怒らせてはいけない人
教皇に見せられた告発文をわたくしは綺麗にたたんで返した。
「わたくしには、よくわかりません。この告発文に書かれていることが、本当なのですか? もし、本当なら教会としては、どうするつもりですか?」
胸がこれでもか、と激しく鼓動する。嘘をつき通すのって、とても大変だ。でも、ここで真実を出したって、いい事なんて何一つない。
「妖精は神の使いです。神の使いに命を狙われるような者が、善なわけではありません」
うん、あの男の内面は真っ黒よ。
「このような罪の塊のような存在を放置するわけにはいきません。きちんと審問をし、しかるべき対応をせねばなりません」
「教皇長、それは行き過ぎです。過去に、それをして、多くの知識が焚書とされ、聖域だって穢れました。教会が、命の天秤に関わってはいけない、と反省したではないですか」
「そうです。しかし、目の前にある罪から目を背けてはなりません。あれほどの目撃者がいる妖精の視認化です。放っておくわけにはいきません」
「あまり、教会が力を示すことは、賢者ハガル様の逆鱗に触れます」
「いつまで、あの化け物の顔色を伺えというのですか。あの化け物はやりたい放題だ。最近では、最果ての貧民街の半分を消し炭にしました。諸悪の根源と言えば、賢者ハガルの代名詞ですよ!」
それも、間違っていない。賢者ハガルは、とんでもない天災だ。力が強すぎて、誰も止められず、顔色を伺うしかないのだ。
教会としては、この機会を逃したくないのだ。大昔に、教会は皇族と一緒になって不正をしまくった。そのため、大昔の貴重な本を焚書にして、知識を継承出来なくしたのだ。それが、現在、大きな問題となっている。
大昔の技術で動いている便利な魔道具の動力源は妖精の魔法だ。それを施せるのは妖精憑きである魔法使いのみである。しかし、魔道具が故障しても、直すことが出来ないのだ。直すための技術を全て、皇族と教会が奪ったのだ。
皇族は、同じ皇族が粛清したことで、帝国民は納得した。しかし、教会は神の名の元に不正をしまくり、結果、聖域を穢すだけ穢した悪行を残したままだ。善行を積み重ねても、過去の悪行のせいで、教会の信用はまだまだ良くなっていない。
なのに、悪行しまくりのハガルは許されるのだ。気に入らなければ、人を壊し、違法店を壊し、時には皇族狂いを起こして皇族同士を殺し合いさせる。それでも、政治に関しては潔白なのだ。普通に生きている平民たちには、ハガルは怒らせなければ、良い為政者である。
教皇長モードはどうしても、ハイムントを裁いて、教会の威信を上げたいのだ。
「どうか、ご協力ください。我々、教会は、皇族とも仲良くしたいのです」
「………皇族教育ではありませんが、ハイムントが言っていました。教会は、番人の立場でいないといけない、と。どこかに寄り添うのではなく、中立に、公平に見る立場は絶対に必要となります。それが、教会です。あなたがたは、皇族にも、魔法使いにも、帝国にも、寄り添ってはいけない存在なのではないでしょうか。身分関係なく、分け隔てなく、そういうものを見る者でなければならない。過去の悪行は、それが出来なかった者たちの罪です」
「そのような事が言える者が、男爵ですか」
「貴族にはなりたくなかった、と言っています。仕方なく、平民になって、仕方なく貴族になった、と話していましたよ」
「それが、どうして、妖精に狙われるのか。この告発がある以上、何もしないわけにはいきません。あの現象には、教会としても調査します。魔法使いは、何も話してくれませんしね」
じっとモードは王都の教皇レッティルを見ていう。レッティルは魔法使い側だと、モードはわかっているのだ。
「皇族の姫君に長居はいけませんね。失礼します」
「また、お越しください。大した話は出来ませんが」
「なるほど、ハガルが気に入るはずです。あの男は、あなたのような可愛らしい女性が好きだそうです」
「え、それ、嘘ですよね。だって、その、全然、違うから」
「魔法使い見習い時のハガルは、可愛らしい女性を身請けしていた、という記録が残っています。とても有名な話ですよ」
「………」
わたくしは黙り込む。でも、賢者ハガルの愛するステラは、可愛らしい、というよりも、逞しい男性にしか見えない女性だ。
教皇長モードがいなくなってしばらくして、わたくしは黙り込んでいるレッティルを見る。
