も従うしかありませんでした。こうして、どうにか暮らせるようになったのですが、子爵家族はすぐ、屋敷から領主代行の屋敷に逃げ込んだんです。泥棒か何かがいる、と大騒ぎしたんですよ。そして、また、領地民が大変な目にあいました」

 先代子爵は、本当に、散々なことをしたのだ。





 領地に行けばど田舎。だけど、領地の収入はどんどんと減っている。どうにかしようと、先代子爵は張り切っていたのだ。

 なのに、領地の屋敷で一晩過ごしてみれば、何やら物音がして、怖くなった。

「きっと、ネズミですよ」

「だったら、そのネズミをどうにかしろ!!」

 無茶苦茶なことを先代子爵は言った。

 仕方なく、領地民総出で、屋敷にいるネズミを追い出したのだ。たしかに、ネズミから虫から、いっぱいだ。そういうものを領地民総出で、どうにか綺麗にした。

 そして、二日目は安心と眠っているのに、今度は、物が壊れたり、割れたりするのだ。

「古いですからね。隙間風ですよ」

「だったら、それをどうにかしろ!!」

 無茶苦茶なことを先代子爵は言った。

 仕方なく、領地民総出で、隙間風が入りそうな場所を塞いだのだ。おっと、間違えて、窓を割ってしまったから、そこも、板で塞いだり、とした。

 また、無様になってしまった屋敷だが、行く所がない先代子爵は我慢した。

 三日目こそは安心、と眠っていると、何かが落ちてきたのだ。

「ひいいいいいいーーーーーーーー!!!!」

 人が落ちてきた。それには色々と大変なことになって、先代子爵は、領主代行の屋敷に逃げ込んだのだ。

「上から人が降ってきた!!!」

「泥棒です!!!」

 そして、領地民を皆、叩き起こして、きちんと家族そろっているのか、確かめたのだ。そうして、領地民総出で、泥棒狩りとなった。

 ところが、屋敷には、誰もいなかった。まず、侵入する手段がないのだ。

 先代子爵が逃げたので、誰もいなくなった隙に、どこかに隠れているかも、と領地内を大捜索までしたのだ。

 結局、見つからなかったという。






「古いし、建て付けも悪いし、もしかしたら幽霊がいるかもしれない、という先代子爵がびびっちゃって、こちらの本邸を作り、隣りは別邸として残したわけです。

 そんな話だ。幽霊がいるかどうか、実はわからないのだ。

「じゃあ、あいつら、幽霊に会っているわけ?」

「いません、そんなもの」

「でも、上から人が降ってきたって」

「私は、二つの可能性を見ています」

 幽霊がいない前提で予想をしてみた。状況と、可能性の高いものが二つあった。

「一つは、妖精の悪戯です。禁則地に近い場所です。突然、住みついた先代子爵に悪戯したのでしょう」

 もしかすると、別邸は、妖精たちの別荘的存在だったのかもしれない。突然、人が住んだので、妖精が怒って悪戯したのだろう。

「もう一つは、人間です」

「まあ、領地民が腹いせに、やったかもしれないな」

「そんなこと、いちいち、気にしていませんよ。農作業、大変なんですから。明日も仕事があるのに、無駄に力を消費するほど、愚かではありません」

「そうだな」

 平民といえども、それくらいの頭がある。無駄なことをして、翌日に疲れを持ち越すようなバカなことは考える。それが、一番重要なんだ。

「じゃあ、やっぱり、幽霊なのよ」

「人ですよ。先代子爵夫人の愛人です」

「はあああああーーーーー!!!」

 とんでもない声をあげて驚く侯爵令嬢シリア。声を出さないまでも、伯爵令嬢フローラも大きく目を見開いて、驚いている。

「先代の子爵夫人に、愛人? 借金とか大変だというのに、そんな悠長なことするのか?」

「先代子爵夫婦は、王都生まれ王都暮らしです。ど田舎のこことは、考え方が違います。きっと、夫婦ともに、愛人がいたのでしょう。借金といえども、王都の住居諸々を売り払って、どうにか返済出来たんです。実際、そうでした。ですが、王都での愛人と別れられなかった先代子爵夫人は、こっそりと愛人を屋敷に住まわせたのです」

