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皇族姫  作者: 春香秋灯
王国の皇族姫-生贄の皇族-
173/353

父親

 たった一年では、ロベルトの片腕をどうにかすることは出来ませんでした。この片腕の穢れだけは、何か呪いのようにへばりついて、私の力でも、浸食を止める程度でした。

「もうすぐ、腕のいい騎士がやってくる」

 ロベルトは、片腕を斬り落とすつもりです。呪われた伯爵家の問題を解決した褒美として、ロベルトは腕のいい騎士を望みました。王国は、伯爵家の封じ込めの褒美を秘密裡ではありますが、送ってくれることとなりました。

 もうすぐ、ロベルトの片腕が斬り落とされてしまいます。

『ねえ、エリカ、アランに頼んだら?』

 珍しく、父の妖精が私に話しかけてきたと思ったら、とんでもないことを言ってきました。

 諸悪の根源といったら、父アランです。あの男は帝国の穢れをどうにかするためだけに、私を利用したのですよ。あんな男に会うのだってイヤだってのに、頼るだなんて。

「出来るのですか?」

『知識と経験は、あなたより上よ』

 悔しいですけど、確かです。私の知識って、人としての知識です。妖精憑きの、魔法使いの知見はこれっぽっちもありません。聖域からの穢れの取り出しや浄化だって、父の妖精から教えてもらったのです。

 帝国の筆頭魔法使いの知識と歴史は積み重ねです。私では不可能、と思っていても、父アランには簡単なことなのかもしれない。

 だけど、どうしても、頼りたくない。父のことは、大嫌いなのだ。出来れば、一生、会いたくない。

『もう、勝手に行くからね』

「ちょっと」

 私が止める前に、父の妖精は飛び立ってしまいました。こんな時ばかり、すばしっこいわね、あの妖精!!

 私の妖精は静観です。ほら、ロベルトが助かるかもしれないから、父の妖精を捕縛しようなんてしません。ただ、見守るだけですよ。

「どうした、エリカ」

 ちょっと騒ぎ過ぎました。夫婦の寝室ですよ。ロベルトは眠っていたのに、私の声に起きてしまいました。

「妖精が勝手に騒いでいるのですよ。煩くないですか?」

「エリカが側にいるから、何も聞こえない」

 私を抱き寄せて眠るロベルト。

 ロベルトは呪われた伯爵家の問題解決のために、片目を妖精の目に変えてしまったのだ。妖精の目、魔法使いの才能さえあれば問題ないのだけど、ロベルトにはこれっぽっちもありませんでしたので、廃人です。それを防ぐために、私は常にロベルトの側で魔法を使い続けています。

 もう、ロベルトは男爵領から出ることすら出来ません。ここを出たら、ロベルトは妖精の目のせいで廃人となり、そのまま死んでしまいます。それを防ぐために、男爵領にある男爵家の邸宅で過ごすしかない身の上です。領地内でちょっと散歩する程度ならいいですが、邸宅から離れすぎると、物凄い頭痛に襲われるといいます。それが、限界なのでしょう。

 甘えるようにロベルトは私の胸に顔を埋める。それは嬉しいので、私は力をこめてしまいます。ロベルトを独り占めですよ。

 すぐに、ロベルトは寝てしまいます。常に妖精の目を行使しているので、ロベルトは日中でも眠っていることがあります。

 呪われた伯爵の問題解決の代償は、とんでもなく大きいものでした。





 正直、父のことは期待していませんでした。ほら、父、実の娘に命捨てるのは当然、と妖精使って教育させる最低最悪な人ですから。私が生きていて、助けを求めたって、無視すればいいのです。

 王弟キリトが腕のいい騎士が来るのを一緒に待っていました。ところがやってきたのは、見知らぬ男です。

「え、アラン!?」

 初めて見た!! 王弟キリトは父アランとは顔見知りです。何せ、戦争にまで一緒に行きましたからね。

 キリトは驚いて、父に駆け寄ります。世間話もそこそこに、父は私とロベルトの元にやってきてくれました。そして、ロベルトの片腕の穢れを持って行ってくれました。

 私が必死で浄化しても出来なかったというのに、父は平然としています。経験があるのでしょう。悔しいけど、父の妖精の判断は正しかったです。

 そうして、そのままお別れとなりました。親子の感動の対面なんてありません。私はもう、期待していませんでした。帝国で、散々な扱いを受けましたからね。

 だけど、片腕が綺麗に戻ったロベルトはそうではありません。ロベルトは父アランをつかみかかるなり、殴ったのです。

「実の娘に会って、それだけか!!」

 ロベルトが怒っているのなんて、本当に滅多に見ることはありません。いえ、初めてかもしれませんね。

 王弟キリトは呆然としています。父アランは、帝国からの賓客です。手をあげていい相手ではありません。しかし、父が男爵領に居るという事実は隠されています。だから、キリトも対応に困っているのです。

