王都への旅立ち
王都までの移動は、てっきり馬車かと思っていた。普通はそうなんだ。
私の父、義母、義兄、義妹は、勝手に用意された豪奢な馬車に乗り込んでいた。私じゃないから。だって、子爵家には、それなりの馬車があるから、それで移動と思っていた。
豪奢な馬車は、移動中、揺れさえ感じさせない、特殊な魔法具なので、かなりお高い。かなりの金持ちでないと、まず、この馬車を所有すら出来ない。
「俺の友人が、我が家の窮状を知って、貸してくれたんだ」
そんなすごい馬車を貸してくれたというのは、義兄リブロの学友だという。
「いくらですか?」
「友達価格だよ」
そして、当然のように私に請求書を差し出してくれる。おう、いい値段だな!!
「この馬車、四人乗りなんだ」
「じゃあ、招待されていない義母は降りてください」
「そういうお前は、その妖精憑きをどうするんだ?」
「離れない!!」
嫌がらせには嫌味で返してやったら、また、妖精憑きキロンが裏切りやがった。軽い冗談なのに。
「友達価格ねえ。こんないい馬車を所有しているのに、金をせびるなんて、ケチ臭い貴族ですね」
「友人だからこそ、こういうことはきちんとしないといけない。これだから、貴族の学校に通っていないお前は、勉強不足だな」
「社交もしてませんから、友達すらいませんけどね」
「寂しいヤツだ」
さらに自らを泥沼に落とすようなことを平然と口にする私を嘲笑う義兄リブロ。痛くもかゆくもないけどね。
「これで、義兄が爵位を継げないとわかっても、友達であれば、本物ですよね」
「っ!?」
そして、怒りやら羞恥やらで顔を真っ赤にする義兄リブロ。ははーん、将来は子爵だから、なんて言って、お友達関係を築いたな。私に万が一のことがあれば、義兄リブロが爵位を継げるけどね。
そんなこと、男爵家も、伯爵様も許さないけど。
男爵家とも、伯爵様とも関わったことがない義兄リブロはわかっていない。関われるはずがないのだ。男爵家も、伯爵様も、義兄リブロのことをそこら辺のゴミカスとしか見ていないのだから。視界にすら入れてないだろうな。
父にも、義母にも、義兄にも、義妹にも、余計な情報は明かさない。私は丁寧に請求書を折りたたんで、妖精憑きキロンに渡した。
「帝国に請求しましょう」
「な、なんだと!?」
「あっれー、貴族の学校に通っているのに、知らないんですか。十年に一度の舞踏会にかかる費用は帝国持ちですよ。名だけ貴族だって参加出来るように、帝国から手厚い援助があるんだけど、知らないんだー。ただ、これをやると、我が家は金がないって、義兄のご友人に伝わりますね」
「っ!?」
わかっちゃいないな、義兄。子爵家に無駄金を使わせようなんて、私が許さない。
「こ、これは、子爵家として借りたんだ!!」
「私は知りません」
「血が半分とはいえ繋がっている私の顔を立てろ!!」
「だったら、あなた方の予算から支払えばいいでしょう。ちょうど、一年分の予算がこの請求書で尽きますね」
「なんだと!?」
「そんな!?」
悲鳴をあげたのは、父と義母である。
何もしないと、面倒なことをするので、私は父と義母、義兄、義妹には、それなりの予算を与えている。ただし、まとめてだ。しかも、社交に必要なだけの予算である。
「貴族の学校に通っているのだから、社交、必要ないでしょう」
「アタシはどうなるんだよ!?」
悲鳴をあげたのは、義母リサだ。平民とはいえ、子爵夫人だ。その立場を利用して、リサは無駄に社交していた。いらないのに。
「子どもが頑張っているんです。応援してあげてください」
「アタシにも立場ってもんが」
「領地で茶会なんかしないでくださいよ。ただでさえ、妖精憑きを嫌悪する領地、ということで、周囲からは冷たく見られてますから」
「っ!?」
「私は子爵家の馬車で移動します。良い旅を」
私は御者に合図する。この御者だって、義兄の友人の借り物だ。とても気まずい、みたいな顔をして、御者は馬車を走らせた。
「バカだなー。子爵家の馬車で行けば、余計な金はかからなかったのに」
「あんな奴らと、三日も一緒じゃないなんて、嬉しい!!」
大喜びの妖精憑きキロン。私の後ろから抱きついてきた。
