王族、皇族
私は魔法で道を作ってやる。貴族どもをなぎ倒し、壇上まで一直線で走り抜けられるようないい道を国王レオニードに作ってやった。
レオニードは怒りに震えていたが、すぐに、落ち着いて、出来た道を歩いていく。
王女リコットの側には、前国王が引きつった顔で立っていた。
「何故、お前が」
「戦争が終わったからだ。もう、休戦協定も終わらせた」
「早すぎる!?」
「お前たちは、ちょっと目を離すと死ぬくせに、無駄に時間を使いすぎだ」
私がレオニードの傍らに立って嘲笑う。
王女リコットは、私を見て嘲笑う。
「出たわね、平民の魔法使い!! 無礼なこの男を捕縛しなさい」
何もわかっていない騎士どもが向かってくる。なんと、レオニードまで捕縛しようとしているのだ。
面倒なので、騎士どもを一瞬で火だるまにして、消し炭にしてやる。
「次は誰だ?」
私は笑って、次を希望する。向かってくる敵全て燃やしてしまえば、その内、いなくなる。
人ではありえない所業に、集まった貴族どもが会場から出て行こうと走り出した。だが、私は妖精を使って、出入口全てを塞いでやる。
「私はレオニードが国王だと聞いていたが、何故、あの女が王の椅子に座っている? さっさと、そこをどけ」
「煩いわね!! 平民のくせに、生意気よ!!! このお腹には、妖精憑きの子がいるんだから。生まれる子どもは、妖精憑きよ。あんたよりも、身分は上なんだから」
「妖精憑きは、血縁では生まれない。あれは、神が与えた奇跡だ。王族からも、貴族からも、平民からも、貧民からだって生まれる。お前の腹の子は、ただの人だ」
「嘘言って。悔しいのでしょう。身分の高いわたくしから妖精憑きが生まれるのが」
「帝国でも、何度も実験している。妖精憑き同士で番わせても、妖精憑きは生まれない。帝国では常識だ」
「う、うそ、よ」
自信満々にしていた王女リコットは、現実を突きつけられて、どんどんと震えて、周囲を見回す。
リコットは、偽物魔法使いとの子が出来たから、妖精憑きの子が生まれると思ったのだろう。そう、周囲に言いふらし、そして、それは使えると、また、王女派が動き出したのだ。
王国あるあるだな。王国は、妖精憑きを見つけるための儀式をしない。だから、妖精憑きが誕生しても、死ぬまでわからないことがほとんどだ。
妖精憑きを見つけられないのだから、妖精憑きのことを知らない。妖精憑きが神の奇跡で誕生することも知らなかったのだ。
まさか、立派な教育を受けた貴族たちまで、王女リコットのバカみたいな話に振り回されるとは、笑うしかない。
「あはははは、それで、この女を女王にしようとしたのか。言っておくが、この女を女王にしたら、帝国は魔法使いともども、引き上げるぞ」
「わたくしの母が卑しいからって、酷い!!」
「お前は王族の血がこれっぽっちも流れていないからだ」
「嘘!!」
「力の強い妖精憑きだったら、絶対にわかることだ」
私は前国王を見ていう。真実を語られるという恐怖に、顔は歪んでいる。そんな前国王を国王レオニードは射殺すように睨んでいる。
「王族も、皇族も、神によって作られた存在です。王族も、皇族も、妖精憑きの支配者なのですよ。だから、妖精憑きは必ず、王族と皇族がわかります。私は筆頭魔法使いの儀式を受ける前から、皇帝ラインハルト様を皇族と認めていました。同じように、レオニードのことは、王族と認めています」
「っ!?」
レオニードは驚いたように私を見た。怒りも何もかも、その瞬間、吹き飛んだ。
「私は、レオニードのこと、王族と認めていますよ。あなたは、血筋もそうですが、きちんとした教育を受け、王国のことを考える、立派な王族です。ですが、その女からは、王族の血は欠片ほども感じません。お前は、王族ではない。ただの人だ」
「そんなことないもの!! わたくしは、お父様の子よ。だったら、お父様はどうなの?」
