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皇族姫  作者: 春香秋灯
王国の皇族姫-外伝 禁則地-
208/353

妖精の安息地

 最初、皇族としての血筋の濃さを感じた。続いて感じたのは、神のとんでもない加護だ。それには身に覚えがあった。

 妻ステラの血筋にも、同じ神の加護があった。

 男爵家族は、私の様子など気にせず、綺麗な礼をとった。

「お待ちしておりました、帝国の魔法使い殿」

「待っていた? どういうことですか」

「まずは、中へ」

 男爵は人の良い笑顔で邸宅の中へと導いてくれる。しかし、そこは、さすがの私のためらった。

「その家は、私が入っていいものではないだろう」

「ハガル?」

「大丈夫ですよ。あなたは、我が一族が待ちに待ったお客様です」

「もう、入ろう」

 私がためらうも、皇族ランテが私を押して入れてしまう。

 入った途端、敵地に入ったようなぞわぞわした悪寒がする。これは、かなりまずい。

 ランテにはわからない恐怖だ。この邸宅は、ただの邸宅ではない。邸宅型魔法具だ。しかも、これらは特殊な血族に従うように作られている。一応、男爵の血筋に従うようにはなっているが、別の何かに対して、妖精のような物凄い執着を邸宅自体が持っている。

 つまり、この邸宅には意思があるのだ。

 本来は、こんなことは起きない。邸宅はきちんとした法則を持って作られるものだ。しかし、建てられた場所が良くない。ここは、禁則地だ。別名、妖精の安息地と呼ばれるそこは、妖精が支配する領地である。そんな所で共存する生き方をする男爵の邸宅である。ただの邸宅型魔法具で終わるはずがないのだ。

