守れていない約束
どうしようもない奴というと、親父を思いだす。
「お前、次、カナンだけじゃなく、他の奴らもうっぱらうようなことしたら、こんなんじゃ済まさねぇかならな!!」
本当に最低最悪だ。きちんと金渡してるというのに、実の娘を売りやがったんだ。
俺の妖精をつけていたから、カナンは売られるも、その先で保護出来た。買った相手は、俺が妖精憑きだと知って、無償で返してくれた。今後、あの店には大金を落とさなければならない。そういうものなのだ。
カナンは俺に泣きながら、親父を睨み、蔑む。実の父親に連れて行かれた先で、身売りをするような場所に売り払われるなんて、カナンも思ってもいなかったのだ。まさか、そこまで落ちたことをされるほど、困窮しているのか、なんてカナンは俺を心配そうに見上げてくる。
「親父、次、こんなことしたら、もう、金は渡さない」
「わ、わかった、わかったから」
俺が本気で怒って、妖精使ってボコボコにしてやったから、もう、腕っぷしで親父が俺に逆らうようなことはしない。ついでに、金銭でも絞めてやる。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「金の心配なんかするな。きちんと学校に行くんだぞ。あと、悪くいう奴がいたら、俺にいえ。とっちめてやる」
「うん!!」
俺が言ってやれば、カナンも安心して、俺から離れていく。だけど、もう、親父のことは信じないだろうな。
こんな目にあうまで、カナンは親父のことは大丈夫と信じていたんだ。だから、学校帰りに疑問も持たずに親父についていった。そして、売られてやっと、親父がどうしようもない最低最悪な奴だと気づいたのだ。
それは、他の弟たち妹たちもだ。カナンが売られて、やっと、親父の最低最悪さに気づいて、距離をとった。
こうなるから、俺は親父に金を渡していた。家族円満を見ていたかったのだ。なのに、この親父、悪い知り合いに唆されて、カナンを売ったのだ。
カナンは可愛いから、ものすごく金になる、と言われて。
実際は、いくらかになっただろう。だけど、カナンの価値はそんな安くない。金に代えられないものなんだ。そういうものだってのに、この親父は台無しにする。
親父は無様に土下座する。そうやって、頭を下げれば、俺は許してしまう。俺は仕方がない。血の繋がりがないのだ。許すしかない。だけど、血の繋がりのある妹たち弟たちはもう許さないだろう。これは、取り返しのつかないことだ。
「もう、しばらくは大人しくしてろよ。俺は戻るから」
「えー!? お兄ちゃん、今日は泊まっていってくれないの!!」
ついさっき、取り戻されたばかりのカナンが俺に抱きついてきた。そりゃ、不安だよな。
「妖精置いてくから、心配ない」
「そうじゃなくって、側にいてほしいの!!」
「いたいけど、城に呼ばれているから」
「そんなぁ」
母に似たカナンが上目遣いで言ってくる。だけど、皇帝ラインハルト様が呼んでいる。天秤にかけても、俺の第一はラインハルト様だ。絶対に逆らえない。
「我儘いうな。働かせてもらえるお陰で、親父の借金もなくなって、どうにかやっていけてるんだから。悪い奴らは近づいてこれないようにしたからな」
「うううう」
「ちょっと待ってろ」
俺は仕方なく、小型動物型義体を動かした。遊びで作って、普段は置物みたいになっている。それに俺の妖精を憑けて動かしたのだ。
「ほら、これで我慢しろ」
「可愛い!!」
「俺も触りたい!!」
「私も!!」
見た目は可愛いんだ。すっかりカナンも小型動物型義体に夢中だ。中に入っている妖精が悲鳴あげているけどな。後でご機嫌取りしよう。
このまま、許されたような顔をしている親父を俺は部屋に閉じ込めた。
「いいか、ここから出られなくしたからな。次、俺がここに来るまで、大人しくしてろ」
「そんなぁ」
容赦なく、妖精を見張りにつけて、俺は親父を部屋に閉じ込めた。食事は妹たち弟たちがは運ぶし、トイレとはか中にあるから、どうにかなる。反省しろ!!
