聖者への審判
きっと、色々と割愛されていると思う。だけど、あまりの事に、私はしばらく、声も出なかった。そして、色々と頭の中を整理出来た。
「やっていいとは言ったけど、まさか、大勢の前でやっちゃうなんて、すごいね」
「それだけ!?」
侯爵令嬢シリアは、私の反応に、ドン引きした。もっと、違う反応を想像したのだろう。
「フローラの気が済んだのなら、別に、気にしない。ちょっと、私の計画を修正しないといけないけど」
「計画って、どんなのよ。まさか、今回みたいなこと、考えているの?」
「ここまで優しくはないなー。どうせ、人って、変わらないし」
「………」
侯爵令嬢シリアは、私から距離をとった。
「ここまでされたら、もう、あの男も大人しくなるだろう」
「まだ、半分は残っているから、子孫が残せるけど」
伯爵令嬢フローラは、リブロに完全な去勢をしなかった。一応、半分だけにしたのだ。
フローラの怒りは深い。私宛の手紙を盗み、私のふりして返事を書いていたのだ。そのことに気づいていながら、フローラは何も出来なかった事に怒りを持っていた。その元凶である義兄リブロのことが許せない。
「フローラもすごいね。三年も、笑顔で義兄上とお付き合いしてたなんて」
「クラスは別だから、授業でも接点がないわ。何より、男と女では、必須授業が違う。ちょっと我慢するだけよ」
「わたくしは無理よ!! あの女、わたくしに何て言ったと思う? お姉様と呼んで、なんて言ってきたのよ!!! 片親が平民の分際で、何様よ」
義兄リブロも、義妹エリザも、やらかしてたな。きっと、辺境の三大貴族の一つという肩書に、勘違いしたんだな。
「キロン、義兄上とエリザはどうしていますか?」
私が起きたのはついさっきである。あの二人が今、どうしているのか、気になった。
「リブロは、今、別邸で寝込んでる。医者に診せたが、下半身が変な病気になっているという話だ。片足に障害が出るかもな」
「えーと、すぐ手当したの?」
「暴れたから、出来なかったのよねー」
フローラが答えた。そうか、それは仕方がないなー。
「エリザはどうしてますか?」
エリザは一応、五体満足である。怪我はしていない。
「部屋から出てこないな。髪を切り刻まれたからなー。見たが、無様だったぞ」
「綺麗に剃ってあげたかったのですが、彼女も暴れて」
髪は女の命、という言葉がある。でも、髪なんて、伸びるのだから、別に、気にしなくていいのに。ヘリオスの兄なんか、丸刈りにして、女性に大人気だという話だ。いっそのこと、エリザも丸刈りにしちゃえばいいのに。
私が起きているからだろう。フローラは、私に二通の書類を突きつけた。
「妖精憑きのお気に入りに悪さをした場合は、学校側としては、それなりに罰を与えることとなっているの。今回のことで、悪質と判断し、彼らは退学処分となった。彼らの所業は、帝国中の貴族の学校で情報共有されることとなったから、彼らはどの貴族の学校でも、受け入れない」
「勿体ないことをして」
義兄リブロと義妹エリザは、本当に愚かだ。ただ、大人しくしていれば、貴族の学校を卒業出来たのだ。それだけで、貴族になれる資格を得られる。それだけで、将来の出発地点は平民より上なのだ。優遇だってされる。ほら、貴族の学校を卒業したのだから、貴族と縁があるというものだ。どこに行ったって、喜ばれるだろう。
「亡くなった母は、義兄が生まれたばかりの頃に、引き取る話を義母にしたそうです。だけど、母のことを泥棒、よそ者、と罵って、義兄を手放しませんでした。それどころか、子爵夫人の座をよこせとまで言ったそうです。結局、母は義兄の祖父を通して支援しました。義妹が生まれた時も同じです。むしろ、子どもを一人しか産んでいない母のことを女ではない、と罵りました。それでも、母は義妹のことも支援したのです」
善意ではない。貴族としての矜持である。愛情とか、そういうものは、これっぽっちもない。後で、何もしてもらえなかった、と恨み事を言われないように、支援しただけだ。
「それなのに、義母上は、義兄と義妹に、母と私を悪く言いました。恨み事を言い続け、貴族の子なんだから、平民の仕事なんかやるな、と言い続け、実家では、義母の兄弟姉妹を顎で使っていたそうです」
こうして、出来たのが、あの思い上がりで、全ての悪事を私のせいにする、義兄リブロと義妹エリザである。もう、あの二人は手遅れなのだ。何をしたって、救いようがない。
私は話題の方向を変えた。
「フローラ、神の恵みという果物を収穫したこと、覚えていますか?」
「もちろん、覚えている!! あれは美味しかったなー」
「えー、食べたことがあるの!?」
名前だけは有名な果物である。侯爵令嬢シリアといえども、神の恵みという果物は食べられない。