「残念ながら、その男も王族なのですよ。血の濃さでいえば、レオニードのほうが上ですね。その男は、ぎりぎり王族なだけです」
「そ、そんなっ」
前国王は、我が子よりも劣ると言われ、膝をついた。そこは、どうしようもない。そういうものなのだから。
「王族や皇族の血筋については、謎が多いです。きっと、大昔から言われていることでしょう。帝国は、皇族を契約紋を通して確かめる、という方法をとりましたが、そんなことしなくても、力の強い妖精憑きであればわかることです。お前は、王族ではない」
「でも、お父様の子よ!! 私が女王になれるわ」
「そうなったら、帝国は王国を見捨てる。神は、王族、皇族が頂点であることを許しました。そうでない者を頂点とした場合、その国は神から見捨てられます。お前が女王となった時、王国は神から見捨てられる。さあ、この女を女王にしてみろ。聖域はあっという間に穢れ、王国はあっという間に不毛地帯だ。せっかく戦争で侵略から救ったというのに、自滅だ。帝国は、そんな巻き添えを食らいたくないから、手を引かせてもらう」
「嘘つき!! あんた、平民だから、嘘ついているのよ」
どうしても信じない王女リコット。
だけど、集まった貴族たち、近くにいる王女派の者たちは、リコットから距離をとる。全ては不審をこめてリコットを見ている。
「どうして!? わたくしが卑しい愛妾の娘だから!!」
「あはははは、すぐにそれだ!! 聞き飽きた。泣くのなら、こう泣くべきだ」
私は壇上に立って、偽装を外し、貴族どもに笑顔を見せる。途端、全ての貴族どもが私の素顔に見惚れる。
「私がいうことを信じてもらえないなんて、悲しい」
少し泣いてやれば、貴族どもの考えなんて、私のほうに向けてやれる。
「なんてことだ、王女のせいで、王国は滅亡するところだったのか」
「なんて不吉な女なんだ」
「王女を女王にするなんて、許してはならない!!」
「そこから降りろ!!」
ついさっきまで、王女リコットの味方だった貴族どもは、リコットに悪口雑言を吐き出した。
リコットはここまでの悪意を受けたことがないのだろう。父である前国王に縋りつく。
「お父様、助けてぇ」
「もう許さん!!」
いつの間に、壇上にあがってきたレオニードは、実の父を斬り捨てた。
声もなく、前国王は息絶えた。
「お、お父様? お父様ぁ!!」
リコットは前国王に縋るが、動かない。そのまま、横に倒れた。
リコットは前国王を斬り捨てたレオニードを睨み上げる。
「親を殺すなんて、なんて非道なの!?」
「貴様のせいで、父上は死ぬことになった。貴様が大人しく、離宮に入っていれば、こんなことにならかなった!! 見逃してやったというのにな」
「ひっ」
血濡れた剣の切っ先をリコットに向けるレオニード。
「レオニード、やめなさい。約束があります」
「しかし」
「まあまあ、ここは私に任せて」
私はリコットの側に座り、耳元に囁く。
「そんなこと、言えない」
「言わなければ、お腹の子ともども、死ぬことになりますよ。ほら、大きな声で言いなさい」
私は優しく言ってやる。私の素顔と声に、リコットは、私の提案が一番よいものを思い込んだ。
リコットは、レオニードの前に膝をつき、頭を下げた。
「ど、どうか、この卑しい血筋のわたくしを助けてください!!」
「素晴らしい、よく言えました!」
私は手を叩いて誉めてやる。
とんだ茶番だ。レオニードは見ていてそう思っただろう。
レオニードの中では、これまでリコットのせいで受けた心無い仕打ちが怒りとして湧きあがってきただろう。ただ、リコットを謝罪させた程度で、レオニードの過去の怒りはおさまらない。
私はレオニードの側に立った。
「帝国での悪女というと、伯爵令嬢サツキと言われています」
「それがどうした」