そうして、やっと俺は血の繋がらない家族が暮らす家から一歩出ると、場面が変わる。
そこは、私がやっと手に入れた家族がいる部屋だ。
決して、綺麗な場所ではない。私は妖精の力でもって、綺麗に整え、ベッドも寝心地をよくした。そこに、ステラと息子ラインハルトが横になって、本を読んでいた。
「ステラ、ラインハルト」
思い出した。あの血の繋がらない家族も、目の前の本当の家族も、もうこの世にいない。これは、夢だ。
涙が出そうになる。ステラは訝し気に私を見ている。いつもなら、私は一直線でステラの元に行くからだ。
私が立ち尽くしていると、ステラのほうからやってきた。
「どうした、ハガル。病気、はならないというから、疲れてるのか?」
「父上!!」
ラインハルトは笑顔で私に抱きついてくる。随分と大きくなってきたが、こうして、抱きついたりするのは、まだまだ子どもだ。
私はステラに抱きつく。ステラは最初、とてもイヤそうな顔をするが、私が泣きそうな顔をしていると、大人しく、されるがままだ。
「少し、疲れました。一緒に休みましょう」
そう認めてしまえば、ステラとラインハルトが私の手をひいて、ベッドに座らせてくれる。
何の本を読んでいるのか、と見てみれば、愛に生きたアリエッティの童話だ。
「こんな本、あったんですね」
「似合わないよな」
「帝国人であれば、誰もが一度は目を通す本です。ここには、尊い教えの全てが織り込まれています」
この童話こそ、信仰の真髄だ。似合う似合わないではない。この通りの志を持って、生きていけば、帝国だって、何度も滅ぶようなことは起きない。
顔を真っ赤にするステラ。きっと、これは、ステラの愛読書なのでしょう。女性であれば、一度は憧れるものです。
ステラは、ただ一人の支配者一族として生きるために、女を捨てた。今も、その名残がある。私の前では女だが、貧民たちの前では、女ではない。
だから、私は安心できる。ステラに邪な気持ちを男どもに抱かれる心配がないのだ。私の前でだけ、女であればいい。
私がステラに寄りかかると、ステラは表情を歪める。笑わないように気を付けているのだ。油断すると、笑ってしまうのだ。昔の、皇帝ラインハルト様を前にした時の私を見ているようだ。なるほど、ラインハルト様はこんな気持ちだったんだな。今更ながら、それを理解した。
つい、私はステラに口づけする。
「こら、子どもの前で」
「ほら、ラインハルト、口づけですよ」
「はい!」
無駄だ。息子のラインハルトは普通に私と挨拶の口づけをするのだ。ステラはもう、何も言えない。
「父上、アリエッティは今、どこにいるのですか?」
子どもだから、アリエッティがまだ生きているものとラインハルトは思い込んでいます。
「アリエッティのその後は色々と仮説があります。一番、有力だと言われるのは、王国に渡った、というは話ですね」
「帝国にいないのですか?」
ラインハルトが持つ童話は、帝国で終わっているのだろう。
「アリエッティの話には、大きく、二つに別れています。一つは帝国の貧乏貴族と幸せに暮らしました、という終わり方。もう一つは、王国に渡った貧乏貴族を追いかけて幸せに暮らしました、という終わり方です。ですが、帝国でアリエッティの子孫だ、という名乗り上げはありません。ちょうど、帝国が滅びかける前の話ですから、記録も全て焚書されてしまいましたしね」
「王国も、同じ頃に滅びかけただろう」
ステラ、一応、王国の事情も知っていた。支配者一族だから、最低限の教育を施されたのだろう。
「そうです。ですが、王国には、帝国からから王国に渡り、貴族となった一族が存在します。その一族は、噂ですが、とても人がいい貧乏貴族だそうです」
「同じだ!!」
アリエッティが心の底から愛した貧乏貴族は、騙されやすい人のいい男である。その共通点にラインハルトは笑顔で声をあげる。
「そう、同じです。しかも、この一族は、王国にある禁則地を解放し、領地としました」
「そんなこと、可能なのか!?」
「不可能ではありません。ですが、禁則地の解放は決して、良いことではありませんよ。帝国でも幾度も解放を筆頭魔法使いに依頼されましたが、全て、却下しています」
「どうしてですか? もしかして、父上でも出来ないとか」
「流石のお前も、出来ないことがあったか」
「歴代の筆頭魔法使いのほとんどは、出来ないですね」
そこのところは否定しない。実際、危ないのだ。
「ラインハルト、いくら妖精の目があるからといって、禁則地に行ってはいけませんよ。あそこは、妖精の安息地と呼ばれ、妖精が支配する土地です。あそこでは、人も、妖精憑きでさえ、妖精の悪戯で死にます」
「妖精と友達になれない?」
