リリィ
僕は持ってきたピクニックシートを花畑に広げて、これまた持ってきたお菓子を置いた。お菓子は、妖精たちが喜んで持っていく。そこに、ダンとシャデランに座ってもらう。荷物番だ。二人とも、背中向けて座っているよ。
山小屋の中を見れば、行方不明となったエリィと、彼女の夫リクがいた。エリィはえぐえぐと泣いて、リクはぼーと一点を見て動かない。
「こんにちは、エリィ。迎えに来ました」
「人だー!!」
声をかけてみれば、エリィは泣いて僕に抱きついてきた。
「リクが、リクが、動かなくて!」
「エリィ、泣かないで。きっと、ちょっと疲れているだけだから」
「母ちゃん!」
やっぱり母親がいいんだろう。すぐにエリィはリリィに抱きついた。
「リリィ、質問してもいいですか?」
「私で答えられるのでしたら」
お互い、自己紹介すらしていないというのに、リリィは警戒しない。それどころか、僕との距離も近い。
リリィは泣いているエリィを抱きしめながら、僕に笑顔を向ける。
「リリィ、あなたは、死んだんですよね」
「はい、私は村の人たちに殺されました。でも、痛くなかったですよ。すーっと意識がなくなって、気づいたら、死んでいました」
「死んだのに、どうして、生きている人の前にいるのですか?」
「わかりません。私、死んだら、妖精に捕まってしまったの。でも、どうしてもエリィのことが心配で、妖精にお願いして、山小屋に行ったのよ。山小屋にはエリィがいなかったから、きっと、外で遊んでいると思って、待っていたら、眠くなって、寝てしまったの。そして、気づいたら、なんと、大きくなったエリィがいたのよ!」
「そうなのですか」
リリィは死後、妖精の元に行くはずだったのだろう。ところが、リリィはエリィのことが心配で、妖精に願ったのだ。妖精はリリィの願いを叶えるために、山小屋にリリィを閉じ込めて、エリィが来るまで、眠らせたのだろう。
たまたま、エリィが山小屋に遊びに来て、リリィは起きたのだ。
「エリィ、とっても綺麗になったわ。一人で心配だったけど、リクくんが助けてくれたんですって」
本当は、エリィは酷い目にあわされていた。しかし、エリィはそれをリリィには話さない。死んでいるとはいえ、親に話せる内容ではない。
「ほら、エリィ、もう泣かないで。あなたは立派な大人なのよ」
「うん、うん」
それでも涙が止まらないエリィ。リリィは優しくエリィに涙を拭いて微笑む。
リクは相変わらず動かない。それはそうだ。リクは妖精に呪われている。しかも、呪ったのはダンだ。どういう呪いなのかはわからないが、この場にダンがいることで、支配されているのだろう。
「ほら、リクくん、起きて」
リリィが心の底から願えば、妖精たちが叶える。ダンによる呪いは、一瞬で解けてしまう。
目を覚ましたリクは、目をぱちくりして、そして、リリィを見て、泣いた。
「おばちゃん、ごめんなさい!」
リリィの腕にすがり、大泣きするリク。リリィはよくわからない、という顔をしているが、振り払ったりしない。リクが泣き止むまで、リリィは優しくリクの頭をなでた。
エリィとリクが落ち着くと、山小屋の外に出た。相変わらず、シャデランとダンは背中を向けて座っている。
「ダン、聞いて! リクくん、あの時、お腹を空かせてた子どもなんですって!!」
「知ってます。あの子どものせいで、リリィは殺されたんです」
「もう、それは仕方がないわ。だって、私、村の人たちにきちんとご挨拶もせず、山小屋に住み着いてしまったんだもの。もっと、私が勇気を持って、村の人たちを話して、食べ物を分け合っていれば、殺されることなんてなかったわ」
殺されたというのに、リリィはこれっぽっちも恨んでいない。だから、リリィを殺した村は、何も起きなかったのだ。リリィは、復讐も何も望んでいない。たぶん、村が平和であればいい、程度に願っていたのだろう。とんでもない善人だ。
「ねえ、エリィ、子どもは何人いるの?」
「あ、うん、ごめん、アタシ」
「俺がダメなんだ。俺が、子ども作れなくて。エリィは悪くない!」
「そうなの。じゃあ、エリィ、私の子どもを産んでちょうだい」
エリィは驚いて、顔を上げる。そして、リリィのお腹を見た。
「もしかして、お腹の赤ちゃん、生きてるの?」
「そうなの! 私は死んじゃったけど、お腹の赤ちゃん、生きてるのよ!! 妖精が、お願いきいてくれたの。やっぱりエリィはすごいわね。エリィが妖精憑きなのに、ついでに私のお願いをきいてくれたのよ!」
リリィは何も知らない。エリィに憑いた妖精が願いを叶えていると信じている。
