話し合い
まず、第一段階が終わりました。どうしようもない皇族は捕縛されて、私の目の前に連れて来られました。処刑は、私の目の前で行われます。万が一、情けをかけられでもしたら、と私が警戒しました。
「君は、随分と警戒心が強いね」
皇族ライアンは、とても穏やかな顔で言ってきます。話し方も、とても穏やかです。
「あのどうしようもない父には、皇族で、三人の弟子がいると妖精から聞きました」
私につけられた父の妖精は、今も私の側にいる。私の妖精に包囲されて、逃げるに逃げられないし、父への報告も上手に封じられています。しかも、父からの連絡、私は常に盗み聞きが出来るのですよ。
私が言葉にしない裏側を読み取ったライアンは苦笑する。
父アランは、帝国にいる時、三人の皇族を次の皇帝候補として育てました。その一人が皇族ライアンです。腕っぷしは残念ですが、物凄く頭がいいのですよね。ですが、怠け者なんです。
ライアン、何か気に入らないことでもあるのか、エリシーズには近づきません。距離をとって、ただ、見ているだけですよ。
「エリシーズのお手伝いをしないのですか?」
「どうして、そういうのかな?」
「あなたは、私たちの父のことが大好きですから」
「………」
ライアンは黙り込んでしまう。父は妙に人誑しな所がある。子どもの頃から父が教育をしていたこともある。ライアンは、父のことが大好きだ。
だけど、父の子であるエリシーズのことを蔑むように見ています。むしろ、私のほうが蔑まれるはずです。だって、私は父のことが最低最悪と言い切っていますから。
「私の側にいるのは、矛盾していますよ。私は父のこと、最低最悪と公言しています」
「それは、仕方がない。さっき言った本音を聞けば、嫌う理由はなくなる」
「バカバカしいですね。私一人が死ねば、問題解決です。犠牲が少なくて良かった良かった、と喜んでいればいいのですよ」
「君はそれだけの恩恵を何一つ受けていない。なのに、エリシーズは、たくさんの恩恵を受けているのに、生き残るんだ。不公平だ」
「それは、エリシーズが妖精憑きではないからです。聖域の穢れを受け止めるのは、妖精憑きでしか不可能なのですよ。ただの人では、ちょっとした穢れでも、死んでしまいます。面白い話がありますよ。アランの義父である賢者ハガルは、穢れを気に入らない皇族に移しては苦しい死を与えた、と言います」
「そんな話、どこから!?」
「私のような存在は、随分と生まれていないから、誰も知らないのでしょうね。私は、そういう存在です。死んで当然なのですよ」
私は特別な皇族だ。だけど、帝国にいる皇族は、随分と、役割持ちの皇族が生まれていない。大昔のやらかしで焚書した書物に残る程度なのだろう。だから、私のことが誰もわからないのだ。
あまりにも知り過ぎている私に、ライアンは不気味に感じたのだろう。顔が恐怖で引きつっている。わからない、というのは、時には恐怖だ。私のように妖精憑きの力が化け物で、妙に知識を持っているのだ。存在自体、人の敵だろう。
捕縛された皇族たちは、痛みやら何やらで暴れています。私を見ると、物凄い顔で睨み上げてきます。私はそんな彼らとは適切な距離をとって、座って見てやります。
「いい様ですね。心がすっきりします」
「この、悪女が!!」
「少し、味わってみますか?」
私は体の中に蓄積した穢れを皇族に移してやる。途端、片腕が真っ黒になって、悲鳴をあげた。
「何をしたんだ!?」
ライアンは私の肩をつかんで責めるように聞いてきた。
「先ほど話したことをしたまでです。私は、王国にいる頃から、穢れを浄化していました。私の体の中には、穢れがあるのですよ」
「っ!?」
「何も知らずに、穢れを聖域から取り除けるわけがありません。きちんと、王国で練習しましたよ。父の妖精がしっかり指導してくれました」
悶絶して、どんどんと体が黒く浸食していく皇族。その変化に、恐怖に引きつらせる皇族たち。私から距離をとります。
「何を怖がるのですか。お前たちに、体験させているのですよ。それを私が受け止めるのです。どうですか? ほんのちょっとですよ。大したものではないでしょう」
答えられませんよね。そうして、どんどんと全身が黒で浸食していき、そのまま動かなくなりました。
「もう、死んだのですか? 大変、燃やさないと」
穢れを持って死んだ者は、大地を呪うことがあります。だから、妖精憑きの力で燃やすのですよ。
私は一瞬にして、穢れで死んだ皇族を消し炭にしてやります。
「何故、燃やした!? この皇族にだって、家族が」
