科学対妖精
翌日、まるで何事もなかったような光景に、敵国も王国も不気味なものを感じていた。だけど、王国側は戦争しますと合図を送るのだ。帝国も怯んでいられない。
そして、敵国は性懲りもなく鉄の馬を出してきた。だけど、それだけでは不安だと感じたのか、歩兵を出してきた。鉄の馬は、歩兵にあわせて進んでいく。
王国側というと、少し進軍して、そこで止まっている。国王レオニードとしては、もっと先に進みたいようだが、それを私が許さなかった。
魔法によって描かれた線より先に進ませない。そこでぴたりと王国兵は止まる。その線より敵国が進んでしまうと、王国は負けるのだ。その先は、軍部がいる。
先に敵国の歩兵が普通に進んでいく。そうして、目やら何やらで罠がないか確認しているのだ。明らかに、罠があるのだ。だけど、歩いても、目で確認しても、罠らしきものはない。
そうして進んでいくと、物凄い音をたてて、鉄の馬が一つ、大きな落とし穴に落ちた。
それを合図に、どんどんと鉄の馬は隠された落とし穴に落ちていく。だけど、そこは人がすでに歩いた後である。
「どういうことですか?」
皇族ランテは、鉄の馬だけ落とし穴に落ちる光景に驚いた。
「重量ですよ。人程度の重量では落ちない落とし穴を作ったんです。鉄の馬は重いですからね。あの重量で、落ちたんですよ」
私は魔法で鉄の馬用の落とし穴を作ったのだ。歩兵で罠を警戒していたが、まさか、重さで作動するなど、思ってもいなかったのだろう。
鉄の馬が落ちると、近くで歩いていた歩兵も道連れで落ちたりする。そうして、敵国の歩兵の半数は、落とし穴に消えていった。
残るは無事な敵国兵である。後退しようにも、そういう命令は出ていない。それ以前に、無傷の多くの王国兵が目の前だ。銃という武器を意味もなく構えて撃つが、作動しない。私が敵国が持つ銃を全て、無力化したのだ。
「前進ー-----!!!!」
とうとう、国王レオニードが合図を出し、馬を走らせた。王国兵は銃を頼りにしていた敵国兵たちに襲い掛かる。すでに、数で王国側は優位だ。
だけど、王国兵たちは、敵国兵たちを殺さない。あえて、鉄の馬が落とされた穴へと落としていくのだ。
そうして、どんどんと無事だった敵国兵たちは、穴へと落ちて行った。
さらに援軍をと敵国は叫んでいるが、誰も出ない。何が起こるかわからないからだ。何より、銃が作動しないという事実に、怖気づいていた。
敵兵が全て、落とし穴に落ちたことを確認した国王レオニードは、王国側に合図を送る。その合図で、馬によって、油が入った壺が運ばれていく。前線に出た兵たちは、壺を受け取ると、穴に油を注いだ。
穴の中に落ちた敵国兵たちは、これから何が起こるか理解した。逃げられない落とし穴で油を巻かれるということは、ここに、上から火が放たれるということだ。
「と、投降する!!」
「助けてくれ!!!」
「もうしない!!!」
「家族が!!!」
口々に叫ぶ敵国兵たち。この声は、敵国側の陣地にも届いている。とんでもない数だ。聞こえないはずがない。だけど、誰も助けに行かない。上官たちでさえ、動けないのだ。
「もうそろそろ、やってくれるだろうな」
「まさか、王国側に裏切者でもいるのか?」
「そうじゃない」
皇族ランテはわかっていない。私は、ある瞬間を待っていた。
人は助かろうとすると、ともかく、やってはいけないことをやるのだ。彼らは反射でこなせるほど、訓練を受けているだろう。
だから、上から油を流し落とす王国兵を止めるために、銃を構え、撃った。
作動はしない。そういうふうになっている。だけど、火花は起こるのだ。
それを穴に落ちた敵国兵たちが行うのだ。無駄だけど、何度もやれば、もしかしたら銃が作動するかもしれない、と縋るように行う。
そして、とうとう、どこかの落とし穴でドンという大きな爆裂音をたてて、炎が上がった。その爆裂に、王国兵が吹き飛んで、ちょっと火傷を受けたりはしたが、後で私が治せばいいことだ。
