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皇族姫  作者: 春香秋灯
領地戦の中の皇族姫
20/353

祭りの終わり

 領地戦が中止となり、即、不正が起こったため、妖精の呪いの刑が発動したことが、帝国全土に伝えられた。なにせ、妖精の呪いの刑を受けるのは、最果ての領地を持つ伯爵ドモンドだ。伝わってしまうのだ。

 領地戦が中止となったため、どちらも勝っていない。伯爵家は不正をしたため、むしろ、与えなければならなかったが、男爵が望んだ勝利の商品は、侯爵次男の首である。きちんと皇族の承認も通り、侯爵家は領地戦の助太刀として出てもいる。微妙な話となった。

 侯爵はもちろん、ハイムントの元に苦情を訴えに行った。

「領地戦は中止となった。しかし、我々の問題は解決していない」

 侯爵次男は、何故か、妖精の呪いの刑を免れた。あの場で捕らえられていたので、てっきり、そうなるものとわたくしも思っていた。

 だから、今も堂々と目の前に座っている。

 図々しい。侯爵次男グレンは、何も問題がないような顔で、わたくしの前に座っている。

「ラスティ様、妖精に命を狙われるような男をこのままにしておいてよろしいのですか? 帝国は、神と妖精によって生かされているのですよ」

 ぬけぬけと、ハイムントのことを悪くいうグレン。

 ハイムントはというと、眠そうな顔をしている。まるで、聞いていない様子だ。領地戦中止からずっと、この調子だ。

「男爵、身をわきまえて、この領地を差し出しなさい。この契約は生きている」

「契約といえば、賢者ハガル様には、きちんと、出すものは出しましたか?」

 突然、目を覚ましたハイムントは、蔑むように侯爵を見る。侯爵は嘲笑うかのように、ハイムントを見返す。

「もちろん、きちんと出しましたよ。ハガル様はそれはそれは喜んでおられました」

「もう知る者がほとんどいませんが、ハガル様には血の繋がらない家族がいました」

 それは、初めて聞く話だった。


 賢者ハガルだって幼い頃がある。赤ん坊だった頃だってある。家族だっていただろう。

 ハガルは元は捨て子だったという。そのハガルを拾った家族がいたとか。ハガルは血の繋がらない家族をそれはそれは愛し、大切にした。

 あまりにも大切にしすぎたため、ハガルの二人目の皇帝アイオーンは、その家族を王国へ隠してしまった。

 こうして、ハガルは血の繋がらない家族と引き離されてしまった。ハガルは、もう、家族は土の下だというのに、家族の子孫を今も探しているという。


 そんな話だ。ハガルが捨て子だった、という事実は知られていない。

「わかっていると思いますが、ハガル様の身の上は絶対に話してはいけないこととなっています。ハガル様の存在を下げ堕とすことを歴代の皇帝たちが許しません。ハガル様を下げ堕とすということは、皇帝を下げ堕とす行為ですから」

「わかっている。我々は、妖精の契約までさせられた。子々孫々、伝えないこととなっている。我々だって、たまたま、先祖の日記を見つけて、知ってしまっただけだ」

 侯爵はふんぞり返って、偉そうにいう。

「それで、日記はハガル様に渡しましたか?」

「大切な情報源だ。大事に保管しているよ」

「そうですか。では、役立たずな情報としてあげましょう。入れ」

 ハイムントが誰かを待たせていたのだろう。許可を出されて、入ってきたのは、元貧民の若者ガントだ。

「何か御用ですか、若」

「こちらに座りなさい。もうすぐ、父上が来る」

 ハイムントは偽装をとり、影皇帝となる。瞬間、部屋の空気が剣呑となる。

 ハイムントが座っていた場所にガントが座る。ガントの向かいは侯爵だ。明らかに身分の低い者であるガントが目の前となって、侯爵は文句でもいってやろう、と口をあけた途端、ドアがノックもなく開く。