通例のことをしたのに、ライアンは責めてきます。私の胸倉をつかんできましたよ。私は呆れてライアンを見上げます。
「穢れで死んだんです。この場に呪いが残ってしまいます。魔法使いの世界では、通例ですよ」
「だからって」
「私も死んだら、さっさと燃やしてくださいね。穢れで死ぬと、その遺体は面白いくらいよく燃えるのですよ。きっと、私は骨すら残りませんよ」
穢れで死んだ皇族は、大した穢れではなかったので、骨だけ綺麗に残った。
ライアンですら、私を制御出来ない化け物のように見ます。酷いですね、私、命をかけて帝国を救ってやろうとしているのに、誰も感謝なんかしないのでしょうね。きっと、死んで良かった、と言われていそう。別に、いいですけど。
私は妖精を通して、ロベルトの様子を見ました。ロベルト、あの部屋に閉じ込められて、新聞なんか読んでいます。きっと、私の悪行が新聞で喧伝されているのでしょうね。赤ワイン再び、みたいに。死んでないのに、酷いですね。あまりに悪行酷いと、処刑されちゃいますけど、それも全て、私のせいにするのでしょうね。
現場に戻って、ライアンを睨みます。この男、階段から転げ落ちる呪いをかけてやる。ちょっと痛い目にあえばいいのよ。
残った罪人の皇族は、腕っぷしが確かな皇族テリウスの手によって、処刑されました。何か、言い訳していましたが、テリウスは聞いていません。彼は、腕っぷしだけなので、無駄な言い訳は通じないのですよ。
確かに処刑を確認した私はご満悦です。
「確認しました。弱気な皇族ばかりかと思いましたが、立派な皇族もいたのですね。これからも、エリシーズのための剣として、頑張ってください」
「まかせろ!!」
テリウスに笑顔で頼んでみれば、彼は単純にエリシーズの味方となってくれた。それを見ていたライアンは忌々しいみたいに舌打ちなんかしてます。お前の企み通りにいかせてやらない。ライアン、もっとかき混ぜてあげますよ。
父の弟子はもう一人います。皇族コモンです。彼は頭がいい真面目な皇族です。私が頼まなくても、コモンはすっかりエリシーズの味方です。
仲間外れのライアンを見てみれば、エリシーズと距離をとっています。そんな、エリシーズのことを嫌わなくてもいいのに。私よりも、甘っちょろい子なので、いい傀儡になるのにね。
私は皇族出身の魔法使いロンガールと話し合いをすることとなりました。ロンガールは、常にエリシーズの側で護衛のようにくっついている魔法使いの一人です。もう一人の貴族出身の魔法使いヘインズはエリシーズの側についています。
ロンガールは私と二人っきりで話し合いたいらしく、ちょっと狭い部屋で人払いまでして、私と向かいあいます。
「君も皇族だから、それなりの所で話すべきなのだが、皇族たちがイヤがってね」
「城の奥にある、皇族の居住区ですね」
「詳しいね」
「それで、お話とは?」
私はどんどんとやらかしている。もうそろそろ、それなりの人が苦言を言ってくるだろう。それが、この皇族出身の魔法使いロンガールの役目だ。
ロンガールは、皇族出身でありながら、とても話のわかる魔法使いです。父ともいい関係を築いていました。
「あまり、エリシーズをいじめないでほしい。彼女は、大変なんだ」
「いい血筋だから、周囲から、随分と期待されているのですよね」
「そう。彼女は生き残って、君の死を背負って、帝国も背負っていかないといけない。死ぬ者が無責任なことを言わないでいただきたい」
さすが年長者です。言い回しが上手です。私を子ども扱いして諭しつつ、反撃を許さない。父より年上なだけに、懐の深さが違いますね。
だけど、この男はまだまだ、わかっていない。
「私が死ぬことを知っているのは、帝国側だけですよ。王国では、きっと帝国のお姫様は幸せに暮らしました、と思い込んでいるでしょうね。何せ、聖女エリカ様は、帝国で保護された時は幸せだったのですから」
「っ!?」
「もう少し、大きな視点で見るべきですよ。だいたい、私を取り戻すために、随分と喧伝しましたね。王国から帝国へ移動するために、王国中を回っていきました。そして、帝国では新聞を使って、誘拐された帝国の皇族が見つかる、なんて触れまわったのでしょう。帝国民も思うわけですよ。私はきっとこれで、幸せになるだろう、と」
「そ、それは」
「浅慮です。いいですか、私が悪ぶっているうちに、その浅慮を反省しなさい。私は可哀想なお姫様でいてはいけないのですよ。死んで仕方がない人でないといけないのです。私を取り戻すために、やり過ぎたのですよ、帝国は」
