怖い話
ど田舎の夜は早いのだ。私はさっさと就寝したい。だけど、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアは、なかなか眠れないんだよね。
「こんなに早く寝なくても」
「夜は早く、朝も早いんです。起きてていいですよ。私は寝ますから」
「えー、一緒に何か話そうよ。そうだ、怖い話、ない?」
「私の家族が怖い、以上、おしまい」
「………」
「………」
えー、怖い話したよ!! 伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアは呆れた。
「まあ、確かに、それは真理だな」
「確かに、怖いわね」
だけど、今日のことを思い返して、ぶるっと震えあがった。義兄リブロ、フローラとシリアに怖がられたな。義兄は、もう、視界に入ったら、即座に捕縛されて、牢屋行だな。辺境では、罪を侵してなくても、辺境の三大貴族を怒らせたら、それが出来てしまうのだ。私も気をつけよう。私は名ばかりの辺境の三大貴族だから。
「あはははは、アーサーでも怖いか」
「アーサーでも怖いと思うのね」
そして、笑いが起こる。
「まあ、怖いですね。人間こそ、恐ろしい。同じ人だというのに、ここまで差が出たのは、一体、何故なんでしょうね」
「片親が平民だから」
「両親ともに、最低だからだろう」
侯爵令嬢シリアは貴族なりの意見だ。伯爵令嬢フローラは、実際に、義兄と義妹の両親を見ているから、そう言えるのだろう。
眠ろうかと頑張っていたというのに、眠れなくなってしまった。仕方なく、会話することとなった。
「この屋敷、新しいですよね。どうしてだと思いますか?」
別邸はとても年代を感じられるような古いが、今、私が暮らしている屋敷は、作りが新しいのだ。先々代から、ゆるかやかに辺境の領地の収入が落ちてきていたというのに、この屋敷は先代の頃に建てられたのである。とても無駄なことをしたのだ。
「無駄遣いしたんじゃない? 古いからイヤだ、と言って」
侯爵令嬢シリアは、別邸を思い出して、そう感じたようだ。
「幽霊が出たという話だろう」
「あー、言っちゃったよー!」
伯爵令嬢フローラは知っているのだ。黙っててくれなかったなー。
「えー、フローラは知ってたの!?」
「ここに一か月お世話になったんだ。一度は聞くよ」
「黙ってくれればいいのにー」
「わたくしだけ知らないなんて」
膨れるシリア。仕方がない。シリアはこの領地に来たのは初めてなんだから、知らなくて当然である。
「もう、王都の屋敷を維持するのも困難となったため、領地に戻ることとなったんです。元々、あの別邸は、別荘扱いでした。一応、子爵は領主ですからね。年に一度か二度は視察に来ていたんです。その程度の扱いでしたから、酷い状態だったと聞いています。王都にいた使用人は暇を出して、その勢いで、領地にいる管理人も解雇したんです。管理人は意地悪して、綺麗に掃除もせず、出て行ってしまいました。先代子爵が家族をつれて屋敷に行ったら、もう、埃もひどく、ボロボロで、とても住めた屋敷ではなかったといいます」
別邸のあの雰囲気は、実は、昔からだ。今にも幽霊か何か出そう、なんて話じゃない。杜撰な管理をされた結果である。
「先代は、領主代行に文句を言って、領地民たちに屋敷を掃除させて、としたそうです。領主代行は、どんどんと収入を減らしてしまった負い目もありますから、はいはいと従いました。領主代行が従うと、見たこともない先代の命令に、領地民も従うしかありませんでした。こうして、どうにか暮らせるようになったのですが、子爵家族はすぐ、屋敷から領主代行の屋敷に逃げ込んだんです。泥棒か何かがいる、と大騒ぎしたんですよ。そして、また、領地民が大変な目にあいました」
先代子爵は、本当に、散々なことをしたのだ。
領地に行けばど田舎。だけど、領地の収入はどんどんと減っている。どうにかしようと、先代子爵は張り切っていたのだ。