ダンを見れば、ただ、静観しているだけだ。真実を語るつもりはないのだろう。
リリィはエリィの手をとって、お腹に触れさせる。
「エリィと同じ、女の子よ。きっと、私やエリィみたいに美人になるわ」
「母ちゃんも一緒に行こう! 一緒に育てようよ!!」
「無理よ。ここにいるのだって、妖精がお願いをきいてくれたからよ。私、死んじゃったの。だから、いかなきゃ、妖精の所に」
「そんな!?」
エリィはリリィを連れて行かれまいとしがみつく。
「もう、子どもじゃないんだから。私はね、毎日、一日もかかさず、妖精にお願いしていたの。
どうか、男爵領が豊かになりますように。
どうか、ダンと結婚できますように。
どうか、悪い人が男爵領に入ってきませんように。
どうか、お兄様とお姉様が幸せでありますように。
どうか、シャデラン様が怪我をしませんように。
どうか、伯爵令嬢が少しだけ反省しますように。
どうか、エリィが幸せになりますように。
どうか、食べるものが困らなくなりますように。
毎日、祈ったのよ。妖精はね、少しずつだけど、お願いを叶えてくれたの。完璧ではないけど、少しずつよ。だから、私は妖精の所に行かないといけないの。だって、妖精にお願いを叶えてもらったんだもの。恩返しをしなきゃ」
祈りは、最初は一つ二つだったのだろう。それが、どんどんと増えていった。
願いは完璧には叶えられていない。でも、少しずつ、妖精たちはリリィの願いを叶えようと頑張った。そして、今も、頑張っている。リリィの願いは、絶対だ。
「だから、お願い。私のお腹の赤ちゃん、エリィが産んで」
「うん、うん、うん」
エリィは何度も何度も頷いた。泣いて、頷いた。
リリィは笑顔でエリィを抱きしめた。
「そうだ、お菓子をありがとう、えっと」
「ポーといいます。僕も妖精憑きです」
「そう、ポー。妖精が言ってるわ。何かお願いはありますか?」
妖精憑きなのに、僕には妖精の声が聞こえない。きっと、僕よりも高次の妖精がリリィに話しかけているのだろう。まだまだ上には上がいるんだ。
「そうですね、もう、伯爵令嬢の一族を許してあげてください。あの伯爵令嬢も死んでしまいましたから、終わりにしてください」
「少しは、反省したかしら」
「すごく、苦労したと聞いています。罪人の焼き鏝をされてしまったので、まともな仕事にも就けなくなりました。長く生きたと聞いていますが、長く苦しんだとも聞いています」
「そうなの。可哀想だわ。私、そんなこと、望んでいない。ただ、ちょっと反省すればいいのに、とお願いしたの。だって、酷いのよ。ダンのこと、使用人といったの。ダンはダンなのに。酷いでしょ」
なんと、怒った理由がダンを使用人と言ったことだった。ダンを見れば、照れてる。そして、シャデランは、ギリギリと歯ぎしりして悔しがっている。
「聞いたのですが、あなたは学校で、物凄いイジメにあっていたそうですね」
「そうね。でも、どうだっていいわ。貴族社会に入らないから、どうだっていいの。それよりも不思議なのは、何も出来ていないことよ。教科書なんてなくても、テストなんてあんなに簡単なのに。マナーだって、あんなに簡単なのに、出来ないのが不思議なの。だって、高位貴族は家庭教師を雇ってまで勉強するのでしょ。出来ないなんて、おかしいのよ。きっと、さぼってたのね。
どれが大事で、どれがそうでないか、きちんと理解してない人たちの話は、ただの雑音でしかないわ。雑音は、そのまま聞き流してしまえばいいのよ」
淑女教育のたまものだ。リリィは、男爵家でなければ、かなりの大物となっただろう。
「妖精たちがポーのお願いを叶えてくれるって。もっとすごいお願いにしなくていいの?」
「僕は、どれが大事で、どれがそうでないか、よくわかっています」
「そうなの。わかったわ。
ダン、行きましょう。エリィに赤ちゃんもまかせたから、妖精の所に行かなきゃ」
「僕もですか?」
「そうよ。ダンと一緒だったら行きます、と言ったら、それでいいって妖精は言ったの。だから、ダンと一緒よ」
「俺も行きたい!」
そこにシャデランが割り込んでくる。今度は、ダンがギリギリと歯ぎしりする。
「シャデラン様、エリィから聞きました。エリィのことを気にかけて、様子を見に行ってくれたのですね。ありがとうございます。どうか、エリィと、これから生まれる赤ちゃんを見守ってください」
「………わかった」
シャデランは、リリィの願いを叶えるため、地上に残ることとなった。
そうして、気づいたら、僕たちはピクニックシートの上で寝ていた。夢なのか、現実なのか、わからないけど、あの山小屋のある山に戻っていた。




