妖精隠し
シャデランも加わり、異様な一団となった。なにせ、シャデランは隻眼だが、かなりの男前だ。ちょっと危ない雰囲気は、女性にも大人気になりそうだ。
妖精憑きが四人に、妖精の子孫が一人、リリィ信奉一人か。
話も一段落して、保存食を食べながら、僕たちはエリィはいなくなったという小屋に移動した。
「アラン、大丈夫ですか?」
どんどんと進んでいくシャデランは、高齢者のアランにも容赦がない。アラン、ちょっと遅れている。
「手を」
「もう、年寄りになってしまいましたね」
「僕ももうすぐ学校です。頼ってください」
「………父上も、こういう気持ちだったのでしょうね」
アランがちょっと弱気になっている。僕は知ってしまったが、心臓を悪くしていることが、アランを弱気にさせているのだろう。
僕がアランに手を引いて歩くことしばらく、山小屋に到着した。意外にも、村からそんなに離れていない。
「ああ、妖精の魔法ですね」
魔法の残滓があった。人除けをされていたのだ。だから、村人は、リリィが暮らす山小屋を見つけられなかったのだろう。
随分と長く放置されているはずの山小屋は綺麗だった。今でも誰かが住んでいるみたいだ。さすがに畑はそうではないので、長く放置されていることは確かだ。
僕は恐る恐る、山小屋のドアを開ける。普通のドアだ。中に入っても、何か起こるわけではない。
「エリィは、いつ頃、いなくなったんですか?」
「つい二、三日前だな」
「妖精がリリィを呼び始めた頃ですね」
時期が重なっている。どうやら、エリィが山小屋に来たのがきっかけだ。
山小屋はそれほど大きくない。もとは大人二人子ども一人で暮らしていた小屋は、それくらいなら丁度良いが、男六人が入るには狭すぎた。しかし、全員が入って、ドアを締める、ということをしないと、検証が出来ない。だって、エリィは小屋に入ったまま、いなくなったのだ。
「現状保護の魔法がかかっていますね。お茶っぱが今でも使える状態です」
ロバートがキッチンの状態を見ていう。
「ねえ、ロバートは、妖精の魔法、使えるの?」
「使えますよ。ですが、ポー様には必要ないでしょう。だから、使っていません。この妖精の魔法を使った男は、かなりの使い手ですね。キリト様が予想した通り、力が強いのかもしれません。僕でも、現状保護の魔法をするのは無理です」
「えー、教えてよー」
「僕はポー様のためしか魔法を使いません。この魔法を使った男も同じです。リリィのためにしか、魔法を使わないでしょう」
妖精の子孫は、一生に一人の人に仕える。ロバートは僕に、ダンはリリィを主とした。その忠誠心は凄まじく、主のためならば、何でもしてしまうので、コントロールを気を付けないといけない、と妖精男爵に注意された。
そうして、男六人で山小屋に詰めていて、さすがに息苦しくなってきたので、外を見た。
「あれ? どこ?」
なんと、外の風景が荒野になっていた。
「どうやら、妖精隠しに遭ったようですね」
アランも外の風景を見て、異変に気づいた。
「妖精隠しって?」
「妖精の悪戯ですよ。悪戯といっても、誘拐ですけどね」
「それって、悪戯の範囲を越えてるよ」
妖精って、とんでもないな!!