ほら、心の持ちようで、果物は変化するのだ。だから、流通が不可能である。
「私が収穫した神の恵みを切り分けて、領地民たちに分け与えましたよね。あの時、たまたま、義母に見つかってしまったのです。ほとんど、奪うように持って行ってしまいました」
「本当に、最低だな」
「この話には続きがあります。あの果物を父、義母、義兄、義妹で食べたのです。ところが、彼らの口に入った途端、全て、腐ってしまいました。それで、腐ったものを渡したんだ、と持っていた者たちに言いがかりして、返したのです。そして、それをまた、領地民たちに配ったのですが、彼らが食べたら、瑞々しい、美味しい果物だったそうです」
「え、どういうこと?」
「神の恵みは、収穫者が切り分けると、その状態が固定化するはず。なのに、父、義母、義兄、義妹にだけは、変化した。神は、見ているんだなー、と思いました」
本当に、あの時の出来事は、不思議だった。
だけど、この出来事が、彼らの性根を私に教えていたのだろう。それでも、私は仲の良い家族になれる、と信じたのだ。ほら、知らない人たちだから。結果は、散々だけど。
「大昔、子爵家では、跡継ぎを決める時、神の恵みに決めさせた、なんてことがあったそうです」
心根を測る、というよりも、領地に認められていることを測ったのだろう。
「いい果実を収穫できる人を跡継ぎにしてみたのですが、心根が良過ぎて、騙されて、大変なことになったそうです。それからは、人柄だけでなく、能力を見るようになりました。あの果実の判断に頼り過ぎてはいけない、という教訓となりました。おしまい」
「深いな」
「神頼みで決めてたの!? とんでもないわね!!」
今では考えられない方法だ。実際に果実を食べたことがある伯爵令嬢フローラは、よい教訓と受け止めるが、食べたことがない侯爵令嬢シリアは、理解出来ない話だった。
「人間のやることですから、穴があります。義兄上も、エリザも、大人しくしていないでしょう。きっと、とんでもないことをしてくれますよ」
「あそこまでやってやったのに」
「あの人たちは、全てのこと、亡くなった母、私のせいなんです。悪い事が起これば全て、人のせい。自分たちは悪くないと思っています。過去、私にした所業も、当然なんです」
母が亡くなってから、たった一年、一年も、彼らは、やりたい放題した。当然の権利だと、今も思っている。
「後で届けるが、リブロとエリザが気前よく配っていた物は全て、こちらに返す」
「たかが子爵家だってのに、何をやってんだか」
勝手に買って、勝手に配ってって、何様になったつもりなんだ。義兄リブロと義妹エリザの金使いの荒さは、そういうことだったのだ。
これからは、少しは無駄がなくなると思いたい。
生徒会主催の舞踏会までには、どうにか、体調は整った。学校に行けば、誰も何も言わない。ほら、友達いないから。場の空気も変わっていない。
生徒集会の場で、我が家の恥部というか、汚点というか、色々と暴露されたと聞いている。具体的な内容は知らない。
ただ、もう、私の悪評が語られることはなかった。そういうこととなったのだろう。辺境の繋がりはすごいね。だから、情報を操作出来るのだろう。
本来であれば、帝国に報告されるべき、我が家が妖精憑きのお気に入りにした所業。これを止めたのは、侯爵と伯爵だろう。
だけど、それだけではないけどね。
私は、舞踏会前日に、随分と心配かけた、辺境の教皇フーリード様の元に足を運んだ。いつもの神殿に、フーリード様はいて、私が顔を見せると、笑顔で抱きしめてくれた。
「まだ、痩せていますね」
「もっと、お肉を食べられるように頑張ります」
「そうですよ。そんなに細いと、今すぐにも、死んでしまいそうです。妖精憑きのお気に入りなんですから、長生きしなさい」
「えー、フーリード様は、長生きしてほしい、と言ってくれないのですか?」
「当然のことです!! アーサーだけではありません。帝国中の人々、全てが平穏に、長く生きられるように、神と妖精、聖域に祈っています」
「もし、私がフーリード様の子でしたら、どうでしたか?」
「それは、言いません」
かもしかだ。実際に、私がフーリード様の子であればわかることである。そうでないのだから、その答えは存在しない。
「ですが、今、わかっている答えはあります」
「何がですか?」
「フーリード様は、私のことなんて、どうだっていい」
「そんなことっ」
「体調を崩したので、暇なんです。色々と、調べました」
「アーサー、私は、教皇となってから、全てを平等に、心がけています。いくら、あなたの母マイアを愛していたからといって、それが、あなたの存在に影響を与えることはありません」
