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皇族姫  作者: 春香秋灯
領地戦の中の皇族姫
18/353

人身売買

 領地戦の日程とかは、皇帝に相談となる。内戦みたいなものだけど、皇帝から許可をとらないといけないのだ。ほら、勝手に内戦なんかしたら、侵略し放題になっちゃう。

 領地戦をしかけたのは伯爵ドモンドなので、ドモンドに丸投げするハイムント。防衛一辺倒という宣言をしているので、ハイムントは防衛のほうに力をいれたいのか、と見ていれば、そうでもない。何もやっていない。普通だ。

 いつもの通り、領地を見回って、部下から報告を受けて、と色々とやっていると、今度は、貧民街へハイムント自らが移動する話となった。

「後学のために、一緒に行きましょう」

 外が真っ暗な中、そんなお誘いをしてくる、ハイムントは、影皇帝となっている。真っ黒な服装なので、外に出ると、もう、どこにいるのかわからなくなってしまう。

「歩いて?」

 遠いな、なんて思ってしまう。貴族の頃は、身を削っていたから気づかなかったけど、領地の端から端まで足で歩くって、実は重労働だ。まともな生活となって、それに気づいた。貴族の頃は、本当の意味で、身を削っていた。

「大丈夫、馬で行きますよ。私の馬ですから、ちょっと、気性が荒いですよ」

「………」

「私の皇族姫、どうか、ご一緒ください」

 影皇帝は跪いて、わたくしの足に口付けする。

「そういうのは、やめてください!!」

「私は、あなたにしかしていませんよ」

「そうじゃなくって、恥ずかしいではないですか!?」

「見ているのは、妖精だけですよ。人は見ていない」

「妖精、見てるの!?」

 そっちのほうがびっくりだ。ついつい、周りを見回してしまう。そうだ、わたくしには見えない。

「妖精は今はいませんよ。二人っきりです。では、ご一緒してください」

 揶揄われた!! わたくしが真っ赤になっているのを影皇帝は笑って見て、手を出してくる。わたくしは、影皇帝の手をわざととらず、さっさと立ち上がった。

「もう、馬から落とさないでくださいね」

「どこから落ちても、必ず、受け止めすよ」

 確かに。二回ほど、高い所からわたくしは身投げしたけど、影皇帝が受け止めてくれた。

 わたくしはさっさと邸宅を出て、ふと、振り返る。

 貴族だった頃、こんな暗い夜に、こっそりと屋根に上って、真っ暗で見えない地面をじっと見下ろしていた。その見下ろした先が、たぶん、今いる場所だ。そこから屋根を見上げると、綺麗な星空だ。

「綺麗」

 今更ながら、星空を見て、そう呟く。貴族の頃からもそうだが、皇族になってからも、空なんて見てない。いつも、一生懸命、前を見るか、地面を見るか、しかしていなかった。

「私の皇族姫、行きましょう」

 馬を連れてきた影皇帝が声をかけてくる。我に返って、そちらを見るも、わたくしは逃げたくなった。

 だって、影皇帝が乗っている馬は、軍馬だ。これで人いっぱい踏み殺せそうなほど、立派で雄々しいのだ。

「やっぱり、わたくし、寝たい」

「たまには夜更かししましょう。悪い事だって、城に入ったら出来なくなりますよ」

 影皇帝は容赦なく、馬から降りると、わたくしをひょいっと軽々と持ち上げ、また、馬に乗るのだ。

「絶対に、落としません」

 あの美しい相貌で言われると、逆らえない。


 そうして、馬で暗闇の中を貧民街の、支配者が使っているだろう建物まで移動すれば、何やら、物々しい騎士や兵士で溢れていた。わたくしはわざわざ布で姿を隠されて、建物の前にいる貴族とご対面である。

 また、伯爵ドモンドだ。お前の領地は最果ての貧民街でしょう。

 影皇帝はわたくしの姿を隠したまま、近くにいる貧民に護衛させた。そして、ドモンドの前に出る。

「何か御用ですか? 最果てとは、しばらく、取引をしないことにしたんだが」

 最果ての貧民王と戦ったばかりなので、影皇帝としては、最果ての領地関係とは縁を切ったようだ。

 ドモンドは影皇帝の見た目にちょっと見惚れちゃうも、すぐに理性を奮い立たせて、指をつきつける。

「貴様たち貧民どもの諍いのせいで、私が持っていた妖精憑きが失われたんだ!! 責任をとってもらおうか!!!」

 また、言いがかりだ。しかも、帝国の所有物である妖精憑きを隠し持っている、なんて堂々と宣言しているよ、この男は!?

