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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-妖精憑きを嫌悪する領地-
216/353

皇帝の英断

 私は沈黙した。どうせ、辺境の教皇フーリード様だって私が男と偽っていることに気づいていながら、黙っていてくれたのだ。そういう優しさのお陰で、私の秘密は守り通されていた。

 だけど、皇帝レオン様はそれを許してくれないだろう。この皇帝は、育ちが貧民だ。慈悲とかそういうものはないだろう。

 私は立ったまま、裁きを待った。

「おい、坊主、座れ。立ったままだと、俺様の首が痛い」

「は、はい」

 私は言われるままに、再び、ソファに座った。だけど、皇帝も、筆頭魔法使いも直視出来ない。私は、膝に置いた手をきつく握りしめた。

「それで、この坊主を囲ってる妖精憑きはどうするんだ? ただの野良の妖精憑きだって報告だが」

 一応、辺境の領地で起こった凶事は、皇帝レオン様にも報告されていた。筆頭魔法使いラシフ様の囁きだけで、レオン様は全てを理解した。

「恐れながら、私よりは強い妖精憑きだとは報告しました」

 辺境の教皇フーリード様は軽く頭を下げて言う。

「神殿行きの妖精憑きより強いって言ってもなー。魔法使いになれない、かといって、野放しには出来ないからと、神殿の神官やシスターになった奴らだ」

「レオン様、教皇は、魔法使いを引退した者しかなれません」

「そうなの? ふーん」

「一度、試験をするべきでしたね。今は王都の神殿にいると聞いています。すぐに、魔法使いを派遣します。あと、あなたはもう、城から出しません」

「せ、せめて、事後処理をやらせてください!!」

「領地民は殲滅。そなたの家族は処刑でいいでしょう」

「っ!?」

「見せしめには、丁度いい」

 筆頭魔法使いラシフ様の判断に、皇帝レオン様は同意する。

 私が恐れていた事が起きようとしている。本当に、あの領地民ども、アホなことしてくれたな!?

「どうか、お慈悲を!!」

 私は額を目の前の机に押し付けるようにして、頭を下げた。

「てめぇは、家でも領地でも、嫌われてるってのに、どうして庇う?」

 皇帝レオン様は理解出来ない、とでもいうように、大袈裟に両手を上げていう。そんなことまで、報告されてるんだ。辺境の教皇フーリード様のことは、もっと大事に扱おう。

「生かさず殺さずです」

 私は建前を口にする。そうじゃないけど、そう言うしかないのだ。

「なんだ、生きたまま、苦しめたいのか。だったら、そうしてやる。すぐに領地民全てを捕らえろ」

「領地民全てが、我が家に借金があります。それを返済するまで、私に逆らえないんです」

「どういうことだ?」

「元々、子爵家の借金は、領地に発現した妖精憑きを蔑ろにしたことが原因です。借金は確かに、母の実家が返済しました。しかし、責任は残ります。妖精憑きを救い出した時に、亡くなった母は、返済された借金全てを領地民のものと置き換えました。確かに、借金はなくなりましたが、返済したのは母の実家です。つまり、借金の証文は、母の実家が握っています。原因を作った者たちがのうのうとしていることを亡くなった母は許しませんでした。多額の借金を返済するまで、領地民たちは、貧しい暮らしをするしかありません」

 反省もしない領地民たち。領地の不作の原因を作っておきながら、解決しても、亡き母のことを蔑ろにしたのだ。しかも、妖精憑きを保護した、ということで、裏切者扱いである。この事に、亡き母はとうとう、怒った。



 領主代行を含めて、領地民の代表を呼び出し、亡き母マイアは脅迫したのだ。

 今回の領地での凶事を帝国に報告する、と。

 領地民たちは笑っていた。辺境の食糧庫としての自尊心が強すぎた。辺境では、辺境の食糧庫からの供給が切れると、大変なこととなるからだ。

「ここの領地民を全て、入れ替えてしまえばいいのよ。帝国に報告すれば、お前たちは家族ごと、殲滅されるわ。何せ、大事な大事な妖精憑きに害を加えていたのですから。お前たちはこの領地のことしか知らないでしょう。領地の外では、妖精憑きは、帝国の所有物。帝国の持ち物を傷つけることなど、帝国に逆らうことよ」

「我々がいなくなったら、誰が、辺境の食糧庫を支えるってんだ!?」

「帝国には人が多いの。椅子があいた、と言えば、代わりの人はすぐ座るわ。その話、貴族だけではないのよ。この領地だって、管理する者がいないというのなら、すぐに、代わりの人がやってくるわ。心配ないわ。私はきちんと、事後処理をしてあげる」