ラインハルトは、妖精の目を使って、野良の妖精と仲良くなっている。それが普通だから、禁則地の妖精も同じ要領でいけると思っているのだろう。
「まず、あの土地は妖精のものです。我々人や妖精憑きが入ることは、侵略ですよ。だから、きちんと礼儀をもって行かなければなりません。それを守らないから、人も、妖精憑きも、妖精の悪戯で死ぬこととなるのです」
「どうすればいい?」
「まず、私とラインハルトは、帝国の禁則地には行ってはいけません」
「どうして!?」
「どうしてもです」
私は大魔法使いアラリーラ様が支配した帝国中の妖精を使役出来るのだ。こんな私が禁則地に行けば、勝手に解放されてしまう。
そして、私の息子ラインハルトは、私と瓜二つの素顔だ。その能力も、妖精憑きを除くもの全てを受け継いでいる。きっと、ラインハルトは私と同じく、大魔法使いの妖精を使役出来る。そんなラインハルトが禁則地に行けば、解放されてしまうのだ。
まだ幼い子だから、私はラインハルトにはその事を教えていない。それなりの年齢になって、道具を使って飛び回れるほどの魔法使いとしての能力が出た時に話すつもりだ。それまで、禁則地に行く手段がないのだから、大人の理不尽で抑え込んだ。
「だったら、王国の禁則地に行きましょう!!」
子どもは突拍子もないことを言ってくる。
私でさえ、帝国から出たことは一度もない。王国はそんなに遠い場所ではない。しかし、私のような立場の魔法使いが簡単に行き来していい場所ではない。
なにより、私が王国に行ったら、王国の野良の妖精を大魔法使いの妖精として支配してしまうかもしれない。大変なことになる。
考えただけで、身震いしてしまう。
「ラインハルトがデカくなったら、俺も引退だから、王国に行くのもいいな」
「母上と父上だけで行くのですか!?」
「老後の楽しみだろう。あれ、ハガル、どうした?」
私が泣いているので、ステラが手で涙を拭ってくれます。とても苦労した手なので、とても荒れています。私はその手をつかんで、軽く口づけします。
「な、何を」
「ええ、一緒に行きましょう、ステラ」
丁度、王国との使者と会談中でした。そこに私は礼儀もすっ飛ばして入りました。
「貴様、誰だ!?」
「やめろ、ハガルだ」
懐かしい夢を見たので、私はまた、若返ってしまった。一応、平凡に偽装はしている。賢者として着ていた服はあわないので、仕方なく、筆頭魔法使いの服で皇帝ライオネル様の元に参上した。
「ライオネル様、お願いがあります」
私はライオネル様の横に膝を折り、深く頭を下げる。
「会談の後でいいか? 今、大事な話をしている」
「どのような話ですか?」
王国の使者は、筆頭魔法使いの服を着ている私をどう扱っていいのか、困った顔をしている。昨夜は、よぼよぼの爺として会ったから、私のことがわからないのだろう。なのに、賢者と同じ名前”ハガル”だ。
本来、会談には私も参加することとなっていた。しかし、私は見た通りの年寄であることから、決定能力がないと思われそうなので、あえて、欠席としたのだ。だから、私の席は空席となっている。私はその空席に座る。
賢者ハガルの席に座ったのだ。王国の使者は私がただの人でないとわかり、姿勢をよくする。
「今度、王国で戦争が起こります。通例通り、魔法使いの派遣をお願いに参りました」
「以前は確か、五十年前でしたね。丁度、敵国も痛い目にあったことを忘れる頃合いですね」
魔法使い数名を派遣したのだが、敵国は散々なこととなったのだ。
だいたい、魔法使いが前面に出れば、敵国は敗戦国となる。魔法使いには絶対に勝てないのだ。まず、人の理が通じないのだ。そんな化け物を抱える相手に、敵国は定期的に戦争を吹っ掛けてくるのだから、懲りないな、としか思えない。
それは、仕方のないことだ。まず、前哨戦として、人対人をするのだ。いきなり、魔法使いを最初から投入することをしない。戦勝国である王国と帝国は手加減するのだ。そして、勝負がつかないので、魔法使いを投入である。
王国はあるがままだ。魔法使いを育てる土壌がない。だから、こうして、帝国に頭を下げに来るのだ。
「なるほど、魔法使いの派遣ですか。もう、誰を出すか決めましたか?」
「いや、これからハガルと相談だ。最低五人は出すこととなる」
「では、今回は私一人が出ます」
「………はぁ!?」
「何言ってんだ、このクソジジイ!!」
「ボケたか!!」
皇帝ライオネル様は驚いて声をあげるだけだが、宰相や大臣たちが言いたい放題だ。あっれー、私、帝国で二番目に偉い人なんだけど。
対する王国の使者は、わけがわからない顔をしています。そりゃ、私が賢者ハガルと同一人物だなんて、思ってもいませんからね。
