貴族議会
女帝の執務室で報告書の確認作業です。手書きで適当に書かれていますが、読めればいいのですよ。
「皇族も、随分と真っ黒ですね。捕らえた皇族の半数が裏切者だとは」
表だってクーデターに参加したのは、裏切者皇族オシリスの家族だけだ。しかし、それを支持した皇族はそれなりにいた。一応、表向きでは、地下牢に捕縛されていたが、それは、エリシーズを支持している皇族たちを監視するためだ。万が一、その皇族たちが牢から脱出された時のために、足止めをする役割を持っていました。
「何が楽しいのやら。皇帝になったって、面倒臭いことばかりだというのに」
裏切者皇族たちのリストで机を叩いて呆れる筆頭魔法使いリッセル。
「楽しいですよ。帝国のことは人任せにして、ただ、ふんぞり返っていればいいのですから。傀儡となる、と喜んで言っているわけです。帝国のことなんて、何一つ考えていませんよ」
「それで、帝国が滅んだら、元も子もないというのに」
「そうしたら、私みたいな皇族が誕生して、救ってくれると思ったのでしょうね。実際、それで、二度目の破滅を防いだのですから」
「反吐がでる」
大事なリストを握りつぶすリッセル。私はリッセルから大事なリストを取り上げて、魔法で綺麗に戻してやります。
「処刑の楽しみが増えましたね。どこまで処刑しますか? 家族ごと処刑した記録もありますよ。まだ、皇族かどうかもわからない子どもまで、家族だからと処刑したそうです」
「しましょう」
「そうですね。親の前で、子どもから殺してやりましょう。親よりも先に子が死ぬのは親不孝だといいます。アランと同じようにしてあげます」
「………楽しいですか?」
「ええ、とっても。ですが、ロベルトには話せませんね。聞かれたら、嘘はつけませんから、どうしましょうか」
「昔はどうでしたか?」
「聞かれませんでした」
遥か昔、私は似たようなことを貴族どもと皇族どもにしました。呪いをかけた赤ワインを飲ませ、裏切者を炙り出したのです。そして、罪ある皇族どもと貴族どもを処刑させました。この事については、新聞にも出されました。新聞では、赤ワインで呪い死んだとされたのですよ。皇族ライアン、許すまじ!!
ロベルトは帝国で私が行ったことを一切、聞きませんでした。新聞を読んで知っていたこともあります。ですが、帝国で受けた仕打ちは、私から話すだけで、ロベルトから追及されることはありませんでした。
ですが、さすがに今回は、ロベルト、私に追及するでしょう。私の所業を知られて、嫌われるかもしれません。
「今回のことは、まあ、その時に考えます」
未来のことは未来に任せ、今は目の前の問題です。
「あまり長くロベルトから離れるのは、ロベルトの体の負担となります。明日で全て、終わらせましょう」
「まだやるのか!?」
私とリッセルの話を聞いているだけだった皇族ライアンがとうとう、口を挟んできました。
「これほどの災厄を振り撒いておいて、まだ、足りないというのか!!」
「そりゃそうでしょう。まだ、表に出ない帝国の敵である貴族が残っています。今、帝国の暗部に調べさせていますよ」
「俺の暗部を勝手に使うな!?」
「帝国の暗部ですよ。女帝代理の私が使ってもいいではないですか」
私は代理承認の書類を自慢気に掲げてやります。肌身離さず持っていますよ。
「女帝なんて、一生涯、やることはないと思っていました。面倒くさいですしね。あと一日、頑張りますね」
「もう帰れ!!」
私の手から承認の紙を奪おうとするライアン。ですが、この男、体術は最底辺なのですよ。私は軽く、ライアンの手が届かない所に逃げてやります。
「そんな、たった二日で事を動かした程度で、悔しがることないでしょう。あなたと私では、能力に差がありすぎます」
「俺が無能みたいだな」
「いえいえ、あなたは十分、有能ですよ。ただ、私は化け物なだけです。やり方が人外です。父でさえ、この所業には呆れるでしょうね」
「呆れるって」
「父だって、あなたと同じ、もっと時間をかけるでしょう。そうするのが正しいです。ですが、私は我慢なりません。時間をかけるくらいなら、さっさと力づくで壊したほうが早いのですよ。暗殺があっても、暗殺者を殺したほうが楽です。それを繰り返していけば、その内、暗殺者がいなくなります。だって、依頼しても、誰も受けなくなりますから。そういうものです」
「………」
ライアンは私を化け物と見てくる。そういうものなのだ。
