大賢者の弟子
アランがいない間に、なんとアグリの双子の子どもの内の一人が誘拐された。誘拐されたのは、妖精憑きの皇女だった。それには大騒ぎとなったが、誘拐の首謀者である貴族は妖精の力により没落し、妖精憑きの皇女の行方はわからなかった。
アランの後任となった筆頭魔法使いはどうにか皇女を探したが、見つからなかった。筆頭魔法使いといっても、繋ぎ程度の実力だ。アランほどの実力の妖精憑きは、存在せず、力も足りなかった。
結果、足を使って、どうにか探す筆頭魔法使い。その間、城にいる皇族を守るのは、皇族出身の魔法使いロンガールと、貴族出身の魔法使いヘインズの役割となった。ロンガールとヘインズは、筆頭魔法使いよりも実力は上なのだが、年齢的に若くないため、アランが認めなかった。それでも、ロンガールとヘインズが反乱させないために、筆頭魔法使いがやる契約紋の焼き鏝をされた。それを進言したのはアランだ。何を首絞めるようなことをしているのやら、俺には理解出来なかった。
俺はアランが帝国に戻ってくるのを待った。
最初は、王国と公国との戦争が停戦となったと聞いて、戻ってくるだろう、と予想した。ところが、アランは王国と取引をして、公国との国境沿いにある北の砦で定住することとなった。
もちろん、帝国でアランを待つアグリは黙っていない。アランリールを使って抗議したが、あの最強の妖精憑きである王弟が対応してきたので、帝国は引き下がるしかなかった。
次に、来ると思ったのは、王国側で妖精憑きの皇女が見つかった時だ。きっと来るだろう、と待ち構えていたが、なかなか来ない。
妖精憑きの皇女は、なかなか帝国に戻ってこない。帝国側も受け入れ態勢を整えなければならないので、時間がかかった。やっと整っても、妖精憑きの皇女は我儘で、王国側の聖域を慰問すると言い出して、さらに時間をとられた。
やっと船に乗って戻る、という報告を妖精憑きの力で受けた俺は、アランを待った。
そして、アランはやってきた。
王都の聖域で待っていたら、あの隠し通路から出てきた。隠し通路の出入口はいくつかある。王都には、兄弟子の実家があるので、城には別の隠し通路で侵入したのだろう。
随分と老けたアランが、血染めの筆頭魔法使いの服を着て、出てきた。
「久しぶり、アラン」
アランは驚いたように、目を見開いた。
「驚きました。ライオネル様に似てきましたね」
「だから、アグリに嫌われた。もう、見たくないって」
「お互い、嫌い合っていましたからね。それで、皇帝殺しの僕を捕まえに待っていたのですか?」
「え、殺したの? 大丈夫なの??」
筆頭魔法使いは、皇族を手にかければ、あの恐ろしい苦痛の天罰を三日三晩受ける。
ところが、アランはけろっとしている。
「王国の王弟殿下は最強ですよ。なんと、僕の背中の契約紋の火傷、妖精の力で消してしまったんです」
「すごいな! だったら、もう、アランは自由か!!」
「ここに来るまでは、そうは思っていませんでした。あの契約紋が消えたからといって、契約がなくなったとは限らない。だから、なかなか、帝国に戻れませんでした。
公国の停戦が決定した頃に、あの契約紋が消えました。その時に、帝国に戻って、アランリールとアグリを殺せば、犠牲はもっと少なかったでしょう。ですが、失敗する可能性もあった。失敗を恐れて、僕は随分と逃げました」
「………戻らなくても良かったのに。滅ぶだけだ」
アランが命をかけて守ろうとしていることを知っていた。だから、俺は止めようと待っていた。
アグリとアランリールを殺せば、今度こそ、アランは苦痛に耐えられず、死ぬだろう。
「まさか、最後の最後で、ライアン様に捕まるとは。さすが、僕が認めた次期皇帝候補です。今からでも遅くはありません。あなたが皇帝になりなさい」
「皇女が、俺の運命の女だからか」
驚いたものだ。アグリの娘が成長したら、なんと、公国の聖域で見た幽霊と瓜二つだった。随分と遅い出会いだ。
アランもまた、アグリと出会うのは随分と遅かったな。そういうものなのかもしれない。
「さすがに、アランを義父上と呼びたくない。遠慮する」
「僕も、ライオネル様に似たあなたを義息子と呼びたくないですね」
お互い、笑った。
「アラン、ほら、喉が乾いただろう。飲んでいけ」
「僕には、薬は効きませんよ」
「もう、いいだろう。ここで休め」
アランは十分に、働いた。楽な老後を与えてやりたかった。
「その顔で言われると、休みたくなりますね。ですが、僕は死ぬまで帝国の魔法使いです。王国に行き、いつ契約を反故にするかわからない公国を見張っています。
帝国が、公国と戦争をする王国に味方をするのは、王国を盾にして、帝国を守るためです。その役割を生い先短い僕がしばらく引き受けましょう」
最後まで、アランは戦う道を選ぶ。どうしても、足を止めてくれない。
俺はついつい、気持ち悪いだろうに、泣いて、アランを抱きしめた。
「アラン、アラン、もう、いいんだ」
「はいはい、わかっています。大丈夫ですよ。北の砦は、なかなか楽しい場所です。
さて、僕を捕まえれた優秀な弟子には、何か賞品をあげないといけませんね」
「俺、アランの弟子なの?」
「違いましたか? 僕は、ライアン様のことを弟子だと思っていましたよ。ライアン様は、妖精憑きの力がもっと強ければ、僕の跡を継がせられました。カシウスが言っていましたよ。魔法の習得が物凄くはやかったと。たぶん、あなたは、四属性を使える能力はあったのでしょうね」
「なんだ、カシウスのやつ、暗部全部連れてどっか行っちゃったと思ったら、アランのとこにいたんだ」
カシウスが俺の元にいたのはたったの一年だ。アランが王国に行ってしまうと、手紙一つ残して、暗部はいなくなっていた。その頃には、俺の暗部もしっかり出来ていたので、不便はなかったが、カシウスのことは心配していた。
なんだ、カシウスは、大恩あるアランについて行ったのか。安心した。そして、アランから離れた。
「次、万が一、会えるようなら、何かあげます」
「ああ、約束だ」
「では」
アランは音もなく、聖域の向こうに消えていった。