「三日ねー。さて、神殿に移動しましょう」
「なんで?」
「フーリード様に呼ばれているから」
帝国の舞踏会三日前だというのに、私は辺境の教皇フーリード様に呼ばれていたのだ。キロンは不貞腐れた顔をしながらも、馬車に荷物を乗せてくれた。ちなみに、馬車を操るのもキロンだ。私に関わることだから、キロンは絶対に、他の奴らにはやらせない。
「留守番はよろしくお願いします。特に、母の私室は気をつけてください」
私は屋敷にいる男爵家からやってきた使用人たちや家令に声をかけた。皆、深く頭を下げた。
神殿に到着すれば、辺境の教皇フーリード様が待っていた。わざわざ、馬車のドアまで開けてくれる。
「わざわざ、ありがとうございます」
「ようこそ。キロン、大人しくしているね」
「………」
妖精憑きキロンは無言でそっぽ向く。相変わらず、キロンは他の妖精憑きを敵視しているな。
キロンの態度に、これっぽっちも気にしない辺境の教皇フーリード様。さすが、器が大きい人だ。でなければ、教皇になれないよね。
馬車から降りると、何故か、馬車に積まれた荷物がどんどんと運び出されていった。ここで一泊するつもりはないんだけど。
「私も、王都に行くんですよ」
「なるほど」
フーリード様、神殿の馬車で連れて行ってくれるつもりなんだ。神殿の馬車もまた、魔法具である。揺れないんだよな。
フーリード様の後をついて、神殿の奥に移動する。
神殿は、私のようなただの人が入れるのは、お祈りや説教を聞く集会場くらいである。神殿の奥は、神官やシスター、あとは、神殿に預けられている人くらいが入るだけだ。ただの人が神殿の奥に入るということは、何かしら問題があるということである。だいたいは、妖精に呪われるか、人としてどうしようもないか、家の事情で外にだせないような人たちが神殿送りと呼ばれ、神殿の世話になるのだ。
だから、私が神殿の奥に入るのは初めてだ。えー、私、神殿送りにされちゃうようなこと、してないけど。呪われてないし。
ちなみに、妖精憑きキロンは、神殿の奥に入ったことがある。ほら、辺境の教皇フーリード様から教育を受けているから。キロンはその時、神殿の奥で教育を受けていたのだ。
私は不安になりながらも、フーリード様の後についていく。一応、神殿の奥から、年に一度くらい一般公開されている辺境の聖域に連れて行かれた。
聖域には、何故か、荷物がそれなりに置かれていた。そこには、我が家の荷物が紛れ込んでいる。
フーリード様は人のいい笑顔を妖精憑きキロンに向ける。
「助かりました。私では、聖域の移動は出来ないので、馬車を使うしかありませんから。キロンであれば、聖域を通して、一瞬で王都まで飛べます」
「えー、俺がやるのかよー」
心底、イヤそうな顔をするキロン。
聞いていない話である。私は馬車で移動するものと思っていたのだ。私はフーリード様を見返した。
「さすがに三日も馬車に揺られて移動はきついですから、助かりました」
「え?」
「キロンに命じてください。キロンは力の強い妖精憑きですから、聖域間の移動が出来ます」
「え?」
もう、疑問符しか出ない。知らない話だ。
妖精憑きのことって、ただの人はそこまで知らない。平民はもちろん、下級貴族だって、知らないことのほうが多い。むしろ、妖精憑きは名前だけで、深く関わることはないのだ。だって、妖精憑きは帝国の持ち物である。生活の上で、妖精憑きに関わることって、死ぬまでない人がほとんどだ。
私はキロンを見た。キロン、誉めてほしそうに笑顔である。
「アーサーの頼みなら、やってやるよ!!」
「やってもらったほうが、話は早いですよ」
「………わかりました」
確かに、キロンに命じたほうが早いな。妖精憑きの魔法なんて、理屈じゃないから。
「キロン、王都まで、よろしくお願いします。あ、荷物もですよ」
「わかった!!」
そう命じた途端、聖域が清浄な光りを放った。
気づけば、辺境とは違う聖域にいた。辺境はちょっと、あれだ、荒れた感じだけど、ここは、豊かな感じがする。
キロンは私の命令通り、荷物も運んでくれたようである。だけど、人は私、キロン、辺境の教皇フーリード様のみだ。この荷物、誰が運ぶんだろう?
