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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-皇族姫の一番星-
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流れ星

 真夜中に目を覚ますと、やはり、ハイムントがわたくしのベッドにもぐりこんで、わたくしを抱きしめて眠っていた。ずっとこうだ。

 筆頭魔法使いの屋敷からは、もうそろそろ移動してもいいだろう、という話が出た。ハイムントの妖精の目の使いすぎからくる疲労もいい感じに落ち着いたという。調整もすんだと、ハガルは残念そうに言っていた。

 なのに、ハイムントはわたくしが寝ているところに、勝手に入ってくるのだ。これは良くない。

「ハイムント、もう、起きてください」

「寝させてください。寝たい」

「同衾は、色々と噂されます」

「ここの事は外に漏れませんよ。それに、別に悪い事はしていません。だいぶ、抱き心地が良くなってきた。あとは鍛えてもらえれば」

「鍛えません!!」

「閨事は、体力が大事ですよ。父上なんか、体力がないから、いつも自信なさげです。だから、私は体を鍛えましたよ」

 あの男も女も魅了する美貌と体形、声と全て兼ね備えた賢者ハガルの閨事は、想像が出来ない。絶対に、蹂躙されちゃう方よね。女性を蹂躙しているようには思えない。

 なんて、はしたない想像を振り払って、わたくしはベッドを出ようとするも、ハイムントが後ろから抱きしめて離さない。

「ハイムント!」

「声、大きいですよ。外に聞こえます」

「わたくしは、悪くないのに」

 わたくしは大人しくするしかない。この男に口でも体力でも勝てるはずがないのだ。

「ねえ、ハイムントはわたくしのこと、いつから知っているのですか?」

「………ガントの奴、言ったな」

 ハイムントはわたくしを抱きしめつつも、上体を起こす。

「あなたが貴族で騙されて、あの偽物の家族に虐待されて、本当に酷い状態の頃から知っています」

「すごい頃から見てたのね」

「目的は、邸宅でしたから。あなたのことは、ついでに見ていました」

 なるほど。ハイムントは、邸宅にある魔道具とかを調べるために、領内に侵入していたのだ。

「あなたは哀れでした。哀れなのに、負けず嫌いで、諦めなくて、でも、簡単に大人たちに騙されて、なんとも、不幸の塊でしたね」

「否定できない。本当のことだから」

「だから、少し、安心していました。私の寿命が半分削られたくらい、どうってことないって。私はそれほど、不幸ではないな、なんて見ていたんですよ」

「………」

 他人の不幸を見て、安心しているハイムントは、別に悪くはない。そんな本音を聞いてしまって、わたくしはかなり胸が痛くなる。こんなふうに見られているなんて、思ってもいなかった。その気持ちは、今もそうなのかもしれない。

「あまりに哀れだったからでしょう、欲しくなりました。どうせ、私はそう長生きできません。だったら、この女くらい、手に入れて、好きにしたって許されるだろう、と。だって、誰もあなたのこと、必要としていない。いつか、いなくなってほしい、そんな風に見ている。だったら、私が貰ってやろう、そう思いました。

 貴族の小娘を誘拐するにしても、ちょっとまずい。あの屋敷では、あなたはそれなりに利用価値がまだある。だから、まだまだ、生きていないと困るんだろう。突然、いなくなったりしたら、帝国の調査が入る。それでは、私が面倒だ。成人したら、どうにかしようとするのは、目に見えていた。だが、そこまで私が生きている保障はない。

 だから、私は考えた。どうすればいいか、毎日、毎日、泣いているあなたを眺めて」

 ぞっとする。ハイムントのそれは、好意とか、そういうのではない。ただ、玩具が欲しい、そういうものだ。さすが、ハガルの息子だ。ハイムントもまた、人は玩具なのかもしれない。