 そこからは、いつものおじいちゃん姿のハガルだ。後ろには皇帝ライオネルがいる。

 影皇帝は素早く跪く。それをライオネルは手を軽く振って、やめさせる。

「そういうことはしなくていい」

「癖ですよ、ライオネル様」

 影皇帝は、暗い笑みを浮かべて立ち上がり、ガントの傍らに立つ。

「私の先祖は、皇帝ラインハルト様の相談役だった。戦争がなくなり、政争に負けて没落したのだが、皇帝の信頼が厚く、何事かあると、隠れて相談に乗っていたのだ。それは、皇帝アイオーン様の代にまで続いていた。

 ある日、宰相がある一族を連れてきた。王国とは話がついているから、移住するための手伝いをしてほしい、と願われたという。だから、一度は、その一族を王国に送り届けたのだ。しかし、一族から願われたという。帝国に隠してほしい、と。血の繋がらない伯父を隠れて見守りたい、そう言ったそうだ。

 先祖はこう考えた。きちんと送り届けたのだ。だったら、この先は、一族の自由だ。戻りたいと言われれば、手助けしよう。そうして、その一族は、私の先祖によって帝国に戻り、隠された。

 この若者は、その一族の子孫だ。私の先祖代々仕えている騎士の血族に混ざったのだよ」

「ステラに、してやられました」

 嬉しそうに笑うハガル。隠されていたのに、怒らないのだ。

「そうではないでしょう。たまたま、私が調べてわかったことです。父上、皇帝ラインハルトの日記を読むべきです。読んでいれば、相談役のことがもっと書かれていたはずです。皇帝アイオーン様は読んで知っていたから、秘密裡に使ったのでしょう。賭けたのですよ、父上が皇帝ラインハルトの日記を読まない方に」

「アイオーン様は、人を騙すのがお上手な方だ。私に悪い遊びを教えたのは、あの方です。あの方にとっては、私など、簡単に騙せたでしょうね」

「だから、あなたの皇帝たりえたのですよ。

 さて、お前たちの情報は紙屑となったな」

 ハガルはガントを連れて、さっさと部屋を出ていくと、次に座るのは、皇帝ライオネルである。その傍らに影皇帝が立つ。

「お前たちは、随分と分不相応なことをしてくれたな。ハガルの家族を隠した宰相は、かなり出来る男だったという。それなのに、子孫は全てを台無しにしてくれた。先祖が泣くな」

「私のように、返り咲くこともありますよ。返り咲きたくありませんでしたが」

 影皇帝は物凄く嫌そうな顔でいう。貴族になりたがっていない、と聞いていたけど、今でも本心は、貴族になりたくないのだ。

 呆然となる侯爵とグレン。ハガルを縛る情報は紙屑だ。しかも、ハガルが待ち望んでいた血の繋がらない子孫は、さっきまで目の前にいて、ハガルの手の内だ。もう、ハガルは味方になはってくれない。

「け、契約はっ」

「貴様の息子の首をよこせ。跡継ぎも、全てだ。跡取りの教育をやり直すのだな」

 影皇帝の要求が増える。

「そんなっ!? 領地戦の商品は、グレン一人の首と」

「父上っ!?」

「貴様一人の犠牲で助かるんだ!! 一族のために、その命を使え!!!」

「いやだ!! 私はこの領地の領主となる!!! 男爵ごときが生意気な。全て、私によこせ!!!!」

 醜い口争いをする侯爵家族。それは、身分が低い者へと向かっていく。

 影皇帝は、詰まらない、なんて顔をしている。

「てっきり、親が子の首を刈り取るかと見ていたが、その程度か。一族を守りたい、というのなら、当主自らが穢れるものだろう。それもせずに叫ぶだけだとは、帝国も平和だな」

