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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-辺境の三大貴族-
230/353

辺境の食糧庫のアーサー

 子爵子息アーサーと出会ったのは、子爵家の領地である。

 正直に言おう。一目惚れだ。アーサーは、華奢で、ものすごい美形である。礼儀作法も完璧で、わたくしの出迎えも、お姫様のようにエスコートまでしてくれたのだ。

 社交界では、鉄の令嬢、なんて呼ばれているわたくしのこと、アーサーは知らなかったのかもしれない。アーサーは裏表のない笑顔でわたくしに向けて、話しかけてくれる。


 しかし、次の日には、恐ろしい指導教官となったのだ。


 わたくしは、家の方針で、色々と体験することが義務付けられている。辺境は鉱山がほとんどだ。だから、そういう素材を使って、色々と物作りをするのだ。観光も大事な収入源なので、屋台とかもある。その全てを私は体験した。そして、辺境特有のゲテモノだって、定期的に口にしたりして、きちんと辺境の三大貴族の一つである伯爵家の矜持を持った。

 ここまでやっているのだ。辺境の食糧庫である子爵家の領地での農業体験なんて、大したことがない、と私は笑っていたのだ。

「起きて、ご飯だよ」

 まだ、外は暗いというのに、アーサーはわたくしを叩き起こした、もう、身だしなみを整える暇もない。わたくしの長い髪は、アーサーが手慣れたようにまとめてしまう。服だって、わたくしが恥ずかしい、と感じる前に、さっさと着替えさせてしまうのだ。

「ちょ、ちょっと、アーサー」

「これ、口にいれて。まずいけど、栄養いっぱいだから。食べないと、倒れるよ」

 そして、色々と詰め込まれたような食べ物をわたくしの口に押し付けた。これ、人の食べ物じゃないわよ!!

 そして、外に連れ出されて、日の出である。

「今日は視察がてら、子爵家が管理している農地に行こう。農業体験なら、まずは、初歩からだよ」

 何か言おうとしても、アーサーはさっさと歩いて行ってしまう。アーサーの後ろには、妖精憑きキロンがつかず離れずである。わたくしのことは誰も、相手にしない。手もひいてくれないのだ。

 体力には自信はある。伯爵家は女といえども、容赦がない。剣術に体術に、と身に着けさせられたのだ。だから、この程度のこと、平気だと思っていたのだ。

 領地民たちは動いていた。職人体験もしたことがあるので、この光景に驚くことはない。そういうものなのだ。日がある内にこなして、暗くなった終わりだ。

 この領地は、それを領地全体で行っている。子どもだって労働力である。魔道具や魔法具は大人が、子どもたちは、そういう道具では難しい部分を手伝っている。わたくしよりも小さい子どもが動いているのは、危なっかしい。それを子ども同士で支えあっている。

 そういうものを見ながら、前を見れば、アーサーが随分と先で待っていてくれた。アーサー、わたくしよりも小さいのに、足がとても早い。わたくしは慌てて駆けていく。

「ゆっくりでいいよ。ここで体力使うと、後が大変だよ」

「ですが、足手まといにはなりたくないです」

「足手まといって、これから行くところは、無駄なこといっぱいする所なんだよ。失敗したって許される、禁則地のお膝元だ」

「話では聞いています。妖精に悪戯されるって」

 父からも話だけは聞いていた。伯爵家で生まれ育った者たちは、全て、子爵家にある禁則地周辺で、妖精の洗礼を受けている。

「フローラは、色々と無茶しそうだね。ほら、手をつなごう」

「え、ええ」

 相手は二歳も年下の男の子である。だけど、照れた。

 アーサーは、わたくしにあわせて歩いてくれた。歩きながら、領地で今育てている作物の話や、明日の天気、領地民に挨拶、と忙しなかった。年下だというのに、わたくしよりも、しっかりしている。