 さらに、ここには妖精の子孫があちこちで使用人として働いている。この妖精の子孫も、邸宅型魔法具の一部となっている。

 そんな所に、千年に一人必ず生まれる化け物妖精憑きがやってきたのだ。何も起きないはずがないのだ。

 私はもう逃げたいのに、皇族ランテが容赦なく背中を押すのだ。

「戦地でも、全然、怯えたりしなかったのに」

「禁則地って、妖精憑きにとっても恐ろしい場所なのですよ。もう、押さないでくださいよ。歩きますから」

 覚悟を決めて、私は歩きだした。だけど、すぐそこの部屋でお茶することとなった。

 部屋には、男爵だけである。男爵の家族は挨拶だけで、すぐにそれぞれの部屋とかに引っ込んでしまったようだ。

 私は妖精の子孫が淹れた茶をありがたくいただく。王国に来てから、ここまで美味しいお茶を飲んでないな。もうそろそろ、自分の淹れたお茶が飲みたい。

「お約束もないのに、お出迎えいただき、ありがとうございます」

「いえ、我が一族は、帝国の魔法使いをずっとお待ちしておりました」

「私は、解放された禁則地に来ただけです。ここは、男爵の領地だと聞いていましたので、ご挨拶に来ました。どうか、禁則地の奥へ足を踏み入れることを許可ください」

「これは丁寧に。お好きに行ってかまいませんよ。妖精は悪戯しますが、きちんと、暗くなる前には、帰してくれますから」

「ありがとうございます。あと、手ぶらなのも失礼となりますので、お土産を受け取ってください。甘くはありませんが、賢帝ラインハルト様の好物の菓子です」

「ありがたく頂戴いたします」

 私はラインハルト様仕様の菓子を男爵に手渡した。

 これで、挨拶は終わった。私は適当な話をして、さっさと邸宅から出るつもりだった。ここは、長居するような場所ではない。

「それで、男爵は、どうして、帝国の魔法使いを待っていたんだ?」

「えっと、あなたは」

「僕は、帝国の皇族ランテです」

「それは、大変失礼しました!!」

 いきなり膝をついて頭を下げようとするので、私とランテで慌てて止めた。

「お忍びで来たので、そんなことしないでぇ!!」

「本当に、やめてください、それ」

「しかし、皇族ですよ」

「無礼講です、無礼講!!」

「そうそう!!」

 どうにか男爵を椅子に座らせた。無駄に疲れた。

「それで、どうして、魔法使いを待っていたのか、気になるんだけど」

 私は気にしない。こういう話は、碌な事がないのだ。だから、あえて、私は口にしなかったというのに、ランテ、余計なこと言いやがって。

 私は軽くランテを睨んでやる。ランテは気づいていながら、無視だよ。やっぱり、王国の城に置いてこれば良かった。

「嘘か本当か、そこは証明出来ませんが、我が家は、元は皇族アリエッティの子孫と言われています」

「私はそうだと思っています。皇族アリエッティは騙されやすい、人の良い貴族と結婚しました、と帝国では語り継がれています。ここを見て、確信しました。あなたは、皇族アリエッティの子孫です」

 妖精の子孫に囲まれ、力の強い妖精憑きによって作られただろう邸宅型魔法具、そして解放された禁則地を領地としている。

「皇族アリエッティは力の強い妖精憑きだと言われています。また、妖精の子を助けた話もあります。ここには、妖精の恩恵が溢れています」

「我々にはよくわからないことですが。ただ、あるがままに生きているだけです」

「あなたは、とても妖精に愛されています」

 禁則地の妖精は本当に危険だ。なのに、男爵の周囲にいる妖精たちは、男爵を世話しているのだ。

 屋敷の中だけではない。ちょっと窓の外を向ければ、至ると所に友好的な妖精たちで溢れていた。私がやってきて、最初、警戒をしていたが、私が男爵と話している間に、妖精たちの警戒はすっかりなくなった。むしろ、私の妖精と話したりしている。

「我が家の先祖アリエッティは、帝国が乱れ、貴重な本を焚書される所を妖精の力を使って偽物とすり替え、全てを男爵領で保管しました」

「………え?」

「はぁ!?」

 私だけではない。皇族ランテまで驚いて、声をあげてしまう。

 とんでもない話だ。だが、真実だろう。本の焚書は、アリエッティが出奔した後で起こったことだ。

 アリエッティはそれはそれは立派な皇族だったという。次の皇帝はアリエッティだろう、と言われていた。しかし、愛する貴族が陥れられたため、アリエッティは帝国を捨てたのだ。そして、次に皇帝となったのは、愚鈍な男だったという。貴族の言いなりとなり、教会が権威をあげるために道具や魔法を貶め、それに関する本を焚書まで従ったという。

 優秀な皇族であれば、妖精憑きの力を使って、帝国の悪政を知っただろう。帝国を捨てはしたが、皇族としての心得があったため、貴重な本を守るために、その力を使ったのだ。

「ついてきてください」

 男爵は先に立ち、部屋を出る。

 私は半信半疑なため、男爵についていく。男爵は、地下に続く扉の鍵をあけて入っていく。しかし、灯りがないので、足元が暗い。私は仕方なく、魔法で地下に続く階段の灯りを灯した。

 男爵の後ろを私、皇族ランテと進んでいく。随分と深い地下だ。これは、確実に妖精憑きの力で作られた空間だ。

 地下に降り立てば、空間の歪みを感じた。魔法によって、無理矢理、空間を広げられていた。それを違和感なく、永遠に維持させるのだから、相当な実力の魔法使いだろう。私は少し、悔しく思う。知識があれば、私だって同じことが出来るだろうに、と考えてしまうほど、すごいことだ。