 殴られた父アランは、苦笑する。

「僕に、親を名乗る資格なんてありません」

「だったら、謝罪はしないのか。命を捨てろ、と言ってごめんなさい、と」

 王弟キリトは驚愕して、父アランと私を交互に見る。キリトも知らないのだろう。

 私が父の妖精によって、洗脳のような教育を受けていたことを私はロベルトに話した。話すことで、私はすっきりしたかったのだ。

 だけど、聞いたロベルトは表面上では笑顔だったが、内心では怒りに震えていた。きっと、いつか、父アランに会ったら殴ってやろう、と考えていたのだろう。そして、好機が目の前に来たから、行動に出たのだ。

「今更、謝罪など、意味がないでしょう。僕は、仕方なく父親になっただけです」

「そういうのか」

「そういうしかありません。形だけでも謝罪すればいいのならば、謝罪します」

「もし、エリカの父親が来た時、僕はぜひ、見せつけてやりたいものがありました。来てください」

 ロベルトは、帰ろうとした父を領地へと案内するために歩き出します。

 父アランは、別に、ロベルトに従わなくていいのです。そのまま、帰ったって、いいのです。だけど、罪の意識から、ロベルトの後をついていきます。

「俺はどうすれば」

「キリト様はお帰り下さい。ここからは、親子の話です」

「そうだな」

 王弟キリトは、完全な部外者だ。大人しく従ってくれた。

 私は遅れて行き、ロベルトの隣りを歩く。もう、ロベルトは片腕が綺麗に治ったので、私の介助は必要としない。だけど、妖精の目はそうではない。目に見えないが、妖精の目は、ロベルトの怒りに反応して、無意識に魔法を発動している。それを私はおさえこんだ。

 ちらりと後ろを見れば、父アランは領地を見回している。私もそうだが、妖精憑きは、男爵領を初めて訪れると、こう、別世界にやってきた感じになる。そして、その居心地の良さに、いつまでもここに居たいと思ってしまう。同じことが、父にも起こっているのだ。

 ロベルトは男爵家の邸宅に父アランを案内した。そのまま邸宅に入り、地下に行ってしまう。

 さすがに地下には、父アランも躊躇いを感じた。地下は、何か後ろ暗いものがある場所である。しかも、父にとって、この邸宅は敵地だろう。

 筆頭魔法使いの屋敷と、男爵家の邸宅は邸宅型魔法具だ。状態保存の魔法を施され、邸宅の見える部分から地下まで、何か魔法が施されているのだ。しかも、男爵家の邸宅は使用者を選ぶという。