種明かしなんて、どうして私からしなければならないのやら。
私はあえて、嫌われ、恐れられるように動いている。可哀想だけど、でも、妖精憑きの力が強い皇族は恐怖だ。皇族は、魔法使いを支配してこそなのに、私という化け物は支配出来ていない矛盾で、窮地に立たされているのだ。
「あなたがたは、私を乗り越えなければいけないのですよ。言ったでしょう、私は必要悪だと」
「仕方がないだろう!! アランにそう指示されたんだ」
「取返し方まで指示されていないでしょう。父は、こんなことさせませんよ」
「………」
帝国の悪い癖だ。力づくでどうにかしようとする。その力づくがなかなか面倒臭いことをやってくれるのだ。お陰で、こんなこととなるのだ。
それも、私が条件を出したからですけどね。たかが小娘、と皆、思ったのです。だいたい、私を使って帝国が救えるなんて、本当は、誰も思っていなかった。茶番だと決め込んでいたのだ。
ところが、取り戻してみれば、口の悪い、だけど、とんでもない妖精憑きだという。しかも皇族だから、迂闊に手を出せない。
伝説となった聖女エリカ様は良かっただろう。知能が幼児で止まっていたのだ。いいように操れただろう。だけど、私は随分と賢い。こんな小娘、むしろ死んでほしい、なんて皆、考えたはずだ。
真っ青になるロンガール。小娘と思ってみれば、とんでもない悪女である。しかも、ロンガールが思ってもいなかった視点で言い負かしたてやったのだ。帝国側の失態に気づいて、それの挽回をどうにかしようとしている。
「皇族ライアンを止めなさい。私のことを随分と悪く喧伝しようとしています。すでに、赤ワインの件を表に出されました。彼も頭がいいですが、世間知らずですよ」
「その点は、否定できない。我々は皆、世間知らずだ」
「こういうことは、きちんと平民の文官と話し合って決めるべきです。自尊心が高すぎて、失敗するのですよ」
「申し訳ない」
「明日には、血のエリカなんて見出しがでかでかと出されそうです。そこだけでも防いでください。それで、どういう方向で私を扱うのですか? 憐れな聖女ですか? それとも、悪女ですか?」
「それはっ」
「明日中には、聖域の慰問を終わらせます。そのまま、私が息を引き取ったら、燃やしてください」
死後の話なんて、私はどうだっていい。私は言いたいことだけ言って、席を立った。
「待って!!」
「何ですか」
ロンガールは私の腕をつかんで止める。うーん、まあまあの力ですが、私には負けますね。普段から農具振り回しているので、私は力持ちなのですよ。
魔法を使わなくてもロンガールを撃退出来るな、なんて頭の片隅で考えつつ、私はロンガールが止めるのを首を傾げる。私は言わなければならないことを言っただけだ。
「君がこんな扱いとなったのは、僕たち魔法使いが悪い。皇帝ライオネル様を守れなかったからだ」
「娘の前で、その名を出すとは、酷いことをしていると、自覚はありますか?」
「っ!?」
「皇帝ライオネルは、父を皇帝の娼夫に貶めた男ですよ。しかも、父は今も、皇帝ライオネルを忘れられないでいます。父にとって、皇帝ライオネルは、たった一人の皇帝です。その男の名を娘の前に出すのは、不謹慎ですよ」
「ご、ごめん、ただ、謝りたくて」
「謝罪の仕方も世間知らずですね。いいです、謝罪は受け入れます。ですが、エリシーズには皇帝ライオネルの話をしないように。不謹慎です」
「………」
したんだ。本当に、不謹慎で世間知らずな男だ。でも、エリシーズは気にしなかったのかもしれない。あの子もまた、世間知らずだ。そこまで深く考えていないのでしょう。
「過去のことは変えようがありません。これからは未来の話です。あなたがたは、どういう方針で進めていくのは、きちんと話し合って決めてください。ライアンのように、感情にまかせてやらないように」
「その、君の知恵を、借りたいんだが」
「………」
図々しい、と心底思う。だけど、あえて、その言葉を飲み込んで、無言で見返した。
さっきまでは、年上の包容力とか見せてくれたくせに、すっかり、私よりも年下みたいな、情けない感じとなるロンガール。
「君は知らないだろうが、こういうことは、アランのほうが得意なんだ」
「それはそうでしょう。父は貧民です。貧民は底辺ですよ。世間の荒波を身をもって知っています。あなたがたは、そういう意味では、経験値が足りないのですよ。わかりました。父と変わらない底辺で生きていた私が、立派にご教授してあげましょう」
どっちが年上なのやら。寿命だって、あと少しだってのに。