どうしよう、と困っていると、また、別の所から神官やシスターがやってきて、荷物をどんどん運んでいく。神官やシスターは妖精憑きだ。聖域に何かあったことを感じて来たのだろう。
「心配いりません。こちらの教皇には、話を通してありますから」
悪戯っこみたいに笑っていうフーリード様。さて、どの話かなー?
荷物を運び出されるのを眺めながら、ふと、大変なことに気づいた。
「そういえば、父たちの荷物、こっちの馬車に運び込んでたな」
義兄がお友達から借りたという馬車、豪奢なくせに、荷物がそんなに入らなかったのだ。仕方なく、乗り心地最悪だけど、荷物はいっぱい入る子爵家所有の馬車に乗せたのだ。
宿の予約は、きっと、家族四人分で、私は入ってないんだろうなー。
「子どもみたいなことをするから」
私は笑うしかない。大人しく、私と一緒に行動していれば、今頃、王都に一緒にいただろうに。荷物がない状態で、あの父たちはどうするのやら。
手助けしよう、なんて私は思わない。だって、私は置いていかれた上、荷物番にされたのだ。私は悪くない。
「王都の宿の空はあるかなー」
「私と一緒に、神殿に宿泊出来ますよ。今回のお礼です」
私の心配に、フーリード様は笑顔で解決してくれた。いや、解決じゃないな。
私は後ろから妖精憑きキロンに抱きつかれた。
「俺のだからな!!」
「失礼なことするな!!」
私はキロンの腕を振り払い、キロンの顔を殴った。
私が悠々自適に三日間、王都で過ごしている間、父、義母、義兄、義妹は大変だったのだろう。ほら、金銭も私任せだったから。
王都での宿泊施設の場所は知っていた。予想通り、私の分は入っていなかった。私はその宿泊施設に手紙をお願いしたのだ。そして、領地を発ってから三日後に、神殿の前で待っていれば、ボロボロな姿の父たちと対面したのである。
「どうして後から来ないんだ!!」
「置いてかれたからです」
「っ!?」
「だいたい、どの街で宿泊するか、教えてくれなかったじゃないですか。私が知っている情報は、王都の宿泊施設だけです。しかも、予約は私の分が入っていないとか」
怒りで顔を真っ赤にする父ネロ。だけど、言い返せない。大勢の王都民が興味津々と見守る中、正論をぶちまけられたので、第二の手段である暴力に出られなかったのだ。
神殿の表の騒ぎに、辺境の教皇フーリード様が出てきた。
「アーサーは大変でしたよ。王都の宿泊施設は予約でいっぱいで、泊まる場所もないから、神殿で泊まることとなりました。アーサーの分の予約でもあれば、そこに泊まれたというのに」
見るからに教皇だとわかるフーリード様がいうのだ。野次馬の皆さんは、父ネロに批難の目を向ける。
「こちらの、手違いだ。人数を間違えただけだ。それよりも、お前がいないから、結局、俺たちは野宿となったじゃないか!!」
「置いてかれたから、仕方がありません。生まれてこのかた、辺境から出たことがない私が困っていると、神殿が救いの手を差し伸べてくれました。神と妖精、聖域の慈悲に感謝します」
神殿に向かって、私は敬虔そうに祈った。いやー、日頃の行いって、大事だなー。
見るからにお家騒動である。野次馬たちは、他人の不幸を面白く眺めている。その中に、義兄リブロは知り合いを見つけたのだろう。無理矢理、中心に引っ張り込んだ。
「俺の友人の顔まで潰してくれて。宿泊施設は全て、友人が用意したものだ。友達価格で、格安に、としてくれたというのに」
「………」
何故か、義兄のお友達は、私、というよりも、神殿から顔を背けていた。何か問題でもあるのだろうか、と私は振り返ってみれば、剣呑となった辺境の教皇フーリード様を見ることとなった。
「呼び出す手間が省けました。話は全て、アーサーから聞きましたよ。馬車の費用を請求したのですよね。こちらに、請求書があります。あなたの家紋つきです」
「っ!?」