 だけど、領地民は、アーサーに頭は下げるが、それだけである。噂では聞いていたのだが、この領地は妖精憑きを毛嫌いしているという。

 アーサーは、辺境で発現した、妖精憑きのお気に入りである。アーサーに付かず離れずしているキロンは、妖精憑きだ。しかも、この領地で誕生した異端の妖精憑きである。

 辺境の三大貴族の一つ伯爵家だから、神殿にあがった報告は、我が家にも伝えられていた。よりによって、この領地民は百年近く、アーサーの側から離れない妖精憑きキロンを虐待していたのだ。

 強力な妖精封じを施された小さな小屋に閉じ込められ、様々なことをされていたという。

 アーサーは知っているだろうか? この領地民の中には、妖精憑きキロンの子や孫が存在するのだ。

 悍ましい話だった。父から、この領地に行く前に、その報告書の写しを渡された。読んで、吐き気がした。

 最初、そういう色眼鏡で見ていたのだ。アーサーに会う前は、アーサーのことを警戒していた。

 実際に会って、こうして、過ごしてみれば、アーサーは無邪気で、何も知らない子どもだ。きっと、大人は、アーサーから、あの悍ましい情報を隠したのだ。そうでなければ、アーサーが平然と妖精憑きキロンの側にいるわけがない。

 領地の端なんだろう。空気も変わった感じだ。突然、何かが横を通っていったような気がした。

「つきました!! 疲れたでしょう。休んでから、草抜きです」

「休まなくても、出来ます」

「一か月あるのだから、ゆっくりしていってください。やってみればわかります」

「やります」

 わたくしは、アーサーの忠告を無視した。こんな小さくて華奢なアーサーがやるのだから、わたくしもやれる。何より、体術と剣術をこなし、あらゆる体験をしてきたわたくしは、出来ると自信があった。