「いや、ハガルは帝国から出さない。絶対だ」
「心配いりませんよ。皇位簒奪されても、気に入らなかったら、その皇帝はきちんと秘密裡に処理してあげますから」
「どうして、私が殺される話になるの!?」
「そういうことを心配しているものと思っていました。私が生きている内は、帝国を滅ぼされるようなこと、絶対に許しませんから。安心して、死んでください」
「お前、後で無理難題な命令やってやるからな!!」
「冗談ですよ、冗談。今の皇族に、皇位簒奪するような、見どころのある男はいませんよ。いたら、育てています」
軽い冗談だというのに、全員がドン引きしやがった。宰相と大臣まで、私のことを蔑んで見てきます。ほら、上がすげ変わったって、平民から見れば、きちんと政治やっていれば、関係ない話ですから。
ライオネル様まで、私のことを蔑んで見ている。だけど、私の息子に手を出したこと、今も許していないよ。いくらラインハルトから誘惑したからって、あそこまで教え込んでいて、許せるはずがない。他にいい感じの皇帝候補がいないから、今も我慢しているだけだ。
お互い、にらみ合っていて、会談は大変なこととなっている。
「まあまあ、ライオネルから折れてやりなさい」
会談に参加する皇族は皇帝一人だけではありません。皇族だっています。
「ランテ、しかし」
ライオネル様と年代が近い皇族ランテ様が間に入ってきます。
「今回は、僕も一緒に行こう。さすがにハガルを一人、野放しにするわけにはいかないからね」
私一人、王国に行かせることなど、帝国は絶対にさせない。私の首輪役として、皇族が一人同行しなければならないのだ。それを皇族ランテがやるという。
「それで、いつ行きますか?」
「お前が行くとは決まってない!!」
「ランテが一緒に行くと言っています。これで、私の制御の問題は解決ですよ」
「お前を王国に野放ししたら、大変なことになるわ!!」
「えー、大人しく戦争して、ちょっと観光するだけですよ」
「どこに?」
「王国の禁則地です」
「なんで?」
「昨日、夢を見ました。一緒に行こう、と約束したというのに、先に死なれてしまいました」
「………」
誰のことか、ライオネル様だけは知っている。だから、黙り込んだ。
宰相も大臣たちも大反対だ。私を帝国から出すことは、色々と不都合がある。
「いいですか、万が一、万が一、ハガル様が亡くなった時はどうするのですか!? 今だに筆頭魔法使い候補はいないというのに」
そこである。私の後継者が今だにいないのだ。
いや、いるにはいるんだな。しかし、妖精に命を狙われる一族だから、領地から出られないのだ。だけど、私に万が一のことがあった場合は、ライオネル様主導の元、表に出すこととなっている。
「そこは、どうにかなります。隠し玉はいっぱいありますから」
「生きて、きちんと戻ってきますか? あなた、とんでもない女好きではないですか!!」
女に現を抜かして、王国に定住するかもしれない、なんて思われている。
「心配いりません。私の真の好みの女はただ一人ですよ」
「そうだな、絶対に篭絡はされんだろうな」
ライオネル様もわかっていますね。私の心にある女性はステラただ一人ですよ。
ところが、ライオネル様、とても引きつった顔をしています。もっと、こう、いい顔をしてくださいよ。
「男はどうなのですか!? 先帝には随分と絆されたと聞いています」
「ラインハルト様に瓜二つでしたからね。私が篭絡しました」
仕方ない。ライオネル様の前の皇帝は、私が最初にお仕えした皇帝ラインハルト様に瓜二つだった。あそこまで似ているので、ラインハルト様になるように、色々と教え込みました。お陰で、いい皇帝にもなりましたよ。
「三度目の奇跡があった時は、連れて帰ります」
「連れて来るの!?」
もう、ドン引きされたよ。えー、そこは譲れないよ。本能だから。
皇帝ライオネル様まで、私のことを蔑んで見てきました。お前だって、私に似ている息子ラインハルトを手籠めにしただろうが。また、私とライオネル様がにらみ合うこととなる。
「それで、我が国には、魔法使い派遣はしてもらえるのですか!?」
帝国内だけで、随分と空気が悪くなってしまったので、王国の使者はやけくそみたいに叫ぶようにいう。
「もちろん、魔法使いは派遣しますから、ご安心ください。説得しますから」
「クソジジイ!!」
「大人しくしてろ!!」
王国行きは、前途多難であった。
こちら、出来た都度での更新となります。たぶん、あまり進まないかもしれませんね。流れはできていますが、設定が詰め込み過ぎて、名前とか、前にさかのぼって、とかなります。気長によろしくお願いします。