「このっ」

 領地民たちは力づくで亡き母マイアを黙らせようと迫ったが、妖精憑きキロンの力によって、それは防がれた。

 そうして、強制的に、男爵家が握る借金の証文によって、無利子による借金の返済を領地民に契約させたのだ。




 その事実を今回、表沙汰にした。子爵家、借金がなくなったわけではないのだ。いつだって、男爵家の気分で、借金は発現させられるのである。

「わかった。その借金は帝国が持とう。奴隷として領地民どもを売り払えば、借金もなくなるだろう」

 さすが貧民育ち!! 容赦のない処分を口にする。

「さすが私の皇帝!!」

 そんな容赦のない皇帝レオン様の提案を聞いて感動する筆頭魔法使いラシフ様。この人、皇帝レオン様のこと、好きすぎだよ!!!

「これで、心置きなく、お前も皇族の仲間入りだな。いやー、外で発現した皇族が俺様が生きている間に、もう一人出てくとはなー。俺と坊主は、仲間だ、仲間!!」

 皇帝レオン様は、無理矢理、私の手を握って、ぶんぶんと振り回した。物凄くうれしそうに笑っている。

 本心だろうか。私は皇帝レオン様の人となりを知らない。だけど、新聞などで語られる皇帝レオン様は、実は、恐ろしい人だ。

 貧民育ちだから、というわけではない。人として、容赦がないのだ。皇帝となってから、逆らう皇族を随分と殺したのは皇帝レオン様である。この人、戦争後も、皇族を殺しているのだ。貴族だって、貧民育ちの皇帝を認めないと、議会で大騒ぎとなった。そんな貴族も、議会の場で容赦なく、皇帝レオン様が殺したのだ。

 この皇帝には、理屈とか、そういうのは通じない。気分一つで、簡単に人を殺す。しかも、誰も止められないほどの腕っぷしと、筆頭魔法使いからの強力な守護だ。皇帝レオン様は、無敵だ。

 今、私は皇帝レオン様に譲歩してもらっているのだろう。言葉を間違えれば、皇帝レオン様の腰に下げている剣で、私はばっさり斬り殺されるだろう。

 私はごつごつした皇帝レオン様の手を強く握り返した。

「私は、男と偽るために、私を取り上げた産婆を口封じに殺されました。私を立派に育てた乳母は、家族ごと口封じで殺されました」

「いいか、命は平等じゃない。殺される弱者は切り捨てられる。それが現実だ」

「知ってます。口封じされた者たちの最後を私は見ていました。遺言だって聞いています」

「テメェを恨んでるって?」

「領地のことをよろしくお願いします、と」

「とんだ、善人だな!!」

 皇帝レオン様は大笑いした。口封じされた者たちは、皆、領地の外の者たちだ。私の誕生育成のため、領地で暮らすこととなった者たちである。

 まるで、善人のような遺言に聞こえる。

「嫌がらせですよ」

 そうじゃない。言葉を代えて言っただけである。

「口封じによって殺された彼らは、私を恨みをこめて見ていました。どうにか私に止めてもらおう、と縋ったんです。それを私は見捨てました。だから、最後に言ったんです。素晴らしい領主になってみろ、と」

「そういう恨み事をいう暇を与えるなんて、甘ぇなー」

「母は、善人でしたから」

 亡き母マイアは、善人だ。物凄い心の葛藤を抱えていただろう。逆らう領地民、男爵令嬢と蔑む夫には愛人までいた救ってやる、という気持ちでなければ、受け入れられなかっただろう。

「母は心を病んだんです。最後は、私が子爵の仕事をこなしていました」

「てめぇも心を病んでるわけだ」

「まっさかー。慈悲なんて、腹の足しにもなりません。たった一年、一年も、私は子爵家を乗っ取り返した父によって、色々とされました。いくら、妖精憑きが味方にいたって、何もないところから食べ物が出せるわけではありません。理不尽なことがあれば、暴力だってふるわれました。半分は血のつながりがある義兄と義妹には、石を投げられました。領地のためにと心まで病んだ母の持ち物は全て義母が奪いました。勉強になる一年でした」

「だったら」

「私の獲物です。横取りしないでください」

 私はさらに、皇帝レオン様が喜びそうなことを言ってやる。

 皇帝レオン様は、呆然となる。そして、狂ったように大笑いである。

「ぎゃははははは!! そうか、てめぇの獲物か!!! 悪かった、横取りしようとして。いいだろう、てめぇのやりたいように、俺が手助けしてやろう」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、私が皇族であることは、ここだけの話にしてください。私が皇族だと公表されると、子爵家が義兄のものになってしまいます」