どうしようか、と悩んでいると、中にいても仕方がないと、ドアに近い所から、外に出ていった。
荒れた荒野が続くそこは、空は雲っていて、地面は荒れ果てていた。これ、僕は見たことがある。
「ここ、かの有名な呪われた伯爵領だ!」
何故わかるか? だって、妖精が怒り狂っているからだ。見たこともあるし、体験だってしたんだ。間違いない。
「凄まじいものですね、妖精の怒りを買うというものは。こういうのは、初めてです」
アランでも、この光景は見たことも聞いたこともなかった。
元伯爵領は、リリィに呪われた元伯爵令嬢の領地だ。リリィは元伯爵令嬢を一族ごと呪ったと言われている。その呪いは、一族だけでなく、領地まで呪ったのは、妖精にとっては、範囲内なんだろう。
リリィは随分と昔に亡くなった女性だ。しかし、妖精には時間の概念はない。ちょっとと言ったら、百年先なんてざらだ。妖精たちにとって、まだ、ちょっと、と言われる時間内なんだ。
筆頭魔法使い候補二人も珍しい体験だったのだろう。驚いていて、観察していた。確かに、彼らにとっては、全て、貴重な経験だ。
山小屋は、そのままあった。たぶん、この山小屋に入れば、また、戻れるかもしれない。しかし、それよりも、いなくなったエリィを探すのが先だ。
「僕の妖精を使いましょう」
「そうですね。僕たちの妖精では、たぶん、魅入られてしまうでしょう」
僕とアランたちの妖精では、種類が違う。僕は、神によって決められた組み合わせで生まれた妖精憑きなので、ランクが上なんだ。そこら辺の地に憑いている妖精では、太刀打ち出来ないはずだ。
妖精をいくつか飛ばせることしばらくして、戻ってきた。僕の服を引っ張る。その先に、エリィがいるのだろう。
そのまま、無言で移動すると、途中、不思議な光景が出てきた。なんと、空中に窓が浮いていて、そこに、一人の女性が顔を覗かせていた。
「リリィ」
シャデランが呟く。なんと、おかしな窓の中にいたのだ。
「くそ、ダンも一緒か」
ついでに、奥にダンもいるらしい。僕にはちょっと見えないな。中が薄暗くて。
リリィは、窓際にコップ一杯の水を置いて、外に向かって祈るポーズを取る。
『どうか、男爵領が豊かになりますように。
どうか、ダンと結婚できますように。
どうか、悪い人が男爵領に入ってきませんように。
どうか、お兄様とお姉様が幸せでありますように』
そこで祈りが終わり、にっこりと笑うリリィ。確かに、綺麗で可愛い人だ。
初めて見た実物に、若い魔法使いも心を奪われたのだろう。見惚れた。
『また、そんなにいっぱい、妖精にお願いして。妖精が叶えられる願いは、限られていますよ』
呆れたようにいうダンは、ちょっとだけ窓から顔を覗かせる。そんなダンをリリィはキラキラした目で見上げる。
『いいの。毎日、同じお祈りをするから。少しずつ、叶えてくれればいいのよ。誰にも気づかれないように、少しずつよ。きっと、驚くわ』
『ですが、僕とリリィの結婚は、妖精に願わなくていいですよ。僕が叶えます』
『念のためよ。何が起こるかわからないんだから。だから、毎日、妖精にお祈りするのよ。このコップ一杯のお水が、ご褒美なの』
『そうですか』
後ろからぎゅっと抱きしめるダン。それを見ているシャデランが、隣りにいる僕にまで聞こえるほど、ギリギリと歯ぎしりをする。怖いな。
そうして、一巡すると、また、同じ、リリィのお祈りから始まる。
「妖精の記憶とは、珍しい」
感動するアラン。もう、アランは、感動しっぱなしだ。もう、おじいちゃんなのに、目がキラキラして、童心に戻ってるよ。
「僕が想像している以上に、すごい女性ですね。先に進みましょう」
「俺はここにしばらく居る」
何故か、シャデランが動かない。リリィの繰り返し映像に魅入られてしまった。
「シャデラン、ここで離れると、何が起きるかわからないから、ダメですよ」
「ずっとリリィを見ていたい」
「でも、ダンも見ることになりますよ」
「そこはまあ、上手に隠す」
心の目で、どうにかするらしい。どこまでもリリィ大好きだね。
しかし、ここで見捨てると、後々、面倒になる。なにせ、暗部を統括する実力者だ。過去には、軍部まで乗っ取っている。この男がいなくなって、何か起きたら困るよ。
「もっと先に、すごいのがあるかもしれませんね。妖精のお気に入りの記憶が、たった一つとは思えません」
「行くぞ! 次はダンなしかもしれない」
ちょろいな、シャデラン。さっさと進んでいく。ダンつきのリリィの記憶はお気に召さなかった。
しばらく歩いていくと、花畑とあの山小屋だ。山小屋、分裂したのかな? それとも、妖精の悪戯で、僕たちが入った山小屋は、違うのかもしれない。
そういう検証は置いといて、花畑に足を踏み入れると、ナイフが足元に投げられた。
「貴様、やはり、生きていたか!」
シャデランが前に出てきて、剣に手をかけた。
「随分と、風変りになったな、シャデラン」
執事服を着た男ダンがナイフをいくつも手にして、シャデランを睨んだ。
これはまずい。ここで戦うのはシャデランには不利だ。相手は、死んで妖精になったダンだ。ただの武器では相手にならない。
「シャデラン、やめましょう! 妖精には、人の武器は通じません!!」
「心配ない。俺の武器は、男爵家所有の妖精殺しだ。ついでに、妖精の目もある」
シャデランは眼帯をとった。そこには、義眼が入っているが、きちんとシャデランの意思に従って動く。
「え? なんで?」
「いつかダンを倒したい、と男爵に話したら、ゆずってくれたんだ」
なんつうものを譲っちゃうの、男爵!!