 ハイムントはそんな酷い話をしているのに、その手は優しく、わたくしの髪や頬を撫でる。

「そうして見ていると、あなたは、高い屋根に上って、何かしようとして、結局、何も出来なくて、泣くようになりました。死のうとしているのはわかりました。高いから、飛び降りるのが怖かったでしょう。あの高さなら、死ねるでしょうね。死ねば、あの虐待する叔父家族にも復讐出来るでしょう。それを見て、いい事を思いつきました。偽物の死体でも用意して、入れ替えてやろう、と。貧民街にいけば、いくらだって死体は手に入る。なくても、それっぽい人を殺して、姿をちょっといじって、入れ替えてやればいい、そう思いました。万が一、魔法使いが来たって、父上にちょっと頼めば、誤魔化してもくれるし、何より、あの叔父家族を破滅させられる。

 だから、あなたが落ちてくるのを、毎日、毎日、待っていました。なのに、落ちて来ない。私は随分と短気だというのに、落ちてこないから、本当にイライラしました。でも、我慢しました。だって、私は流れ星を待っているのだから。一瞬だ。目を離していたら、流れ星は消えてしまう。だから、寝ないで待っていました。寝ないのは、得意でしたから」

 ハイムントは言葉をきると、突然、わたくしに口付けしてきた。わたくしは驚いて、抵抗すら出来ない。だって、ハイムントは嬉しそうに笑っているのだ。この顔に、抵抗なんて出来ない。

「落ちてこないで、そのまま、ずっと待っていたら、皇族だというではないですか。父上から報告を聞いて、がっかりしました。皇族では、手に入らない。でも、違う方法で側に居られる。だから、父上に頼んで、教育係りにしてもらいました」

「ハガル指名だって」

「父上に頼んだんです。こういう時こそ、使うものでしょ、権力」

 この男は、手段を選ばない。だから、教会だって破壊してしまえるのだ。

「楽しかったですよ、あなたを育てるのは。欲が出ました。いっそのこと、私好みに育ててやろう、と。周りを綺麗に掃除して、でも、あなたを逞しくするために、後ろ暗いことも見せて、内も外も立派にするのは、とても楽しかったです。

 なのに、あの皇族もどきどもは、余計なことをしてくれる。私は精魂込めて育てているあなたに、あんな夜這いなんかかけて、横から奪おうとする。助けるのは簡単だ。だが、父上の妖精が厄介だ。あれをどうにかする方法は別の手段しかないな、なんて外から見て考えていると、あなたは飛び降りようとしていました。偽装を外して、見ていたら、あの邸宅では落ちてきてくれなかったというのに、城では、落ちてきてくれた」

 そう言って、ハイムントはむさぼるようにわたくしに口付けして、わたくしの上に圧し掛かる。

「決めていました。落ちてきたら、私のものだ、と。私の流れ星です。あなたは、私のものです」

 また、深く口付けされる。舌までいれてきた。こんな経験、ないから、わたくしは受けるだけで精一杯だ。

「閨事の勉強、実地でしましょう」

「………でも、結婚」

「結婚と閨事は別ですよ。かの賢帝ラインハルトの子と言われる者たちは、全て、皇妃が浮気で作った子です。それを賢帝ラインハルトは我が子としました。そういうこと、普通ですよ」

「本当に、悪い男ですね」

「落ちたんだ、あなたは私のものです。また落ちたら、私が受け止めます。だから、好きなだけ、落ちればいい」

「一緒に、落ちてください」

 その夜は、随分と痛い目にあった。






 朝まで同衾だ。閨事の跡がしっかり残っているのは恥ずかしかった。ハイムントは名残惜しそうに抱きしめて、口付けをして、と随分と離してくれない。

「もう少し、筋肉が欲しいな」

「終わりです!」

 わたくしはクッションを投げてやる。受け止めるハイムントはいつもの通り笑っている。その姿に安心する。

 そうして、筆頭魔法使いの屋敷を出る。外に出てもあの恐ろしい妖精が大量に襲ってくる、そういう光景は出てこない。でも、まだ、城の中だから、安心できない。

 周りをよく見ていると、ハイムントがある一方をじっと見ている。何を見ているんだろう、と見てみても、何もいない。

「しまったっ!?」

 ハイムントは筆頭魔法使いの屋敷へと走り出そうとするも、何かに捕まったように動けない。

「ハイムント?」

 呼んでも答えない。ハイムントは、諦めた顔をして、ため息をつく。

「見つかってしまったか」

『見つけた、小さいハガル』

 声だけは聞こえる。わたくしはハイムントの周りをよくよく見る。すると、人の大きさの綺麗な妖精がハイムントを後ろから抱きしめていた。それは油断すると、幻のように消えたりする。

