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皇族姫  作者: 春香秋灯
男装の皇族姫-妖精憑きを嫌悪する領地-
211/353

迫害された妖精憑き

 私は普通にソファに座るつもりだった。なのに、私は妖精憑きの男の子の膝に座らされたのである。後ろから、私が落ちないように腕を回す妖精憑きの男の子。

 は、恥ずかしい。私、それなりにいい年齢だ。自分のことは自分でやりなさい、と母マイアには厳しく躾けられている。なのに、妖精憑きの男の子は、当然とばかりに、私を膝に乗せるのだ。

 周囲の反応は色々だ。母マイアは、苦笑している。相手が妖精憑きだし、昨夜、色々とあったので、手出しも口出しもしない。

 辺境の教皇フーリード様は、ニコニコと笑っている。こちらは、内心が読めない。

 一晩で、すっかり憔悴してしまった父ネロは、汚らわしいとばかりに、妖精憑きの男の子を睨んでいる。そんな風に見てるけど、昨日の父の姿は、私にとって、汚らわしい存在である。だから、私から父への視線は冷たい。

「ネロ、マイア、妖精憑きの保護、ありがとうございます」

 まずは、フーリード様は建前を口にする。

 今回、平民の子どもが妖精憑きだったことがわかった、という体をとって、妖精憑きの軟禁や虐待をなかったことにしたのだ。

 妖精憑きは本来、帝国のものである。その妖精憑きを見つけるには、儀式を行わなければならない。帝国では、お祝い金をエサに、生まれたばかりの赤ん坊に儀式を受けさせるのだ。そうして、妖精憑きを見つけ出す。

 しかし、子爵家の領地民たちは、大昔のことから、妖精憑きを忌避している。結果、誰も儀式を受けないのだ。

 儀式を受けないことは、罪にはならない。そこは、自由なのだ。妖精憑きだとわかると、取り上げられてしまうので、わざわざ、儀式をしない家庭だってあるのだ。

 様々な事情から、妖精憑きかもしれない子どもがただの人の中に紛れ込んでしまうが、帝国にとって些事だ。ほら、帝国は人が多すぎる。妖精憑きは、帝国中から小さな針を一本探すようなものなのだ。

 しかし、妖精憑きを虐待したことは、大罪である。しかも、領地全体で行われた事だ。この事が表沙汰になれば、帝国は領地ごと、処罰しなければならない。

 そうならないように、母マイアが辺境の教皇フーリード様に嘆願したのだ。なのに、父ネロは本当にわかってないなー。

 事情がわかっていないのは、妖精憑きの男の子もだ。私から離れない、とばかりに、強く抱きしめてくれる。

 建前の挨拶が終わり、続くのは、聞き取りである。

「では、発現した妖精憑きについて、知っていること全て、ここで話してください」

 母マイア、私、辺境の教皇フーリード様の視線が私の父ネロに集中する。昨日の今日で、私もマイアも、この妖精憑きの男の子の身の上を調べられなかった。調べられたとしても、領地民からも、父ネロに味方する使用人たちからも、何も語られないだろうけど。

 父ネロは、偉そうにふんぞり返った。立場が上だと勘違いしているな。

「さて、どう説明すればいいのやら」

「まずは、名前を教えてください」

「そんなもの、ない」

「年齢は?」

「いつの間にか、いたな」

「ぜひ、謝礼を払いたいので、この妖精憑きの家族を教えてください」

「随分と昔に、領地から出て行ってしまったなー」

 とぼけているのか、それとも、それが本当なのか、父ネロの返答は、私が聞いていても、最低最悪だ。

 だけど、この返答を予想していたのか、辺境の教皇フーリード様は穏やかに笑ったままである。

「この領地の不作は、十年以上前のことですね。つまり、それほど前から、妖精憑きを隠し持っていたということですね」

「たまたま、今回、見つかったんだ!! 他の妖精憑きのことなんぞ、知らん!!!」

「建前は抜きで話しましょう」

 フーリード様の笑顔が消える。剣呑となるフーリード様に、父ネロは恐怖を感じる。

 フーリード様、やっぱり怒ってたんだな。妖精憑きが虐待を受けていたから、というわけではない。子どもが虐待を受けていたからだ。フーリード様は優しい方だから、この事実に怒っているのだ。