結局、憐れな聖女路線で私は喧伝されることとなりました。ほら、聖女エリカ様だって、哀れみをこめて、王国を救ったのだ。同じ慈悲の気持ちを持って、私は帝国を救いました、という終わり方をするそうです。
そういう話の流れを口の固い文官たちと、魔法使いロンガール、皇族ライアン、そして当事者である私と決めたのだけど、ライアンが不満顔である。
「お前みたいな女は悪女で十分だろう。お前の母アグリは帝国中が認める悪女だぞ」
「愛に狂った女の間違いでしょう。母は悪女的なことは何一つしていません。していたのは、貴族どもですよ。貴族どもは、母に全て押し付けたのです。ついでに、ライアンがそう喧伝したのでしょう。母も皇帝も、そういう喧伝を気にしてしていませんでしたから」
「………」
ものすごく不満顔で黙り込むライアン。この男、子どもがそのまま大人になったような、面倒臭い感じがある。永遠に子どもですね。
私は香りよいお茶をいただいて、一息つく。
「これはまた、すごいものを普通に出てきますね。これ、妖精憑きが好むお茶ではないですか」
驚いた。記憶で知っているが、実物を口にするなど、思ってもいなかったので、ついつい、はしゃいでしまいます。
「これ、賢帝ラインハルトの頃に売り出されてるお茶だよ。その頃から、皇室御用達となったんだ」
私がはしゃいでいるから、魔法使いロンガールは、柔らかい声で教えてくれる。知ってました、それ。
「まさか、私に出してもらえるなんて、思ってもいませんでした。てっきり、赤ワインを持ってくると思っていましたよ」
大好物、と言ったのですからね。嫌味をこめて、赤ワインがぶどうジュースを出されると予想していました。
「いやいや、さすがにそこまで頭は回らないよ。これ、普通に出すものだから」
「そこまで嫌われていなくて良かったです。でも、嫌うほどの時間はありませんよね。明日には、私、この世から退場ですもの」
いっぱい飲もう。お代わりをお願いする。あと、茶菓子も美味しいので、お願いする。
「そんな、死を何度も口にしなくても」
「言わないと、誰もわかってくれないでしょう。半分は嫌がらせですよ。帝国は、私に最低最悪なことをしたのですから」
「僕らはただ、アランに言われるままに」
「一生、わかりませんね、あなたたちの過ちを。エリシーズでさえ、最低最悪です。私が死んだ後も、あなたたちは一生、わかりません」
本当に、最低最悪だ。私のことを最低最悪だ、と帝国は罵る。違うでしょう。そう言っている帝国側が最低最悪なんですよ。
父アランはわかっています。最低最悪なことをしている、とわかっているのです。だから、今も私の前に姿を見せず、さっさと王国に戻っていきました。皇帝と皇妃を暗殺することこそ、父の役目だったのですから。
父アランは元は筆頭魔法使いだ。筆頭魔法使いは儀式により、背中に契約紋の焼き鏝がされる。この契約紋は、皇族に絶対服従のものだ。皇族の命令に逆らうと、とんでもない痛みを受けるという。それなのに、父は皇帝ライオネルが半死半生だったから、ととどめを刺したのです。そのため、三日三晩、父は苦痛という天罰を受けました。背中の契約紋が傷となり、とめどなく流血し続けました。それは、三日三晩を過ぎた後も、傷として残ったのです。
父が皇帝と皇妃を暗殺する、ということは、命をかけることです。
だったら、契約紋を持たない魔法使いにさせれば良かったのでは、と思われますよね。父は何を思ったのか、父の次に強いと言われていた皇族出身の魔法使いロンガールと、貴族出身の魔法使いヘインズにも契約紋を施したのです。この二人に皇帝暗殺させれば良かったのに。
今、目の前にいるロンガールと、エリシーズの側にぴったりくっついているヘインズを見て、ああ、と父の考えを納得してしまう。ロンガールとヘインズでは、父に勝てません。さらに、父は契約紋により、皇帝に操られる寸前でした。父は、皇帝に命じられてしまったら、契約紋のせいで、嘘すらつけません。すでに痛い思いをしています。逆らえなかったのでしょうね。
二人もの皇族を殺したけど、父は王国に戻っています。私の知らない何かがあったのでしょう。そこは、神と妖精、聖域の導きです。一度会えばわかることでしょうが、もう、二度と、会えませんね。
父の妖精が、私をもの言いたげに見てきます。
「ロベルトに会いたい」
私の呟きなんて、誰も聞いていません。皆さん、手一杯なのですよ。本当に、私のことなんて、どうだっていいのですね!? 最低最悪です!!