 常に命のやり取りをしている影皇帝にとって、この親子の醜い争いなど、平和の象徴でしかない。

「仕方がない、私が刈り取ってやろう」

 そこで動くのが、皇帝ライオネルだ。表向きは円満で皇帝となったというが、実は皇位簒奪をした男である。皇族の中で戦って、皇帝となったのだ。立派な子もいるが、平和呆けなんかしていない。だって、いつも、近くには、皇位簒奪を狙う皇族スイーズがいるのだから。スイーズは皇位簒奪をして、賢者ハガルを手に入れる野望を諦めていない。

 剣に手をかけて立ち上がろうとするライオネルを止めるのは、影皇帝だ。

「ライオネル様の御手を穢す必要はありません。その男が穢すべきでしょう。さあ、やりなさい。皇帝を動かすなど、無礼だ」

 平和ボケしていても、皇帝は最上位だ。侯爵は震える手でほとんど使ったことがないだろう剣に手をかける。

「いやだーーーー!!!」

 そして、息子のグレンは侯爵から距離をとり、こちらも剣を抜き放った。

 互いにへっぴり腰で、これまた震える剣先を向ける。どっちが勝つかな? なんてわたくしは他人事のように見てしまう。

 合図なんて必要ない。互いにただ、剣を振るって、攻撃しまくりだ。ただ振っているだけなので、戦略なんてない。必要のない時代を生きているのだ。剣術なんて、ただのお遊戯なんだろう。

 そうして、体力のない侯爵が剣を弾かれたところで、グレンは剣を一閃する。しかし、全く鍛錬なんてしていないので、ちょっと胸が斬れた程度だ。

「この、痛いじゃないか、バカ息子が!!」

 怒りに拳を出す侯爵。もうなりふり構っていないのだろう。だけど、いい攻撃だ。グレンは油断していたので、侯爵の拳を顔面に受けて吹っ飛んだ。

 侯爵は剣を拾い、痛みやらなにやらで動けなくなったグレンを笑って見下ろす。

「死ね!」

 侯爵は、何度も何度も倒れているグレンの胸に剣を突き刺した。あまりにも下手なので、剣が歪んだりしたけど、それでも突き刺し続けた。

 動かなくなったグレンは、ずっと、侯爵の攻撃を受け続け、肉の塊となっていった。



 ハガルを脅した行為は重い罪となった。表向きは、領地戦で不正なことをした伯爵の味方をしたことからの連帯責任として、侯爵自らの命を差し出した。跡取り息子は、生き残った。

 しかし、ハガルを脅した行為はそれでも許されず、爵位を子爵まで落とすこととなる。子爵となったことで、これまでの権威が使えなくなった跡取り息子は、それから、随分と苦労することとなった。



 ハイムントは変わらず、邸宅から出られない毎日を送っている。

 ハイムントの様子見に来た偽装を解いたハガルに、ハイムントは笑顔で迎える。

「父上、もう十分、筆頭魔法使いの屋敷に閉じ込められる練習は出来ました。領地内に、僕の行動範囲を広げてください」

「反省していませんね。あなたは、わざと敵に、私がかけた妖精の力の情報を流しました。あんな危険なことをしておいて、許すわけがありません。もうしばらく、ここで大人しくしていなさい。屋敷の部屋の掃除を終わらせます」

「………また、逃げてやる」

「二度目はありません。今度は、あなただけの部屋です。もう、ステラはいませんよ」

「………」

 嫌そうな顔をするハイムント。ハガルは嫣然と微笑んでいる。

 ハガルがいるということは、皇帝か皇族がいるはずだ。わたくしはハガルの向こうをじっと見ていると、皇帝ライオネルが気まずそうな顔をして、入ろうかどうか、と迷っている。