一か所が炎があがると、その原因が何かなんて、他の穴はわからない。ただ、炎があがって、生きたまま焼き殺される音を聞いて、恐怖で恐慌状態だ。
そうして、どんどんと落とし穴から炎があがっていく。
もう、炎があがっていない落とし穴は存在しない。阿鼻叫喚となったその場を王国兵たちは陣地へと去っていく。もう、敵国は、白旗を掲げていた。
戻ってきた国王レオニードは、無表情だ。私を見ると、恐怖の表情を見せる。
「生きたまま、焼き殺されてる。満足か」
「当然の報いです。妖精信仰を捨て、科学を手に取ったのです。彼らは、科学によって死んだのですよ」
「………」
私はただ、鉄の馬を落とすための落とし穴を作っただけだ。そこから先は、人がやったことである。
穴に敵国兵を落としたのは、王国兵だ。
穴に油を巻いたのは、王国兵だ。
そして、火を起こしたのは、敵国兵が持つ銃という武器だ。
私は、実は、大したことはしていないのだ。やったのは、全て、人の手だ。
私に言われた通りにやったことだ。だから、レオニードにとっては、私にやらされた、と思いたい。だけど、実行したのはレオニード率いる王国兵である。
前線に無理矢理、出された王女側の軍の上層部たちは、ちょっと怪我をした程度で、生きて戻ってこれたことに、泣いて喜んでいた。私を恨むことはない。生きていられただけで、十分なのだ。
「レオニード、さっさと休戦交渉です。今日中に終わらせますよ」
「そんな、急なこと」
「いいですか、時間との勝負です。絶対に、国境線を敵国側に下げさせなさい。文句を言わせてはなりません。相手は敗戦国です。それで許してやるんだ、と言ってやればいい」
「どこまで下げさせるんだ」
「もう、決まっています」
戦場に立てば、聖域の気配を私は感じた。敵国から地図を出させれば、すぐに国境線を移動させられる。
国王レオニードだってごねたのだ。敵国側の上層部だってごねてくれる。
私はレオニードを無理矢理連れて行き、敵国の陣地を強襲する。
「すぐに休戦交渉です。さっさと最高責任者を出しなさい」
「貴様、何者だ!?」
「あの山崩れを起こした魔法使いだ。今度はここの地面を落とし穴にしてやろうか」
私の軽い脅しは効いた。何せ、戦場となった場所では、まだ、炎があがっているのだ。恐怖でしかない。
「こちらはまだ、話し合いの準備が出来ていない。待ってもらいたい」
「こちらの要求はただ一つだ。国境線を大昔の場所に戻してもらいたい。すぐに、ここら一帯の地図を見せなさい」
「準備が」
「戦争をするのに、地図がないわけないだろう。無駄な時間稼ぎをするな。さっさと出せ」
時間がないので、私はその場に妖精を視認化させる。
あまりの数の妖精は、何かの幻かと思って、敵国兵たちは触れようとする。だけど、触れた途端、手酷い仕返しだ。妖精に触れるには、礼儀が必要だ。それを何もなしで触れるのだ。指一本がなくなったって、文句を言ってはいけない。
そうして、妖精から礼儀知らずの復讐を受ける敵国兵たち。それを私一人がさせているのだ。すぐに敵国兵たちは、上層部に泣きついた。
「ここで、お待ちください」
「上層部は、お茶なんか飲んで、余裕だな」
「っ!?」
「無駄な時間稼ぎをするな。妖精は目に見えるものが全てではないぞ」
私は上層部の敵国民が飲んでいるお茶を沸騰させてやる。
「火傷したか。私に対して、無礼なことをするから、妖精が復讐したな」
目に見えない場所で起こったことを私は嘲笑う。
私を対応した敵国兵は首を傾げながらも、一度は上層部の所に伺いに行く。そして、すぐに真っ青になって戻ってきた。
「すぐに、ご案内します」
「違う。貴様らの上官どもがここに来るんだ。私たちの足を運ばせるとは、何様のつもりだ。敗戦国の分際で」