「なんてこと」

 想像の斜め上の話に、侯爵令嬢シリアは、目を白黒させる。そうか、シリアは貴族として、夫一人を支えるのが普通なんだ。たぶん、シリアの母がそうなんだろう。

 同じく、伯爵令嬢フローラも、夫一人を支えるように、教育を受ける。男側と違って、女側は、愛人なんてものを持つことなど、絶対に許されないと考えているのだ。女は本当に不利だなー。

 だから、王都出身だからと、先代子爵夫人が愛人をど田舎の領地にまで連れて行くのは、理解出来ない話なのだ。

「子爵家は、かなり裕福だったのでしょう。借金により処分された物の一覧がありましたが、調度品から、王都の屋敷まで、本当にすごい物でした。辺境の食糧庫は、値段を今のままに売買しても、十二分に潤うほどの利益を出していたとわかります。だから、奔放に、夫婦ともに愛人なんか持てたと考えました。予想ですけどね。ですが、それほどの利益がまだあったので、屋敷をぽんと建てられたわけです」

 別邸をそのままに、本邸を建てたのである。別邸は補修して、万が一の施設と残したのだ。本当に、すごいな、辺境の食糧庫。

「じゃあ、愛人はいなくなったのね」

 こんな大騒ぎになったのだ。愛人は逃げただろう、と侯爵令嬢シリアは、思った。

「まっさかー、残ったに決まっています。せっかく、何もしなくても養ってくれる先代子爵夫人がいるのですから。ど田舎ですが、そこだけを我慢すればいいのです。そして、立派な住居も手に入った」

「幽霊が出ると言われる別邸か」

「そういうことです」

 表向きは、万が一の施設として、と謳っているが、そこを先代子爵夫人の愛人の隠れ家にしたのだろう。

「そんなことしてたの!?」

「予想です、予想。ですが、きっと、先代子爵も同じことをしたでしょうね。先代子爵は妻が愛人を住まわせていると気づき、同じことをしたのでしょう。そして、別邸の管理をするための使用人を王都から呼び寄せました。ですが、力仕事も必要だろう、と先代子爵夫人は男手を雇いました。こうして、表向きは別邸の管理をする使用人、実際は先代子爵夫妻の愛人が別邸に住み込んだのです」

「………」

「だと面白いなー、と考えました。ど田舎なので、ちょっとした刺激を妄想したんですよ」

「もう!!」

 呆然となっていた侯爵令嬢シリアだが、私がちょっとちゃかすと、怒って、私の肩を叩いた。女の子って、力がないから、可愛いね。

「こんなど田舎まで愛人が来てくれるとは、思えませんけどね。ヘリオスは、ここに来ると、ど田舎だなー、といつも言って、王都のことを自慢していましたよ。王都で暮らしていた人たちにとって、ここはつまらないでしょう。例え、来たとしても、すぐ、王都に戻ってしまったでしょうね」

 だから、王都の愛人たちは、別邸に住み込んでいない。

 別邸にいる使用人は、領地で雇い入れた使用人兼愛人である。王都の愛人はいなくなったが、領地民は田舎暮らしなので、そのまま残る。結局、別邸は、愛人との密通の場所に使われたのだろう。