 次の日、わたくしは熱を出して、寝込んだ。






 もう、礼儀とか、貴族の矜持とか、そんなものは捨てた。屋敷の中も走るし、日焼けなんか気にしていられないから、服だって薄着になる。もう、肌もボロボロだ。

 予定の半分が終わった頃、アーサーがわたくしを引っ張って、禁則地との境界のような場所に走って行った。

「やっぱり、フローラがいるから、妖精たちが試練を持ってきた」

「本当だ!!」

 これまで、アーサーと距離をとっていた領主代行が、珍しく、側にやってきて、喜んだ声をあげた。

 そこには、昨日までなかった果物が垂れ下がっていた。見たことがない木の実だ。

「皆さん、集まってください!! 妖精たちの試練ですよ!!!」

 アーサーが声をあげていえば、作業していた領地民たちが、物凄い速さで寄ってきた。日常的に、こんな作業をしているから、力があるな。

 この頃には、領地民たちのことをわたくしは尊敬していた。外側から見ていたらわからない事だ。ここの領地民たちは、辺境を食糧を支える偉大な人たちだ。

 そして、辺境の食糧庫を守るために、禁則地周辺を無駄に作業する者たちは、食糧庫の守護者と言っていいだろう。

「いっぱいありますねー。誰からいきますか?」

「まずは、年長者からですよ。日頃の行いが出ますからね」

「老い先短いから、きっと、善行いっぱいしているでしょう」

「見ていろ」

 そんなことを笑っていいながら、年齢順に、この果物を収穫する。

 ところが、誰が収穫しても、その果物は触れた途端、黒になる。なんだか、怖いな。

「おもしろいでしょう。これは、神の恵みという果物ですよ」

「なんだと!?」

 おとぎ話では聞いたことがあるが、実在するとは、思ってもいなかった。

 神の恵みとは、妖精が育てる果物だ。この果物、えもいえぬ美味だというが、収穫が不可能と言われている。この果物、収穫者の心根で、左右される。

 日頃から善行を行っている者が収穫すると、最高の甘美を与えてくれる。

 日頃から、未熟だと、一味足りない果物となる。

 悪行を積み重ねると、果物は腐る。

 食べられれば、マシ、という話である。今回は、収穫された果物は、黒くなったが、食べられないことはないみたいで、皆、食べて、様々な顔をしていた。

 そして、わたくしの番になった。これは、緊張するな。これまでの積み重ねが、この果物でわかるというのだ。

「フローラは、腐らせたりしないですよ。さあ、採って」

「わ、わかった」

 アーサーが最後だから、急かしてきた。わたくしは、思い切って、一つ、採った。

「さて、どんな味でしょうね」

「少し、色が変わりましたね」

 わたくしはまだ、子どもだから、黒くさせるほどの経験はないのだろう。ちょっとかじってみる。

「し、渋い!!」

「どれどれ」

 かじりかけだというのに、アーサーはお行儀悪く、かじってきた。

「本当だ!! 渋い!!」

「次は、アーサー様の番です」

「期待していますよ」

「ぜひ、甘いので、口直しさせてください」

「そんな、責任重大になっちゃうじゃないですか」

 ちょっと憂鬱な表情となるアーサー。

 でも、わたくしも期待してしまう。二歳年下だから、甘いかもしれない。実際、アーサーは世間知らずな甘さを持っていた。領地の外に出るのは、神殿ぐらいだからだろう。世の中を領地内で終結していた。

「アーサー、これが甘そうだぞ!!」

「どれを採っても、同じだよ。私が手にした瞬間、味がかわる」

 そう言いながら、妖精憑きキロンが選んだ果物を手にする。

「やはり、アーサー様の日頃の行いは立派ですね」

「変色もしない」

「刃物貸してください。切り分けます」

 アーサーは残った果物全てを収穫して、アーサーの手で切り分けられた。

「刃物も扱えるのだな」

「害獣もいますからね。害獣は、美味しいですよ」

 いい笑顔でいうアーサー。さすがに生き物を捌く経験はないな。周囲を見れば、領地民たちも、深く頷いている。そうか、これが普通なのか。

 わたくしは、恐る恐ると手にする。わたくしが触ったら、果物が変色するんじゃないか、なんて思った。

 だけど、果物はそのままである。食べてみた。

「甘い!! すごい、初めて食べた!!!」

 本当に、甘くて、瑞々しくて、美味しい。日頃の疲れがどんとなくなるようだ。

「切り分けた残りは、他の領地民に配ってください。お客様が来たお陰で、妖精の試練がやってきました。お祝いです」

「どういう事だ?」

「フローラが来たから、妖精が悪戯で、神の恵みを実らせたのですよ。これで、お客様の心根を試すんです。もうそろそろだと思っていました。来てくれて、ありがとうございます、フローラ」

「ありがとうございます」

 アーサーに続いて、領地民たちが、わたくしに感謝する。

 変な話だ。感謝されるような立場ではない。ここでは、わたくしは、足手まといだ。全然、役立たずだ。なのに、誰も、わたくしのことを叱ったり、嫌味を言ったりしない。

「わたくし、皇族が口にする野菜を食べられるなんて、知りませんでした。ここで出来た野菜や果物は、皇族の食事になるのですね」

 屋敷で出てくる食事がどういったものか、アーサーが教えてくれた。禁則地周辺は、実りがないわけではない。妖精の悪戯で、色々とされるのだ。その中で、良質なものは、帝国が高額で引き取ることとなっているという。

「一番いいものは、我が家が食べてますけど。内緒ですよ」

 アーサーは笑って教えてくれた。







 アーサーの母親が亡くなった。辺境の三大貴族の一つである子爵の葬儀である。もちろん、伯爵家も参列した。

 喪主はアーサーの父ネロだ。ネロは、これっぽっちも悲しんでいない。アーサーはと見てみれば、ものすごく落ち込んでいた。

 わたくしから声をかけたかった。だけど、距離があった。アーサーにどうしても近づけなかった。結局、わたくしは声をかけられなかったので、手紙でお悔やみを伝えた。

 子爵家での農業体験の後から、わたくしとアーサーは文通を始めた。アーサーから言い出したことだ。

「私、友達がいないんだ。だから、文通友達になってほしい」

 誰とでも仲良くなりそうな感じなのに、アーサーは友達がいなかった。わたくしは、喜んで、文通友達になった。

 本当は、一緒に遊んだりする友達になりたかった。だけど、わたくしもアーサーも忙しい。わたくしは社交をこなすが、アーサーは領地から出て来ない。結局、手紙のみの繋がりとなった。

