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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-皇族姫の一番星-
21/353

教会

 領地戦中止後、しばらくは、帝国各地が騒がしくなった。妖精の呪いの刑を貴族が受けたのは、実は久しぶりのことだった。最果ての地を蹂躙した貧民王に組みした貴族たちに執行されて以来だ。今回は、最果ての地の領主であるため、また最果てが、と言われた。こうして、どんどんと最果ての地は悪名高くなっていく。

 対して、海の貧民街に接する領地である男爵領は、領地戦が中止となったことで、運が良い、なんて言われた。戦力なんてまるでなさそうな領地だ。しかも、男爵は貧民上がりの若造だ。領地戦を仕掛けた伯爵は侯爵まで味方につけて攻めていったのだ。それにも関わらず、運良く、被害もなく、途中、妖精が視認化し、大量発生するなんて現象が起こって、領地戦を中止することとなったのは、何か、神が味方したのでは、なんて噂された。

 帝国は、男爵領で妖精が大量に視認化した現象を口止め出来なかった。それは、男爵領の外でも大量の妖精が男爵領に飛んでいくのを多数の平民貴族が目撃してしまったからだ。

 そして、一体、男爵領では何が起こっていたのか、その事実を知ろうとする者は後をたたなかった。そこは、さすがに、口止めされた………はずだった。





 今日も男爵ハイムントは、地下で作業をしている。わたくしは、様子見にちょっと覗いたりするのだけど、本を片手に、壁に描かれている模様とにらめっこしたり、魔道具らしきものを確認したり、と色々としている。

 ハイムントは妖精に命を狙われている。だから、普段は妖精除けをされた場所にしか外出が出来ない。その妖精除けをするのは、ハイムントの実の父親であり、最強の魔法使いである賢者ハガルだ。ハガルは、領地戦でハイムント自身が身を切る行為をしたため、妖精除けを一切しなかったのだ。そうなると、大昔の技術で妖精除けが施されている邸宅から外に、ハイムントは出れない。

 だったら、ハガルの機嫌が直るまで、大人しくしていればいいのに、ハイムントは出来ないのだ。私室に行けば、ハイムントの一族に代々仕えている血族たちが揃えた跡継ぎを産ませるための女たちがいっぱいいる。好みじゃない、と拒否するも、いうのだ。

「ハガル様が孫を抱きたい、と言ってましたよ」

 笑顔でとんでもないことをいう部下たち。あの場には、他にも聞き耳たてている人たちがいたのね。わたくしはその場にいたけど、言ってないから!!

 そうして、私室には戻れず、男爵領の仕事なんて、ハイムントには秒で終わらせてしまうので、暇で仕方がない。結果、邸宅の散策である。

 ハイムントに仕える忠実な部下たちは、ハイムントを止められないし、手伝いだって出来ない。わたくしもちょっと見てみたけど、そこに積んである本も、無造作に放置されている道具も、邸宅の壁やら床からあらゆるところに施されている模様も、全て、古代の技術だ。それを読みほどく能力なんて、わたくしにはない。もちろん、教育なんて最底辺しか受けていない貧民たちなんて、邪魔でしかないだろう。

 そんなことを一カ月もしていると、ハイムントはやっと地下から這い上がってきた。

「よし、作動できた。貧民街までは行けるな」

「若!! 跡継ぎ大事です!!」

「僕好みの母上に似た人を探せ!!」

「あんた、無茶苦茶だ!!」

「知ってる」

 元貧民の若者ガントがハイムントにしがみつくが、歴戦の戦士のように鍛えたハイムントは止まらない。ずっと、地下にこもっていたくせに、体が衰えないのだから、不思議だ。

「若、やりましたね!」

「待ってましたよ、若!」

 どっちの味方がわからない戦闘妖精サラムとガラムは、定位置とばかりに、ハイムントの後ろに付き従う。ついでに、ガントを引きはがして、ぽいっと投げ捨てる。容赦ないな、この妖精。

 わたくしがそんな光景を二階から見下ろしていると、ハイムントが顔をあげる。

「お待たせました。馬の練習をしましょう」

「ひっ!?」

 馬と聞いて、わたくしが逃げ腰となるも、素早く動いたサラムとガラムに連行される。

「ハイムント、その、お風呂に入ったらどうですか」

「父上はうっかりですよね。妖精はしっかりつけたままですから。お陰で、汚れなんてありませんよ。ほら、匂い、かいでみてください」

 なんと、抱き寄せてくる。確かに、匂わないって、そういう問題じゃないわよ!!