「責任? 何故だ。今回の諍いは、皇族の姫君の誘拐が発端となっている。我々は皇族には絶対服従の妖精契約をしているから、帝国に協力したにすぎない。何より、妖精憑きは全て、帝国のものだ。今回も魔法使いが出てきての対処だ。何も問題がない、と報告を受けているが?」

「貧民のお前たちが、何を偉そうに。お前たちだって、妖精憑きを隠し持っているのだろう。今回のことは見逃してやる。妖精憑きをよこせ」

「海の貧民街で妖精憑きを買い取った場合は、それなりの金額で帝国に売ることとなっている。子飼いの妖精憑きはいない」

「嘘をつくな!?」

「妖精の契約だ。契約は絶対だ。私の元には、妖精憑きを隠し持つことはない。必要ないだろう。万が一、妖精憑きが敵側にいれば、帝国に報告すればいい。そうすれば、帝国が敵側の妖精憑きごと、消し炭にしてくれる。そういう契約だ」

 ドモンドは真っ青になる。無法地帯である海の貧民街、実は、帝国の息がかかっていることに、今更、気づいたのだ。知らなかったのだろう。

 わたくしだって知らない。だって、貧民街なんて、どこも同じ、と思う。

 だけど、海の貧民街だけは特別だ。影皇帝は、実は賢者ハガルの息子だ。賢者ハガルの子であるがために、影皇帝は帝国に絶対服従している。それを海の貧民街の住人全てに契約させているのだ。

「抜け道がある。人身売買は許されている。確か、妖精憑きらしき子がいると聞いたな。連れてこい」

 影皇帝が命じれば、二人の子どもが引っ張り出された。女の子と男の子だ。姉弟のようだ。弟のほうが、姉にべったりくっついている。その弟のほうに、鉄の首輪がつけられている。影皇帝は、その鉄の首輪を引っ張った。

「これは、妖精封じだ。まだ、幼い内ならば、どうにか妖精憑きの力を封じられる代物だ。帝国からいくつか貸し出されているものだ。賢者ハガル様は、この首輪をつけても、赤子の頃から封じれなかった化け物だ。最果ての貧民街の半分が消し炭程度で済んでよかったな」

 ハガルって、そんなにすごい妖精憑きなんだ。ぞっとする。

「この妖精憑きは、姉とで売買だ。弟の妖精が姉を守っている。無理に離すと、大変なこととなる」

「封じたのではないのか!?」

「封じる前に命令を受けている妖精は、排除出来ない。どうしても、引きはがしたいのなら、別料金で応じよう」

 影皇帝は、妖精の目がある。妖精憑きではないが、魔法使いの能力があるので、何かするのだろう。

 憎々し気に睨むドモンド。だけど、妖精憑きはどうしても欲しいのだろう。

「まあいいだろう。いくらだ」

「いくら払う?」

 あえて、値段を言わない影皇帝。売るつもりがないのか、それとも、相場を知りたいのか、どちらかだ。

 いつも、帝国にお買い上げしてもらっているという影皇帝。ドモンドは悩んだ。帝国はいくらで妖精憑きを買っているのか、想像つかないだろう。

「儀式で、妖精憑きだとわかった時の金額でどうだ」

 妥当だ。きっと、帝国では、それくらいの金額で買い取るだろう。

「なんだ、安いな。ならば、帝国にお買い上げだな」

「なんだと!? 貴様、随分となめた口をきいているが、最果てでは、こんな金額で買い取ることはないぞ! もっと安い!!」

 貧民になると、人の命は安くなるのね。可哀想だが、それが現実だ。

「賢者ハガルが昔、人になった妖精を買った時の相場の半額で、帝国ではお買い上げいただいている。そこは、絶対だ」

「そ、そんな金額で!?」

 いくらなにかはわからないが、とんでもない金額だということは、ドモンドの顔でわかる。

 わたくしは妖精憑きだという弟のほうを見る。最初は、はした金で売り払われたのだろう。それが、妖精憑きだと発覚すると、帝国ではとんでもなく価値があがるのだ。

 わたくしも貧乏貴族の頃は見向きもされなかったが、皇族とわかった途端、手紙やら贈り物やら、知らない人たちからいっぱいもらったな。全部、捨てたけど。

 ドモンドは、人一人にそんなお金を払いたくないのだろう。合図を出せば、騎士や兵士たちが武器を構える。

「もうそろそろ、賢者ハガル様がご来店だ。今日、この子どもをお買い上げくださる。それまでに、終わらせられるといいな」

「う、嘘だ!?」

「だから、私がわざわざ、ここに来たんだ。貴様ら、たかが貴族のためだけに来るわけがないだろう。信じなくてもいいぞ。ハガル様は必ず来るのだからな。さて、どう言い訳するのかな? 私を殺しても、生き残った貧民がハガル様に訴えるぞ。伯爵ドモンドが、妖精憑きを買いに来た、と。妖精の呪いの刑の罪状は決まったな」