なのに、領地の屋敷で一晩過ごしてみれば、何やら物音がして、怖くなった。
「きっと、ネズミですよ」
「だったら、そのネズミをどうにかしろ!!」
無茶苦茶なことを先代子爵は言った。
仕方なく、領地民総出で、屋敷にいるネズミを追い出したのだ。たしかに、ネズミから虫から、いっぱいだ。そういうものを領地民総出で、どうにか綺麗にした。
そして、二日目は安心と眠っているのに、今度は、物が壊れたり、割れたりするのだ。
「古いですからね。隙間風ですよ」
「だったら、それをどうにかしろ!!」
無茶苦茶なことを先代子爵は言った。
仕方なく、領地民総出で、隙間風が入りそうな場所を塞いだのだ。おっと、間違えて、窓を割ってしまったから、そこも、板で塞いだり、とした。
また、無様になってしまった屋敷だが、行く所がない先代子爵は我慢した。
三日目こそは安心、と眠っていると、何かが落ちてきたのだ。
「ひいいいいいいーーーーーーーー!!!!」
人が落ちてきた。それには色々と大変なことになって、先代子爵は、領主代行の屋敷に逃げ込んだのだ。
「上から人が降ってきた!!!」
「泥棒です!!!」
そして、領地民を皆、叩き起こして、きちんと家族そろっているのか、確かめたのだ。そうして、領地民総出で、泥棒狩りとなった。
ところが、屋敷には、誰もいなかった。まず、侵入する手段がないのだ。
先代子爵が逃げたので、誰もいなくなった隙に、どこかに隠れているかも、と領地内を大捜索までしたのだ。
結局、見つからなかったという。
「古いし、建て付けも悪いし、もしかしたら幽霊がいるかもしれない、という先代子爵がびびっちゃって、こちらの本邸を作り、隣りは別邸として残したわけです。
そんな話だ。幽霊がいるかどうか、実はわからないのだ。
「じゃあ、あいつら、幽霊に会っているわけ?」
「いません、そんなもの」
「でも、上から人が降ってきたって」
「私は、二つの可能性を見ています」
幽霊がいない前提で予想をしてみた。状況と、可能性の高いものが二つあった。
「一つは、妖精の悪戯です。禁則地に近い場所です。突然、住みついた先代子爵に悪戯したのでしょう」
もしかすると、別邸は、妖精たちの別荘的存在だったのかもしれない。突然、人が住んだので、妖精が怒って悪戯したのだろう。
「もう一つは、人間です」
「まあ、領地民が腹いせに、やったかもしれないな」
「そんなこと、いちいち、気にしていませんよ。農作業、大変なんですから。明日も仕事があるのに、無駄に力を消費するほど、愚かではありません」
「そうだな」
平民といえども、それくらいの頭がある。無駄なことをして、翌日に疲れを持ち越すようなバカなことは考える。それが、一番重要なんだ。
「じゃあ、やっぱり、幽霊なのよ」
「人ですよ。先代子爵夫人の愛人です」
「はあああああーーーーー!!!」
とんでもない声をあげて驚く侯爵令嬢シリア。声を出さないまでも、伯爵令嬢フローラも大きく目を見開いて、驚いている。
「先代の子爵夫人に、愛人? 借金とか大変だというのに、そんな悠長なことするのか?」
「先代子爵夫婦は、王都生まれ王都暮らしです。ど田舎のこことは、考え方が違います。きっと、夫婦ともに、愛人がいたのでしょう。借金といえども、王都の住居諸々を売り払って、どうにか返済出来たんです。実際、そうでした。ですが、王都での愛人と別れられなかった先代子爵夫人は、こっそりと愛人を屋敷に住まわせたのです」
「なんてこと」
想像の斜め上の話に、侯爵令嬢シリアは、目を白黒させる。そうか、シリアは貴族として、夫一人を支えるのが普通なんだ。たぶん、シリアの母がそうなんだろう。
同じく、伯爵令嬢フローラも、夫一人を支えるように、教育を受ける。男側と違って、女側は、愛人なんてものを持つことなど、絶対に許されないと考えているのだ。女は本当に不利だなー。