 わたくしはすぐにハイムントから離れる。

「そんなことしないでください!! その、距離間は大事ですよ」

「これが一番、確かでしょう。僕は、どんな汚臭も大丈夫ですけどね。馴れてますから」

「………」

 そうでしょうね。元は貧民ですものね!! でも、聞き方によっては、ものすごく失礼なこと言っているって、自覚ある? それ、わたくしが汚臭みたいな臭いだって、言っているようなものですよ!!!

 貴族は言葉裏を読み取る生活をする。回りくどいことばっかりなのよね。皇族教育でも、そういうことするの。本で読んだだけだけど。それを実地で教えるのがハイムントだ。

「おや、気づかれてしまいましたか。さすが、ラスティ様は賢い。よく出来ました」

 ほら! すーぐ、腐ってるかどうか、試すのよね、この男!! 本当に最低なんだから!!!

 そうして、さっさと邸宅の外に連れ出されると、待っていました、とばかりに、あの軍馬が用意されている。ガント、諦めたので、ハイムントを止めるのを。

「この馬に乗れれば、どんな馬でもいけます」

「初心者向けの馬にしてください!!」

「この馬でいけば、一発ですよ」

「優しいのにして!!!」

 無茶苦茶よ、この男。いきなり、荒っぽい軍馬で練習させようだなんて。

「ほら、ここに足をかけて、ひょいっといけばいいだけです」

「その前に、服、乗馬に向いてないのだけど」

「大丈夫です。僕にも選ぶ権利がありますから」

「わたくしにだってあります!! もう、着替えてきますから、待っててくさいね。あと、馬、もっと大人しいのを準備してください!!」

 もう、逃げる口実すらもなくされるわたくし。私室に戻って、さっさと着替える。皇族つきの使用人は、結局、今もいない。邸宅の使用人たちは全て、男爵家のものだ。食事はというと、賢者ハガルが毎日、提供してくれる。洗濯や掃除は、男爵家の使用人がついでに行ってくれる。結果、皇族の使用人が必要なくなってしまった。

 皇族の仕事だってそうだ。ハイムントと二人羽織みたいに、ハイムントに後ろから操られているように作業している。あまり、わかっていない部分は、ハイムントに聞いてはいるが、領地経営の考え方はまあまあ役に立った。

 ハイムントはいつ、わたくしを試すかわからないので、わたくしは今日も気を引き締める。とうとう、地下から上ってきてしまったので、ハイムントは容赦がないだろう。

 そうして、乗馬に向いている服に着替えていけば、邸宅の前に、とんでもない人が集まっていた。

 真っ白な礼装を身にまとう騎士たちだ。帝国の騎士ではない。それは、教会に所属する聖騎士が着るもの、と皇族教育の本で書かれていた。見たのは初めてだ。聖騎士自体、一貴族で見ることなんて、ないだろう。だって、領地を出ることなんてない。聖騎士は基本、各地の聖域にいる。身にまとう軍装は、魔法がかかっていて、悪いものから身を守るものだという。聖騎士になる者たちは、力が弱いが、妖精憑きだ。なので、武器に妖精の力を宿らせて、聖域から漏れだした穢れを切り裂くことが出来るという。

 そんな、別世界の勢力である聖騎士たちを従えている一人の男は教皇の恰好をしている。教皇は各地の聖域に一人ずついる。目の前にいる教皇はどこの誰なのかはわからない。さすがに、そこまでは、皇族教育の本には載っていなかった。

 教皇は、軍馬の手綱を持つハイムントと向き合っている。

「久しぶりだな、ライン、いや、今は、男爵のハイムントだったな。魔法使いになれなくて、男爵になったんだな」

「?」

 教皇はハイムントをよく知っているようだ。だけど、ハイムントのほうは、教皇のことを知らないようで、首を傾げている。

「王都の教皇が、ここまで、何用ですか? 僕は海の聖域にある教会には、しっかりとお布施していますよ。まさか、王都にまでお布施しろ、なんてわざわざ言いに来ましたか?」

「お前、俺のことを忘れたのかよ!?」

「えーと、少し待っててください。ここ一カ月、寝てないので、頭が働かない」

「若、今日は寝たほうがいいですよ」

「ほら、ラスティ様が膝枕してくれるって」

「言ってない!!」

 サラムとガラムが勝手にわたくしを巻き込む。ここで否定しておかないと、後で、本当にハイムントに膝枕させられる。

 それよりも、一カ月、地下に潜ってて、眠ってないのが驚きだ。眠れない、とは聞いていたけど、そんなに寝てなくて、大丈夫なの?