「絶対に、この地を滅茶苦茶にしてやるからな!!」

 ドモンドは捨て台詞を吐き捨てて、逃げ出した。

 色々と貧民街の物を壊したりしながら去っていく一団が見えなくなると、影皇帝の元にわたくしは近寄る。

「なんだか、大変なことになった?」

「もう少し、いいのが釣れます。待っていてください。あなたの望みが叶いますよ」

「………」

 一体、何を考えているのやら。ただの領地戦にするつもりはないらしい。

 しばらく待っていると、本当に賢者ハガルが偽装を剥がした若々しい姿でやってきた。

「ラインハルト!」

 ハガルはまっすぐ駆けてきて、影皇帝に抱きつく。

「会いたかったです、父上」

 受け止めた影皇帝はハガルを抱きしめる。親子でこんな熱烈にするのって、見ていて、恥ずかしくなる。

 ハガルから遅れて来るのは、皇族スイーズだ。

「おや、珍しい客人ですね」

「毎日毎日毎日、勝負を仕掛けてくるので、ラインハルトに会わせることを条件に、三日に一回にしてもらいました。すみません」

「父上のお体が大事です。スイーズ様、お久しぶりです」

 影皇帝は条件に使われても気にせず、スイーズに丁寧に頭を下げる。

「ハイムント、と呼べばいいのかな? それとも、ラインハルトと呼んでもいいのかな?」

「貴族では、ハイムント、ここでは影皇帝とお呼びください。ラインハルトという呼び名は、限られた者のみです。スイーズ様はまだ、選ばれていません」

 見れば、ハガルが殺気をこめてスイーズを見ている。なるほど、影皇帝の本名を呼ぶためには、まず、ハガルの許可が必要なのか。わたくしも気を付けよう。

「では、影皇帝、ハガルの手土産だ」

「確かに、受け取りました」

 箱をぽんとスイーズから影皇帝に渡される。なんともいえない大きさの箱だ。

「何やら、物々しい集団がいたが、何かあったのかな?」

「私の皇族姫のための貢物を釣り上げるエサです」

「もう、そんなこと、どうでもいいではないですか。ラインハルト、妖精憑きは、それですね」

 スイーズと影皇帝の話をぶった切るハガル。若々しい姿をしているハガルは、我慢がないように見える。

 身なりのよい二人に、姉弟は震えて見上げる。姉は弟を抱きしめて守り、弟は姉をとられまいと抱きついている。

「うーん、妖精憑きは男の子のほうですね。なかなか、良い力を持っています。いつもの金額を出しましょう」

「あの、いつものって、その、人となった妖精の半額?」

「当たりです。本当は、全額でも倍額でもいいのですが、ライオネル様から、息子を甘やかすな、と叱られてしまいますから」

 聞いてみれば、本当だった。とんでもない金額をぽんと出してしまえる帝国。本当は、妖精憑きって、物凄く価値が高いんだ。

「ですが、女はいりません。離れなさい」

 容赦なくハガルは魔法で引きはがしてしまう。途端、姉のほうの妖精が動き出したのだけど、破裂音とともに、静かになる。

「私に盗れない妖精はいません。女は、好きに売ってください」

「父上、妖精憑きだった場合は、身内に祝い金に色をつけて渡すこととなっていますね」

「そうですね」

「その女は、その妖精憑きの身内です」

「おや、そうですか。では、祝い金です」

 その場でハガルは姉のほうにそれなりの金額の金を手渡す。たぶん、生まれて初めて金を受け取ったのだろう。姉は戸惑ったように見るも、それを持って、影皇帝の前に立つ。

「これで、私と弟を自由にしてください!」

 人身売買は元の金額は安いだろう。貧民だから、ものすごく安いはずだ。彼女が受け取った祝い金は、その金額と同額か、それとも高いか、彼女はわからないだろう。一か八かの賭けだ。