「レッティルは、ハイムントのお母様をご存知ですか?」
「いや、見たことがない」
「では、過去、ハガルが身請けした女性の特徴とか人相書きとか、見たことがあるのですか?」
「かなり有名だ。ハガル様の好みは決まっていて、こう、可愛らしい女性ばかり身請けしたという。女遊びをする時も、相手は決まって、可愛らしい女性だ。あまりに決まり切ったパターンで、ハガル様を篭絡するために、貴族の娘を使われたことだってあるぞ」
「………嘘ですよね? だって、ハガルの愛するステラって、その、もう、なんていうか、可愛らしい、女性、じゃ、なくって」
「ハイムントは最初、母親似と思ったが、父親似だと知ってる。仲間内でも、謎なんだ。ハイムントはいつも、母親のような女性が好みだと言っていたが、あなたのような感じなんだろうな」
「違う!」
「可愛らしいじゃないか。ハガル様も、あなたのような女性が好みだろう」
「違う違う違う!! もう、うまく説明出来ないけど、違うの!! ハイムントはね、お母様に近づけようと、わたくしを鍛えようとしているのよ。本当に、狂気よ、あの男は!?」
「確かに、もう少し、太ったほうがいい。折れそうだ」
通じない。言いたい、ステラはこんな外見なんだよ、と。でも、迂闊なことを言って、間違って、ハガルの耳に入ってしまったら、どうなるかわからない。
ハガルは情の怖い男だ。ステラを悪く言った者は、一族郎党、消し炭だ。怖い怖い怖い!!
そういえば、お迎えはいつ頃かな、なんて聞くのを忘れてた。
一日は三食である。それを七回こなしたので、一週間は経ったことがわかる。それまで、わたくしが閉じ込められた貴族用の牢に来たのは、王都の教皇レッティルと教皇長モードのみである。きっと、他の皇族と魔法使いの面談は止められているのだ。皇族はともかく、魔法使いはほら、魔法で連れ出せてしまうから、面談なんてさせられない。
力づくで教会からわたくしを連れ出すのは、魔法使いだったら簡単だ。賢者ハガルは、上手に消し炭だろう。だけど、一週間経っても静かなので、するつもりはないのだろう。見捨てられちゃったかしら。
レッティルが持ってきてくれる本や新聞を暇つぶしに読んで、部屋を何度も回って、どこか隠し扉なんかないかな、とかあちこち叩いたり、とやれる暇つぶしはした。でも、一週間、何も見つからない。
新聞を見れば、まだ、妖精の視認化については騒がれていた。原因がはっきりしないからだ。しかも、行先が男爵領である。王都だけでなく、最果て、中央、山の聖域から、恐ろしい数の妖精が飛び出したのだ。それが全て海にある男爵領に行って消えたのだ。何かあったのだろう、と王国民は怪しむ。
平民は特に妖精に対してい敏感だ。妖精によって生かされている認識が強い。貴族は平民の上にふんぞり返っているので、逆に、妖精を忌避しない。でも、人の数が多いのは平民だ。だから、声は大きくなる。
「どうですか、何か思い出しましたか?」
教皇長モードは、どうしても、わたくしから証言を出したい。わたくしは貴族の中に発現した皇族だ。そこら辺の人よりも、証言の信用度が高いのだ。
「妖精のことは、妖精憑きに聞いてみたらどうですか。きっと、そちらのほうが早いですよ。わたくしは、本当に何も知りません」
だって、どうして、ハイムントが妖精に命を狙われているのか、知らない。賢者ハガルでさえ、わからなかったことを一皇族がわかるはずがないでしょう。
「賢者ハガルから、何も聞いていないのですか? あなたは随分とハガルに気に入られている。ここの食事は皆、ハガル手製だ」
「男爵領でもいただいていました。随分と贅沢な魔道具で保管しているそうですよ。時の魔法を施して、その魔道具の中では出来たままの状態を保たれたままにするそうです」
「さすが、才能の化け物は、魔道具にまで精通するか。忌々しい」
「そんな、張り合う相手を間違えないでください。ハガルはそういう相手いしてはいけませんよ。敬う相手です。物凄く年上なんですから」
「………そういうことを言えるのは、あの男の所業を知らないからですよ」
「知りませんが、ハガルは言っています。悪名は誉め言葉だ、と。そういう人は、わかっていてやっているのですよ。だったら、上手にお付き合いするしかありません。ハガルは別に、帝国の敵なわけではありませんよ。ただ、長生きで、力が強すぎるだけです」