義兄のお友達は、義兄を振り払って逃げようとしたが、見えない何かに地べたに這いつくばらせられた。それは、野次馬の中にいる、義兄のお友達の家族もだ。この事に、野次馬たちは、遠巻きとなった。
「神殿は、無償で馬車を二台、お貸ししました。ご友人と一緒だという話でした。無償で貸したというのに、ご友人に費用を請求するとは、どういうことですか」
フーリード様の言葉に、ガチガチと歯を鳴らして震える義兄のお友達。これは、大変なことをしたな。私は義兄のお友達から少しでも距離をとろうと離れた。あんなのに関わってはいけない。
「まさか、神殿を騙したのか」
「なんてことだ!?」
「妖精の復讐を食らうぞ」
「おい、離れろ!!」
野次馬であった王都民たちは、神殿周辺からいなくなった。
取り残されたのは、事の恐ろしさがわからない父、義母、義兄、義妹と、神殿を騙した義兄のお友達家族である。神殿からは、武具を纏った聖騎士たちが出てきて、見えない何かに地べたに這いつく人たちを拘束する。
「まだ、金銭が発生していませんから、妖精金貨は未発となりました。ですが、あなたがたは妖精憑きを騙しました。その証拠も、私の手の内にあります。神殿の判断により、お前たちから貴族位を剥奪します!! 妖精の復讐が起きているかもしれません。念のため、神殿の地下牢に入れてください」
流れるように、その場は治められた。
まだ、現状を理解していない義兄は、私を何故か睨んできた。そんな、これ、私のせいじゃないのに。
「あれほどの魔法具の馬車を所持するのは、よほどの貴族です。ですが、見たところ、義兄のお友達の身なりは大したものではありませんね。何より、あれを所持出来るほどの資産家であれば、王都には、別邸を持っているものですよ」
「そ、それは」
「神殿所持の魔法具の馬車ですが、元は子爵家のものでした。王都の屋敷を処分する時、少しでも善行をと神殿に寄贈したんです。辺境の食糧庫と呼ばれるだけあって、昔の子爵家、資産家だったんですね。それを底辺まで落としてくれたのは、義母の生家ですよ」
「………」
何も言い返せない義兄リブロ。もっと友達を選べ。
私は改めて、辺境の教皇フーリード様の前に膝をついた。
「今回は、我が家もご迷惑をおかけしました。僅かではありますが、お受け取りください」
私が合図を出せば、家令の顔になった妖精憑きキロンが、金貨の入った袋を出してくれた。袋の中に入った半分の金貨をフーリード様の側に控える神官に手渡した。
「な、何をっ!?」
「私の家族も、妖精に呪われているかもしれません。しばらく、お世話になります」
「お前!!」
とうとう、怒りで頂点に達した父ネロが、私につかみかかった。
殴れるかどうか、という所で、ネロは見えない何かによって吹き飛んだが。吹き飛んだネロは、義兄リブロの真上に落とされた。
「神殿の前で暴力沙汰とは、野蛮な」
「すみません、辺境では、こういうのが日常茶飯事ですから」
これまた、綺麗な人が神殿から出てきて、蔑むようにネロたちを見下ろした。そんな彼の隣りで、いつもの穏やかな笑顔を浮かべるフーリード様。二人とも、同じような服を着ていることから、神殿から出てきた人も、教皇なんだろう。
「もう立ってください。キロンに恨まれてしまいます」
「あ、はい」
「触るな!!」
私を立たせようと手を差し出してくれるフーリード様の間に、キロンが割り込んだ。さっきまで、立派な家令の姿だってのに、これで台無しだ。
私は自力で立つなり、キロンの顔を殴った。
「我が家の者が、神殿に対して、大変、失礼しました」
「話は聞いている。お前が妖精憑きのお気に入りか。私は、王都の教皇ヘクセンだ。以後、膝をつかなくていい」
「私は、子爵家子息アーサーと申します」
「………」
何か言いたそうな王都の教皇ヘクセン。だけど、私の後ろで睨みをきかせている妖精憑きキロンによって、それ以上、何も言わなかった。