「お前の父親は、賭け事で身を滅ぼし、お前たちをはした金で私に売った。お前も、父親のように、賭け事で身を滅ぼしたいのか?」

「足りなかったら、身を売ってでも、払います!!」

「………お前一人分だ。弟はもう、帝国のものだ。自由に追いかけるがいい」

 影皇帝は姉から金を受け取り、奴隷の契約書をその場で破り捨てた。

「お姉ちゃん!!」

 弟は大好きな姉に抱きつく。

「父上、その娘は、私の皇族姫の良い使用人に育てあげてください。まだ、皇族の使用人は信用できません」

「仕方がありませんね。お前は、私の屋敷で教育を受けなさい。弟には、適宜、会わせてあげましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 姉は、弟を抱きしめたまま、影皇帝とハガルに何度も頭を下げた。そうして、子ども二人は、遠くで待っていた魔法使いの元に連れていかれた。

「随分と、お優しいな」

 成り行きを黙って見ていたスイーズは、そう評した。わたくしも、同じことを思った。てっきり、容赦なく引き離すかと思っていた。

「妖精憑きは、なかなか難しいのですよ。父上が良い例です」

「………確かに」

「そ、そうね」

 スイーズも、わたくしも、にこにこ笑って影皇帝に抱きついているハガルを見て、頷いてしまう。

「こうして見ると、確かに親子だな。母親は、あれだ、逞しい所に似たんだな」

 スイーズも、とうとう、影皇帝の母親の肖像画を見てしまったんだ。迂闊に悪いことを言ってはいけない、とハガルのこれまでの言動で学習したのだ。わたくしも気を付けよう。

 影皇帝は、いわくある箱を部下に手渡す。

「それ、中身は何ですか? まさか、食べ物ではないですよね」

 興味があった。手土産、というのだから、何かいいものなんだろう。

 影皇帝はわたくしににっこりと笑って、箱の蓋をちょっとだけ開けて見せる。途端、何か、人の髪っぽいものが見える。わたくしは瞬間、箱から遠ざかった。

「それで、最果ての貧民王の身内は見つかりましたか?」

「子どもが随分といた。ウジ虫みたいに増えて、駆除が大変でした。私のステラを悪くいう血族が生き残ることは許さない。最果ての貧民街を貧民ごと、消し炭にしてやりたいが、ライオネル様から許可が下りないから、仕方がない」

「妖精の呪いをかけてやればいいではないですか」

「血族の元を処刑してしまいましたから。今度から、そうします。貧民王の時に、妖精の呪いを発動させてから、処刑すれば良かったですね。やはり、耄碌しました」

「次からは、そうしましょう。スイーズ様、記録、とっておいてください」

 笑顔でとんでもない話をする親子。影皇帝はやっぱり、ハガルの息子だ。わたくしはぞっとする。

 スイーズを見てみれば、二人もの美貌に見惚れている。そうか、この人、ハガルに狂っているわ。どんな恐ろしい話をされたって、二人の美貌の前では、全て許してしまうのだ。

「私の皇族姫、あなたのことを悪く言った最果ての貧民王の首はどうしてほしいですか?」

 蓋を締め直して聞いてくる影皇帝。

「何故、わたくしに聞くのですか?」

「復讐、したかったのですよね。だから、首だけにしてもらいました」

「………」

 口には出していないことだ。確かに、いつか復讐してやる、と心に決めたが、殺すとか、そういうのではない。

 わたくしにとって、胸がない、ということを言われるのは、かなり傷つく事実だ。だから、そう言われるたびに、皇族の力で復讐してやる、なんて思ってはいた。けど、出来るとは信じていない。だって、皇族って、出来ることはそれほどない。

 なのに、影皇帝は、わたくしの復讐心に気づいて、手を下したのだ。ハガルの逆鱗に触れさせるような発言を最果ての貧民王にさせたのも、わざとだ。

 わたくしは無言で、手首とか見てしまう。影皇帝の力で、体の傷は綺麗になくなった。

 影皇帝は、気配とかもなく、わたくしの前に跪き、手をとり、まっすぐわたくしを見上げる。その美しい相貌に目が離せない。

「私の皇族姫、あなたの望みは口にされなくても、全て、私が叶えてあげましょう。他に欲しい首はありますか? もう一人、いますよね。もうそろそろ、来る頃です。あの伯爵と一緒に、首を差し上げます」