 最初は魔道具だ。見たこともない道具まである。

「触るな」

 ランテが触ろうとするのを止める。

「どうして?」

「妖精憑きでないと危ない道具もある」

 神が介在する契約系まである。これはなかなか、使い方を間違えると危険なものだ。

 道具に触れないように、さらに奥に進めば、とんでもない数の書棚が奥の奥まで続いている。それはもう、ありえない空間の歪みだ。

 それらを前にして、男爵は深く頭を下げた。

「どうか、我が家にある帝国の蔵書をお持ち帰りください」

 私はしかし、すぐには頷かない。蔵書の全てを持ち帰ることは簡単だ。しかし、そういう問題ではないのだ。

「ご存知ではないようですが、私はこの通り、最低最悪な魔法使いです。この悪名は気に入っています。こんな物を持って帰ってしまったら、私の悪名が霞んでしまいます」

「ですが、我々一族は、帝国から来た魔法使いに譲るために、ずっと引き継いできました」

「とても素晴らしいですね。あなたがたですから、それが可能だったのでしょう」

「ただ、そうしただけです」

「ですが、この蔵書は、まだ、帝国に必要ではありません」

「ハガル!?」

 私が拒絶すると、皇族ランテがつかみかかってきた。

「ここの本があれば、謎だったこと、道具のことだって、魔法だって、全て解決出来るんだぞ!!」

「お前は、王国を見て、何も感じなかったのか?」

「帝国は間違わない!!」

「帝国の歴史を紐解けば、同じことの繰り返しだ」

 私は知っている。王国のような内輪もめ、帝国だって何度も起こしているのだ。

 私の目の前に広がる蔵書があれば、様々な問題は解決出来るだろう。

「ランテ、私の寿命が足りない」

 これらの蔵書を使って、問題解決するには、私の寿命が足りないのだ。

「むしろ、今、帝国に持って行っても、悪知恵を授けるだけです。少し、早く来過ぎてしまいましたね。もう少し、待ちましょう。もっと立派な魔法使いが、きっと、この地にやってきます」

「ハガル!!」

「諦めろ。そして、ここのことは、忘れろ」

「そんなぁ!?」

 皇族ランテはわかっていない。知識とは、決して、全ていいものなわけではないのだ。

 私があと百年生きればいい。きちんと、正しく導いていけるだろう。しかし、私の寿命は残り少ない。

「だいたい、今回の王国派遣の魔法使いの入れ替わりだって、私がもう少し若かった頃であれば、起こることはなかった。つまり、そういうことだ」

 私は見た目は若いが、実際は随分な年齢だ。隙が出てきたのだ。

 私は嫌がるランテを無理矢理、引っ張った。

「せめて、一冊でも!!」

「ランテ、やめておけ。邸宅が今、怒っている」

 物凄く危険なものを感じた。そう言った途端、私とランテは邸宅の外にぽいっと追い出されたのだ。

「え、どうして?」

「邸宅を怒らせたんだ。もう、入れないだろう」

「どういうこと!?」

「ここは、禁則地だ。私たちの常識は通じない。もう、本のことは諦めろ。そして、男爵のことも忘れなさい」

「絶対に忘れない」

「どうなっても知らないぞ」

 私とランテが邸宅の魔法で強制的に追い出されたので、男爵が慌てて外にやってきた。

「こんなこと、初めてですよ!!」

「お騒がせしました。禁則地を見てから帰ります」

「それでは、ご一緒に」

「いえ、ここまでにしましょう。私たちは大丈夫ですよ。きちんと、礼儀を知っています」

 禁則地の約束を私はよく知っている。間違いは起こらない。

 心配そうに見ている男爵だが、私は固辞した。

「あ、でも、ランテのことを見ていてもらっていいですか? 私一人で行きたいので」

「一緒に行く!!」

「禁則地は、本当に危険なんだ。万が一の時は、ランテ一人で帝国に帰るんだぞ」

「そんな危ない所に一人で行くなよ!?」

「約束したんだ」

 妻ステラと、いつか王国の禁則地に行くと、約束した。

 ステラはもう死んでいない。だからといって、王国の禁則地に行かなくていいわけではない。

 王国の禁則地に行きたがっていたのは、ステラだけではない。息子ラインハルトも行きたがっていた。二人とも、王国の禁則地に足を踏み入れる前に亡くなってしまった。だったら、私だけでも行ってあげないといけない。