 大丈夫でないから、今、ハイムントは目の前にいる王都の教皇のことを思い出せないのだ。

「王都というと、魔法使いと皇族と宰相と、あとは使用人しか知り合いがいない。消去法でいうと、使用人か?」

「ちがーうーーーー!! 魔法使いだ、魔法使い!!」

「冗談だ。外れ皇族の末裔のレッティルだ」

「外れいうな!!」

「悪い、皇族もどきだな。スイーズ様がそう言っていた」

「それも言うな!! 本当に貴様は失礼だな。これっぽっちも変わってない」

「お前も教皇になったんだから、その話し方はやめろ。魔法使いになれないようにされて、教皇になったんだから」

「それも言うな!! 物凄く傷ついてるんだからな。お前は作られた妖精憑きだけど、俺は正真正銘の妖精憑きなんだからな!!!」

「ハガル様に妖精全部盗られて、塗り替えられて、妖精なくしたけどな」

「うわあああーーーーーー!!!」

 どんどんと古傷をえぐるハイムント。可哀想に、レッティルはその場で頭を抱えてうずくまった。

「それで、何か用か? 随分と物々しいが」

 ハイムントは外にいる聖騎士の一団を見ていう。その数はまあまあだ。ちなみに、聖騎士の周りには、ハイムントの息がかかっている貧民たちが武器を構えて取り囲んでいる。荒事を乗り越えている貧民と、いつ役だっているかわからない聖騎士の戦いは、結果なんて見えている。

 どうにか落ち着いたレッティルは表情を引き締めて立った。

「教皇長の命令により、男爵ハイムントを王都の教会まで連行する!」

「それはやめたほうがいい。父上が激怒する」

「知ってる!!」

 レッティルは、ハイムントの正体を知っているのだ。だから、この命令は無茶苦茶だ、とわかっていて、半泣きだ。

「お前な、あんなに妖精を視認化させて、しかも、目撃者が多くって、教会が何もしないわけがないだろう。何やってんだよ!」

「そこを上手に誤魔化すのは、お前の役目だろう。上手に、魔法使いと教会を取り持つのが。出来なかったのか?」

「出来るか!! どうにか、真実は誤魔化したがな。教皇長の命令に従わないと、この領地が大変なことになるぞ。背信者扱いだ」

「そこは、金の力で誤魔化すから大丈夫だ。安心して、帰れ」

「教皇はどうにかなるが、教皇長は無理だ!! だから、俺が来たんだろう。ほら、手錠」

「いやいやいや、本当にまずいって。今、僕が領地を出たら、あの妖精の視認化が起こるぞ!!」

「何やってんだお前!!」

「魔が差した」

 レッティルは手錠をひっこめ、また、頭を抱える。

 レッティルはハイムントの味方といえば味方のようだ。ハイムントの現状を聞いて、領地から連れ出せない事実を知って、かなり困っている。

「それで、どこまで行けるんだ?」

「すぐそこの貧民街までだ。もっと範囲を広げたいのだが、僕ではここまでが限界だ。妖精除けの道具も全て取り上げられた」

「………手ぶらで帰るわけにもいかないんだが」

「土産になりそうなものか」

「こういう時は、人質だな。妥当なのがいるじゃないか」

 レッティルがわたくしを見ていう。

「彼女はダメだ。大切な膝枕だ。久しぶりに寝たい」

「よし、決まったな。ラスティ様、ご同行願います」

「聞けよ、お前」

 レッティルはハイムントのことは無視して、わたくしの前に立ち、手を差し出す。

 もの言いたげに軍馬から視線を送るハイムント。あれだ、試されているのね、わたくし。そうに違いない。

「わかりました、行きます!」

「ラスティ様!? なんでこんな時ばっかり不合格なことするのですか!!」

「知らないわよ!!」

 間違えたらしい。ハイムントが残念なものでも見るようにわたくしを見てくる。いつもいつもわたくしを試しているばかりだ。もう、知らない。

 わたくしはレッティルの手をとって、準備されている馬車に乗る。

「膝枕してほしかったら、迎えに来なさい」

「ラスティ様、もう少し鍛えてもらえれば、選びます!!」

「他にいうことがあるでしょう!!」

 迎えに来ます、とか、そういうことを期待していたのに、肝心なところで、ハイムントはダメだ。

 そうして、わたくしは人質として、教会に連行されることとなった。




 海側の領地と王都では、馬車で三日というところだ。途中、休憩をとりながらも、無駄な会話は一切ない。何せ、人質だから、馬車からも出してもらえいないのだ。もう、人質なんてやめておけばよかった、と何度、後悔したことか。それでも、後戻りが出来ないのだ。