「言い方を変えます。母ではなく、私が死ねばいいのに、と考えたことはありますか?」
「どちらも大事です。どちらが死んでも、悲しいです」
「模範解答ですね」
「アーサー、どうして、そんなことをいうのですか」
「言ったじゃないですか。私があなたの子だったら、何が何でも守ると。矛盾しています」
「いつ………」
「ちょっとした会話の隙間です」
油断したのだろう。フーリード様は、私が皇族だと発覚した時、ぽろりと言ってしまったのだ。
母のことを愛していることまで、私に暴露した。よほど、フーリード様は、心が乱れたのだろう。
「私は、それまで、フーリード様は、平等に見ているから、私を助けられなかった、と思っていました。ですが、母への思いを吐露された時、矛盾を感じたのです。だから、皇族の権力を使って、調べました」
私の側には、いつも、妖精憑きキロンがいる。キロンは、何も持っていないように見えて、実は色々と持っているのだ。私が手を出せば、話の流れから、何が必要か、すぐに悟って、出してくれた。
それは、妖精憑きのお気に入りである私の定期報告である。私の存在は野放しに出来ないので、帝国は、監視をつけ、報告させていたのだ。その監視役が、辺境の教皇フーリード様だ。
「この報告書、別に、フーリード様でなくても良かったんです。だけど、わざわざ、フーリード様ご自身が動きました」
「あなたはマイアの子です。ここには、私情が入っています」
「正直ですね。さて、辺境の現状は、ご存知ですよね。辺境は王都から遠すぎて、辺境から指示を仰いでも、答えがくるのは一年後ということは、よくある話だと、フーリード様は言っていました」
「そうです」
辺境の三大貴族が許されたのは、この帝国の内情からだ。他は比較的、はやく王都から指示は下りてくるが、辺境は、海、山、中央都市を介さないといけないため、時間がかかるのだ。辺境から報告をあげると、三つの都市を通る。ここで、色々とあって、後回しにされる。そして、やっと王都に到達すれば、ここでも後回しだ。ほら、運ぶ者は辺境の使者ではない。辺境は、それぞれの都市の者たちに代行をお願いするのだ。そのせいで、辺境は催促が出来ない。だから、処理が後回しにされて、気づいたら、一年後に到達することは、普通なのだ。
さすがに、皇族の権力と、筆頭魔法使いティーレットを使ったので、私が望む書類は、即日で届いた。皇族の権力、最高だ!!
「こうして見ると、私の報告書って、月に一枚書いて提出です。ですが、緊急のことは、神殿を通して、王都に直接報告するので、こういう報告書は、緊急性がない。だから、一年分をまとめて提出しています」
まず、辺境から出される日付が手書きで記入されている。それが、丁度一年分、同じ日付になっている。
「そして、中央都市では、なんと、また、半年ほど放置です」
中央都市が受け取った日付が半年後になっている。お役所仕事というが、これは酷いな。
「そして、王都に到達すると、さらに承認は半年後。つまり、王都に集まる私の情報は、一年から二年遅れのものです」
王都も酷いな。これを女帝レオナ様も見ているだろう。今頃、役人どもと貴族どもが、説教されているだろうな。
「こうして、辺境では、辺境の三大貴族の権力が大きくなってしまいました。その権力と、この杜撰な仕事を利用して、私がたった一年、一年も受けた虐待を隠したのです。そのために使われたのが、義兄リブロが私のふりをして書いた、伯爵令嬢フローラへの手紙です」
お願いしたら、フローラがその手紙を渡してくれたのだ。もう、いらないと言ってたなー。この手紙の役割は、もう終わったのだろう。
私は手紙を日付順に並べて、辺境の教皇フーリード様が書いた私の報告書と照らし合わせた。
「誰も、私のことなんか、興味がない。この一年間だけ、母親を亡くした私は、父、義母、義兄、義妹と仲良く過ごしていることになっている。そして、私が保護された後から、緩やかに不和を匂わせていっています。そして、真実に切り替えられました。二年もかけて、外部の誰が見ても、疑問に感じないように、見事な情報操作です。素晴らしい!!」
「す、すまなかった」
とうとう、辺境の教皇フーリード様は、地べたに座り込み、ひれ伏すように頭を下げた。全身を震わせて、何を恐れているのやら。
私だけ、椅子に座った。まだ、完全に体調が戻ったわけではない。突っ立っているのは、疲れるのだ。
「別に、責めているわけではありません。妖精憑きも人なんだな、と思い知りました。フーリード様、正直に答えてください。私のこと、どう思っていますか?」
「大事に思っている!! 本当だ!!!」
「母が亡くなってから一年間、私が神殿に行っていないというのに、何も感じなかったのですか?」