「心配いりませんよ。妖精たちは、ちょっと悪戯するだけですから。あなたは、私たちよりも、よく、妖精のことをわかっています」

「長い付き合いですからね。ほら、待ってて。いいものを持って帰ってこれるかもしれない」

「戻ってこいよ!! 一人で帝国には戻らないからな」

「わかったわかった」

 やっと、ランテが私から離れた。





 夢を見た。それは、絶対にありえない光景だ。

 王国の禁則地を妻ステラ、大きくなった息子ラインハルトと歩いていた。

「父上、ほら、木の実ですよ」

「食べられるのか、それ」

「生では無理ですね。後で料理しましょう」

 そう言いながら、二人は私の手を引いて、奥へ奥へと歩いていく。

「あまり奥に行くと、戻れなくなると聞いています。もうそろそろ、帰りましょう」

「けど、ここでしか実らないという木の実を見つけていません!!」

「見つけても、持ち帰られるとは限りませんよ。あれは、心のあり方に左右される木の実ですから」

 大昔、一度だけ食べたことがあるという、禁則地にしか実らない木の実の話をしたら、ラインハルトが食べたい、と言い出したのだ。そんな簡単に手に入るものではないというのに。

 そうして、ラインハルトは、その珍しい木の実を探しているのだ。

「ラスティにも食べさせてあげいたい」

 やはり、そこか。いい年頃だから、ラインハルトだって、好きな女に色々と贈り物したいのである。しかし、あの木の実はなかなか扱いが難しいぞ。

「父上だったら、持って帰れるのですよね」

「えー、そうか? ハガルはあれだぞ、最低最悪だって」

「父上は、そういうもの全て、悪事に数えられない存在なんですよ」

「そうか、私を利用するわけですね」

 なるほど、私だったら、持ち帰られる。しかも、あの木の実は、持ち帰った者から切り分けることで、誰でも食べられるようになるのだ。

「ラインハルトが出来なかった時は、私が手伝ってあげましょう」

「まずは、私で試しますよ!」

 どんどんと奥へと進んでいくラインハルト。その後ろを私はステラと手を繋いで歩いた。

 貧民街の支配者としていた時は、随分としかめっ面ばかりだったが、今は穏やかに笑っている。

「知ってるか? 俺の先祖の兄弟で、皇族と王国に駆け落ちしたのがいるんだって」

「あれ、アリエッティに似ていますね」

「本当かどうか知らないけど、その皇族がアリエッティだ、とか書いた本があるんだよ」

「っ!?」

 知らない話だ。そういえば、ステラの一族は、日記のような本もたくさん保持していた。それは、貧民になって落ちぶれても、きちんと保管されていたのだ。さすがに日記なので、読むのはどうだろう、と私は読まず、今は孫のリッセルがいる邸宅型魔法具の地下に保管させている。

「父上、見つけました!!」

 私がステラに聞き出そうとするところに、ラインハルトが例の木の実を持って戻ってきた。

「おや、心持は良かったようですね」

「そうですね。最低最悪な生き方をしてきたのですが」

 木の実に変化はない。ラインハルトは大丈夫だった。

「そういうのは、実は意味がありませんよ。心がけです。あなたは必要悪なことをしただけです。それもまた、善行ですよ」

「そうですか。これで、ラスティに食べさせてあげられます」

「良かったですね」

 そういうと、ラインハルトはすっと消えていなくなった。夢だから、そういうものだ。

 そして、隣りを見ると、ステラが例の木の実を持っていた。ステラが持っても、木の実に変化はない。

「ハガル、ほら、一緒に食べよう」

「半分にしましょう」

 私が受け取って、魔法で真っ二つした。





 何やらとんでもない重みで私は目を覚ました。

 私は妖精の悪戯で、道を迷わされていた。夜は危険なため、適当な場所で寝ていたのだが、起きてみれば、私の体の上に、様々な木の実が乗せられていたのだ。

「あははは、とんだ悪戯だ」

 その中には、半分に割れた例の木の実もあった。私はそれを手にして、一口かじった。

「これが、ステラの味か」

 この木の実、収穫者によって、味が変わるのだ。

 私が初めて食べた時は、それは甘美な味だった。

 ステラが収穫した木の実は、少しすっぱくて固かった。

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