「ライオネル様」

 それを見て、ハイムントが珍しく嬉しそうに笑いかける。少し、弱っているのだろう。ハイムントの素のような部分が出てきたようだ。

「ライオネル様が毎日でも会いに来てくれますよ」

「それは困った。ライオネル様が毎日、会ってくださるというのなら、あの部屋でもいいですね」

「ラインハルト、いい加減にしなさい!!」

 ライオネルが珍しく、ハイムントを叱る。

「お前は、どうして私を困らせることばかりするんだ。我が子ですら、こんなふうに心配したことすらないんだぞ」

「心配してくださったのですか。嬉しいです」

「ライオネル様、私は許したわけではありませんからね」

 距離感が妙に近いハイムントとライオネルの間にハガルが入り込んだ。妙な関係に見えてしまうのは、わたくしの気のせいだろうか。

 さらに遅れて、魔法使い五人が部屋に入ってきた。

「また無茶しやがって」

「俺たちがいなかったら、妖精に捕まってたぞ」

「もう、ハガル様に閉じ込められてしまえ」

「そうだそうだ」

「そうしたら、毎日、遊びに行ってやる」

「持つべきものは、悪友だ」

 魔法使い五人にいじられながら、普通の若者らしく笑うハイムント。それを見て、ライオネルとハガルは表情を緩める。

 しばらくは賑やかだったのも、ハイムントを引きずるように出ていく魔法使い五人がいなくなったので、急に静かとなった。

「どうして、ハイムントは妖精に狙われているのですか?」

 わたくしはまだ、ハイムントの詳しい状況を知らない。今回の領地戦の不正によって、ハイムントの身の上は、ただ、魔法使いになれなかっただけではないことがわかった。

 あれほどの見えない妖精に狙われるハイムント。ハイムントのほうでは、覚悟らしきものがあるように見える。でも、まだ、その時ではない、そう妖精に話しかけていた。

「私の愛するステラも、妖精に狙われていました。随分と寿命を盗られて、私と出会った頃では、寿命は十年ほどしか残っていませんでした。色々と手を尽くして、それ以上、寿命を盗られることはありませんでしたが、盗られた寿命は戻ってきません。本当に、儚い一生でした」

「それほど若く亡くなったようには見えませんが」

 肖像画では、なかなかよい年齢に見えた。でも、肖像画だ。実物ではない。そこから年を経たとしても、もういい感じのおばさんになっているだろう、たぶん、きっと、そういう見た目でいてほしい。ハイムントの母は、見た目が男と勘違いしてしまうほど逞しいのだ。

「ステラが子を産んだのは、今のあなたと同じくらいの年頃です」

 驚いた。見た目はあんなに年上に見えるのに、わたくしと変わらないころに出産したのだ。確かに、若すぎる。

「ステラの一族は、短命なんです。ステラの父も、ステラが生まれてすぐに亡くなったと聞いています。その前も、さらにその前も、ずっと、ニ十歳を越えて生きた者はいません。ステラは、私と出会ったお陰で、二十歳を越えて生き残ったにすぎません。私と出会わなければ、ステラもまた、子を産んですぐ、死んだでしょう。そういう一族なのです。その一族の宿命をラインハルトも背負っています。生まれてからずっと、私の力でラインハルトを隠してきました。しかし、筆頭魔法使いの実験中に、私は失敗してしまいました。ラインハルトは妖精に見つかってしまい、寿命の半分を盗られてしまいました。残る寿命は、そうありません。だから、私は閉じ込めたのです。これ以上、妖精にラインハルトの寿命を盗られないように」

「何故、妖精はハイムントの寿命を盗るのですか? 妖精とハイムントの会話を聞きましたが、呪っているわけでも、嫌っているわけでもありません。妖精は、ハイムントのことを大好きです」

 妖精たちがハイムントに向ける視線は愛に満ち溢れていた。抱きしめたい、と両手を広げて向かってきている。それなのに、ハイムントの寿命を盗るのは、矛盾している。

「一族で、短命は謎の部分でした。調べてみれば、没落してから短命となっただけで、それ以前は、普通に生きていました。ところが、戦争に出陣して、生きて戻ってきても、すぐ、死ぬのです。病気でもなにでもない。気づいたら、息を引き取っている、そんな感じだそうです。戦場で気苦労したのだろう、そう考えられていました。それが、没落し、領地を離れてすぐに、一族の者がどんどんと死んでいったそうです。それに不信を抱いたのか、一族は、領地の近くにある貧民街を根城にしました。そうすると、人死にがぐんと減っていったそうです。それでも、代を重ねるごとに、どんどんと短命となっていき、ステラの頃には、ニ十歳を迎えることが稀となっていたと聞いています。