 アーサーの母親が亡くなって一通目の手紙だ。どんな返事がくるのか、戦々恐々とした。アーサーは、母親のことを心の底から愛していた。子爵家で過ごした一か月、アーサーは母親を見ると、嬉しそうに駆け寄って、それを母親に叱られても、甘えた。まだまだ子どもだから、母親に甘えたい盛りだったな。

 今はどうだろうか。久しぶりに見たアーサーは、儚さがあった。わたくしは少し、見惚れてしまった。葬儀では、泣きそうで泣かないような、そんな表情をしていた。

 さすがに、葬儀が終わったばかりだから、すぐ、返事はこなかった。一か月ほど経ってから、やっと、アーサーから返事がきた。

「誰?」

 封筒を見て、わたくしは驚いた。わたくし宛で、差出人はアーサーとなっている。

 字が違う。

 わたくしはすぐ、これまでの手紙を出した。

 文通を始める時に、いくつかの約束事をアーサーと決めたのだ。アーサー、婚約者とも文通をしているのだが、そこで、最低限のことをお互いすることにしていた。

 手紙を書いた日付を封筒と紙に書くこと。

 アーサーは几帳面にしているのだが、婚約者のほうはしていなかったのだ。読み返す時に、手紙がバラバラになって、大変だったという。だから、手紙を日付順に見れるように、それを書いてほしい、とアーサーからお願いされたのだ。

 だから、わたくしは、アーサーの手紙を全て保管していた。その中で、一番新しい手紙を出して、今日受け取った手紙と並べてみる。

 まず、使っている封筒が違う。アーサーは、こんな、仕事で使うような封筒では出さない。何より、文字が違う。

 アーサーは、きちんと教育を受けている。母親の書類仕事も手伝っている、なんて手紙で書いていた。文字を書くことが多いのだ。だから、わたくしよりも年下だというのに、すでに、大人顔負けの完成された文字を書いていた。

 今日、受け取った手紙の文字は、子どもが書いたような、拙い文字だ。

 わたくしはすぐ、父の元に向かった。

「お父様、子爵家は今、どうなっているのですか!?」

「どうって、変わらないだろう。あそこが、特別なことをしているわけではない。ただ、農業をしているだけだ」

「アーサーのことです」

 わたくしは、手紙二通を机の上に置いて、父に説明した。

「もしかしたら、手でも怪我をしたのだろう」

「だったら、そのこともアーサーは書かせます。なにより、代筆するのは、あの妖精憑きですよ。才能の化け物である妖精憑きが、こんな拙い字を書きますか?」

「フローラ、子爵家は子爵家で解決する。我が家は一切、関わらない」

「そんな」

 アーサーの身に、何か起こっているのは、確かなのだ。だけど、たかが手紙では動けないのだろう。

「やっと、あの領地の問題も解決した。お前を使って、そのことも確かめた。もう、おかしなことはやらないだろう。あそこの跡継ぎには、腹黒い男爵がついている。余計なことはするな、と釘をさされた」

 アーサーの母方の祖父は、領地こそないが、帝国を牛耳る商人貴族である。男爵という爵位で低く見られがちだが、それは、商人として飛び歩くためのものだ。爵位が上がると、取引相手が逆に尻込みしてしまう。だから、あえて、男爵と低い爵位に甘んじているのだ。

「アーサーは、無事なんですか?」

「まがりなりにも、跡継ぎだぞ。余程のバカでなければ………」

 そこで黙り込む父。何か、不安を感じるものがあるのだろう。

「手紙には、兄と妹が出来た、と書いてありましたが、ご存知でしたか?」

「どういうことだ!?」

 父はわたくしの手紙を手にして、内容を読んだ。

「あのバカ、よりによって、手をつけた平民の子を家にいれたのか」

「仲良くしてもらっている、と書いてありますが」

「………これだけでは、わからん。続けて、手紙を送ってみなさい。少し、時間をおいたほうがいい」

 父は、何か感じていた。

「アーサーに会いに行っていいですか?」

「許さん。そのことも書くな。しばらくは、お前の手紙も確認する」

 何が起きているか、わからないまま、わたくしは、父に従った。

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