「い、いや、連れていかないで!」

 わたくしはその妖精につかみかかるも、つかめない。だって、妖精は普通の人には触ることすら出来ないのだ。視認だって、普通は出来ない。

「いいよ。もう、満足した」

『いい子』

 ハイムントが諦めると、妖精は、深く口づけする。そうして、消えていく。

 ハイムントは、そのまま、足から崩れ、倒れた。

「ハイムント、ハイムント!! 誰か、誰か!!!」

 わたくしの叫びに、筆頭魔法使いの屋敷にいる使用人たちが助けに来てくれた。

 だけど、ハイムントの意識は戻らなかった。





 ハイムントはそのまま、筆頭魔法使いの特別な部屋に連れて行かれた。ついて行きたかったが、使用人は入れてくれなかった。本来は、ハガルの許可が必要な部屋だという。使用人すら、入るには、許可が必要なのだ。

 わたくしは、また、部屋に戻り、待った。使用人たちは、ハイムントが倒れたことを報せに走り回っていた。

 そうして、長いようで短い時間でやってきたのは、皇帝ライオネルだ。ライオネルは走ったのだろう。物凄い汗を流して、わたくしの部屋に飛び込んできた。

「一体、何があったんだ!?」

「ハ、ハイムントが、妖精に、寿命を、盗られて」

「相当、高位の妖精に見つかったんだな。仕方がない。いつかは、そうなる運命なんだ」

 わたくしが泣いていると、ライオネルは抱きしめて、慰めてくれる。でも、わたくしは、ハイムントに抱きしめて、慰めてほしかった。だから、ライオネルから離れた。

「ハイムントは部屋に閉じ込めたんだな。残る寿命がどれほどかは、ハガルしかわからないだろう。ハガルは今、聖域の慰問に行っている。ハガルの外出中に男爵領に戻したほうがいい、という判断が、裏目に出たな。ハガルが一緒なら、どれほど高位の妖精といえども、手が出せなかったというのにな」

 ライオネルの手によって、わたくしは椅子に座らせられる。話を聞いているが、後悔ばかりしかない。

「ここを、出なければ良かった」

「ラインハルトは絶対に出る。いつかは、こうなっていたんだ」

「説得すれば良かった」

「無理だ。そういう子だ。ずっと見ていたから、わかる」

 ライオネルは、わたくしよりもずっと、ハイムントのことをわかっている。だから、本当なのだろう。

 そうして、わたくしだけ泣いて、ライオネルは無言で、ハイムントが眠っているだろう部屋のほうを見ていた。

 ハイムントが閉じ込められた部屋には、使用人が入らないので、ハイムントがどうなっているのか、わからない。気が気でない。はやく、ハガルが帰ってきてくれればいいのに、そればかり考える。

 外は暗くなった頃に、ハガルが帰ってきた。ハガルはそのまま、ハイムントが眠る部屋に入っていく。その姿をわたくしは部屋を出て見ていた。ハガルはわたくしにも、ライオネルにも見向きもしなかった。

 ハイムントがいる部屋の前で待った。使用人が気を利かせて、わざわざ、椅子を持ってきてくれた。

 座って待っていると、ハガルが出てきた。

「ラスティ様、助けを呼んでいただき、ありがとうございます」

「いえ、助けられませんでした」

「仕方がありません。相当、高位の妖精だったのでしょう。そういうのは、どうしようもない。そんな、気を落とさないで。ラインハルトは、大丈夫ですから」

「生きて、いますか?」

「そう、簡単に死ぬわけではありませんよ。さて、どちらが先に会いますか? 少々、会うには、勇気がいりますよ」

「元気なのですよね?」

「元気です。ですが、この部屋は特殊です。出ようとする意思を捻じ曲げる魔法が施されています。普通の人であれば、問題ありません。しかし、ラインハルトは、普通ではありません。妖精の目があるので、魔法に抵抗してしまいます。そして、意思がとても強いので、強制力が相当、強く働いて、結果、歪んでしまいます」