 フーリード様は席を立ち、父ネロの後ろに立つと、ネロの両肩をがっしりとつかんだ。

「別に、力づくで口を割らせてもいいのですよ。帝国に秘密裡に報告すれば、それに長けた者がここに派遣されます。この領地の運営は、奥方がされていますね。別に、あなたは寝たきりでいいですよね」

「本当に知らん!! いつの間にか、あそこに閉じ込められてたんだ!!!」

 叫ぶ父ネロ。逃げたくても、何か別の力が働いて逃げられないから、真っ青になって震えるしかない。

 父ネロの声を聞くと、私を強く抱きしめる妖精憑きの男の子。振り返って見れば、憎悪をこめて、ネロを睨んでいた。

 大した情報を持っていない、と辺境の教皇フーリード様はわかったようだ。すぐに、席に戻った。続いて、私のほうを見るようにして、妖精憑きの男の子に笑顔を向ける。

「では、この子に聞きましょう。名前を教えてください」

「ない!!」

「年齢は?」

「知らない!!」

「親兄弟は?」

「気づいたら、いなかった」

「あの小屋には、誰が閉じ込めたのですか?」

「ここにいる奴らだ!! 妖精憑きだって言って、父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも姉ちゃんも、俺を家から追い出したんだ」

 悲しいことを平然とした顔で答える妖精憑きの男の子。そして、私のことを愛情をこめて見下ろしてくる。

「俺は、アーサーさえいればいい。家族も、友達も、もう、いらない!!」

「家族も友達も作ろうよ!!」

 思わず、私は叫んでしまう。私だけしかいらないって、それはダメだ。

「なんで?」

 とても不思議そうに首を傾げて、私を見下ろした。

「家族はまた、作ればいいんだ。君が父親になって、子を持てばいい。友達だってそうだ。同じ妖精憑きだったら、友達になれる。諦めちゃいけない」

「諦めるなんて、そんなことない。いらなくなっただけだ」

「諦めてるんだ」

 妖精憑きの男の子がわざわざ家族と友達を口にしたということは、あの小屋にいる頃には、望んでいたのだ。

「アーサー、妖精憑きで、そう言ってしまうのは、よくある話ですよ」

 ところが、同じ妖精憑きである辺境の教皇フーリード様が妖精憑きの男の子の言葉に同意する。

「この子にとって、アーサーが全てです。家族や友達、恋人がいても、あなたは特別なんです」

「そんなのって」

「アーサー、だから、この子の存在を受け入れてください。それだけで、全てが解決します」

「全てって」

「この領地は、これからずっと、豊作になります」

 バカバカしい、と笑い飛ばしたかった。

「それじゃあ、私が、この妖精憑きのものになれば、全て解決するみたいですね」

「しますよ。この領地の原因不明の不作も、帝国の裁きも、全て」

「そんなバカな話、ない。だいたい、この不作は、百年近く続いている。どう見たって、罪のない妖精憑き一人を死なせている」

 いくら私が子どもでも、領地の現状は母マイアから聞いて知っている。

 過去の収益の記録から、妖精憑きへの虐待は、少なく見積もっても、先代当主の若い頃から続いていると計算された。だけど、小屋に隠されていたのは、妖精憑きの男の子一人だ。もう一人、老人の妖精憑きがいるだろう、と私と母マイアは予想したのに、現状を見て、内心、絶望した。

 妖精憑き一人を不幸にすることで、領地に緩やかにだが、大きな影響を与えたのだ。その果てに、死なせたとしたら、とんでもない天罰があるだろう。

 そう予想したから、さっさと神殿に報告したのだ。でなければ、隠し通していた。妖精憑きを隠し持っているのは見逃してもらえるが、妖精憑きを虐待し、領地が天罰を受けていたなんて、帝国は許してくれない。そのまま、放置していたら、被害は領地外に広がっていたかもしれないのだ。

 ただの人としての危惧を辺境の教皇フーリード様は悟ってくれた。妖精憑きはとても頭がいい。口で説明しなくても、気づいてくれる。

 辺境の教皇フーリード様は私に優しく笑いかけてくれた。

「妖精憑きを人の物差しではかってはいけません。ネロが言っていることは正しい。この妖精憑きが言っていることも正しい。名前はないのでしょう。年齢もわからないのでしょう。そして、気づいたら、小屋にいた、ということも事実でしょう。ネロ、正直に答えてください。妖精憑きは、あなたが生まれる前から小屋にいたんじゃないですか?」