人の枠に嵌ってやっていては、時間がかかるし、何かと面倒臭いことをしなければならない。私は、そういうものをぶっ飛ばして、権力を使い、妖精憑きの力を使い、思うままに行動します。
リッセルはというと、穏やかに笑って、私にお茶を給仕してくれます。リッセルは私よりも、ライアンよりも年上だから、悟りの境地ですね。
「ライアン、無駄です。エリカ様の深慮は、お前のようなただの人には理解出来ない」
「生意気いうな」
「………もしかして、ライアン、私を見たままの歳だと思っているのか?」
「? そうだろう。記録でも、そうだし」
「………」
「………」
私もリッセルも、呆れてしまう。ライアン、魔法使いアランに傾倒しているくせに、妖精憑きというものを全く理解していない。
「ライアン、リッセルは、私やあなたよりも年上ですよ」
「は? 何をバカな」
「記録上では、皇帝ライオネルの孫よりも血縁が遠くなっていますが、それは、紙の上の話です。実際は、リッセルは皇帝ライオネルの子です」
「そんなバカな!?」
「本当です。リッセルは力の強い妖精憑きであることを隠すために、あえて、皇帝ライオネルが特例を出して、その立場を隠したのです。力の強い妖精憑きは私を見ればわかるように、老いません。また、寿命もとても長いです。しかも、リッセルの一族は、ご存知の通り、悪い妖精に命を狙われていました。皇帝ライオネルは、リッセルを死なせないために、領地に隠したのです」
私がそこまで説明して、リッセルが皇族ラキスと同じ血族であることにライアンは思い出した。ですが、リッセルを疑うように見ています。
「だからといって、表に出ないのは、納得いかない。筆頭魔法使いの長い不在は、帝国にとって不利に働いていたことは、皇帝ライオネルだって知っていたことだ」
「言ったでしょう。リッセルは悪い妖精に命を狙われる一族だと。皇族側に残った妹は、城に施された魔法によって守られていました。それでも、同じ皇族が妖精によって操られ、死ぬこととなりました。いくら、力の強い妖精憑きであるリッセルであっても、寿命を盗られないという確証はありませんでした。だから、領地にある邸宅型魔法具にリッセルを閉じ込めるしかなかったのです。それに、結局、父アランが誕生し、帝国を救う私も誕生したことから、神の定めは別にあったということです」
「それは、ただの偶然だ」
「悪事を働く者たちが悪いのですよ。リッセルは悪くありません」
「………」
とても単純なことを皇族ライアンは失念しています。それを言われて、ライアンは黙り込むしかあれません。
小難しいことを言い訳したところで、誰も納得しません。それ以前の、単純なことを言ってやれば、納得しないといけないのです。
「神が助けるのが当然だと思わないでください。神も妖精も気まぐれです。昨日、野良の妖精は気まぐれに、あの裏切者オシリスに力を貸しました。人側にとっては、それは間違いです。ですが、妖精にとっては、ただ、面白いから、という理由です。正しいとか、間違いとか、そんなこと、関係ありません。やりたいからやるのです」
「そんなこと、言われても」
「私とリッセルは、妖精視点で物事を見ることがあります。だから、ライアンと妖精憑きでは、話し合っても平行線なんです。通じないのですよ。そういうもの、と受け止めるしかありません。それが、皇帝です」
「エリシーズに、それをしろというのか」
「そうするものですよ。過去の皇帝の日記を読んだら、わかりますよね。父アランは、まだ、まともな人側の視点を持っていたにすぎません。それを全ての妖精憑きに求めてはいけません。そこは、あるがままですよ」
「………」
ライアンが知る力ある妖精憑きは父アランです。どうしても、父を基準に持ってきてしまう。だから、私やリッセルのような妖精憑きは受け入れられないのです。
受け入れられない存在は、化け物、と見るしかないのです。私もリッセルも、そう見られたって、気にしません。化け物、という自覚があるからです。
「もういいですよ、エリカ様」
リッセルは年上の包容力で、ライアンの責めを受け入れます。
「確かに、私が領地から出なかったのが、そもそも、悪いことです。私には、魔法使いアランよりも上の力がありましたから」
「アランを越えるはずがないだろう!?」
なのに、ライアンったら、リッセルが父アランよりも強い妖精憑きであることを認めません。どこまでも、ライアンは父のことを最高の人と見ています。