「わかった!! 坊主が皇族だってのは、ここだけの話だ」

「あと、女だということも、黙っていてください」

「そこは、これから解決だ。おい、会場に戻るぞ。坊主は貴族用のドアから戻れ」

「だから、黙っていて」

「まあまあ、俺様にまかせろ」

 皇帝レオン様は、私の頭を乱暴に撫でて、部屋を出て行った。






 舞踏会はもうそろそろ終わりになりそうな感じだった。会場に戻れば、すぐに、婚約者ヘラにつかまった。

「ど、どこに行ってたのよ!? まさか、アーサーのあのダメ義兄に酷い事されたんじゃないでしょうね」

「ちょっと、外の空気を吸ってただけだよ。私のことなんか気にしないで、もっと、友達と無駄話してなよ」

「友達はいつだって会えるからいいの!! アーサーは、どうせ、この後、辺境に戻っちゃうでしょう。長期休暇じゃないと、なかなか会いに行けないんだから」

「結婚したら、いつだって会えるよ」

「そうね!!」

 笑顔で頷く婚約者ヘラ。政略結婚とわかっているのに、ヘラは真っすぐ、私に好意を寄せてくれる。私のために、男でありながら女装するヘラ。それは、役割だけで出来ることではない。

 もう、お友達との雑談は終わったというので、ヘラは私と一緒に、母方の祖父の元に戻った。

 母方の祖父は、ちょっと離れただけなのに、私をぎゅっと抱きしめた。

「恥ずかしいですが」

「滅多に会えないんだから、我慢しなさい」

「そうですね」

 母が亡くなって以来、身内からこういう抱擁を受ける機会がどんと減った。

 母を亡くなってすぐ、私は母の生家から一年、隔離された。たった一年、一年も、私は妖精憑きキロンに守られていた。それで、キロンに対して、私が何も感じないはずがないのだ。

 私は母方の祖父からの抱擁を強く返してから、離れた。

「もう、帰ってもいいんですよね」

「皇帝からの最後のお言葉をいただいてからだ」

「そうなんだ」

 あの皇帝、何をやらかすのだろう? 私は不安になった。

 この会場から逃げ出したいが、会場に入るのは簡単だけど、出るには、とても難しそうだ。きっと、ドアは開かないように、外側から施錠されているだろう。

 さらに不安にさせるのは、私の側に何故かいる辺境の教皇フーリード様。

「あの、どうしてフーリード様はここにいるのですか?」

 フーリード様の役割って、私の身上書を皇帝に運んで終わりだ。もう、私の側にいる理由はない。

「私がアーサーの側で、こうして、この子を抱っこしていないと、大変ですよ」

 フーリード様は、腕の中で膨れているティーレットを見せていう。そういえば、この子どもは一体、何者なんだろう?

 話し合いの場では、ティーレットについては、なにも語られなかった。それどころじゃなかったからね。私も皇族だと言われ、女だとバレて、他のことまで、頭が回らなかった。

 私はフーリード様の腕の中で大人しくしているティーレットの頭を撫でてやる。

「きちんと、家に帰るんだよ」

「ティーはずっと、アーサーの側にいる!!」

「いやいや、それは無理だろう」

 ティーレットはたぶん、妖精憑きだ。力を使っている所は見ていないが、言動がそう感じる。

 私の匂い付けしている妖精憑きキロンのことを筆頭魔法使いラシフ様よりも強い、と言い切るティーレット。なんとなく、ティーレットの正体は予想出来るが、あえて、知らないふりをした。知らないと言い張ってやる。

 魔法使いが大きな音を会場中に轟かせた。それには、楽しく歓談していた貴族たちは黙り込んだ。

「ここれより、皇帝陛下のお言葉である!!」

 魔法で、会場中に、筆頭魔法使いラシフ様の声が響き渡る。途端、きちんと礼儀を知っている貴族たちは膝を折った。礼儀を知らなくても、周囲が膝を折るのだから、それに釣られて、無知な貴族も膝を折った。

 瞬間で、帝国中の貴族が、皇帝に頭を下げたのだ。

 ちなみに、辺境の教皇フーリード様も、膝をついている。関係ない部外者なんだけど、空気読んだんだよね。だけど、腕から下ろしたティーレットの頭を抑え込んでいるフーリード様って、容赦ないな。