「まあまあ、聞いてください。サツキは、自らの死を偽装し、皇族、貴族、騎士、貧民まで裏で操り、実の父、義母、義妹、そして、関わった全てに復讐をしました。サツキは協力者にこう言っていたそうです。生かさず殺さず、と」
「っ!?」
「レオニード、離宮に閉じ込めて、生かさず殺さずですよ」
「は、ははは、そう、だな」
レオニードはリコットの頭を踏みつける。リコットは怒りの形相となるが、すぐ横で死んだ実の父を見て、すぐに耐えた。
「今はこれで許してやる。だが、これからも、お前は私の前で這いつくばるんだ」
「お、お義兄、様」
「誰がそう呼んでいいと、許可した?」
「そんな!?」
「少しずつ、学びましょうね」
リコットは悔し涙を流した。
王国のクーデターはすぐに失敗となった。王女リコットは即、離宮に幽閉となった。もう二度と、表舞台に出されることはない。
そして、国王レオニードは、敵国からの侵略戦争を勝利し、立派な国王として名乗り上げたのだ。
「どこ行くの!?」
戦勝祝いで賑わう城の大広間。私はそこから退散したというのに、皇族ランテに捕まった。
「戦争は無事、終わりました。残るは観光です」
「レオニードからもう少しいてほしい、と言われてるのに」
「もう、十分、あの女の教育はしてやった」
私は離宮に幽閉となった王女リコットを、レオニードが満足いくように教育してやったのだ。レオニード、積年の恨みも、これで少しずつではあるが、解消されるだろう。
そんなどうでもいいことで、私はレオニードに懐かれた。
「ハガル、どこに行くんだ!!」
「帝国に帰るのですよ。ほら、代わりの魔法使いも来ましたし」
「もう少し、ここにいてくれ」
レオニードに捕まっちゃったよー。もう、どうしてこうなったのやら。
レオニードの側には、側近となったリスキス公爵の血縁マオンが苦笑している。
「ハガル、もう少し、レオニードに付き合ってやってくれ。ハガルだけなんだ。レオニードをあそこまで認めたのは」
「認めたって、見る目がないだけでしょう、貴族どもも、城で働く者たちも。あなただって、レオニードのことを認めているではないですか」
「それはまあ、そうだけど、こんなふうに解決は出来ないな」
「王国は、もっとあるがままにするべきなのです。あの王女は、それを悪い方向へと動かしていったのですよ。今後も、気を付けてください。ああいうのは、どういう形で悪さするか、わかりませんからね」
本来であれば、王女リコットは処刑するべきなのだ。
リコットは王族ではない。実際は、前国王の子でもないのだ。そんなものを生かしておいていいわけではない。しかし、レオニードの心の闇が深すぎるため、生かす方向に持っていたのだ。
あの時、リコットを殺したとしても、レオニードはすっきりしないだろう。何より、レオニードはリコットを王女として扱う、と前国王と口約束してしまっている。ああいうものは、守ったほうがいいのだ。
「頃合いを見て、王女は処刑しなさい」
「わかったわかった。そうだ、紹介したい人がいる」
レオニードは私の腕を引っ張っていく。もう、好きにさせるしかない。
連れて行かれた先には、壁の花となっている女性がいた。
「国王陛下、おめでとうございます」
「レオニードでいいのに。こちら、私の乳母の娘アンナだ」
「ああ、例の」
国境沿いにある聖域でレオニードが見たという女性だ。
特に、目立った何かがあるわけではない。普通の女性だ。
「アンナ、ここにいたのか」
そこに、騎士らしき男がやってきた。アンナは笑顔を見せる。
「リカルド」
アンナが騎士らしき男リカルドの手をとる。それをレオニードはなんともいえない顔で見ている。
「国王陛下、おめでとうございます!!」
「ありがとう。お前たちも、婚約したと聞いた。おめでとう」
「ありがとうございます!」
笑顔で礼をいうアンナは、リカルドと見つめあった。相思相愛か。