「………」
「もうそろそろ、無駄だとわかったでしょう。わたくしを帰してください。一週間経ってもお迎えが来ないということは、ハイムントにとっては、切り捨ててしまえるほど、安い存在なんです」
言っていて、ちょっと、泣けてくる。仕方がないことだ。ハイムントは領地から出られない。領地を離れれば、妖精に寿命を盗られてしまうのだ。
わたくしからそう言い出していると、外が騒がしくなる。そして、ドアが乱暴に蹴り開かれる。
「ラスティ様、どうですか、それなりに体は鍛えましたか?」
とんでもないこと言って入ってくるハイムントだ。その後を、顔見知りの魔法使い五人が続く。
ハイムントだけではなく、魔法使い五人に、教皇長モードは怒りの声をあげる。
「貴様ら、一体、誰の許可を得てっ」
「煩い! どいつもこいつも、私の行く手を阻むとは、いい度胸だ。まずは、教会を妖精に壊させてやる。来るぞ!」
ハイムントが言った途端、とんでもない衝撃が教会に轟く。牢は地下にあるので、外の様子なんてわからない。
「何をしたのですか!?」
「悪友どもに転移の魔法具を盗ませた」
「盗ませたって、え?」
見れば、魔法使いたちはとても疲れた顔をして、方々に視線を泳がせる。相当、悪いことをハイムントはさせたのだ。
「転移の魔法具で、直接、教会に飛んでやった。即、私を見つけた妖精どもが、教会に総攻撃だ! ざまあみろ!! あはははははははは!!」
狂ったように笑うハイムント。どこかで頭のネジが吹っ飛んだとしか思えない様子だ。
「とうとう、キレたんだよ」
魔法使いマクルスがわたくしの側に来て、呟く。
「あいつはな、普段は物凄く穏やかで、何やられても大人しいんだ。だけど、一度、キレると、手がつけられない。ハガル様でさえ、手が負えないんだ」
外では物凄い音が響き渡り、建物全体が揺れる。これが、ハイムントを狙う妖精だと思うと、ぞっとする。
「教会はいい感じに妖精除けの魔法を施しているな。だが、格の高い妖精には、負ける。ここが壊れたら、次は筆頭魔法使いの屋敷だ。もう、二度と私を閉じ込められないように、妖精どもにすりつぶさせてやる」
怖い怖い怖い怖い怖い!!! 暗く笑うハイムントは本気だ。だって、教会はきっと、外側は大変なことになっている。
「貴様、こんなことして、許されると思っているのか!?」
「私に逆らって、ただで済んだ奴らは一人だっていない。私はな、敵対する相手は全て、踏みつぶすと決めている。こちらが下手に出てやっているというのに、あの返信はなんだ。私の皇族姫をこんな薄暗い部屋に閉じ込めて、後ろ暗いことをしてないと、言い切れるか? 後でしっかり調べさせてやる! 誰か、妖精を貸せ!!」
「喜んで!!」
全員が手を上げて従う。もう、誰も逆らわない。激怒しているハイムントは、皆、恐ろしいのだ。
そうして、ハイムントが妖精を使っている間も、どんどんと上の衝撃は酷くなってくる。地下はきっと、妖精除けが念入りにされているので、妖精たちが入れないのだ。そこを力づくで壊して入ろうとしている。
「上はいい感じになってきたな。もう少しで、教会が崩壊するな」
「ちょっと待て、上は、無事、じゃないのか?」
「帝国全土から妖精が集まっての総攻撃だぞ。無事なわけないだろう。レッティルは貴様を止めなかったか? 私には手を出してはならない、と。レッティルは私を怒らせた結果を知る唯一の教会側の人間だ。私はな、妖精憑きではないが、妖精を操る力はある。ついでに、頭が狂ってる。私を狙う妖精だって利用して、逆らう全てを破壊尽くすくらい、簡単だ。それで、いつになったら、私から手を退くんだ。教会はまだあるから、全て壊しまわってやってもいいんだぞ。教会の権威も、これで底辺だ!!」
「そ、そんな………」
教皇長モードは座り込む。まさか、ハガルとは違う意味で、とんでもない化け物を相手にしているとは、思ってもいなかったのだろう。
ハイムントの中で、いい感じに教会が廃墟となったのだろう。ハイムントは魔道具を握る。
ところが、外の破壊音がピタリとなくなった。そして、建物が揺れる衝撃も消える。
「ハガル様、助かりました」
「後で、こっぴどく叱られよう」
魔法使い五人は、ハガルが何かしたことがわかったのだろう。ハイムントに妖精を貸しているといえども、彼らだって、妖精を使えるのだ。