 筆頭魔法使いの屋敷は、使用者登録をすればいい。だけど、男爵家の邸宅は、意志でもあるのか、使用者を選ぶのだ。

 降りてこない父に、私は声をかける。

「こちらは、問題ありませんよ。もう一つの地下牢は、危ないと聞いています」

「入ったことがあるのか?」

「こちらだけは。ただ、魔道具とか、たくさんの本があるくらいです」

「ここに、魔道具と、本?」

 王国に来て随分になるから、父アランも男爵のことは知っているのだろう。だけど、噂くらいだ。

「この男爵は、昔昔、はるか昔は、帝国の皇族と貴族だったそうですよ」

「アリエッティか」

「そこは、わかりませんが」

 帝国で、皇族と貴族の結婚というおとぎ話は、アリエッティだ。とても有名なおとぎ話だから、貧民出の父でも知っている。

 恐怖よりも探求心が勝ったのでしょう。父はやっと地下へと降りて来てくれた。

 そして、地下に無造作に置かれている道具の数々に目を瞠る。

「帝国でも、ここまでの物はもう存在しないぞ」

「こちらです」

 ロベルトはさらに奥へと行く。その奥は、男爵家が大昔に集めたという蔵書です。古代の文字とか、いっぱいですよ。

「空間まで歪めたのか」

「大昔の魔法使いがやりました。我が家は、元は帝国の皇族と貴族でした。帝国にいられなくなって、王国に貴族として受け入れられました。そこからずっと男爵です」

 ロベルトの話を聞きながら、父アランは本棚から適当に一冊を取り出して、ぺらぺらとめくった。そして、真っ青になる。

「こ、これは」

「さすが、元は筆頭魔法使いだから、気づきましたか。大昔、帝国で焚書されたはずの原書ですよ」

 私でも知っている帝国の恥部である。

 帝国は王国がやらかすよりも昔に、一度、皇族、貴族、神殿がやらかしてしまったのだ。大事な大事な本を燃やしてしまった。そのため、今も動いている魔道具や魔法具をどうにかする知識を失われてしまったのだ。今では、魔道具や魔法具は作ることも直すことも出来ないので、壊れる一方だという。

 他にも、魔法関連、皇族関連、聖域関連、と様々な本を焚書したのだ。今では、帝国は大事な知識を失い、また、それを取り戻すために、本を作り直しているという。だけど、知識を持つ者までいなくなってしまったため、今は手探りで、発見したら記録するのが精一杯だとか。

 それほど重要とされる本が、男爵領の地下に眠っている事実に、父アランは興奮した。これを持って帰れば、帝国はさらに発展し、救われるでしょう。

「僕たち一族は、代々、いつか、しかるべき帝国の魔法使いが来た時、これを全て譲ることを言い伝えられていました」

「これらを、全て、帝国にっ!」

「昔、来たんですよ、帝国の魔法使いが」

 静かに笑うロベルト。その顔は、もう一人の男爵ロベルトです。

 ロベルトは適当な椅子に座り、父アランに尊大な態度を見せます。

 急に態度が変わるロベルトに、しかし、父は気にしません。目の前にある蔵書に夢中です。

「どうして、その魔法使いは持ち帰らなかったのですか!? これは、帝国に必要なものです!!」

「その時の魔法使いは、賢者ハガルです」

「っ!?」

 動きを止める父アラン。賢者ハガルは、父アランの義父であり、魔法使いとしての師匠です。

「賢者ハガルは、一度、王国の解放された妖精の安息地に行くことを条件に、王国の戦争に力を貸す約束をしました。私も、あなたも生まれる遥か昔の話ですよ。戦争では賢者ハガルの魔法一発で、敵は殲滅したそうです。かなり酷いことをしたそうですよ。それからすぐ、この男爵領を訪れました」





 賢者ハガルは、戦争の帰り道に、まるで寄り道をするように男爵領にやってきました。そして、妖精の安息地と共存する男爵領を見て一通り満足して、帰るところに、男爵に呼び止められました。

「どうか、我が家にある帝国の蔵書をお持ち帰りください」

 賢者ハガルは、実際に地下まで行って、焚書されたはずの蔵書を目にしました。しかし、持ち帰りを拒否しました。

「私はこの通り、最低最悪な魔法使いです。この悪名を気に入っています。こんな物を持って帰ってしまったら、私の悪名が霞んでしまいます」

「ですが、我々一族は、帝国から来た魔法使いに譲るために、ずっと引き継いできました」

「とても素晴らしいですね。あなたがたですから、それが可能だったのでしょう」

「ただ、そうしただけです」

「ですが、この蔵書は、まだ、帝国に必要ではありません」

 賢者ハガルがいうには、彼が存命中、この蔵書を使うことはない、という話だ。

「むしろ、今、帝国に持って行っても、悪知恵を授けるだけです。少し、早く来過ぎてしまいましたね。もう少し、待ちましょう。もっと立派な魔法使いが、きっと、この地にやってきます」