 昔はそうだけど、今は違う。私が全権を握っているので、そんなことは許さない。別邸は、今、監視の目を増やして、父たちが別邸から出ないように見張っている。

 話をして、興奮して、としているうちに、二人とも、眠くなってきたようで、大欠伸である。

「では、寝ます」

 私はさっさと深くもぐりこんで眠った。







 私が早起きしたのだけど、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアも早起きしていた。

「興奮して、起きちゃった」

「わたくしも」

「そうなんだ」

 私はいつものことだ。目をこすって、としていると、顔洗いの水を持って、妖精憑きキロンが部屋に入ってきた。それには、フローラとシリアは寝巻を隠した。

「ごめん、ここ、私の部屋だから、キロンが普通に入ってきちゃうの」

「心配するな。お前らには興味ない!!」

 淑女二人に失礼なことをいうキロン。だから、淑女二人から、いろいろと物を投げつけられた。

「なんでぇ!!」

「本当にお前は、女心がわかっていないなー。ほら、別の部屋に行こう」

 私はキロンと一緒に部屋を出て、移動する。私は女といっても、これまで男として生活していたから、準備に時間がかからない。大体のことは省略である。

 途中、伯爵家、侯爵家の使用人に声をかけて、私は執務室に入った。

「昨夜はどうだった?」

「特に動きもなく。もう、重点的に騎士たちが巡回しているから、出るに出られないだろう。出た時は斬る! なんて宣言していたからな」

「斬るんだ」

「死んだって、辺境だったら黙らせられるからな」

「そうだね」

 一応、父、義兄、義妹は貴族扱いだけど、辺境の三大貴族の手勢がちょっとやらかしたって、病死に出来てしまう。きっと、神殿も喜んでお手伝いしてくれるだろう。残った義母リサが大騒ぎしたって、神殿まで承認しちゃった病死は、覆せない。権力って、怖い。

 そういうことを騎士団の偉い人たちが説明したんだろう。そりゃ、大人しくしているよ。部屋から出た途端、ばっさり御免なんだ。生きていたって、痛いだけである。しかも、こんな内も外もがっちり包囲されちゃあ、どうしようもない。

「大人しくしているならいいです。今回は、騎士団を連れて来てもらえて、助かりました。ここは、妖精憑きには不利な場所ですからね」

「俺の妖精での監視がほとんど不可能だからな。だから、俺はアーサーから離れないんだがな」

 禁則地を含む領地だけあって、目に見えない力はうまく働かない。だから、妖精憑きキロンの妖精が使えない。

「ちょっと、戦力過多ですけどね。別邸、今度こそ、崩壊するかもしれませんね」

「あっちこっち、ボロが出てるからな。杜撰な管理をするから」

 表向き、別邸は手入れをされていることとなっている。

 それも最低限である。職人ではなく、素人である領地民である。もう、適当に、これでいっか、程度の修繕である。だから、気をつけないと、廊下に穴があいて、足が抜けない、ということもあるのだ。

 後で、別邸の状況も確認しないと。それぞれの騎士団からも、被害報告を聞こう。怪我していたら、キロンに治してもらおう。

 ついでに、と私は別館の使用人を呼び寄せてもらった。

「昨夜はどうでしたか?」

 それぞれ、父、義兄、義妹の世話をしている使用人である。あの三人の世話が一番、危険で大変なので、賃金をはずんでいる。

「あの、私は、リブロ様のお世話をやめたいのですが」

「気持ち悪いですよね」

「………」

 さすがに、同意しないリブロつき使用人。いい使用人だな。だけど、目が泳いでいる。

「失礼なことを言っても不問にします。何かあったのですか?」

「その、私のこと、愛人扱い、して。私は、そんなつもりはないと言っているのですが、別館つきはそういうものだ、と言われて。そうなのですか!?」

「………」

 やだ、昨夜、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアと話していた、別館の幽霊の正体がまさか、となるとは、驚きだ。私はつい、黙り込んでしまった。

「わかりました。義兄の世話は、男性にします。気分を害することとなってしまいましたね。ありがとうございました。迷惑料も支払います」

「い、いえ、そんなつもりではなく」

「恋人がいるのなら、休みの日にでも、美味しいものでも一緒に食べてください。ここでは、そういうことは出来ませんからね」

「ありがとうございます!!」

 よし、口止めは出来たな。

 私の知らない事、他にもありそうだな。先代子爵夫妻、とんでもない悪習を父や義兄に伝えてくれたな!!

 この事実は、母方の祖父ウラーノに報告した。先代子爵夫妻、他にも内緒にしていることがいっぱいありそうだ。

「父は大丈夫ですか?」

 父付の世話人も女性である。何かあっては、と心配した。

「アーサー様、こんなおばあちゃんに、いくら子爵様も手を出したりしませんよ」

「………」

 誰の人選だろう? 何故か、父ネロについている使用人は、父よりも年上のおばあちゃんである。

「いえ、年齢なんて関係ありません。あなたは立派な女性です。その証拠に、立派な胸があります」

「もう、垂れちゃってるから」

「でも、胸です」

「………」

 その場にいる全員が笑顔のまま固まる。

 あんなお年寄りにも、立派な胸があるというのに、私の胸は全然、成長しないなー。触ってみるけど、胸板だよー。

 私はおばあちゃんの服を着ていてもわかる胸の膨らみを見て、落ち込んだ。

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