「………ハイムントは、いつも歪んでいますよ」

「そうですね、では、ライオネル様、お先にどうぞ。ラスティ様は、そこで見ていてください」

 実際に見たほうが、わかりやすいのだろう。

 見れば、ライオネルは苦々しい、という顔を見せる。過去に一度、ハイムントは部屋に閉じ込められた。その時、ライオネルは歪んだハイムントと対峙した経験があるのだろう。

 恨みがましい、みたいにライオネルはハガルを睨んだ。睨まれたハガルは、何故か、ライオネルを憎々しいとでもいうように睨み返している。一体、この二人はハイムントを間に置いて、何があったのだろうか。

 ノックして、ライオネルは待つ。

『誰ですか?』

「ライオネルだ」

『どうぞ』

 ライオネルがドアをあけると、笑顔のハイムントがドアの向こうから手を伸ばした。だけど、決して、部屋より外には出ない。その手をライオネルは握る。

「ライオネル様、会いに来てくれたのですね。嬉しいです。待っていました」

 誰もが魅了するその顔で、愛しそうに見上げるハイムントは、ライオネルを部屋の中に引き入れた。そして、ライオネルに口付けする。それに答えるように、ライオネルはハイムントを抱きしめ、ドアを閉めた。

 わたくしは、目の前が真っ暗になる。

「ラスティ様、大丈夫ですか?」

「わたくし、遊ばれたのですね」

「遊びは、ライオネル様です。ラインハルトは、私の真似事をして、ライオネル様を弄んだんです」

「………は?」

 わけがわからない話だ。たぶん、わたくしは、情報が何か抜けているのだろう。

 ふと、皇族スイーズを思い出す。スイーズは言っていた。ハガルに勝って、狂皇帝と同じことをするのだ、と。

 ハガルの悪名はたくさんある。その中に、皇帝の娼夫、というものがあった。

「まさか、ハイムントは、ハガルの真似をして、ライオネルと関係を持ったというのですか!?」

「私が悪いのです。私は随分と最初にお仕えした皇帝ラインハルト様に囚われていました。ステラを亡くし、また、その悪い癖が出てきてしまったのです。それをどうにかするために、ラインハルトは私と同じことをして、この部屋に閉じ込められた時に、私に暴露して、当たり散らしたんです。手塩にかけて育てた我が子が、私と同じ行為をしている事実に、殴られたほどの衝撃を受けました。私はそんなことをされないと、目が覚めない、ダメな親でした。

 きっと、ラインハルトは、先に死ぬとわかっていたので、死んだ後の私のことを考えて、そうしたのでしょう。ライオネル様に聞きましたら、そうでした。全て、私の目を覚まさせるためでした。

 私が正気に戻ってから、ラインハルトとライオネル様の関係は綺麗に切れました。本当に、私のための関係でしたよ。時々、私を脅すように、そういう関係を匂わせますけどね。本当に、後悔ばかりです」

「驚きました。そんなこと、しているなんて」

「生き残る私のためにやったことです。ラインハルトには、将来の希望も展望もありません。閉じ込めた時、散々、本音を聞かされました。色々と、あの子は我慢していました。笑顔だって、偽物です。本当は、笑っていられるような状態ではありませんでした。

 妖精の目、最初は喜んでいました。ですが、妖精は色々とラインハルトに知識を与えます。ラインハルトが短命だということまで、教えました。その理由も全てです。ずっと笑っていたから、知らなかった。ラインハルトは、心の奥底では、妖精の目のせいで、物凄く傷ついていたことを」