だから、王都出身だからと、先代子爵夫人が愛人をど田舎の領地にまで連れて行くのは、理解出来ない話なのだ。
「子爵家は、かなり裕福だったのでしょう。借金により処分された物の一覧がありましたが、調度品から、王都の屋敷まで、本当にすごい物でした。辺境の食糧庫は、値段を今のままに売買しても、十二分に潤うほどの利益を出していたとわかります。だから、奔放に、夫婦ともに愛人なんか持てたと考えました。予想ですけどね。ですが、それほどの利益がまだあったので、屋敷をぽんと建てられたわけです」
別邸をそのままに、本邸を建てたのである。別邸は補修して、万が一の施設と残したのだ。本当に、すごいな、辺境の食糧庫。
「じゃあ、愛人はいなくなったのね」
こんな大騒ぎになったのだ。愛人は逃げただろう、と侯爵令嬢シリアは、思った。
「まっさかー、残ったに決まっています。せっかく、何もしなくても養ってくれる先代子爵夫人がいるのですから。ど田舎ですが、そこだけを我慢すればいいのです。そして、立派な住居も手に入った」
「幽霊が出ると言われる別邸か」
「そういうことです」
表向きは、万が一の施設として、と謳っているが、そこを先代子爵夫人の愛人の隠れ家にしたのだろう。
「そんなことしてたの!?」
「予想です、予想。ですが、きっと、先代子爵も同じことをしたでしょうね。先代子爵は妻が愛人を住まわせていると気づき、同じことをしたのでしょう。そして、別邸の管理をするための使用人を王都から呼び寄せました。ですが、力仕事も必要だろう、と先代子爵夫人は男手を雇いました。こうして、表向きは別邸の管理をする使用人、実際は先代子爵夫妻の愛人が別邸に住み込んだのです」
「………」
「だと面白いなー、と考えました。ど田舎なので、ちょっとした刺激を妄想したんですよ」
「もう!!」
呆然となっていた侯爵令嬢シリアだが、私がちょっとちゃかすと、怒って、私の肩を叩いた。女の子って、力がないから、可愛いね。
「こんなど田舎まで愛人が来てくれるとは、思えませんけどね。ヘリオスは、ここに来ると、ど田舎だなー、といつも言って、王都のことを自慢していましたよ。王都で暮らしていた人たちにとって、ここはつまらないでしょう。例え、来たとしても、すぐ、王都に戻ってしまったでしょうね」
だから、王都の愛人たちは、別邸に住み込んでいない。
別邸にいる使用人は、領地で雇い入れた使用人兼愛人である。王都の愛人はいなくなったが、領地民は田舎暮らしなので、そのまま残る。結局、別邸は、愛人との密通の場所に使われたのだろう。
昔はそうだけど、今は違う。私が全権を握っているので、そんなことは許さない。別邸は、今、監視の目を増やして、父たちが別邸から出ないように見張っている。
話をして、興奮して、としているうちに、二人とも、眠くなってきたようで、大欠伸である。
「では、寝ます」
私はさっさと深くもぐりこんで眠った。
私が早起きしたのだけど、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアも早起きしていた。
「興奮して、起きちゃった」
「わたくしも」
「そうなんだ」
私はいつものことだ。目をこすって、としていると、顔洗いの水を持って、妖精憑きキロンが部屋に入ってきた。それには、フローラとシリアは寝巻を隠した。
「ごめん、ここ、私の部屋だから、キロンが普通に入ってきちゃうの」
「心配するな。お前らには興味ない!!」
淑女二人に失礼なことをいうキロン。だから、淑女二人から、いろいろと物を投げつけられた。
「なんでぇ!!」
「本当にお前は、女心がわかっていないなー。ほら、別の部屋に行こう」
私はキロンと一緒に部屋を出て、移動する。私は女といっても、これまで男として生活していたから、準備に時間がかからない。大体のことは省略である。
途中、伯爵家、侯爵家の使用人に声をかけて、私は執務室に入った。
「昨夜はどうだった?」