私が怒りの形相で吐き捨てると、すぐに上層部の偉そうな人たちが腰を低くしてやってきた。
来てみれば、私と国王レオニードのみである。もっと大人数だと思って来てみれば、たった二人とわかって、敵国側は笑った。
しかし、その笑いもすぐに吹き飛ぶ。私の妖精が、敵国側の上層部どもを跪かせたのだ。
「敗戦国の分際で、立っているとは不敬だ。そのまま、跪いていろ」
「ぐ、な、何、を」
「やはり、地図があるではないか」
妖精が私に敵国側の地図を持ってきてくれた。私は適当な机に地図を広げる。
「王国側にも、随分と密偵が入っていますね。ほら、王国側の地図までくっついている」
「なんだ、これは」
地図だけではない。なんと、王国の城の見取り図まで出てきた。さらに先の侵略まで、敵国側は考えていたわけである。
レオニードは怒りで城の見取り図を破り捨てる。
「無駄ですよ。こういうものは、複製です」
「腹が立ったから、やっただけだ!!」
「ここですね、昔の国境線は」
私は正しい国境線を見つける。そこに、わかりやすいように線をひいた。
「今すぐ、ここまで基地を下げてください」
「急に何をっ!?」
「元に戻るだけですよ。ほら、準備しなさい。この基地は、今から王国のものです。ありがたく使わせてもらいます」
「勝手に」
あまりに口うるさいので、一人、私は消し炭にしてやった。
目の前で人が火だるまとなり、あっという間に消し炭となった。それを目の前でされた敵国側はしーんと静かになる。
「別に、口うるさい奴ら全て、消し炭にしてやってもいいのですよ。私の魔法は業火ですから、骨まで綺麗に燃やし尽くします。次は、誰が口を開きますか?」
もう、上下なんてない。敵国兵たちは、上層部なんか見捨てて、脱兎のごとく、基地を捨てて逃げていく。
上層部たちは動けない。私がそうしているのだ。逃げたくても逃げられない。かといって、口ごたえすれば、消し炭だ。
私は無様に跪き、恐怖に震える上層部どもを笑顔で見下ろす。
「なーんだ、誰もお前たちを助けないな。大して人望がなかったんだな」
「っ!?」
「伝令役は、一人で十分だ。生き残った者が、国境線の移動を母国に持って帰れる。さあ、殺しあえ」
私は妖精の拘束を外してやった。
そして、上層部どもは、無様に殺し合いを始めた。
敵国側の交渉役は、すぐにやってきた。私は妖精を介する契約で、国境線を変更を強要させた。交渉役は、たかが国境線、と強く出ることはなかった。
戦後交渉を終わらせれば、帝国側はすぐ撤退である。目の前には森林が広がった、風光明媚な場所である。次の戦争では、この森林を潰して行われるのだろう。
私は自然を眺めながらも、無理矢理、国王レオニードを連れて歩く。
「どこに行くんだ」
「聖域ですよ。また、すごい所にありますね」
崖の途中の洞窟だ。私はそこをぴょんと飛び降りて、洞窟の中に着地する。
「おいおい!!」
「ほら、来て」
「出来るか!?」
えー、下りるだけなのにー。
レオニードは岩肌をつかんで、恐る恐る降りてきた。洞窟に入ってきた。
「遅いですね」
「私はただの人だ!! 貴様のような化け物と一緒にするな」
「ただの人は寿命が短いから、もっと時間を有効活用しないと、死んでしまいますよ」
「はいはい」
最後は諦めたように返事をするだけだ。レオニードも、だいぶ、私の扱いに馴れてきたな。
洞窟の奥に行けば、清浄な水が湧きあがる場所だった。
「これはまた、綺麗な場所ですね。しかも、この聖域は、所有権が決まっていない」
本来であれば、聖域には所有権が存在するのだ。帝国領にある聖域は帝国のもの、王国領いある聖域は王国のもの、となっている。
ところが、今いる聖域は、所有権が決まっていない。この所有権の書き換えを記した本まで焚書してくれたので、帝国側の元敵国領にある聖域の所有権は、帝国に書き換えれないままだ。仕方なく裏技を使って、アラリーラ様所有にしてしまったのである。