「ちぃっ! 次は筆頭魔法使いの屋敷を廃墟にする予定だったのに!!」
「ラインハルト、悪い子です!!」
偽装を解いたハガルと、王都の教皇レッティルがやってきた。
「いつまでたっても、邸宅の魔道具を動かしてくれないからです。あれが動けば、私は帝国全土を大腕を振って歩けるようになるというのに」
「動かしたら、また、逃げるではないですか!! もう、あなたを閉じ込める準備はやっとすんだというのに。レッティルも役立たずめ。ラインハルトを怒らせないように、上手に操作しなさい、と命じたではないですか」
「無茶言わないでください。教皇長がやらかしたんです」
「無能が」
これでもか、と蔑んだように教皇長モードを見下ろすハガル。対するモードはハガルを指差して叫ぶ。
「貴様、また若返って、化け物が!?」
「そうです。そう、皆が言っているではないですか。今更です。それより、教会の上の部分は大変なことになっていますよ。ほら、あなたがやった結果を見てみなさい」
モードはレッティルに上手に手助けされ、地下から地上に上がっていく。わたくしたちも、やっと外に出た。
久しぶりの外は、快晴だ。地下から上がると、とても綺麗だ。でも、足元は酷い事となっている。あの教会は影も形もないのだ。
「レッティルに言われた通りにしていれば、こんなことになりませんでした。教会は欲を出し過ぎていい所ではありません。きちんと、平民たちに寄り添って、いざという時は、皇族貴族魔法使いに正しい意見を述べるべき存在です。下手な権威なんて、持っていれば、こういうことが起きます」
「いや、これはそういうのじゃないだろう」
「し! 黙ってろ!!」
魔法使い五人は、ハガルに逆らわないようにこそこそとハイムントの後ろに隠れる。魔法具を盗んだのだから、間違いなく、責任問題に問われる。
モードは、この現状に、もう立てない。ちょっと権威をあげたかっただけなのに、それが、こんな惨状となるとは、誰も想像すらしていなかっただろう。
一週間待って、こういう惨状になる計画をたててしまえるハイムントは、不機嫌そうにそっぽを向いている。両脇には、戦闘妖精のサラムとガラムがしっかりと控えているのだ。
「若、こんな面白いことするなら、呼んでくださいよ」
「寂しいじゃないですか」
「お前らは父上の味方だ。絶対に呼ばない」
「えー、面白い方の味方ですよ」
「そうそう。こんなことになるとわかっていたら、ハガル様、止めましたよ」
とんでもないことをいうサラムとガラム。やっぱり、妖精は、考え方が怖い。
そうして、わたくしが人質となって一週間後、王都の教会は、視認化した妖精に襲われ、廃墟となった。
ここからが大変なこととなった。何せ、教会が妖精によって破壊されたのだ。教会は一体、どんな悪事を働いたんだ、と平民、貴族から攻められる立場となってしまった。
教皇長モードは、今回の騒動の責任を取って、退任となった。次の教皇長は、まだ若いながらも話が出来るレッティルとなったのだ。
王都の教会が崩壊して一週間後、賢者ハガルの手によって、あっという間に教会は再建された。
「古かったから、妖精が気に入らなくて、壊したのでしょう」
そんなことをおじいちゃんの姿で言って、一瞬で再建してしまったので、誰も文句は言えなくなった。だって、この人に逆らえる人なんて、帝国広しといえども、いないだろう。
ハイムントは、色々とやり過ぎたため、結局、筆頭魔法使いの屋敷に閉じ込められた。
と言っても、普通の部屋だという。
わたくしは、隣りの部屋だ。男爵領にすぐ戻るのかな、と思っていたら、ハイムントの妖精の目の調整があるので、一緒に居残ることとなった。
ハイムントは、屋敷に閉じ込められていても、部屋の行き来は自由なので、勝手にわたくしの部屋にやってくる。
「姫君、添い寝してください」
「膝枕ですよね」
「添い寝がいいです。ほら、悪い事はしませんよ。安全な男です」
「安全な男は、教会を廃墟にしませんよ」
「妖精の悪戯ですよ」
暗い笑みを浮かべるハイムント。妖精の力を使いすぎて、偽装が剥がれているので、あの美しい相貌が目の前だ。これは心臓に悪い。
ハイムントが眼帯を付けるほど弱っているので、結局、わたくしのほうが負けるしかない。
「膝枕です」
膝枕で我慢させる。
そして、瞬間で、ハイムントは眠ってしまう。えー、本当に、悪いこと、何もしないの?