「特に動きもなく。もう、重点的に騎士たちが巡回しているから、出るに出られないだろう。出た時は斬る! なんて宣言していたからな」
「斬るんだ」
「死んだって、辺境だったら黙らせられるからな」
「そうだね」
一応、父、義兄、義妹は貴族扱いだけど、辺境の三大貴族の手勢がちょっとやらかしたって、病死に出来てしまう。きっと、神殿も喜んでお手伝いしてくれるだろう。残った義母リサが大騒ぎしたって、神殿まで承認しちゃった病死は、覆せない。権力って、怖い。
そういうことを騎士団の偉い人たちが説明したんだろう。そりゃ、大人しくしているよ。部屋から出た途端、ばっさり御免なんだ。生きていたって、痛いだけである。しかも、こんな内も外もがっちり包囲されちゃあ、どうしようもない。
「大人しくしているならいいです。今回は、騎士団を連れて来てもらえて、助かりました。ここは、妖精憑きには不利な場所ですからね」
「俺の妖精での監視がほとんど不可能だからな。だから、俺はアーサーから離れないんだがな」
禁則地を含む領地だけあって、目に見えない力はうまく働かない。だから、妖精憑きキロンの妖精が使えない。
「ちょっと、戦力過多ですけどね。別邸、今度こそ、崩壊するかもしれませんね」
「あっちこっち、ボロが出てるからな。杜撰な管理をするから」
表向き、別邸は手入れをされていることとなっている。
それも最低限である。職人ではなく、素人である領地民である。もう、適当に、これでいっか、程度の修繕である。だから、気をつけないと、廊下に穴があいて、足が抜けない、ということもあるのだ。
後で、別邸の状況も確認しないと。それぞれの騎士団からも、被害報告を聞こう。怪我していたら、キロンに治してもらおう。
ついでに、と私は別館の使用人を呼び寄せてもらった。
「昨夜はどうでしたか?」
それぞれ、父、義兄、義妹の世話をしている使用人である。あの三人の世話が一番、危険で大変なので、賃金をはずんでいる。
「あの、私は、リブロ様のお世話をやめたいのですが」
「気持ち悪いですよね」
「………」
さすがに、同意しないリブロつき使用人。いい使用人だな。だけど、目が泳いでいる。
「失礼なことを言っても不問にします。何かあったのですか?」
「その、私のこと、愛人扱い、して。私は、そんなつもりはないと言っているのですが、別館つきはそういうものだ、と言われて。そうなのですか!?」
「………」
やだ、昨夜、伯爵令嬢フローラと侯爵令嬢シリアと話していた、別館の幽霊の正体がまさか、となるとは、驚きだ。私はつい、黙り込んでしまった。
「わかりました。義兄の世話は、男性にします。気分を害することとなってしまいましたね。ありがとうございました。迷惑料も支払います」
「い、いえ、そんなつもりではなく」
「恋人がいるのなら、休みの日にでも、美味しいものでも一緒に食べてください。ここでは、そういうことは出来ませんからね」
「ありがとうございます!!」
よし、口止めは出来たな。
私の知らない事、他にもありそうだな。先代子爵夫妻、とんでもない悪習を父や義兄に伝えてくれたな!!
この事実は、母方の祖父ウラーノに報告した。先代子爵夫妻、他にも内緒にしていることがいっぱいありそうだ。
「父は大丈夫ですか?」
父付の世話人も女性である。何かあっては、と心配した。
「アーサー様、こんなおばあちゃんに、いくら子爵様も手を出したりしませんよ」
「………」
誰の人選だろう? 何故か、父ネロについている使用人は、父よりも年上のおばあちゃんである。
「いえ、年齢なんて関係ありません。あなたは立派な女性です。その証拠に、立派な胸があります」
「もう、垂れちゃってるから」
「でも、胸です」
「………」
その場にいる全員が笑顔のまま固まる。
あんなお年寄りにも、立派な胸があるというのに、私の胸は全然、成長しないなー。触ってみるけど、胸板だよー。
私はおばあちゃんの服を着ていてもわかる胸の膨らみを見て、落ち込んだ。