私は辺りを見回していると、ふと、国王レオニードが一点を見上げていた。
「どうしましたか?」
「あ、いや、その、おかしいのが見えるんだ」
珍しく、年相応の顔を見せるレオニード。
私はレオニードが見ている方を見てみるが、何も見えない。
「何が見えますか?」
「私の乳母の娘だ。元気に生きているから、亡霊ということはないんだが」
私は、レオニードをじっと見る。意識して見ていないから、レオニードをただの人だと思っていた。
レオニードは妖精憑きだ。しかも、物凄く力が弱くて、意識して見ないと、そうだとわからない。
「ここは、妖精憑きの王族が来ると、何か見えるのかもしれませんね」
「運命の相手、とか?」
「そういうのは知りません。私が生まれるよりうんと大昔に、大事な書物は全て焚書されてしまいましたからね。どうだっていいですけどね」
私は聖域の謎には興味がない。知らなくても、問題なく生きてこれたのだ。そこは、あるがままで過ごしていけばいいのだ。
「せっかく、聖域に来たのですから、このまま王都の聖域に飛びましょう」
「ちょっと待て、今からか!?」
「そうですよ」
「まさか、また、お前と二人でか!!」
「敵国との戦後交渉の前哨戦は良かったですね」
「貴様の独壇場だったけどな!!」
「ほら、私ももうすぐ寿命ですから、時間を大事に使いたいのですよ。というわけで、城に行きましょう」
「どうして!?」
「抜き打ちですよ」
「っ!?」
城の方で何か起こっている、と国王レオニードもやっと気づいたのだ。
レオニードを戦場に立たせている間に、城では王女派が何かやっているだろう。そうするものだ。
「だから、こんなに早く、全てを終わらせたのか」
戦後交渉もさっさと終わらせたのは、王女派の暗躍を阻止するためである。
私はレオニードの手を握る。
「では、さっさと移動しましょう。犠牲は決まっていますから」
レオニードは戦争で人を殺した。人の死にもたくさん触れた。もう、殺すことも簡単だろう。
そして、私とレオニードは王都の聖域に飛んだ。
レオニードは、この移動方法自体初めてだ。道具や魔法自体、馴染みがないのだ。だから、レオニードは夢を見ているような顔をしている。
「行きますよ」
「どこへ!?」
「王国と帝国は、城の作りがほぼ同じです。どうしてか? 帝国が王国の城を作ったのですよ。だから、隠し通路も同じです」
王国の城も、王都の聖域に繋がる隠し通路が存在した。レオニードは知っていることだが、それを私が知っている事実に驚愕する。
だけど、私の説明を聞いて納得する。私は賢者である。帝国のこと全てを知り尽くしている。それは、帝国の城の隠し通路も全てだ。
あまり使われていない隠し通路は、残念な感じだ。
「もっと使いましょうよ」
「こういうのは、いざという時に使うものだろう」
「私の皇帝たちは、皆、お忍びに使っていますよ。普通に使っています。この通路には特殊な魔法がかけられています。王族であれば、迷っても問題なく抜けられます。ですが、ただの人だと、道を間違えると、元の場所に戻されてしまいます。だから、安心して使ってください」
「………」
知らなかったのだろう。そういう知識も、大昔のやらかしで失われたのだ。
帝国では、筆頭魔法使いが口伝で伝えられていた。だが、王国ではそういう存在がない。だから、一度、途絶えてしまうと、失われるしかないのだ。
私は先に立ち、普通に歩いていく。そして、出たのは、大広間である。
そこに、多くの貴族が集められていた。そして、壇上に座っているのは、王女リコットである。
それを見たレオニードは、狂った笑いを浮かべる。
「ふざけやがって」
「ほら、急いだほうが良かった」
なんと、レオニードがいないことをいいことい、戴冠式を行おうとしていたのだ。