「い、いりません! そんな、首、いりません!!」

「わかっています。私が欲しかっただけです。あなたを悪く言ったこの男の首を踏みつぶしてやりたかった、それだけですよ」

 そう言って、立ち上がる影皇帝の足元に箱が置かれる。影皇帝は、箱のまま、最果ての貧民王の首を踏みつぶした。

「私の皇族姫を悪くいう者は全て、踏みつぶしてやる」

「私のステラを悪く言った者は、消し炭です」

 続いて、ハガルは踏みつぶされたそれを瞬間で消し炭にしてしまった。




 次の日、なかなか起きれなかった。何せ、濃厚な夜更かしだ。帰っても眠れなかった。

 やっと起きたのは、真昼である。普段なら、ハイムントに注意されそうなのに、夜更かしをさせた原因はハイムントなので、ただ、笑っているだけだった。

 朝食ではなく昼食をとっていると、邸宅の外が騒がしくなる。

「若、侯爵の次男という者が来ていますが」

 先日、目出度く平民となった元貧民の若者ガントがいう。

 侯爵の次男、と聞いて、誰かなー? なんて思い出そうとするのだけど、思い出せない。いたんだけど、名前が、忘れちゃった。

 ハイムントは頭が痛いのか、片目に眼帯をして、険しい顔をしている。判断を待っているガントは、ただ、立っている。

「いつまで待たせるんだ!?」

 そうして、そんなに時間が経っていないというのに、相手は勝手に邸宅に入ってきて、食事中に私たちの前にやってきた。

「思い出しました! グ、グ、グ………」

 ここまで出かかった。思い出してない!!

「おや、グレン様ではないですか。あの、ラスティ様の偽物の従妹の元婚約者様ですね」

「そうだ」

「何か御用ですか? ラスティ様の偽物の従妹は貧民となりましたよ。良かったですね、偽物だと発覚する前に婚約破棄して。発覚後もまだ婚約中でしたら、社交界の笑い者になっていましたよ」

「………」

 うわ、容赦ないな、ハイムント。ここぞとばかりに、グレンの失敗をえぐる。

 ハイムントがおびき寄せたかったのは、侯爵家次男のグレンのことか。グレン、散々、わたくしの胸のことを蔑んでくれたわね。思い出したわ。忘れないように、今日から日記でもつけよう。

 グレンは食事中だというのに、勝手にわたくしの近くの席に座り、わたくしに寄ってくる。

「本来ならば、私はラスティ様と婚約するべきだったんです。その間違いに気づき、契約通りに、婚約をしに来ました」

 うわ、最悪。こいつ、わたくしにすり寄ってきたわ。わたくしは食事も終わっていないけど、ハイムントの横に逃げ込む。

「ハイムント、助けてください。この男、許可もしていないのに、近づいてきます。男は怖いです」

「ラスティ様は、皇族失格の男どもに夜這いをかけられて、とても傷心です。迂闊に近づいてはいけません」

「貴様はどうなんだ!?」

「僕はほら、男ではありませんから」

「確かにな」

 偽装されているハイムントを見て嘲笑うグレン。偽装解いたハイムントは、お前なんかウジ虫になっちゃうくらい美しい男よ。

「もうそろそろ、その話を蒸し返されると思っていました。これですよね」

 ハイムントはすでに用意されていた契約書を机に広げる。それは、元伯爵家と侯爵家との契約書である。

「もともと、子爵家の娘と婚姻することで契約しています。当時は、子爵家の娘というと、サラスティーナでしたが、契約書には、名前までは書かれていません。つまり、婚約破棄はしましたが、サラスティーナは偽物だとわかったことですので、この契約はまだ有効の流れになります」

「婚約破棄、したんですよね。わざわざ、違約金がわりに、サラスティーナが壊した皇族の持ち物を弁償しました」

「婚約破棄の書類のサインは、偽物の子爵家族です。あなたのサインはない」

「………」

 その事に気づいて、グレンは来たのだ。一人かな、なんてちょっと外を見てみれば、騎士や兵士もいる。つまり、侯爵家の総意でこの話をしに来たのだ。

「子爵家は爵位返上したとはいえ、この契約は生きています。ですが、この領地は男爵領となりました。それで、どうしますか?」

「伯爵のドモンドから相談された。領地戦の味方となってほしい、と。どうだろう、今回の領地戦で、この領地の領主も白黒はっきりさせようではないか」

「いいですよ。ドモンド様にも言いましたが、こちらは防衛一辺倒です。攻めません。これは絶対です。間違いを犯した場合は、あなたに味方した者全てが帝国に処分されます。それは絶対です。いいですか、間違いだけは犯してはいけませんよ」

 何故か、間違い、という部分だけをしっかりと強調するハイムント。

 わたくしには物凄く意味があるように聞こえるのに、グレンは鼻で笑い飛ばした。

「この武力の欠片もない男爵領で、勝てるわけがないだろう。貴様の首をとってやる」

「とても楽しみです」

 わたくしは、これっぽっちも楽しみではない。怖くて、震えた。

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