「あの領地民の者たちは、それが普通なんだ。だから」
「私の様子を見に行かなかったのですか? 母親を亡くしたばかりの子どもです。心配ではありませんでしたか?」
「アーサーだけ特別扱いするわけにはいかないんだよ!!」
気持ち悪い顔を見せるフーリード様。あー、この顔だけは、見たくなかったな。
媚びる様な、そんな顔だ。義妹エリザが、媚びる時、こんな顔をしていた。同じような顔に私は動いた。
容赦なく、フーリード様の頭を踏みつけた。
「な、何をっ」
「妖精憑きのお気に入りは大事な監視対象です。私情ではありませんよ。帝国でのお役目です。監視を緩めてはいけないでしょう」
「そ、それはっ」
「別に、あなたがやらなくったっていいんです。もう、母も亡くなったのだから、別に誰かにやらせれば良かったでしょう。どうして、その役目を神官やシスターに命じなかったのですか?」
「………」
声も出ないフーリード様。私が踏みつけているというのに、もう、叱ったりしない。すっかり立場が逆転した。
私は再び、椅子に座る。もう、フーリード様は顔をあげない。
「ほら、言い訳してください。いくらだって、論破してあげます。さあ、どうぞ!!!」
「私は、マイアの死で落ち込まないために、ただ、そのためだけにぃ」
「知っています。周囲が心配するほど、寝食を削って、献身していたと。その時から、辺境での信仰心が高くなりましたよね。母が生きている頃は、神殿は、正直、ただの観光物の一つでした。ですが、母が亡くなって一年後、神殿は見違えるほど、辺境の人たちの憩いの場になっていました。神官たち、シスターたちは、信徒たちの声を傾け、真摯に受け止め、一緒に祈ってと、私は驚かされました。フーリード様の改革のお陰です」
「だから、忘れてしまっていたんだ、アーサーのことを。いや、思い出すこともあった。私よりも強い妖精憑きキロンが側にいるのだから大丈夫、と思ったんだ。そうだろう!! キロンは、私よりも強い妖精憑きだ!!」
顔をあげたフーリード様は、キロンをきっと睨んだ。
「どうして、お前は、一年も、アーサーを囲ったんだ!! お前が力を使えば、すぐにアーサーは助かった!!!」
「そうしたら、俺はアーサーから引き離される。そう言ったのは、お前だろう、フーリード」
「っ!?」
「私も、そこのところは、講習を受けて知っています」
妖精憑きのお気に入りとなってすぐ、私は注意事項をしつこいくらい教えられた。それは、キロンもだ。
「妖精憑きの力を悪用すると、私たちは引き離されてしまいます。私がキロンに命じて、人を傷つけることは、絶対にやってはいけないことでした。キロンもまた、感情が上手に制御出来ていませんでしたから、人を魔法で傷つけてはいけない、ときつく、フーリード様が言ったと聞いています」
妖精憑きのお気に入りはいろいろと優遇を与えられる。その見返りに、妖精憑きのお気に入りは、妖精憑きを悪用してはいけない、と厳しく注意されるのだ。
もし、それを行った場合、私とキロンは引き離されてしまうのだ。
出来ないかに見える。だけど、帝国は出来るのだ。そういう手段や方法を帝国は握っている。
「もし、父たちが、私たちが魔法を悪用した、と言ったら、どうなりますか? 当時は、領地民たちも敵でした。大人数で、それを訴えられてしまったら、私とキロンだけでは、勝てないんです。そして、私はキロンという最後の縋りを失うこととなります。私が、キロンを説得したんです。キロンを引き離されてしまったら、もう、私は一人です。そんな孤独、耐えられない」
私は自然と泣いていた。思い出してしまった。
「もう、どうして涙なんか」
「アーサー、ほら、目が腫れちゃう」
「幸い、こういう、私自身を癒す魔法は使うことは許されました。だから、たった一年、一年も、私は無傷だったんです」
キロンの魔法が、私を癒してくれる。だけど、涙は止まらないんだな。どんどんと溢れてくる。
「お土産があります。ぜひ、受け取ってください」
キロンは、どこにでもある箱を取り出して、ひれ伏したままのフーリード様の前に置いた。
「私が回復したことで、妖精たちがお祝いで、神の恵みを授けてくれました。私が収穫しました。それが、今の私です。全て、食べてください」
神の恵みは、収穫者の心のありようで変化する。
母が亡くなる前の私は、心根のいい収穫者であった。世間知らずな子どもだっただけだ。私が収穫した神の恵みは、瑞々しく、美味しいものだった。
不思議なことに、母が亡くなってからずっと、神の恵みは、見られなくなった。
つまり、これは、母が亡くなってから初めて、私が収穫した神の恵みだ。
「絶対に、全て、食べてくださいね」
私はその場を立ち去った。