 そうして、王都の教会の前に到着すれば、連絡が行っていたのだろう、老人の姿をした賢者ハガルが待ち構えていた。

「皇族を誘拐とは、教会も堕ちたものですね」

「お久しぶりです、ハガル様。このような場が再会となってしまい、残念なことになってしまい、すみません」

「元気そうですね、レッティル」

「………覚えていてくれたんですね」

 ハガルに名前を呼ばれて、教皇レッティルはちょっと嬉しそうだ。

 いや、覚えていたわけではないだろう。ハイムントが教えたに違いない。ちょっと、ハガル、目が泳いでいますよ。わたくしの目は誤魔化されませんからね。いつか、ちくってやる。

「ラスティ様は貴族の中に発現した皇族です。疎かに扱うわけにはいきません。こちらで預かります」

「男爵ハイムントの人質です。悪い扱いは決してしません。私が責任を持って、保護します」

「元は貴族のお嬢さんですよ。男のお前が責任をとるというと、違う意味に捉えられますよ。ハイムントは、随分と彼女のことを気に入っているが、大丈夫かな?」

「………いや、しかし、ラインは、けど、もう、うん、どうしよう」

 レッティルの頭の中では、どんな話し合いが起こっているのだろうか。おかしな言葉を呟いて、最後、解決していない。

「もういいです。ここまで馬車で連行された時点で、傷物になったようなものですよ。どうせ、皇族と結婚ですし、血筋残せば万々歳なんですから。ほら、行きましょう」

 貴族女性としては、わたくしはもう、傷物扱いだ。皇族だから、傷物なんてどうだっていいのだ。ほら、皇族の血筋を健全にするために皇族になっただけだから。

「す、すまん。そういうこと、考えが至らなくて」

 レッティルはわかっていなかった。だけど、ハイムントはわかっていたから、不合格を出したのだ。でも、もう、どうだっていい。子ども産むだけが重要なんだから。

 わたくしはさっさと教会に入っていこうとして、その前に、ハガルを振り返る。

「ハイムント、領地から出られなくて、困っていました。きっと、領地から出られたら、ここにいたのはハイムントでしたよ」

「………わかりました」

 言いたいことは通じたようだ。ハガルはその場を去っていった。

 ハガルが去っていくと、レッティルはその場で脱力する。

「こ、怖かった」

「ハガルは優しいですよ。わたくしには優しいです」

「私は、昔は、礼儀知らずで、思い上がりの小僧でした。だから、ハガル様に嫌われた」

「ハイムントはそうではなさそうですよ」

「あいつは、憎しみとかそういうのをどっかに忘れたような奴だ。苦楽全て、遊びなんだよ、あいつにとっては」

 少し話して、レッティルは落ち着いたようで、立ちあがった。

「出来ることはします。行きましょう」

「大丈夫ですよ。わたくし、食べられる草を生で食べて、飢えを凌いだことだってありますから」

「………」

 物凄く驚いているレッティル。

 ハイムントのお陰で、人並以上の生活をしているが、ちょっと昔までは、貧民並の生活をしていた。

 とても綺麗な教会だ。中に入っても清潔で、たくさんの人の手で清められている。うん、全然、大丈夫。昔の生活に比べれば、全然、人並だ。




 質素な食事かな、と想像していたら、いつも男爵で出てくる食事である。

「魔法使いが運んできた」

 給仕はレッティルである。死んだような顔をしている。何があったのやら。

 わたくしは、人質なので、一応、牢っぽい所にいれられた。でも、貴族用だから、広いし、まあまあ豪勢である。わたくしの私室より広いな、ここ。

「マクルスの奴、散々、嫌味をいいやがって。私だって、好きでこんなことしたわけではないのに」

「マクルスとも知り合いなんですね」

「ハイムントがラインとして見習い魔法使いとしていた時の同期です。筆頭魔法使いを作る研究に私も携わっていました。そして、最後に残ったのは私を含めて六人です」

「今は、五人ですね」

「私は、思い上がりの小僧でしたので、ハガル様の手によって、魔法使い失格の烙印を押されました。それでも、妖精憑きの肉体は信仰の上では貴重ですから、教会に送られて、この通り、王都の教皇にされたんです」