リッセルは折れたというのに、ライアンの認められない現実でまた、平行線です。
私はさすがにうんざりしました。ライアンの首根っこを掴むなり、さっさと部屋から放り出します。
「お前は、こんな所で愚痴をいう前に、やるべきことがあるでしょう」
「全部、お前たちがやっただろう!?」
「エリシーズの体調を見に行くことですよ」
「っ!?」
「どこまでも、お前は最低最悪な男ですね。女帝の体調を見に行くのも、大事なことです。私が女帝代理としているのは、明日までです。その後のことをしっかりと決めてきなさい」
私は力いっぱい、ドアをしめてやった。本当に、ダメな男だ。
今日は最終日です。暗部によって調べ上げられた、表に出ていない帝国の敵である貴族どもは、問答無用で連れて来られます。皆さん、それなりに有力貴族ですね。
それなりの有力貴族を集めて行われる貴族議会を緊急開催させてやります。と言っても、ほら、有力貴族の半数は、死んでしまいましたよね。その後継者たちは、妖精の呪いの刑を強制的に発動させられ、虫の息ですよ。新聞使って帝国中に喧伝してやったので、帝国民たちが、呪い発動した貴族の一族たちをどうにかしようと、暴動を起こしたりしています。
そういうことがたった一日で起こされてしまったので、残った有力貴族たちは戦々恐々しています。貴族会議の中心に座るのは、もちろん、皇族代表の私ですよ。
平民服の私ですが、もう、貴族たちは私をバカにしません。だって、妖精の呪いの刑発動者たちから、私のことは聞いているでしょう。
「あら、体調不良で休んでいる貴族連中がいますね。代理でも立てればいいものを。不敬罪として、捕縛してください」
早速、捕縛される有力貴族たちが増えました。不在であったからといって、許されると思ったら、大間違いですよ。招集令には、きちんと代理可、としました。病欠は許されません。
「あ、でも、呪い発動者であれば、捕縛しなくていいですよ。確認のために、魔法使いを同行させてください」
もしかすると、一族に入っているかもしれない可能性に後から気づいて、魔法使いの同行を命じます。危ない危ない、呪いの発動者を城に入れてしまうところでした。呪いで汚染されてしまいますよね。
そういう意味では、目の前にいる貴族たちだって、無関係とは限らないのですよね。そこは、これから見ているしかありませんよ。皆さんにお茶を配って、様子を見るだけです。
出されたのが、皇室御用達の美味しいお茶です。赤ワインでなくて、皆さん、喜んでいますよ。さすがに、私のことは調べたのですね。
女帝エリシーズの死んだはずの姉妹エリカが生きていたことを公表したのは、つい昨日です。帝国中に触れを出して、文字が読めない者たちのために、文章を読み上げる者まで、追従させたのです。さらに、新聞で喧伝ですよ。ライアンお得意の方法を私とリッセルも使いました。だから、今日集まった貴族たちは、私がただの人ではないことを知っています。
集まる貴族たちの中で、公爵家二人が私の前に跪きます。
「お帰りなさいませ、エリカ様」
「お待ちしておりました、エリカ様」
帝国には三つの公爵家があります。それぞれに、役割を与えられています。
まず、公爵家は、皇族失格となった皇族の血筋を貴族として受け入れるために作られました。ですが、三つの公爵家の内、一つは数十年に一度は没落してしまいます。この没落する公爵家は、わざとそうなるように、皇族側が操作するのです。この公爵家は、見せしめとして作られたのです。
残る二つは、没落することはありません。連綿と優秀な皇族失格者を受け入れ、帝国のために働くのです。一つは、皇族の手足として動く暗部的存在です。そして、もう一つは、表の舞台である社交に出て、情報操作をします。
私の目の前で膝を折る公爵家は、表と裏を操作する一族です。私のことも、きっと、ライアンよりもよく知っています。私の末の息子アランが表舞台に出てから、私のことも調べたでしょう。
公爵家二人が膝を折るのです。他の有力貴族たちは、何も言えません。
「そんなに、かしこまらなくていいのですよ。皇族であったことは、昔の話です」
「エリカ様、皇族は、死ぬまで皇族ですよ」
「面白い冗談ですね」
私は本気で言っているのですが、公爵二人は笑って受け流しました。えー、私、もう皇族は今日までと決めておいるのに、一生ですか。
「エリカ様、冗談がすぎますよ」
私の斜め後ろに控えている筆頭魔法使いリッセルまで、引きつった笑顔で言ってきます。えー、ダメですか?