私はこの三人を見て、不吉なものを感じた。
「レオニード様、こちらにいましたのね!!」
「ちょっとハガルと話していただけだろう」
「わたくしも一緒に連れて行ってください!!」
レオニードは、国王となったので、婚約者ティアーナを王妃として迎えたのだ。ティアーナは、私を睨んでくる。
「ほら、もう、私から離れなさい。お前はもう、立派な国王だ。私は帝国の魔法使いだ。お前の側にはいられない」
「やはり、ダメか」
「当然だ。私の皇族ラインハルト様は死の際に、帝国を頼むと言った。私にとって、ラインハルト様の命令は絶対だ」
私の執着は変わらない。死んで百年以上経つが、一人目の皇帝ラインハルト様の命令は、今も守り続けている。それは、死ぬまで変わらない。
「レオニード、長生きしなさい。お前が死んだら、また、戦争だ」
「そうだな」
休戦の期間は、レオニードの寿命だ。レオニードは少しでも長く、生きなければならない。
「人の寿命は移ろうものだ。そんなに、気にすることはない」
「また、会いに来てほしい」
「私はもう、王国の地を踏むことはない。戦争に参戦したのも、ついでだ。私の真の目的は別にある」
「私が国王になったのも、ついでなのか!?」
「そうだ。本当についでなんだ。すまないな」
ついでで、クーデターまで防いでしまったが、そこは、神の導きである。
私は笑うしかない。レオニードはそんな私を見て、やっと、手を離してくれた。
「いい国王になる」
「たまには遊ぶんだな」
「そんなこと、普通は出来ない!!」
「遊んでくれる友を作ればいいんだ。遊びはな、教えてもらうものだ」
「だったら!!」
私はさっさとレオニードから離れた。これ以上、側にいたら、離れがたくなる。
「王国が平穏であることを神と妖精、聖域に祈っている」
「………ありがとう」
こうして、私はやっとレオニードから解放された。
男爵領の一番近い聖域までは飛んだのだが、そこからは馬車である。
「もう、帝国に帰ろうよ!!」
「絶対に行く」
乗り心地最悪の馬車に揺られているから、皇族ランテの機嫌は最悪だ。
「酔いそう」
そして、ランテが馬車酔いした。私は平気だけど。
「吐くなら、言ってくださいよ!! 止めますから」
御者からは優しい言葉をかけられる。
吐いたとしても、私が魔法でどっかに捨ててくるけど。私はランテが吐きそうになると、そういうものをこっそりと取り除いて、どっかに捨ててやった。お陰で、止まることなく、男爵領に到着した。
「中まで馬車で行けますよ」
「いえ、ここからは徒歩です」
「えー、まだ、何もないじゃないか!!」
「だったら、付いてこなくていいですよ」
「そういうわけにはいかないだろう!!」
文句ばっかりいう皇族ランテを見捨ててやろうとするも、しつこく付いてくる。仕方ない。私を一人野放しにするのは危険だから。皇族は、私の大事な首輪である。
私は慎重に進んでいく。解放されたといはいえ、王国の禁則地である。初めて行く場所なので、私は恐怖を覚える。
皇族ランテは特に何も感じていない。妖精憑きしかわからない恐怖だな。私は礼儀をもって入ったのだが、禁則地は私の様子を伺っている。
しばらく進むと、大きな邸宅に行きついた。そこに、とんでもないものを見ることとなる。
「妖精の子孫?」
それは、馴染みのあるものだ。
妖精の子孫たちは、私を警戒して見ている。こういうのは、どの妖精の子孫も同じだな。苦笑するしかない。
私は礼儀正しく一礼する。
「私は帝国の賢者ハガルという。男爵に挨拶をしたいのだが、いいだろうか」
そう名乗った途端、妖精の子孫たちが騒がしく動き出した。それをただ、私は見て待っているだけだ。
約束もない来訪にも関わらず、邸宅から男爵家族がぞろぞろと出てきた。
それを見た私は、ぞっとした。
感じる。ここにいる男爵家族全て、皇族だ!!