「………そうだ」

「っ!?」

 父ネロの答えに、私と母マイアは絶句する。想像を越えた話だ。

 私を膝に座らせて、後ろから抱きしめる妖精憑きは明らかに子どもだ。私よりは年上だが、見るからに子どもなのだ。

「どうやら、私の手の内だけで問題解決出来そうにないですね」

「時間をください!!」

 母マイアが頭を下げて頼んだ。マイアは、この保護した妖精憑きが、タダものではない、と気づいた。

 大変なことになった。私は妖精憑きの男の子の膝から降りた。

「この、変態!! 子どものふりして、私を膝に置くなんて、父上と同じ所業だ!!!」

「あ、アーサー?」

「可哀想だから、と同じベッドで眠ったが、それは同じ子どもだと思ってたからだ。大人だと知っていれば、同衾なんか許さなかった!!!」

 怒りしかない。私は妖精憑きの男の子から離れて、母マイアの横に座った。そんな私を絶望したみたいに目で追う妖精憑きの男の子。くっそー、見た目子どもだから、騙された。

 そんな私の反応に、唖然となる辺境の教皇フーリード様。そして、噴き出した。

「あはははは、これはまた、一筋縄ではいかないね!!」

「笑いごとじゃない!! こいつ、子どものふりして、私を油断させて、何かやろうとしてたんだ!!」

「そうだ、妖精憑きなんて、ろくなモンじゃないぞ」

「父上は黙っていてください。その妖精憑きに汚らわしい事しておいて」

 まだ、私の中で、父ネロの所業は許していない。一生、ネロのことは軽蔑するだろう。

 フーリード様は笑いのツボにはまったようで、しばらくお腹をかかえて笑っていた。そして、笑いがおさまると、晴れ晴れとした表情を見せた。

「この妖精憑きの今後は、アーサーに任せましょう。帝国が口出ししても、解決方法は処罰のみです。かといって、大人全て、この子にとっては恐怖や憎悪の対象でしょう。だったら、子どもであり、気に入られているアーサーに任せるべきでしょう」

「そんなぁ!!」

 とんでもない判断に、私は悲鳴をあげた。子どもに任せるって、どうなの!?

「アーサーの危機管理はしっかりしています。間違いが起こることもありません。一応、私のほうから、助言をしますが、それで十分ですよ。紙とペンをください。最低限の指示書を置いておきます」

 こうして、この見た目子どもの妖精憑きの管理は、まだ十歳未満の子どもである私に丸投げされた。







 辺境の教皇フーリード様からの指示書だけでも、助かった。何もなしで、この妖精憑きを任されても、私も母マイアも、右往左往するだけだ。

 辺境の教皇フーリード様が神殿に戻るために馬車に乗って去っていくのを見送ってから、私はフーリード様お手製の指示書に目を通した。

「まずは、名前ですね。いくら大昔のことといえども、親からつけられた名前くらい、覚えているでしょう。答えなさい」

 もう、命令だ。

 妖精憑きはというと、椅子に座る私の目の前で地べたに正座である。私はまだ、この変態を許していない。いくら被害者とはいえ、私は第三者なんだ。思い返すだけで、怒りで頭が痛くなる。

 捨てられた子犬みたいに私を見上げる妖精憑き。

「名前、忘れた。俺、ガキだったし」

「誰かが、あなたの名前を呼ぶことはありませんでしたか?」

「みんな、俺のこと、こいつ、とか、お前、とか呼んでいた」

 身もふたもない話だ。実際、そうなんだろう。妖精憑きを忌避する領地民たちは、名前も口にしなかったのだろう。

「だったら、妖精に聞いてみてください」

 しかし、私は容赦しない。お前が忘れていても、妖精は知っているはずだ。生まれた時からずっと側にいるのだから、親兄弟に名前を呼ばれていたことは確かだ。

 妖精憑き、私に言われて気づいた。しばらく、虚空を見て、何から会話している。ぱっと笑顔を見せるから、妖精が教えてくれたのだろう。

「教えたくないって!!」

 違った!! 妖精って、正直なわけではない。言いたくないことは言わないんだよね。

 まあ、妖精の気持ち、なんとなくわかる。この妖精憑きを捨てた親がつけた名前なんて、呼んでほしくないよね。妖精憑きが忘れたのなら、それでいい、と妖精たちは考えたのだ。