 それから、皇帝レオン様の声が、これまた魔法で会場中に届けられた。

「十年に一度の集まりはこれで、無事、終わった。帝国中の貴族が集まることなんて、十年に一度だけだ。だから、この場を持って、俺様は、女であることを公表する!!」

 どよどよと大騒ぎとなった。それはそうだ、皇帝が女だというのだ。

 えー、まっさかー。私は皇帝レオン様を思い浮かべる。いやいや、女じゃないよ。態度も悪いし、言葉も悪いし、何より、あの体躯は男だろう。

 皇帝レオン様は、わざわざ、貴族たちが見える場に立った。そんな皇帝が立った場は、皇族が着席出来る場所である。皇族たちは、驚いて、椅子から立って、皇帝レオン様を凝視した。

 皇帝レオン様の傍らには、筆頭魔法使いラシフ様が立った。何かしたのだろう。皇帝レオン様の姿が、瞬間、絶世の美女となったのだ。

「な、魔法で姿を偽っていたのか!?」

「貴様、皇帝は女ではなれないと知っていて、偽ったのか!!」

 皇族の男どもが口々に皇帝レオン様を罵った。

 皇帝レオン様、せっかくの美女だというのに、面倒臭そうに顔を歪めて、台無しにしてくれる。あ、この人、女でも、皇帝レオン様だな。

「やっかましぃ!! いいか、俺様は、先帝を殺して、皇帝となったんだ!!! 皇帝を殺したヤツが次の皇帝ってのは、帝国の法律でも決まってんだよ!!!! 悔しかったら、俺を殺してみろ!」

 皇族たちは、途端、黙り込んだ。ほら、皇帝レオン様の実力は本物である。でも、ここで口答えした皇族は、きっと、明日にはいなくなってるだろうなー。怖い怖い怖い!!!

 皇帝レオン様を立たせたままなのを許せない筆頭魔法使いラシフ様が、わざわざ椅子を持ってきた。レオン様、当然のように座って、綺麗な足を組んだ。

「帝国の法律ってのは、順番で重要度が決まっている。前に書かれていれば書かれているほど、権威が強い。男のみが皇帝となれる、というよりも前に、皇帝を殺した者が皇帝となれる、という法律がある。つまり、先帝を殺した俺様が皇帝だ」

「どうせ、寝込みを襲ったんだろう!!」

「俺様にだって、選ぶ権利がある。てめぇには、股は開かねぇな、ブタが」

「っ!?」

「先帝が俺様を戦場に連れて行った理由は、まさに、それだがな。俺様が拒否したら、戦場に放り込みやがった。生かしておいてやったというのに、身の程をわきまえなかったから、戦場で殺してやったんだ。女にやられるなんて、なっさけない男だったよ。そのブタは、俺様より強いんだろう。逃げるなよ。後で相手してやる」

 頭の悪い皇族は、逃げ道を塞がれた。あの男は、明日にはいないな。

 しかし、帝国の法律に、順位があるなんて、知らなかったな。ちょっと、勉強になった。後で法律を読み込もう。

「さて、帝国の法律にも、こういう落とし穴がある。それは、法律が変わったからだ。大昔は、皇帝は、男も女もなれたんだ。だが、途中、それを男に変更したのは、女帝だ。昔の女帝は大変だったんだろうな。だから、皇帝となれる者を男にしたんだ。だが、法律の順序を変えなかったのは、皇帝を殺せる女なら問題ない、という女帝の考えだ。だが、この法律のせいで、皇族の男どもだもだが、貴族の男どもも、腕っぷしも、頭も弱くなった」

 皇帝レオン様は、口だけの男の皇族と、会場でふんぞり返っている太った男の貴族を蔑むように見下ろした。

「俺様が戦場に立った時、男は役立たずばっかりだったぞ!! 最後は魔法使いが殲滅するから、なんて情けないことを言いやがった。だから、俺様は魔法使いを使わなかった。随分と人死にが出たが、帝国は勝利した!! いいか、ただの人の力だけで、戦争には勝てるんだ!!! 戦場で死んだ奴らは皆、弱い、口だけの男ばかりだ!!!!」

 そして、顔を背ける皇族の男たちを皇帝レオン様は見る。

「そして、戦場にも出られない腰抜けがここに残った!! 帝国は弱肉強食だってのに、弱い奴らがここに残るなんて、おかしいだろう!!! だから、俺様は法律を変えることにした。女でも、皇帝になれる、女でも、爵位を受け継げる、女でも、跡継ぎになれる!!!! 女ども、頭の悪い男は、使い捨てにしてやれ。ちょっとおだててやれば、すーぐに言いなりだ。腕っぷしがないなら、その頭を使え。男ども、惚れた女一人守ってやれないなんて、とんだクソだな。男ならば、惚れた女の代わりに戦え!!!」

 皇帝レオン様の突然の宣言に、宰相と大臣たちは立ち上がり、拍手した。その拍手は、会場のあちこちで起こり、最後は、大喝采となった。

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