仕方ありません。どんなに誤魔化したって、筆頭魔法使いの契約紋がそれを認めているのですから、私は諦めるしかありません。
私は有力者三人に囲まれて、有力貴族どもと、捕縛され、中心に跪かされている貴族どもを見回す。
「皇室御用達のお茶は、美味しいですか? ぜひ、全て、飲んでください」
これは、全部飲め、と私が言っているようなものです。それを確認するために、魔法使いや騎士が動員されています。
慌てて飲む有力貴族たち。ですが、どうしても飲めない者が数人、出てきました。
「あら、飲めませんか? 魔法使い、確認してください」
飲めない有力貴族数人は、その場で魔法使いたちに呪いの有無を確認されます。
「呪われています」
「呪い発現者です」
「ち、ちがう!!」
「私は無罪だ!!」
口々に叫んでいますが、呪われているので、城から追い出されます。
「気の毒に、一族だったのですね。そこは、神様判断です。私にはどうすることもありません。運ですね、運」
「神の判断は正しい。人とは違い、間違いは犯しません」
「いえ、犯しますよ。ちょっと誤差のようなことです。神様は、おおざっぱなのですよ」
「それもまた、神の導きです」
「神は絶対です」
神様が間違えてもよいという公爵二人に筆頭魔法使いリッセル。それを聞いて、有力貴族たちは真っ青になります。神の間違いによっては、呪い発動していたかも、なんて考えてしまいますものね。
「では、最後の審判です。ここで、疑わしきお前たちに、妖精の呪いの刑を発動します。リッセル、やってください。罪状は、帝国に仇名す者、です」
「御意」
「そんな!?」
「違う!!」
「あんまりだ!!!」
捕縛された貴族たちは叫ぶだけ叫んでいます。だけど、リッセルは容赦なく、彼らに妖精の呪いの刑がかけられます。
「どうして、いきなり刑罰をするのですか!?」
「あなたと勝負してからという話ではないのですか!?」
有力貴族たちから苦情が出てきました。昨日の今日で、随分と情報が流れていますね。そりゃ、昨日、そのまま、呪いをかけられた貴族たちを放逐しましたものね。
「私はかなりの年寄ですよ。昨日は随分と動き過ぎて、体の節々が痛いです。酷いですね、か弱い女を力づくで負かそうとするなんて」
「勝てば助かると」
「昨日の貴族どもは、誰も、このやり取りの穴に気づきませんでしたね。私との勝負は絶対に受けないといけないわけではありません。受けた時点で、間違いなのですよ」
「勝てば無罪だと」
「それ以前の話です。あの場では、まだ、有罪か無罪か決まっていませんでした。取り調べもしなかったのですよ。それなのに、あの男ども、弱そうな私を相手に、簡単に勝てると武器をふるってきました。その時点で、神の審判は有罪と決まっていたのですよ」
「そんなっ!?」
昨日のやり取りは、絶対ではないのだ。あの場で、私に武器を向けない、という別の答えだって出来たのである。それをしなかったのは、貴族の男たちだ。
そして、今日は、皆、私を負かそうと勝負の準備でもしていたのでしょう。ですが、その前に、妖精の呪いの刑が発動されました。
「誰も、今日は勝負をするなんて言っていませんよ。あなた方の勝手な思い込みです」
私は有力貴族たちも含めて、恐怖に落としてやります。
「弱肉強食の帝国ならではの落とし穴ですね。少しは、神と妖精、聖域の教えを学び直しなさい。それも、もう遅い者たちばかりですね。リッセル、貴族議会の空席が増えました。新しい貴族を選び直してください」
「御意」
どうせ、貴族はいっぱいだ。空いた席に座りたがる貴族もたくさん。そして、貴族になりたい平民だってたくさんだ。首をすげ替えればいい。