「お前ら妖精憑きの妖精を視認するのは不可能だと話したら、なんと、妖精の目もくれた。ちょうど、ダンの手で片目を潰されたから、妖精の目を義眼としていれたんだ。ちょっと、妖精どもが煩いから、普段は眼帯で隠しているがな。なるほど、ダン、お前は妖精だな」
「しつこい男ですね。リリィお嬢様は僕のリリィです!」
「この妖精殺しで、消滅させてやる!!」
もう止められない二人は、お互いの武器を構え、ぶつかりあった。
お互い、ほぼ互角の戦いだ。妖精殺しの剣は、きちんとダンにも通じている。
ダンも負けておらず、シャデランの足を狙ってナイフを投げた。ナイフ足りなくなっても、拾ったりして、とんでもない人だ。
花畑を踏みつぶしながら繰り広げられる戦いを止める方法なんて、一つしかない。僕は妖精を使った。ここでは、僕の妖精が最強だから、そこら辺の妖精では勝てない。
「はーい」
どこか間の抜けた可愛らしい声に、ダンもシャデランも動きを止めた。そして、慌てて武器を片づける。急いで急いで。
僕は、花畑のど真ん中にある山小屋をノックした。そして、中にいる誰かが外に出て来た。その頃には、ダンもシャデランも身だしなみを整えていた。
リリィだ。さっきの妖精の記憶よりも歳をとっているが、それでも綺麗で可愛い。
「あら、お客様?」
「リリィ!」
シャデランがリリィを見ると、突進していき、なんと、両手を握った。
「リリィ、綺麗だ」
「まあ、シャデラン様! すっかり姿が変わってしまって。片目はどうしたのですか? 騎士だから、怪我をされてしまったのですか!?」
リリィはシャデランの眼帯を撫でた。シャデランの片目を奪った犯人は、あなたの夫ですよ。
ダンは明後日の方向を向いて、何も言わない。大丈夫、僕たちも黙っているから。
シャデランももちろん、犯人がダンだとは言わない。愛しいとリリィを見つめる。
「リリィ、結婚しよう」
「調子に乗るな!!」
さすがにダンが怒って、シャデランの頭をはたいた。
「もう、ダン、いけません。初対面のシャデラン様に手をあげるなんて!!」
リリィは知らない。リリィがいない所で、ダンとシャデランが決闘していることを。
「しかし、あなたは僕のリリィだ!」
「そうですよ。私はダンのものです。だから、シャデラン様、他を当たってください」
笑顔でかなりえぐいことを言うリリィ。シャデラン、もう泣きそうな顔だ。
しばらく微笑むリリィは、やっと、ちょっと離れた所にいる僕たちに気づいた。そして、急に淑女になる。
淑女のように歩き、そして、アランの前で、綺麗なカテーシーをする。
「帝国の最高峰、筆頭魔法使い様にお目にかかれて光栄です」
あまりの所作に、アランは驚く。話では聞いていたが、ここまで完成されたカテーシーを見せられるとは、僕も驚いた。
「こちらこそ、あなたに会えて、光栄です。僕はアラン。楽にしてください」
許可がおりたので、リリィはまっすぐ立った。たったそれだけで、大輪の華のような美しさがある。服は平民のものだが、彼女の所作が、そういうものを感じさせない。
「あなたは博識ですね。この服を見て、筆頭魔法使いだと気づいたのでしょう」
「はい。我が家は貧乏男爵ですが、大昔は帝国の大貴族でした。いつか、帝国のお客様が来た時、困らないように、教育されました」
「もういいですよ。いつものあなたにしてください。僕たちは、ただ、通りかかっただけですから」
「お言葉に甘えます」
そうして、淑女から天真爛漫な女性に早変わりした。