 ステラの一族に代々使えている者たちは優秀です。ステラの一族の死の謎をしっかり、記録していました。お陰で、色々とわかりました」

 ハガルは部屋を見回す。少し前までは子爵の持ち物であった邸宅は、遠い昔はハイムントの先祖のものだ。今では失われた魔法が施されているという邸宅に魔法を発動させると、使用者はハイムントの先祖となっていたという。

「この邸宅を中心にして、ステラの一族を妖精から隠し通す魔法が施されているようです。その魔法の範囲は、帝国全土まで届いていたのでしょう。それも、時とともに範囲を狭めていったのだと思います。どんどんと狭めていき、なくなったのでしょう。だから、数代前から、妖精に見つかり、寿命をどんどんと盗られていったのです。この邸宅から、出てはいけない一族だというのに、口ばかりの貴族は酷いことをするものだ。ですが、それもまた、あるがままです。その出来事があって、私とステラは出会いました。

 でも、後悔はあります。私の皇帝の日記、逃げずに読めばよかった。読んでわかります。相談役は、私の力を使ってでも、貴族に戻すべき方でした。私は本当に、弱虫だ」

 ハガルはやっと、賢帝ラインハルトの日記を読んだのだ。後悔の涙に、言葉を詰まらせる。

「まだ、ラインハルトの一族がどうして、妖精に狙われているのか、ハガルでもわかっていない」

 ハガルが話せなくなってしまったので、ライオネルが後を続ける。

「ハイムントは大丈夫なのですか? その、見た目はいくつなのか、わかりませんが」

「もうすぐ、ステラが亡くなった歳だな。元の寿命がどれほどだったのかはわからない。寿命なんて、環境やらなにやらで移ろうものだからな。本来は、ラインハルトは屋敷に閉じ込めるべきなんだ。そうすれば、残った寿命を全う出来る。屋敷には厳重な魔法が施されている。見つかったとしても、ラインハルトの命を狙う妖精は入ってこれない」

「でも、ハイムントは逃げますね。逃げると言ってます」

「未練があるのだろう。それが何なのか、わからない。ラスティの教育係りを理由に貴族位を受けたのも、外にいたいためだ」

「貧民たちはどうなのですか? やはり、ハイムントには側に居てほしいと願っているのですか?」

「聞いてみろ」

 近くに貧民はいない。そう思って見ていると、ドアが音もなく開き、元貧民のガントが入ってきた。外で聞き耳をたてていたのだ。

「我々の意見は一つです。ラインハルト様の血族にのみ従います。若には、一日でもはやく、跡取りを作ってもらいます。時間が足りないようなら、屋敷に閉じ込めてもらってかまいません。我々は、若の血筋が大事です。若の血筋が絶えたら、我々も絶えます」

 とんでもない忠誠心だ。ハイムントの血筋にものすごく固執している。それ以外の主を認めないという。

 ガントはわたくしをじっと見つめる。

「姫様、どうか、若を選んでください。若はずっと、姫様を待っていましたよ」

「あれですね、ハイムントの好みになれば、選ばれる、ということですよね」

「ずっと姫様を選んでいますよ。姫様が皇族となる前からずっとです。はやく、落ちていればよかったのに。俺がもっと早く気づいていれば、姫様を後ろから叩き落としてやりましたよ」

「あの、言っている意味が、わかりません」

「男も女も皆、若に夢中になる。跡取り作り、ずっとやっていたんだ。それなりの女を若の元に送った。だけど、若は誰一人、手をつけない。若はな、跡取りを作らず、死のうとしている。そんなこと、我々は許さない!」