 私は辺境の教皇フーリード様がくれた指示書を思い出す。まずは、呼び名をどうにかしないと。

「このまま、妖精憑き、と呼ぶわけにはいかないから、呼び方を考えないと。どう呼んでほしい?」

「アーサーが決めた名前でいい!!」

 丸投げされた。それが一番、面倒臭いし、責任重大だ。

 私はじっと妖精憑きの男の子を見下ろした。よくよく見れば、綺麗な男の子だ。ただ、性別を越えているような気がする。

 だからといって、父ネロがやった所業が許されるわけではない。

 まだ子どもで、閨の教育なんて、表面上しかされていない私は、とんでもないトラウマを植えつけられた。

 目の前にいる妖精憑きを気持ち悪いものと見てしまいそうになる。それが表に出てしまって、妖精憑きは泣きそうな顔になった。だけど、余計なことは言わない。黙って、私の審判を待っている。

 領地のためにも、この妖精憑きを受け入れなければならない。だから、私が出来ることは、ただ一つである。

「よし、名前をポチとしよう」

「犬猫扱い!!」

 仕方ない。人と扱うには、父と妖精憑きが絡んでいる光景は衝撃的すぎた。だったら、妖精憑きを飼い犬飼い猫扱いするしかない。

 だけど、単純な名前は良くないな。犬猫でも、色々と名づけられている。

「母上の実家に、昔、キーロットそう呼ばれていた犬がいたな。よし、キロンにしよう。」

「………」

「私が初めての名づけなんだが、気に入らない?」

「気に入った!!」

 犬関係だが、私の初めてと聞いて、妖精憑きキロンは、笑顔で頷いた。

 さて、名づけは終了、と私は指示書に、妖精憑きの名前をキロンと書いた。次だ次。

「次は、その姿だ。実際は、きちんと大人なんだから、大人になれ」

「いやだ」

 強く拒絶する妖精憑きキロン。

 キロンの年齢は不明だが、辺境の教皇フーリード様の予想では、百歳近いという。力が強い妖精憑きは、その見た目も自由自在だ。キロンは、かなり強いようで、実は、フーリード様では手に負えないという。だから、私に丸投げされたのだ。

 しかし、私は見た目子どものキロンを側に置いておきたくない。この見た目でも、年齢的に許されないことを私はされたのだ。

「キロンは、もう、私は女だとわかっているな」

 アーサーなんて男みたいな名前をして、男の恰好をしている私だが、実際は女だ。同じベッドで寝ていたから、キロンだって気づいただろう。だって、見た目は子どもでも、実際は大人なんだ。私を抱きしめて眠ったのだから、キロンはわかっている。

 キロンは首を傾げた。

「見ればわかることだ」

「ただの人にはわからないことなんだよ。私は、子爵の跡継ぎとなるために、出生届を男と偽ったんだ」

 良かった、先に言っておいて。私は、キロンに、私自身の立場を説明した。





 帝国では、貴族も平民も、跡継ぎは男児しかなれないのだ。それは、弱肉強食ゆえである。女は、子を育むこともあり、どうしても、守られる側となってしまうからだ。

 子爵家は、男爵家との契約により、マイアの子を跡継ぎにしなければならないのだ。なのに、誕生したのは、女の私だ。

 だったら、もう一人産めばいいだろう、なんて普通なら考える。しかし、母マイアは私を出産したことで、もう二度と、子が為せない体となってしまった。

 二人目が不可能、と早々にわかった男爵家は、仕方なく、私を男児と偽って育てることにしたのだ。

 そのために、まず、出産に携わった者たちは秘密裡に処分された。

 そして、私が一人で身の回りが出来るようになると、私を育てた乳母とその家族が処分された。

 そうして、どんどんと私が女であることを知る者たちは、私を産んだ母と男爵家、あとは、子爵家を生き残らせることを命じた伯爵様が知るだけとなったのだ。

 実は、私の父ネロは、私が女であることを知らない。男爵家も、伯爵様も、ネロのことを信じていなかった。だから、私とネロは距離をとって接していた。

 こうして、私が女である秘密は隠されたのだ。

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