「苦労しましたか?」

「………後悔はしています、今も」

 何かあったのだ。レッティルのこと、本当はハガルは覚えている。覚えているけど、覚えていたくない理由があるのだ。

 ハガルが怒る理由は、だいたい、ハガルが愛した女性ステラのことか、ハガルの息子のハイムントのことくらいだ。レッティルは、ハイムントに対して、失敗してしまったのだ。

 だけど、ハイムントはこれっぽっちも気にしていない。だって、レッティルに対して、蟠りなんて持っていない。むしろ、他の五人の魔法使いたちと同じように接している。ハイムントにとっては、大したことがないのだ。

 食事が簡単に終わると、牢の外で何やら騒がしくなった。しばらく待っていれば、牢のドアが開き、一人の男が入ってくる。レッティルと同じ教皇の服装だが、豪勢さが違う。

「このような所で申し訳ございません、ラスティ様」

「わたくし、貴族としての勉強も不勉強です。あなたの名前を教えてください」

「よく出来た方です。私は、教皇長モードと申します。教皇長というものは、本来は選ばれた皇族がなるものですが、私は、ちょっと血が足りない皇族もどきです」

「ハガルにそう言われたのですか?」

「ラスティ様は、どちらのハガル様をご存知ですか?」

「あら、ハガルは一人ですよ。何のことだか、わかりませんわ」

「ハガル様のお気に入りの皇族姫ですか。さすがです」

 おっと、正解だ。ハイムントの皇族教育で、どうにか乗り切った。危ない危ない。

 皇族もどき、ということは、モードもまた、皇族教育を受けたということだ。気を付けないと、足元を掬われてしまう。

 モードはわたくしの向かいの席に座ると、好意的な笑顔を向ける。

「聞きましたよ。子爵家では、壮絶な虐待を受けていたとは。後に、使用人と領民の不正が発覚し、大変な醜聞となりましたね」

「帝国は弱肉強食ですもの。騙された側にも問題がある、と言われてしまったら、仕方がありませんわ」

「ですが、悪事があまりにも多いと、聖域が穢れて、大変なこととなってしまう。そうならないためにも、あなたのような騙される者を救済することこそ、大切なことなのですよ。もし、そのような話を耳にしましたら、教えてください。今度こそ、我々がお救いいたします」

「もう、わたくしの耳には届きませんよ。だって、全て、ハイムントが排除してしまいましたから。城に入ってしまったら、何も聞こえなくなりますでしょうね」

「男爵は、本当に、出来る方なのですね。皇帝陛下にも気に入られ、賢者ハガルの愛弟子、宰相ティスデイルは、今も孫娘の婚姻を打診しているといいます」

 聞いてないな、宰相の孫娘の話は。わたくしはちょっとだけ笑顔が引き攣る。

 教皇長としては、わたくしの口から、ハイムントの悪口を聞きたいのだ。だから、ちょっと話してみて、なんて誘っているけど、言えない。

 悪口、というか、不正の告発なんて、思い当たらない。実は、ハイムント、わたくしの前では悪事なんて働いていない。人は簡単に殺したり、足蹴にしたり、踏みつぶしたりとかは一杯しているけど、それは、告発するべきことではない。

「どうして、ハイムントを捕縛するのですか? ハイムントは、わたくしの憂いを全て、排除してくれました」

 領地への情なんて、綺麗さっぱりなくさせてくれた。お陰で、いつだって城に閉じ込められたっていい。

「王都からも、妖精が視認化され、男爵領へと飛んでいきました」

「何故、男爵領だとわかるのですか? 違うかもしれませんよ」

「聖騎士には弱いながらも妖精憑きがいます。妖精に後をつけさせたのですよ」

「妖精って、そんなことも出来るのですか。すごいですね」

 妖精の能力は知っていたが、わざと、驚いてやった。ちょっと、モードが喜んでいる。

 妖精憑きは妙なところでプライドが高い、とハイムントが言っていた。だから、万が一の時は、ちょっと大袈裟におだてろ、なんて教えられたけど、役に立ってしまった。これは、ハイムントに妖精憑きは転がされちゃうわ。

「実は、告発文が届きました」

 そう言って、一通の手紙を見せてくれる。そこには、汚い文字で、ハイムントが妖精に命を狙われている事が書かれていた。

 これを知っている者は少ない。妖精の契約を施され、万が一、どこかに告げようものなら、天罰が下るという。

 だけど、死を覚悟しての告発だったら、可能だろう。

 この告発文は、跡取りを救うために自害した侯爵か、妖精の呪いの刑を発動後に処刑された男爵ドモンドが出したものだろう。死した後に開封されれば、もう、後の祭りだ。

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