試しにちょっとつねったりしても、ハイムントは起きない。すやすやと眠っている。一体、なにがどうなっているのか、わからない。
そうしていると、ノックして、皇帝ライオネルが入ってくる。
「おや、邪魔だったな」
「寝ているだけです」
「珍しいなー。私の前でも、寝たことがないのにな」
「寝ないのですか!?」
「ラインハルトは寝ない。いや、寝ることは寝るな。ハガルやステラの添い寝であれば、寝るぞ」
「もしかして、ずっと、ハガルの添い寝で寝てるのですか?」
「まとめて寝させてる。一カ月寝なくても平気なんだと。それでも、妖精の力を使いすぎると、そうとう、疲れるみたいだから、こういうことがある」
かなり無茶なことをしたという。目に見えないことなので、わたくしにはわからない。
「あんなにキレるハイムントは、初めて見ました」
「怒るとな、見境がなくなるんだ。ステラが生きている間は、大人しかったんだけどな。ああいう大人しい子は、キレると本当に怖いな」
「………もう、大手を振って、ハイムントは帝国中をまわれるのですか?」
心配事はそこだ。ハイムントがいうには、男爵領の邸宅にある魔法具を作動させることで、ハイムントが妖精に狙われなくなるという。
移動先は、筆頭魔法使いの屋敷である。ここは、邸宅と同じく、色々な魔法が施されているという。実際に魔法が施されていない外に出ていないので、大丈夫かどうか、わからないから、心配だ。
「私としては、ラインハルトをここに閉じ込めたい。絶対、安全だからな」
「でも、ハイムントは嫌がっています」
「どうだ、ラスティは城に入るか? もしかすると、ラインハルトは閉じ込められてくれるかもしれないぞ」
「どっちがいいのでしょうか。閉じ込めるのと、危険かもしれない自由と」
ハイムントの幸せは、どちらなのか、わたくしにはわからない。
ハイムントを思う人々は皆、閉じ込めたがっている。それはそうだ。この屋敷に閉じ込めれば、寿命一杯、生きていられるのだ。外に出れば、ちょっと間違えれば、妖精に見つかって、問答無用でハイムントの寿命は盗られる。そうなったら、もう、笑い合ったり、喧嘩し合ったり、そういう当たり前のことが出来なくなるのだ。
「ガントという若者から、話を聞いたんだが、ラインハルトは随分と前から、ラスティのことを知っていたんだな」
「そういう話をされました。でも、わたくしが貴族のころ、ハイムントとは、話したことも、見たことすらありません」
これほど美しい人ならば、忘れない。偽装されていたとしても、何か、残っていそうに思う。
「ラインハルトに聞いてみるといい。私やガントの口から聞いたなんてわかったら、ラインハルトが怒るだろう」
「え、聞かないといけないのですか? 別に、聞かなくったって、いいでしょう。わたくしとハイムントは、皇族とその教育係りの関係ですよ」
「………ラインハルトは、そう長く生きない。無茶ばかりしている。領地戦でも、今回の件でも、ラインハルトは身を切ることばかりだ。明日には、死んでいてもおかしくないんだ」
「………」
膝の上には、あの美しい男が無防備な姿で眠っている。この光景は当然とは思っていない。だって、いつか、わたくしは城に閉じ込められる。ハイムントは、男爵領にいながら、裏では影皇帝をして自由気ままに生きているだろう、そう思っていた。
でも、そうではない。知ってしまった。ハイムントは、もしかしたら、わたくしが城に閉じ込められるよりも前に、別れることになるかもしれない。