「………」

 いつも笑顔だった。ハイムントは泣いた所なんて、見たことがない。怒ったり、ちょっと機嫌が悪くなったり、そういうところばかりだ。

 我儘かと思ったら、急に人を思い遣ったりして、どれが本当のハイムントなのか、わからなくなる時がある。

 ライオネルの時間はとても長かった。ハイムントはとても笑顔だった。笑顔で迎え入れるようなことをやっているのかな、なんて邪まなことを想像していまう。やだ、わたくしったら、はしたないわ。

「これは、次の日まで出てきませんね」

「やはり、わたくしは遊びだったのですね」

「ラインハルトの時間が歪んでいるのでしょう。会う人に合わせて、どうにか、ラインハルトを出さないように魔法が働きます。ライオネル様を相手にする時は、過去に戻ってしまうのかもしれません。そうしないと、ラインハルトは外に出してほしい、と頼んでしまいます。今のラインハルトとライオネル様の関係では、ラインハルトは部屋の外に出てしまいますから。だったら、過去の不純な関係にラインハルトの時間を戻せば、出ようとする意思が封じられます」

「わたくしとは、どうなるのでしょうか」

「会話次第です。ライオネル様はすでに、一度、経験済みですので、予想はついていました。ですが、ラスティ様は初めてです」

「その、ハイラントのお友達の魔法使いでは、どうなのですか?」

「彼らは普通ですよ。普通に雑談して、終了です。彼らとは、本当に、楽しい友達関係ですから。以前も、そうでした」

 相手によって、ハイラントは歪む。では、わたくしはどうなるのだろうか?

 ハイラントは、いつ頃のハイラントに戻ってしまうのだろうか。想像はつかない。つい昨日、やっと、ハイラントの本音を聞いた。歪んだ感情で見られて、歪んだ愛情を向けて、でも、まっすぐ、傷ついた頃からずっと、わたくしを見つめていた。

 そうして、朝日が上るころ、やっと、皇帝ライオネルは部屋を出てきた。

「随分と長かったですね」

「怒るな。ふしだらなことは一切、していないからな」

「………」

「あれはわざとだ!! ハガルが監視していると知ってて、わざと、あんな態度をとったんだ。ついでに、ラスティの気持ちを確かめたんだろう。本当に、どこまで私を弄べば気が済むんだ、あの男は。私はずっと、ラインハルトのことは、息子のように見ているというのに」

 ライオネルはその場で座り込んで、頭を抱える。気持ちなんて、理解出来ない。

「次はラスティだな。どうする」

「少し休みます。今は、会いたくありません」

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。きっと、会ったら、ハイムントが傷つくようなことを言ってしまうかもしれない。いや、言っても、ハイムントは上手に受け流すだろう。そういう男なのだ。

 ライオネルは、容赦がない。さらに聞いてくる。

「明日にするのか?」

「もう少し、後にしたいです」

「今日にも死ぬかもしれないぞ」

「………え?」

 時間がないなんて、想像していなかった。

 ハガルを見れば、いつも通りだ。何も焦っていない。ほら、大丈夫そうだ。

「ハガルの表情を信じるな。こいつは、ラインハルトの死期がいつか、わかっている」

「いつなのですか!?」

「教えません。ラインハルトから、そう頼まれました」

 わたくしが聞いても、ハガルは答えない。ハガルにとって、皇族よりも、息子の願いのほうが大事なのだ。

 酷い男だ。わたくしに逃げ道を与えてくれない。

 時間という逃げ道はもうない。眠っていないからどうした、なんて、いうのだろう。ハイムントは眠らないことに慣れ過ぎている。一カ月眠っていなくても、平然としていた。

 入ったら、魔法によって出る意思をなくさせられる部屋からは、ハイムントは誰も呼ばない。声をあげて、人を呼ぶことすら、意識を塗り替えられてしまい、考えもしないのだろう。

 わたくしはおもいきってノックする。

『どなたですか?』

「………」

『父上、勝手に入ってこればいいではないですか』

「………」

『妖精の悪戯ですか? もう、これ以上、捕まりませんよ。もうすぐ、そちらに行くのですから、待っていてください』

「………わたくしです」

『なんだ、ラスティ様ですか。悪戯がすぎます。勝手に入ってきていいですよ』

 わたくしは、震える手で、ドアを開けた。

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