 ギラギラとした目をして、わたくしを見るガント。わたくしは怖くなって、何かを探す。いつもだったら、ハイムントがいるけど、今はいない。

「ガント、やめなさい。ステラだって、本当は跡取りを作るつもりなどなかっただろう。私と出会った頃は生娘だった。閨事なんて、何一つ知らない女だった。体を鍛え、男のようなナリで、男を吹き飛ばす剛腕まで手に入れて、私に向かってきたのだ。綺麗なもの、可愛いもの、そういうものを全て捨てて、男のような生き方を選んだステラは、私が力づくで蹂躙されただけだ。そこに、たまたま、妖精の悪戯で、たった一度で子が出来た。ただ、それだけだ。そういうものは、あるがままだ」

 ハガルはガントの肩を叩いて、宥めた。もう、ハガルは泣いていない。いつもの穏やかな笑顔だ。

「私も、過去の妄執に随分と縛られた。そのことで、ラインハルトを随分と泣かせたものだよ」

「ハイムントが、泣くのですか?」

 想像がつかない。ハイムントはどんな目にあっても、平気そうである。むしろ、面白い、と笑っていそうだ。

「親子だからですよ。ラインハルトにとって、私は父親です。父親を取られるのがイヤなのですよ。本当は、今回の領地戦で、侯爵からの裏取引だって、私はどうでも良かった。ですが、ラインハルトが狙っているようなので、わざと受けてやっただけです」

「ハイムント、怒っていましたよ」

 ハイムントは侯爵との裏取引の内容を知っていたから、領地戦で、ハガルに怒っていたのだ。ハイムントにとっては、大好きな父親だ。血の繋がりのない家族のことを今も妄執している、と知って、ハイムントはハガルの過去の妄執に嫉妬したのだろう。

 ちょっとしんみりして来たところで、物凄い足音が部屋に近づいてくる。

 今度は物凄い勢いをつけてドアがあけ放たれる。

「ガント、あの女どもはなんだ!?」

 珍しく、ハイムントが素を出している。こういう姿を見るのは初めてだ。

 ガントは涼しい顔をして、そっぽを向いている。

「はやく跡取りを作ってください。作れば、女は引き上げます」

「冗談じゃない。僕の好みを知っているだろう!! 僕は、母上のような方がいいんだ!!!」

「先代のような方、そうそう、見つかるわけがないでしょう!! あれは、才能というものなんですから!!! 父から聞きましたよ。先代は、そういう才能がブチ切れてたと。そんなの、見つけられるわけがないでしょう!!!」

「そこをどうにか見つけるのが、お前の役目だ。だったら、作ってみろ、母上のような方を!!!」

「無茶苦茶いうな!! ボスなんだから、役割をさっさとはたせ!!!」

「そういうお前はどうなんだ。跡取りは出来たのか? いないよな。僕より先には作りません、なんて言ってるよな」

「そうですよ! あなたが作らないから、僕の恋人は泣いていますよ!!」

「さっさと作ればいいだろう。二人目か三人目で、僕の跡取りとあわせればいいだろう。言い訳なんかするな。どうせ、自信がないんだろう、閨事の!!!」

「そういう若だって、自信がないんじゃないんですかね!! ほら、今すぐ、やってくださいよ!!! 相手はそれなりに閨事の経験がありますよ!!!」

「なんで、そういうのを連れてくるんだ!! 僕は絶対にイヤだからな!!! さっさと引き上げろ!!!!」

「ほら、これっぽっちも自信がないんだ! いい機会ですから、教えてもらってください。ついでに、跡取り作れ!!」

「裏切者!!」

 ガントは無理矢理、ハイムントを部屋から引きずり出す。きっと、そのまま、ハイムントの私室に放り込むのだろう。

「私も孫を抱きたいな」

 それを傍観していたハガルは、とんでもないことを呟いた。

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