 そう言って、賢者ハガルは帝国に帰って行った。





 初めて聞く話だ。それはそうだ、これは、王国の話だ。賢者ハガルは、この事を誰にも話さず、死んだのだ。

「最低最悪な魔法使いと呼ばれていた賢者ハガルは、歩く天災、と恐れられるほどでいたが、実際は、とても穏やかないい人だったと聞いています」

「そうです、父上は、とても素晴らしい方です」

「あなたはどうですか?」

「………」

 父アランは、賢者ハガルのことを思い出したのだろう。

 賢者ハガルは、父アランの前では善人でした。歩く天災、と呼ばれるような行動を父には隠したのです。良い父の姿を見せていました。

 ロベルトは、父アランを蔑むように見ます。

「今の貴様は、どうなんだ? エリカの良い父か?」

「ち、ちが、う」

「仕方なく父親になったんだってな。きっと、賢者ハガルも、仕方なく、貴様の父親になったんだろうな」

「そんなことない!!」

「経験がなければ、あんな酷いこと、実の娘には言わない。あるんだろう」

「っ!?」

 思い当たる事があるのだ。

 父アランは賢者ハガルの養子だ。つまり、実の父親が別にいる。父アランは貧民出だ。貧民時代に、そういう扱いをされたのだろう。

「私はな、気に入らない奴に、ここにある蔵書を渡すつもりはない」

「先祖から、そう伝来されていると」

「この邸宅では、私は絶対だ。私の許可なく、ここから蔵書一冊、持ち出せないぞ。持って行ってみろ」

 言われて、父は本を手にしようとした。ところが、本は棚から抜けないのだ。落ちた本ですら、持ち上げられない。

「本一冊一冊に魔法がかけられている。私の許可なく、動かすことすら出来ない。悔しいか? エリカはな、帝国でも、王国でも、随分な扱いをされた。皇族どもは、エリカを王国の田舎者と見ていた。魔法使いは、聖域の穢れを受ける器だ。双子の姉妹エリシーズには、皇族、魔法使いがかしずいているというのに、エリカには誰もいない。こんな扱いをされたのに、エリカは帝国を救ってやったんだ。いうことがあるだろう!!」

 ロベルトは立ち上がるなり、邸宅の魔法で、父アランを吹き飛ばした。父は、状態保存された本棚にぶつけられ、無様に床に落ちた。

 邸宅の中では、父アランの魔法も発動しない。私だって発動させられない。ここは、ロベルトの独壇場だ。

「ロベルト、もういいです!! 帝国にも、父にも、もう期待なんてしていません。いらないんです。私から捨ててやったんです!!!」

 私はロベルトがさらに魔法を使おうとするのを止めた。妖精の目の負担は脳にくる。魔法を使うということは、それだけ、ロベルトを苦しめるのだ。

 ロベルトは怒りがおさまらない。だけど、私が体を使って止めるものだから、我慢してくれた。

「お父さん、ここの蔵書を持ち帰るのは諦めてください。ここは、男爵が好意だけで守り抜いた物です。それを利用だけ利用して捨てるような帝国に持っていくなんて、私だって許さない!!」

 この蔵書は、本当に、ただの好意だ。それは、男爵が血筋とかで受け継いでいる善人性の顕れだ。

 私も、父アランも、帝国も、ここに足を踏み入れる資格なんてない。私はただ、死にかけていたから、受け入れられただけだ。本来は、男爵領に入る資格がない人だ。

 父は呆然としていた、私に見捨てるようなことを言われて、傷ついている。言われて、気づいたのだ。酷いことをしていた、と。

 だけど、心底、感謝するべきことはあるのだ。

 私は座り込んで動かない父アランを抱きしめる。父は驚いて体を硬直させている。

「私から、こうすれば良かったのよ。やってもらえる、と期待しているから、いけないのですね。やってもらえないのなら、私からこうやってすれば良かった」

 私もまた、間違っていた。抱きしめてもらうのではなく、私から抱きしめればよかったのだ。

「泣いて、言えばよかった」

 我慢なんかしなければ良かった。泣いて、本当のことを言えばよかったのだ。不公平だ、と泣けば良かった。

「また、困ったことがあったら、呼びなさい。私で出来ることであれば、力になろう」

「いいのですか?」

「不公平だろう。帝国の娘には、魔法使いと皇族がついているというのに、お前には、しょぼい妖精がついているだけだ」

「そうですね」

 私につけられた父の妖精は、私の真実を父に伝えなかったのですね。父は私の妖精を見ることが出来ません。だから、一生、私は大したことがない妖精憑きだ、と思い込んでいます。





 父とロベルトは軽く喧嘩しましたが、すぐに仲直りとばかりに、夕食を一緒にとることとなりました。

「お父さん、どうして、私に聖域の穢れを移すように教育したのですか?」

 まずは、そこが疑問だ。それなりに力のある妖精憑きであれば、王弟キリトがいた。私は、父の目からは大した妖精憑きではないだろう。

「そこは、勘です。特別な組み合わせで生まれた子は、特別な子のはずです。妖精憑きですから、きっと、特別な力があると思っていました」

「お父さん、私は特別ですが、そんな力はありませんよ」

「焚書した本が欲しい」

「あげません」

 仲直りしたけど、ロベルトは地下にある蔵書を帝国に譲る許可を出しませんでした。

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